猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

蒼拳のオラトリア 第三話

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匿名ユーザー

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 気まずい一夜が過ぎ去って、俺の居候生活には必然的に変化が生じることになった。
 まず、トリアさんが朝起きてこなくなった。
 光にあまり強くないこともあって彼女は元々夜型の生活をしてたらしいのだが、落ちてきた俺が
ここでの暮らしに慣れるまではと、ここ一ヶ月は早起きして随分無理をしていたらしい。
 朝は俺一人で起き、トリアさんは昼に起きてくる。昼に出かけるのは変わらないものの、部屋の
掃除は夕方に、浜の掃除は夜にシフトした。…顔を合わせる時間が減り、会話も最低限になった。

 このままではいけない、とは思っている。
 だけど、顔を合わせるとどうしても鮮烈に思い出してしまうのだ。


『ねえ、気付いていた…?』
『私がずっと、あなたの胸板に釘づけになってたこと』

『この前、私の水着姿に興奮していたでしょう…?』

『食べちゃおう、かな』


 …向こうもとんでもないところを見られて、だいぶ混乱してたんだと思う。
 けど、それにしたって。普段のちょっと淡々とした感じのやりとりと結びつかないあの妖艶さは。
 思い出すたび、なんだか別人のようで……彼女と結び付けてはいけないような罪悪感があった。

 まあ、そんなことを考えつつも勃つものは勃ってしまうわけで。ここしばらくの俺のシモ処理の
メインディッシュは、そのときの記憶がヘビーローテーションで絶賛稼動中だった。男って弱い。



  蒼拳のオラトリア 第三話「ばらばらにして、魚のエサよ」



 熟考した挙句、俺はこうすることにした。
「トリアさん、これ売って金に替えてください」
「え…?」
 夕食の席で俺が差し出したのは、あの夜お亡くなりになった愛用の携帯だった。
「いいの? 大事なものなんじゃ…」
「いいんです。説明は難しいですけど、今持っててもどうせ役に立たんものですから。バッテリー
もこの間切れちゃいましたし」
「…そう…」
「売り上げもトリアさんが好きに使ってください。俺は居候の身ですから」
「でも……うん、わかった。ありがとう、ミナミ」
 しばらく迷っていたトリアさんだが、なにか思い立ったのかちゃんと受け取ってくれた。
 これが歩み寄るきっかけになるといいんだけど…。

 翌日の昼、潮が引くまでの時間を適当に泳いでると、いつものようにトリアさんが出かけていく
のが見えた。昨夜渡した携帯を売りに行くのだろう。
「トリアさーんっ、いってらっしゃーいっ!」
 大声で呼びかけながら手を振ると、トリアさんも軽く手を振って返してくれた。
 ようし、今日の潮干狩りは気合が入りそうだ。めざせバケツ二杯分!
「んどりゃああぁぁぁぁぁっ!」
 無闇に気力150超えした俺は、わけのわからん雄叫びをあげながらハイペースで泳ぎまくった。

 で、夕方。余計な体力を使った結果が俺の目の前にあった。
「は、ははは…ひさびさの半分以下……はあぁぁ~」
 ため息をついても現実は非情である。いつもの貝がどのくらいの値で売れてるか知らないけど、
下手するとあの携帯をガラクタとして買い叩かれた挙句、翌日の貝収入も俺のせいで壊滅的という
踏んだり蹴ったりの状況が待ってそうだ…。
 そういえば、いつもなら2、3時間程度で戻ってくるトリアさんが、今日に限って日が暮れても
帰ってこない。もしかしてほんとうに買い叩かれたんで、ちょっとでも高く売れるところを探して
まわってるのかも……ううう、思考が際限なくネガティブに沈んでいく。泳いで解消しようにも、
あと少しで夜の帳がおりてろくに何も見えなくなってしまう。また闇の中で溺れるのはごめんだ。
 とりあえず囲炉裏に火をおこし、貝汁でも作ろうと台所に準備に向かったところで、

 にゅるりと、なにかが体に巻きついた。

 な、な、な、なんだこれっ!? 少なくともトリアさんの腕とかじゃない、なんかタコかなにか
の触腕っぽい!?
「トーリアっ、ただいまぁ。うふふ、おどろいた?」
 耳元でなにやら艶めいた声がした。トリアって…俺をトリアさんと間違えてるのか?
「いつになく無用心だったねぇ。それに…あら、腕立て伏せのやりすぎで遂にムネがなくなっ…」
 もそもそと俺の胸板をまさぐった後、暴漢が俺の顔を後ろから覗き込んで息を呑むのを感じた。
「…あんた誰、ここで何してるのよ」
 そいつがしゅるりと体を離し、声を低めて言った。体が自由になったので俺もそちらを振り向く。
 タコが立っていた。
 …いや、なんかわりと大きめのムネをぶら下げてるし、体のラインも考えると恐らく女性だろう。
だが頭部の口元以外はタコそのものに見えたし、俺に巻きついていた触腕もどうみてもタコ。
 なるほど、ここがこういう奇想天外人間の支配する世界だっていうのは本当らしい。俺の見てる
間に、肩のところで二つに分かれていた触腕がしゅるしゅると一本にまとまり、普通の人間の両腕
へとトランスフォームした。
「答えなさいよ、口がきけないの?」
「俺は居候だ。トリアさんなら、落ち物を売りに行ってまだ帰ってきてない」
「居候? …ふぅん、あんたヒトなんだ。トリアに拾われて、お情けで養ってもらってるわけね」
 悪しざまな言いようにむかっときたが、たしかにその通りだった。
「やさしいのよね、あの子。誰にでも。……そこのところ勘違いするんじゃないよ、落ち物」
「あんた、トリアさんの知り合いか」
「気安くあの子をトリアなんて呼ばないでよ」
 ぎろりと睨まれた。炎に照らされてゆらゆらと揺れる影が、彼女の苛立ちを体現しているように
見えて肝の冷える感覚をおぼえる。
「あんたはオラトリアさまか、さもなくばご主人様って呼んでればいいのよ。トリアさんだなんて
図々しい……あんた、トリアと対等なつもり? お貴族さまのお人形風情が…」
 タコ女が怒気をはらんでじり、とこちらに距離をつめてきた。思わずじり、と後退する。
「…あんた、トリアを抱いたの?」
 ストレートに訊かれ、俺の脳裏にあの夜がフラッシュバックする。
「いや…それは、まだ…」
「まだって何? あんた、トリアを抱こうと思ってるの…ふぅん…」
 じり、また距離が詰まる。じり、距離を離す。
 かつり。かかとが炉端の段差に突き当たった。途端に、タコ女のシルエットがぶわっと膨張した。
 逃げようとして、段差でつまづきバランスを崩した。炉端に倒れた俺の上にタコ女が覆い被さる。
両手を拘束され、あの夜のように組み伏された。動きがとれなくなったのを確認すると、タコ女の
肢体がゆっくりと元のサイズ、元のかたちに戻っていく。
「くすくす…驚いた? あたしのカラダはわりと好きなようにカタチを変えられるの」
「どうする気だっ」
 俺を組み敷いてご満悦のタコ女を睨み返すと、タコ女は自分の唇をぺろりと舐めて言った。
「そうね…あんたがトリアにふさわしいかどうか味見してあげる。もしあたしを満足させることが
できなかったら…」
 組み敷いた両腕を一対の触腕に任せ、もう一対がまた分離すると俺の首にしゅるりと巻きついた。
「ばらばらにして、魚のエサよ」
 軽い力とはいえ首を絞めつけられ、一瞬呼吸が止まる。
 …なんで俺、毎回こんな目に遭うんだ…?
「心配ないわよ、トリアにはあんたがあたしの姿に驚いて逃げちゃったとでも…」

「フーラッ!」

 鋭い声がタコ女の背後から飛んで、タコ女が俺から弾かれるように飛びのいた。
 咳き込みながら玄関を見やると、トリアさんが帰ってきたところだった。た、たすかった…。
「おかえり、そしてただいまトリアっ」
 何事もなかったかのように挨拶するタコ女に、しかしトリアさんは厳しい表情を崩さない。
「…フーラ、ミナミに何をしたの?」
「(まだ)ナニもしてないわよぅ」
 いけしゃあしゃあと韜晦する、フーラというらしいタコ女。
「今晩はただいまの挨拶に来ただけだから、もう帰るわ」
「…そう」
 トリアさんににこにこと言いつつ、フーラは俺をぐいっと引き寄せて耳元に低い声で告げた。
「いいこと…トリアに手を出したら、全身の骨を砕いてあたしと同じカラダにしてあげるからね」
 こ、こいつ…! かっとなって襟首を掴んだ手を振り払おうとすると、フーラはすいっと離れ、
「またね、トリア」
 トリアさんの肩をぽんと叩いてさっさと出て行ってしまった。くっ、二度とくんな!
「大丈夫だった、ミナミ?」
「え、ええ、なんとか…しかし随分遅かったっすね」
「ああ、それは…」
 トリアさんは俺の疑問に対し、背負ってきたらしい大きな籠を示して答えた。
「これを買っていたの」
「へ…?」

 籠の中身は、大量の「男物の」衣類だった。
「実は、あのケータイとかいう落ち物が思った以上にいい値で売れたの」
「あ、そうなんですか?」
「使われている技術が向こうの最先端のものの上に、バッテリー切れ以外は無傷の品だったから、
”猫井”の人が目を輝かせて飛びついてきて…」
「ネコイ?」
「猫井技研…ネコの国で落ち物を研究して商品開発をしてる大企業。コタツやテレビを普及させて
大きなシェアを持ってる」
 そ、そんなんがいるんだ…商魂たくましいというかなんというか。
「それで、ミナミもいつまでも同じ服を洗って着まわしてるわけにはいかないから、ちょうどいい
サイズのヒト用の服を見繕ってきたというわけ…」
「そうだったんですか、すみませんわざわざ。…あれ、でも服を探してたにしても遅くないですか」
「…いかにもお人形に着せるようなのばかりで、ミナミに似合うようなまともな服を扱ってる店を
見つけるのにとっても手間取ったの…」
「ははは…」
 俺はペットショップに並んでいた犬用の服を思い浮かべた。うん、あんなのはたしかに嫌だ。
「ついでにこれも」
 トリアさんが籠の底の方を引っ掻き回して、なにかカチューシャのようなものを取り出した。

 不意に、脳裏を一時期大流行りしたアニメ主題歌がオーケストラアレンジで駆け抜けた。

「…あの、トリアさん…これは…?」
「? …見ての通り、ネコミミのカチューシャだけど」
「いや、ですからなしてこんなものが…」
「それは、ミナミが外出するときの危険を減らすため」
 そういって、俺の頭にすぽんとネコミミを設置した。
「…ほら、こうすればネコのマダラに見えるから、ヒト買いに狙われなくなる」
「はあ、そうですか…」
 今、絶対に鏡は覗きたくないと思った。


  ぬこみみもーど ぬこみみもーどDEATH♪


 …誰か、俺の脳内オーケストラを止めてくれ…。



(つづく)

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