猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

岩と森の国ものがたり外伝02

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岩と森の国ものがたり 外伝2 スカボロー・フェア

 
 
♪Are you going to Scarborough Fair
Parsley sage rosemary and thyme
Remember me to one who lives there
She once was a true love of mine...

 ライファス宮殿の屋上。
 リュナ・ルークスは二つの月が照らす空の下でひとり歌っていた。
 サイモン&ガーファンクルのスカボロー・フェア。異世界の住人が知るはずのない歌を、リュナはよどみなく静かに歌う。
「誰かと思えば、ルークス卿でしたか」
 いつからそこにいたのか、背後からナオトの声がした。
「てっきり、ヒトが歌ってるのだとばかり思いました」
 その言葉に、振り向いて笑う。
「ヒトの歌らしいね」
「ええ。だから、ルークス卿が歌ってるのが意外で」
「そんなに意外だったかい?」
 そう言って、悪戯っぽく笑う。
「あ、いえ……ルークス卿がヒト文化に詳しいのは知っていましたが」
 その言葉に、リュナは悪戯っぽい微笑を浮かべたまま言った。
「じゃあ、この曲が少なくとも100年以上昔からこの国で歌われてるって言えばどうだい?」
「え!?」
 さすがに驚いたらしい。
「それ、本当ですか?」
「本当だよ。僕がこの歌を覚えたのはエグゼクターズの訓練生時代だ。同僚を任務に送り出す時に、残った奴等が歌ってた。物悲しいメロディーがそういう場に合ってたんだろう」
「でも、どうして……」
「たぶん、ずっと昔この国に落ちてきたヒトが歌った曲が歌い継がれてきたんだろう。……面白いことに、僕らは歌詞の意味を知らずに、呪文みたいに歌っていたからね」
「え?」
 リュナがそう言って笑うと、またナオトが驚く。
「歌詞の意味知らずに歌ってたんですか?」
「だって、僕らはヒトの世界の“エイゴ”なんてものは知らないから。『あーゆぅごいんとぅすかーぼろうふぇあぁ』がどんな意味か、僕だって教えてもらったのはほんの数年前さ」
「そ、それはまあそうかもしれませんけど……」
 もっとも、ナオトも小学校の児童バンド部で“サウンド・オブ・サイレンス”を習った時は歌詞の意味を知らずに歌っていたから似たようなものかもしれない。
「けど、それはそれで一つの意味のある出来事なんじゃないかって思うんだ」
 そう言いながら、リュナが空を見上げた。
「何百年前に落ちてきた一人のヒトが歌った歌が、長い歴史を越えて、今こうやって異世界の僕たちに歌い継がれているということ。きっと何かを示唆しているんだと思う」
「何か……ですか」
「うん。ヒトにはこの世界に何かを残す力があるし、僕たちにだって、それを受け入れる程度の器はあるんだと……そう思う」
「…………」
 ナオトは、時々思う。
 リュナは、あまりにも楽観的過ぎるのではないかと。
 そんなに世の中は、この世界は甘くないのにと言いたくなるときもある。
 それでも、なぜか。
 本人を前にするとそれが言えなくなるのが不思議だ。
「武器、技術、知識……そういうものじゃなく、歌というものが長いときを越えて生き残るという現実が、ここにあるんだ」
 そう口にするリュナの表情は、未来に対してなんの疑念も抱いていないように見える。
 なぜそんな表情が出来るのか、ナオトにはまだわからない。
「生活の役にも立たない、金も生まない富も生まない、何の力にもならないものが、それでも長いときを越えて生き残るという現実があるということ。……それは、いま僕の生きる拠り所になってる」
「生きる……拠り所?」
「僕たちの未来、僕たちと言う種族。まんざらそう捨てたものじゃない、ってね」
「…………」

綿のシャツを作れと伝えてほしい
パセリ、セージ、ローズマリー、タイム
縫い目と針仕事をなしにして
そうすれば彼女は私の恋人になるだろう

 月を見上げながら、リュナはそう続けた。
「落ちてきたヒトが異世界に残した恋人を思って歌ったんじゃないかって、そう教えてくれた。……僕にこの歌の意味を教えてくれたヒトはね」
「……そう言われれば」
「とんでもない無理難題だけど、それを乗り越えてまで会いたい、会わせてほしいって思って歌ったんじゃないかってね」
「……縫い目のないシャツ、水のない井戸で洗濯、海と海岸の狭間の土地……」
 ナオトが、記憶を思い出すように言葉を出す。
「うん。無茶なことだけど。……それくらい、別れた恋人との距離は遠い。そんな境遇だからこの歌を歌ったんじゃないかって」
「…………」
「引き裂かれた恋人、引き裂かれた家族。そういう形で、突然みんなこの世界へとやってくる。そして出会える可能性はゼロに近い。……こんな歌を歌いたくもなるんだろう」
「……ですね」
「僕にこの歌の意味を教えてくれたヒトはその後、どうやら奇跡的に恋人と出会えたらしい。だけど、そうじゃないヒトの方が遙かに多い」
「……はい」
 ナオトも同じだ。
 あまりにも多くのものを一瞬で奪われ、いまここにいる。
「それでも、ね」
 自らの境遇に重ねたのか、少し悲しげなナオトに、リュナは言う。
「それでも、そうして歌った歌は、今こうして残っているという現実もある」
「それが……」
 言っちゃいけないと思いつつ、ナオトは言った。
「それが何だと言うんですか。それが、そんなことが何の意味があるというんですか」
「……何の意味があると思う?」
「それがわからないから言ってるんです。僕には、全く無意味だとしか思えない」
「……そうじゃない、と言ったらどうする?」
「何故だって聞きます。何の意味があるって言うのか、ちゃんと答えてもらいます」
 少し言葉が苛立っているのが自分でもわかる。
「じゃあね、この歌……」
 リュナは、変わらない少し穏やかな微笑をうかべたまま尋ねる。
「この歌は『できっこない無理難題を嘆く歌』なんだろうか」
「…………」
 何を尋ねたいのかわからず、ナオトが黙り込む。
「この歌、未来形を使っている。無理難題を乗り越えた先に本当の恋人になれるだろう、ってことは」
「……出来ないことをできるようになる、とでも言いたいんですか?」
 やや懐疑的にナオトが聞く。
「正解。もしこのむちゃくちゃな歌詞が、実はとんでもなく肯定的な決意で歌ったラブ・ソングだとしたらどうだい?」
「……そんなの、言うのは簡単だけど」
「できっこない?」
「……どうやったら出来るって言うんですか」
「まだわからないさ。けど、できないと決め付けるのもまだ早いだろう。たった百年だよ」
「たった、って……」
「たとえば、縫い目も針仕事もない綿のシャツは、すでにこの世界には存在している。綿花の繊維を全部編むだけで一枚のシャツにする技術は、この歌が生まれた頃、ヒトの世界にはなかった」
 魔洸技術と伝統技術の融合により生まれた、縫い目のないシャツ。破れにくさが重宝され、北方販路の主力製品になっている。
「……枯れて雨も降らない井戸でも、シュバルツカッツェにはドライクリーニング、エアクリーニングという技術がある。人類の英知は、不可能を可能にしてきた」
「それとこれとは……」
「違わないよ。ナオト君の世界の話で例えれば、たとえば遙か以前、ファラオが君臨していた頃のエジプトで民主主義なんてものを想像できただろうか。できたとして、それが実現すると思えただろうか」
「……」
「未来を信じなきゃ何も始まらない。少々楽観的なぐらいでちょうど良いんじゃないかって僕は思う」
「……俺には、楽観的過ぎるように思えます」
 あえて、そう口にしてみる。
「それくらいでなきゃ、生きて行けない世界があるんだよ」
「……え?」
 ナオトの言葉に、ほんの少し、陰りを含んだ声でそう答えるリュナに、ナオトが尋ねる。
「そんな世界……ルークス卿は知ってるんですか」
「特殊部隊ってのはそういう世界さ。よく感情を捨てなきゃ生きていけないって言うけど、大体、人間として生まれたのにそう簡単に感情を捨てられるかって」
「…………」
「だとしたら、いつかきっと来るだろう、もう少しマシな未来を信じぬくしかない。そうでなきゃ、今すぐにでも死にたくなる。やってらんねーよってね。最期には訓練教官射殺して自分も自殺……なんて、そんな最期は嫌過ぎるだろ」
 ナオトには実感がない世界。リュナの浮かべる微笑は、何を見てきた上での微笑なのか、まだよくわからない。
「人間って、何かを信じたい生き物だから。嘘でもいいから、信じるものさえあれば何とかなるけど、それがないと本当に脆い。……僕たちばかりじゃない。信じるものを失って、すがりつくものを見つけられなくて、そのまま壊れたヒトを何人も見てきた」
「…………」
「話を元に戻すとね」
「……あ、はい」
「何百年前のヒトが残した歌が、こうやって受け継がれてきた。それは、たとえ名も残っていなくても一人のヒトがこの世界で生きたという痕跡だ」
「はい」
「それは、ヒトの足跡がこの世界に刻まれている確かな証だ。足跡が残るなら、長い年月をかければそれが少しづつ積み重なるだろう。そしてやがて、この世界にヒトがいることが当たり前になる時代が来る」
「…………」
「そうなれば、時代は変わる。当たり前に存在しているならば、それは当たり前の権利を有するようになるはずだ。ヒトが異世界の住人じゃなくなったとき、やっとヒトは人間としてのスタートラインに立てる。……そこまでの長い準備期間の途中で諦めたら、あまりにも勿体無い」
「気が遠くなるような未来の話ですね。……俺が生きてるうちには無理だ」
「ほら、またそうやってすぐ諦める」
「……だって」
「この歌、何百年も前のヒトからのメッセージが時間を越えて僕らに受け継がれたんだよ。やってやろうって思わないかい」
「やってやろう、って……」
「不可能を可能にするなんて、かっこいいじゃないか。何百年も前のヒトから突きつけられた無理難題。だったらやってやろうじゃないかって、そう思うはずだ」
「でも、どうやって……」
「ナオト君は自分の足跡を残し続けていけばいい。僕は、この国を動かすための力を手に入れる。……手段は選ばないけどね」
 そう言って、また悪戯っぽい微笑を見せる。
「この歌の意味を教えてもらったとき、ね」
「はい」
「若気の至りで『だったら僕が見つける』って言っちまったんだ」
「はい?」
「1エーカーの土地、さ。海岸と砂の間の」
「ああ、その部分」
「向こうはとっくに忘れてるだろうけど、言っちまったことは言っちまったことだからね。何とか、無理難題を僕の生きてるうちに片付けたいなと思ってる」
「できるんですか」
「わからないけど、何とかやらなきゃね。約束を破るのは性に合わない」
 そして、また静かにリュナは歌いはじめた。

If you say that you can't then I shall reply
Parsley sage rosemary and thyme
Oh Let me know that at least you will try
Or you'll never be a true love of mine...
 

 

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