猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

犬国奇憚夢日記外伝05

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 ・・・・・ポール
      ・・・・ポール
           ・・・・・・・・・・・・・・・・ポール

 誰かが呼びかけている。
 薄らボンヤリとして天霧の掛かっていた意識が少しずつ覚醒していって・・・・

「ポール」

 その声の主がようやく誰だか理解して。

「疲れておるな。大丈夫か?」
「もちろんであります義父殿(ちちうえ)」

 眠い目をこすって顔を上げると、そこにはひざ掛けを乗せた老いしイヌが一人、椅子に腰掛けていた。
 傍らの小さなテーブルには湯気の昇るグラスが一つ。
 ウィスキーのお湯割を呑みながら、じっとこちらを見ていた。

「ポールもそろそろ楽になったらどうだ?」
「そうだとも、そろそろ良いじゃないか」

 口々に畳み掛けてる来る二人のイヌ。
 誰だっけ・・・・と考えを巡らしても誰だか全く思い起こせなかった。

 ただ、ポールの目の前にいるそのイヌを、自分自身の口が父上と読んだ事に気が付いて。
 そして間髪おかずにポールの目がカッと見開いて、じっと相手を見つめていた。

 遠き日。遠征に参加した南部14郡の兵士達と共に参加した作戦の会議の席。
 ポールは北伐遠征軍の総指揮官となった緋耀種の頂点にあったイヌと同席していた。

 ジョン・エクセリアス・セル・ミールランド・フォン・スロゥチャイム。

 長ったらしい名前と共に、周囲を圧する程の威光と雷名を欲しいままにしていたあのイヌ。
 まだまだ若かった自分の事を3人目の息子のように可愛がってくれた、尊敬すべき岳父。

「ミック。ポールにもグラスを渡せ」
「はい父上」

 ほれ。
 そう言わんばかりにグラスを突きつけた緋耀種のイヌ。
 あぁ、思い出した。そうだそうだ・・・・

「兄貴。すまない」
「良いって事さ。それより呑め呑め」

 ミハエル・スロゥチャイム
 ミックとかミッキーと呼ばれ、誰からも愛され尊敬されていたスロゥチャイム家の跡取り息子。
 そして、筋金入りの放蕩息子で、誰よりも喧嘩早いのがウリだった、ル・ガル国軍屈指の武闘派。
 僅か数騎の側従だけを引きつれて、戦場を一騎駆けした武勇伝は数知れなかった男。

「そうだ。呑めば楽しくなるさ」

 陽気で笑顔が絶えないこの男は・・・・
 そうだ。ハインツだ。ハインツ・ハラルド・スロゥチャイム。
 ジョン公の次男でハラルド家へ婿養子に行ったナイスガイ。

 何度も窮地に陥って、その都度にこの男が助けてくれて。
 ポールから見たら、ハインツはただの兄貴ではなかった。
 包囲殲滅線で逃げ場を失い、もみ潰しで全滅しそうになった所へ助けに来てくれた男だ。

「もう良いだろう?まだ何を望むのだね?」

 どこか呆れたように。
 でも楽しそうに。

 ジョン公は楽しそうにしながらポールに語りかける。

「まだまだやり残してますから」
「お前は少々贅沢過ぎる。足るを知れば余らずと言うではないか。なぁマサミ」

 中身を飲み干したグラスをやや持ち上げ、少し右へそらしたジョン公。
 そこへヒトの男がやってきて、見覚えのあるウィスキーポットからウィスキーを注いでいる。

 すっかり老成し額が大きく後退したヒトの男。
 モノクル越しの眼差しがグラスをしかと捕らえ、ウィスキーの後からポットの湯を追っている。
 その流れるような動きは優雅で、そして正確だった。

 ・・・・マサミ

 そんな姿を見た事の無いポールだが、しかし、それが誰だかをわからぬわけではない。
 あのまま。そうだ、あのままもっと年齢を重ねれば、マサミはこんな姿になっていたのであろう。

「ん・・・・ 少し濃いな」
「足しましょうか」
「いや よい」

 一礼して一歩下がって。
 そのまま部屋の隅へ歩み去って、そして部屋の中全体を見渡しているマサミ。

 そのすぐ傍らには老いたヒトの女がいて、小さなボウルの上で丁寧に葡萄の実から皮を取っていた。
 すっかり白髪になった毛髪を丁寧に束ね後へと流し、およそヒトの着る物とは思えぬ上質なデザインのワン
ピースに袖を通す・・・・ すっかり老婆姿のカナ。

 だが、あの若かった頃の、妻アリスと並んで負けないくらい美しかった姿の、その残り香は健在だ。
 匂うような良い女だった頃の姿も年月を重ねればこうなるのか・・・・

 剥きあがった葡萄へ銀のフォークを指して。
 僅かな指の動きで周囲のイヌのメイド達を集め皿を配るように指示を出している。

「カナ。もう休んでよいぞ。マサミ。妻を部屋へ送れ。お前たちも、もう歳だからな」
「承りました」

 マサミがやや微笑んで妻カナの背に手をかけた。
 少しだけ難儀そうに立ち上がったカナが一礼している。

「旦那様。お先に」
「うむ。今日もご苦労だった」

 カナを連れて部屋を出たマサミ。
 ポールはその背中を見ていた。

「ポール。あのヒトの夫婦もそうだ。お前の息子たちもそうだ。こっちが声を掛けてやらねばならぬ」
「・・・・息子たち」
「お前の息子たちは立派に成長したのだろう?もう良いではないか」

 義兄ミハエルから受け取ったグラスにやっと口を付けて。
 少しだけ口へ運んだウィスキーの味は間違いなくオールモルトのアリスの味だった。



                           ・・・・あぁ 全部 屍人だ



 ポールはそっと目を閉じて、モルトの深い深い味わいに思いを馳せた。
 ウィスキーの香りを確かめながら、それぞれの墓を思い出して。
 そしてこれが夢だと確信した瞬間に、誰かがポールの肩を掴んで揺り動かして。

「おいおいポール。まだ話しは終わってないぞ。もう一杯呑んで行け」
「そうだとも。たまには積もる話をしようじゃないか」
「早くこっちへ来いよ。いくらでも話が出来るぞ」

     カチャ・・・・

 部屋の戸が開いて、マサミがそこへ戻ってきた。
 幾人かのフットマンを連れて来たマサミ。
 先ほどまでカナが座っていた椅子へ腰を下ろす。

「マサミ。お前も呑め。全部お前の作品だ」

 凄みのある笑みを浮かべ、ジョン公がグラスを差し出いた。
 マサミは椅子から立ち上がって歩み寄りそれを受け取ると、自分のグラスへシングルでウィスキーを注ぎ、そ
してやや多めにお湯を注いで。

「やはり、良い味ですな。これは」

 満足そうに頷いていた。

「マサミ。ポールが帰ると言うておる」

 ジョン公は嗾けるように話しだすのだが。

「旦那様、ポール様にも都合があるのでしょう」

 そんな事を言って、そして僅かにポールを見てウィンクしている。
 ここは俺がうまく言っておくから。だから先に行け。そんな風にも見える。

 あぁ、そうだ。この男はいつもそうだった。
 頼りになる男だった。いつも一歩後ろにいて、必要な時には一歩前にいて。
 常に先手先手で先を歩いていて、時々振り返って早くしろと急かしていた。

      ヒトはイヌほど長生きじゃない・・・・・

 そんな口癖を、ふと思い出して。

「申し訳ありません義父殿」
「まぁよい。娘を頼むぞ」
「はい」

 椅子から立ちあがろうとして、余りに腰が重くて立ちあがれずにいたポール。
 見るに見かねたマサミがそっと手を差し出し、それに捕まって立ちあがろうとした矢先・・・・

「マサミ ポールが寝ぼけておる 少し張り倒してやれ」

 額に付いた小さな雪のような白いドット。
 ジョン公を遠くから識別する為の認識符としても使われるソレが、ごく僅かに持ち上がった。
 その、極々僅かな動きで察して、マサミは僅かに会釈をした。

「ポール。寝ぼけるな」
「寝ぼけている?俺がか?」
「あぁ、勿論だ。大公も心配しておられる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺やカナはともかく、メルやキックはどうするんだ?もう何年もほったらかしじゃないか」

 本来ならばそんな口は効けないはずのマサミが荒い口調でたしなめた。
 もう思うように身体が動かなくなった老人の出来る、精一杯の努力。

 イヌと違い、早く老いて早く死ぬヒトの哀しみを、ポールは初めて実感として感じ取った。

「大公・・・・・・」

 ふぅ・・・・
 溜息を一つ吐き出して。
 やっと立ち上がったポールが部屋の出口へと歩み行く。

「ポール」
「はい」
「悠々自適で良いんだぞ? 焦るな 急くな 泰然とせよ 隠居はそれでよいのだ」
「ありがとうございます」

 静かに笑うジョン公へ深々と頭を下げ、ポールは部屋を出た。

「マサミ。久しぶりだな。しばらく見ぬ間に随分と歳をとったな」
「おいおい、いつまで夢を見てるんだ?頭をシャッキリさせろよ」
「夢を見てる?夢だろ?これは」
「・・・・大丈夫か?」

 足を止めたマサミが壁に手を付いた。
 すぐ後ろに立っている見た事も無いヒトが、そっとマサミに杖を手渡す。

「あぁ、すまないねヨシミツ君。ポールがこの様では君も苦労するだろうな」
「マサミ。誰だそいつは」
「寝ぼけてるのか?」

 杖を突きながらマサミは再び歩き始めた。

「お前がそれじゃ下の者は困るだろ。大体キックはどうするんだ?」
「・・・・そう言えばそうだった」
「もう良い歳なんだからそろそろ目鼻をつけてやれよ。相手だって困るだろ」
「あぁ」

 そうだ、すっかり忘れていた。
 キックを嫁にくれと言ってきた騎兵の存在を。

 爵位持ちではメイドを嫁に取れぬと言って、全ての褒章や爵位下賜を断わってきたイヌの男。
 せめて婦長やハウスキーパーの肩書きを持ってからにしようと。それまでに名を上げておけと。

 困難が多いほど恋は燃える物だと言うが。それでも、あの2人は特別だった。

 ただ、困った事が起きた。
 先の北伐であの騎兵は思いがけぬ武功を立ててしまった。
 それ自体は喜ばしい事なのだが騎士への昇進は免れまい・・・・
 ならば、余興としてその騎士を抱え込もうとする者も増えよう。

「難しいな」
「今までいくつも困難を乗り越えてきたんだ。大した問題じゃないさ」
「そうだが・・・・ お前はいつも前向きだな」
「いつ死んでも良いように生きるのさ」
「そうだな。その通りだ」
「なら、そろそろポールもこっちへ来るか?」

 ニヤッと笑ったマサミがスッと手を出した。
 黒い革の手袋に包まれたその右手。

 一瞬だけ逡巡して。
 ・・・・まぁ良いか
 と、ふとそんな事を思って。

 その手を握ろうと手を伸ばしたポールの、その指先がマサミの手に触れようとした瞬間だった・・・・



                『 御 館 様 !! 』



 ハッと目を覚ましたポール公。
 目の前には心配そうなヨシが立っていた。
 リサはティーカップを乗せたプレートを持ったまま青ざめている。

「酷くうなされていましたが・・・・ 大丈夫ですか?」

 手を借りて立ちあがろうと掴んだのはマサミの息子ヨシの手だった。
 その手に捕まって上半身を起こしたポール公。
 本来なら隣で寝ていた筈の妻アリスは、息子を連れて王都へ出掛けたままだ。

「・・・・そうか。やはり夢か」

 リサの差し出したお茶を飲みつつ、ホッと一息ついて。
 カップを返し背中を伸ばして、両手を空へと突き上げた。

「御館様」
「あぁ、大丈夫だ。困った夢を見ていたよ」
「夢?ですか?」
「あぁ。久しぶりにマサミに説教された」
「父ですか?」
「あぁ」

 ヨシを手招きして呼び寄せ、その頭に手をかけたポール公。
 大きな手がヨシの頭に載せられ、そしてポール公は笑っていた。

「あいつめ。どうやらまだ俺の事が信用ならんらしい」

 ニヤッと笑った口元から牙が見える。
 やっとベッドから立ち上がって、やや乱暴にガウンを羽織って。
 そしてもう一度、うーん・・・・・と言いながら背中を伸ばして。

「御館様。なにかあったのですか?」
「いや・・・・・色々懐かしい男たちが夢にやってきてな」
「え?どなたですか」
「お前の知らない男たちだ。それに・・・・・」
「それに?」
「まぁ・・・・・死人しか出てこない夢と言うのも、なかなかどうして・・・・な」

 少しだけ寂しそうに笑って。
 ポール公は窓辺から外を見た。

 夏の日の出は驚くほど早い。
 まだ多少は柔らかな日差しの降り注ぐ頃だが。
 それでも、今日もまた暑くなると思えるような快晴だった。

 短く儚いスキャッパーの、その眩く輝く夏。

「そうか・・・・ 明日はボンか」
「ボン?」
「マサミはお前に教えて逝かなかったのか」
「えっと・・・ 申し訳ありません。忘れました」

 リサを呼び寄せ、もう一杯お茶を飲んで。
 窓を背に立つポール公が壁際に掛かったマサミとカナの小さな肖像画を見ていた。

「マサミが言うにな。ヒトの世界の風習だそうで、年に一度だけ、死人の魂があの世からこの世に戻ってくるの
だそうだ。この暑い暑い季節に僅か数日だけ返ってきて、この世を一回りして冥府へ帰るのだそうだよ」

 あ~ぁ・・・・ そうだそうだ

 そんな風にしてヨシが頷いている。
 リサもまた何かを思い出していた。

「マサミとカナが夢に出てきたよ。そしてジョン公やアリスの兄達も」
「あの、父や母は・・・・ なんと・・・・」

 ニヤッと笑ったポール公。
 手にしていたカップを肖像画のほうへ掲げて。
 そしてまた笑って。

「そろそろ引退しろとさ。隠居して悠々自適になれと。そうジョン大公にも叱責していただいた」
「隠居ですか?」
「あぁ、そうだ。きっと隠居の仕方を教えに、大公もお出ましになられたのだろう。この発展したロッソムを見
せたかったが・・・・」
「御館様・・・・ あの差し出がましい様ですが。医者を呼びましょうか」

 恐る恐る切り出したヨシ。
 だが、その無償の信頼こそマサミから受け継がれていたものだ。
 そして、今朝見たあの夢の中の。その上手く言葉に出来なかった違和感の正体に今更気が付いた己を恥じた。

「いや、それには及ばん。やっと分かったよ。今分かった。カナと大公が同じ席に居る筈が無いのだ」

 参った参ったといわんばかりに、右手を額へと当てて。
 ポール公は笑っていた。それも、声を上げて。

「ハッハッハ。俺にもそろそろお迎えが来そうだな」
「御館様?」
「ヨシ、お前の両親がジョン公と一緒に迎えに来おった」
「父と母ですか?」
「そーだ。あいつめ、女房連れで来るとはなぁ。見せつけおって。相変わらず熱々だよ」
「・・・・そうですか」

 少し嬉しそうなヨシ。
 ポールもまた嬉しそうに笑っている。

「全くもって・・・・

              パタッ!

 ポール公が何かを言いかけた時、部屋の隅に飾ってあったマサミの単眼鏡が倒れた。
 マサミ夫婦の肖像画が飾られた壁際の下辺り。小さなテーブルの上に並べられた縁の品々。

 晩年、すっかり老眼になったマサミが使っていた、左目にのみ使うモノクル。
 ベルベットな敷布を貼られた台の上で今日も透き通って光を集めていたのだが。

「リサ。それをここへ」

 カウンターボードの上からテーブルへやってきたモノクル。
 ポール公はジッとそれを見ながら思案している。

「お前は何が言いたい?」

 手にとって目の高さまで持ち上げ、右目をつぶって左目の前にそのモノクルを当ててみた。
 視度の違いから世界が滲んで見える視界の中、音も無くドアが開いた。
 その扉の向うには、マリアがミサを連れてやって来た。

「あの。父さま」
「どうした?」
「ジョアン姉さま。今朝も泣いてられました」
「なぜ?」
「分かりません」

 ・・・・そうか

 娘マリアはまだそれが何か分からないようだ。
 孤独感に苛まれるジョアンを、より一掃不安にするために。
 アリスは全部承知で息子アーサーを連れて行ったのだろう。

 どこか余所余所しい客の様な。
 そんな部分が早く抜けるように。

「いつまでも嫁扱いでは困るだろうて。やがて当家の人間になる。本人次第だがな」

 まるで賓客をもてなすように。
 ある意味で腫れ物に触るように。
 だけど、やがて。嫁でばかりも居られなくなる。

「誰にも乗り越えねば成らぬ壁がある。一つ一つ経験を積み大人になるのだ。時間が経っても経験が無ければ大
人には成れぬさ」

 なんとも厳しい事を言ったポール公は、その昔に同じ事をジョン公から言われていた。
 戦場の混乱で手勢を大きく減耗し、命からがらに脱出した時だった。
 次の戦では犠牲を払うなと。それが今回この世を去った者達への、最大の感謝だと。

 経験とは万金を積み上げても買えぬものだ。
 失敗の中から学び取らねばならない。

 そうだ。
 だからこそ。

 ・・・・・・・・・本人次第

 自らの言葉にハッと思い出したポール。
 そうだ、それだ。マサミが言いたかったのは。

「ミサ。ジョアンの世話は誰が?」
「あ、私やリサねぇさまではなくキックさんが」
「・・・・そうか」

 髭をいじりながら、ポール公はマサミのモノクル越しに部屋の中を見渡した。
 皆の視線がいっぺんに自分へ向かってくるのは、なかなか大変なものだ。

 いくつもの困難を越え後進を育て、やがて、ただの執事ではなく家令的な立場となったマサミもまた、これを
見ていたのだろうな。
 だからこそ、相手の視線や瞳を良く見るために。これが必要だったのだろう。

 ・・・・あいつの肩書きを家令にしておくべきだったな ヒトの家令も良いじゃないか

 本人次第で人は変わる。環境や肩書きも一つの要因なのだろう。
 困難を乗り越えて成長するのなら、その先達は常に一歩先を歩いて導かねばならぬ。

「ジョアンの件はキックに任せよ。キックも百戦錬磨だ。何も心配ない。あと、アーサーの帰りを待って俺は隠
居する。レオンの家督とロッソムの統治権をアーサーに譲り渡す。ヨシ、午後になったらフェル爺さんのところ
へ行くから第1種軍装を支度しておけ」
「はい、承りました」

 空になったカップをリサへ返して。次ぎは要らぬと手を翳して。
 そして、妻アリスの持つ公爵としての権限の行き先を思案した。
 南部14郡全地域を支配する公爵としての権限を。
 アーサーは、まかなえるであろうか・・・・・

 ならばこそ、まずはここロッソムで学ばせた方が良かろう。そうだ、それが良い。
 しかし、ヨシはどうするか・・・・ アーサーに誰を付けるか・・・・ タダでは心もとないし。
 う~ん・・・・ マサミが居ればなぁ・・・・ あれ? あのヒトの男はだれだ?
 そうだ、夢に出てきたあの男だ。マサミの連れていた利発そうなヒトの男・・・・・

「あの。御館様?どうされましたか?」

 黙って考え事をしていたポールの表情が怪訝だったのだろうか。
 より一掃に不安そうな表情でヨシは見上げていた。

「なんでもないさ。それよりもヨシ。両親の墓にでも花を手向けて来い。お前たちの事をまだ心配していたぞ」
「はい」

 降り返って窓を開けたポール公。
 まだまだ爽やかな風の入ってくる時間帯だ。
 広大な穀倉地帯を渡ってくる風に、麦秋の香りが混じり始めていた。
 今年も良い収穫になりそうだ。
 多重収穫を狙って作った水田地帯は、若穂が揃って風に揺れているのが見える。

 あぁ、今年も良い収穫だろう。

「育っているな。人も物も」
「御館様、何か言われましたか?」
「いや、独り言だ」

 ヨシの頭をポンポンと叩いてポール公が部屋を出た。
 スッとその後に付いて、ドアを開けたりガウンをなおしたりしながらヨシが続いた。
 降り返って指と眼でリサに合図して、そしてリサが動き始める。

 そのオートマチックな動きを見るとはなしに見ながら。
 確かな成長に目を細めていた。


       ボンだ マサミもカナもゆっくりしていくがいいさ・・・・


 幕間劇 ~了

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