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玄成_1話


狐の国のとある山奥。人里から遠く離れ、名前すらも忘れかけられた地に、一件の山小屋がある。
前の住人が居なくなってから相当の月日が経っているらしく、崩壊していないのが不思議に思えるようなオンボロ小屋である。
その誰からも忘れられた小屋を、狗の間諜が利用しているとの情報が入ったのは、半日前の事であった。
逢難狐隊の筆頭である玄成(げんじょう)が部下を引き連れて現場に行ってみれば、複数の生き物が山小屋の中に居る気配がある。
小屋には明かりは灯しておらず、周囲に人間が通った跡もほとんど見当たらないが、よくよく探してみれば隠しきれていない痕跡がいくつか見受けられた。
そして何より、小屋の中には息を潜めて蠢く気配が五つ。元来鋭敏な狐の六識を、さらに鍛え上げた七狐だからこそ捕らえる事が出来たようなもので、なかなかどうして見事な隠行である。
地元の住民が遭難などして一時的使用しているのであれば、ここまで徹底して自分の存在を秘する必要はない。
こんな山奥に狗の間諜が居るという情報を聞いた時には、正直眉唾ものだと思ったのだが、どうやらそれなりの信憑性はあったらしい。
情報によれば、入り込んだ狗の間諜の数も、丁度五である。間諜ともあろう者達が一堂に会している理由は分からぬが、好機である事には間違いない。
「火を掛けろ」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で、部下に最低限の指示を飛ばす。
生け捕りの指示は受けていない。そもそも、生け捕りにせねばならぬのなら、逢難狐隊に話は回ってこない。
もし中に居るのが狗でなかったとしても、どちらにせよ後ろ暗い連中である事には違いないから、始末するのに迷いもなかった。
事前の打ち合わせに従い、ある者は延焼を防ぐための結界を張り、ある者は火勢を強めるために風を送り、ある者は小屋の中から出てきた者に射かけるための弓を構え、十五秒ほどで火計の準備は整った。
そうして、部下の一人が発火の符を発動させれば、たちまちの内に小さな山小屋は煉獄と化す。
果たして、中に居たのは本当に狗であった。五人ほどの人影が一斉に小屋から飛び出し、そのまま散って逃げようとしたが、部下達が残らず矢と符術で始末する。
万が一、敵の中に「規格外」が混じっていた場合の事を考え、精鋭十五名に加えて筆頭自ら出張ってきたのだが、どうやらそれも杞憂に終わったらしい。
その後、小屋と死体が完全に灰燼と化すまで火計を続行し、地下室等の避難場所が無い事を確認すると、一行は帰途についたのだった。




「無事に終わって良かったですね」

引き上げる道中、副長である華南(かなん)が安心ような声で話しかけてくる。
どうやら、今し方の作戦の事を言っているようだ。
華南は隊の作戦立案を一手に引き受けており、今回の包囲殲滅戦も、彼女の案によるものであった。それだけに、特に損害なく終了した事に、内心ほっとしているのだろう。
「常に圧倒的、且つ速やかに勝利する事」を信条とする彼女は、巧遅よりも拙速を、下調べの後の暗殺よりも今回のような蹂躙作戦を好んで用いる。
無論、それが元で逢難狐隊の事が外部に漏れるようなヘマは、一切しない。
頭の中が破城槌かもしくは焙烙玉で出来たような面々を集めた逢難狐隊にあって、唯一の頭脳労働者である彼女は、副長の地位以上の尊敬を集めていた。
……のだが。

「あー、まあ。ミンナブジデヨカッタネ」

玄成としては、胸中複雑である。
華南は得難い人材であるが、いかんせん人員を多めに張り過ぎるきらいがある。
今回の作戦も、本来は精々が五、六名の人員で事足りるものであり、筆頭まであわせて精鋭十六名と言うのは、明らかに過剰戦力であった。
さらに言えば、華南は自分の立案した作戦――逢難狐隊にあって、彼女が立案していない作戦の方が希有であったが――の全てに立ち会いたがるし、なにかと『万が一を考えて』筆頭である玄成を配置したがる。
仕事を厭う訳ではないが、今晩のように一声発するだけというような作戦が続くと、肉体疲労よりも気疲れの方が先に来るため、出来ればもう少し人員配置を考えて欲しいというのが本音であった。
以前に何度かその旨を彼女に伝えたのだが、弁論では彼女に到底太刀打ち出来ず、いつも丸め込まれて終わっている。
どうせなら、何か事が起こった方がまだまし、と言うのが玄成の偽らざる本音であった。
(誰か、俺の降格願い出さないかなぁ……)
いっそ筆頭になれば華南の働き癖も治るのでは、と彼女の昇進を上司に進言した事もある。マダラの自分よりも女である華南の方が上に立つには都合がよいし、玄成も一部下に降格されれば、少なくとも現場に出た際には戦闘に参加出来る。
一石三鳥の良案とばかりに上申書を書き上げて提出したのだが、その時はわずか半日であっさりと却下された。
曰く、『本人にその意志が無いため』であるが、それを言うなら玄成とて好きで筆頭職をしている訳ではない。男女差別だと抗議しようとしたのだが、上司の一睨みで黙らされた。
残された望みは、隊の誰かが『玄成に筆頭の資格無し』として降格を願い出るしか無いのだが、非公式の組織である七狐機関においても『上司の降格願い』というのは出しにくいものであるらしく、未だ玄成は筆頭で、華南は副長である。
今しばらくは、望まぬ中間管理職を務めるしかないその現実に、ため息をつくしかない。
……と、そんな玄成の暗鬱な気分に反応した訳でも無かろうが急に辺りが暗くなった。
何事かと仰ぎ見れば、空に奇妙な穴――というのもおかしな話だが、それ以外に形容しようがない――が開いており、先程まで一行を照らしていた月をすっぽりと覆い隠していた。
一行の少し先、二十間程度の高さである。底があるのかも分からぬような真っ黒な穴でありながら、微かな燐光を放っており、その所為で確かに『空に開いた穴』である事が分かるといった有様だ。
不可解な事態に、一同はぽかんと空を見上げるしか出来ない。

「……もしかして、『落ち物』か?」

玄成は、自分でも気づかぬ内に呟いていた。
下天には異なる世界が存在し、希にそこからこの世界に落ちてくる物、すなわち『落ち物』があるというのは誰もが知っていたが、実際に落ちてくる瞬間に立ち会うのは初めてである。
そもそも、狐の国では落ち物はあまり多くない。巫女機関が国の各所に結界を張り、空間を安定させているからだと聞いていたが……
と、そこまで考えて、急に我に返る。

「総員、『落ち物』に備えろ。術士は全方位に結界を展開、他の者は補助。急げ!!」

部下達に喝を入れるように大声で指示を飛ばす。その甲斐あってか、各員が弾かれたように命令を実行しはじめた。
『落ち物』は決して安全なものばかりではない。他の国では、巨大な建造物や爆弾、毒物等が落ちてきて惨事になった事もあるらしい。
そんな事も忘れて呆けていた自分を罵りたくなったが、部下達の手前、見えないように唇を噛むに止める。
結界の展開が完了するのと、穴の中から何かが現れたのは、ほぼ同時であった。

「ヒトだ!」

誰かが、まるで感嘆したような声で報告する。
言われて見れば、確かにそれはヒトであった。奇妙な衣に身を包み、気絶しているのかピクリとも動かず、ただ落下するに身をまかせている。

「拙いな」

我知れず舌打ちした。
二十間といえば結構な高さで、狐であっても落ちれば怪我では済まない。脆弱なヒトであれば死ぬかも知れぬ。
別に助け立てする義理は無いが、ヒトの知識は色々と役に立つし、それ以外にも利用価値はある。なにより、こんな巫女の加護も届かぬような山中で死ねば、化生になる恐れもあった。
黄泉帰りを防ぐために死体を焼くよりは、助けた方が面倒も少なかろうと結論付け、玄成は符を放つ。

『木符・飛鳥』

単に術者の意思通りに飛ぶだけの符で、大した事も出来ない代わり、魔力の消費も少ない。
直接攻撃力は無く飛距離もあまり長くないため、使われる事の少ない符ではあるが、玄成は敵の目鼻を覆って隙を作るのに利用していた。
一枚や二枚では到底落ちてくるヒトを受け止めるには足りないため、ひとまず手持ちの十四枚を全て放つ。
どうやら足りなかったようで、落下の勢いは衰えたものの、まだ危険な速度である。仕方が無いので、指の腹を噛み切り、五枚ほどを即興で書き足した。
それでも落下の勢いを完全に殺す事は出来なかったが、速度は目に見えて落ちている。
あれなら子供であっても怪我をする事はあるまいと見て、玄成は注意を空中の穴へと戻した。
奇妙な穴は役目を終えたのか、急速に萎んだかと思うと、あっという間に見えなくなる。
後には、煌々と輝く二つの月が見えるのみ。なんとも不可思議な出来事であった。


さておき、次に考えるべきは落ちてきたヒトである。
狐の国にも少なくはあるがヒト召使は居るし、貴人が街中を連れて歩いている事もあるため、ヒトを見た事の無い者の方が珍しいくらいである。
とは言え、先ほどの怪現象が尾を引いているのか、部下達は遠巻きに見ているだけで、近付こうとしない。中には、未だ結界を展開している者もある。
こうしていても埒が明かないので、玄成はヒトの様子を調べるために一歩を踏み出した。
皆の視線が集まるのを背中に感じ、うんざりとした気分になりながらも、落ちてきたヒトに近付いてゆく。
倒れていたのは、ヒトのオスであった。符で受け止めたのはどうやら正解だったようで、怪我をした様子はない。念のため少し調べてみたが、脈は正常で、骨も折れていないようだ。
年の頃は、狐で言うなら元服を過ぎて少ししたあたり。
ヒト召使としては、およそ当りに入る部類ではある。労働力としてもそれなりであるし、性奴としては最上級だ。
もっとも、玄成に衆道の趣味は無いし、体を動かすのは苦ではないため、わざわざ召使を使うまでもない。
今は飯炊きの為に一人小間使いを雇っているのもあり、彼の下宿先は少々手狭である。連れて帰っても宝の持ち腐れにしかならない。
ヒト買いに売るにしても、その手の知り合いは居ないし、狐の商人と取引をするには煩雑な手順が必要となるため、出来れば避けたいのが本音である。
『猫に物を売って儲けを得る』というのは、狐の間ではやり手の商人を褒め称えるための言葉である。よって、猫にヒトを売るのも却下。
虎や猪は商人としては向かない種族であるので、ヒトを買うだけの経済基盤を持った商人が狐の国内に居る望みは薄い。
狗は論外である。『狗にくれて良いのは屁だけだ』と言うのは、狐には常識であった。
上司に贈れば心象が良くなるかもしれないが、玄成は出世に興味が無い。むしろ、今だって筆頭職は過分だと思っているくらいである。
良い案が浮かばず、どうしたものかと頭をひねっていると、こちらに近付いてくる華南と目が合った。

「華南」
「はい。なんでしょうか」

生真面目な彼女らしく、呼び終わるかどうかという時には、既に傍に控えて次の指示を待っている。

「これ、お前にやるわ」
「……はい?」

未だ倒れたままのヒトを指し示して言うと、今度は若干返答が遅れた。
まあ、高価なヒトを他人にポンとくれてやる人間と言うのは滅多に居ない。
玄成ももう少し仕事が暇であれば、多少の手間を掛けても売り払う事を考えたかもしれない。
だが、最近は狗の諜報活動が活発化しており、逢難狐隊も忙しくなってきているため、しばらく休暇も取れそうにない。
長く家に置けば情が移って手放せなくなる恐れもあるため、いっそ他人にくれてやった方が面倒も少ないだろうと踏んだのである。
彼女の実家は都に名だたる大店だと聞いた覚えがある。売るにしろ使うにしろ、自分よりも余程上手くやるだろうと言うのが、彼の目論見であった。

「しかし、このような高価な物を戴く訳には……」

華南はしきりに恐縮している。だが、例え高価であろうと無かろうと、役に立たない以上は玄成にとっては不要物でしかない。
腐らせるよりは、役立てる事の出来る人間の元に置いた方が良いだろう。
むしろ気になるのは、ようやく近くにやって来た部下達のひそひそ話であった。

(うわ。やっちまったよ、あの朴念仁……)
(婿取り前の女の子に、オスのヒト奴隷なんぞ贈るかね、普通……)
(華南様、お可哀相……)
(副長って本当、男を見る目が無いよねー……)

何故かは知らぬが、今回の沙汰は部下達には不評なようである。一応声を潜めては居るものの、丸聞こえであった。
作戦時には敵に聞こえぬよう、今よりももっと小さな声で遣り取りをしている事を考えれば、むしろわざと聞こえるように言っているのだろう。
どうにも、他人にヒトを贈るというのは、非常識な行為であったらしい。

「あー、済まん。迷惑だったなら、他の処分方法を考えるが」
「いえ、そのような! 決して迷惑と言ったような事は……!!」

嫌な物を押しつける上司と思われるのも嫌なので、前言を撤回しようとすると、これまた華南が慌てたように言葉を返す。
上司に対して忠実なのは彼女の美点だが、こういう時は不便である。
こんな事なら、落ちてきた時に見捨てて死体を焼いた方が面倒がなかったか、と玄成は後悔し始めた。

「要らないなら素直にそう言ってくれ。誰か、他の者に贈る事にするから」

段々と面倒臭くなり、ぞんざいに言い放つ。
明日――と言っても日付はとうに変わっているため、実質今日だが――も朝から書類整理をせねばならない。
筆頭でなければ処理できない書類というのは意外と沢山あり、徹夜仕事だからと言って、翌日休んだりは出来ないのだ。
いつまでも下らない問答を続けたくはない。
それに、華南ですら嫌がるような贈り物であれば、上司に贈れば降格の対象になるかもしれない。
寝不足気味の頭に、暗い情熱が湧き上がりつつあるのを感じる。

「……では、ありがたく戴きます。丁度、下宿先の世話を任せられる者が欲しかったので」

下っ端に降格され、かつての部下達にお茶汲みをさせられる妄想を打ち破ったのは、華南の返答だった。
幸せな未来想像図が一瞬にして打ち破られたのは残念であったが、華南が要ると言うのであれば、玄成に断る理由もない。
降格は、またの機会に持ち越せばよい。

「じゃあ、好きに使ってくれ」

玄成はそれだけ言うと、『あちゃー』といった顔をした部下達を尻目に、再び帰途についたのだった。