猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

閣下と秘書官

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閣下と秘書官



「おはようございます閣下! 結婚してくださいっ!」
「おはようございますスギタ秘書官。これらの資料を文書にまとめて、20部清書しなさい。それと、コーヒーを」
「スルーですか! 渾身の俺プロポーズをスルーですか!
 さすが閣下俺たちにできないことを平然とやってのける! そこに痺れる惚れなおすぅ!」
「うるさい。早く業務に取り掛かりなさい」
「イエスマム!」
 ああ今日も閣下は可愛いなあ。元気に仕事を始めよう!


 俺のご主人は黒犬娘。可愛い顔してけっこうエライらしい。
 憲兵だか公安だか、なんだかよくわからんがこの辺では結構な顔であるんだとか。
 いきなりこの国に『落っこちた』俺がイヌ面の変態野郎にとっ捕まって掘られかけてたのを、
 通り過ぎた閣下がとんでもねえ大金はたいて買い取ってくれたのだ。
 ちらつく雪の中、二つの月を背負った真っ黒い閣下は悪魔みたいに奇麗だった。
 光を吸いこむみたいな漆黒の髪と、対照的に浮かび上がるような白い頬。
 凍った刃物のような蒼い瞳を向けられた瞬間の衝撃を、今も覚えている。
『ヒトは頭が良いそうですね。裏切らない、逆らわない、口の堅い使える秘書官を私は欲しています。お前はそうなれますか』
 なれないって言ったら平気で見捨てて行ったに違いない。
 首がもげる勢いで頷いた俺を連れて帰って、読み書きソロバンを完璧に叩きこむのに一カ月。
 秘書官のオシゴトを脳みそに刻み込むのに2週間。
 そんなこんなで、ヒトは性奴隷扱いなんつーイカレタ世界に落っこちながらも、軍?の私設秘書官として比較的真っ当な社会人生活を
送っている俺はとてもラッキーだ。
 同僚もいい奴ばかりだしね。イヌ野郎ばっかだから最初はドン引きしたけど。
 奴らも俺がヒトだってんで引いてたけど、閣下の秘書官だって言うとそれだけで皆すげえ良くしてくれる。
 肩を掴んで、『がんばれ……がんばれ!』つってドリンク剤を差し入れてくれるんだ。閣下は人徳も備えているのさ。
 つまり何が言いたいのかというと、
「閣 下 最 高 ! 一生ついて行くぜー!!」
 凍った刃物のような視線で撫で斬られた。
「うるさい。仕事は終えたのですか」
 俺の机の上には今さっき押しつけられたばっかりの書類タワー。
「少し席を外しますが、私が戻るまでに全ての書類を上げておきなさい。無能は処分しますよ」
「イエスマムッ!」
 閣下はやると言ったらやる美少女だ。素敵ッ!
いつも通りヒトの限界を超越するスピードでタイプライターを乱れ打ち、閣下のデスクに書類の山を載せたところで閣下が戻ってきた。
 やったぜ今日も生き延びた!
「お帰りなさい閣下! お茶にしますか書類にしますか、それともワ・タ・シ?」
 居ない者として扱われた。閣下のスルースキルは高すぎると思うんだ。
 黙って椅子に深く腰掛けた閣下にコーヒーを持っていく。
 机の上に両肘をついて、組んだ指の背に顎を乗せて睫毛を伏せるのは閣下が考え込む時の癖だ。
 思い悩む軍服の美少女ってすげえ絵になるんだが、すっと鋭い三角の耳が後ろに傾いているあたりご機嫌はよろしくないらしい。
 ソーサーをデスクの上に乗せた音に、黒いイヌ耳が反応して動く。
 いつもはブラックのコーヒーに添えた、ミルクピッチャーと砂糖壺を目に止めて、すげえ俺を睨んできた。
「疲れた時は甘いものですよ閣下! 大体閣下はダイエットなんか気にしなくたって十分」
 視線で黙らされた。
 ホントに気にしなくていいのに。実はブラック苦手なくせに。だがそれがいい、それがいい!
 かーいーなぁ閣下はもう!
「閣下、キスしてもいいですか?」
「黙りなさい」
 しばらくカップと睨みあった後、親の仇のようにミルクと砂糖をブチ込んだ茶色い液体を作成し、一息に呷る閣下。
 ちょいちょいと指先で招かれたので寄っていく。
 閣下の執務室には、基本俺と閣下以外の人間は入ってこない。
「んっ!?」
 胸倉を細い腕に似合わない力で引っ掴まれて、唇を塞がれた。
 ぬたりと甘ったるく苦いものが強引に歯列を割って口の中を侵していく。
 好き放題暴れ回るそれに応えようとしたら、思いっきり噛まれた。
 食われた! 閣下に食われた! 嬉しいけどマジ痛えぇ!
「不味い。下手。気分転換にもなりませんね。やはりヒトは使えない」
「い、いくらなんれも酷くないれすか!?」
「うるさい」
 口から血を垂らす下僕(俺)を突き飛ばし、ゴミを見る目で見下ろす閣下。
 なに、なんでこんなに機嫌悪いの? 俺なんかした?
 閣下はまた指を組んで、俺の方には目もくれない。
 そのまま、ぽつりと言葉を漏らした。
「草刈りのノルマが増えました」
 草刈りとは、浮浪者狩りの隠語である。
 この国は貧しい。そして、食うに困れば人間なんでもやるもんだ。
 浮浪者はそのまんまスパイと犯罪者の予備軍で、いくらでも湧いて出る。バッサバッサと狩り回って処分しないとまともな治安が保てない。
 閣下は、そんな連中を誰よりも狩って回ってこの地位まで昇ってきたのだそうな。
「お前はモノと同じです。モノは何も言わない。聞かない。しゃべらない。そうですね」
「イエスマム」
「上の言う事には、臣民の生活を保護するため、更なる治安の向上を期待する、だそうです」
 同類の血で手を汚すことに躊躇いを覚えない人間はいない。それが必要な事だと分かっていても。
 しかし閣下は躊躇わない。そんな閣下をこの基地の、この街の、あらゆる人間が恐れている。
 そして閣下の就任以来、この街の治安は常に一定の水準に保たれているという。
「馬鹿馬鹿しい」
 狩り集めた浮浪者達がどこに行くのか、閣下も知らない。
 吐き捨てるような呟きを聞く人間は誰もいない。

「閣下……泣くなら俺の胸でッ!」
「うるさい。あっちに行ってなさい」

 俺のご主人は黒犬娘。可愛い顔してすごく偉い。
 憲兵だか公安だか、この辺では結構な顔であるのには理由がある。
 幸せにしてやりたいなあ、と思うのに、俺はヒトだ。
 ホント、残念。

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