猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

蒼拳のオラトリア After

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蒼拳のオラトリアAfter 『どたばたの後で』

 

 

 

「トリア対トリア! 予想だにせぬ展開に俺が動けずにいると、ゆやーんゆよーん ゆやゆよーん
という気の抜けるテルミンの音色とともに現れたのは、黒い兎耳と白衣の狂科学者と……ああ畜生、よりによってあのバカヤロウだった! 俺は叫んだ、『ポンコツゥゥゥッ! 裏切ったなあっ!』」

 ヒートアップするミナミの語り口に、酒宴をかこむ男たちがやんややんやと盛り上がる。
 ここは東の海におわす偉大なる龍王様のすまい、青龍殿……その大広間である。
 五年に及ぶ(こちらの世界では半年しか経ってなかった)長い異世界遠征から帰還したトリアと
ミナミの無事を祝って、龍王様やノーマほか有志が酒宴を催してくれたのだった。

「野郎はいつもの調子で≪ワタシはより確実に元の世界へと帰還する方法を模索しているだけです≫
などとほざきやがったので、むかついた俺は不意討ちでビート板を投げてやった。≪愚かな…≫と
呟きつつ当然のように軌道は逸らされたが、ビート板は逸らした先に立ってた白衣のやつの側頭に、吸いこまれるようにすこーんっと…」

 ちなみに彼がいま熱をこめて語っているのは、五年の遠征中に経験した武勇伝の一つ。名付けて、
『スクールファイブ劇場版 ザ・ツインブルー ~モントークより愛をこめて~』だったりする。


(※ あくまで大幅に脚色の入った武勇伝であり、実在の学園戦隊とは一切関係ありません。
   執筆される予定もまったくありませんのであしからず)


「うん、ぼんやりとしか覚えてないけど”向こうの私”はたしかに手強かったよ…ヘンなコスプレしてたけど」
「いや、あんときはトリアも”改造手術”とかいってヘンな恰好させられてたし」
「え、そうだったの!?」
「まあ、俺も正体隠すために仮面キャラにさせられたけどな……いやあ、恥ずかったわあれは」
「よく言うよ、どうみてもノリノリだったじゃない」
 苦笑しながら合いの手を入れるトリアがさらに場を盛り上げる。
「改造手術!? と、とりあー、ヘンなことされなかったぁ?」
「ちょ、ちょっとフーラ!?」
 酔っ払って色んな意味で正体をなくしたフーラが、トリアの体に絡みついて心配そうに言った。
「ああ、そりゃ大丈夫だ。衣装をはずしてみたらあとは何もされてなかったみたいだし」
「う、うん…ミナミの言う通りだよ…」

 そういうトリアもほんの少し確証がなかった。何かとんでもなく恥ずかしいことをされたような
記憶が、あるようなないような…という曖昧な感覚があった。
 それに兎と聞いた途端、無意識に自分の体がびくりと緊張したような気もする。
 …いったい自分は、あの兎の科学者に何をされたんだろう…。

 もちろんただでは帰してもらえなかった(性的な意味で)のだが、知らぬが仏である。

「あーっ、衣装はずしたってまさか、トリアが気を失ってるのをイイことにあぁんなことやこんな
ことをしたんじゃ!?」
「バ、バカっ! お前じゃあるまいしそこまでやるかっ! あくまでボディチェックをだな…」
「あわてるところがあやしい…」
「え、ミナミ…まさかほんとに…」
「えっちー」
「さいてー」
「ええい、お前らええかげんにせいっ!」
 三人の漫才にまたどっと笑いが巻き起こった。


 盛り上がっている座興の様子を遠巻きに眺めながら、ノーマは手酌で静かに酒を飲んでいた。
 ふと龍王様が近付いてくるのに気付いたノーマは、飲んでいたのとは別の上等の徳利を手にとり、
すっと立ち上がって龍王様を迎えると、その杯を満たした。無言で目礼を返し、龍王様はノーマと
ともに席につく。
 二人の優しい眼差しの先には、酒宴を楽しむトリアがいた。
「トリアちゃんもすっかり明るくなったのぅ」
「ええ、一時はもはや笑うことなきものかと危ぶんでいたのですが」
 ミナミの武勇伝に時折つっこみを入れながら屈託なく笑うその姿は、年頃のごく普通の娘のもの
に相違なかった。その表情に、かつて漂わせていた影はない。
「これも彼といた半年……いえ、五年間の成果なのかもしれません」
「ふむ、ヒトとは不思議なものよなぁ。ヒトと落ち物の為に身代を持ち崩した者がいるかと思えば、
ヒトの存在によって救われる者もおる」
 くっと杯をあおり、龍王様はひとりごちた。
「四ノ国のように、落ち人を客人神としてあがめ奉るのもちと極端じゃが…こうして救われた娘が
笑っておるのを見とると、そうする気持ちもわからなくはないかの」
「お戯れを。四ノ国の寺社どもも、猫井と同じ穴の手合いでございましょう」
「まあ、そういう俗物も多いのが世の哀しさじゃが……なに心配はいらんよ、あすこでは『流れ星』
が目を光らせておるでな」
 そういって、龍王様は懐かしげに目を細めた。
「たまにあの面倒くさがりの顔が拝みたくなるのじゃが、歳のせいかどうにも腰が重くてのぅ」
 それも戯言と察したノーマが苦笑する。たしかに普段の龍王様は機敏に動かれることは少ないが、
決断した時の行動力は驚嘆すべきものがある。必要とあらば、龍王様は四ノ国の火吹き山まで御身
自ら出向くことをもためらうまい。
「なんじゃ、笑うとは失敬な……まあええわい、今宵は無礼講ゆえな」
「は、寛大な御計らいに感謝いたします」
 ノーマの一礼に軽く手を振って返し、龍王様は席を立った。
 どうやら次は女官たちの様子を見に行くとみえて、どことなく足取りも軽いように見受けられた。
齢千歳を越えられた龍王であっても、男と差し向かいで飲むよりは女性をはべらせ酌をしてもらう
方が酒が進むようである。深酒がすぎませぬように…と、ノーマは龍王様を無言で見送りつつ思う。
「ノーマは向こうで飲まないのか?」
 ふたたび静かに飲もうとしていたところに、今度は別の若い男の声がかかった。
 ため息をついて振り向くと、トリアと同じ鮮やかな青と赤の甲殻を持つシャコの男が立っていた。
地味な白黒のトラフシャコであるノーマと並ぶと、その鮮やかさがなお際立つようだ。
「いや、今日はゆっくり飲みたい気分でな……虎の国から帰っていたとは聞いてなかったぞ」
「たまたま休みがとれた。異界に飛ばされたヒトが帰ってきたと聞いたので、少し興味があって…」
「興味?」
 ノーマは首を傾げた。この青年は青龍殿で訓練を見たこともあるそれなりの付き合いだが、興味
などと唐突に言い出すような男であったという記憶は無い。
 ノーマが疑問の目を向けていると、男は何やらもじもじと体をゆすり呟いた。
「…先日、一晩女を買った。それが、ヒトの女だったんだ」
「ほう」
 ノーマは先ほどまで龍王様がかけていた椅子を男にすすめ、予備の杯に酒を満たした。

「痩せたイヌの仲介役に、ヒトを抱いてみないかと声をかけられた。最初は胡散臭いと思ったが、
顔に嘘を言っている様子はなかった。大方食う金に困って、手許に残った分不相応のヒトを元手に
稼がざるを得なくなったのだろうと思った」
「…ふむ」
「一瞬身請けすることも考えた。主がこうも貧窮しているようでは、おそらく連れたヒトもかなり
ひどい境遇にあるのではないかと思ったからだ。しかし、実際連れていかれた先で会ってみれば、
主とは比較にならないほど壮健そうなヒトの娘が待っていた。貧窮の中にあってヒトにだけは十分
食事をさせていたのか、この娘を買い求めた結果破産したのか…なんともちぐはぐな光景だった」
 男はぐいっと杯をあおる。置かれた杯に、ノーマはまた酒を注いだ。
「ヒトを見るのも、抱くのもはじめてだったが……不思議な娘だった。最初は俺の容貌を怖れてか
緊張しきっていたというのに、体をあわせるうちに見る間に俺を受け入れてしまった。帰り際など、
俺に笑顔で『またのお越しを』などと言ってきたくらいだ。具合も…その…とてもよかった」
 照れて横を向いた男が、今も輪の中心で講釈を続けているミナミを見つめていた。
「彼がかつて暮らし、帰ろうとしていたヒトの世界とはどんな世界なんだろうか。あの娘のように
異なるものを受け入れられる人々の暮らす世界だったのだろうか」
「どうかな……ひとつ忘れるべきでないのは、ヒトはこちらの世界に順応しなければ生きられない
ということだ。順応できず、自ら死を選ぶヒトもいる。その娘は順応したケースだろうが、それが
かつて暮らした世界での“普通”かどうかは疑わしいな」
「そう、か……そうかもしれないな」
 杯を乾かし、男はミナミを見つめ続ける。


「かくして俺とトリアはポンコツをしばき倒し、時空転移させることに成功した。…だけど俺達が
ここに帰ってくるまでには、あと三回の転移を必要とするのだったが、そいつはまた別の話っつう
ことで……以上『スクールファイブ劇場版 ザ・ツインブルー ~モントークより愛をこめて~』、
これにて一巻の終わり! べべんべんっ!」
 口三味線で締めくくり、満場の拍手と口笛がミナミを包み込んだ。「や、どーもどーも」などと
おどけながらミナミがぐいっと酒を飲み干し、糸が切れるようにぱたっと倒れた。
「わあっ、ミナミ!? もう、そんなに酒が強くないのにムリするからっ」
 あわてて駆け寄ったトリアに抱えられ、酔いつぶれたミナミは酒宴をリタイアした。


「…彼は順応できるだろうか」
「さて、どうだろうな」
 ノーマも杯を口に運ぶ。
「…ここよりおかしな世界とやらを巡ってきてあの元気なら、まあ大丈夫なんじゃないか?」
 彼を囲むトリアとフーラの笑顔を見ながら、ノーマはそうあって欲しいと強く願った。

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