猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

犬国奇憚夢日記12e

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匿名ユーザー

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 ~承前

「アッ! アァン!」

 艶めかしく動く腰のラインが魔洸ランプの光を受けて、鈍く輝き汗を光らせた。
 反応を確かめるようにして動くアーサーの腰の動きにあわせ、騎乗位に跨ったマヤの体が悩ましげに踊る。

「こんなのはどうだ?」

 上下だけでなく左右にも動きを加え、マヤの体が重心を失った駒の様に左右へと揺れている。こまめに揺れる上下動にマヤの体から力が抜けて、アーサーの厚い胸板に両手を付いた。

 その手を拾い上げ、そのままマヤの腰へ両手を伸ばし。
 マヤの胎内へ差し込んだまま持ち上げたアーサーはその体を持ち上げてしまった。

 そのまま寝床へと押し倒すようにして、両足を抱え深く深くへと突き上げる。

「ッアァァァァァァン! アッァァァァン ッン・・・・・」

 碌に言葉も無く、ただただ揺れるだけのマヤの体。
 スレンダーな肢体の上に揺れるプリンのような豊かな胸。
 抱えていた両足をはなし、アーサーの手はマヤの両脇の下辺りへと降ろされた。
 より深く長いストライドで差し込まれるその動きに、マヤは声を失って背を反らせた。

「おっといけねぇ 忘れるところだった」

 無造作に引き抜いて腰を抱え上げるアーサーの太い両腕。
 その動きにあわせるように、マヤはうつ伏せに向きを変え床へ膝をついた。
 自然とその腰は浮き上がったようになり、まるでイヌの女の様に尻を突き出す。

「・・・・はい どうぞ」
「よしっ!」

 再び無造作に突っ込まれたアーサーの太くて逞しい物が、マヤの胎内を掻き混ぜる。
 言葉にならぬ声で嬌声を発し、マヤの両腕が力いっぱいに枕を抱き閉めた。

「アァァァ・・・・・・・・・!!!」

    ドクッ・・・・

 膣の内壁を叩くように脈動し、あふれるほどに吐き出された愛情の発露。
 こぼれて落ちて、粘っこく腹下を伝って流れるそれに、マヤは手を伸ばす。

「沢山出ましたね」
「あぁ。ちょっと溜まってたな」

 ウフッ・・・・
 指先ですくって舐めるマヤの仕草がなんともエロティックで。
 アーサーは何となく目をそらしていた。

  ―― ねぇマヤ アーサーにさぁ 後からやる癖付けてよ お願い!

 ジョアンはマヤにそう言った事がある。
 なんで?と聞き返したマヤに、ジョアンは真っ赤な顔で言った。

  ―― こっち向かれて前からされるとさぁ・・・・ かっ 顔を見られて恥ずかしいから

 なんともまぁ・・・・
 マヤも半分赤くなりながら、でも、ジョアンの言葉ももっともだと思った。
 生まれた頃から見られて育ったマヤは、アーサーに隠し事など何も無い。
 幼い頃から妹の様に育ち、憧れのアイドルの様に見つめて育ったのだから。
 だから、恥ずかしい顔も嬉しい顔もアーサーは知っている。

 しかし、ジョアンは他人だ。他所からやって来た、嫁いで来た他人だ。
 まだまだ、恥ずかしさや照れる部分が残っている。
 そしてそれは幼馴染に育ったマヤへの羨望であり、裏を返せば嫉妬でもある。

  ―― はい 奥様 承りました そのように致します

 ニコッと笑ってそう答えたマヤ。
 ジョアンはなんとも複雑な表情で頷いた。

 それっきり、その場で言葉を失ったジョアンとマヤ。
 ジョアンとマヤの間に微妙な影が落ちている。
 そしてアーサーもそれ気付いていた。

「失礼します」

 事を済ませた『それ』はだらしなく垂れていて、自分自身の愛液とアーサーの精液でヌラヌラとおぞましい位に妖しく光っていた。
 マヤはなにか大事なものを含むように口の中へと誘い込んで、精管の中に残っていたものまで吸い出して綺麗に舐め上げた。
 女ほどでないにしろ、敏感になっている故に、再び僅かに硬さを取り戻すも、ゆっくりとこなす腹式呼吸の波動が、硬さを失わせていく。

「お粗末でした。清めてきます」

 手ぬぐいを当てて胎内から零れ落ちぬよう栓をして。
 マヤは浴室へと立ち上がろうとした。
 だが、その手をアーサーが押さえて、グッと引き寄せる。

 まるで大事なものをそっと包み込むようにして。

「・・・・それはいけません」

 ギュッと抱き閉めたまま床へ横になったアーサー。
 太く逞しい両腕に抱きしめられ、マヤは身動き一つ出来ないでいる。

「・・・・・・・アーサーさま」
「今から独り言を言うから耳を塞いでろよ」
「でもこれじゃ耳をふさ『塞いだな?』

 アーサーの厚い胸板にはえ揃った体毛へ顔を鎮めて、マヤはコクコクと頷いた。

「お前がイヌだったらどんなに良かったか・・・・ ヒトの男にくれてやるのは悔しいな」

 搾り出すような声で呟いたアーサー。
 その胸でマヤがカタカタと震えていた。

「悔しいが仕方が無い・・・・ 家名を背負わぬ平民のイヌならヒトと暮らせたのに・・・・」

 モフモフとした胸毛の奥で、マヤが鼻をすすっていた。
 慟哭の細波がその胸に叩きつけられ、アーサーもまた涙を浮かべている。

「・・・・ん? どうしたマヤ? 寒いのか? 湯にでも入ると良い」
「・・・・・・・・・はい」

 アーサーの顔がプイッと壁の方を向いた。
 マヤは顔を両手で隠して浴室へと歩いていく。

 しなやかな肢体のその内股へ垂れた愛の雫がキラキラと光っている。
 床に垂らさぬよう手で押さえて、マヤは足早に浴室へと消えて行った。
 そっとドアを閉める音がして、シャワーの水音が響く。
 それに混じって聞こえてくるのは、出来る限りに声を殺した嗚咽。

 やがてそれは抑え切れぬ声へと変わり、マヤは浴室の中で声を上げて泣いた。
 流れ落ちるシャワーの雫に打たれながら、浴室の床に手を付いて。
 掴めぬ物を握るように、床を流れる水を掴むように。
 両の手をグッと握り締めて、ただひたすら、泣き続けていた。


 同じ頃。


 イヌの国の都と栄える街の片隅。
 やや古ぼけた家並みの並ぶエリアは、王都の中でも高級住宅街に当たるエリア。
 重厚に作られた家々に混じり、高級官僚や公爵家の王都別宅なども立ち並んでいる。

 大通りから少し脇道にそれた奥。
 周囲の家からは浮くほどに小さくまとまった、まるで倉庫のような家が一棟。
 柔らかな明かりがこぼれる窓を見れば、人が住んでいるのはわかるのだが・・・・

「叔父上。一言いって下さい。水臭いじゃないですか」

 呆れたように笑うアリス。
 その小さな家の小さな居間には、スロゥチャイム家の現頭首と、そして。

「何々。これで居て不自由せんでな。わしと介添えの3人が暮らすなら、これ以上は望まんでもええじゃろ。これ以上広ければ掃除専門を雇うようじゃでな」

 すっかり老成し、白髪ばかりになった緋耀種のイヌの男が一人。
 真っ白になってしまった飾り毛をいじりながら、チビチビとウィスキーを飲んでいる。

「でも。あんまりみすぼらしいと、私がアレコレ言われます。もう少し見栄を張ってください。今月中にでも転居を」

 上等な切り子のショットグラスにウィスキーを注がせ、アリスは尚笑っている。

「良いんじゃ。ケスラーは変わり者で通っておる。これ以上何を望もうか」

 グイっと飲み干して、空になったショットグラスを差し出したイヌの男。
 フェルヴェルト・フォン・ケスラー。
 公爵家スロゥチャイム一族の傍流として王都の別宅を預かり、また、王都の警備責任者の顧問として目を光らせる年老いた貴族。
 そして、なにか不始末をやらかした王都の警備隊の、その汚れてしまったケツを拭く係りだ。

 数年ぶりに王都へやって来たアリスの、その入城までの顛末を聞くはずだったのだが・・・・
 いつの間にか議題はケスラー卿の普段住まいの家の粗末さに変わっていた。

 そしてもう一つ。

 本来ならば家主が寝るべき寝台の上で、苦しそうな荒い息をしているヒトの女の件。
 透き通るような白い肌のその女はすっかり白髪となり、歯のほとんどが抜け落ちてしまっていて、まるで老婆のような姿でベットの上で上体を起こして座っている。

「あなたは一体誰なの?」

 出来る限り平穏に訊ねているアリスだが、凄みのある笑みを浮かべるだけで、名乗る事も無く、また、何一つ言葉を発せず。
 ただただ。陰部よりの出血と、そして、潤んだ瞳から涙を流して笑っていた。

「アリス。もう良い。おぬしも心配せんでええ。お前さんを衛視には引き渡さんよ」

 だが、そうは言っても自体はそれほど簡単ではなかった。
 傍らの椅子に掛けられているスタジャンの、その背なに書かれたマークが大問題なのだった。

  ―― HOLY-WOOD & DEATH-VALLEY

 近年。イヌの王都やネコの都や。それだけでなくトラの街や歓楽街で猛威を振るっているヒトのテロリスト集団の。
 その男や女たちが見に纏っているスタジャンがここにあった。

 ヒトがテロ活動をするということ、それ自体がもはや尋常な事ではない。
 この何年かの間にわかっているだけで放火が数十件あり、それだけでなく、家主を含めた一族郎党惨殺などの異常性を際立たせる事件を起こしている集団だった。
 そして何より極めつけは、事件の最後に必ず一握りの人間が自爆して痕跡も証言の元も消してしまうのだった。

 当然、捜査は難航する。証拠も証言を取るべき生き残りも居ないのだ。
 だからこそ王都の警備隊は執拗に身柄の引渡しを求めているのだが・・・・

「名乗らなくても良いし、それに目的を言わなくても良いわ。ただね、その体はどうしたのかだけ教えてくれないかしら?私もイヌの国を預かる立場の一人だから」

 グラスの中身を美味そうにチビチビとやりながらアリスはそう言った。
 頭に耳のない娘がやってきて、皿に盛られた茹で海老を置いていった。
 ぺこりと頭を下げて立ち去るその刹那。アリスの鼻が何かを捉えた。

「あれ?あなたは?」
「・・・・ばれましたか」

 ニコッと笑った娘はヒトの女に暖かいスープの入ったコップを差し出しながら笑った。
 握りこぶしほどのパンを添えた、簡素だけど暖かな食事。
 だが、ヒトの女は手をつけなかった。

「私、こう見えてもイヌなんですよ」

 エプロンを掛けた娘はニコッと笑って見せた。
 口の中の目立つところにある犬歯は確かにイヌそのものだ。

「私もテロでこうなっちゃいました。耳と尻尾を切り落とされたんです。そしたらヒトの辛さがよく分かるようになって・・・・」

 ベットの脇にそっと腰を下ろした娘はパンをちぎってスープに浮かべた。

「ほら、こうしたら食べられますよ。栄養付けてください。そんなに怖がらないで」

 不思議そうに見上げたヒトの女。
 だが、ただただ泣きながら笑っているだけだった。

「あなた。カッコウの巣の中に居たんでしょ」

 カッコウの巣。そう呼ばれる施設が王都の片隅にある。
 そして途端にアリスの表情もまた険悪になる。

 ヒトの繁殖施設。と、そう呼ばれているのだが、実態は単なる金儲けの為の施設でしかない。
 要するに、ヒトを繁殖させて房事を教え込み高く売る為の施設だった。

 世の中には未成年や幼年のヒトでなければ興奮状態にならない者もいる。
 すっかり擦れきった変態どもの、狂いきった救いようの無い性的嗜好の遊び道具にされて使い潰される為に生まれてくる・・・・哀れな命の供給源。

 若くて健康なヒトの女が何人も何人もヒト買いから買い取られてはそこへ送り込まれ、死ぬまで子供を取り続けられる運命・・・・

「サク」

 ケスラー老は静かにそう呼びかけた。出来る限り刺激しないように心掛けているのだろう。
 その優しさがどこかに響いてくれると良いのだが・・・・。そんな期待があることをアリスもまた気が付いていた。

「はい?」

 耳と尻尾の無いイヌが振り返る。
 不思議そうな表情を浮かべる姿はヒトと全く変わらない。

「マタはどうした?」
「あ、たぶん部屋に閉じこもってます。今日は・・・・」
「そうだな」

 クックックと苦笑いを浮かべたケスラー老とサク。
 不思議そうに眺めているアリスが首を傾げる。

「・・・・あなたたちの目的は何なの」

 やっと口を開いたヒトの女。
 すっかり掠れた声になっているのは、それまで辿った人生の結果なのかもしれない。

「これ以上私にどうしろと言うの」
「どうもせんよ。安心せい」

 過酷な道のりを感じさせる棘のある言葉が口を付いて出る。
 もう誰も信用出来ない。暖かな施しも慈しみある優しさも。
 浮かべる表情は脅えと猜疑と、あと、刺す様な敵意。

 だが、ケスラー老の言葉はより一層優しくなっていた。

  ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 突然ドアが激しく叩かれる。
 その音に部屋の中が一瞬静まり返った。

「どなたでしょうか?」

 サクと呼ばれたイヌの娘が平穏な声で誰何した。

   ” 御老!私です!とりあえずドアを開けてください!”

 どこかで聞いた声だ・・・・
 アリスの耳がその声を覚えていた。

「もう深夜じゃ。明日になったら出直して来い。わしゃ眠いでの」

   ” お願いします!ドアだけでもお願いします! ”

「駄目じゃ。今は開けられん。お前さんの為を思って言っておるんじゃぞ」

 アリスの目がケスラー老に向けられた。
 なぜ?
 そう言いたそうな目だ。

 だが、ケスラー老は一切意に介さず、外へ向かって言葉を発する。

「平民出のおまえさんでは色々と拙い。そういう意味じゃ」

  ” 御老!仰る意味がわかりません!とりあえず!”

 食い下がるその言葉にアリスはふと思い出した。
 声の主は王都の警備責任者の、あのうだつが上がらぬ男だ。
 おそらく、何処かの高級官僚から圧力を掛けられ、深夜に慌てて飛んできたのだろう。

 ここにテロリストの重要参考人が居るとなると・・・・・と言う大義名分で。
 実際は全く違って、おそらく、表に出ると困るイヌの国の裏家業の事で。
 出来れば穏便に口封じをしたいから、その汚れ役を押し付けたのではないだろうか?

 そう思うと、なんともあの間抜けな男が哀れに思えてきた。

「叔父上。構わず入れましょう。後は私が引き受けます」

 アリスは少しだけ笑みを浮かべ、そのまま立ち上がってベット上のヒトの女の隣に腰を下ろした。

「あなたは少し食べなさい。心配要らないから」

 スープの入ったカップを持たせ口へと運ぶアリスの両手。
 同じタイミングでドアを蹴り破って、あの見覚えのある男達が部屋の中へ入ってきた。
 飛び込んできた男たちはみな両手に抱えた大口径の小銃を構えていた。
 打ち合わせと手筈通りなのだろう。だが、素早く構えた先には・・・・

「あなた。誰に銃を向けてるのか、わかっててやってるの?」

 恐ろしいまでに冷酷な口調で発したアリスの言葉に、兵士は一瞬だけ怯んだ。
 だが、間髪居れずに任務を思い出したのか、狙いを定め引き金に指を掛ける。

「大命につき、御免被る!」

 その一言が命取りだった。
 グッと力を入れたはずの指が動かなかった。
 何も言わずに撃てば間に合ったのだろうが・・・・

 言葉を発したアリスが同時に片手で行った小さなジェスチャー。
 だが、それは拭いがたい一瞬のミスを極限まで有効活用したものだった。
 潜った修羅場の数が生み出す、逡巡も容赦も無い一撃。

「アリスや・・・・ 恐ろしい娘になったの」
「私も、緋耀種ですから」

 兵士はガクッと床に膝を付いた。
 目や耳や鼻や、体内へと続く穴と言う穴から血を流していた。

「何をしたの?」

 弱々しい声が漏れる。ベットの上に居た死に掛けの女が言葉を発した。
 瞬間的に死を悟ったのだろうが、命を落としたのは相手だった。

「血中酸素を瞬間的にゼロにしたのよ。本来は火を消す魔法だけどね。私の家の執事だったヒトの男がこの知恵をくれたの。火消し魔法で相手を屠るなんて考えも付かなかったわ。最初は信じられなかったもの」

 ほんの僅かの間の出来事なのだが、それでも随分長い時間が流れたように錯覚する。
 時間が圧縮されて感じると言うことはつまり、皆極限の集中をしていたと言うことだろうか。
 一瞬で絶命した兵士の亡骸を囲み、飛び込んできた兵士達が唖然としていた。
 しかし、任務を忘れた訳ではないし、先送りにした訳でもない。

 今、目の前にある現実を上手く受け入れられなくて、ただ、ただ。
 一瞬の虚を突かれ狼狽しているのだった。

「また・・・・ あなたなの? いい加減にして欲しいものだわ」

 アリスの言葉に警備責任者は我に帰ったようだ。

「あ・・・・ あの。公爵様。事情を説明してくださるでしょうか」
「ここは私の叔父の家。この女は倒れていたのを叔父が保護したもの。私はたまたま来ただけよ。で、話を聞いていただけ。これで良いでしょ。それとも」

 一方的な事情を話しながら、アリスの手はヒトの女の口へカップを押し付けた。
 僅かな抵抗をみせたその女は、次の瞬間には全てを受け入れるように中身を飲み込んだ。
 喉を通る暖かな感触が人の温もりを思いこさせるのだろうか。
 再び女の頬を暖かな涙が伝った。

「私は自分の生んだ子の顔も知らないのよ・・・・」
「そうなの。それは辛いわね」

 アリスの目に浮かぶ冷ややかな感情がそのまま警備責任者の男に注がれる。
 氷のような視線に気圧されて、言葉を飲み込み直立不動になっていた。

「とりあえずドアを閉めなさい。寒いでしょ」
「・・・・失礼しました」

 静かにドアが閉まり、家の外に立っていた兵士達が一瞬ざわめく。

「外の連中を帰してやれ。もう深夜じゃて。近所迷惑じゃ」

 ケスラー老の発した言葉が普段と変わらぬ口調だったのは以外だった。
 だが、それはつまり最大限の譲歩を迫る暗黙の取引を持ちかけるものだと気が付く。
 どんな理由で送り込まれたにせよ、今はもはや抵抗し任務を果たす状況ではない。

 戦闘種族として数えられる緋耀種の、そのベテランとも言える年齢のイヌが2人。
 銃で接近戦闘を仕掛けた所でたかが知れている。
 しかも、一度だけ見せた魔法戦闘の経験の深さとセンスの良さ。

 とんでもない大技よりも手先で扱える小さな魔法の方が、接近戦闘には遙かに便利だ。

「御老。お手間をおかけしました。今宵は失礼させていただきます」
「まぁまて。おぬしはここに残るのじゃ。他の者は帰ってよし。夜間出動じゃ。手当ても付くじゃろうて。おぉそうだ。大通りの破鍋亭がまだやっておるじゃろ。スープでも飲んで帰れ。わしが払うてしんぜよう。皆、ご苦労じゃった」

 優しい口調だが、眼差しにはまじりっけ無しの警戒と敵意。
 老いたりとは言え、生涯二百と数余戦を数える歴戦騎士の心はまだまだ軒昂だ。
 部屋の中の兵士達が何かを諦めて部屋を出て行った。
 残されたのは絶命した兵士の死体と、そして隊長だけ。

 なんともいえない重い空気が部屋を漂う。

「誰に命じられたのか。正直に言ってくれるかしら?」

 アリスもまたどこか優しい口調でそっと問いかけている。
 ヒトの女がやっと飲み干したスープとパンの食事を、サクと呼ばれたイヌの娘が片付けた。
 静まり返った部屋の中に漂うのは、鉛の様に重い空気だけ。

「おいそれとは言えない存在があなたに直接命じた。そう解釈して良いかしら?」

 どこか観念したように、目を閉じ、口を真一文字に結び。
 警備責任者の男は、ただ黙って立っていた。
 だが、その鼻は乾ききり、耳の内側は充血している。
 グッと握った手が真っ白に成っているのは、極限の緊張の証か。

「汚れ役は絶対に必要と言うことです。誰かがやらねばならないんです。それが・・・・」
「だからあなたが口封じに?」
「いえ。慈悲です」
「慈悲?」
「はい」

 そのとき。警備責任者の男は始めて深くて沈痛なため息を、一つついた。
 吐き出されるその息は、どんな言葉よりも思い意味を感じていた。

「あの。公爵様」

 横からサクが口を開いた。

「カッコウの巣から抜け出た者は、みせしめに施設の中庭で火焙りにされるそうです」
「火焙り?それ本当なの?嘘でしょ?まさか・・・・」

 驚愕の言葉にアリスの眼差しがヒトの女を貫いた。
 だが、その女は何も言わずに、ただ、静かに頷くだけだった。

「臨月近くになれば女は走る事など出来はしません。その時だけ監視付きであの施設から街へヒトの女たちが出られるんだそうです。そして、その時に隙を見てヒトの女がルカパヤンへ逃げようとするんだそうです。ですが、なかなか逃げ切れるもんじゃありませんから・・・・」

 サクとヒトの女を交互に見て。
 そしてアリスもまた深いため息をついた。

「まだまだ・・・・私も知らない事だらけね。これじゃマサミに笑われるわ」
「あの男は聡明だったからのぉ。ヒトながら、惜しい人材じゃった」

 そして再び重い空気。
 痛いほどの沈黙が続き、皆がそれに痺れを切らそうかとしていたその刹那。

「あなたの所領へ落ちたら、また違う人生だったかしら・・・・」

 どう見ても半分死にかけていたヒトの女がボソリと呟いた。
 無表情でベットの上を見つめたまま。

「どうかしらね・・・・ それは分からないわ」

 アリスはわざと冷たい言葉を返したつもりだった。
 だが、その真意に気が付かぬわけでもなく。

 無表情だったヒトの女に、再び笑みが浮かんだ。

「・・・・・・Amazing grace how sweet the sound・・・・・」

 呟くように、歌うように。
 清らかな言葉が漏れ出てくる。

「That saved a wretch like me・・・・・」

 透明感のある高音が部屋を漂った。
 幾度も幾度も。絶望と絶叫の夜を越えて。
 それでなお。いや。それだからこその。
 救いを求める・・・・・

 例えそれがどれ程無駄なことだと分かっていても。
 尚、それをせざるを得なかった日々の思いの。

 ふと、何かを思い出して歌声は途切れた。
 ヒトの女の手が中を泳ぐ。
 それはまるで見えぬ我が子を抱き閉める母親の様にして。
 限りなく透明で澄んだ涙が再び頬を伝う。

 居た堪れない空気に入れ替わった部屋に違う歌声が響いた。

「I once was lost but now am found,Was blind but now I see・・・・」

 不思議そうにして視線を上げたヒトの女の眼差しの先。
 アリスは自分の胸に手を当てて、目を閉じて歌っていた。

「Twas grace that taught my heart to fear,And grace my fears relieved,How precious did that grace appear,The hour I first believed・・・・ とても良い歌ね」」
「なんであなたが知っているの?」
「私の所領を栄えさせたヒトの男のその妻がよく歌って。すっかり覚えちゃったのよ」

 泣き顔のまま、その唇に笑みが浮かぶ。
 流れて言った時間を巻き戻して、すっかり遠くなってしまった日を思い出すように。

 アリスは瞳を閉じたまま天を見上げ、また歌いだした。

「Through many dangers, toils and snares I have already come.'Tis grace hath brought me safe thus far,And grace will lead me home・・・・・

 途中からヒトの女も歌いだした。
 やや掠れた声になり、そして声量がだんだんと落ちていく。

 それが何を意味するのか、アリスは嫌と言うほど分かっていた。

 遠い日。心から愛したヒトの男がかつて無いほど取り乱したあの夜。
 幼い子供達の前だと言うのに。城内の者達が見ている前だと言うのに。
 声を上げて男泣きに泣いた夜の。あの部屋の中で。
 空気の様に消えていく、あの清らかな声と同じだった。

「The Lord has promised good to me, His Word my hope secures; He will my shield and portion be As long as life endures.」

 掠れた声が聞こえなくなり、アリスはそっとヒトの女をベットへ横たえた。
 見えぬ何かを抱き閉めていた手が胸の上で重ねられる。

「Yes,when this heart and flesh shall fail,And mortal life shall cease,I shall possess within the vail,A life of joy and peace.」

 うっすらと開いていた瞼に手を伸ばし、何かを慈しむかのようにそっと閉じて。
 重ねられた両手の上にそっと自らの手を置いて。

「続きはあなたが歌いなさい。冥府で神の前に立ったなら歌えるでしょう・・・・」

 そっとベットから立ち上がり、肩に掛けていたショールを取ってヒトの女の顔に降ろした。
 威厳のある表情を浮かべ、そして胸に再び手を当てる。

「イヌの国のために努力してくれた事を感謝するわ。今まで本当にありがとう。さぁ、ヒトの世界へ帰りなさい。今度は落ちてきちゃ駄目よ。本当に・・・・ ありがとう」

 そのとき。アリスがうっすらと涙を浮かべていた。
 何を思いだしているのか。聞くまでも無かった。
 ふと、顔を上げたアリスが警備主任の両目を捕らえた。

「この女の亡骸は私が持って帰ります。あなたはその兵士を弔いなさい」
「はい。そのように致します」
「伯父上」
「あぁ。分かっておる。任せておけ」

 コクリと頷いてアリスは部屋を出て行った。
 小さな家の中で起きた出来事だが、それこそ遠い日の出来事を思い起こさせた。

「私も・・・・ まだまだ経験が足りないわね・・・・」

 ぼそっと呟いた言葉が、音も無く夜の闇へと溶けていった・・・・

 第5部 了

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