猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

続虎の威32

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匿名ユーザー

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 わかっている。
 間違っていると、わかっている。
 望まれていないと、わかっている。
 それでも、ハンスには他に方法がわからなかった。
 表面を取り繕って、可能な限り千宏の望む最善の形に近いように“見せかける“以外の方法が。
 嘘で塗り固めた日々だった。欺瞞と誤魔化しで構築された毎日だった。
 諦めという怠惰に浸って、自分はイヌなのだから仕方がないと自分を騙して、納得させて生きてきた。
 だが、これが最後だ。
 これを最後の嘘にする。
 汚い事実を綺麗な嘘でおおいかくして、二度と背後を振り返るなと背中を押し出すことこそが、ハンスにできる唯一だ。
 あの日、初めて千宏の首に安っぽい首輪を付けたとき、ハンスは“ピッタリだ”と思った。
 簡単に外せる鍵に、無記名のプレート――見せ掛けの主従関係。それはまるで、自分と千宏の関係を象徴するようだった。
 けれどもだからこそ、千宏の首輪を見るたびにハンスはひどく安心することができたのだ。千宏に首輪をはめるたび、その首輪をはずすたび、自分と千宏の関係を強く意識する事ができたから。
 だが、今日で最後だ。
 居心地のいい嘘と、今日決別する。
 全てを千宏から与えてもらった。その恩を返すときは、今しかない。
 ――そう言ったら、またあんたは笑うんだろうな。
「下らない……バカじゃないの……バカイヌ、駄犬……」
 小さく、ハンスは噴き出した。
 そう言って罵られることが――自虐的にな自分の言葉を頭から否定されることが、気付けば心地よくなっていた。
 そうとも、自分はバカで下らない駄犬だ。
 だからこんな方法しか思いつけなくても――。
「許してなんぞ……くれないか……」
 苦く笑って、ハンスを椅子の背をきしらせて天井を見上げた。
 さあ、最後の仕上げが待っている。
 ハンスはゆっくりと立ち上がった。


 ノックの音で、千宏は目を覚ました。
 どうやら、泣き疲れて眠っていたようだ。自分で戻ってきた記憶もないから、恐らくカブラが運んでくれたのだろう。
 千宏は一人部屋だった。この宿にはもう千宏をヒトだと知っている人間もいないし、カブラ達と同室など暑苦しくて勘弁願いたい。
 何より、コウヤと体を重ねるためには、一人部屋は確実に必要だった。
 かといって、コウヤを一人にしておくのは心配だ。その結果、ハンスがコウヤと相部屋になり、千宏は一人部屋を取ったのだ。
 起き上がると、またノックの音が響いた。
 のろのろと立ち上がって、鍵を開ける。
 瞬間、恐ろしい勢いでドアを押し開かれ、千宏は弾き飛ばされるようにたたらを踏んだ。
「ちょ、な、あぶな――!」
「そうだ、危ない」
 低く押し殺したような、陰鬱な印象のある低い声。
 顔を上げた千宏は一瞬呆け、すぐさま表情が崩れそうになるのを慌てて顰め面に踏みとどまった。
「相手を確認する前に鍵を開けるな――と。いつも言ってるだろう」
「……別に、もうあんたには関係ないじゃん」
「――そうだな」
 後ろ手に、ハンスが扉を閉めた。その沼色の目が、いつも通りの死んだような無感情で、じっと千宏を見下ろしている。
 どうしてか、背筋が冷えた。
「もう、俺には関係無い」
 一歩、足を踏み出す。それだけでハンスと千宏の距離はゼロになり、千宏は随分と久しぶりに、ハンスという男の大きさを思い出していた。
 カブラ達と並べば小柄に見えるが、その身長は二メートル近い。体つきも、初めて会った時に比べると随分とたくましく、がっしりとしてきていた。
 ル・ガルーの軍人で、元犯罪者。
 その事実を今、どうしてか、ひどく強く意識する。
「……ハンス?」
「だから言っただろう……」
 ハンスの手が千宏の腕を掴んだ。そのままひょいと抱えあげられ、ベッドに下ろされる。千宏は目を瞬いた。
「相手を確認せずにドアを開けると、こういう事になる」
 ハンスの手が千宏の服を掴み、そのまま左右に引き裂いた。
 長年着ている古びたローブは、鍛え上げられたイヌの腕力の前にあっけなくぼろきれへと成り果てる。
 千宏は悲鳴を上げなかった。ただバカみたいに目を見開いて、沼色の瞳を凝視する。
「あんたが前に提示した報酬――今、支払ってもらう」
 ヒト、抱いてみたくない? と。ハンスを雇う時に千宏は聞いた。
 だが、自分は千宏の護衛だから、護衛は雇い主にそんなことはしないのだと、頑なにそれを断ってきたのはハンス自身だ。
 だがもう、千宏とハンスの主従関係はなくなってしまった。
 だからなのだろうか。だが、それにしては、妙に――。
「――ハンス?」
 ハンスは返事をしなかった。
 さらけ出された千宏の体を見下ろしたまま、人形の様に動かない。呼吸さえしていないようだった。
 この世界のわゆる人間の男は、毛皮に覆われているから顔色が分からない。汗が滲んでいるかどうかもわかりにくい。
 それでも、ハンスの表情はあまりにも雄弁だった。
 ああ、まったく。
 ――なんて、不器用な。
「あたしに嫌われようとしてるの?」
「ッ――ち、が……ッ」
「あたしに叫ばせようとしてるでしょ。そしたらカブラたちがかけつけるって思ってる」
「ち、ちちちが……何を言って、お、お俺は……!」
「じゃなんで服を破いた時点でフリーズしてんのよ。押し倒したらがっと口塞いでぎゅっと縛ってガンガンつっこむのが強姦ってもんでしょ」
「そ、そ、そんな――そん……!」
 そんなこと、と。凍りついた様に動かなかったハンスの表情が、たちまち情けなく歪んで崩れた。
「俺には、できない……」
 千宏の服を引き裂いたハンスの手が、小刻みに震えながら離れていく。
 安堵と呆れの混ざった溜息を深く吐き出して、千宏はゆっくりと起き上がるとハンスの首の後ろの毛をわしわしと撫でてやった。
 するとハンスは耳と尻尾を力無くへたらせ、言葉も無くうなだれる。
「ねえ、ハンス」
 ハンスの沼色の瞳が、うかがうように千宏を見る。
「どうしても一緒に行けないの?」
「……行けない」
「どうしても? 本当に、どうしても?」
「チヒロ……」
「コウヤさんが……そうしたいって?」
 ハンスは、頷くのをためらっているようだった。だがそれは、頷いたのとほぼ変わらない。
 顰め面で、どうにか踏みとどまっていた。だが、どうやら限界だ。
 千宏はぎゅうとハンスの毛皮を握り締め、ぼろぼろとみっともなく泣き出した。
「あたし、が……子供、作るために……ハンスが、行かなきゃいけないの? あたしのためで、あたしのせいなの? 子供、と……ハンス、ひきかえ……なわけ?」
 ハンスがコウヤにとって同類であることは、千宏の目から見ても理解ができた。
 そして自分がコウヤにとって、決して相容れない存在であることも、痛いほどに感じている。
 だからコウヤは千宏とは一緒にいたくなくて、だからハンスを選んでアトシャーマに行くのだと、そう説明されれば理解もできた。
 けれど感情がついていかない。
「あたしは……! あたし、は……みんなと、いっしょで……一緒に、で、家に……かえッ……」
「チヒロ、俺は……」
「だって……どうせ帰る場所なんかないじゃん! あんたも、コウヤさんも――あたしだって、本当はさぁ! けど、安全な場所があるんじゃん……! 生きられる場所が、生きてていい場所が……あったらさぁ……!」
 そこを家と呼んではいけないのか。そこを家にすればいいと、迎えることは間違っているのか。
 どこを家にするかなど、決めるのは本人だ。ハンスが、コウヤ、千宏の家を自分の家だと思ってくれさえすれば離れなくて済むはずなのに。
「直す、のに……あたし……悪いとこ、ちゃんと……! 直すのに……直すから……」
 困らせていると、わかっている。
 けれど、最後の足掻きだ。わがままだ。言っても無駄だとわかっているから言わずにはいられない。
 ハンスの大きな手が千宏の頬にふれ、ぐしぐしとその涙を拭った。
 そうして。
「嘘だ。その性格は直らない」
 そんな事を、大真面目に言うのだ。千宏は拳を握り締め、ぐしゃぐしゃと泣きながら、それでもつい笑い出していた。
 そうとも、この性格は直らない。
 けれど、それでも。
「行かないで……よぉ……」
 この世界でただ一人。たった一人。心底から対等だった。
 お互いを必要としていた。生ぬるい感傷ではなく、お互いがいなければ生きられなかったと確かに思える。
 ハンスの手が千宏の涙を拭い、髪を撫で、背中を抱いて力強くさすってくれる。
 その手が、不意に動きを止めた。
「なあ、チヒロ」
「……ぅん?」
「報酬を……もらっても、いいか」
 苦しいような、苦いような、縋るような。けれども妙に心地いい、そんな言い方だった。
 だが千宏は唇を噛み締めて、激しくかぶりをふって拒絶する。
 ハンスは困った様に首を傾げた。
「チヒロ、頼む」
「やだ! やだやだやだやだ、絶対やだ!」
 だってそれをしてしまったら、それを受け入れてしまったら、もう、終りだ。
 ハンスは自分の護衛ではなくなってしまう。自分はハンスの雇い主ではなくなってしまう。そういう線引きを、ハンスがしたのだ。してきたのだ。
「チヒロ……」
「しない。しないしない! ハンスとは絶対しない! してやんない!」
「契約不履行だろう。これも報酬の内じゃなかったのか?」
「だってもう、ハンスはあたしの護衛じゃないじゃん……! やめちゃうじゃん!」
 叫んで、千宏はいっそう落ち込んだ。
 ああ――もう、どちらにせよ。
 千宏が唇を噛んで沈黙すると、そっと、ハンスが息を吐いた。
「そうか」
 体を離して、立ち上がる。
「そうだな。悪かった」
 そのまま立ち去ろうとするハンスの服を、千宏は慌てて掴んで引きとめた。
 ぎょっとしたようにふりむいたハンスは、相変わらず絶望的に空気が読めていない。
 千宏はハンスに破られた服の前を握り締めた。
「……馬鹿犬」
 それが答えで、それが許可だ。そして、ハンスもそれを分かっている。
 ハンスはもう一度ベッドに膝をつき、俯いている千宏の顔を両手で包んで上げさせた。
 涙でぐちゃぐちゃになった顔はきっと酷く惨めだろうと千宏は思う。それでもハンスは構わずに、千宏の唇におずおずとその舌を這わせた。
 熱い、肉厚の舌である。猫や虎とは違う、人間に近い質感のそれは、口腔に受け入れると少し息苦しい。
 長く分厚い舌は念入りに千宏の舌を舐めまわし、その唾液を丹念に味わった。
 開いた口からこぼれた牙が、頬に触れて少し痛い。
 そこで初めて、千宏は今まで犬化の男とこうして触れ合った事がない事に気が付いた。
 偶然か、意図的か。それは千宏にはわからない。国外に出るイヌはそもそも少ないし、あまり見かけたことはない。
 だが、ささやかな独占欲の結果なら、少し嬉しい。そう思う。
 毛皮に覆われた大きな手が、破かれたローブの胸元から剥き出しの肌をまさぐる。
 少しでも力を入れたら壊れてしまうことを知っているハンスの手は、恐れと気遣いに満ちていた。
 やわやわと胸を揉まれ、その先端に爪が触れる。
「んっ……ぅ」
 そのまま爪の先で転がすようにされ、千宏はハンスのシャツの背中を握り締めた。
 千宏の痛みと、快楽と、その違いをハンスは知っている。何度も見てきたのだ。だから、どこが感じて、どこが弱いか、ハンスには全部ばれている。
 息が苦しくなってくると、ハンスは見計らったように千宏の口から舌を引き抜いた。
 はあはあと激しく上下する肩に、ハンスが唇を寄せ、軽く噛む。痛くはなかった。甘くかまれる感覚が気持ちよくて、千宏はぞくぞくと背を震わせる。
「ハンスも……これ……」
 ぐいぐいとシャツを引っ張ると、ハンスは自分が服を着たままである事に初めて気付いたようだった。
 苦虫を噛み潰したような表情で――照れたときの表情だ――、ハンスは不器用に服を脱ぐ。
 ふかふかとした柔らかな毛皮の感触が、千宏の全身を包んでいた。
 その胸を探ると、シャエクに付けられた傷跡が生々しく残っている。
 他にもあちこちに残る傷は、どれも千宏を守って受けた傷だった。つうと、指で傷をなぞるとハンスの肩がびくりとはねる。
「痛いの?」
「いや……くすぐったい」
 ふうん、と気の無い声を出し、千宏はその傷に口づける。
 千宏の唇から逃げるように、ハンスが体を伏せて千宏の胸に口付けた。分厚い舌がねっとりと鎖骨をなぞり、つんと尖った胸の頂を舐め上げる。そうして、ハンスは口を大きく開けて柔らかな胸の肉にかぶり付いた。
「あ……ひ、ぅ……! や、歯が……」
 細かく並んだ鋭い歯が、千宏の胸の甘噛みする。ハンスの暖かな口の中で味わう様に舐め回され、千宏は喉を反らせて息を詰まらせた。
 きゅうと腹の奥が熱くなり、どうしようもなく濡れ、溢れる。
 千宏の腹や腰を撫でていたハンスの手がそろそろと太腿に滑り、内股をそっと愛撫してたっぷりと濡れたそこにふれた。
「すごいな……こんなに、熱いのか……」
「わ、や、まッ……!」
 ハンスの指が、なんの抵抗もなく千宏の中に入り込んできた。それほどにもう濡れていて、熱く熟れてうずいている。
 千宏は腰をくねらせ、ハンスの首にすがりついた。
 ゆるゆると、ハンスの指がもどかしいほど丁寧に動く。じりじりとした刺激が緩慢に全身に広がっていくようだった。
「は……ぁ、ゆび……や、指……そん……あ、ぁ……」
 ぐいと、二本の指を奥で大きく開かれて、千宏は大きく背をしならせた。
 ハンスが指を動かすたびに、粘り気を帯びた水音がじゅぷじゅぷと響く。
「ハンス、だめ、ゆ、び……も、い――ッ!」
 きりきりと奥歯を食いしばり、軽い絶頂に千宏は息を止めた。
 奥まで突きいれられていた指が引き抜かれ、身長の息を吐く。
「もう少し、慣らすぞ」
 素直に千宏は頷いた。最近は商売もやめていたし、最近相手をした男と言えばシャエクとコウヤだ。ハンスを受け入れるのには、やはり相応の準備がいる。
 ハンスは千宏の腰を軽く抱え上げ、呼吸のたびに大きく上下する千宏の下腹部に鼻面を押し付けた。
 湿った鼻が冷たくて、千宏は体を震わせる。
 それとは対象的に、おそろしく熱い舌が、千宏の腹を舐めて茂みを探り、その奥の快楽の中心を舐め上げた。
「あ、あぁ……んぁ、あ……!」
 そのままハンスの肉厚の舌が、奥へ、さらに奥へと入ってくる。
 千宏は目を見開き、思わず体を起こしてハンスの頭を押し返そうとその毛皮を掴んだ。だが見越していたようにハンスに手を掴まれ、あっけなく引きはがされてしまう。
「ハンス! ハンス、ダメ、舌……や、奥……きすぎ……て……!」
 犬の口は大きく開くし、その舌はネコ科の動物よりも長くて肉厚だ。
 それはぬめぬめと蠢きながら蛇のように千宏の奥までたどりつき、ざらりとした表面で千宏の胎内をあますことなく舐め上げる。
 千宏は高く嬌声を上げ、快楽にもがいた。ハンスの舌が蠢くたびに足が激しくシーツを蹴り、ハンスに捉えられた両手が宙をかく。
 ハンスが喉を上下させ、あふれ出る愛液をすすり、飲み下していた。
「いく、も、い……いって、い……あぁああ――!」
 喉を反らせて高く叫び、数回大きく体を跳ねさせてから、千宏はぐったりとベッドに沈みこんだ。
 息が苦しくて、頭がくらくらする。
 ずるりと中からハンスの舌が引き抜かれ、ぞくぞくと肩が震えた。
「声が大き過ぎる」
 困った様に言って、ハンスが千宏の唇を指の腹でなぞった。
 声? と聞き返して、慌てて千宏は両手で口を押さえる。
「……カブラ達?」
「聞こえてるようだな」
「絶対料金とってやる……!」
 心に決めて脅すように強く言うと、くっくと、ハンスが肩を揺らして笑った。
 ――笑ったのだ。ハンスが。
 なんだ、と。千宏は釣られて笑い返す。
「そうやって笑うと、結構いい男じゃんね」
 言った途端、いつもの無表情に戻るのだから可愛くない男である。
「くつわでも噛むか?」
「そういう趣味ないから……」
 いいよ、と笑って、千宏はハンスの耳に手を伸ばしてぐしぐしとなでまわした。
「聞かせとけば」
 そうか、とハンスは呟き、そうだな、と納得する。
 そのままハンスは千宏の額に自身の額をすりつけて、ゆっくりと千宏の脚の間に腰を進めた。
 先端が触れて、押し込まれる。千宏は大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。じりじりとハンスが腰を進め。最も太い部分が狭い入り口を突き抜ける。
「うぁ……!」
 思わず、声が漏れた。
「痛いか?」
 聞かれて千宏は首を振る。
「平気……大丈夫、おくまで……」
「大丈夫だ……ちゃんと、ゆっくり……」
 ハンスの喉からも、苦しげな声がこぼれた。
 耐えるような顔をして息を詰まらせるその顔は、ハンスのくせに色気があるように思える。
 こんな顔をするのかと、思って千宏は笑った。
 少し痛いし、少し苦しい。だが、体を満たすのは奇妙な充足感だ。
 千宏の胎内に入り込んできたハンスの先端が、千宏の最も奥に到達する。軽く抉られ、千宏は唇をわななかせた。
「あ、は……奥、に……あた……」
「チヒロ……」
 名前を呼ばれて、うん。と答える。うん、うんと何度も頷きながら、千宏はハンスの首をぐいぐいと引っ張ってキスをねだった。
 するとハンスは体を折り曲げ、千宏の舌に舌を這わせてくれる。
 そのままハンスがゆるく腰を前後させると、痺れるような快楽が千宏の体を貫いた。
「ん、ぅ……んん……ん……っ!」
 ハンスが大きく腰を引き、また奥に届くまで付き入れる。ゆっくりとしていた動きはだんだんと早くなり、きゅうきゅうとハンスの物を締め付ける千宏の中を激しく擦り上げた。
 じゅぶじゅぶと、あふれ出た愛液がハンスの体毛に絡み付き、泡立つようないやらしい音がひっきりなしに部屋に響く。
 舌を絡める音と、もっと深い所で交わりあう音と、千宏とハンスの息遣いが部屋に満ちていた。焦げるように熱くて、息苦しい。
 痛いほどの強さでハンスが千宏の最奥を突き上げ、千宏は喉を反らせて快楽の悲鳴を上げた。
 声がでない。気持ちが良くて、苦しくて、痛くて、愛しくて。
 ハンス、と。千宏は擦れるような声で言う。のどの奥から擦れるようなその声を、ハンスは聞き取って同じように名前を呼んだ。
「チヒロ……チヒロ、俺は……も……」
 苦しげにハンスが歯を食いしばり、ぎゅうと千宏の体を抱き締めた。最奥にとどまったままハンスが小刻みに腰を揺すり上げ、ぐりぐりとえぐられ、擦られる。
 千宏は噛み締めていた唇をほどき、ハンスの背中を掻き毟りながら全身をがくがくと痙攣させた。
「いく、いく、いく、いっちゃ、も……あた、し……いっちゃ――!」
 次の瞬間、腹の奥で熱の塊が弾けた。子宮に吐き出されるのが分かるほどの激しい射精に、流石に驚いて千宏は腰を引こうとする。
 だがハンスにがっしりと腰を捉えられていて、千宏は動く事ができなかった。
「あ、や……ハンス、はなし……へん、これ……へ……ん、だよぉ……」
「ああ……もう少し……がまん……ッ」
 ぶるりとハンスが体を震わせ、千宏の首元に舌を這わせ、甘噛みを繰り返す。
 腹の中を溢れんばかりに満たすそれに、千宏は息苦しさにも似た感覚を覚えてかぶりをふった。
「ぬい、て……ハンス……くるし……」
「すまんが、抜けないんだ」
「ふ、あ……なに……?」
 みじろぎしようとして、千宏は奇妙な違和感に眉を潜めた。
 ハンスはもう、千宏の腰を掴んでいない。だが、何かがひっかかって抜けなかった。
「イヌはな……その、出したあとにだな、一部が太くなって……」
 さぁあぁっと。千宏は思い切り青ざめた。
 元の世界で、犬を飼っている友人からそんな話を聞いた事がある。より妊娠しやすくなるようにと、犬は射精後に陰茎が太くなり、メスの中に留まり続けるのだと。
「ちょっと、ちょっとちょっと嘘嘘冗談! むりむり苦しいって抜いて抜いて!」
「こら暴れるな無理だそういう生き物なんだ! 無理に抜こうとすると怪我をする!」
「知らないよそんなのー! てーか、これ……なんで、まだ……出て……!」
「そういう生き物なんだ……何回か、しばらく続く。だから、もう少し我慢を……」
 してくれ、と。ハンスが力無く千宏の肩に頭を乗せる。
「先に言っといてよ馬鹿! 馬鹿いぬぅ……!」
「すまん……その、必死で……」
 謝罪するハンスの表情は艶めいた状況に似合わずひどく哀れで、千宏はそれ以上文句を言う事ができなかった。
 そうしている間にも、千宏の中はハンスの吐き出した物で満たされ、溢れていく。
 千宏は浅い呼吸を繰り返しながらハンスの肩に爪を立て、唇を噛み締めてはほどいてどうにもできない苦しさと、断続的に与えられる甘い刺激をやり過ごした。
「ほんと……も……これ、あ、あ……やぁあ……」
「チヒロ」
「ん、ん……」
 なだめる様に背中を叩く大きな手と、ハンスの声にどうにか意識をもっていき、千宏はうるんだ視界でハンスの沼色の瞳を見る。
「また、いつか……俺は、あんたの……」
 その先、ハンスが何を言ったのか千宏には聞き取る事ができなかった。
 擦れた声でぼそぼそと、声にもならないような意気だけで伝えられたその言葉は、何か酷く大事な事のような気がしたけれど――。
「すまない」
 謝罪だけがいやにはっきりと、いつまでも千宏の耳に残っていた。

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