猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

僕の奴隷は愚鈍で困る 04

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僕の奴隷は愚鈍で困る 4話



  大学からの帰り道、買い物していたら八百屋の親父に絡まれた。
「先生、明日はセツブンだから豆買ってくにゃ」
「何だいセツブンとは」
「落ち物の行事らしいにゃ。豆食ってばら撒いてみんなハッピーラッキーにゃ~よ」



節分
毎年2月3日に豆を蒔く、ヒト世界の年中行事。
豆を蒔く行為には家の中の鬼を追い出し、福を呼び込む意味がある。
また、自分の年と同じ数の豆を食べると一年間まめまめしく過ごせるという言い伝えもある。

「という理解でいいだろうか」
「はい、正しいと思います」
 そうか。ヒトの生活に関する文献をひっくり返した甲斐があった。
八百屋の親父の言ではどんな奇祭かと思ったが、存外大人しそうな行事で安心したよ。
ユキカの手に豆を入れた袋を手渡す。
もちろん僕の手にも袋が一つ。
「では蒔こうか」
「はあ」
 狐国では鬼と呼ばれる邪霊に似たモノが出るとも聞く。狐国ではそれを祭祀や結界で抑え込んでいると言うので、恐らくは節分も似たような目的と意義を持って儀式を行う行事なのだろう。
ここは猫の国であって鬼や邪霊に類する存在はほとんど出ないのだが、それでも先祖代々継承してきた儀式ならばできる限り執り行うべきだと僕は思う。喪ってしまってからでは遅いのだからね。
 しかしそうは言っても、ただ豆を蒔くだけでは今一つ盛り上がりに欠けるな。ユキカもなんだか戸惑い気味であるし。
「ところで、豆を蒔く場所はどこでもいいのか? 特別な手順や順番は必要ないのかい」
「え? あ、ええと……」
 目を伏せるユキカ。
知らないのかよ。故郷の行事だろうにそれでいいのか。
かすかに眉根を寄せてしまった僕に、ユキカが慌てて言葉を重ねる。
「あ、あ、でも、豆を蒔くときに、呪文というか何というか」
「呪文?」
「お、『鬼は外 福は内』と叫びます、蒔きながら……」
 なるほど、単純な言霊を祝詞とするわけだな。
それでも祓魔の儀式としてはいささか簡素すぎる気がするが、まあそういうものなのだろう。
「よしわかった、やるぞ。準備はいいか」
「あ、は、はい」
 袋に手を入れて豆を掴み、呼吸を整える。ユキカも慌ててそれに続いた。
やるからには盛り上がりに欠けるなどと言っていてはいけない。仮にも儀式だ、真面目に取り組むことにしよう。

叫ぶんだったな。

「鬼はァ外ォッ!!」
「ひ……!?」

 脚、腰、肩、そして鞭のようにスナップを効かせた右腕の運動エネルギーを指先を通じて余すところなく受け取った豆が、開けた窓の向こうに夜の闇を切り裂いて消えていった。
 あの豆なら半端な邪霊などブチ抜く。いやブチ抜いて見せる。
 僕の知識と経験からいって、この手の儀式では気合いが物を言う。今回のように簡単な構造の儀式ならば尚更だ。
恐らくは鬼や邪霊そのものよりもそれらを呼び寄せるモノ、例えば場所に染みついた暗い思念の残滓や心に巣食った迷いを祓い清める儀式なのだろうと推察するが、なればこそ儀式の担い手はそれらを吹き飛ばすだけの精神エネルギーを要求されるのである。

「福はァ……内ィィッ!!」
「きゃぁっ……!」

 振り返りざま握った豆をぶちまける。
壁に当たった豆がバチバチと音を立て、僕の左やや後ろ側に控えていたユキカが頭を抱えて逃げた。
「おいおい、君の故郷の儀式だろう。もっと真剣にやらないか」
「え、えぇ?」
 何をそんなに取り乱しているんだ。……ああ。
「間違っても君にぶつけやしないから安心しろ。ほら、君も一緒に」
「え、あ、そうじゃな」
「鬼はァッ、外ォ!!」
「…………おには、そと…………」
 君がそういう娘なのは分かっているが、そんな覇気のない様子では逆に邪霊が寄ってくるぞ。
そうも弱々しい声では取り憑いてくれと言っているようなものじゃないか。
いや、ここは狼の国ではないんだが、なんとなく。
「もっと腹に力を入れるんだ。
 ――福はァ、内ィっ!!」
「え……ふ、福は、内」
「声が小さい! 腹から声を出せ!
 ――鬼はァ外ォォッ!!」
「お、鬼は、外っ」
「まだ小さい! もっとだ!
 ――福はァァッ、内ィィ!!」
「福は、内っ……!」
 だいぶ声が出てきたが、まだ一歩食い足りない。
 もっと、もっとだ。叫び方を思い出せユキカ!
「腹の底にあるものを全部ぶちまけろ! 嫌な物を全部吐き出してしまえ!
 鬼はァァァッ、外ォォォッ!!」

  「鬼はぁっ、外ぉっ!」

 ユキカの投げた豆が放物線を描いて夜闇に消えていった。 
「やればできるじゃないか」
「……え? あ、はい」
 はあはあと肩を上下させているユキカの背中を叩く。
途中から目的がすり替わっていたような気がするが気にしない。
頬の色に血が通い、目尻が吊りあがった顔は、いつもの青く冷めた無表情よりもよほど人間らしい。
いつもの顔に比べたら、今の顔の方が僕はずっと好きだ。
何かに怒っているような泣いているような、一般的に言う良い顔とは程遠い表情では、あるのだが。


「よし、これで最後だ! いくぞ!」
「は、はいっ」
 いい返事だ。

「福はァァァッ!!」

「うるせぇぇぇぇぇッ!!」
「う゛ちっ!?」
「旦那様!?」
 豆を握り込んだ拳を振り被った瞬間、窓から飛び込んできた空き缶が僕の後頭部を直撃した。




 冷静になって考えてみれば、日も落ちた住宅街で奇声を張り上げるのは大変な近所迷惑である。
なんだかんだで年甲斐も無くハッスルしてしまった自分を恥じながら、もそもそと豆を食う。
あまり美味くはない。
104粒とか地味に多いんだが。一粒一粒数えるのも手間だ。
しかもこの豆は家の中に蒔いた分を拾い集めたものである。毎年この儀式を真面目にやっていれば、それはまめまめしくもなろうさ。
「ん? 君はもう食べ終わったのか」
「はい」
 まあユキカはヒトで若いから僕より早く食べ終わって当然なんだが、ずいぶん早くないか。
……考えてみればこの子の年齢を聞いたことが無かったな。
「今さらだが、君は今いくつなんだい」
「この間18になりました」
「じゅっ……」
 子供も子供じゃないか! 下手したら小学生……あ、いやヒトの寿命はネズミ並みという話だから、そう考えると見た目通り教え子たちより少し幼いくらい、か?
 それでも現在でようやく少年期の終わりにさしかかった辺りかよ。
ラパットよ、ユキカの元主人よ。貴様この子のことを『具合は保証する』と表現していたが、力一杯軽蔑していいか。
顔も知らないラパットの親父殿よ。何を思ってこの子を奴隷にした。そしてこの子に何をした。
「何か?」
「あ、いや、何でもない」
 小首を傾げるユキカに、思わず目を逸らす。
とりあえずラパットの奴は次会った時に全力で殴る。
 ……ん?
「この間、と言ったか」
「はい、そのように申し上げました」
「いつだ?」
「半月ほど前、ですが……」
 僕の家に来てからだな。
よし。
「ユキカ、君が欲しい物を一つ言ってみろ」
「へ?」
 完全に目が点になっているな。あどけないと言えばあどけない顔である。
「あの、私が欲しい物って、私が欲しい物ですか」
「他に解釈のしようがあるのか、それは。早く言え。因みに無回答は認めないからな」
「え、あ、でも、え?」
 頭の上に無数のハテナマークを飛ばしているのがよく見える。
いつもこれくらい分かりやすいといいんだが。
ぐるぐるおたおたしているユキカを前に気長に待つ。
ややあって、彼女は申し訳なさそうに上目づかいをしながらおずおずと唇を開いた。
「……あの」
「うん」
「何と答えればご期待に添えるのか分かりません……」
 …………………………………………いや、あのな。
「素直に答えろ素直に。めでたく18になったんだろう」
「……18禁解禁?」
 なんだいそれは?
「ええと、つまり大人になったのでこの機会に旦那様のお情けを」
 デコピンを構える。
「頂けませんね不正解ですよねはい重々承知しております」
 一息に言いきって後退るユキカ。
 少しは分かってきたようで嬉しい限りだよ。ああ。
 ユキカが心底本気でそれを望むというのならば多少は配慮しなくもないが、その可能性は皆無だろう。
ついでに、この子は僕から見ればまだ子供だ。
「ええと、じゃあ、ええと……」
 脳から煙を出しそうな様子のユキカは、非常に面白くないが少しだけ面白い。
「まあ思いついたら教えてくれ」
「はあ……」
「遠慮はするなよ。何といっても君の誕生日プレゼントなんだからな」
「………………………………………へ?」
 ほけっと僕を見上げるユキカ。
「何だい、ヒトには誕生日を祝う風習は無いのか?」
「…………あります、けど。でも私はヒトで」
 だから、ヒトだって誕生日は祝うものなんだと今自分で言っただろう。どこにおかしいことがある。
成り行きとはいえ、こんないたいけな女の子を炊事洗濯掃除とこき使ってしまっているんだ。
誕生日くらい祝ってやらなきゃバチが当たる。

「君が教えてくれていたら当日に祝ってやれたんだがね。ちゃんとしたお祝いは後日に回すとして。
 ともあれ――18歳の誕生日おめでとう ユキカ」

お、おい! なぜ走って逃げる!?

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