猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

ボインボイン物語 04

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~ボインボイン物語 第四話~



 街の中心へと入っていくと、ところどころに酒瓶を持って地面に腰掛けている男のシロクマたちが見えた。ますます、テレビで見たようなロシアの北国に似た印象だ。
 明らかに酔っ払っていそうな、そういった輩達と視線を合わせぬよう気をつけながら、ミツコはユーリの腕を引いて、雪の積もった道を歩いてゆく。
 相変わらずフラフラとしていて気分も悪そうで、ガガーリンはああ言ったが、寧ろ居ない方がマシなのではと思える状態だ。
 大体、こんな隙の塊のような状態では、襲ってくれと言ってくれているような状態ではないか。これでは現代日本でも危ない。
 どんなことになるか、この街の治安次第であるが、少なくともミツコには、このシロクマたちの町が、彼女の故郷よりも治安が良い場所には思えなかった。
 町の中心へと歩いてゆくほどに、なんとなく頭の隅に不安を感じながらも、彼女は周囲を見回して、宿屋か食堂はないものかと探す。
 そういった場所なら、その他必要なものを仕入れるための店も、ガガーリンのための厩の場所も教えてもらえるだろう。
 そう目星をつけて町の中にそれらを探すのだが、やはり土地勘が全くない場所では、それも骨の折れる作業だった。
 誰かに話しかけて道を尋ねようにも、ヒト奴隷の話しをちゃんと聞いてくれる相手も中々見つからなかった。
 ユーリが話しかけてくれれば受け答えぐらいしてくれるのだろうが、なにせ二日酔いで喋ることすら辛そうな状態である。役には立たない。
 倒れそうなトカゲの腕を引き、目的の宿屋も食堂も見つからないまま、ろくに返事もしてくれない相手へと道を尋ねる作業に、彼女もいい加減に嫌気が刺してきたところだった。
 だが、それをやめるわけにもいかず、彼女は道を通りかかった若いシロクマの男へと目を向ける。この町で若い男を見たのは、そのシロクマが最初だった。
 若い男たちは町を離れているのか、ここで出会うのは女か子供か飲んだくれのオヤジだけであったが、これなら少しは違うリアクションが得られそうだ。
 地面に積もる雪を踏みしめながら、ミツコはそのシロクマへと歩み寄り、声をかける。

「すみません、長旅でご主人様にも疲れが溜まっていて、どこか宿屋の場所を教えて頂けないでしょうか?」

 ミツコが尋ねると、若いシロクマは少し驚いたように無言で目を見開き、そして彼女の首筋へと視線を向けた。
 シロクマたちと話していて、時折彼らの視線が自分の首へと向くのをミツコも感じていたが、それが何を意味するかはイマイチ理解しかねた。
 何度かユーリに尋ねたものの、今の彼がそれに答えてくれるはずもなく、苦しげにうめくばかりだ。
 若いシロクマは、何か考えるように顎に手を当てたあと、懐からクシャクシャになった紙切れを一枚取り出し、一緒に取り出したペンで、簡素な地図を描いてくれる。
 ここまで何度も無視されたり素っ気ない返事で去られた身としては、わざわざそんな手間をかけてくれる事が信じられず、ミツコは思わず固まってしまったほどだ。
 数瞬の間リアクションも取れずに呆気に取られ、差し出された地図を受け取りながら、ようやく御礼の言葉を述べる。

「あ、わざわざありがとうございます」
「いいよいいよ。他の人達はどうせ無視するだろうし。みんな他所の人と接する機会が少ないからね。道中は気をつけてね」

 なんだ、いい人もいるではないか。ミツコは少し安心した様子で、若いシロクマにお辞儀をすると、倒れそうになっているユーリの肩を支え、地図に示された場所を目指す。
 その後ろで、あの若いシロクマが走りだす音が聞こえた。いきなり何をそんなに急いでいるのかと、不思議そうにミツコが振り返るが、曲がり角を曲がったのか、その姿はすでに見えなくなっていた。
 ともかく、受け取った地図を頼りに進むほかない。この見知らぬ地で、他に頼れるような情報もなかった。
 手描きの地図は簡素なものであるが、曲がり角の位置をきちんと示してあるため、迷うことなく町を歩くことができた。
 地図に示されている場所は、町の端の方にあるようで、二人はそこへと向けて歩く。二日酔いで倒れそうになっているユーリを連れているのだから、それにも時間がかかった。
 随分とガガーリンを待たせてしまっている。このままでは悪いなと、ミツコは僅かに表情を暗くして、未だ青い顔をしているユーリを見つめた。
 復活にはまだまだかかりそうだ。ため息を吐きながら、ミツコは歩みを進めた。
 雪を踏みしめながら歩き続け、幾度か曲がり角を通過して、二人が目的地へ着く頃には、しばらくの時間が経過していた。
 しかし、ミツコは辿り着いた先にあった建物を見つめ、怪訝な表情を浮かべる。期待していた宿屋にしては、随分と薄汚れ、壊れかけのように見えた。
 さすがに不信感を覚え、ミツコは手元の地図を何度も眺め、自分が通ってきた道と比べるが、しかしここは地図の通りの場所であった。
 宿屋があると説明された町のはずれにあったのは、壊れかけた石造りの建物だだった。確かに元々は宿屋であったのかもしれないが、外観を見る限りでは、今も使い物になるとは思えない状態である。
 騙されたのだろうかと疑念を覚えながらも、万が一という場合を考えて、ミツコはその建物へと向かった。
 案外、古風な外観がウリで、中身は普通の宿屋になっているのかもしれない。そう希望を持ちながら、薄汚れた取っ手を握り、木が腐って耳障りな音を立てるドアを開けた。
 部屋の中は暗くて、おおよそ営業中には見えなかった。もう少し中をよく見ようと、ミツコが一歩踏み出し、建物の中へと入る。その瞬間であった。

――ひゅっ

 異質な音が響く。ミツコにしてみれば全く不意打ちであったが、幾度となく繰り返して覚えた動きを、その身体が無意識のうちに再現していた。
 流れるような動きで半歩後ろに下がる。すると、彼女の鼻先を掠めるように、白く太い腕が通過した。
 まるで相手を捕まえようとしているかのような手つきであるが、その動きは随分と配慮に欠け、まともに喰らえば骨の一本や二本では済みそうにない。

「ちっ」

 その腕を避けると、暗闇から小さな舌打ちが聞こえた。なるほど、そこで待っていたらしい。獲物がやってくるのを。
 だとすれば、さてどうするべきであろうか。相手の人数によっては、二日酔いのユーリを担いで逃げ切るのも難しい。
 ミツコはユーリを庇うように寄り添いながら、建物から離れ、周囲を警戒する。るとまず、あの寂れた建物から3人のシロクマの男が歩み出た。
 その中の一人は、先程ここへの地図を描いてくれたあのシロクマの若者だ。なるほど、あの時目をつけて、仲間の待ち伏せている場所へと案内したわけだ。
 ようやくまともなシロクマに会えたと思ったのにと、ミツコは忌々しげな表情を浮かべる。
 だが、3人と言うのは幸いだ。それならばギリギリ逃げられなくもない人数だ。

「すぐ逃げるわよ……。人通りの多い場所へ行けば大丈夫でしょう」
「お、おう……。くぅ、こういう時に限ってなぁ……。お前のせいだかんな……」
「恨み言なら後にしてよ。もう」

 さすがにこの状況で無気力に項垂れてはいられず、ユーリが苦しげな声で恨み言を漏らす。ヒトを所有しているだけで、羨望と嫉妬の眼差しを受けるのは世の常だ。
 まして、この時期に町に残っている若者、つまり職にあぶれた者たちからすれば、今の生活を劇的に変える金のなる木である。しかもまだ首輪をしてないとなれば、欲を押さえられなくて当然だ。
 ユーリは、面倒な事になったぞと顔を顰めながら、ミツコに手を引かれて、真後ろへと振り返る。
だが、そう上手くもいかないようだった。

「まだいたのね……ッ」

 二人が通ってきた道を塞ぐように、今度は六人のシロクマが現れる。どれも若く力強い男たちだ。ヒトの女と、二日酔いに苦しむトカゲの二人では、9人のシロクマなど到底対処できる相手には思えない。
 ユーリは半ば諦めの入ったような表情を浮かべながらそのシロクマたちを眺め、そして最後にミツコの顔へと視線を向けた。
 怖くて泣きそうな顔を浮かべていたら、せめて優しい言葉でもかけてやらなくては。
 頭でも撫でて安心させてやろうと、ユーリはそう考えていた。だが、彼女の表情は予想もしていなかったものであった。

「上等じゃないの……。ここなら隠す必要もないでしょうしね」

 そう言い放つミツコの表情は、まるで楽しい遊びを前にした子供のように、ワクワクしているというか、生き生きとしたものだった。
 予想もつかないミツコの反応にギョッとするのもつかの間、その耳元に「すぐ終わらせるわ」と優しげな声で囁かれる。
 そしてそれに反応する間も与えずに、ミツコは身に纏う毛布をはためかせながら走り出していた。標的は、あの建物の前にいる3人のシロクマのうちの一匹だ。
 その眼の前まで迫ったところで、体にまとう毛布を外し、投げる。シロクマは目の前の視界を塞がれ、ミツコはそうやってできた死角を利用して、跳躍した。
 ユーリは唖然としてその跳躍を見つめていた。白いワンピースが風に揺れ、その瑞々しい肢体が跳ねる。
 ミツコは逆立ちするような体勢でシロクマの頭に着地する。そして、両足を広げて振り回し、その勢いで身体を大きく回転させた。

――ゴキッ

 生々しい音が響く。誰一人動くこともできないまま、ミツコのその仕草を見ていた。
 彼女はシロクマの頭を蹴って跳躍し、少し離れた場所へと着地する。その後ろで、あらぬ方向へ首の曲がった巨体が、どさりと崩れ落ちた。
 ミツコは、その桜色の唇に淡い笑みを浮かべながら、残りのシロクマたちへと振り返る。いつもと同じ、整った笑顔を浮かべているはずなのに、今はその笑みがひどく冷たかった。

「凄いのね。ただ首の骨を折っただけなのに、まるでコンクリートの柱をねじ切るみたいな手応えだった。すぐ終わると思ったけど、3分は要りそうだわ」

 ヒトであれば、すれ違いざまに絶命させることも容易であったが、このシロクマというのは特別に頑丈らしかった。戦意を喪失させるのにも時間が必要だ。
 ミツコは、次の標的に狙いを定めると、わざと大きく音を立てて駆け寄る。こうして印象づけた方が、早く戦意を喪失させられる。
 だが、相手のシロクマたちも、食い繋ぐために必死なのだ。そう簡単に諦めてはくれなかった。
 ある者は雄叫びを上げて、ある者は耳を伏せて恐怖を表しながらも自らにムチを打って、ある者は歯を食いしばりながら、ミツコへと狙いを定める。
 あっさりと折れてくれないのは厄介であったが、しかし総じて冷静さを失っていることはありがたい。
 我を忘れて突進してくる敵ほど御し易いものはない。彼女自身も、戦闘中こそ冷静になれと、父親から叩き込まれたものだ。
 ミツコはまず、自分に向かって突進してくるシロクマたちのうち、最も近い位置にいる一人に狙いを定めた。
 おそらく種族の特性として怪力を持っているのだろう。巨体にしては動きが早いが、しかし筋力で強引に身体を動かしているだけで、あまりにも直線的である。
 彼女はニヤリと笑みを浮かべると、その細い体を揺らしてシロクマの懐へと飛び込む。避けるわけでも逃げるわけでもなく、意表を付いた行動に、その巨体が硬直する。
 その硬直した体を、ミツコの細腕が持ち上げていた。いや、持ち上げたというよりも、その身体の向かう力の方向をずらし、投げたのだ。
 その勢いに任せて、シロクマの顔面が地面へと叩きつけられる。何か水っぽい果物が弾けるような音が響き、石造りの道路には生暖かい血が伝い、湯気が立っていた。

「あなた達の身体がもう少し柔ければ他にやりようもあるけど、中途半端な事をして反撃されるのも嫌なのよ。悪いわね」

 あっという間に二人もの仲間が、物言わぬ屍とかして地面に倒れている。それもヒトの女によってだ。
 シロクマたちは明らかに狼狽した様子でミツコを見ている。先程の勢いも早々に削がれてしまったらしい。
 その恐怖に満ちた視線を受け止めながら、ミツコは優しく笑みを浮かべ、まるで日常会話のように何気ない口調で話す。戦いの時こそ、冷静にならねばならぬという父の教えを、彼女は忠実に守っていた。
 そして、次なる標的を見定めるように、シロクマたちの姿を見つめながら、一歩前に踏み出す。
 すでにミツコの優位は確定したものとなり、彼女が近づけば、それだけシロクマたちが後ずさりする。
 このまま逃げてくれれば楽なのだが、逃亡を促すような優しさを見せては、逆に士気を回復される。我を忘れて逃亡するまで、一人ずつ派手に倒すのが得策だろう。
 立って入るのだが、足が震えてまともに動くこともできないでいる一人へと狙いを定め、ミツコは足に力を込める。
 タンっ、と軽い音を響かせて彼女の身体が跳ねた。彼女の扱う特別な歩法は、人体をまるで小鳥のように軽やかに移動させた。
 そして、強く握った拳を振りかぶると、がら空きとなった相手の腹部へと向けて、彼女はそれを叩きつける。
 もちろん、それもただの殴打などではなかった。彼女の小さな拳でただ殴るだけでは、到底ダメージなど与えられない。
 肉体の全ての体重、全ての加速を拳に乗せ、相手を貫くのだ。ミツコの拳がシロクマの腹へと叩きつけられた瞬間、辺りに響いたのは破裂音であった。
 拳から与えられた衝撃は、分厚い筋肉を貫通し、その身体の内部に多大なダメージを与える。
 今度は口から血を吐き、腹部から響く想像を絶する痛みに悲鳴をあげながら、どさりとその身体が地面に倒れる。
 すでにこれで3人目だ。そろそろ一人や二人逃げてもよさそうであったが、そうもいかなかったらしい。
 背後から駆け寄ってくる足音を感じ、ミツコは身をかがめる。その直後、その頭上を握り拳が通過した。もはやヒトを生け捕りにするという目的も忘れてしまったらしい。
 ミツコは低くした姿勢から、ハイヒールの先端で、相手の胸元を射貫くように蹴り上げる。そのシロクマは一瞬だけ大きく痙攣すると、白目を向いて倒れた。
 ミツコの放った一撃は、相手の心臓を貫くように衝撃を与え、一撃でその動きを停止させていた。

「なんで……ッ、ヒトが、こんなに……!!?」

 シロクマのうちの一人が、息も絶え絶えに叫んだ。当然の疑問であろうことは、ミツコにも分かる。
 本来であれば説明する必要もないのだろうが、今はユーリも見ていた。これからも同行させてもらうつもりなのだから、説明の一つもしておいたほうが良かろう。

「忍……、と言って理解できるかしら? 私はその家系に生まれて、父さんの英才教育を受けてきたわ。要するに、強くなるための訓練を受けてきたってことよ」

 彼女はそうやって説明したつもりであるが、やはり憔悴しきったシロクマたちにしてみれば、理解しろというのも無理な話である。
 彼らは未だ、逃げ出しもしないし、戦いの構えを解いてもいなかった。ただ、さらに隙が増えて御し易くなただけだ。
 物分りが悪い相手は嫌なものだ。勝てぬと分かったら全力で生き残る方法を模索するのが普通だ。それをできぬ愚鈍は、訓練すら乗り切れずに命を落とす。
 ミツコは小さくため息を吐くと、その豊満な胸を揺らしながら、ふらりと動く。落ち葉が風に舞うような軽やかな動きは、とても常人に見切れるものではない。
 固まった場所にいた四人の首筋に、次々と手刀を浴びせ、その呼吸器に深刻なダメージを与える。
一瞬の間に、四人のシロクマがその喉元を押さえながら倒れた。
 そして、最後に残った一人へと、彼女は視線を向ける。意識して最後まで手を出さずにいたそのシロクマは、彼女らへとここへの地図を渡した、あの若者だ。
 ミツコは、特別な歩法などは使わず、普通に歩いてそのシロクマの若者へと近づく。
 健康的な褐色の肌と美しい金髪の髪を持つ美女が、瑞々しい肢体を魅せつけるようなワンピース姿で歩み寄ってくるのだが、それを見るシロクマの青年には、その姿が悪魔にしか見えなかった。

「今度は、本当の宿屋まで案内してくれるかしら?」

 もはや立っていられずに、地面に尻餅をつく青年へと、ミツコが問いかける。あれだけのものを見せられたあとで、選択の余地などあるはずがなかった。
 恐怖に裏返った声で、彼が「はいぃいっ!」と返事をする。ミツコは満足気に頷くと、先程投げ捨てた毛布を拾い上げ、冷えた身体を包み、呆然と立ち尽くしているユーリへと声をかける。

「案内してくれるって。行きましょ?」
「お、俺酒をやめる……! 幻覚見るほど末期になってるなんて知らなかったんだ……!」

 彼にとっても、今目の前で起こった光景は、到底信じられるようなものではなく、ユーリもシロクマたち同様に狼狽した様子で、禁酒の宣言を行っていた。
 男というのは、どうしてこう突然の出来事に弱いのか。ミツコは白い息を吐きながら肩をすくめた。

「とにかく、行きましょうよ。身体が冷えちゃって、何か温かいものが……へくちん!」
「大丈夫か……? 厩を手配したらさっさと飯にするか」

 可愛らしくくしゃみをするミツコを見て、少し安堵したように笑いながら、ユーリは言うと、道に横たわるシロクマたちから意識して視線を背け、宿屋へと案内してくれるシロクマの青年の背中を、ミツコと二人追いかけた。


続く

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