水泳部の野望(仮)
部室棟2階。
黄昏迫る水泳部部室。
つんつんとしたトゲヒレが、窓際で、フェンス越しに外に見えるプールを見下ろしていた。
「失礼します」
入ってきた浅黒い肌の女生徒は、艶やかな笑みを浮かべる。
会議机にとん、とファイルを置いて、動かない後ろ姿に声をかけた。
「……首尾よく、予算を昨年度より多くもぎ取りましたわ」
「規模を広げた甲斐があったじゃないか」
先に居た人影は振り返らずに答える。
「規模、といっても、男子一人ですけれどね」
女生徒は、椅子を引いて腰掛けながら、艶やかな黒銀の髪をトゲヒレ耳にかけ、ファイルをめくった。
「十分さ」
喉が鳴る音が部室に響く。
「ええ。……更衣室の拡張、大会への出場出張費、……いろいろ稼げますわ」
ページを繰る音が響く。
「それで、肝心のあいつはどうなんだい?」
「それなりに適応していらっしゃるのでは? トリアにぞっこんみたいですし」
「……色恋沙汰ねえ。あの子がらみだと、蛸娘がうるさくて敵わないね」
「ふふ……珍しく、男だなんていって勧誘していらしたのに、ずいぶんな事」
「……この前、普通に水着姿だったら、妙に驚かれていたけどねえ」
人影は首をすくめた。
「あら、サカナ族が、トリ族と同じように、外性器をしまえる事をご存知でなかったのではなくて?」
「うなされているのが面白かったから、そのままにしておいたけれどねえ」
二人の笑い声が部室に響く。
予鈴がなる。
「あ、……そろそろ迎えの来る時間ですので、失礼いたしますわ」
「ああ」
帰ろうとする女生徒に、人影が振り向いて、声をかけた。
「……ところで、今も黒真珠の枷はつけているのかい?」
「もちろんですわ♪」
「他の、部員に仕込むんじゃないよ。……特にフーラあたりに」
くるっと、制服のスカートをまわして、女生徒が振り向いた。
「なんで、分かりましたの? せっかくお仕置きしてこようと思いましたのに」
「お仕置きは、飼ってるものだけにしておきな」
眼下に、暮れ始めたプールサイドが見える。
ひとり、ちょこんと、飛び込み台にビート板を抱えて、競泳水着ではなくスクール水着を来ているおかっぱ頭が見える。
「わかりましたわ。失礼いたします」
忍び笑いを零しながら、女生徒が去っていった。
部室棟は静けさを取り戻す。
おかっぱ頭がこちらをちらっと見上げた。
人影は、笑って、窓際から離れ、プールサイドへと足を向けた。
学園の夜はまだまだこれから。