猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

蝶々にツッコミを入れるだけの簡単なお仕事

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蝶々にツッコミを入れるだけの簡単なお仕事

 
ミズキです。
私の朝はご主人様を起こすことから始まります。
まず自分の身支度を整えて、ご主人様の寝室に向かいます。
無駄に装飾的な寝室の中へ、私は呼びかけます。
ちなみにご主人様がその装飾をつけたようです。
「ご主人様ご主人様。起きてください。朝ですよ」
寝起きの憂いを帯びた顔がのぞきます。ついでに触覚も。
形のいい唇からつむがれる言葉はこうです。
「おはよう。今日も一段と美しいな……俺が」
「気のせいです」
私ははっきり発音しました。


猫の国に落ちてきたときはどうなるかと不安になりましたが、第一発見者が善良なクロアゲハでよかったです。
彼は私を家に上げてくれ、この世界におけるヒトの身分について教えてくれました。
最初はショックでしたが、郷に入れば郷に従え。この身分を受け入れ、ご主人様ジュノに仕えることになりました。
ご主人様は紳士なので無理強いはしません。本当にいい人です。ただ、
「見ろミズキ! 朝日を浴びる俺は美しいだろう?」
「気のせいです。早く営業に行ってください」
多少アホなのがたまにキズです。


ご主人様は絵描きです。ぶっちゃけ売れてません。
どうして私を拾ったんでしょうか。他人事のように言いますが。
そういうわけで売れないご主人様は時々都会まで営業に出かけています。
窓から。(ここアパートの五階)
……ファンタジー世界です。
ちなみにちゃんとドアはありますよ。猫の国ですから。
ご主人様曰く、「ドアから出るなんて邪道」だそうです。
基準がよくわかりません。
「じゃあ行って来るよ。美しい俺を見れないのは寂しかろうが……」
「そんなことはありません。お気をつけて」
ご主人様は若干不満そうでしたが、背中の羽から外に出て行きます。
ご主人様は虫なので何もなくても壁に張り付くことができます。
ぱたぱた羽を震わせ、一瞬降下して、浮上。
そんなふうにふわりふわりと徐々にご主人様は遠くに去っていきます。
背中には大きな黒い翼。頭から飛び出た触角。
その姿は、どう見ても妖精さんです。(サイズでかいけど)
妖精さんだから頭の中も妖精さん……いやなんでもありません。
ともかく飛んでいくご主人様を眺めているのはちょっと楽しいです。
あ、こっち見た。
恥ずかしいので隠れます。


生活は……暇です。
家の中だけにいると結構やることがありません。
絵の具で汚れた室内は、これ以上綺麗にならないので、仕方ありません。
ご主人様がどこかから拾ってきた旧式の洗濯機のおかげで洗濯もそんなに時間がかかりません。
ちなみにトリッキーな色をしているのはご主人様のせいです。
芸術家ってよくわかりません。
ともかく暇です。
「…………」
毎日外を眺めるばかり。
こういう小説があった気がします。
だから魔がさした、というのでしょうか。
私は普段誰も使わないドアを開けてしまったのです。
まずは誰もいないか確認。
ご主人様は使わない階段は静かです。
一応鍵をかけて、私は外に出ました。
室内とは違う空気。それだけで私は何かほっとしました。
抜き足、差し足。
そうっとそうっと歩き出します。
階段を一段一段丁寧に降りながら、周りへの警戒を怠りません。
こんな建物だったのか。拾われてきたときはろくに見ていませんでした。
緊張で肌がちりちりします。心臓の音がまるで耳の傍で鳴っているみたいです。
風を感じます。
臭いを感じます。
その新鮮さが私を後戻りさせられなくしていました。
そうして、ついにアパートの入り口にたどり着きました。
扉の影からそーっとのぞきます。
道行く人は猫ばっかりです。
猫の国だから当たり前ですが。
異世界だなあ……。しみじみ思います。
男の人はほとんどぬいぐるみに見えます。
ご主人様はアゲハはほぼマダラだって言ってましたから、種族によって違いが出るのでしょう。
ざわつく人の声、街の臭いは、私をどきどきさせました。


急にぱたっと音がしました。
振り返ると、猫の女の子が、ぬいぐるみを落とした音でした。
何だ。子どもか……。
と思った瞬間、その猫耳っ子は叫びました。
「ママ、ママ! 来て!」
全速力で逃げました。
たぶん体育の授業でも出したこともない本気で、五階まで駆け上がりました。
錆びた扉をばたん! と閉じると。深く深く息を吐きました。
泣きたくなるような激しい恐怖を感じました。
私は首輪をしていません。
ご主人様が「美的じゃない」というのでつけなかったのです。
私もいい気分ではないので反対しました。
でも今、思い知りました。
自分は子どもにもびくびくするしかないペットでしかない。
勝手に外に出たのは思い上がりでした。
私は……私はこんなにも弱い。
泣きたくなりましたが、涙が出ません。まるで凍り付いているようです。
「ミズキ。お前、そんなところで何してる?」
ご主人様でした。


「どうしたね。そんな顔をして」
ご主人様は私を椅子に座らせてご機嫌を取りました。
「ほーら依頼を取ってきたぞ。喜べ」
そう言って紙をちらつかせましたが、私の反応がないのを見てやめました。
何か言わなければいけないと思いました。でもこの絶望をどう言っていいのかわからなかったのです。
ご主人様は私の前を行ったり来たりした挙句、こう言いました。
「そうだ。お前にいいものを見せてやろう」
そしていきなり私をお姫様抱っこしました。
「きゃあっ!」
びっくりして二の句が告げなくなった私を抱えたまま、窓の外に踊り出ました。
「きゃああああああっ!」
自力の羽ばたきで高度を上げた後、上昇気流に乗って大空へ。
「いやああああああああ」
正直メッチャ怖い。
ご主人様はそれにかまわず上昇を続けます。
「はははははは!」
「はははじゃねえ!」
恐怖のあまり思わず敬語を忘れる私です。
もうだめだ。私ここで死ぬんだ……。
目を閉じてその時を待ちました。


「ミズキ、ミズキ、目を開けろ」
「ほえ?」
うっすら目を明けると、青い空が見えました。
「これは……臨死体験!?」
「その言葉はよくわからんが、少なくともお前は死んでいないぞ」
生きてました。
よかった。
見上げるとご主人様の顔があります。
黙っていれば普通のイケメンなんですが。
「俺に見とれるなよ」
「見とれてません」
ちょっとは見とれてたけど。
「で、見せたいものって何ですか」
「見ろ」
空と大地を真っ二つに分かつ地平線が見えました。
砂糖菓子のような町並みがこちら側に広がり、後ろ側へ消えていきます。
ひゅうひゅうと流れる風、羽ばたきによって揺れる体。
綺麗でした。
「綺麗だろう?」
ご主人様が言いました。とたんに涙があふれました。
「ちょ、お前、どうして泣く?」
悲しいのではありません。
同じことを思える人がこの世界によかったと思ったのです。
「ご主人様」
私はしゃくりあげながら言いました。
「ご主人様に拾われて良かったです」
「美しいからか?」
「違います」
私ははっきり言いました。


「何か飛んでいますが、あれ何ですか?」
「あれはワイバーンだな。運送屋かもな」
ファンタジーだ……。
そうしてしばらくご主人様と空中散歩していました。
そのときの私は、降下の恐怖を考えていませんでした。
私は二度とご主人様と一緒に飛んでくれと頼みませんでした。


「本当にスケッチだけでいいのか?」
画用紙にジュノ、というサインをして、ご主人様は言いました。
「色を塗ってやるのに」
「画材もただじゃありませんから」
「まあ、そんな絵より俺のほうが美しいからな」
「気のせいです」
まあ、明日も元気に生きていこうと思います。
蝶々にツッコミを入れるだけの簡単なお仕事ですし。
 

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