猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

空の守人

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空の守人



 私の先輩のタキさんはジョロウグモです。
 タキ先輩は男性なのですが、マダラの上になんらかの先祖がえりを起こしてるらしく、
普通ジョロウグモの男性は地味で小柄な姿をしてるのに、女性のような長身と黄色と黒の
ストライプに彩られた美しい甲殻を纏っています。
 トビグモの私は逆にすごく地味で顔も十人並なので、下手な女性よりも男性の目を惹く
先輩にちょっと複雑な思いがわくこともあります。


「今日の作業はB-C区の6番と7番、それにF-A区の3番だ」
 街の略図の上に重なるように描かれた大きな六角形の、蜘蛛の巣状に細かく区切られた
区画のうち三箇所を指し示しながらカグチ班長が声を張り上げます。
「特にB-C区の二つは、この間落ち物を受け止めた後処理がまだ終わってない。早急に
作業を終わらせねぇとB-C区全交換じゃすまなくなる、俺らでさっさと終わらせるぞ」
「「押忍ッ!」」
 班長と組んでいるマッチョな双子さんがカラテのような気合を入れます。あそこの組の
体育会系なノリには時々ついていけません。
「タキとカラノは新人とF-A区を頼む。こっちは通常補修だな、しっかり新人を鍛えて
やれ」
「了解した」
 先輩の対照的に淡々とした受け答えで、いつものように朝会は終わりました。


 街を取り囲むように立つ六つの塔が、私たちの仕事場です。
 正確には、六つの塔を頂点にして張られている六角形の大きな蜘蛛の巣の上が私たちの
主な仕事場になります。

 私たちの仕事は"空守"と呼ばれています。
 街に危険な落ち物が落ちないよう張られた結界の防護ネットを毎日保守・点検するのが
主な仕事です。
 かつては城砦と空守は切っても切れぬ関係といわれたものですが、魔法技術が発展して
より高度で手入れに手間のかからない対空防護陣が出回ることで、空守の仕事はだんだん
時代遅れとして居場所を失いつつあります。
 それでも私の住んでいる僻地の港町のように、高度な防護陣を敷設する予算のとれない
地方自治体ではいまだに空守の仕事が細々と続けられています。


 朝凪の時間、太くしっかりと束ねられた縦糸を足場に今日の作業場所に向かいます。
 足場のはるか下には、私の暮らす港町が広がっています。そろそろと目を覚ました街が
朝の賑わいを見せ始めている様子が遠景ながらも見て取れます。
「時間は限られてるんだ、余所見をするな」
「は、はいっ、すみませんっ」
 知らずに立ち止まっていたことを背中を向けたままの先輩に看破され、思わずびくりと
肩が震えました。相変わらずすごい振動感知です。
 命綱があるとはいえ、日中の強い海風の中で補修作業をするのは並大抵ではありません。
朝凪の時間が終わる前に仕事を終わらせないと、私のような新人の場合命に関わります。

「よし、イスミはここのほつれをこの前教えたパターン通りに補修すること」
「ええっと…こ、こうでしたっけ」
 手元に出した糸を使い、あやとりや手編みのような要領で結界のパターンを編み上げて
先輩に見せます。
 先輩は私の手元を一瞥すると網を取り上げ、私にわかるようにゆっくりと編みなおして
みせると、完成した網を私に返しました。
「大体憶えていたようだが、行程が一箇所抜けてたぞ」
「あぁ…はい、すみません」
「この"深淵に橋を架ける者"の編み方さえ憶えればあとはほとんどこれの応用になる。
あと一息、しっかり憶えこめ。もう一度手元で憶え直してから補修にかかるといい」
「は、はいっ」
 私が復習に取りかかるのを確認すると、先輩も自分の割り当て箇所に向かいました。

 さあ、時間を無駄にできないから頑張って復習しないと。ええっと、こうしてああして、
ここで返して…。

「今のとこ間違ってるよ」

「うわあっ!?」
 突然真下からした声に驚いて踏み外しそうになり、私はあわててお尻から伸びた"自前"
の命綱を手繰りながら体勢を立て直しました。
「お、今日は立て直し早い。感心感心」
 背中から伸びたひょろ長い甲殻肢でネットの裏側に張り付いたカラノさんが、息を荒く
している私を見ながらけらけらと笑います。人をびっくりさせといて自分は余裕たっぷり
に腕組みしてるあたりがなんとも憎たらしいです。
「さ、サボってていいんですか? 先輩に言いつけますよ」
「割り当てが終わってちょうど手が空いたところなの! あ、悪いけどタキさんの手伝い
系の仕事があるからこっちは手伝えないよ。新入りのためにならないしね」
「じゃあ早く行ってください、気が散りますから」
 カラノさんからぷいっと顔を背け、気を取り直してあやとりを再開します。
「はいはーい。じゃ、さっき間違えたところしっかりねー」
 ひらひらと手を振ると、カラノさんはタキ先輩の補修作業を手伝いに向かいました。
 思わず口からため息が漏れます。教えてくれること自体は正しいんだけど、おもちゃに
されてるような感じがしてどうもカラノさんは苦手です。
 …うう、ほんとだ間違ってる…こんな調子じゃ朝凪の間に作業完了は無理かも…。


「風が出てきたな、撤収」
「あ、でも私まだ……あーっ」
「はいはい、撤収撤収」

 無理でした。


 がっくり肩を落としつつ、水筒からコップにどぼどぼとミネストローネを注ぎます。
 この猫井印の水筒、なんでもヒト世界の「魔法瓶」なる物の技術が使われているとかで、
朝に沸かしたお茶を入れて持っていくとランチタイムに適温のお茶が飲める優れものです。
冷たい飲み物の保冷もできるので、ネコの人たちはほとんどがそっちの用途で使ってるん
だとか。猫舌ですもんね。
 …かくいう私も、広口でなんでも入るのをいいことに、こうして野菜スープなんてもの
入れてきてるわけですが。んー、文明の利器バンザイ……ずずず。
「ウホッ! いい香り…」
「あげませんよ」
「けちー」
 隠すように水筒を抱きかかえると、カラノさんはわざとらしく鋏角(くち)を尖らせて
抗議のブーイングをしました。
「人にたかってないで自分の分を食べてください」
「後輩が何食べてるか気になったんだよ。…ふーん、野菜スープか。自作?」
「ええ、まあ。適当に具を刻んで煮崩れるまで煮ただけですけど」
「そりゃ旨そうだ、今度俺にも」
「お断りします」
「なんでー」
「もうっ、いいから自分のを食べてくださいってば!」
 そんな感じでやいのやいのしてるところに、タキ先輩が弁当屋さんの包みを手に提げて
帰ってきました。
「あ、お疲れ様です先輩」
「タキさんお疲れー」
 私とカラノさんの挨拶に、先輩は「お疲れ」とだけ返して席に着きました。

 包みを広げ黙々と弁当を食べ始める先輩を、なんとなく見つめてしまう私とカラノさん。

「…どうした二人して」
「い、いえっ」
「別にー?」
「ヘンなやつらだな…」
 先輩は首を傾げながら食事に戻ります。
 お茶とか買わなかったのかな…食べづらくないかな…。

 ……よし。

「あ、あのっ」
「今度はなんだ…」
「こ、これっ、野菜スープなんですけどもし宜しかったらっ」
 予備のコップに注いだミネストローネを「ガッ!」というような気迫で差し出しました。
「あ、ああ……ありがとう」
 若干引き気味ながら素直に受け取ってくれたのでほっと胸を撫で下ろしつつ、自分の席
に戻ります。

「イスミん俺にもー」
「お断りします」

 空守の詰め所は今日も平和です。

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