猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

カラス02

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匿名ユーザー

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  目覚めた俺は、勢い良く体を起こすと、真っ先に頬をつねった。
「いてっ」
鋭い痛みに思わず声が出る。間違いない、夢から覚めたのだ。安心して、またベッドに寝ころぶ。
晴れて、あの黒い翼を持った女は、俺の頭の中で、密かに死んでゆく記憶となったのだ。
「ふぅーっ」
息を吐き出し、体中の力を抜く。あの女、おっマス(おっぱいマイスター)である俺の夢にしては、やけに胸が小さかった。夢というものは、必ずしも欲望を映す訳ではない、という事を再確認させてくれる。
夢中で受けた肘鉄の痛みを思い出し、少し身震いをして、同時に部屋の気温に気付く。静かだし、寒いのだ。昨日の夜、加湿器と暖房、どちらも付けた筈なのに。
違和感を覚えて、再度起き上がり、左右を見る。
ベッドの右側は、窓で、青白さを持った斜陽が差し込む。朝なのだろう。左側は、俺の部屋とは似つかぬ景色だった。
「……えっ」
何もかも違う。まず、俺はベッドを持っていない。寝ぼけていて気付かなかった。
……まさか。
嫌な予感が骨身を貫く。
その時、扉に数回ノックがあった。母だろうか。母だろうか。母であって欲しい。
俺が声を出すよりも早く、開いた。
「起きたかな――あっ起きてる」
扉から入ってきた姿。知っている。
「――……い、い、い、い」
「い?」
イヴ。
イヴだ。あのイヴだ。黒い翼のイヴだ。俺の頭の中で、死にゆくどころか、目の前にいる。
「何? ボクが何なの」
怪訝そうな顔で、俺の方を見るイヴ。俺は、理解した。
というか、思い出した。夢ではないのだという事を。
「……君、人間だよな?」
深呼吸、深呼吸。精神統一。
「へ? うん、勿論」
へぇ、じゃあその翼はコスプレなんだ!
「カラス第三氏族、太陽の民イヴァネス・ク・ロンク! ってのがボクの前口上」
……うん、コスプレじゃないのか。
「さあ、ユウキ。目は覚めたよね。ボクのムニンで送るよ」
「……送るって?」
現実の扉へ……じゃあないんだよな。
イヴは、俺の寝るベッドの横に立った。
「ユウキのご主人様の所だよ」
「俺は独り身だし、SMプレイなんかに興味を持ったことはないぞ」
「え!」イヴは驚いた声を上げた。「じゃあ、まだ野生……っていうか、落ちてきたばっかり? なの?」
「……あー……えっと、『落ちてきた』?」
『落ちてきた』 うー、不穏な単語だ。恐らく、この状況で不安を掻き立てるのに、最も適した言葉だろう。ここは地球の地下にある、地底人の帝国です~~とか言われるんだろうか。
「よ、よし、いないんだよね。ご主人様が。よし」
まるで麻薬を買わせたい男並みの狼狽えを見せる彼女。
「……ああ」
薄々ながら分かりかけてきました。
そうしてイヴは、俺に全てを教えてくれた。
どういう原理かは知られていないが、主に我らが地球の日本から、たまに『落ちる』らしく。
そして、我らが地球の、万物の霊長であった人類は、この世界では霊長とはいかず、『ヒト』と呼称され、正に『ペット』と称するに値するレベルまで落ちている。と。薄々わかってたけども。
「それで、ユウキはボクの奴隷になる?」
(……訊かれてもなあ)
俺は、今までペットを飼った事も、買った事もないが、そういう感じで決めるんじゃないと思う。ヒトの位地が『ペット』や『奴隷』であるというなら、そこにヒトの自由意思など無い筈だ。
「嫌だ」
嫌なものは嫌だけれど。
「駄目」
あら?
「ユウキは、ボクの奴隷になるんだ」
「……嫌だと言ったら?」
もう言ったけれども。
イヴは、俺に詰め寄った。顔との距離が近くなる。中性的な顔立ちにより、脳が興奮しても良いものかどうか混乱する。赤い瞳が、俺の目を覗き込む。
「奴隷になるんだ」
「……傍若無人だな」
「迷惑なの?」
「そう言われると、弱るな」
別に迷惑な事なんか微塵も無いのだが(奴隷商人と関わる事が、今後なくなると思うので、その点では寧ろ利点があるが)、やはり『元』霊長類としてのプライドがそれを許さない。
俺は、見下される種族にはなりたくないのだ。散々、ペットや何やらを、まるで生きた人形のように扱い、飼い殺す我々だから、俺はそれを知っているから。同じようにされるのが恐くて仕方がない。
でも、ここで奴隷にならないったって、行く宛なんて勿論無い。利点無し、ついでにデメリット有り。
ゴクリと唾を飲み込む。
イヴはニヤリと笑った。
「奴隷になる決心は?」
よほど目が良いらしい。
「……ついたよ」
くそ、手のひらで転がされた感じがして、非常に面白くない。また尻でも揉んじゃろ。
手を伸ばし、軽く触る。
「きゃ……殴るよ」
真っ赤にした顔でこっちを睨みつけ、言う。
一矢報えただろうか。
*********

「よォ、二週間ぶりだな、八國の嬢ちゃん」
「お久しぶりです、ロドリクさん」
「おう……そうだ、フギンの右翼、ちゃんと直った――って、そっちのひょろこいのは何だ?」
「檜山祐樹と申しますぅ……」
何だこのでけぇジジガラス。カラスなのに、白髪が目立つ大男だ。
黒と白が混ざった大量のヒゲに、青いツナギを着ていて、工場勤務的なアレなのが容易に想像できる。ムキムキだし。正直怖すぎて涙出そう。
イヴは、俺の方を親指で指した。
「ボクのヒト召使い」
何か悔しい。
「ほォー、高かったろうに。幾らしたんだ?」
彼は、俺の方を、値踏みするようにマジマジと眺めた。ひと三人くらい殺してる目だよこれ。
イヴは言う。
「何と、タダです」
「タダァ? 怪しいな。どこで買った?」
イヴはニヤリと笑って、俺の肩を叩く。
「実は買ったんじゃないんです。拾いました!」
マジでペット感覚なのね。
白髪のカラスは、大きく目を見開いた。
「何、そりゃすげぇな!」
すげぇ事なのか? そんなにも。
彼はニカァって感じに笑うと、俺の肩をすげぇ力で叩いた。痛い痛い痛い。
「それで、この『ユキ』って奴の話じゃないんだろ。わざわざここまで来たって事は、例のアレだな?」
『ユキ』じゃなくて『ユウキ』です――とは、怖すぎて言えなかった。肩痛いんだもの。
『わざわざここまで』って言うのも、俺が起きて、あの話を聞いてから、実は時間にして一時間は経っている。
あれから、少し休憩して(てっきり飛ぶかと思いきや)、歩いて30分の、学院のような場所に、我々はいる。
現在地:荘厳な門を抜け、二人の衛兵のような人らに身体検査され、奥に通され、階段を上り、突き当たりの、応接室のような場所。
イヴは俺の方を見て、またロドリクさんを見た。
「このユウキを、貴方の工場で働かせてくれません?」
「待て」
思わず声が出た。
「駄目だ」彼も言う。
「うちは人材に困ってないし、ヒトなんて非力な奴入れても、足手まといにしかならんからな」
「えー、じゃあ、ボクは何のためにこの讃祖空王立機関まで来たんですか?」
「ムニンを取りに来たんだろ?」
ロドリクさんが言う。
俺は、イヴに肩を近づけると、小声で訊いた。
「おい、ムニンって何だ?」
さっきも一度だけ聞こえたが。
「敬語を使いなさい……ムニンっていうのは、ボクの船の名前」
「船持ってんの?」
「小型飛行船ムニンね」
『思考』と言う名前。飛行船っぽくないな。飛行と思考。韻は踏んでるが。
そんな小声のやりとりを、止めることなく眺めていたロドリクさんが、口を開きかけたその時、ノックがあった。
「入れー」
ロドリクさんが言うと、扉が開いた。
入ってきたのは、女性。渇いた暗い緑を基調とした、赤の横線のはいった帽子に、同じような緑色の服、
肩甲骨くらいまである黒髪で、正に『女史』って感じの女子だった。
見た目年齢19歳。推定バストAA。不合格。カラスは虚胸(きょむ)が多いのだろうか。
「ロドリクさん、黒煙二号の納期が遅れていますが」
透き通るような綺麗な声だが、尖った喋り方だ。あまり俺の好みではない。
「げ、ネヴァン……」
ロドリクさんの額に汗が滲んだ。
ネヴァンと呼ばれた女は、ロドリクさんにツカツカと近寄ると、言う。
「ロドリクさん、今度は何ですか? また気分が乗らないんですか? 貴方が言った通り、魔洸エンジンを四つも取り寄せました。何が不満です?」
「いや、不満っつーかなァ……」
ロドリクは、ちらりとイヴを見た。
続いてネヴァンが、イヴと俺を交互に見ると、ため息を吐いた。
「また貴方ですか、イヴァネス。あまり仕事を遅らせるような面倒事を押し付けてやらないでください。彼にも仕事があるんです」
「…………」
イヴもぐうの音もでない感じ。
「貴方」
「はいっ」
ついに俺にも指名が。
「ヒトですね。名前は?」
「檜山祐樹でありますっ」
「仕事は?」
「無職でありますっ」
「何か資格は?」
「ハッ、えーと、漢検三級、英検準二級、硬筆三段、空手黄帯、水泳12級、ソロバン……何級だっけな、8級、か9級くらいかな、であります!」
飽きっぽいから、途中で辞めたやつが多いなァ。どれも四年以上前に取った資格だし。
「イヴァネス」
「はいっ?」
まさか自分に振られるとは思わなかったイヴ。素っ頓狂な声を出す。
「このヒト奴隷を雇いたいのですが」
「えっ、でも……」
「納期が遅れた分の損害金、250セパタ、貴方が払いますか」
「どうぞ」
金で売りやがった。
「ユウキ」
イヴが俺の名前を呼ぶと、ロドリクさんが俺の肩を叩いた。優しい力加減。さっきまでの荒々しい感じじゃない。
「何だ、イヴ」
「短い人生だったね」
こええよ。ネヴァンについて行ったら、拷問でもされるのかよ。
ロドリクさんは、まるでこれからフライされるチキンでも見るかの如く憐れみの視線。
本当に恐くなってきた。
「イヴァネス、このヒトは、落ちてきて何日目ですか?」
ネヴァンが問う。
「一日です」
「書類は?」
「ヒト奴隷申請ですか? 一応、書いてます。帰りに役所に申請するつもりで……」
ああ、ここに出向く前、何やら書いていたのはそれだったのか。
ネヴァンは、それを取り見ると、言った。
「これは私が申請しておきます。名義は私とイヴァネスでいいですよね?」
「う……それは……」
流石に狼狽えるイヴ。そりゃそうだろう。言わば、当たった宝くじを、半分寄越せと言うようなものだ。
「……貴方の大型貨物飛行船の、太陽魔洸の搭載を許可を、取り消してもいいのですが」
「どうぞ」
何だか分からないが、俺は技術と引き換えに半分売られたらしい。
「お、嬢ちゃんとこのフギンも、ようやく魔洸デビューするンかい。是非うちに任せてくれや。こらァ腕が鳴るぜ」
「ロドリクさんは、まずは黒煙二号を」
「はい」
ロドリクさんも押し黙った。この少女に、如何程の権力があると言うのか。
「では、失礼します……ユウキ、来なさい」
早速ご主人様気取りかい。
睨むような黄色い瞳に急かされ、せかせかとついて行った。
まるで飼い犬になった気分だ。
 

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