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獅子国外伝13



 ちょっと用事があって物置に向かうと、先客がいた。
「ん~っ、ん~~~んっっ……」
 ご主人様が、木箱の上に上がって、棚の一番上の箱を取ろうとしている。
 爪先立ちになって精一杯手を伸ばしているんだけど、あと少しだけ届かない。
 なんだか、半分泣きそうな顔で手を伸ばしている姿が、かわいいというか子供っぽいというか。
「代わりましょうか?」
 ほんとは別の用事があったんだけど、さすがに放っておくのもかわいそうだから、そう声をかける。
「え? ……あ、キョータくん……」
 俺の声にあわてて振り返り、なんだかばつの悪そうな顔をする。
「とってあげますよ」
 俺がそういうと、なぜかちょっとだけ不満そうな顔をして、
「キョータくんがそう言うんなら」
 と、少し怒ったような声で言って箱から降りた。
 なんで機嫌が悪くなるのかわからないけど、とりあえず木箱の上に立って、ご主人様が取ろうとしていた箱を取る。
 そして、それをご主人様に渡す。
「はい、これですよね」
「…………」
 だけどご主人様は、無言で箱を床に置いて、俺のそばに近づいてきた。
「……?」
 訳がよくわからないまま、ご主人様を見る。
「…………」
 ご主人様は、俺のすぐ真正面まで来ると、頭の上に手を置いて、そのまま俺の方に手をずらす。
 身長差を比べてるみたい。
 ご主人様はけっこう小さくて、頭の一番上でも、俺の喉元あたりまでしかない。
 で、そうやって何度か俺と身長を比べるように手を何度か水平に動かしてたら……

 べしっ。

「~~っっっ!?」
 いきなり、逆水平みたいに俺の喉元に手刀をたたきつけてきた。
 予想してなかったから、まともに喉元に食らって、思わずそのままうずくまる。
 ……もちろん、本気の手刀なら骨の何本かは折れてるから、手加減はしてくれたんだろうけど、それでも正直死ぬほど痛い。
「キョータくんのばかーっ!!」
 ……え、ええええっ?
 なんでいきなり逆水平食らった上に罵倒されなきゃなりませんか。
「ボクより背が高いなんて生意気だっ!」
 ええ? ちょっと、何ですかそれは。
「最初はボクと身長変わんなかったくせに」
 い、いや、それは確かに……けどあのころ、まだ中学生……
「キョータくんだけ背が伸びるなんてずるい!」
 い、いや、それは成長期というか、背は伸びるもので……
「キョータくんなんてだいっ嫌い!!」
 そういうなり、箱を持って走るように物置から出て行く。
「…………」
 超理不尽。

 しばらく、その場で悶絶してたら、サーシャさんが様子を見に来た。
「あらあら、こんなところでどうしたのよ」
「ご、ごめんサーシャさん……ちょっと胸が」
 そういうと、何を勘違いしたのか
「あら、ぎゅーっとしてほしいの?」
 そういって、いきなり俺を両手で抱きしめてくる。
「ち、ちがいますっ」
「あら、珍しいんだ。いつもなら喜んでくれるのに」
 いや、喜ぶというか……いつもこっちの意見に関係なくおっぱい押し付けてきてると思うんですが。
「ちょっと、ご主人様に逆水平くらって……」
「逆水平?」
 そういうと、サーシャさんはやっと気づいてくれたのか、俺の喉元のあたりを見る。
「ああ、それでさっきファリィが怒ってたんだ。ふふ、またキョータくんがいじめたんでしょ」
「いじめられたんです」
 そういって、顛末を話した。

「……なるほどね。そういえばキョータくん、ずいぶん背がおっきくなったものね」
 そういって、サーシャさんがまたぎゅーっと俺を抱きしめてくる。
「前はちゃーんと胸の中に顔が入ってくれたのに、最近ちょっと頭のほうが上にはみ出してきたし」
 ……いや、はみ出したとか言わないでください。なんか卑猥なんで。
「ちょっと両足切っちゃえば、私もファリィも文句のない身長になるわね」
「ち、ちょっと、両足切るって……」
「うん、足首あたりから。……って冗談よ、もう」
 そういって、サーシャさんが笑う。
 冗談にならない冗談はやめてください。
「でも、ファリィってあれで結構、身長の事とか気にしてるのよ」
「……だからって」
「もう少し大きな木の箱を持ってくるとか、肩車してあげるとか、その方が良かったかもしれないわね」
「……いや、だってそんなこと知らなかったし……」
「ふふ、それもそうね。でも、これから覚えておいてね。今日のところは、私がなだめてきてあげるから」
「……はい」
「心配しなくたって、本気で怒ってるわけじゃないわよ。ファリィ、キョータくんのこと好きなんだし」
「……でも痛いです」
「スキンシップ、スキンシップ。ちょっと痛いぐらい我慢しなさい」
「…………」
 ちょっとどころじゃないんですが。

     ◇          ◇          ◇

「……って、そういうことがあってね。ちょっとファリィには注意したんだけど」
 サーシャとフェイレンが、井戸端で話している。その横では、ミコトがちょこんと座って、井戸水で芋を洗っている。
「あー、なるほどな。あいつ、背が低いの気にしてるし」
 腕組みしてそうフェイレンが言う。フェイレンとファリィを比べると、文字通り大人と子供のような身長差がある。
「でも、キョータくんからしたらとんだ災難よね」
「まったくだ。……一応、医務房には連れて行ったのか? 今日はリエン先生いると思うが」
「今日はリネン先生。リエン先生は明日から」
「……間が悪いな」
 コウゼン道場の医務房に勤める医師兄弟のリエンとリネン。外科に秀でるのは兄のリエンである。
「でも、そんなに身長って気になるものなのですか?」
 ミコトがそうたずねてくる。
「単純に、攻撃範囲の差があるとそれだけ不利にはなるな。相手の攻撃が当たるのに、こちらの攻撃が当たらない距離があると、その距離を保たれたら一方的に負ける」
「……はい。でも、お嬢様は強いと思います」
「それも事実だ。ファリィは強い。体格が小さい分、速度と跳躍力が半端ない。あいつが本気出したら、俺でもなかなか当てられん」
「だったら、身長なんて……」
「俺もそう思うんだがな」
 そう言って、フェイレンがため息をつく。
「やっぱり、コウゼン先生の娘だってのがコンプレックスになってるのかしら」
 サーシャにそう言われて、フェイレンが気づく。
「ああ、それか……言われてみりゃ、師匠と比べられる立場だもんな、あいつ」
「コウゼン先生もそんなに体格すごくないけど、それでもファリィよりは大きいものね」
「ああ。おまけに師匠はあの体格からはありえないぐらいの剛拳だ。俺だってかなわないのに、師匠以上に小柄なファリィならなおさらだ。
"国士"コウゼンって看板は、ファリィからしたら、重荷になってるのかもな」
「でも、そのためのフェイレンじゃない。ファリィ一人じゃ背負いきれない分、みんなで支えていくんでしょ」
 サーシャの言葉に、フェイレンが頷く。
「そのつもりだ。俺だけじゃなくて、道場の師範代全員、あいつを支えて、足りない部分は俺達で補うって決めてる。……だいたい、あの師匠の後継なんて、一人で背負えるわけがないんだしな」
「その辺のこと、ファリィにうまく伝わってないんじゃないの? 一人で悩んでるのかもしれないわよ」
「……結構、これでもみんな積極的に支えてやってるつもりなんだがな……まあでも、行き違いとかはあるかもしれないし、もう少し気をつけてやらなきゃな」
「そーよ。子供っぽいところもあるけど、ファリィだって年頃の繊細な女の子なんだから。周りがしっかり支えてあげなきゃ」
「そうだな」
 そんなことを話していると、ミコトが足元から話しかけてきた。
「お嬢様って、みんなに好かれていますよね。なんだか、支えたくなるんじゃないですか?」
 その言葉に、フェイレンが笑ってうなずく。
「そうだな。師範代からも、門下生からも、道場に遊びに来る子供や、その親に至るまで、たぶんこの道場の関係者であいつが嫌いな奴はいないんじゃないかな」
「明るいし可愛いし、それでいて結構強いものね。本人が気にするほど、身長なんてたいしたことじゃないのに」
「全くだ。あいつは自分で気づいてないけど、道場背負えるだけの"徳"がある。確かに、ファリィは"武"の力では師匠にはかなわないけど、それを"徳"の力で補ってるんだ」
 フェイレンの言葉に、サーシャが笑う。
「それが、獅子の考え方なのね」
「師匠の受け売りだけどな。まあでも、ファリィの場合、あいつの持つ"徳"が周りから人を集めてきて、足りない部分を支えている。
俺もいるし、あいつのためなら命張れる覚悟のある師範代も十指に余る。……俺は、そういう形で道場を引き継ぐのも悪くはないと思うけどな」

     ◇          ◇          ◇

 サーシャさん、上手くご主人様をなだめてくれたんだろうか。
 寝台の上に腰かけて、ちょっと不安な夜の時間が流れていく。
 いや、俺は別に悪いことした覚えはないんだけど。
 て言うかなんで、身長なんかで怒られなきゃならないのかと。
 男と女で、身長に差があるのなんて当たり前なのに。
 そんなことを思うけど、でもそれを声に出せないのが悲しい。
「……きょーたくん」
 扉の方から、ご主人様の声がした。
「あ……」
 なんか、少し悲しそうな顔してる。
「今日は……ごめんね」
 そう言って、俺のそばに近づいてくる。
「あ、いや、俺の方こそ……」
「ボク……ひどいことしちゃったよね」
 なんか、声が泣きそうになってる。







「その、あんまり、気にしなくていいから」
「……ごめんね、キョータくん……」
 そう言いながら、俺に体を預けてくる。
「あ、あの、ご主人……さま……?」
「ひっく……う……えくっ……」
 急に、ご主人様が泣きだした。
「え、あの、その……」
「ごめんね……ごめんね、きょーたくん……」
 なんか、こんなご主人様を見るのは初めて。
 なんか、頭が混乱して今の状況がよくわからない。
「ボク……ひどいご主人様だよね……」
「その、ちょっと、どうしたんですか?」
 もしかしたら、サーシャさんにちょっときつく言われたのかな。
「ひっく……きょーたくん……」
「大丈夫ですよ、ほら、いい子いい子」
 頭をなでてあげながら、なんとか落ち着かせようとしてみる。
「ぐすっ……きょーたくん……ごめんね……」
 子供みたいに、泣きながら謝り続けるご主人様が、なんかすごく弱々しく見えて。
 気がつくと、両手でご主人様を抱きしめてた。
「きょーたくん……」
「大丈夫ですよ、ご主人様」
 そう言って、笑ってみせる。
「……きょーたくん……」
 ご主人様が、俺を見上げて名前を呼んでくる。
「はい」
「……ぎゅーって……もっと強く……」
 そう言って、ご主人様も俺に手をまわして抱きついてくる。
「はい」
 だから俺も、そのままちょっと強く抱きよせてみた。
「……きょーたくんだ……えへへ……きょーたくんだぁ……」
 まだ半分泣いてるのに、なんだかすごくうれしそうな声でご主人様がしがみついてくる。
「大丈夫ですか?」
「うん……でも、もっとこのまま……」
「わかりました」
 朝とはずいぶん様子が違う。
 何があったのかは分からないけど、とりあえず言うとおりにもうしばらくご主人様を抱いてあげた。

 しばらく、そうしていたら。
 ご主人様が、抱き寄せた腕の中から俺を見上げていた。
「なんですか?」
「ちゅー……して」
 ご主人様が、うるんだ眼で俺を見上げてそう言い、そして目を閉じる。
 ……なんか、本当に様子がおかしい。
 いつものご主人様じゃないような気がしてならないんだけど。
 けどまあ、言われたとおりにする。
「ん……」
 重ねた唇から、ご主人様が気持ち良さそうな声を漏らす。
 全身から力が抜けたように、俺に全身を預けてきて、ときどき気持ち良さそうな声をもらしながら、俺の腕の中で甘えてくるご主人様の姿は、本当にいつもとどこか違う気がする。
「大丈夫ですか?」
 そっと唇を離して、そう尋ねる。
「きょーたくん……」
 とろんとした目で俺を見上げるご主人様。
「何か、飲むものでも……」
「……ううん……」
 子供みたいに、ふるふると首を横に振る。
「じゃあ、何か……」
「きょーたくんがほしい」
「え?」
「ボク、きょーたくんがほしい」
「…………」
 やっぱり、絶対様子がおかしい。
「あの、ご主人様……」
「きょーたくんがほしい」
 そう言って、ぎゅっと思いっきり抱きついてくる。
「ち、ちょっと、痛い……」
「いなくなっちゃやだっ!」
「え?」
「このまま、ずっと離さないんだからっ……」
「あ、あの、ご主人様……?」
「いなくなるなんて許さないんだから……」
「え、あの、その……」
 いなくなるって、何の話ですか?

 とりあえず、離してくれそうにないんで、そのままご主人様の気が済むまで、頭をなでてあげたり抱き寄せたり。
 でも、立ちっぱなしは少し疲れるんで、途中で寝台に転げこむように倒れて……
 ご主人様がやっと腕の力を緩めてくれるまで、けっこう疲れました。

「……サーシャさんも、そんなに脅かさなくてもいいのに」
 話を聞くと、やっぱりサーシャさんから少し脅されたらしい。
 俺がどこかに逃げていくとか何とか。
 それで、すっかり弱気になったみたいで。
「……でも……キョータくん、ほんとにどこにもいかない?」
「行きませんよ」
「ほんとに? ボクなんかのそばにいてくれるの?」
「いますよ」
「ずーっと?」
「ずーっと」
「……ほんとにずーっと?」
「ほんとにずーっと」
「ずーっとずーっと?」
「ずーっとずーっと」
「ずーっとずーっとずーっと?」
「ずーっとずーっとずーっと」
 ……こんな子供っぽいご主人様、放っておけるわけがないじゃないですか。
「じゃ、ちゅーして」
「……はいはい」
 なんか、朝は大嫌いとか何とか言ってたのに。
 軽く唇を吸うと、ご主人様がまた手足をからみつけるようにしてしがみついてきた。
 なんかこう、柔らかい感触が全身に押しつけられてきて。
 しばらく、そんな体勢でからみついてたんだけど、しばらくして唇を離すと、ご主人様が話しかけてきた。
「……ボクね」
「なんですか?」
「ほんとは、みんなに期待されてないんだ」
 ちょっとさびしそうな声でご主人様がそう言った。
「お父さんに比べたら、ボクは背も小さいし、強くもないし。みんな、本当はボクじゃ父さんの跡は継げないって思ってる」
「……そんなこと……」
「ううん、事実だから。ボクじゃ、父さんにはかなわない」
「……」
「ううん、みんなひどいことはしない。みんな、一生懸命ボクを支えようとしてくれてる。……みんな、ボクじゃ父さんのようにはいかないって知ってるから」
「…………」
「だから、すごく優しい。みんなボクを助けようとしていろいろしてくれるし、気を使ってくれてる。けど……」
「けど?」
「やっぱり、ボクだって期待されたいよ」
「…………」
「父さんの後継ぎはボクしかいないってみんな決めてくれた。足りない分はみんなで支えるって言ってくれた。……道場破りが来たら、ボクが出る前にフェイレンや師範代のみんなが倒してくれる」
「それだったら、それで……」
「でも、ボクだって……」
 泣きそうな声で訴えかけてくる。
「ボクだって、本当はみんなの力になりたい。ボクが道場主として、みんなを守ってあげたいのに……逆なんだもん」
「……」
「フェイレンだって、ボクとの組手は本気出さないんだ」
「え?」
「ボクとフェイレンが組手をしたら、必ずボクが勝つ。だけど、ほんとはフェイレンがわざと負けてる。……知ってるんだ。フェイレンが本気出したら、ボクより強いって」
「そんな……」
「ボクだって、それくらいわかるよ。フェイレンもみんなも、ボクを守ろうとしてくれてる。ボクに傷がつかないようにしてくれてる。……ボクが弱いから」
「……ご主人様」
「だから、ボクにはキョータくんしかいないの」
「……」
「キョータくんにだけは、頼りにしてほしいんだ」
「ご主人様」
「だから……僕よりキョータくんの方が背が高くなってるって気づいたとき、ちょっと怖くなって」
「怖く?」
「ボクが……誰にも頼りにされなくなるって」
「そんなことないですよ」
 ご主人様にこういう一面があるというのは、ちょっと意外だった。
 なんか、いつも元気で明るくて、こっちが引っ張っていかれるような感じなのに。
 それに、ご主人様むちゃくちゃ強いと思うんですが。
「ねえ、キョータくん」
「なんですか」
「ボクのこと、頼りにしてくれる……?」
「頼りにしてますよ」
「いなくなっちゃやだよ……」
「いなくなりませんよ」
「絶対にだよ……」
「絶対に」
 ほんとに、このご主人様は。
 まあ、こういう子供っぽいところがかわいくもあるんだけど。

「お風呂にでも入りますか」
 さっきから、ご主人様が泣きじゃくったおかげで、俺の服が涙とかいろんなのでびしょびしょ。
 その上、寒い季節なのに布団にもぐりこまずにずっと慰めてたから、けっこう冷える。
「うん」
 ご主人様が、俺を見上げてやっと笑う。
「じゃ、行きますか」

 道場のお風呂は、実は温泉。
 だから、24時間いつでもきれいなお湯が張ってる。
 フェイレンさんが冗談交じりに教えてくれたんだけど、ご主人様のお父さんが道場をここに立てると決めた理由の一つが、実は……
 温泉があっていつでも風呂に入れるから、だったらしい。
 まあ、俺らにとっても結構助かると言うか、お風呂に使わなくて済む分、使う薪の量をだいぶ減らせている。
 薪割りは道場の修行の一つになってるから、俺やミコトちゃんが割る必要はないんだけど、運ぶだけでも結構重いし。
 で、お湯が豊富だから道場にお風呂は大中小の三つがある。
 道場や雑居房からは少し離れた所にある、一番小さい浴場は、ほとんどご主人様専用のお風呂になってる。
 あとはまあ、俺やミコトちゃんもときどき使わせてもらってる。
 大浴場は道場の弟子たちが使ってて、中浴場は俺やミコトちゃんを含めた下男や召使いやお手伝いさんが使うことが多い。
 ただ、道場のお弟子さんたちは生活時間がきっちり決まってるから、夜11時を回れば、朝まで大浴場には誰も来ない。
 だから、真夜中にこっそり大浴場で泳いだりしても大丈夫だから、時々大浴場で遊んだりすることもある。

 今、俺がご主人様と行ってるのは小浴場。
 こじんまりとした離れの小屋の中にあるんだけど、そこまでの道のりがかなり寒い。
「きょーたくん」
 ご主人様が、俺の腕に身体を寄り添わせて押しつけてくる。
「なんですか?」
「寒いね」
「そうですね」
 俺はともかく、ご主人様はほとんど一年中、大きくスリットの開いたチャイナドレス。生地の違いはあっても、そりゃ寒いに決まってる。
「ゆっくりあったまろうね」
 少し嬉しそうな声。
 たぶん、もう機嫌はなおったみたい。

 小屋に入り、中から鍵をかけると、更衣室の燭台と火鉢に火をつける。
 お風呂から上がった頃には、ひんやりとした更衣室もたぶん暖かくなっていると思う。
 それから、ご主人様のチャイナドレスに手をかけて、そっと脱がせる。
 ご主人様は、すこしだけ頬を染めながら、黙ってされるがままになってる。
 チャイナドレスを脱がせてから、下着も。
 裸にすると、やっぱりまだ寒いのか、身体をすくめて小さく震える。
 俺も服を脱いで、衣服籠に放り込む……と、やっぱり寒い。
「寒いな、これは」
「寒いね……はやくお風呂はいろっ」

 湯船の中で、冷えた身体を温めながら、ご主人様に身体を近づける。
「あったかいね……」
 気持ち良さそうな声。
「ですね」
「……んふ……」
 ご主人様が、身体を押しつけてくる。
「えへへ……キョータくんといっしょだ……」
 嬉しそうな笑顔をこっちに向ける。
「ご機嫌なおりましたか?」
「うん……キョータくん大好き」
 そう言って、俺の首に手をからめて抱きついてくる。
 朝は大嫌いとかいってたのに。
 まあでも、嫌われるよりは好かれる方がいいかな。

 ご主人様は、手足をからみつけるようにして全身を押しつけながら、何度も何度もキスを繰り返してくる。
 そんなに密着させなくてもいいのにと思うぐらい、体全身を押しつけ、こすりつけてくる。
 この体制だと、実は俺の方からできることはあんまりない。
 とりあえずご主人様の背中に手をまわして抱いてあげながら、腰からお尻、太もものあたりを空いた手で愛撫してあげるぐらい。
 で、時々尻尾をしごくようにこすってあげると、気持ち良さそうな声でふにゃんとしなだれかかってくる。
 ご主人様は、ほとんど全身に性感帯があるんだけど、特に尻尾が弱点みたいで、尻尾をなでるように愛撫してあげると、すぐに全身の力が抜けたようになる。
「きょーたくん……きょーたくん……」
 今も、うわごとのように俺の名前を呼びながら、くたりと身体をあずけてくると、そのまま眠るように意識を失ったみたい。
 とりあえず、意識を失ってる間に姿勢を入れ替えて、と。
 ご主人様の姿勢を後ろ向きに入れ替えると、一度抱きかかえるように持ち上げて、背後からゆっくりと挿入する。
 もともと、小さくて軽いご主人様だけど、お湯の中だともっと軽くなるから、こんなことも楽にできる。
 で、挿入したまま、背後からご主人様の胸を両手で揉んであげる。
「ん……はふぅ……んん……」
 ご主人様が、かすかに身をよじりながら甘い吐息を漏らす。
 で、身をよじらせるから挿入された下半身にも刺激が走って。
「あんっ……」
 ぴくんと、大きくご主人様が震えた。
「目が覚めましたか?」
 耳元でささやく。
「あ……あ、あふぅ……きょーた、くん……?」
 声に反応して後ろを向いたけど、まだ目の焦点が合ってない。
「気持ちいいですか?」
 挿入したまま、下半身はあまり動かさず、右の手で胸を揉みながら、左手で尻尾を責める。
「あっ……ん、んんっ……」
 後は、責められるたびにご主人様が勝手に身体をよじって、ひとりでに感じてくれる。
 その間、尻尾を離さずに絶えず責め続けていたら、力が抜けてほとんど抵抗できないから、されるがままに感じてくれる。
「やだぁ……きょーたくん、ずるい……」
「何がですか?」
 わざと、そう聞く。
「こんなの……ちからはいんないよぉ……」
「入りませんか?」
 そう言って、ご主人様の乳房を少し強く揉み、乳首を指でつまんで転がしたり引っ張ったりしてみる。
「あんっ、だめ、いたいよぉ……」
「痛いの嫌いですか?」
「もっと……きもちいいのがいい……」
「じゃ、これで」
 そう言って、今度は掌で円を描くように柔らかく愛撫してあげる。
 尻尾を責めていた左手も使って、両手でご主人様の左右の乳房を責めた。
「ん……あぁ……きょーたくん……」
「なんですか?」
「きもちいい……きもちいいよぉ……」
「よかった」
 ずいぶん感じてきているのか、ご主人様の肌が熱いぐらいにほてってきてる。
 かわいらしい胸を愛撫してあげるのに合わせて、自分から腰を動かして下半身の快感を求めてくる。
「あ、あっ、きょーたくん……」
 ご主人様が何かをこらえるように小さく痙攣しながら、俺の名前を呼ぶ。
「あれ、もういきそうですか?」
「だ、だって……きょーたくんずるいもん……」
 甘えた声でそう言ってくる。
「もう駄目?」
「もうだめ……いっちゃう……」
 じゃ、まあ、俺の方はもう少し余力があるんだけど、ご主人様に合わせて。
 胸から腰に手を動かすと、ご主人様を上下に動かす。
「あっ、あっ、だめ……」
 急に上下に動かされたのに驚いたみたいで、弱々しい声で抵抗するけど、ここは無視。
「やん、やだ、まって……」
 無視、無視。
「やっ、だめ、いっちゃうよぉ……」
 あともう少し。
「あっ、あっ、ああああぁっ……」
 そうして、ご主人様は身体を大きく反らせ、声を挙げて果てた。

「……はぁ……あふん……」
 ほてった体を俺にあずけて、ときどき甘い声を漏らしながら余韻に浸るご主人様。
「大丈夫ですか?」
 お風呂でやると、結構あとでのぼせて大変なことになる。
「もっかい……やろ……」
 って、マジですか。
「もっと……きょーたくんといたいよぉ……」
 上目づかいで俺を見ながら、そう言ってくる。
「…………」
 ほんとに、このご主人様は。
 朝のあれは何だったんですか。

 ……まあ、口に出しては言わないでおこう。
 俺も、出来ることならご主人様ともっといたいし。

     ◇          ◇          ◇

 翌日。
「あー痛ってえ……あいつら、本気通り越して殺気こめて打ちこむことねえだろ……」
 フェイレンがぼやきながら道場から戻ってくる。

 それと同じころ、ファリィの部屋。
「どうしたんですか、その怪我?」
 あちこちに包帯を巻いた姿で戻ってきたファリィの姿に、キョータが驚いた声を挙げる。
「えへへ……実はね」
 ファリィが、道場での一件を説明する。
「フェイレンに、本気の一本勝負しよって言ったの。最初渋ってたんだけど、次期道場主の命令だって言って無理やり」
「……で、どうだったんですか?」
「負けちゃった。やっぱり、フェイレン強いね」
「……」
 ちょっと、フェイレンさんも空気読めばいいのに。
「でも、思いっきり泣いたらすっとしちゃった。やっと、フェイレンが僕に本気出してくれたのも嬉しかったし、みんな、こんなボクでも支えてくれるって言ってたし」
「……でも」
「ううん、負けてよかった。ボクに何が足りないのかもわかったし、目指す目標もできたし。明日から、もっと頑張ろうって」
「それで……よかったんですか?」
「うん」
 まだ少し心配そうなキョータを見て、ファリィが笑って続ける。
「それにね」
「それに?」
「フェイレン、ボクを泣かせたもんだから道場のみんなに目の敵にされて。百人組手でボコボコにされたんだよ」
「ぼ、ボコボコって……」
「フェイレンに悪いことしちゃった」
 そう言いながら、明るい笑顔を見せる。
 その表情を見て、キョータも安心したように笑った。

「……ねえ、フェイレン」
 井戸端に向かうフェイレンの前に立ちはだかるように、サーシャが怖い表情で立っていた。
「あんた、道場でファリィ殴って泣かせたって聞いたんだけど?」
「ち、ちょっとまて、あれはあいつが言ってきたんだぞ!? 本気の組手やろうって」
「言ってきたからってそのままバカ正直に本気出してどうすんのよ! 本気出したように見せながらちゃんと負ける!! あんたには人の心ってものがないの?」
「そんな器用な真似ができたら苦労しねえよ! 本気出しても負けかけたんだぞ!」
「だったらそのまま負けたらよかったじゃない! 空気ってものがあるでしょ!」
「その空気が問題だったんだよ! ファリィのやつ、わざと負けたら許さないって言ったんだぞ!」
「それでどうやったら泣くほど殴るのよ!」
「ちょっとまて、なんでどいつもこいつもみんな俺を悪者にするんだっ!!」
「あんたが悪いからに決まってるでしょ!」
「だ、だから待て、わかった、こんどファリィに謝るから槍収めろ!」
「絶対よ! 今度ファリィいじめたら私が許さないんだから!」
「わかったから落ちつけって!」
「……」
 ようやく、サーシャが怒りを納める。
「まったく、それにしてもひどい姿ね」
 血と泥まみれの胴着を見てサーシャが言う。
「さっきまで百人組手でボコボコにされてたところだ。……どいつもこいつも、ファリィのことになると情け容赦ねえ」
「ふふ、その姿見たら許せる気になったかな」
「……嬉しくねえ。ていうかほんとに、あいつら普段より明らかに強かったぞ」
「それが、ファリィの魅力なんでしょ。なんだっけ、徳?」
「……ま、そういうことなんだろうな。……つくづく、あいつは敵に回したくねえ」
「婿養子候補なんでしょ? 一生尻に敷かれるわね。夫婦喧嘩なんかしたら生きて山を下りられないわよ」
「……誰か他に適当な奴いないのか。まさかキョータくんに頼むわけにもいかないし」
 コウゼン道場の三代目を作るとなると、コウゼン道場の婿養子は獅子でそれなりに素質のある男でなきゃいけない。
「ほらほら、逃げないの」
「……はぁ。先の事を思うと気が重てぇ」