猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

昨日よりも、明日よりも 04

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集

昨日よりも、明日よりも 第四話

 

- 倒 -

 

朝、いつものように鍛錬と朝風呂、そして朝食を作り終えると廊下から妙な音が響いてきた。
ずるり、ずるりと何かを引き摺るような音だ。
この朱風宅で生活しているのは朱風とカルトの二人だけ。
という事は必然的にこの音は朱風が立てている、と言う事になる。


「今度は何をやりはじめたんだ…」


無意識にため息をつく。
昨日から朱風が妙に絡むようになったため、どうにも対応に困る。
落ち着かない、と言うか自制が面倒、と言うか。
とにかく、その妙な音を放っておくのも後々厄介事に成長する可能性が高い。


「面倒臭いが…仕方ない、か」


まずは確認のため音源に向かう。
ずるり、ずるりという音は家の奥、朱風の部屋のあたりから廊下を通って台所や居間の
ある方向へと移動中。
このままいけばちょうど曲がり角の辺りで遭遇する事になるだろう。
そしてその予測は的中した。


朱風がいた。


様子がおかしい。
昨日と違うと言うのもあるが、かと言って普段とも違う。
何か異様な雰囲気だった。
もっとも、雰囲気だけではなく外見的にもおかしな点があるのだが。
…なぜか、尾が四本もある。
朱風の尾は狐色の毛に白い模様があるのが一本だけのはず。
さすがにいつも毛繕いをしているだけあって、その部分の記憶は確か…な筈だ。
自信はないが。
だが今の朱風は何故か白い部分がやや多い尾が四本も生えている。
元々の尾が大きい分かなりの迫力というか、四本を合計すると朱風自身よりも体積が
大きいのではないだろうか。
…埋まると気持ち良さそうだ。


「主人、なのか?」
「む…奴隷か。妙じゃな、ほんの少し動いただけじゃのに、やけに疲れるんじゃが…」


見ると尾以外にも色々とおかしい。
昨日は着替えずに寝たらしいが、浴衣が乱れて胸元が開き、へその辺りまで見えている。
顔も赤く、頭の上の大きな狐耳もその先端が力なく垂れているような状態だ。
恐らく先ほどの音は浴衣の裾や四本の大きな尻尾を引きずっていた音なのだろう。
…あの主人がまさかとは思うが。


「体調でも悪いのか?」
「うむ。恐らく二日酔いじゃろう。寝酒が安酒じゃったから抜けとらんようじゃ…げふ」


と、壁に寄りかかるようにその場に崩れるように座り込む。
二日酔いにしてはひどい症状だろう。
これまでもひどく酔っ払った主人を見たことはあるがここまで酷くはない。
そもそも深酒の翌日に昼近くまで寝こけている事はあれど、二日酔いになっている場面は
見た事がない。
それに


「主人は二日酔いになると尾が増えるのか?」
「何を訳のわからぬ事…を…ん?」


ぼんやりとした表情に一瞬だけ精気が戻る。
それと同時に、ただでさえ全体的に薄紅色に染まっていた顔が真っ赤に変わる。
…昨日の夕飯時の激昂時と同等の赤さだ。
よくもまあ一瞬でそこまで赤くなれるものだ、と思う。
とは言え昨日の様子を鑑みるに、面倒な事になりそうな気配もあるが。


「…きゃああああってあだだだだ、頭痛い頭痛いー!」
「落ち着け主人。狂気の沙汰だぞ」
「も、物凄い評価をされとるような気がするんじゃが…」


いきなり悲鳴をあげたあと頭を抱えてうずくまったりするのはどう贔屓目に見ても頭が
おかしいとしか思えない。


「とにかく見るでないっ」
「わかった」


とりあえず見て欲しくないようなので後ろをむく。
尻尾が増えているのがそんなに問題なのだろうか?
大して興味もなく、別にどうでもいいと言えばどうでもいいので別に追求する気もない。
強いて言えば毛繕いが面倒になるので少ない方が…いや、あの手触りを四本分味わえるの
なら別にそれでも…などと考えてはいるが。
しばらくの間、ごそごそと衣擦れの音や紙か何かを振り回す音が聞こえていたが、
しばらくすると無音になる。
……?
最後にゴトリ、という音がしたが、聞き覚えがある音だ。
それも悪い方向に。


「もういいか、主人」
「……」
「主人?」


返事がない。


(ただのしかばねのようだ…と言うのはどういう意味だろう?)


ふと思い出す謎の一節。
またどうでもいい記憶が戻ったか、などと考えている場合ではなく。


「見るぞ。見られたくないなら拒否しろ」


振り向く。


「…だろう、とは思っていたが」


そこにはうつ伏せに尻を突き出した状態で主人が倒れていた。
恐らく最後の音は顔面から床に突っ込んだ音だろう。
昔、よく聞いていた様な気がする。
…それはどうなんだ、俺。
とりあえず今はそんな事よりも


「尾があると大変だな」


尾の付け根の部分から浴衣がめくれ、腰から背中の半ばまで素肌が見えていた。
幸い、頭がこちら側なのである意味で危険な部分は覗かずにすんではいるが。
さすがに目の毒だ。
…そう言えば、尾がいつもの一本に戻っている。
一体この主人の体はどうなっているのだろう。
体調不良で尾が増えたのか、それとも尾が増えたから体調不良だったのか。
後者なら問題解決になるので楽なんだがな。
とは言え心配しないわけにもいかない、という事で努めて素肌に触れないように気をつけ
ながら浴衣の裾を直しつつ抱き起こす。
…熱い。
元々、自分の体温より主人の体温は全体的に高かったような気がするが、これは相当熱い。
この世界の人間がどういう体を持っているのかわからないが、多分ヒトのそれと生理的に
そう違いは無いだろう。


「となると…風邪か何かか?」


そう言えば昨日、朝から寒かったにもかかわらず風呂上りに薄着で過ごし、
池に叩き込まれ、夕飯後はそのままの格好でしかも寝酒をかっ食らって寝た、と。
…体調の一つや二つは崩して当然だな。
常々バカな所があると思っていたがやはりバカかこの主人は。
奴隷に心配をさせてまで一体何がしたいんだ。


「病院…は場所がわからないか。誰か助けを呼ぶ…とは言ってもな」


いくら気が利かないと罵倒される俺でも、この主人が猫の国にいるのは訳アリだという事
ぐらいは気付いている。
何せこれまでそれなりに街中を歩く事はあったが、主人以外の狐を見た事が一度も無い。
まあ犬と区別付くかと聞かれると正直自信はないんだが。
それ以外にも、厄介な事に妙な連中との付き合いもある。
何やら色々と物騒な組織か何かのようだが…限りなく面倒臭そうなので俺を巻き込まない
で欲しい、と切実に思う。


それはともかく、そんな厄介な事情を持っていそうな主人を簡単に他人に任せていいもの
だろうか。
もちろん普段から近所と親しくしている、と言うのであれば頼るのもいいだろうが、
俺がこの家で主人の面倒を見始めてから、これまで一度も友人を家にあげるのを見たこと
がない。
そもそもこの家に客を迎えたのは数えるほどしかなかったような気がする。
…いつか孤独死するんじゃないかこの主人は、と少し心配になった。
いくらなんでもそういう死に方をされるのは気分が悪い。
もっともこの世界の住人の大半はヒトより長く生きるらしい上に、
主人の見た目は明らかに俺より年下だ。
そのやけに年寄り臭い口調からして俺よりも年上の可能性はあるが、
見た目で子供と言う事は種族としては子供なのだろう。
年上でありながら子供、という事はかなり長寿な種族の可能性が高い。
そうなると寿命までの割合を考えれば余計に俺より長生きすると言う事になる。
もしそうなら自分の方が先に寿命を迎える事になるだろうし、
主人の行く末をそう気にする事はないのかもしれない…が。
問題は今の主人が危険だ、と言う点にある。
面倒臭いとは思うのだが、かと言ってこれでも命の恩人であり、
唯一の生命線であり、そして何より俺の主人だ。
ならばどうする。


…俺が看病する、のか?


面倒臭いが、とりあえずは病院に行くか助けを呼ぶか、
自分で判断できる程度に回復するまでだけでも充分だろう。
今も別に昏睡状態というわけではなく、
単に崩れ落ちた際に頭をぶつけて気絶しただけのようだし。
幸いな事に対病人用のレシピの記憶は何故かある。
問題はそれ以外の看病についてはおぼろげにしか思い出していない、
という事だが、まあどうにかなるだろう。
とりあえずは病人食が出来るまでは布団に叩き込んでおこう。
…他に何かするべき事があるような気もするが、思い出せない以上は仕方ない。
主人が意識を取り戻したら聞いてみよう。
体が弱れば心も弱っているだろうし、出来る限り要望には沿ってやらなければならない…
ような気がするし、な。

 

- 病 -

 

「う、ぐ…」


ずきずきと頭が痛む。
しかも内側と外側で二重にだ。
二日酔いにしては酷過ぎる。
と言うかそもそもいくら安酒とは言えあの程度で二日酔いになるほど軟弱ではない。
特に運動したわけでもないのに息が上がり、眩暈もする。


(ううむ、さすがにトシじゃろうか…)


上手く思考がまとまらず益体もない事を考える。
それ以前にまだそんな年齢では…あるかもしれないが、とりあえずないと思っておきたい。


(…風邪でもひいたかのう)


昔は季節の変わり目によく体調を崩していたものだ。
この国に移り住んでからは、怪我はともかく病気などほとんどしていなかったのだが。


(うぅむ。どうしたものか)


一応、病気に対する免疫力を高める符はある。
あるのだが訳あって自分自身に使える符の種類は現状では限られている。
ある意味、魔法の類が効きにくいカルトと似ていると言える。


(そんな所が似なくてもいいのじゃがなぁ)


かと言って何処が似て欲しいというわけでもないのだが。
それはともかく、符術以外でも似たような魔法は効果が無いだろう。
となると後は自然回復か、あるいは奥の手を使うしかないのだが…


「出来る事ならアレは勘弁願いたいところじゃの」
「なんの話だ」
「ひゃあ!ってあだだだだっ」
「…学習しろ主人」


唐突に脇から聞こえてきた声に思わず悲鳴をあげてしまう。
それと同時に再び激痛が頭に走った。


(ま、また気配を殺して近付きよってからに…!)


だがそれを抗議する体力すらない。
大声を出せば激しい頭痛や眩暈で死にそうになる。
叱責は後回しだ。
今はとにかく体力を回復させなければならない。
奥の手はやめておこう…アレは使うとしばらくの間未来を読めなくなる上に、
良くないモノを呼び寄せかねない。
なのでとりあえず寝よう、と思ったが、そこでカルトの手の上の盆に気付く。
乗っているのは小さな土鍋が二つと茶碗が一つ、それと匙だ。
風邪の所為か鼻が利かないので一体何が入っているのか解らないが…


「食欲はあるか?」
「む…いや、あまり」
「そうか。だが少しは口に入れておけ」


と盆を畳の上に置き、土鍋の蓋を開ける。
片方には白米の粥、もう片方は琥珀色の…汁物かと思ったがそれにしてはとろみが付いて
いるのが気になる


「なんじゃ、それは」
「粥だ。こっちは餡。本当は何か具も用意したかったんだが、時間がなかった」


と茶碗にまず粥をよそう。
そして次に餡をその上にかけた。
餡かけ粥だ。


「また珍しい料理を知っておるな。誰から教わったんじゃ?」
「知らん。何となく思い出した病人食がこれだっただけだ」
「ふむ」


まあ、粥ぐらいなら食えなくもない。
食欲はあまりないが吐き気がするほどでもないし、
カルトがそう簡単に味付けを間違えるとも思えない。
実際見た目は旨そうだし、
鼻は利かないとは言えさすがにいい匂いかどうかぐらいならば解る。
ただ、そのまま素直に食べるのは何かつまらなく感じた。
なので


「あーん」
「…?」
「いや反応せい」
「意味がわからん」
「ぬぅ」


どうにもカルトの知識と言うか記憶はちぐはぐで困る。
ある部分(主に家事関係)で深い知識があるかと思えば、こんな日常レベルの会話で疑問
符を付けられる事もある。
まあ最初の頃こそ冗談で言った事に素で返されていたたまれない気持ちになる事もあった
が、最近ではこれ幸いとこちらに都合のいい解釈を教えてやる事に腐心して楽しんでいる。
なるべく嘘にはならない範囲で、だが。


「こう、な。ぬしが食べさせてくれ、という意味じゃ」
「面倒臭い。自分で食え」
「いやいや、これは看病には付き物なんじゃよ。ぬしは知らぬかもしれぬが」
「そういうものなのか」
「嘘は言うておらんぞ。じゃからほれ、あーん」


確かに嘘は言っていない。
食べさせてくれ、というのも看病には付き物、というのも状況は限定されるが嘘ではない。
と言うわけで顔はやや不承不承という感じだが、粥を掬って差し出された匙に口を…


「づあっちゃああああ!ってあだだだっ」
「…頭は大丈夫か?」
「し、心配しとるのか馬鹿にしとるのかどちらなんじゃ」
「心配しているに決まっているだろう」
「う…そうか」


真顔で返されると少し困る。
まあ、そもそもこのヒト奴隷が真顔でない時などまず見た事がないので、
いつか崩してやろうと常日頃から試行錯誤しているが中々うまくいかない。


「今度は一体何なんだ」
「粥が熱すぎるというか火傷したぞ、馬鹿奴隷」
「…ああ。だから茶碗が熱いのか。考えてみれば土鍋からよそったばかりなのだから熱い
のは当然、と」
「自分で食えるかどうか確かめい、馬鹿者が」
「面倒臭い」
「病人を放っておく気か?」
「…わかった。今日だけはいつもより主人を優先してやる」
「うむ、苦しゅうない」
「今日だけだからな」
「わかっとるわかっとる」


(おお。あのカルトがふーふーしとる。これはあれじゃな、
所謂ギャップ萌えという奴じゃな)


実際、やたら目付きの悪い男が匙の粥を吹き冷ましている場面は何処となく微笑ましい。
それが床に伏せている自分のため、と思えばなおの事嬉しいような気恥ずかしいような
微妙な気分となる。


「ほら、食え」
「あーん」


と、匙を口に含む。
素直に旨い。
粥自体には薄い塩味以外の味付けはされていないが、
その上にかかっている餡が絶妙な風味だ。
鰹節や昆布の出汁と、
あとは醤油や砂糖といった調味料で少し濃いめの味付けがされている。
だがそれが粥と混ざり合ってちょうどいい具合の味付けになるのがいい。
生姜も入っているようで、ぽかぽかと体が温まってくる。
粥と餡を別々の鍋で作ったのもその場で量を調節して味を変えられる、
というのを考えてだろう。


(うーむ。ほんに謎じゃの、こやつの過去は)


別に手の込んだ料理と言うわけではないが、食欲のない者が食べられる物をとなると意外
と難しい。
それをあっさり作ってのける、という事は料理人かそれに類する職業についていたという
事だろうか?
ただ、料理人だったにしては愛想もなければ顔も怖い。
ついでに言うならやけに強い。
まぁヒト世界には最強のコックがいるという話も聞くが、
それはもう老齢にさしかかっているとの事だし…
結局のところ、カルトの過去は推測すら難しいままだ。


「味はどうだ?」
「うむ、中々じゃな。あとは口移しでもしてくれれば楽しいんじゃがのう」


と冗談を飛ばしてみた。
何となく体力が戻ってきたような気もする。
少なくとも精神的にはこんな冗談を飛ばせるぐらいの状態だ。
この分なら大人しく寝ていれば数日で回復する事だろう。


…などと自己診断をしていたらふと気付いたのだが、
何故、カルトが粥を口にしているのだろう。
それは自分が口をつけた匙でありつまりそれは間接…
いやいやいや、きっと違う匙に違いない。きっとそうだ。


と呆気に取られた次の瞬間。


「ふぇ?」


顔に手を沿えて引き寄せられ


「んぐっ」


口付け


「~~~~~~~~~っ!」


口移しで粥を流し込まれる…どころかこちらが流し込まれた粥を思わず飲み込むまで
口付けが続けられる。


「んぐ、くっ」
「…ふぅ」


つ、ととろみのある餡の所為か自分とカルトの口の間が糸をひく。
それを見て視覚的に今自分が何をされたのかを理解した。
理解はしたが


「次は何が望みだ?」
「な、な、ぬ、な、う」
「どうした」
「…はうっ」
「主人?どうした、主人。しっかりしろ」


その結果、意識が飛んだ。

 

- 熱 -

 

(一体なんなんじゃ、あやつは!)


本日二度目の気絶から目覚めたはいいものの、その原因を思い出して瞬時に頭が沸騰した。
不意打ちにも程がある。
確かに昨日は挑発して何か反応があれば面白いか、とか少しぐらいなら暴走に付き合って
やっても、とは思ってはいたが、あくまでもこちらが予想して許容できる範囲までの話だ。
あの口移しも確かに要求したのは自分だが、
あの場合のカルトの反応は「面倒臭い」あたりが妥当だろう。
まさか本当にするとは一切予想していなかった。
おかげで頭の中がぐちゃぐちゃだ。
しかも


「わしもそう経験があるというわけではないが、あやつ、やけに手慣れておったような…」
「何の話だ」
「ひゃうっ」


心臓がまたもや跳ね上がる、どころかやたら動悸が激しくなる。


(ああいう事をしといて何故平然としていられるんじゃこやつは!)


「ば、ば、馬鹿者!気配を殺して近寄るなと言っておるじゃろう!」
「あまり興奮するな。熱が上がるぞ」
「む…」


それどころではない、それどころではないのだが…


(うぅ、まともに顔が見れん)


自覚できるほどに顔が赤いし熱も上昇している。
元々の体調もあるが、それ以上に原因は先程の


(ええい、あの程度大した事ではなかろう!忘れろわし!)


頭を振ってその時の光景を追い出そうとしたが再び頭痛で悶絶する。
先程は悲鳴をあげても然程酷くは無かったのだが、さすがにこれは響いた。
おかげで意識をスッパリ切り替えられたのは良かったのか悪かったのか。


「主人。おい聞いているのか主人」
「な、なんじゃバカ奴隷」
「…何故いきなりバカ呼ばわりなのかは腑に落ちないが、とりあえず横になれ」
「むう」


言われたとおり横になる。
確かに興奮していては悪化するわ治りは遅くなるわといい事はない。


「…やはり仰向けでは寝ないんだな」
「当たり前じゃ。そんな寝方をしては尻尾が痛うてたまらんわ。
むしろ仰向けに寝るほうがおかしいぞ」
「なるほど。面倒臭い」
「いやそれは幾らなんでも飛躍しすぎではないかのう…と言うか何が面倒臭いと言うんじゃ」


ふと見やると脇には桶?
そこに手拭が引っ掛けられている。
察するに


「わしを暗殺する気か」
「…それが命令ならそうするが」
「冗談に決まっとろう」


もちろん解っている。
額を冷やすつもりなのだろう。
確かに頭痛も酷いし熱もあるので、
とりあえず頭が冷えるだけでも大分気分は変わるはずだ。
だが、前述の通り普通に仰向けに寝るのは少し難しい。
そうなると身体を横に、
頭を上にと首に負担のかかる体勢をとるしかないという事になるのだが…


「じゃあ脱げ」
「…ふぇ?」


いきなりカルトがとち狂った事を言い出した。


「今思い出した。熱を下げるには額よりも腋の下か太股を冷やすほうが早いはずだ。
だから脱げ」


それは知らなかった。
知らなかったが


「あ、あ、あのな、奴隷や。わしも一応は女子なんじゃが」


と抗議する。


「それがどうかしたのか?」
「もはやぬしに女心を察するのを期待するのは無理じゃろう、と諦め混じりでハッキリ
言うが、肌を晒すのは恥ずかしいんじゃぞ。自分で覚悟しとる場合は別じゃが。風呂とか」
「…そうか。悪い」
「ぬ?」
「ついさっき、大分汗をかいていたから全身拭いて着替えさせた。
まあ風呂だと思って我慢しろ」


全身拭いた。
なるほど、先程目覚めた時に熱が出ているにしては随分と快適だったのはそのためか。
…どころではない!


意識がない間に裸を見られた。
見られただけならともかく、汗を拭いたという事は恐らくほぼ全身布越しにではあるが
触れられた、という事になる。
その様子を脳裏につい思い描いてしまい、混乱はとうとう頂点に達する。


「う、あ…」


心臓が今にも破裂しそうなほどの鼓動が鼓膜を震わせている。
自分でも何を言えば、どうすればいいのかわからない。
いっその事、何もかも吹き飛ばしてしまいたい誘惑に駆られるほどに。
もう本当にそうしてやろうか、と鍵符に手をかけたが


「顔が赤いが、また熱が上がったのか? 苦しかったら言え。治りは遅くなるかもしれな
いが、冷やした方が楽にはなるぞ」
「…はああ…」
「どうした、溜息などついて」


そこで一気に頭が冷えた。
まるで冷水を被ったかのように。
馬鹿馬鹿しくなった、と言い換えてもいい。


(そうじゃよな。こやつがわしをそういう対象として認識すらしとらんのはもう解って
いた事じゃ)


女心。
この奴隷がそれを察する神経を致命的なほどに断裂させているのは、
これまでの付き合いで十分理解していた筈なのに。
そんなのを相手にして右往左往している自分が異常なほど滑稽に思えた。
昨日一日、そしてつい先程まで自分は一体何をしていたのだろう、と思い返すと情けなく
すら感じる。


「馬鹿じゃよなあ…」
「いきなり失礼だな」
「ぬしではない。わし自身に対してじゃ」
「……」


自嘲する。
ここまで自分が駄目な存在だと思うのは久しぶりだ。
人生最悪とまではいかないが、その2,3歩手前まで来ている。
しばらく引き摺りそうだ、と思っていたら


「ぬ? わっ」
「動くな。寝ていろ」


突然頭を押さえつけられるようにして強制的に寝かせられた。
頭の位置が少し奇妙な位置にある。
先程までの位置と今のカルトの声が聞こえる場所、そして何より頭の下の感触を考えると


「ん…ちと固いぞ」
「文句を言うな」


カルトの膝枕だ。
別に元の枕でいいだろうに、何故かわざわざ座り方を変えてまでこの体勢に持ち込んでいる。
一体何を考えているのだろう?


「体調を崩すと心まで弱くなる。今は治す事だけ考えてろ。他はどうでもいい」
「ぬう」


苦笑する。
どうでもいい、か。
本当に、その通りだ。
どうでもいい矜持に拘って今の情けなさがあるとすれば、そんな矜持など初めから
持たなければ良かったのかもしれない。
しかし、そこでカルトが


「主人の元気が無いと俺が…」


この男にしては珍しく、言葉の途中で突然口篭った。


「俺が?」
「…別にどうでもいいだろう」


…気になる。
自分がいつもの自分ではないように、
カルトもまた何かいつものカルトではないような気がする。
勘だが。


「よくない。話せ。命令じゃ」
「ぐ…って昨日使ったばかりだろう、【命令】は。一ヶ月は間をあけろ」
「そう、じゃったかのう? 熱にうかされとるせいか、頭が働かんでな」


嘘だ。
先程頭が冷えた時に、頭はほとんどいつもの働きを取り戻している。
今の言葉で本当なのは熱がある事のみ。
だが、カルトは信じたようで


「…わかった」


と不承不承ながら頷くが


「面倒臭いから一度だけ言うぞ」


それでもこの男らしいと言えばらしい前提を告げてくる。


(…やはりいつもと同じかのう?)


こんな精神状態では勘も役に立たないに違いない。
これ以上、今の自分に付き合わせても意味がないだろう、と思う。
約束を半分破る事になるような気もするし、やはり制止する事にした。


「奴隷。やはりもういい」
「うるさい黙れ。主人に元気が無いと心配で家事が手に付かないんだ」
「は?」


制止したにも関わらず告げられた言葉。
この男にしては異常な事を言ったような気がした。


「一度だけしか言わないと言った。何度も言わせるな面倒臭い」


膝枕をされている状況では声だけしか聞こえない。
何故か無性に顔が見たい。
顔を見て、その上ずった声が何故そうなっているのかを確かめたい。
だが頭は相変わらずカルトの手で寝ているようにと制止されている。


「…卑怯者めが」
「何故そうなる」
「錯誤帰属じゃ」
「?」


顔が熱いのも動機がするのも風邪だからだ。
そんな事は解りきっている。
ただ


「医者でも温泉でも治せぬ病にかからない事を祈るしかないかのう」
「そんなに悪いのか? 病院の場所を教えろ。すぐ連れて行く」
「そういう意味ではないわ、馬鹿者」


その病にかかっていない事を祈りながら、心の片隅でそうなってほしいとも思う。
そんな矛盾と相変わらず高い熱で頭の中がぐちゃぐちゃになり、
最後は何も考えられなくなって眠りに落ちた。
夢の中で…母や姉に頭を撫でられていた頃の夢を見たような気がする。
穏やかで、優しい時間だったあの頃の夢を。

 

- 看 -

 

「…ようやく寝た、か」


と膝、というより腿の上の朱風の頭をなでる。
尻尾ほどではないが耳も中々の手触り。
髪は熱の所為かしっとりとして普段のあのサラサラとした感触が欠けているのが残念…
と愛でている場合ではない。


「布団が濡れるよりは服が濡れるだけの方が面倒が少なくていいだろうしな」


そう。
膝枕をしているのは横向きに寝る朱風の額に濡れ布巾を押し当てる際、
そのほうが楽だからだ。
それ以外の理由は…何かあるような気もするがもやもやとした曖昧な感情なので無視する。
はたして、冷たい濡れ布巾を額に押し当ててやると最初こそ驚いたのか、
僅かに身じろぎしたもののすぐに力が抜ける。
心なしか呼吸も楽そうになってきた。


「さっさと治れよ。働き甲斐がない」


と片手で額を押さえながら、逆の手で頭を撫でてやる。
…未だ思い出せない記憶の中で、誰かをこうして看病していた気がする。
いや、ほぼ間違いなくしていた。それも頻繁に。
もちろん相手は朱風以外の誰かだったが。


「…今は主人に集中するか」


と決めた途端、薄ぼんやりではあるが結びかけていた記憶の像が急速に霧散する。
勿体無い…が、どうでもいい。
今言ったように今は朱風が最優先だ。
それの邪魔になるなら記憶だろうがなんだろうが後回しで問題ない。
それでいい。
と、朱風の髪や耳の手触りを感じながら、その日は深夜までそうしていた。

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