万獣の詩外伝 MONOGURUI 009
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アシスタントディレクターというのは、言ってしまえば雑用全般の何でも屋であるが。
「…………」
大陸最北端に位置するアトシャーマは、年中を荒れ狂う猛吹雪に包まれた極寒都市、
「……Zzz...」
自然三脚を肩に担いだヘビ少年の表情の中には、曖昧があった。
狼国以北、北上によって低下した年平均気温の度数おびただしく、
それによって生じた少年の体温低下、実に平時の平均と比べて引くことの12余℃。
白夜も終わりを告げる秋の初め、雪と氷に閉ざされたこの地において、
少年の体内ではすでに冬眠モード発令警報がひっきりなしに鳴り響いている状態であり、
到底サカナやヘビといった変温種族が暮らせる環境にはなかった。
ブリザドに弱きは、爬虫類の定め。
ずるっ
“べちゃん” がしゃあん
「?!!?」
こけた。
「!! イェスパーどの!」
「だ、大丈……」
“ずむッ” どさどさばさばさ
「ばっ!?」
刹那床にへたばったヘビの頭上に走る、尋常ならざる衝撃。
「……ラスキさんは休んでいいとは申してござらぬ」
(な……)
犬耳少女が頭に落としたのは。
事典ほどの厚さもあるファイル束であった。
「ん? どうした、ホレ、拾わないでござるか?」
「…………」
「具合悪いんならもうホテル帰って休んでたらどうでござる? わわわわんわーん♪」
「………ッ」
(こ、)
(このアマ……!!)
転んだ拍子に石畳でヒザの鱗を擦りむいた痛みや、
三脚で尻尾の先を挟んだ痛みなどを堪えてぷるぷると立ち上がるヘビ少年。
「…なんの、これしき……」
――心にファイヤーである。
――心にファイヤーが、モルヒネのように冬眠命令を打ち消しているのだ。
(こいつ、いつか必ず…!)
必ず。
……必ず?
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さてジュースはあるが、さすがに缶ジュースの自動販売機とかはない世界だ。
「あそこのカフェテラスで休憩しようか」
街の名所撮影が一通り終わると、イヌの主任の音頭でしばらく休憩を取る事になった。
青々とした果樹の生い茂る都市の最外縁部ほどではないが、
それでも街の中枢区域から離れると気温も7~8℃程度、
風が冷たくて肌寒いのに違いはないが、雪が降らない分だけ幾分過ごしやすくなる。
「あ、ジュースだ。見て見てラスキさん、あそこでジュース絞ってるでござるよ!」
「…ティルちゃんはホント元気だよですよねー……」
ぐいぐい上司のコートの端を引っ張ってイヌの少女が指差す先では、
エプロンを掛けた垂れ耳のオスウサギが何かの器具に半分に割った果実をセットし、
ものすごい勢いでぎゅるぎゅるジュースを絞っていた。
横にあるガラス製のタンク群の中には、赤、青、黄、緑、橙、桃、白、
様々な色の果物ジュースに野菜ジュースが入れられている。
……果汁が金属の缶に入れられて機械の箱で売られてるわけじゃないこの世界では、
別にそこまで珍しい光景ではないはずなのだが。
「…………(キラキラ)」
やっぱり『こういうの』を見るのがやたら好きな子って、どの世界にでもいるものらしい。
そもそもタコヤキやワタアメが作られるのとかも、
飽きもしないで延々眺めているような、そういう子である。
すんごい目ぇキラキラ。
めっちゃアイフル。
「ヘビ公、お前ちょっと『冷たい』の列に並んでオレンジジュース買って来いござる!」
いきなり命令来ました。
「……なんでぼくが 「「ん~? お前先輩の命令が聞けないでござるか~?」」
えっへんと腰に手を当てて胸を張り、尻尾も反り返らせたその様子から見るに、
どうやら今日はすこぶる機嫌が良いらしいが、
でも明らかに調子に乗ってます、本当にありがとうございました。
これは確実にケンカになるかと思いきや――
「……ワカリマシタ、センパイ」
「おお!?」
すっくと立ち上がってスタスタと歩いていくイェスパー。
今日はまた妙に素直である。
「……珍しいわね、雪でも降る……でなくて、雪が降ってるからかしら?」
“冬はコタツで丸くなりたい”とでも言いたげに、
ぐでらっとテーブルの上に突っ伏して休息に専念しているキャロ女史に対し、
「いやいやキャロさん、ようやくあのハチュールイ野郎もテイルナートの事を先輩だって
認めただけの事でござるよ、これもテイルナートの『ひととく』の成せる業♪」
「ティル君、『ひととく』違う、『じんとく』、『じんとく』」
「そう人徳!!」
ほとほと頭の中がお花畑なわんわん少女。
「……なんかイヤな予感がしますですよ」
はたして。
「ささ、ティル先輩、まずはご一献」
「うむ!」
差し出されたグラスは――
パシャッ
「あ」「ちょ」「これは……蘇王維!」
――思いっきり斜め45度で振り抜かれていた。
「あ、すみませんセンパイ」
「…………」
ぼたぼたと髪からオレンジジュースを滴らせる“センパイ”を前にして、
悪びれもせずに冷ややかな目でしれっと言い放つ少年は。
「――ブリザドに弱いもんで」
どうやら“ごっめぇ~ん、ヘビ寒さに弱いから手元狂っちゃったぁ”と言いたいらしい。
「…………」
フルクトースたっぷりの果汁100%オレンジジュースは、
すぐに拭いても髪がべたべたになるのを避けられない悪魔の糖蜜液である。
「それにしてもさすがセンパイ」
アラビアンの誇りは失えど、腐っても元王族のイェスパー・ユルングは、
「水も滴るいい女って言うんですか?」
「………!!!」
気弱系の奉仕系ショタと見せかけつつ、実は意外と戯れの出来ない男よ。
――げし。
「…!」
――げしっ、げし。
「…?!」
「………」
げしげし、げしげしゲシゲシ!
「!、!、!、!」
「ッ、!!、!!」
ゲシゲシガッガッ! ガシガシゲシガシガガガガガガガガッ!!
……醜い足の踏みつけ合いである。
このような二人の実に子供じみたいがみ合いを、見て見ぬふりする情けが
ネコの副主任女史とタカのカメラマンにも存在していた。
「…それにしてもあの二人は仲がいいねえ」
「「どこが!!!?」」
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「はぁ…はぁ…はぁ……」
押し上げる双丘が大きすぎておへそが見えてしまっているシャツの下で、
荒い息を吐く肉体と、汗ばんだ肌。
そしてそんな微かに濡れた肌の上を、別の生き物のように這う鱗に覆われた手。
「はぅ…あぅ、あぅっ……」
片手に余る膨らみをやわやわと弄んで、時々先端の突起をはじいてやる度に。
あるいは下着の中に滑り込ませたもう片方の手でもって、
くりくりと秘裂の上部の突起をいじくり回してやる度に、
荒い息遣いに混じり、何かを堪えるようなくぐもった鳴き声が唇から漏れる。
「んっ……ふ……」
「――どうしようもない女だな」
「!!?」
細長く赤い舌が、寄せるようにして耳の裏側に潜り込んだ。
「あんなにラスキさんラスキさん言っときながら、別の男に抱かれてこんな感じてるんだ」
「ッ! ちっ、ちが……あうっ?!」
きゅうっとシャツの下で桃色の突起を摘まれて、
電撃に打たれたかのようにびくんと仰け反る彼女の背筋。
「違うわけないだろ。ほら、こんなにぐちゅぐちゅになるまで濡らしちゃって…」
「いや……いやあぁ……」
わざわざ見えるようにぐっと押し広げられて隙間を空けられた布と秘裂の間には、
ねっとりと透明な粘液が糸を引いて織り機のように縦糸を渡しており。
否定するようにぎゅっと目を瞑ってふるふると振られた顔からは一雫の水滴が零れる。
…しかしそれをあざ笑うかのように、
カクカクと震える右脚には成人男性の太股ほどの太さもある尾がずるずると這いずり、
幾重にも巻きついて次第に高く高く、
ちょうど夜舞台の踊り子が客を誘うのと同じ姿勢へと彼女をいざない向かわせていた。
震えるつま先の親指の隙に、自ら挟み込まれるようにして尾の先端が潜り込む。
やがて布地の隙間から強引にねじ込まれた剛直が、濡れた割目の上に擦り付けられて、
「…い!? …やっ……。 …こんなの……入んな……」
そのずっしりとした重量と肉の密度に、彼女は慄きの声を上げるのだけど。
「入んな――っあ、あ!? あっ、あ、あ、あッ! あッ!!」
その瞬間、ぎゅっと摘まれたのは尻から生えた彼女の茶毛尾の付け根。
「……入らない、はずないだろ?」
「ひっ、いや、しっぽ、いやぁっ、いやあぁっ!! いやああああああッ?!」
「こんなに……ぐしょぐしょに濡らしといて…?」
囁けど、耳に入らず。
ぐりぐりと爪を立てて揉むに従い、びくびくと四肢を引き攣らせて瞳の焦点を泳がし、
「あっ、ああっ、あああぁっ、んふあああああああんんんんんんッ!!」
それでも苛めるのをやめないと、とうとう半開きの口から唾液と共に叫びを漏らしながら、
「やだあああああっ、しっぽやだああああッ! お腹、お腹の奥、熱い、熱いいぃぃ――」
泣き叫ぶ彼女の股間に、有無を言わさず肉棒を宛がっ――…
……むくっ
チュンチュン、チュン…
…――ったところで、目が覚めました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カリカリカリカリ。
カリカリカリカリ。
「…イェスパー? どうしましたですか? 今日はいつにも増して雰囲気が暗いですよ?」
「…………」
「ほんっと辛気くさいでござるなー、これだからヘビ公はじめっとしたイヤ――
ビクッ!
「…??」
「…あれ? イェスパー? …ホント今日はどうしたんですか?」
……何かの間違いだ、何かの間違いに違いない。
……そういう事にしておこう。