猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

蒼拳のオラトリア 第四話

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匿名ユーザー

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――ニューヨーク州 ロングアイランド
――モントーク キャンプ・ヒーロー空軍基地


 大勢のスタッフが慌しく走りまわる実験棟の中、奇ッ怪な機材で埋め尽くされたホールを見渡す
テラスに、二人の人物が立っていた。
 一人は白衣と眼鏡をした老人…おそらく現場責任者であろうか。
 もう一人は、その場にそぐわぬ紐飾りのある軍服の男…おそらくは視察であろう。
 老人が眼鏡の奥でギラつく目を精一杯笑みのかたちに歪めて、軍服の男に握手を求めた。
「このような国庫の無駄遣いの現場へ、わざわざようこそお越し下さいました」
「謙遜か、それとも今もそこに金を注ぎ込み続ける我々への皮肉かね」
「いえいえ…結果が出せぬはわしらの不始末、予算を割いていただいておるのに皮肉など…」
「…ふん」
 老人に興味を失ったように握手を切り、軍服の男がホールを眺める。ホールの中央では、機材の
谷に埋もれるように一隻の大型艦船が鎮座していた。
「記録上は解体済の廃艦とはいえ、艦一隻をまるまる突入用のエアバックがわりに使うとは…」
「落ちた先になにがあるかわかりませんからな…火星と違って、観測して落着地点を決めるという
わけにもいきませぬので」
 老人がスタッフに手を振って合図をすると、艦を取り囲む機材に一斉に火が入った。
 無数のコイル、変電機、冷却機、観測機がフル稼動し、実験対象へと電磁場が集束していく。
「さて、我々のモントークボーイは結果を出してくれるのかな」
「神のみぞ知る、でございますよ」

 数秒後、眩い緑色の怪光が船体を包み、駆逐艦「ダイアクロン」は地上より消失した。



  蒼拳のオラトリア 第四話「…なんで泣いてるのよ」



 タコ女に襲われた数日後。
 トリアさんの付き添いできた市場は、俺の想像以上にさまざまな人種たちで溢れかえっていた。


 威勢良くバナナのたたき売りをしているネコ顔のおっさん。

 スリの手を掴んで捻りあげているイヌ頭の軍人さん。

 俺を裏通りに誘おうとしたウサギ耳の色っぽいおねーさん。
(あやうく引っ張り込まれる寸前でトリアさんに助けられた)

 綺麗な反物を軒先に並べたキツネ耳の呉服屋さん。

 ぶつかったやつを速攻蹴り飛ばしていた立派なトサカのニワトリ男。
(ジュリーを口ずさんでいたように聞こえたのは気のせいにしておこう)

 楽器を演奏して踊ったり水晶玉であやしげな占いをしていたヒツジの大道芸人たち。

 なぜか大道芸の笛の音につられて立ったり座ったりしてたヘビ頭のあんちゃん。
(自分のところにおひねり投げられて目を白黒させてたな)

 少林寺の坊さんの恰好した筋骨隆々のライオン男。


 たまに例外はあるものの、男はみんな獣頭人身、女性は動物の擬人化娘といった風情。不自然に
思うのは俺の感性の問題で、彼らにしてみればヒトだらけの俺の世界の方が不自然なんだろう。
 とはいえ、俺に物見遊山気分でキョロキョロしている余裕はなかった。なにせ、フードを目深に
かぶってこの忌々しい代物を隠さなくちゃならんのだ。
「…似合ってるのに」
 トリアさんが残念そうに呟いて、フードごしに小さく突き出た二つの突起をつんつんと突つく。
 どやかましいです、何が哀しくてショタでもないのにネコミミ野郎に扮しなきゃならんのですか。
うちの両親が見たら存分に爆笑したあと、世をはかなんでフライハイしちまいますよ…。
 ちなみに、そういうトリアさんもパーカーのフードをしっかりかぶってたりする。サンバイザー
がわりになって、昼の日差しの眩しさも多少ましになるんだとか。フードの端からぴょこぴょこと
覗いてる四本の触角がなんとなくまぬけだ。
「とりあえず、これでだいたいの用事は済んだけど…」
 籠の中のハムっぽいものと野菜類を覗きこんでから、トリアさんはこっちをちらりと見た。
「…ミナミは、何か見たいものがある?」
 さて、そう言われてもこっちはおのぼりさんどころか異世界人だ。どんなものがあって何が面白
そうだとか、おすすめ店の載ってる雑誌を読んだわけでもないので皆目見当もつかない……うむむ。
 あ、そうだ。
「歩きまわってちょっと喉がかわきましたし、どこかでお茶にでもしません?」
「そうね……あ、ちょっと待って」
 ふとトリアさんがある露店の前で足を止める。
「買い忘れがあったから、そこで待ってて」
「はい」
 トリアさんが露店の主のところに行ったので、俺は籠を預かって少しそのへんで休むことにした。
 ただ突っ立って見ているだけでも、でかいのちっこいの色んな人たちが通りすぎて正直飽きない。
子供の頃、水族館や動物園を物珍しげに駆けまわってたのを思い出すなあ。
 そんな風に油断していると、俺の肩をぽんぽんと叩くものがあった。

「…? !!!」

 振り向こうとした瞬間、抵抗する暇もなく物陰にぐいっと引きずり込まれた。
 感じたおぼえのあるぬるりとした触腕の感触に、即座に正体に察しがつく。
「っ…タコ女っ!?」
「はぁい♪」
 二人並ぶとほとんどぎりぎりの側溝に引き込まれ、俺はフーラと対面していた。
「『ちょっと喉がかわきましたし、どこかでお茶にでもしません?』ですって? あらあら、もう
彼女とのデート気分? 妬けちゃうわねぇ…」
 にやにやと口元を歪めつつ、俺の頬をつうっと撫でるタコ女。
「あんたまさか、あの夜の警告を忘れたわけじゃないでしょうね」
「うるさい、俺は単なる荷物持ちだ!」
「そのわりにはイチャイチャ楽しそうだったじゃなあい…? ほんと、何度××切り落として縊り
殺してやろうと思ったことか…!」
 そういってズボンの上から俺のモノをきゅっと掴まれる。ううっ、ヤンデレタコ女に掴まれても
全然嬉しくねぇ…ついでにストーカー属性も乗っけて満貫確定って感じ…。
「あたしができないと思ってるんでしょ…いいわよ、ためしに片方潰してあげればおとなしくなる
かしらね…」
 ぐぐっと手に力をこめられる。…や、やめろ、洒落になってないぞっ!

「ミナミ、終わったよ…ミナミ?」

「…ちっ…」
 俺を探すトリアさんの声を聞いて、フーラはするりと離れた。思わずほっと息をつく。
「あたしに会ったことはトリアには言わないのよ、まだ長生きしたければね」
 そう告げると、タコ女はすうっと体色を変えつつ側溝の奥に消えた。完全に妖怪だなあいつ…。
「…ミナミ、そんなところでどうしたの」
「いえ、別に……いいタイルだなぁと思って」
 側溝の壁に張りつく俺を覗きこんで不思議そうなトリアさんに、俺はそういってお茶を濁した。

「あー…なんかどっと疲れた…」
 フーラに遭ったことによる疲労が背負い籠にのしかかるのを感じつつだらだらと歩いていると、
トリアさんが少し心配そうにこちらを見た。
「なれない人ごみに長くいたせいかな…」
「面目ないです…」
 しかし、なんだってフーラはあんなにトリアさんに執着するんだか…親友をとられそうな友人の
行動にしては行き過ぎだよなぁ。やっぱあいつ、百合なんだろうか…。ウミユリってあんまり綺麗
じゃなかったような気がするなぁ…ていうか、そもそも植物ですらなかったような…。
「早く帰って、今日はゆっくり休んで……!?」
 不意に、トリアさんが俺の背後の空を見上げてかたまった。
 不審に思い、俺もそっちを振り向いてみる……何もない、いい天気だ。
「…そんな…」
 どうしたのかとトリアさんの方を振り向くと、蒼白になって絶望的な声を出していた。そして、
すうっと大きく息を吸いこみ、叫んだ。

「 み ん な 逃 げ て 、 早 く ! 」

 いつものかすれたような声とは比較にならない、凛とした大音声だった。
 思わず、通りを歩いていた人たちが足を止めるほどの。
 そして次の瞬間、異常が起こった。

 港町の空を緑色の怪光が染め上げ、そして。


 全長180mの、鉄の軍艦が降ってきた。


 ほぼ真下にいた俺には、まるで空が降ってきたように見えて。
 足がすくむとかじゃなく、ああ、逃げられないと思った。

  ずしんっ!

 しかし、重苦しい落下音は観念して目を閉じた俺のはるか頭上で起こった。
「へ…?」
 ゆっくり目を開くと、光のネットのようなものが落下物を受け止めていた。助かった、のか…?
 見ると、光のネットは町の四方に立つ尖塔から伸びていた。
「ミナミ、急いで! あまりもたない!」
 トリアさんの声に、思い出したように通りの人たちが悲鳴をあげて逃げまどいはじめた。人波に
呑み込まれそうになった俺は、慌ててさっきフーラに引っ張り込まれたような側溝に逃れる。
 振り向くと、トリアさんの姿がなかった。
「トリアさん!?」
 そのとき、逃げ惑う人の波を飛び越え、建物の屋根を踏み台にして跳躍するものがあった。
 あのパーカーは間違いない、トリアさんだ…!

――身体強化魔法、詠唱開始
――青龍殿に状況送信、限定解除申請
――強化魔法発動、限定解除承認を確認

 ピーカーブスタイルに構えたトリアさんが光のネットを足場にし、飛ぶように駆けていく。
 その先には、今にもネットを突き破りそうな鉄の軍艦。まさかトリアさん、あれを自分ひとりで
どうにかする気なのか!?

――拘束解除(ブレイク ザ チェイン)

 低く構えたトリアさんが軍艦の横腹に辿り着く。同時にトリアさんの拳が一瞬光の縛鎖を纏い、
即座にその鎖が砕け散る。
 そして彼女は右の拳を構え、思いきり……振り抜いた!!

「――88(アハトアハト)……ソニックッ!!」

  ずぐおんっ!!

 軍艦の横腹に大きな亀裂が走り、恐らく数十tはあるはずの船体が、恐ろしいことにほんの少し
浮き上がった。
 だが、それだけ。

「くっ、浅い…!?」

 浮き上がったものはやがて落ちる。
 そして、もうネットは耐えられない。

 おしまいだ。

 …いや、違う。
 俺は見た。破れかけていたネットに、別の光が重ねられていく。
 思わず光の発生源を見る。それは、あのときおひねりを投げられて戸惑っていたヘビあんちゃん
だった。逃げていく人たちの中に踏み止まって、彼は必死になにかを唱え続けていた。
 彼だけじゃない。あやしげな占い師のヒツジ婆さんも、叩き売りをしていたネコのおっさんも、
キツネ耳の呉服屋さんも、あの客引きしてたバニーのおねえさんまで。町中から光が集まってきて、
光の色も術の方式も違うけれど、ただあの軍艦をひととき抑えるために。

 そして、孤立無援だったトリアさんの元に走っていく影。
 あのスリを捕まえていたイヌの軍人さんが、ライオンの坊さんが、ジュリー好きのニワトリ男が、
トリアさんとともにあちこちから飛んでくる光を全身に受けて。


「――諸刃流・青眼崩し!!」
「――七孔噴血ッ!!」
「――闘・氣・王(ト・キ・オ)!!」
「――88(アハトアハト)スクエアッ!!」


  がッぎゃああああんっ


 四つの光の一点集中攻撃を受けて、軍艦がくの字にへし折れ、吹き飛んだ。
 町から遠く、人のいない方向へ。

 町のあちこちから歓声があがった。
 ヒツジ婆さんがヘビ兄さんの肩を叩き、呉服屋さんと叩き売りのおっさんが握手していた。
 イヌの軍人さんは何も言わずに立ち去り、ニワトリ男はバニーさんに抱きつかれていた。
 そしてトリアさんは、ムキムキの坊さんに握手を求められて困っていた。
 俺はそんな光景を、側溝からじっと見ていた。

 魔法の世界といわれて、そんなバカなと思っていた。
 科学よりも魔法が発達した世界なんて、よくあるライトノベルみたいで現実味がわかない。
 だが、今その魔法発動の現場を見てはっきりと実感した。
 科学文明は沢山の人に支えられてなりたっているが、俺たちはそのことにあまり気付かない。
 けれど彼らは、魔法という力で「人の心のつながり」「人の団結の力」をたしかに目の当たりに
できるのだ。

 なんと素晴らしい世界だろう。

 そして、俺は……その団結の中には決して入っていけないのだ。
 ヒトだから。魔力を持たないヒトであるから。

 ……なんと、哀しいことだろうか。

「あんた、まだこんなところにいたの?」
 むかつく声を聞いて振り向く。フーラが戻ってきていた。
「おまえこそ、トリアさんに見つかったらまずいんじゃなかったのか?」
 軽く憎まれ口を叩いたつもりだったが、フーラは俺の顔を見て怪訝な顔をしていた。

「…なんで泣いてるのよ」

 さあね……哀しいからじゃないか?



(つづく)

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