猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

僕の奴隷は愚鈍で困る 03

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僕の奴隷は愚鈍で困る 3話


「……旦那様、何をなさっているのですか」
ユキカが僕の行動に興味を示したのは初めてだ。
背中からかけられるか細い声に、軽く目を見開いて振り向く。……ああ、睨んだ訳じゃ
ないからそうびくつくんじゃない。
にっこりと歯を見せて笑って見せたらさらに一歩後ろに下がられた。なぜだ。
 まあ、いつものことだからな、うん。仕方ない。僕の笑顔が極端に怖かったとか、そう
いうことではきっとない。
気を取り直して目の前の鍋の中身をかき混ぜることにする。
「すまないが台所を少し借りているよ。新年を祝って今日の昼飯は故郷の料理にしたいんだ」
「私などに断っていただく必要はございませんが……料理、ですか? 旦那様の故郷の」
「その通り」
 最近発見したことだが、ユキカの反応が得られると妙に嬉しい。
壊れた音封石じみた定型句ではない、彼女の生の声を聞くたびに意味もなく何かに勝った
ような気分になるのだ。
 鼻歌を歌いながらぐつぐつと煮立つ鍋の中にぶつ切りにしたケールを放り込んでいると、
ユキカがおそるおそる近づいてきた。珍しい。
「旦那様、……鍋の中を、拝見してもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ」
 なんだ、興味津津じゃないか。この料理はそんなに当たりだったのかい。
この料理は僕の故郷で毎年新年の祝いに食べてきた、いわば思い出の味である。彼女も
気に入ってくれたのならば実に喜ばしい。
猫国の友人たちは匂いだけで吐きそうだと言って逃げてしまうので、僕は常々寂しいと
思っていたのだ。
鍋の中ではブッフー(なんとニセではない)のレバーの塊が山盛りの野菜と共に煮込ま
れている。煮汁にブッフーの血と脂を加えているのもポイントだ。大量に入れられたケー
ルも体を温めてくれる。
狼国辺境で過酷な冬を乗り切るために食べられる、貴重な獲物の血肉を余すところなく
使った栄養満点のスープである。
血肉はブッフーでなくとも構わないのだが、一年に一度のことなので奮発したのだ。そ
の辺もユキカの興味を引いた勝因の一つになっているのではないだろうか。
 ユキカが覗き込む鍋の中、多少粘度の高い煮汁が沸騰してぼこんぼこんと気泡がはじけ、
どす黒い血の色の上に溶けた脂が玉と浮きでている。うん、もうすぐ煮えるだろう。
「……旦那様」
「何だい?」
「これは、私の分もあるのでしょうか……?」
 こわごわと聞いてくるユキカ。はは、相変わらず察しが悪いというか、何というか。
一週間やそこらで改善されるものではないだろうが、余計な心配だよそれは。
「いい加減覚えなさい。君だけ粗末な食事をさせるとか、そういうことをするつもりは一
切無いと以前にも言っただろう」
 苦笑して彼女のサラサラと柔らかい髪の毛をかき回すと、ユキカはよろりとよろめいた。
む、少し力が強かったか?
「…………ありがとうございます旦那様…………」
「礼を言われることじゃない。美味い物は分け合った方がより美味いものだしね」
 ユキカは俯いていて、表情がうかがえない。
今のところは光の差すところを見せない顔だが、いずれは期待や喜びに素直にきらめく様
を見せてほしいものだ。

 

 

 

 

 


 口をつけて最後の一滴まで飲みほした、空の丼ぶりを下ろして余韻に浸る。
 美味かった。
やはりこのスープを食べないと新しい年を迎えた気がしない。このスープで今日から一
年間頑張るエネルギーを蓄えている気がするのだ。
 決して洗練された味とは言わないが、食べたものが残らず自分の血となり肉となるこの
感覚は最高級のレストランでだって味わえない食の極地の一つだ。と僕は勝手に思っている。
 いつもは極めて大人しく食事をするユキカも、一口口にして固まってからは必死にかき
込むようにして食べてくれた。彼女もこの料理をよく分かっている。
 おかわりを勧めたら、満腹だからと固辞されてしまったが。
「君は食が細いな。体も軽いし、もう少し肉をつけた方がいいんじゃないか?」
 ユキカはかなり細い。
よく恐怖で青くなる少女だが、普段の顔色からしても血色が良いとはとても言い難い。
彼女がこれまで良好とはいえない栄養状態にあったことは明らかで、(やはりユキカの元
主人とは一度決着をつけなければならないと思う)このスープなんか特に滋養に溢れてい
るのでお奨めだったんだが。
 ユキカは自分の胸元をぼんやりと見下ろしている。

「やはり旦那様も、胸の大きい方をお好みですか」

 突っ伏した。
「……今の話の、どこがどう転べば僕の性癖の話になるんだ」
「旦那様が一度も私にお相手を命じられないのは、そういうことかと考えたのですが」
 違いましたか、と首を傾げるユキカ。
全身にのしかかる凄まじい脱力感。
せっかく貯めたエネルギーが一瞬でパーになってしまった。
「そうか。つまり君は先の僕の発言を、『早く太って僕好みの肢体になれよ。そうしたらお
いしく食ってやるぜゲヘヘ』と、そう解釈したわけだな。そうかそうか、そんなに君は僕
を変態にしたいのか」
「え」
  ようやく自分の耳が酷い誤変換を起こしていたことに気づいたようだが、遅すぎる。
「あ、あの、でも私はヒトですから」
「それが何だと言うんだ馬鹿者」
言い訳なんぞ聞いてやらん。僕は大いに腹を立てたぞ。
真面目に心配してやっていた自分が馬鹿みたいじゃないか。
「ユキカ、頭出せ」
 ユキカの身体がびくりと震えるが、今度ばかりは許さん。
一発思い知らせてやらなければ僕の気が済まない。
 君は知らないだろうが、君が来て以来僕は食料品の買い出しに倍の時間をかけているんだぞ。
 雑食よりのヒトに合わせて、野菜を買う量もかなり増やしているんだぞ。
ブッフーの血やレバーだって例年より良い物を買ってきていたんだぞ。
「お、お許しください……」
「ダメだ許さん。さっさと頭を出せ」
 カタカタ震えながらも素直に小さな頭が差しだされた。
予想される痛みにぎゅっと目をつぶって唇を噛み締めているそこに、デコピン一発。
思い切り痛そうな音を立ててやった。思い知れ。
「え、え?」
 よっぽど驚いたのか目をまん丸にしてこちらを見上げてくるユキカ。頭の上にハテナマ
ークがいくつも飛んでいるのが見えるようだ。
「あんまり僕と、それと君自身を貶める発想をするんじゃない。不愉快だ」
牙を剥いて睨みつけてやると、ユキカは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で額を抑えたま
ま、コクコクと頷いた。
……本当にわかっているのかね、この子は。
 はあ、今年も先が思いやられる。






   余談。

 ユキカはその後胸やけと胃もたれで動けなくなった。
明らかに具合が悪そうなのに働こうとする彼女を、部屋のベッドに文字通り叩きこんで
やって今に至る。
「食べ過ぎか? 本当に食が細いな君は」
「申し訳ありません旦那様……」
 ベッドサイドに胃薬と水差しを置いてやる。
 確かに少々腹に重いスープだが、皿一杯でこんなになるとは本当に繊細で面倒くさい生き物だ。
「だが、食べ過ぎるくらい喜んでくれたなら作った者としては嬉しいね」
「……え、」
何だ、何か言いたそうだな。
「あの、旦那様。あの料理、なんですが」
「うん、何だい」
「……………………ありがとうございました……………………」
「ああ」
 ブッフー肉は高いから今日みたいな祝い事の日くらいにしか作ってやれないが、また作
ってやることにしよう。

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