猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

わたしのわるいひと 11

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ご主人様が、溶けている。

ソファにべたーっと寝ているご主人様。それに沿ってふわふわした毛並みが流れる。
「……起きてください。ご主人様」
「うー」
ご主人様は謎の声を発しもぞもぞ動いたが、やがて止まった。おれはご主人様の体をひっつかむと、ゆっさゆっさ揺らした。
「起きんかい、こら」
「あつい」
「たいしたことないじゃないですか」
おれはちなみに長袖を着ている。
「私は寒いところの生まれだから暑さは苦手なの」
ゆっくりと体を起こし、ご主人様はおれを見る。白い肌に黒い目が印象的だ。
「今日はお休みじゃないの」
「今日は『あれ』の日ですよ」
「えっ」
ご主人様は目をぱちくりさせた。
「言った?」
「言いました」
「聞いてないよー」
「はいはい。わかったからとっとと着替える」
「えー」
ご主人様はぶつぶつ言いながら自室へと消えた。


――寒い地域といっても、今コートを着るのはとてもつらい。夜を走る馬車に乗って数時間。館に着くと、すでに汗だくだった。
「大丈夫? ヨー」
「大丈夫です。以前はついてこれもしなかったですからね。感謝してますよ」
感謝してる、の言葉にご主人様はにこっと笑った。
両開きの扉にすっと手を当てる。すると音もなく開いた。この扉には特殊な魔法がかかっているらしい。「魔素に汚染されていない生き物だけが開けられる」という魔法が。
階段を上って広間に入ると、ざわざわとした幾人もの声がする。おそらく、異様な光景だろう。
なぜなら、この中の半数程度はヒトなのだから。


はじめにおれに気づいたのは、身なりのいい老紳士だった。
「よう『骨董屋』」
「『古本屋』の爺さんか」
おれはあいまいに笑った。こいつもヒトだ。古本屋はご主人様を無視にかかって、いきなりおれに話しかけた。まあ、ここではよくあることだ。
「調子はどうだ?」
「まあ、ぼちぼちやってるよ」
いつもどおりのせりふの応酬をして、ようやくご主人様に気づいたらしい。
「こんばんは。ライカ様」
「こんばんは」
ご主人様はぎこちなく礼をする。古本屋はすぐに目を離した。
「変わったことはないか?」
「いや、別に。まあまあだな」
「こっちはグーテンベルクの聖書を見つけたよ」
おれは顔をしかめる。
「マジか。向こうじゃ値段がつけられねえな」
「だが、こっちでは価値を理解されん。印刷技術もヒトが伝えたというのに」
ご主人様はぽかん、と話を聞いている。いつものことだ。
「諸行無常」
「『死体屋』さん」
いきなり話に割り込んできた女に、ご主人様はぎょっとした。
「形あるものはいつか滅びるのよ」
なぜかいつも白衣を着ているこのメスヒトは、ヒトの死体を売り買いする『死体屋』だ。
たとえば実験用として、たとえば移植用として。
「こんばんは。ライカ様。……どうしておびえていらっしゃるの? 死体も物にすぎないのに」
「やめろ。死体屋」
おれは短く言った。死体屋はサディスティックに笑う。
「失礼しました……ライカ様はお優しいから、つい、ね」
まったく、こいつはよくわからん。落ちモノ商のヒトは博識が多いが、変なやつもなぜか多い。
ご主人様をかばうように立つと、ふふんと死体屋は鼻を鳴らした。
「殊勝ね。ねえライカ様、お気をつけて。ヒトなんていつ裏切るかわからないわよ」
「ヨーをそんな風に言わないで!」
突然叫んだご主人様に思わず振り返ったが、すぐあきれた。
「ご主人様……」
「ふふふ。あなたたちって素敵ね。売り飛ばしてやりたいくらいよ」
嫌な女は放っておいて、おれはご主人様の腕を引っ張りその場を立ち去った。


落ちモノ商は、こうやって年に数回集まって情報交換したり、売り買いの交渉をしたりする。
ただ、その中心になるのはヒトだ。主人も参加するが、ヒトがいなくては落ちモノ商の仕事は成り立たない。
帰り道、馬車の中でご主人様にたずねた。
「ご主人様、これ嫌いですよね」
「……う」
「嘘をつかなくてもいいんですよ」
「お仕事だから」
ご主人様はそう言って横を向く。
おれはひとつ息を吐く。
「ご主人様。おれも同じですからね」
ご主人様の横顔に、おれは語りかける。
「おれも、死体屋と何も変わらない。同胞の死体から物を奪って売っているのだから」
『死肉食らい』
一部のヒトに、おれたちはそう呼ばれているらしい。
「ヨー」
ご主人様は、振り向いた。
「私は、それでも」
「ご主人様」
ご主人様は黙った。


おれは生きたい。
たとえそれそのものが冒涜的な行為だとしても。

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