猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

続虎の威30

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 誰かに脅かされでもしたのか。
 ただなんとなく気まぐれに、生きようと決めただけなのか。
 それとも何か別の理由があるのか。千宏にはわからない。
 ただコウヤが生きると決め、千宏との取引に好ましい形で応じてくれると言うのなら、千宏にそれを拒絶する理由は無かった。
 疑う気持ちならば、ある。
 馬鹿正直なカブラやカアシュには何もできないだろうが、ブルックとハンス――とりわけハンスは、千宏のためにとコウヤに何をしてもおかしくはない。
 ただ、脅したのかと聞いた千宏に、ハンスは脅していないと答えた。それならば、それでいい。
 ようやく馬車旅に耐えられるだけの体力が戻ってきて、一行は首都シュバルカッツェを離れ、港町ブラウカッツェを目指す道を進み始めていた。
「どのみち、アトシャーマに行くにも船がいる。シュバルカッツェはなんだかんだで物価がたけぇし、腰を落ち着けるんだったらブラウカッツェ付近の小さい町だな」
 義足関係のごたごたでブラウカッツェにしばし留まっていたカブラ達は、ミーネの紹介で宿賃の安いその町に移ってリハビリをしたのだという。
「ネコなりに気のいいやつらだったぜ」
 陽気に笑ったカブラに、ブルックも深く頷く。
「いい女もわりかしいたしな」
「ねえブルックの趣味って昔バードウォッチングとか言ってたけど絶対女アサリだよねそうだよね」
「違う! かわいい鳥もいい女も、いたら愛でるのが男ってもんだろうが!」
「あんたは枝にとまってる小鳥を見て勃つのか」
 どこか感心した様に呟やかれたハンスの言葉に、ブルックが硬直する。
「トラは進んでるな……」
 そういう意味じゃねえとブルックは叫び、千宏たちは爆笑した。
 カブラ達とも比較的距離を置きがちなハンスだが、ブルックにだけはどういうわけか、上げ足を取ったり棘のある発言をする事が多い。
 恐らく、仲がいいのだろうと千宏は思う。ハンスも、あの日路地裏で出会った日と比べると随分変わった。
 卑屈で陰気で無口で無表情。それは今も変わらないが、諦めと無感動に支配された雰囲気は気が付くと消えていた。
 ハンスは変化を厭っていた。だが変わろうとしなくても、環境で人は変わる。――事もある。変わらなければと努力して、それで変われないことももちろんあるが、環境さえまともならばコウヤだって変われるはずだ。治れるはずだ。
 千宏はそう信じていた。
 でなければ、辛い。それだけの理由だったのかもしれないが――。

「いやいくら美形つってもさ、さすがに整いすぎじゃない? マダラ並じゃん。そりゃ東洋人顔だけど、タイプ違うってだけでバラムと張るんじゃない……?」
 そうして、ブラウカッツェへと向かう道中の町である。
 きちんと髪を切って髭を剃り、みだしなみを整えて見ると、痩せすぎのきらいはあるがコウヤは恐ろしく見栄えのする男だった。
 これで背筋を伸ばして目の下のクマがとれ、表情に生気があれば二枚目俳優として十二分に通じる顔だ。
 はぁん、とカブラもわさわさと顎の髭をなで、感心したようにコウヤを見下ろす。
「なるほど、こりゃチヒロより――」
 べっぴんだ、と言いかけたカブラの声が、奇妙に裏返った短い悲鳴に変わって止まる。
 千宏がカブラの尻尾を渾身の力を込めて握ったのだ。
「前も握り潰して欲しい?」
 千宏の冷笑に青ざめて、カブラはものも言えずにぶんぶんと激しく首を振る。
 ふん、と乱暴に鼻を鳴らし、千宏はこれで仕上げだと言うように、天才的義肢職人であるミーネから買い上げた車椅子にコウヤを座らせた。
「階段もそのまま上れる優れものだって。こっちの技術ってほんとすごいよね」
 笑いかけるとコウヤはすいと千宏を見上げ、ごくわずかに微笑み返した。
 その笑顔に、逆に千宏の表情はごくわずかにかたくなる。
 その表情のまま千宏はハンスを見上げ、ハンスは前を見たまま振り向かない。
「ねえ、ハンス」
 呼ぶと振り向いて、ハンスは少し首をかしげた。
「こちらの技術と言うより、ネコの技術だろう。ル・ガルではそういう技術は市民までそう簡単に降りてこない」
 濁った沼色の瞳にはいつものようにこれといった感情も浮かんでおらず、無感動な声を淡々と事実を語る。
「なるほどね……そりゃトラがわざわざ義肢作りに来るんだもんね……」
「ネコの国はデカイからな。各国の技術者が集まる」
 それとなく千宏から距離を取りながら、カブラがそう話をまとめた。

 ハンスとコウヤはどこか似ている。コウヤは昔のハンスとよく似ている、と言った方がいいかもしれない。
 諦めと懐郷と自己卑下。丹念に砕かれ続けたプライドに、消極的な自殺願望。
 徹底的なリアリストで、悲惨な現実を眺めて夢を見ない。見られようもない環境に身を置き続けた結果、夢を見る能力を失ったのだ。
 ハンスも、コウヤも。
 同じオチモノであるはずの千宏より、ハンスの方がよほどコウヤと境遇が近い。
 それだから、なのだろう。
「ハンスといると安心してるよね。コウヤさんて」
 車椅子に腰を下ろし、窓の外から賑やかな夜の往来を眺めていたコウヤは、顔を上げて千宏を見た。
「安心……」
 言葉の意味を知らないような口調で呟き、コウヤはそれきり黙った。
 沈黙が落ちると、窓の外の喧騒が部屋に忍び込んでくる。それは昔、学校の教室に溢れていた喧騒によく似ていて、まどろみに似た感覚が部屋を満たしていた。
「かもしれません……」
 ぽつりとコウヤがそうこぼしたのは、会話が途切れて十分も過ぎた頃だった。
 ベッドから足を投げ出し、上半身をシーツに沈めていた千宏は、のろのろと起き上がってコウヤを見る。
「――取引を」
 続けて、コウヤは口を開いた。
「しましょうか」
 千宏は唇を引き結んだ。
 そういう理由で今、コウヤと千宏は同じ部屋にいる。
 艶めいた空気など少しも無かった。どこか事務的で儀式めいた雰囲気に、千宏は少し覚えがある。
「変なの」
 言って、千宏はすいと腕を伸ばし、開いた指をしげしげと眺めた。
「あたし震えてるや」
 娼婦として旅を始めて、随分と経った。
 たくさんの男と寝て、痛い思いも、苦しい思いも多くした。だというのに何の力もない同族の男と寝ることが、この体は怖いと言う。
「……あたしね。ヒトとするのって初めてなんだ。でっかい獣人とばっかで、あの……だから、先に謝っとくけどさ……あんまり気持ちよくなかったらごめん」
「私はあなたの道具に過ぎません」
 だからコウヤの快楽など、気にする必要は無いと言う。
 千宏は苦笑いした。
 言うと思った、と小さく笑い。震える拳を強く握る。
「けどあたし、コウヤさんが初めてのヒトなんだよ?」
 わずかに、コウヤは目を細めた。
「初めての人なんだ」
 噛み締める様に言って、千宏は立ち上がった。
 静かな部屋には、カーペットを歩く裸足の足音すらも大げさに聞こえる。
 千宏がすぐ正面に立つと、コウヤは無言のまま千宏の手を掴んで軽く引いた。機械的なほどに慣れた動作で腰を抱き寄せ、唇を合わせる。
 互いの舌が恐ろしく自然に絡み合い、窓の外から忍び込む喧騒に濡れた水音が混ざる。
 感情のない、情熱のない、けれどお互いに慣れ切った巧みな口付けがどうしようもなく無機質で、たまらなくなる。
「コウヤさん……」
 キスの合間に名を呼んで、角度を変えてより深く唇を合わせる。コウヤの膝の間に膝を置き、体重をかけるとキィと高く車椅子が鳴いた。
 そのまま何度も、互いの息が上がるまで舌を絡め続けていた二人は、どちらともなく唇をはなした。コウヤの不健康な色合いの唇が、千宏の色を写し取ったように赤く色づいて唾液に濡れている。
 肉の薄いその頬を両手で包み、頬を撫でて髪に指を絡めると、コウヤが同じように千宏の頬に手を伸ばし、その髪を撫でた。
 そして、お互いの耳に触れる。
 丸く曲線を描くその耳を縁取る様にそっとなぞり、柔らかな耳たぶに触れ、コウヤはようやく千宏と視線を合わせた。
「ベッドに」 
 行こう、と千宏はコウヤの手を軽く引いて踵を返す。コウヤはぎこちなく車椅子を操って窓からはなれ、千宏の手を借りてベッドに横たわった。
「コウヤさんは、ヒトとしたことある?」
 下種な質問だっただろうか。聞いてしまってから少し顔を顰めた千宏に、コウヤは視線だけでごく静かに肯定してみせる。
「交配には、よく使われました」
 ああ、聞くのではなかった。
 思って千宏は表情を歪めた。
 そうだろうとも、そうなって当然だ。これだけ容姿が整っているのなら、その子供は当然大きな価値が出る。千宏がコウヤの子供を欲しいのだと言ったとき、コウヤがそれをどう受け取ったのかは想像にかたくなかった。
 コウヤ本人に興味があるわけではない。ただこの顔が、遺伝子が欲しいだけなのだと、今までの飼い主達がコウヤにそうした様に、千宏も同じように言ったのだ。
 それが下種な行為だと、今更気付いたわけではない。それでも、考えないようにしていた。だが今コウヤの目に映っている自分は、結局は力と権力を振りかざして欲しい物を得ようとする横暴な主人でしかないのではないか。そう思うと、それを否定し切れないだけに体が震える。
「……明咲さん?」
 呼ばれて、千宏ははっとした。
 軽く頭を振って気持ちを切り替え、なんでもない、と少々苦しい笑みを浮かべる。
 コウヤのシャツに指をかけ、ボタンを外すと色の白い肌があらわになった。途端に目に入る無数の傷――覚悟していたはずだが、直視すると胸にわだかまる不快感が千宏の全身をざわつかせた。
 二つ目のボタンをはずし、三つ目のボタンに手をかける。だが四つ目のボタンに手をかけて、千宏の動きは完全に停止した。
「……まいったな、どーしよ、これ」
 子供が欲しいと思った。容姿は整っていた方がいい。できれば頭もよければ最高だ。ならば繁殖の相手としてコウヤは適任で、だから取引を持ちかけた。
 この世界では恋愛して、結婚して、子供を産むなんて不可能だ。だから本当に子供が欲しいと思うのならば、気持ちだとか想いだとか、そんな事を考えている余地などないのだと最初から知っていた。
「どーしよ……」
 呟いて、千宏は途方にくれた。
 表情もなく、綺麗な顔で虚ろに天井を見つめる男。その体には無数の傷が刻まれ、それはそのまま心に刻まれた深く消えない傷を見ているような気分にさせる。
「あたし――」
 か細く呟いて、千宏震える手でコウヤのシャツを握りしめた。背を丸めて顔を伏せ、かすれた声で絞り出すように言う。
「できないや……」
 今までずっと、理性に縋って生きてきた。現実に則して生きてきた。この世界がこうなのだから、自分もそうなるしかないのだと、割り切った顔をして生きてきた。
 それが今更になって、感情が悲鳴を上げている。
「できない……」
 くしゃりと髪を撫でられ、千宏ははっとして顔を上げた。
 天井を眺めていたコウヤの目が一瞬だけ千宏に向き、千宏には理解できないなんらかの感情を覗かせる。
「取引は、もう成立しています」
「けど……あたし……」
「あなたができないのなら」
 言って、コウヤは体を起こした。何、と声を上げようとした千宏の唇に、コウヤの唇が重ねられる。
 そのままコウヤに押されるように、千宏はベッドに倒れ込んだ。
 コウヤは足が悪い。だが膝で立つことならば問題はないようで、天井を背に千宏を見下ろすコウヤの顔に苦痛の色は見られない。
「私が」
 無機質に言って、コウヤは千宏の両足を割り開いて無造作に身を伏せた。
「コ……コウヤさん?」
 唇がへそのあたりに押し当てられ、千宏はぎくりとして肩を跳ねさせる。
 熱い舌が、ぬるりと皮膚を滑った。トラとは違う、マダラとも違う、それはヒト特有の感覚だと思う。
 あう、と千宏は小さく声を上げた。その舌がするすると千宏の体を這い降り、下腹部へとたどり着く。
「ちょ……と、ま……! コウヤさん!? いいよ、いいってこんなことしなくて! あたしはただ……ひゃ!」
 千宏の叫びを無視して、コウヤの唇が秘部に触れ、千宏は間の抜けた声を上げて唇を噛んだ。
「力を抜いて……どうか、ご心配なく。慣れています」
「ん……ぅ……ん……!」
 慣れているのはわかっている。それがコウヤにとって不本意な事柄である事も理解している。だからこそ、奉仕させるようなまねはさせたくなかった。
 だがコウヤは女を喜ばせることに慣れていて、慣れきっていて、それこそ娼婦として生活してきた千宏ですら足元にも及ばないほどに巧みだった。
 コウヤ舌がついと入口を舐め上げ、緊張で固く閉じたその奥へともぐりこんでくる。そうされるだけで、無意識に腰が跳ねた。
「は……ひ、ん……っ」
 腰を撫でる大きな掌が、太ももを掴む繊細な指が、恐怖にすくんだような千宏の体をゆるゆるとほぐしていった。
 じゅると、動物のような音を立ててコウヤがあふれた唾液をすすり上げる。千宏の軽く息を弾ませ、シーツに縋って這い上がってくる快楽に喉を反らせた。
「指を……入れますよ……」
 遠くで聞こえたはずの声が、耳たぶを舐めるほど近くに聞こえた気がした。
 待って、と千宏が言うのを待たず、コウヤの指が唾液でぬめる秘部を愛撫する。浅く突き入れられると奥から愛液が溢れてくるのがわかって、千宏は唇を噛んで息をつめた。
 指が二本、狭い入口を押し開き、奥へ奥へと入り込んでくる。と同時にコウヤの唇が快楽の中心に吸い付いて、千宏は噛み締めた唇をほどいて甘い悲鳴を上げた。
「あぁあぁあ! あ、や、それ……だめ、だめ……ぇ、ひん……あっ……!」
 く、と。コウヤが突き入れた指を折り曲げ、柔らかな媚肉をこすり上げた。途端に甘い痺れが腰を駆け上がり、千宏はぞくぞくと全身を震わせる。
 気持ちがいい。こんなにも、指と唇で触れられているだけでどうにもならなくなるほどに気持ちがよくて、千宏はシーツに縋って弱弱しく喘いだ。
「ほら……」
 コウヤの体温が背中から千宏の体を包み込み、その無機質な声が優しげに耳朶を食む。
「できるでしょう?」
「ぅ、あ……あ、あぁああぁ! あ、あぁ……ひぁ、あ……!」
 いたずらにコウヤが指を動かすたび、あふれ出た愛液が泡立ちじゅぶじゅぶと淫猥な音を響かせた。
 腰を撫でていた手がろっ骨のラインをなぞるように胸を押し包み、やわやわと揉みしだく。その先端をつままれて、千宏は小さく叫んで仰け反った。コウヤの指をきゅうきゅうと締め付けているのが自分でもわかり、首筋を愛撫するコウヤの唇から逃れたくて身をよじる。
「ぃ……あ、あ……こ、やさ……」
「挿れますよ」
「んく、ぁ……」
 すっかりと肉が落ち、ほぼ骨と皮だけのような男だ。今まで千宏が体を預けてきた男たちと比べれば、それこそその体格は華奢な少女と大柄な男ほども違う。
 それだというのに、少しも逆らうことができなかった。足を大きく押し広げられたところで、嫌だ、恥ずかしいと思う事すらできない。まるでそうすることが当然で、自然な動作なのだというように、コウヤは千宏の体を支配し、思うように動かしていた。
 男を求めて潤い開いた入口に、熱く硬い物が触れる。入れる時、いつもならば鈍い痛みを伴うそれは、ゆるやかな圧迫感と共にやすやすと千宏の奥に到達した。
 その心地よい充足感に、千宏はほうと息を吐く。ちょうど、それは千宏の体にぴたりと収まったように感じた。
 切迫した苦しさや押しつけがましい快楽ではなく、ゆるゆると甘く心地よい。
「コウヤ、さん……」
「はい」
「コウヤさん……コウヤさん……ッ」
 縋って求めるように、その首に腕を回す。引き寄せると、コウヤは千宏の唇をその唇でふさいで緩やかに腰を引いた。ぎりぎりまで抜かれたそれは、また同じように緩やかに千宏を満たす。
 もどかしい快楽に、千宏はコウヤの首に縋って鼻にかかった息を零した。
 もっと強く、もっと、もっととその耳元でささやくと、突き上げられて千宏は歓喜の悲鳴を上げる。目の端から自然と涙が滑り落ちて、突き上げられるたび汗と共にぱたぱたとシーツに散った。
 見上げれば、コウヤの顔は相変わらず無機質に冷たく、興奮どころか感情の色もない。ただ、どうすれば千宏がより感じるかを観察し、見極めようとしているようだった。
 少しでも大きな反応を見せれば、コウヤはそれを見逃さず的確にそこを責めたてる。強い快楽を与えて苛んだかと思えばわざと焦らして苦しませ、目のくらむような高みに押し上げて引きずりおろす。
 それは計算されつくした快楽だった。抵抗も反撃もできなくて、ただ与えられる快楽に流されるばかりで、千宏はとうとう初心な少女のようにシーツに顔を埋めて泣き出した。
 痛くない、苦しくない、恐ろしいほどに気持ち良くて、ひたすらにそれが辛い。
「も……ぉ……や……やめ、や……ッ」
 懇願すると立ち上がった乳首を摘み上げられ、千宏は声もなく叫んできりきりと奥歯を噛み締めた。コウヤの指の腹で押しつぶされ、転がされるたびに下腹部が疼き、これ以上ないほど強くくわえ込んだものをしごき上げる。
「い……ぁ、いく……そぇ、ま……あたし、あたし、も……いく、いく……!」
「奥に……出しますよ」
 仰向けの状態でぐいと腰を抱え上げられ、最奥を貫かれて千宏はこらえ切れず悲鳴を上げた。腰が跳ねるほど激しく痙攣する胎内に、どくどくと白濁が注ぎこまれる様子が涙でにじんだ視界に映っていた。最後の一滴まで注ぎ込み、コウヤが腰を引くとこぷりとあふれて千宏の腹を垂れてくる。
「ぁ……う……あ」
 抱え上げられた腰が下ろされ、ベッドに深く沈んでからも快楽の余韻はしばし去らずに千宏の体を跳ねさせた。
 その体を優しく抱き起され、千宏はぼんやりとしてコウヤの顔を見た。だが両目をコウヤの掌に覆われて、千宏は素直に目を閉じる。
 背中にコウヤの体温があった。薄い胸板に、乾いた皮膚。手を探して指を絡めると、その手は大きく筋張っていて、皮膚は乾いて硬い。
 腰に回された腕が心地よく、千宏は少しずつ落ち着いてきた体をコウヤに預けて息を吐いた。
「……気持ちよかった」
「ご満足いただけたのでしたら、何よりの喜びです」
 耳元でささやく声は相変わらずに冷たく無機質なのに、その動作の一つ一つはどこまでも優しく、愛情すら感じさせた。
 それも当然、そう仕込まれているのだろう。奉仕する相手の体を、心を。とことん満足させるため徹底的に調教されたのだ。
 それを思うと、心地よい優しさが逆に痛い。
「……ありがとう」
「私に礼など、もったいなく思います」
「ごめんなさい」
 ぎゅっと、千宏は唇を噛み締める。
 無傷なくせに上手くできなくて。取引を望んだくせに奉仕をさせて。その上身勝手に哀れんで身勝手に泣いて。
「ごめんなさい……ッ」
 頬を伝った涙を見て、ほんの少しだけコウヤの呼吸が乱れた。
 掌が濡れて不愉快だろうに、千宏の両目を覆った手は動かない。
 それは、コウヤの本来の優しさなのかもしれなかった。

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