猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

フローラ王女の研究私室

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カリカリ… カリカリ…
  くしゃ ぽい
 机に向かう三毛猫が投げた紙くずは、ゴミ箱から外れて床に落ちた。

「むう」
 研究が一向に進まない。詰まった。
相変わらず私の老いは進む。最近、少し目が悪くなったのでメガネをつけた。…不老化は遠い。
生物学アプローチによるキメラ研究は天井を迎えている。
テロメアの壁が厚い。「遺伝子の結び目」は細胞分裂のたびに解れ、いずれ無くなり分裂不能となる。これが「寿命」とは分かった。
しかし下手にテロメア自動再生遺伝子を組み込むと「ガン」と同じで制御できない。思考力を失った肉塊と死体に差は無い。
いいかげん、時空研究に移るべきだろうか。暇つぶしがてらの基礎研究ももうやり尽くしてしまった。
だが、何年をも費やしてきたキメラ研究を打ち切るのは、あまりにも惜しい。
また、時空研究で何も得られないのでは、やはり遺伝子研究を続けるべきでは…とも恐れている。
「どうしたものかな…」
 羽ペンをインク瓶に戻し、メガネを外してイスの背にぐっともたれる。猫背を伸ばして、天窓から空を見た。
ぐにぐにと目元のマッサージをする。まだシワは出ていない。今度の保湿剤は具合が良い。
「ううむ、落ち物の化粧品も侮れんなあ。猫井もまだまだか」
 威厳などよりも心地よさ求めた研究私室のイスは、押すほど背もたれがぐんにゃりと曲がって腰に沿う。実に快適だ。
まだまだ快適になる器具もあるだろう。もう少し市場を漁ろうか?

「フローラ様」
 逆さまのイーリスがいる。いや、背中を反り過ぎて背後の扉が見えるだけだが。
「なんだ」
 もっとも私は最大国家の女王だから、私が基準だから、あいつが逆さまでも別に…しょうもない。あー、集中力が切れた。
「紅茶でございます」
 その手の上にある紅茶。今日はどの国の紅茶だ。どこでもいい。喉が渇いた。休もう。
「ん」
 生返事で受け取り、温めの紅茶をぐっと飲み干す。猫舌の私にはちょうど良い。
「ひらめかない」
 愚痴る。
「左様にございますか」
 もう一杯が注がれる。
「セレーネは如何している」
 今度はゆっくり啜る。先ほどより少し暖かく、少し気分が落ち着いた。
「キメラ部隊の調教に従じております。例の新部隊の仕上げも上々であると」
 もう一つのポットから熱い紅茶が注がれる。
「そうか」
 その香りを楽しんだ。次に喉が渇く頃には、程好く冷えているだろう。試しに舌先を着けてみるが、やはり熱かった。
イーリスがそっと机にポットとクッキーを置いた。サクサクの記事に宝石のように固まったイチゴやチョコレートが乗っかっている。
他にも記事にクッキーを染み込ませた茶色いもの、チェック模様のもの、ホワイトチョコも使った三色のもの、etcetc…
やけにチョコレートクッキーのバリエーションがあると気がついて、今日は…名前を忘れたが、イベントデーがあることを思い出した。

 太陽風の紫外線からこの星の生物を守るための磁気層と似た名前のイベント。
全国民が企業(猫井)に踊らされていると自覚した上で購買に励む。実に正しい経済の在り方だ。

 クッキーのチョコレートはイベントに託けた市民からの贈り物を集めてまとめて大釜で煮たものだ。「ふぁんくらぶ」なるものが私に宛てたものが大半と聞く。
これを見るたびに政治的な契りばかりする自分を恨んだり、若き日の想いが湧き出たり、そしてまた『朕は国家なり』に思考が戻る。

恨んだり、恋焦がれたり、新しいものに興味を持ったりする自分を、現役で衰えることなく保存する。
化石はいらない。石碑はいらない。ただ、永遠に新しいものを求め続ける、「ナマモノ」でありたい…。
そんな途方も無い物を求めているのだな、と考えてしまう。


「くすくす」
 イーリスが私を見て可笑しそうにする。手の甲を唇に当てて笑うから、まるで顔を洗っているかのようだ。
「どうした」
「菓子を頬張りながら物思いに耽るフローラ様も美しゅうございます」
「『面白うございます』の間違いではないのか」
「いえいえ、滅相もございません」
 微笑みを受け取った。

 不老不死の研究が完成したら、もちろん私は神になる。そのとき、この妹二人にも、不老不死を与えてやろうか。
いや、もしかしたら、自然と共に去りぬと思うているやもしれん。
なんにしろ、私が何をしているのか、最も知っているのだ。何も考えていないことだけは、あるまい。
そのときになったら、時が満ちたら、聞こう。好きにさせてやろう。
まあ、気まぐれな私のことだ。そのときには無理矢理にでも好きにするかもしれん。が、今は彼女達の自由にさせたい気分だ。
あ、いや、もう聞いたのか? 以前? …思い出せない。ああ、いやだいやだ。年を取るのは…。

「ところでフローラ様、私めも少々キメラ研究をかじりまして」
「ほう」
「フローラ様のお仕事に役立つよう、こちらを作ってみました」

 彼女がちらと彼女自身の足元を見ると、ヒザほどの大きさの、なにやら白くて筒のような体をした一つ目の生物が、顔(?)を覗かせていた。
「ベアード種か」
 雑食で、適応性が高い生物。極めて種類が豊富で、現地種族と妙に近しい形態をとる。ベアネコ、ベアイヌ、ベアタヌ、ベアキツetc…
そして人懐こく、肌触りもよく、目玉を突きでもしない限り滅多に怒らない。極論、構ってもらえるならば投げ飛ばされても喜ぶ。
おおよそ解剖は済んで『人懐こすぎるのが遺伝子的に修正しきれないので兵器応用は困難』と判断した。
よって最近は弄っていないのだが…。

「どういう機能のキメラなのだ?」
「『紙くず入れ』にございます。『ベア箱』と申します」
 イーリスが屈んで、『紙くず入れ』の尻をちょんと押すと、私の前に躍り出た。
なるほど、ゴミ箱そのものに目玉と体毛をつけたようなものだ。頭頂部が極めて深く陥没しており、ゴミ箱として器の機能を果たせる。
目の位置は地上スレスレの低い位置になっている。たしかに目は地面に近いほどゴミを見つけやすい。
見たところ耳や羽などの器官は見当たらない。しかし尾はある。ネコのようにしなやかで長い。単にベアネコベースなのか?

「ふむ。では、掃除してみせよ」
 先程私が投げ捨てた、丸めた紙くずが地面に残っていたので『紙くず入れ』に指差しを見せて指示を出す。
ベア箱は指先から射線を順に目で追い、紙くずを見つけると
「にゅ」
 と小さく声を出すと、ぴょこたん、ぴょこたん、と跳ねるように目標へと向かう。
手足もないのに、どのようにゴミを拾うのだろうか。
紙くずに近づいて拾うかとおもいきや、体をぶつけて紙くずを転がしはじめた。
目が体の低いところにあるので、ヘッドバッドというには語弊があるかもしれないが、
とにかく目玉ひとつの顔面(?)で紙くずを弾くため、いちいち目を閉じなくてはならないようだ。
その姿が、実に健気である。大事な事だ、二度言おう。実に健気である。
そしてゴミを弱弱しく蹴り続ける目標は、明らかに私の足元だ。

「にゅ!」
 ベア箱は、してやったりとばかりに、にんまりと(一つ目だけで)笑って見せた。
当然私の足元から見てるので、上目遣いになっている。
「にゅ?」
 何故私が無反応なのか驚いている、とばかりに、今度は目を丸く見開いてみせた。
「にゅ…」
 そして今度は目に涙を浮かべて、無関心な私に悲しんでみせてすらいる。
「分かった、分かった」
 足元に屈みこんで、紙くずを拾い、ベア箱の頭頂部に放り込む。
「にゅ!」
 ゴミを入れてもらって喜び、体側部の柔らかい毛を私の足に擦り付ける。


「可愛いものでしょう?」
「自動道具として仕事が未完ではあるな」
「いえ、コレで完成なのです」
 イーリスは言葉を続けた。
「生活に入る知的で完璧な道具は、得てして人間離れいたします。それは不気味で、嫌われやすいのです。たとえ休みなく完璧に仕事をこなし続けてもです。  いえ、完璧だからこそ嫌われるといえます。理解の範囲を超えた存在が、身近で、低俗なことを繰り返す。いつか怒り出しそうでございましょう?
 ベア箱のコンセプトは、未熟ゆえに人の助けが要り、所詮は人間の理解の範囲を超えず、しかし最低限の応用力と学習力を持ち、皆に愛されるのです」
「民間に解き放つ前提なのか」
「フローラ様は最近は時空研究へと移行しつつあります。そのときキメラ技術から引き継げるものはあまりにも少なくもったいのうございます」
 キメラ技術は倫理的に危うい。精霊信仰にしろ唯一神信仰にしろ、自然の生物に手を加えて弄繰り回すことは「神の真似事」であり、禁忌である。
ざっくばらんに言えばスキャンダルだ。国家といえど転覆さえるには十分だろう。ゆえに、人知れず、兵器となり、知られる前に、殺す。それがキメラ技術の使い道となる。
「兵器応用としては十分であろう?」
「平和であれば、永遠に闇に隠し続けなくてはならない『重荷』となりかねません。特に、不老不死となられるフローラ様にとっては、です。死んだら消える不名誉も、死なぬゆえ消えませぬ。
 たしかに、今のまま技術を公にすることは、猫井本社ビルの屋上から飛び降りるようなものでございます。しかし、間に緩衝材があれば、いつかは受け入れられると信じております。
 キメラ技術すら受け入れられる民を、世界を作る布石にございます。さすれば、キメラ軍団は世間の目を気にせず動かせる最強の軍団となりましょう」
「しかし、可愛らしく役立つ生物を作ったといえ、原型を著しく損ねている。薄手のハンモックでは飛び降りるには少々不安だな」
 ベア箱の側面を撫でてやると、目を細めて大人しくなる。
「ふふ、それは2枚目の布団です」
 イーリスが私のクッキーを一枚取り上げて、かじる。
「【これ】も、遺伝子を組み替えた害虫に強く、とりわけ甘い小麦です」
「なんとまあ」
 知らずの内に未知のシロモノを食わされていたとは、不覚。
「ふふ、薄手の布団も万を順序良く重ねれば、山ひとつだろうと受け止めると信じております。まだまだ企画は百八段までありますよ」
 イーリスは優しく微笑めるのだな。それも、私と万の民の両方にだ。
「気に入った。よろしい。ただし女王の食事に手を出すとは何事だ。これは私のクッキーだ。罰としてケーキを要求する。イーリスの手作り以外は処刑、イチゴがなかったら耳切断だ」
「まあ、こわいこわい。食べ物の恨みは。三代先まで祟られます。くすくす」
 そっと妹は私の部屋を後にする。

 ふと目を放した隙に、ベア箱は元ゴミ箱ポジション(前のゴミ箱はイーリスが何気なく持って行った)を安住の地と決め込み、目を閉じている。耳を澄ませば寝息が聞こえた。
飯にクッキーをやろうかと思うと、クッキーの皿の下のメモに
「ベア箱は魔洸を食べます。魔洸コンセントから尾を使い自力で調達します。食欲と消化力は下がっておりますが一般の食事もできます。糞をしない完全消化です」
と書いてあった。
寝息を立てるそのベア箱の目の前にクッキーを置くと、半目を開けて目のすぐ下にある口元を寄せ、ポリポリとかじり始めた。寝ぼけながら食べているようだ。

 イーリスは、何気に私が時空研究に現を抜かしていたことを、真剣と思っていたらしい。
いや、今から本気出す、みたいなことは考えていた。しかし決心がつかないでいた。
本棚の隅にある、落ち物の『図鑑雑学 人体の不思議』と『図解雑学 よくわかる相対性理論』をパラパラと見比べて、やっぱり同じようなものだと確信する。
「…んー…まずセレーネにもそれとなく聞いて…そんでもってから…明日から本気出す」
 全く、眠気というのは恐ろしい。海水パンツを水泳キャップとゴーグルを完全装備したオスが群れをなしてはるか彼方の水平線から群れをなして迫り来るような不可避さがある。
 寝室にこの2冊を持ち込んで、それからどうにかしよう。そうしよう。
温くなった紅茶をぐいと飲み干し、研究室を後にする。
 おやすみ、昨日の私。明日の私は、永遠に手が届きますように。

「…あれ、フローラ様ー?」
 研究私室に手作りケーキを持ち込んだイーリスは、寝室に入ったフローラを見て、起こしてでも渡すべきか、いや寝かすべきか、まさか耳切りの件は本気ではなかろうかと、一睡も出来なかった。
 そしてフローラは、目が覚めたとき、どうでもいいことだったので、ケーキの件を忘れていた。



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