猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

月のまにまに

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月のまにまに

 

――月。
太古の時代より人々を惑わす、魔性の天体である。
海の潮汐力を生み、夜の闇を照らし、時にその光で人を狂わせる。
また、月は異界へつながる門とされる。面白いのは西洋では主に月の光を異界へつながる門と見るのに対し、東洋では月の陰を異界への門と見ることである。
例えば日本では、一ヶ月に一度月が完全に隠れる日を晦日(つごもり)と呼び、現世と幽世とがつながる日とされている。大晦日とは、その風習を最も端的に――

「助手君、助手君! これ凄いね!! 前のより、より一層くっきりはっきりだよ!?」


とりとめもない思考は、目の前のちみっ娘のけたたましい声で唐突に破られた。
何が楽しいのか、望遠鏡を覗き込んではビックリして目を離す、と行ったようなことを数回繰り返している。
世の9割の人間は信じないのだが、彼女こそ、我がアルジャーノン研究所が誇る天才科学者、アルジャーノン博士(5代目)である。
彼女が先程から覗き込んでいる『落ち物型反射式天体望遠鏡』も、立派な『アルジャーノン博士の発明品』なのだが……
まあ、俺みたいな『落ち物』が助手に付いてて、発明品が『落ち物式』な時点でタネは察せられるかと思う。


「はっはっは。前回の物より口径を大きくしましたからね。焦点距離も長くなったし、倍率ドンで更に倍。竹下景子さんに全部、ってなもんです」
「へぇー! それは凄いね素敵だね!!」


意味が分かっている筈はないのに、さも感心したように答える様が無性に子供っぽい。まあ、実際に子供なのだが。
アルジャーノン家は代々続く発明家の家柄で、日本で言うなら奇天烈斎様のようなポジションにいるらしい。
当然、その末たる彼女、ステファニー・アルジャーノンもその名に恥じぬよう自らの英知を持って世に発明品を送り出さねばならぬのだが、実際問題として彼女は幼すぎる。
悪いことに、彼女を教え導くべき彼女の父、ステファン・アルジャーノンは早逝しており、彼女に残されたのはガラクタだらけの研究所と、彼女の父が拾ったオスヒトの『助手君』だけである。
ステフの野郎には世話になった――とは死んでも言いたくないが、今の俺があるのに彼の尽力があったことを認めざるを得ない。他に行くところも無いし、娘の世話をするくらいはどうって事はない。
問題は、俺に全く魔法の知識がないため、それ系の品は先代の残したレシピを解析して細々とやっていくしかないことだが、まあ、贅沢は言うまい。


で、そのアルジャーノン博士はと言えば、先程からじーっと望遠鏡を覗き込んでは目を離し、望遠鏡と実際の空を見比べて首をかしげていた。

 

「助手君、どうして月は赤くて青いのに、望遠鏡で見ると白いんだろうね?!」

 

実に微笑ましい疑問である。ふと、昔の自分も同じ疑問を抱いていた事を思い出した。その時に見上げていた月は黄色くて、おまけに1つしかなかったのだが。
どこの世界でも、子供の抱く疑問というのは似通ったものらしい。

 

「はっはっは。それは光のドップラー効果というやつでして。赤の月は赤方偏移、青の方は青方偏移しているので、それぞれ色が違って見えるのです」
「へぇー! それは素敵だね素晴らしいね!!」

 

無邪気に感心しているが、無論、嘘である。ナポリタンじゃあるまいに、光が偏移して見えるほどのスピードで月が動いていたら、世の中大惨事だ。
恐らくは土中に含まれる鉄やチタンの分量の差が、双方の月を見比べた際に微妙な差異として認識され、相対的に『赤と青』に見えているのだとは思うが、案外そういう魔法なのかもしれない。
この世界は、その程度にはデタラメに出来ているのだ。

俺の与太話はますます博士の知的好奇心を刺激したらしく、望遠鏡にかじり付くようにして覗き込んでいる。
あの望遠鏡は近々猫井技研に売られていく予定なので、出来ればそろそろ梱包したかったのだが、楽しそうな博士の様子をみると、なかなか言い出せなかった。
なにせ、研究所にあって売れる物と言えば、発明品とヒト奴隷くらいである。俺にとっての選択肢は1つしかないので、必然的に発明品を次々と売って生活費に変えてきたのだが、流石に手品のタネが尽きつつある。
できれば、今回の天体望遠鏡でまとまった金を得て、もう少し大規模な発明品への投資としたい。杞憂だと思うが、壊す前にさっさと包装してしまいたかった。

「博士。そろそろ風が出てきました。中に入りましょう」

 

適当な理由をこじつけて、博士を望遠鏡から引きはがす。
果たして、博士の体は驚くほど冷たかった。嘘から出た真と言おうか、望遠鏡に夢中で体が冷えてるのに気付かなかったらしい。
彼女はしばらくの間、自分の頬を俺の手にこすりつけるようにしたかと思うと

 

「助手君の手、あったかいね」

 

と言って、幸せそうに笑った。全く、何を言ってるんだか、このお子ちゃまは。

 

「はっはっは。心が冷たいので、その分の熱が全部手に回ってるんですよ」
「えー? 助手君は素晴らしいよスペシャルだよ?」

 

無邪気に否定してくるが、無論、嘘ではない。
元の世界にいた恋人の名前はもう思い出せない。まぶたに写る両親より、鏡に映った俺の方が老けている。「月の色は?」と聞かれれば、真っ先に思い浮かぶ答えは「赤と青」。
なにより、それらの事柄に直面しても、「まあ、良いか」で済ませられる。そんな人間の心が、冷たくない訳がない。

まあ、良いさ。心が冷たくたって、風邪を引く訳でもない。
俺の心よりも、まずは彼女の体を温めるためにココアを淹れよう。
そう考えて俺は、小さな博士を抱えて研究所に戻ったのだった。

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