猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

蒼拳のオラトリア 第五話

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匿名ユーザー

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――転移から2時間後
――駆逐艦「ダイアクロン」轟沈地点


「…ひどいありさまだな、こいつは」
 へし折られた挙句に丘の中腹に激突し、半分ねじれながら横倒しになっている異世界の軍艦を前
にして、調査隊主任のイヌは呟いた。あの時、トリアとともに軍艦を撃退した男である。
 まるでシャチに腹を食い破られて打ち上げられたクジラの姿だった。落下時、中にもし生存者が
いたとしてもこれでは生きてはいまい…。
「しかし、あれが落ちてくるときに発生した緑色の光はいったいなんだったんでしょうか?」
 横に控える副主任(こちらもイヌの女性だった)が、現場指揮の合間にふと呟いた。
「さてな、あんな現象は見たことがない…あの中に答えがあると思いたいが」
 主任は異世界艦をあらためて眺める。それにしてもいい艦だ。どう見積もっても修復不能の深手
を負いながら、その洗練された雄姿はいまだ輝きを失っていなかった。わが国にもこれほどの技術
があれば、海軍力で優位に立てようものを…。
 そこまで考えて苦笑する。…海から隔絶されたわが国に海軍力など、蛇足以外の何者でもない。
こんな馬鹿げたことを考えてしまうとは、少し働きすぎかもしれん。
「報告します!」
 そこに、内部を調査していたチームの伝令が走ってきた。
「中はどうだった?」
「ダメですね…全滅です」
「そうか、やはり全滅か…」
 中の惨状を思い、主任は静かに瞑目する。しかし、次の伝令の言葉に再び目を見開いた。
「中に誰もいませんでした」
「…なに?」
「それどころか、機械類がすべて取り外されている形跡があります。甲板の兵器類もすべて撤去済
の状態で落ちてきたようです。ご丁寧に燃料まで、一滴残らずありません」
「我々が来る前に盗まれたというわけでもない、か」
「はい、あそこまで綺麗さっぱりというのはこの短時間では不可能です。さらに、すべての船室の
中にこの……泡のようなものが充填されていました」
 伝令が差し出した白い物体を手に取る。握るとキュッキュと音を立て崩れる。落ち物の保護材に
時折使われている発泡スチロールに似てるが、実際のところは精査してみないことにはわからない。
「そいつを掻き分けながら調査したので、中の連中はみんな真っ白です」
「それだけ苦労してもぬけの空か…大変だったようだな」
「いえ、収穫はありました」
 伝令が丘の軍艦を振り向き、ねじ切れて大穴になってしまっている横腹を指差した。
「あそこから、何かがその白いのを『内側から外側に』掻き分けて出てきた形跡が見つかりました」
「なにっ…たしかか!?」
「はい、間違いありません」
 主任と副主任、そして伝令の視線が、破れた横腹に集中する。

「なにかが、あそこから出て行ったんです」



  蒼拳のオラトリア 第五話「そこにいるのは、ヒト、ですか?」



 軍艦が降った日から、気がつくと一週間ほどが過ぎていた。

 俺はまた、海を見ていた。
 潮干狩りも水泳もする気が起きない。今泳いだら、たぶん溺れてそれっきりだろうと思う。
 トリアさんは心配していたが、彼女の言葉にも生返事を返すようになってしまった。ああ、折角
関係が修復できたような感じだったのに残念だな…と、他人事のように考える自分がいる。
 それ以外の生活は特に変化はなかった。この前の携帯の売り上げがまだ残ってるのか、俺の収獲
した貝が結局それほど家計に貢献してなかったのかは知る由もないけれど。

 ああ、ひとつだけ大きな変化があった。

「…またこんなところで腐ってるの?」
 最近よく聞くようになった声が後ろから聞こえた。ヤンデレタコ女…いや、フーラだ。
 なんだか知らないが、あの日からちょくちょく顔を見せるようになっていた。
「そのありさまじゃ、居候どころかもはやヒモね。まあ、お人形さんらしくはなったんじゃない?」
 いつものように皮肉った表情を浮かべて見ているのを感じる。なるほどヒモか…違いない。
「種族の違いを思い知ったってところかしら……どう、なんだったら慰めてあげましょうか?」
 背中にしなだれかかってくるフーラを払いのけるでもなく、俺は座ったまま呟いた。
「今はいいよ…ありがとな…」
 その言葉に、フーラはため息をつくとついっと俺から離れた。
「やめた…そんなふにゃけた様子じゃ、あんた確実に魚のエサね」
 ああ、そういえば満足させられなかったらどうとかって言ってたっけ。まだおぼえていたらしい
フーラになんとなくくすりと笑いがこみあげた。
「なに笑ってるのよ、忌々しい」

  ごんっ

 頭に重い衝撃。気に障ったフーラがなにかを投擲したらしい。
「あいたたったった…!!」
 軽く投げたんだろうけど、十分悶絶するほどの痛みがあった。
「何すんだばかあっ!」
「暇してるんだったら、それちょっと頼まれてくれなぁい?」
「へ?」
 フーラが俺にぶつけたものを指差した。
 ぶつけられたのは、トリアさんがよく拾ってくるような一本の流木だった。


 目的地は、トリアさん宅から港町をはさんで反対側に位置しているらしい。
 俺は流木をロープで背中にくくりつけ、例によってネコミミをつけておつかいに出ることにした。
このまま砂浜でくすぶってるより、ちょっとは体を動かした方が精神的にもいいだろう。
「わかってんだけどな…」
 歩きながらなんとなく呟く。
 魔法文明に参画できない自身を嘆いたところで、元々俺は異邦人でお情けで養われている身だ。
 「日本に住んでるのに参政権がないのは差別ニダ!」とかわめく某連中じゃあるまいし、居候と
いう身分を弁えてるなら、この世界でなにもかも出来るようになれるはずがないのだ。
 それがただ、したくても無理だとわかっただけのこと。それだけのことだ。

 でもやっぱ…寂しい、よな。

 共感できないのは寂しい。
 少数派として孤立せざるを得ないのは寂しい。
 …いや、多分。

 トリアさんの隣に立てそうにないことが寂しい…のかもしれない。

「…帰りてぇな」
 それが不可能だと知っていながら、今はあのくだらない水泳部の連中が無性に恋しかった。
 俺の両親も、息子がいきなり二ヶ月近くも行方不明になって心配してんだろうな…。
 …いけね、ほとんど足が止まりそうになってる。余計なこと考えずにお届け物をすませちまおう。
今はそれしか出来ないんだから。
 今後のことは…まだ、考えたくない。


 指定された岩場には、たしかにほとんど海に沈んだ洞窟があった。
 服を脱いで水着姿になり、ここまで流木を運んできたロープで衣服を頭にくくりつける。
 …ふと、俺はわざわざフーラに闇討ちされに来ているんじゃないかという疑念が湧いた。こんな
人目につかない洞窟の中で始末されたら、人知れず白骨になっててもおかしくはない。
「は、ははは、まさか…」
 笑い飛ばしてはみたものの、水面に映る血の気のひいた顔は隠せなかった。
 戻るか? …いや、なんだかんだ言って一度頼まれた仕事だ。いざとなれば全力で逃げるさ!
 後ろ向きな決意を固めつつ、流木を浮きがわりにして洞窟の中に進入した。

 入り口こそ水面と天井の間に頭三つ分程度のスペースしかなかったものの、中はだんだん天井が
高くなって、ちょっとしたホールのようになっていた。天井が水からの照り返しを受けて青く輝く
その光景は、行った事はないが「青の洞窟」とかいうものに似ていて、思わず感嘆の息をついた。
 ホールの岸に辿り着き、軽く海水を払い落とすとパーカーだけ羽織って先に進む。
 当然のことながら、進むにつれて光は届かず暗くなっていく。水に入るからと明かりになる物を
借りてこなかったのが悔やまれる。行く手はもはや真っ暗闇で、俺は心細くなり始めていた。
「ノーマさぁん…お届け物でーす…」
 その証拠にほら、大声で呼びかけないと意味がないのになんとなく小声になってるし…。
「ここに、置いときまぁす…」
 そうっと流木を足元に置いた瞬間、背後でかさりと音がした。
「!!」
 思わずさっと振り向く。しかし誰もいない…いや。
 俺は落ちているものに気付いて近寄った。書き損じでぐしゃぐしゃと丸められたスケッチブック
の切れ端のように見えるが…あれ、さっきはこんなの落ちてたっけ?
 疑問に思った瞬間、後ろから腕を背中に捻りあげられ、首筋に冷たいものが当たった。
「…動くな」
「はい、動きません…」
 見なくてもなんとなくわかる、これって絶対刃物だ…それもとっても切れ味のいいやつ。うへぇ、
ヤンデレに刃物だぁ……いやちょっと待てよ。今の、男の声じゃなかったか?
「の、ノーマさん、ですか?」
「随分とお粗末な変装だな…ヒトがここに何の用だ。誰の差し金だ、言え」
 質問するのはこっちだと言わんばかりに刃物をちらつかされ、俺は仕方なく順を追って説明する
ことにした。
「俺はトリアさ…オラトリアさまのところに居候してるもんです。フーラに頼まれて、そこの流木
をあなたのところに届けにきたんですよぅ」
「フーラが…?」
 それを聞いて、一瞬の沈黙のあと、ぱたぱたとボディチェックをされる。この手、トリアさんに
似てる…もしかしてこの人もシャコなのか?
 捻りあげていた手が離れ、背中をぽんと押される。軽くたたらを踏んでノーマさんを振り向くと、
薄闇の中こちらに油断なくボウガンを構えるバルタン星人…もとい、シャコ男が立っていた。
 流石にシャコ頭の人間というのは直視するのになかなか勇気がいる。
「妙な真似はするな」
「しません、しませんからっ」
 手をあげて無抵抗を主張していると、ノーマさんはゆっくりボウガンを降ろし、さっき俺に突き
つけたナイフも鞘におさめた。
「フーラがヒトを寄越すとはな…あやうく間諜か泥棒と思って始末するところだったぞ」
 ひえええ…ち、ちくしょうフーラめ、最初からこの展開をねらってやがったな!?
 「ふふふ、引っかかったわね」と見下した笑みを見せるフーラが思い浮かび怒りがこみあげる。
「あいつめぇ…! し、しかし、なんで俺がヒトだってわかったんです?」
「うん?」
 正直バルタン星人の表情はわからない(失礼)のだが、なんとなく怪訝な顔をされているような
感じがした。トリアさんでだいぶ馴れたせいかな。
「我々に変装など何の意味も持たん。トリアから何も聞いていないのか…?」
「目がちょっと敏感過ぎるとしか…」
「…ふむ」
 ノーマさんが口ひげを思わせる触角の根元を考え事をするように撫でた。
「少々説明が難しいが…そうだな、君らヒトは虹が何色に見える?」
「え? 七色…ですよね」
「そう。人によって少ない者もいるが、大体の人間はそんなもんだろう…だがな」
 ノーマさんの楕円系をした目玉が、俺をぎょろりと見た。
「我々に見える虹の色数は、その数倍はある」
「…え…?」
「なにせ我々にしか見えんからな、他の色を君らに説明しようとしても無理だろう。だがその色彩
の一部は熱源から発せられるので、我々には生物の存在が夜闇の中でもよくわかる……無生物との
境界も、同様にな」
「赤…外線…?」
「そうだ…ヒトの世界ではそう呼ぶし、それを視覚化する機械もあるらしいと聞く。つまりはそれ
が理由だ。我々に上っ面の飾りは通用しない」
 常に赤外線も紫外線も見える超高性能スコープをつけてるようなものか。
「…欠点は、『余計な』可視光の強い日中はすこぶる苦手な事だがね。それでもトリアのように、
遮光器なんてものを着けてまで昼の世界にしがみつく者もいる」
 なるほど、遮光器を外さないわけだ。夜間でも着けていたいくらいだから、昼間などは強すぎる
色彩がみんな真っ白にしてしまうだろう。白い闇だ。
 トリアさんは、毎日その白い闇の中を出かけていたのだろうか。そしてきっと今も…。

 なんだか、自分がひどく甘ったれていたことを思い知らされた気分がした。

「そして私は、そんな彼女らのために遮光器を作っている工房の主というわけだ」
「へ…あ、ええっ! そうだったんですか!?」
「…本当に何も聞かされてなかったんだな」
 心底あきれたようにため息をつかれた。
 てことは、この人がトリアさんのあの遮光器を……遮光器…。


 …つまり、この人があの『絶妙の距離』を作りやがった張本人ってことかよこん畜生ッ!!


「どうした、さっきから驚いたり怒ったり表情が忙しいが」
「なんでもないっす! ちょーっといいトコロ邪魔された記憶が甦っただけですからっ!!」
「…???」
 俺の憤慨の意味をはかりかねて、ノーマさんが首をひねっていた。

「そら」
 流木を受け取って一旦工房の奥に引っ込んだノーマさんが、戻ってくるなり遮光器のようなもの
を俺に放り投げた。慌てて受け取ったものの…どうしろと?
「あの、これ…」
「つけてみろ」
「え? はぁ…」
 しぶしぶ着けてみると、途端に世界が広がった。さっきまで暗闇だけが広がっていた洞窟の奥が、
白黒とはいえ突き当たりの工房の扉らしきものまではっきりくっきりと見える!
「うわ、なんだこれ!? すげーっ!」
「知り合いの術者が我々の視覚を模倣しようとして試作した『星明りの仮面』だ。結局は光量増幅
までしか成功しなかったんだが、工房の中を見学するには十分だろう?」
 …余談ながら、はっきりくっきり見えたノーマさんの顔は、思わず泡吹いて倒れそうなくらいに
強烈でした。うう、モザイク機能とかないのかなこの仮面…。

 ノーマさんに先導されて入った工房の中には、あちこちに彫りかけの彫刻があったり、テーブル
の上に素描用だろうスケッチブックや製作途中の遮光器などがあったが、雑然としてるイメージの
強い『工房』という単語にそぐわないほど整然とした印象だった。シャコが綺麗好きなのは種族的
特徴なのかもしれない。
「元々私は彫刻を志していたのでね、遮光器作りは副業といったところだ」
 ライオン男の勇壮な彫刻に目を奪われていた俺に、ノーマさんがどことなく喜色を滲ませてそう
説明した。
「彼ら獅子は自らを鍛えることに余念がなく、虚飾も好まない。その求道的な姿勢が引き締まった
肉体に反映され、だからこそその肉体美は胸を打つ……そう思わないか?」
 俺はただバカのように頷いた。芸術に興味はなかったが、こいつはたしかに凄い。ノーマさんの
観察眼と表現力のたしかさは、素人の俺にもわかるほど卓越していた。美術の教科書に載ってても
おかしくないぜ、これは…。

「…しかし、君もまたいい体をしている」

 ……はい?
 ふと、なにやら雲行きの怪しさを感じて振り向くと、ノーマさんが俺を頭の先からつま先まで、
じろじろと舐めまわすように観察していた。
「最近は少しさぼりがちのようだが、日頃から全身をよく鍛えているな。君らの言葉で言うならば
アスリート体型というところか……いいセンスだ」
「あ、あの、ちょっと…?」
 …そういや、この人らの眼には衣服なんてあってもなくても一緒だったっけな。一歩間違っても
間違わなくても立派な視姦です、ほんとうにありがとうございました。
「心配するな、私に男色の気はない。単に美の信奉者であるだけだ」
 まったく安心できないフォローのお言葉をどうもありがとう。うう、逃げ出してぇ…。
「ふむ、なるほど…フーラに気に入られるだけのことはある」
 唐突に、ノーマさんがわけのわからないことを言った。
「…え? 違いますよ、あいつは単にいやがらせのために…」
「フーラが自分の家にトリア以外の誰かを呼ぶことなど、これまで一度もなかったからな」
 え、自分の家って…ここ、ノーマさんの工房じゃあ?
「これも聞いてなかったか…フーラは私の養い子なんだよ」
「はあっ!?」
「少し複雑な事情があってな、私が預かって養っている。トリアとは私が預かってからの幼馴染と
いうところだな」
 はー、そんな事情が…人に歴史ありっていうか…。
「まあ、少々きついところもあるが…仲良くしてやってくれ」
「は、ははは…」
 きついなんてものじゃないです、ちょっぴり命の危険を感じます…なんて言えないよなぁ。


 お土産にでかい魚をもらい、俺はそれを背負って帰路についた。
 結局フーラは俺をどうするつもりであそこに送り込んだんだろうか。
 「悩んでるのはあんただけじゃないのよ」と遠回しに伝えたかったのかもしれない…というのは
楽観しすぎだろうか。あやうくシメられるところだったし。
 でも、まあ…うん。明日から、トリアさんをもっと助けようという気分にはなれた。その点では
フーラに感謝しなくちゃいけない気がした。

 人にはいろいろ事情があって、人にはそれぞれ弱みもあって。
 俺はヒトだということ、トリアさんには敏感過ぎる目、フーラは…複雑な家庭事情、だろうか?
 とにかく、それぞれの立場でやれることをやってくしかないってことなんだろうな、きっと。


 そんな高尚なことを考えていたせいだろうか。
 俺の前に、さらに複雑な事情が立ちはだかったのは。


 日暮れの帰り道、それは最初、子供のように見えた。
「ん、迷子かな…?」
 しかし、風に紛れておかしな音が…。

  ウィーン… ウィーン…

 モーター音? この世界で?
 不思議に思いつつ、その小さな籠を背負った子供にだんだん近付いていく。
 モーター音も、なぜだかだんだん大きくなった。ついでに、

  ウィーン…カチャ… ウィーン…カチャ…

 足音のようなものが、続いて聞こえ始める。そして気のせいか、それは子供の足の動きと完全に
シンクロしているような気がした。
 いやな予感がして足が止まる。俺は目を凝らして、その怪しげな子供をじっと観察した。


――誰そ彼時と、ヒトのいう
――逢魔が刻と、ヒトのいう


≪そこにいるのは、ヒト、ですか?≫
 妙な合成音声で、そいつが喋った。
≪ここはどこでしょう≫
 そいつはどうみても…、

≪そして、ワタシは誰なんでしょう…≫

 ASIMO、だった。



(つづく)

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