猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

僕の奴隷は愚鈍で困る 01

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匿名ユーザー

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僕の奴隷は愚鈍で困る 1話


今日は降誕節。猫神ニャハウェがこの世に降り立ち、猫族100万年の繁栄を約束したとされる
日である。星々は祝福を称えて輝き、木々は主を迎える喜びに打ち震える。そして人々は世界に
感謝し、家族を労い、慎ましい宴と祈りで我らが父を寿ぐ。
そんな降誕節本来の姿を、たまには思い出せ学生ども。

 僕は誰もいない研究室で、深く、深ぁーくため息をついた。
 別にいいんだよ。商魂たくましい猫たちが降誕節商戦に血道をあげようが、本来の意義とか意
味とかはるか彼方にうっちゃって、国を挙げての資本主義&恋愛主義応援フェアになってようが
。イルミネーションに彩られたお祭りムードの町並みを眺めればもう若者とは言えない僕だって
どこか心が浮き立つものだし、取るに足りないものとはいえ「先生、めりくりー」とか言ってプ
レゼントを寄こしてくれたりすればやはり嬉しい。「これあげるから単位ちょーだい」と続こう
がね。本当に馬鹿な学生ほど可愛いものだよ。
 しかし、しかしだ。「じゃあアタシ彼氏と約束が」「彼女と約束が」「恋人が」「嫁が」「召使が」「奴隷が」と異口同音に、揃いも揃って、一人残らず早引けするとなれば話は別だ!
まだ午前中だぞ! せめて夜まで待てないのか色ボケどもが! 特に最後、若いのに爛れた関係にどっぷりハマってるっぽいのは先生どうかと思うわけだが!

「グィンガム先生まだいらっしゃったんですか? 俺もカミさん待たせてるんで早く帰りたいんですがね」
「……ああすまない。すぐに出るよ。……はぁ~」
 見知った警備員にこれ見よがしに鍵束をチャリチャリ回されるにいたって、僕は仕方なく重い腰を上げた。
 いや、別にいいんだよ本当に。学生どころか学校中が浮かれて機能停止するのは毎年恒例のことだし、僕も相手がいる年には便乗して十分楽しんだものだ。ただね……
「どんな顔して家に帰れというんだ……」
「どんなもこんなも、先生の顔はその凶悪な狼面一つでしょうが。ほら寂しい独り身はとっとと帰った帰った」
 ……凶悪って、寂しいって……
「……いや、僕もつい最近同居人ができてね? それで少し戸惑ってるわけだ」
 嘘はついていない、僕の腰が重い理由はまさにそれだ。嘘は確かについていないがなぜこんな 悲しい見栄を張っているんだ僕は。もうこの手の虚勢に意味を見いだせる年でもないのに。

虚し い。
「ほへえ、そいつはめでたい。なら尚更早く帰ってやらなくきゃですね。女はこういうイベントにはうるさいですから」
「……ああ、そうだね」
 どうあっても僕をとっとと追い出したいんだね、わかったとも。帰るともさ。
 ……女はイベントにうるさい、か。彼女にもそんな感性が残っているのだろうか。

 

 

◇◇◇

 


例年は買わない花束とケーキを抱えて自宅の玄関前に立ったところで、僕ははた、と一つの問題に気付いた。

 彼女は、ユキカは本当に家の中でバカ正直に待っているのだろうか?
 僕は結局あの後、今日は早目に戻るから細かい話は後で、とりあえず好きにするように、とそれだけ言って出てきた。無論玄関は施錠してきたが、逃げ出そうと思えば窓からだって逃げ出せる。人間の手から逃れたいと願うならば絶好のチャンスではないだろうか。いや、あの様子では そんな願いを抱けているものかも怪しいが、しかし……。
 彼女が消えているのが怖いとか、そういう話ではない。もしそうなら正直僕としてはすっきりと気が楽になる。そうではなくて、この場で真に差し迫った問題とは即ち、


 普段食べもしないケーキを持って年甲斐もなくはしゃいで帰って見せて、いるかどうかも分からない相手とのコミュニケーションを試みるか否か、である。

 ユキカが居ればまだいい。その試みの成否はともかくとしてだ。もし彼女が居なかったら……
それは、かなり寒くはないだろうか? 僕はもう100歳を超えているのだが……。
「ぶえっくしょい!!」
 くしゃみと一緒に鼻の上に積もっていた雪が飛んだ。

いつのまにか随分と立ち尽くしていたようだ。

うんまあ、体が冷えるか、心が寒くなるか、悪くしても現状と大して変わらないな。
 一つ深呼吸をして、ドアノブに手を掛ける。
 よし、やるぞ。がんばれウォルターお前は強い。
 ゆっくりとドアノブを回して、そうして一気に……!
「Merry Merry X'nyass!! 降誕節おめでとう! どうだいユキカ、我が家には慣れたかな!?」
 …………


 寒い。心もそうだが室温も寒い。彼女がこの家にいるのならば暖房の一つくらい焚くだろうから、つまりは出て行ったのだろう。はは、馬鹿だな僕は。
「心も体も寒かったらただのダブルパンチじゃないかアホめ……!」
 何が現状と大して変わらないだ。こんな辛くて侘しい降誕節は初めてだぞ。くそっ、いい年こいて涙が出そうだ。
「お帰りなさいませ旦那様。お出迎えが遅れて申し訳ありません」
「うおっ!?」
 しばし空を眺めてホワイトクリスニャスの感慨に浸っていた僕に(他意は無い。人間どんな時も空を眺めるくらいの余裕は欲しいものだ)、唐突に声質は良いのにガランドウな声が掛けられた。
「な、何だいたのか……。逃げ出したのかと思ったよ」
「私は奴隷です。何事も旦那様のお気に召すように」
 そう言うのならまずその意思やら生気やらの欠片も感じられない目をどうにかしてほしいのだが。
「しかし寒いな。暖房を焚かずにいたのか?」
 ヒトは寒さにも弱いと聞くが君は大丈夫か、と続けようとしてぎょっとした。
な、なぜにそんな顔面を蒼白にして全身を引きつらせてガタガタ震えているんだ!?
「おいどうした!? やっぱり寒いんじゃ」
「も、もうしわけありません……。愚鈍なヒトゆえに……気が利かず……!」
 寒さに震えているわけじゃ無かった。ただでさえ胡乱な目の焦点が悲しいくらいさまよっている。空っぽな声に初めて彼女の感情が色濃く滲んだ。
「旦那様のものに……勝手に触れてはならないと……そればかりで……!」
 寒い日に部屋を暖めておかなかった。それが、そんなことが、歯の根が合わなくなるほど恐ろしいことかい……。
「別に僕は怒っていない。ほら、降誕節のお祝いだ。一緒に食おう」
 できるだけ優しく言ってケーキの箱を差し出す。少しは安心してくれたろうか。ほら大丈夫だとも、わざわざケーキ箱で殴りかかるバカはいないだろう?
 ユキカは怒られないことに面喰っていたようだが、次第に緊張を解いて血の気の引いた震える指でケーキ箱を受け取った。まだ恐怖が抜けていないのか……って、ちょっと待て。
「ヒッ!?」
 思わずユキカの青白い手を掴む。ユキカの全身が再び強張り、ケーキ箱が落ちて転がった。
 掴んだ手は氷のように冷たい。ヒトのまともな体温など知らないが蛇並みだぞこの冷たさは。
「こんなに冷え切っているのに暖房も付けずにいたのか!? 馬鹿か君は!」
 よく見れば血の気が無いのも歯の根が合わないのもそれこそ恐怖のせいだけではない。唇なんか完全に紫色に染まっている。
「あ、あ……申し訳……」
「ええい、来なさい!」
 僕の剣幕にユキカが怯えるのがわかったが、構っていられない。手を掴んだまま彼女をバスルームまで引きずっていく。
「え……え……ひぃっ!」
 バスルームの扉を蹴り開けたところでユキカが暴れ出した。が、知らん。
「やだ……やだぁッ! ごめんなさい! ごめんなさいぃ!」
「黙れ動くなそこにいろッ!」
 ヒトメスの力は本当に弱い。本人は渾身の力で暴れているつもりなんだろうが、その辺の子供がじゃれついてくるのだってもう少し力強い。バスルームに引きずり込んで首根っこ押えたまま一喝すると、しゃくりあげながら大人しくなった。大変な誤解を受けているような気がするが、僕は今この時だけ気にしないことに決めた。
 蛇口のバルブを開き、魔洸湯沸かし器のスイッチを入れて(蛇口を開いたあたりでまたユキカがわめき始めたが当然無視)、ちょちょいと魔法陣を展開すればあら不思議、あっという間にバスタブがお湯で一杯に。狼の僕でも魔洸機器と併用すればこのくらいの小技はできるのだ。念のため指を突っ込む。うん、適温。
 そうしてこの世の終わりのような顔をしているユキカの襟首をひっつかんで、
バスタブの中に叩き込んだ。
「いやーッ!!」
「やかましい!」
 はたから見たら鬼畜だな、僕。ユキカの小さな体がバスタブに沈み、しぶきが舞い上がって僕もろともずぶぬれにした。
「ぶあっ……!? はっ……はっ……、はあっ……!?」
 溺れはしないだろう。首からは上はお湯に沈まないよう、気を使って手を離さずに叩きこんだのだから。おかげで僕まで服ごと入浴したようなありさまだ。
「いいか!? 頭の天辺から足の先まで、芯から温まるまで出てくるな!」
 ユキカはまだこんらんしている。
「わかったかッ!?」
 顔をひきつらせてがくがくと頷くユキカを後にバスルームを出た。
 すっかり忘れていたが、暖房はまだつけていない。
 被った湯は暖かかったが、世の中には気化熱というものがある。
 結果。
「う、うおおおお! 寒いッ、冷たいッ!!」
 服の下に毛皮があろうと、寒いものは寒いし冷たいものは冷たい。ぺっとり地肌に張り付く毛
皮がむしろ不快だ。全く、それもこれもユキカのせいだ。あの様子では僕が出て行ってからまと
もに暖をとろうともしなかったんだろう。ああ、確かに愚鈍だ認めてやろう。君は愚鈍なヒトメ
スだよユキカ。くそったれが!
急いで濡れた服を脱ぎ、ダイニングに暖房を焚きに行ったところで嗅覚に何かが引っ掛かった。
香ばしいというか食欲をそそるというか、とにかくそんな匂い。
 匂いのもとを辿ると、順当にキッチンに辿り着いた。なかなかおいしそうな、後は温めるだけ
といった感じの料理が数品。僕には一切身に覚えがないが……。
「なるほど、自分がどうでも奴隷の仕事だけはきっちりやりおおせるわけか」
 行動原理は理解した。したが納得はできない。率直に言って不快だ。それは僕ら狼が最も蔑む
在り方である。まさかもとからそんな人格でもあるまいに、どういう教育を施したらあれだけ徹
底して不快なヒトが出来上がるのか想像もできない。
 とりあえずユキカの元主人に会ったらまず一発殴ろう。次会うまでに何発分溜まるか分かった
ものじゃないが、死にはしないよな。うん、きっと大丈夫。
「あ、ユキカの着替えどうしよう……」
 しまった服は剥ぐべきだったか。

 

 

◇◇◇

 


ユキカには僕の服を着せた。無理でも着せた。素肌に男物の巨大なシャツ1枚だけという、防
寒という観点からは余りに頼りない格好だが、部屋はもう暖まっているし上からドカドカ毛布を
羽織らせているから問題ない。問題ないったら問題ない。
 今は2人でユキカの作った料理をつついているところだ。ケーキも、箱から出した時点で原形
をとどめていなかったが、降誕節の主役としてテーブルの中央に陣取っている。
 ……いや、多少潰れても食えないことないし、二つで800センタもしたし……
 ちなみに、最初ユキカは一緒のテーブルに着こうとしなかった。先に食べたのかと聞けば食べ
てないという。もしやと思って聞けばやはり僕が出てから何も口にしていなかったそうだ。「食
べていいと言われなかった」かららしい。本当に死ぬ気かこの馬鹿愚鈍ヒトメスめ、と一通り怒
って叱りつけて、僕は心底疲れ切った。帰ったらヒトメスの凍死死体に出迎えられなかっただけ
僕は幸運だったようだ。聖夜の奇跡をありがとうニャハウェ神。
 ……なんだろうね。召使って一般的に、いれば生活が楽になるものなんじゃないのだろうか。
僕は今日だけで1週間ぶんの気力体力を使い果たした気分だ。こんなモノを好き好んで飼うなん
て、金持ち連中はきっと頭がおかしいんだろう。
「……旦那様……」
「なんだい」
 ごめんなさいも申し訳ありませんも、僕はもうお腹いっぱいだ。
「……私などに、お情けを、掛けて、下さって……? ありがとうございます……?」
 突っ込みどころはたくさんある。怯え以外の感情だってこもってやしない。けれど
「謝られるよりはマシか」
 ゆっくりと手を伸ばす。身を竦めるユキカの頭を掴んで、わしわしとかき回した。
手を伸ばされたからって、必ず痛い目にあわせられる訳じゃない。そんなことから教え直さなければいけないとは、本当にため息が出る。僕はまだ未婚なのに、何が悲しゅうてこんな手足が伸びきったでっかい子供をもたなければならないんだ。ニャンタクロースのプレゼントにしては余りにスパルタ過ぎる。
 しかも、なにかもう放り出せる気がしない当たりが本当にどうしようもない。
「なにはともあれ、メリークリスニャスだユキカ。少しずつ頑張っていこう」
「私は奴隷です。旦那様のお気に召すように」
 よし、元主人殴る。

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