猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

僕の奴隷は愚鈍で困る プロローグ

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

僕の奴隷は愚鈍で困る プロローグ


昨日は人生有数の厄日だった。
始まりは学生時代の友人たちにばったり再会し、飲みに行こうと誘われたことだ。
彼らは猫の資産家のどら息子達で、狼の貧乏学生であった僕になんやかやと絡んできては、
まあいろいろといざこざをおこしたものだがそれも今は懐かしき日々。
僕もかつて青春の一時を共有した友と旧交を温めることになんら異存はなく、ともに街に繰り
出したわけだ。そこまではいい。
 一軒、二軒とハシゴし、ずいぶんと酒が回りそろそろお開きにしようとしたところで、
彼らはあと一軒だけ、と執拗に僕を引きとめた。

この時に、僕はおかしいと感づくべきだったのだ。

 半ば引きずられるようにして連れて行かれた先は賭博場だった。
しかもその時は気付かなかった(酔っていたのだ、僕は)が、明らかに違法の地下賭博場である。
僕は今も昔も貧乏だ、博打は好かないと渋る僕を彼らはまあまあ1ゲームだけとねじり倒すよう
にして卓につかせ、仕方なく僕は酔った頭でカードを繰り、

勝ってしまった。

 博打の打ち方を知らない(本人たちはそう思っていないだろうが)素人である彼ら3人を
一切の情け容赦なく叩きのめし、尻尾の毛までむしり取る勢いで勝ってしまったのである。
(繰り返すが、ひどく酔っていたのだ僕は!)
 ひげをぶるぶると震わせ尻尾を全開に膨らませた彼らを見てこれは少し勝ちすぎたかと反省
したものの、何せ彼らは金持ちのボンボンである。後で詫びに一杯おごればいいだろうと
酔った頭で結論付けたところで、美しい白猫のディーラーが告げた僕の勝ち分、
即ち彼らの負け分に冷や水を浴びせられた。

一人頭1800セパタ。総額5400セパタ。

 茫然とした。5400セパタと言えば僕の年収よりも大きい金額である。
何の冗談かと問う僕にディーラーが答えることには、僕たちの打っていたレートは最初の時点
で何と一般の10倍、最後の方でやけくそになった彼らがさらにレートを引き上げたため、
倍率10倍さらにドンの100倍であると。
 彼らがそれを僕に黙っていたこと、恐らくは「堅物ウォルター」をカモにしようともくろん
でいたのだろうことには腹が立ったが、それ以上に博打でそんな金を動かすなどあまりにバカ
バカしかった。その勝負はまとめてお流れということにしようとしたのだが、そうは問屋が卸
さなかったのが瘴気をまき散らす毒花の如きディーラーの笑顔である。

『負け分は体を売ってでも都合するのが、この賭博場での唯一絶対のルールですわ』

 体を売るとは貞操的な意味合いではない。4人まとめてガクガク震えながら頭を寄せ合って
妥協案を捻り出し、渋るディーラーもどうにか承服させたわけなのだが……。

きーんこーん

 ドアベルが鳴る。酒のせいばかりでなく軋みを上げる頭を抱えながらのろのろと玄関まで体
を引きずる。

扉を開けて目に入ったのは嫣然とした笑みを浮かべる白猫の美女。
「おはようございますミスター。昨夜の勝ち分をお届けにあがりましたわ」
 ……そうかい、ディーラーである君がわざわざ。昨日の今日で、全くご苦労なことで。
 彼女の肩越しに覗けば、確かに黒いマントと外套を体に巻きつけた勝ち分が幽霊のように
佇んでいる。
 白猫が黒マントの勝ち分を僕の前に押しやり、その頭をすっぽりと覆い隠しているフードを
背後からおもむろに取り去った。
「本当によろしいのでしょうかミスター。美しくないとは言いませんが、中古でその上ひどい
傷物。あくまで私見ですが、ミスターの得た勝ち分の支払いとしてはいささか物足りないかと」
「いいんだそれは。合意の上なんだから」
 本当ならそれだって好き好んで受け取りたいものじゃないんだと、わかっているだろうに
この性悪猫が。まったく、なぜ僕がこんなモノを。
「……まあよろしいでしょう。こちらが権利書になります。では、確かにお届けしました」
 茶封筒を僕に押しつけて、肩を竦めて踵を返す白猫。尻尾の先まですらりと美しいのが余計
勘に触る。
「ああ、そうでした。最後に一つ」
「……まだ何かあるのかい」
 もういいからさっさと帰ってくれないか。
「昨夜は痛快な出し物をありがとうございました。ミスターのような方を当賭博場はいつでも
歓迎いたしますわ」
 昨夜とは違う白薔薇が咲き誇るような笑顔だが、生憎僕は既に固く決意していることがある。

「僕は、今後絶対に、博打だけは打たない」

 それは残念、と大して残念そうでもなくため息をつくと、今度こそ白猫は万人が見とれる
だろう腹立たしいくらい優雅なパ・ドゥ・シャで去っていった。
(断わっておくが、僕は断じて見とれたりしていない。歩調に合わせ優美な曲線を描いて揺れる
白い尻尾などもってのほかだ)
 残されたのは、重い重いため息をつく僕と、佇む勝ち分。
「……まずは入りなさい」
「はい、旦那様」
急いで静かに扉を閉める。こんなところご近所に見られたら事だよ、全く。
「……ウォルター・グィンガムだ。見ての通りの狼で、不本意ながら今日から僕が君の主人に
なる。君の名は?」

『そ、そそそそうだ! ヒト奴隷! 最近親父が飽きたお下がりの、いや譲ってもらった使い
古しの、じゃじゃなくて中古の……と、とにかくヒト奴隷持ってんだよオレ! 若いメスヒト
でさ! ちょこっと、ほんとーにちょこっとだけ小さい傷がついてるかもだけど、具合は保証
するから! そいつで負け分の代わりになるだろ? なるよな? なるって言ってくれぇ!』

 小さな頭が僅かに傾ぐ。ヒトの頭に耳は無い。いやあることはあるが、髪が肩まであれば
十分隠れてしまうくらいに小さいのだという。あるべきものがあるべきところに見当たらない
というのは、どうにも違和感がある。
 外にいて冷えたのだろう、血の気の引いた唇がか細い声を紡ぐ。
「私は奴隷です。旦那様のお好きなようにお呼びください」
 なんてひどい棒読み。希望とか生気とか、そういう生きるために必要な要素の一切が抜け落
ちている感じだ。目玉なんか腐ったサバと競っても負けそうなくらい生きが悪い。
 何より、顔が
「いや、あるだろう。前のところでの呼び名とか、……落ちる前の名前とか」
 光の全くないぼやけた瞳の焦点が、ほんの少しだけ絞られる。
「落ちる前は、中山 雪華。こちら風に申し上げれば、ユキカ ナカヤマ と」
「そうか。ではユキカと呼ぼう。構わないかい?」
「旦那様のお好きなように」
 僕はこれまでヒトの境遇に大して興味を払ったことなど無かった。新聞で博物館でのヒト少
年餓死ショーの記事を見たときだって、ただ『かわいそうに』と思った、それだけだった。
だというのに、この腹の底から湧きあがってくる衝動は何なのだろう。
 ……せっかく、可愛い顔をしているのに。
「そうか。ではとりあえず、これからよろしくだ。ユキカ」
 差し出した右手をぼんやりと眺めるユキカの手を強引に握り、形ばかりの握手を交わす。
触れた瞬間彼女の体が強張ったのは無視。
彼女の額から左頬にかけて走る、猫の爪で引き裂かれたかのような一本の傷跡を意識しない
ように努めながら、僕はあいつを金輪際友人と思わないことを決めた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー