猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

シャコ嫁04

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シャコのお嫁さん 第四話


 その日の朝、ナキエルはいつもの時間に起きてこなかった。

 夜勤で遅くなった時などはエナに前もって朝が遅くなる旨を伝えるので、不規則なりに規則的な
生活を送れていた二人である。が、今朝は特にそのような連絡はなかったためエナは困惑していた。
「ナキエル様? 朝食のご用意が出来ましたが、どうかされたのですか?」
 なるべく光を通さぬよう堅牢に作られた寝室の戸を軽くノックして尋ねると、部屋の中からごそ
ごそと音がしたあと返事があった。
「ご、ごめんよ。起きてはいるんだけどちょっとたてこんでて……構わないから先に食べててくれ」
「なにかお手伝いしましょうか?」
「あー、そうだな……蒸しタオルを何本か用意してくれる?」
 そう言われて、エナの脳裏に閃くものがあった。
「わかりました、ご用意しますね」
「ああ、頼んだよ」
 寝室の前を離れ、エナは台所で蒸しタオル作成にかかった。

 三十分ほど経って、エナは数本の蒸しタオルを冷めないよう蒸し器ごと運んでくると再び寝室の
戸を叩いた。
「ナキエル様、蒸しタオルをお持ちしました」
「ああ、ありがとう。そこに置いて…」
「いえ、お背中は私に清めさせてください」
「え、き、急に何を!?」
「失礼ながら、もしかして脱皮されたのではありませんか? 以前の職場にはテッポウエビの方が
同僚におりましたので、甲殻のある殿方のこともこれで多少なりとわかるつもりです」
「そういえばそうか…ああ、実はそうなんだ。近々時期が来るのはわかってたんだけど、前もって
報せるのが難しいから言いそびれてた。ごめんよ」
「いえ、お気になさらず。それより、どうか私にお手伝いさせてください」

 エナの言葉に、ナキエルは悩む。
 脱皮直後の疲労した体でさらに一人で身を清めるというのはたしかに骨が折れる、できれば背中
くらいは誰かに手伝って欲しくはある。だけど、それは隠すもののない自分の姿をエナに見られる
ということに他ならない。
 恥ずかしいのとは少し違う。シャコの男は皆、己が同族や眷族以外には異形そのものである事を
よく知っている。だから外出はあまり好まないし、出歩く時も姿を覆い隠すような装束を好む。
 ナキエル自身も実はエナ来訪以来、家で外套を脱がなくなった。かつては玄関近くにあった外套
かけは寝室に置かれ、寝る時以外はほとんどフードを被っている状態だ。
 エナはテッポウエビと同僚だったというが、裸を見たわけではあるまい。…よしんば見ていたと
しても、エビとシャコではまた差異があろう。
 もしもエナが自分のありのままの姿に嫌悪感を抱いたらと考えると、彼はどうしても戸を開ける
ことが出来なか

  がらっ

 悩んでいるうちにエナが戸を開けていた。
「ちょ…!?」
「無礼はお許しを、朝御飯が冷めてしまいますから」
 自室の鍵をかけていなかったことに気付いたのは強行突入された後だったという。

 観念してスツールに腰掛けたナキエルは、背中をエナに任せ黙々と真新しい甲殻を清めていく。
 丁寧に背中を拭う小さな手をなるべく意識からはずそうとしても、どうしても背後が気になって
ぎくしゃくしてしまうのは独り身の長い男のサガである。
「力加減はいかがですか?」
「あ、ああ、問題無い…気持ちいいよ」
 エナがまだ固まり切らない甲殻を気遣い優しく拭いてくれているのがわかったナキエルは、素朴
な疑問を口にした。
「以前、誰かの脱皮に立ち会ったことがあるのか?」
「ええ、一度。そのときは女性でしたけど」
「そ、そうか…」
 程度の差はあれど、女性も脱皮はする。そのときに一通りのことは教わったのかもしれない。
「だいたい拭けたら下がっていいよ、いつまでも見ていたいようなものでもないだろうし…」
 ショートパンツをはいただけの半裸のわが身を顧みて、苦笑しながら呟く。
「そんなことありませんよ」
 エナの手が止まった。どうしたのかと振り向こうとした背中に、ひたりと手の触れる感触がして
ナキエルの背筋はぞくりと震えた。どことなく陶然とした声でエナが呟く。
「ナキエル様の膚(はだ)、黄金色をしてらしたんですね……とても綺麗です」
「こ、黄金色は言いすぎだよ、せいぜい黄土色だ。それに、モンハナ種の連中の方が色が鮮やかで
綺麗だし…」
「それはそれ、これはこれです」
 エナの体温を感じて、ナキエルの鼓動は高鳴る。この状況をなんとか脱しようと空転する思考が、
ようやくある事項を記憶から引っ張りあげた。
「あっ、朝御飯! のんびりしてたら朝御飯冷めちゃうんだろ!?」
「そ、そうでしたねっ」
 エナの手がぱっと離れ、タオルを交換すると作業を再開した。ナキエルも自分の作業に集中する
ことにする……そうしないと何かしてしまいそうだった。
 朝食の方はさすがにだいぶ冷めてはいたが、幸か不幸かどきどきして味のわからなくなった二人
にはあまり関係なかった。

「はあ、焦った…」
 朝食を終えるなりそそくさと作業場に引っ込んだナキエルは、思わず深くため息をつく。
 背中にまだエナの手の感触が残っていた。脱皮直後とはいえエナの力で彼の甲殻に手形をつける
ことなど不可能だが、まるでくっきりと手形をつけられたような気分だった。
 今日の任務はバックアップ役のハルに念話で交代を頼んだので、今日一日は臨時のフリーである。
甲殻が落ちつくまでのんびりと内職しながら過ごすことにして、今朝のことは早急に頭から追い出
してしまおうと、ナキエルは決めた。
 そういえば請け負ったクロスボウ用の太矢の納期が迫っている気がした。午前中一杯と、午後の
少しを費やせば今日中になんとかいけるだろうかと目算を立てる。
「…よし」
 作り置きの軸に歪みが出ていないか慎重に確かめながら、ナキエルは太矢の製作に没頭した。

 そして雑念を追い出すべく作業に集中した結果、午前中でノルマは完了してしまったのだった。
 人間、必要ない時には実力のすべてをいかんなく発揮してしまったりするものである。

(午後の予定がぽっかり空いてしまった……どうしたもんだろうなぁ)
 エナが作ってくれたパスタ(スパゲティに似ているが、ちょっと平べったくて名前も違うらしい)
をもぐもぐと咀嚼しながら、ナキエルはぼんやりとTVを観ていた。
 流れているお昼のニュース番組では、この間の女子アナと結婚したスポーツ選手が公共の電波を
使ってのろけ倒し、リポーターをドン引きさせていた。ナキエルは一瞬、ハルと二人で闇討ちする
計画を立てかけたがぶんぶんと首を振って妄想を振り払った。
「…? ナキエル様、お口に合いませんでしたか?」
「ああいや、何でもないんだ。美味いよこれ」
「そうですか、よかった」
 ハムと青菜をスパイスでピリッと炒めて絡めたパスタは、シンプルながらなかなかに美味だった。
本当に嫁さんが来たみたいだなあ…などと埒もないことを考える。
 ふと、エナが何やらこちらをじっと見ているのに気付いてナキエルはフォークを止めた。
「…えっと、どうかしたかい?」
「ああいえ」
 エナはにこりと微笑んで言った。
「やっとフードを外して下さいましたね」
 言われてから、ナキエルは外套を作業場に置いてきたことに気付いた。午後のことを考えていた
せいでぼうっとしていたらしい。ナキエルはまあいいかと思い直すと、頭を掻きながら答えた。
「うん、窮屈だからもうやめた」


 午後の予定は、エナとゆっくりお茶を飲むことにしたという。

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