猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

昨日よりも、明日よりも 02

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昨日よりも、明日よりも 第二話

 

 

賭場『灰猫』
賭けの胴元であり、またあらゆる賭けの仲介、判定、取立てを行う組織の名前でもある。
その支部兼支店の一つがこの街にあった。
朱風はそこの常連であり

「さて、今日の景気はどうかのう?」
「いらっしゃいませにゃ。ちょうどいい所に来たにゃ。飛んで火にいる夏の虫にゃ」

まぁ、色々とあったりする。

- 1 -

「いきなり物騒な挨拶じゃな」
「う~」

入り口受付にいたのはメスの猫だった。
猫にたまに見られる左右の瞳の色が違う異相貌の娘で、灰色の髪をショートカットにし、
そこに赤いメッシュを入れている。
顔見知り…と言うよりも友人と言ったほうが正しいのだろうか。

「いや唸られても困るんじゃが。そもそも何故ぬしが受付なぞやっておる」

この猫、『レダ』は実はこの支部の長だ。
当然の事ながら受付は本来の仕事の範疇外である。

「う~」
「…また負けたのかの?」
「ぎっくうっ」

このレダ、賭博組織の支部を一つ任されているにしては賭けに弱い。
正確に言えば何故か「金銭以外の賭け」にとことん弱い。
例えば「明日の仕事一日肩代わり」を賭けた勝負などには勝つ事が奇跡とすら言えるほど
の弱さだ。

「はぁ…まったく。ぬしは弱いんじゃからあまりそうした勝負はせん方が良いぞ?」
「家一軒を容赦にゃく巻き上げるようにゃ奴に言われたくないにゃ!それに今日は負けた
からここにいるわけじゃないにゃ!」

まだ幼い頃の話だが、朱風との「姉が建てたばかりの狐耳国風屋敷」を賭けた勝負にもあ
っさり負けていたりする。
多分に朱風がうまく話を誘導したと言うのもあるが、実際は半分自爆に近い形で負けてい
た。
直後に受けた姉からのお仕置きは人生観が変わるほどのものだったらしい。
それ以降色々と因縁が生じ、今では遊び仲間というか共犯者と言うか、まぁ仲は悪くない
間柄となっている。

「それよりもっ!」
「なんじゃ突然。今日のわしは賭けに興じに来ただけじゃぞ」
「いいからこっち来るにゃ!」
「いや、受付はどうするつも」
「そんにゃもんどうでもいいにゃ!」

多分、どうでも良くないと言うか後で叱られるのではないだろうか。
副支部長もその他の部下達もこの愛すべき支部長を可愛がってはいるが、厳しくもある。
仕事を放り出す事に関してはある程度諦めている向きもあるが。

(賭け事に関しては特に厳しいからのう)

当然、賭けの代償をほったらかしたとなれば相当な『教育』が待っているに違いない。
事あるごとに奴隷に躾けられる最近の自分を思い返し、同情とも同類が増える昏い喜びと
もつかぬ感情を覚える。

結局、二階の事務室の奥、支部長室に連れ込まれてしまった。
ちなみにここの『灰猫』は地上二階、地下三階建てだ。
今日は机の上に小さな樽が一つと無数の玩具のナイフが散乱している。
樽には人形のような物が入っていたり、ナイフが数本突き刺さっていたりと何だかよく分
からない事になっているが、処刑遊びか何かの玩具だろうか。

「あ、それはなんだかよく分からにゃいけど、落ち物の賭け道具らしいにゃ。本部から送
られて来たにゃ。後で一緒に試して遊ぶにゃー♪ 楽しみに…じゃにゃくて昨日の騒ぎは
一体どういう事にゃ!」
「昨日?朝、散歩の邪魔をした馬鹿を運河に叩き込んだ事かの?それとも小賢しいナンパ
野郎共を奴隷にブチのめさせた事かの?」

朝の相手については、なんでも遊ぶ金がないので融通して貰いたいだの必ず返すだのほざ
きながら肩に手をまわしてくるような雄猫だった。
見覚えがあるようなないような微妙な感じだったが、覚えていないか忘れているのならそ
の程度の相手なのだろう。
たまに早起きした日はふらりと早朝の町を散策するのが楽しみの一つなのだが、それを堂
々と邪魔してくれたので、逆に騙くらかして水に放り込んでやったのだ。

「後半にゃ。…と言うか前半のは初耳にゃよ!?」
「そうじゃったのか。まぁ話題になっておらんのならどうでもええじゃろう」
「んー…まあ、そうにゃんだけど…」
「うむ。元気に溺れておったから大丈夫じゃ」
「それは大丈夫とは言わないにゃ!」
「誰かが助けに飛び込みおったから問題なかろ」
「…それを先に言うにゃ」

その後どうなったのかは興味がなかったのでさっさと帰ったが。

「さて、話は終わったようなので行かせてもらうぞ。それともそこの樽の玩具で遊んでみ
るかえ?」
「もちろん遊…って待つにゃ!いくらにゃんでも誤魔化せるわけないにゃよ!」
「誤魔化されかかっておいてよく言うのう」
「違うにゃ!ノリツッコミという奴にゃ!」
「解っておる解っておる。ノリツッコミじゃな?うむ、よう頑張った」
「うぎぎぎぎ…馬鹿にするにゃー!」
「相変わらず可愛いのう、ぬしは」

からかうと面白い、と言うより可愛らしい。
地団駄を踏むという言葉をそのまま体で表現して微笑ましく見えるのは珍しい。
そうした所も気に入っている理由の一つだ。

「それで、なんじゃ?」
「まずはこれを聞くにゃ」

と、机の引き出しから書類を取り出す。
ぺらぺらと数枚めくり、目的の箇所を読み上げ始める。
どうやら昨日の乱闘騒ぎに関する報告書のようだ。

「まず重症にゃのが一人。気管が潰されかけて声が出せにゃくなってるにゃ」
「ああ、あの時のか。足を払われ後頭部から落ちて苦しんでおる所に踏み付け…と言うか
踏み切りかのう、あれは。飛び蹴りの踏み切り台に使っとった。喉を」
「うにゃあああ!言うにゃ言うにゃ!あちしまで痛くなるにゃー!」

頭の上の耳を手で抑えてぶんぶんと頭を振る。
いつもの事だが「痛そうな話」にてんで弱い。
弱いと言うよりも既に恐怖症に近いかもしれない。
痛い話恐怖症。うん、面白い。
と、落ち着いたのかこちらを上目遣いで伺い、特に口を開けていない事を確認すると何事
もなかったかのように続きを読み上げ始めた。

「それと腕や顔の骨を折られたのが三人、うち一人は鼻と言うか顔が折れ曲がってえらい
事になったにゃ」
「耳を掴んで思いっきり頭突きしおったうえに前のめりになった所に肘打ちを入れて、更
に仰向けに倒れた所で踵の追い討ちかけとったからのう。しかも全部顔面。あれは痛そう
じゃった」
「ギにゃアアアア!」

今度は顔を覆ってゴロゴロと転がり始めた。

「…ぬし、仮にも裏の人間にも関わらず、それはどうなんじゃ?と言うか自分で話す分に
は平気で聞くのだけがダメというのも解せんのじゃがのう」
「痛いのいやにゃー、痛いのいやにゃー」

再び耳を抑えガタガタと震えているのを見て悪戯心が掻き立てられるが、話が進まないの
で仕方なく我慢する。

「分かった分かった。解説は控えてやるからはよう本題にうつれ」
「う~」

またもや上目遣いでこちらを睨みつつ唸っているのが可愛くて仕方ない。

「簡単に言えば揉み消しにお金がかかったにゃ」
「どうせぬしらの息がかかってない輩じゃろ。邪魔なのを潰せたんじゃからそれぐらいは
許容をするという取り決めの筈じゃ」
「あと何か勘違いしたのか、お仲間があちしらに喧嘩売ってきてるにゃ」
「…わしのせいではないぞ?」
「いーや、朱風のせいにゃ。最近騒動が多過ぎてそのたんびに庇ってるからこっちが黒幕
と思われてるに違いないにゃ。どうしてくれるにゃ!」

確かに、ここのところ奴隷の暴れっぷりを見るのが楽しくて、ついついそういう輩の集ま
りそうな所を好んでうろつき回っていた様な。

「…はしゃぎ過ぎたかの?」
「はしゃぎ過ぎにゃ。あと容赦なさ過ぎにゃ」
「それは奴隷に言うてくれ」
「いにゃいから朱風に言ってるにゃ。そもそも原因作ってるのが朱風だって事ぐらい、調
べはついてるにゃよ」

実際に絡んできているのは相手からだ。
とは言え『そういう場所』に近付いたり無防備にヒト奴隷をついて来させたりと目立つ行
動をしていた事は否めない。
ついでに言えばあまり噂になり過ぎないように場所や時間帯を少しずつずらしていたのも
事実だ。

「それで、どうするつもりじゃ?わしらを突き出すつもりかの?」
「…朱風のようなお得意様を突き出せるわけないにゃ」
「別に金を落としてはおらんぞ。むしろ毟り取っておるぐらいじゃ。付き合いの長さはあ
るじゃろうが」
「う~」

考えている事はわかる。
友人を売る気にはなれないのだろう。
組織の長としては大甘ではあるが…それはそれで意味がある。

「ま、よかろう。そういう事ならば少しぐらいは出してやらんでもない。問題は喧嘩を売
られていることじゃろうが、別にそういう事なら灰猫として叩き潰せばよかろう?」
「さすがに本部相手に喧嘩は売れないにゃ」
「本部、じゃと?」

『灰猫』本部。
レダの姉が総代兼本部長を勤める、規模的にも権力的にも『灰猫』中最大の場所だ。
そもそもこの『灰猫』自体が彼女達の祖父が立ち上げた物で、三代に渡ってその組織を受
け継いで来ている。
特に二代目…彼女達の父親は商才もさる事ながら博才もあり、その勢力を大きく広げてい
る。
現在は三代目に移ってから数年、それは同時にこの町に灰猫の支部ができ、レダが支部長
になってから同じ時間がたっている事を示していた。

「にゃんか、喧嘩したやつの中に『灰猫』本部の人が混じってたにゃ。ちょうどさっき来
て教育がなってにゃいとかで、治療費とか慰謝料とか請求されてるにゃ」
「…情けないのもおるもんじゃな。と言うか多分あやつじゃな。わしに最初に声をかけた
上に喧嘩になれば即座に後ろに下がり、最後の一人になったら逃げ出しおった馬鹿」
「とことんヘタレ顔をしてるんならそいつで間違いにゃいと思うにゃ。今は皆で接待して
るにゃ。人を遣って朱風を呼ぼうとした所にちょうど来てくれて助かったにゃ」
「ふむ」
「ねーちんもにゃんであんな奴雇ってるんかにゃア。あちしの方がまだ頭良いにゃ」
「ぬしより頭が悪いとは、哀れみを感じるほどの極限ギリギリ馬鹿じゃな」
「どう言う意味にゃ!」

ぷんぷん、という擬音付きで怒り出す。
だがその裏で実はかなり困っているのが見て取れる。
レダは支部長とは言え、実際には周囲からはお飾りとして見られていた。
正確にはこの支部以外の支部からは、だが。
それ故に本部やここ以外の支部からは軽く見られ、事あるごとにちょっかいをかけられて
いるのだ。
無理もない。
新設のここはともかくとして、他の支部は大半が彼女らの親の代に作られた物であり、レ
ダは親の(あるいは姉の)七光りで支部長になったと思われている。
それが面白く思われる筈がない。

「揉み消しの金を払わずともよいのであれば知恵を提供しても良いぞ?」
「うーん…それとしばらく騒ぎを起こすのを自重してくれるなら受けるにゃ」
「乗った」

と言う事で弱みに付け込ませてもらう。
実際問題、手持ちが少なく稼ぐためにここに来た以上、手段は選んでいられない。
騒ぎについては…まあ、そろそろ話題にもなってきた事だし、しばらくは大人しくしてい
てもいいだろう。

「ああ、それと先に言うておくが、多分本部から来たと言うのは嘘じゃぞ」
「にゃんで分かるにゃ?」
「ぬしの姉がぬしに害を及ぼしかねぬ者のを雇うわけがなかろう。そういう所では異常な
までに鼻が利くからのう、あやつは」
「でも、本部の魔法割符を持っていたにゃ」
「偽物じゃろ。さすがに何年も同じ物を使っておればそんなのも出る」
「そうにゃのかー」
「…ほんに可愛いのう、ぬしは」
「にゃ、にゃ」

眉間のあたりを指でぐりぐりと揉んでやる。
目を細めて気持ち良さそうにしているのが可愛らしいと思うが、あまりにも無防備なので
他の人間がいる場所ではやらない。
特に副支部長がいる場では。
以前副支部長にこの状態のレダの姿を見せた所、レダが夜中に朱風家に逃げ込むという騒
動が起こった事がある。
なぜそうなったのかはレダも副支部長も話したがらないが、察するところどうも副支部長
に『可愛がられた』ために逃げ出したようだ。
そちらの気があるようには見えないのだが、人は見かけによらないという事だろうか。


- 2 -


賭場『灰猫』地下2階 個室

地上一階は多数の客が提供された賭けを行う広間に、地下一階は一種の闘技場となってい
るが、地下二階には客同士一対一のような小規模な賭けを行うための個室が用意されてい
る。
その個室の一つが接待のために宛がわれていた。
最も金がかかっているVIPルームではないが、それなりに高級な部屋だ。

「別に二階の事務所でもよかろうに」
「うぅ、でももし機嫌を損ねてねーちんにある事ない事吹き込まれたらと思うとお仕置き
が恐くて仕方なかったにゃ」
「いやあやつはそう簡単には騙されんじゃろ。なんせわしですら騙すのに一苦労するよう
な輩じゃぞ」

などと雑談しながら部屋の前につく。
個室は基本的に完全防音となるように作られているため、扉も分厚く頑丈だ。
とりあえず呼び鈴を押し待っていると中から扉が開かれた。
副支部長だ。
レダと同じくやはり猫で(そもそもここは猫国だ)灰色と黒の混ざったブチ模様の耳と尻
尾をもち、黒髪をショートカットにまとめている。
名前は知らない。と言うよりも頑として明かさない。
名簿にも載っていなければレダですら知らないとの事なので徹底している。

「レダ様…と、朱風様」
「疲れておるな。交代じゃ。少し休め」
「ですが…」
「朱風の言う通りにするにゃ。大丈夫にゃ。あんなのぽぽいのぽいにゃ」
「はい。では、お言葉に甘えまして」

と一歩だけ下がる。
どうやら扉の外で待機するつもりらしい。
それでは休む事にはならないが

(レダの心配か。忠義者…とは単純に思えぬがのう)

と益体もない事を考える。
何故ならば扉の奥、部屋の中にいたのはニタニタと笑いを浮かべる昨日のチンピラ猫だっ
たからだ。
そんな物を見るぐらいならどうでもいい事を延々と考えていたほうが気が楽でいい。
しかしいつまでもそんな事をしているわけにも行かず、部屋に踏み込む。

「ずいぶん待たせてしまったようじゃのう。わしの代わりに支部代表として支部長が謝る
そうじゃ」
「にゃ!?そ、そんな話聞いてないにゃ!」
「冗談じゃよ」
「…どういう事ですか?」

目が合った瞬間に一瞬ビクついた小心者が必死に体裁を取り繕おうとしている。
余裕ぶった態度を見せようとしているが、結局そうした態度を『見せよう』とすればする
ほど余裕のなさは露呈するものだ。

「ま、なんじゃな。当事者であるわしとこの支部の責任者がおれば話も簡単にまとまると
言うものじゃろう」
「責任者?」
「あー、ぬしは『灰猫』なんじゃろう?」
「え、ええ、そうです。本部の、本部の『灰猫』です。あなたのような支部の『灰猫』と
は身分が違います」
「ならここにいるのがここの支部長だと知らぬはずもなかろうに」
「な、し、知っていますとも。もちろん。本部の人間がそれを知らないとでも?ただ、責
任者と言われたので他の方が出てくるのかと思っただけです」

(うっぜえにゃ。朱風の言うとおりこいつ絶対偽物にゃ。つーか『灰猫』を思いっくそ馬
鹿にしてるにゃ)
(ぬしより馬鹿なだけの事はあるのう…この程度の者が割符を作れるはずもないとは思う
が。どこかの一員にしても安直過ぎじゃ。誰かに乗せられただけのただの雑魚かのう?)
(きっと最近『灰猫』にちょっかいかけて来てる奴らにゃ。ねーちんがイラついててもう
少しであちしを襲うところだったから、相当ウザい奴らに違いないにゃ)
(そう単純であれば後々楽なんじゃがな)

と気付かれぬ程度の小声で囁き合う。
馬鹿を装っているだけかもしれないと思っていたが、見ている限りでは真正の馬鹿だ。
とは言え油断は出来ない。
こちらも相手よりほんの少しだけ頭の良い馬鹿を演じさせてもらうとしよう。

「では、当然受けて貰えるじゃろうな」
「…何をですか?」
「勝負じゃよ、勝負。『灰猫』は『灰猫』らしく賭け事で白黒つけるのが筋じゃろう?」
「い、いや。その前に賠償を」
「もちろん。ほれ、支部長。手付けがわりの分を渡してやれ」

(とりあえずは五百セパタほどでよかろ)
(五百?!高過ぎにゃよ!)
(見せ餌じゃ。きっちり取り返す。それと取立人を呼んでおけ)
(う~…約束にゃよ?)
(うむ、約束じゃ)

まあ約束を守ると言う保障はないのだが。

「さて、私はこれで…」
「おや、本部の人間が逃げるつもりかえ?それはまた恥晒しな事じゃな」
「なっ」

プライドを刺激する。
入ってくる直前の態度から『本部の人間』である事に(それが事実だろうと虚偽だろうと
)快感を覚えているのは間違いない。
ならば、それを方向を考えつつほんの少しだけ弄ってやれば、それは簡単に動機となる。

「ふ…いいでしょう。勝負方法は?」
「簡単なのが良いかの。コイントスはどうじゃろう?」
「構いませんよ」
「賭け金は五百セパタ、勝った方が総取りの一対一で」
「なっ…」
「おや、本部の人間ともあろう者がたった五百の勝負に尻込みとな?怪しいのう。本当に
『灰猫』なんじゃろうな?」

プライドを刺激するついでに疑っている事も伝えてやる。
一度は乗ってしまった以上はもはや降りにくく、それ以上に嘘がバレた時が恐いという事
に気付いた筈だ。
…真正の馬鹿には無意味かもしれないが。

(いや、朱風も『灰猫』じゃにゃいんだけど…)
(わざわざ正確な情報を教えてやる事もないじゃろ)

「…受けましょう」
「わしが当てればわしの勝ち、わしが外せばぬしの勝ちの一発勝負でどうじゃ?」
「構いません」
「では念のため記録させて貰うかの」

この部屋は元々客同士、それもランク的には高額を賭ける上流階級や裏世界の人間を対象
とした部屋だ。
故に完全防音であり、またトラブルを防止するための幾つかの仕掛けが用意されている。
その内の一つが猫井技研製の音声記録装置だ。
原理はよくわからないが、音の振動を記録しほぼそのまま再現できるとの事。
そうした『現象を保存する』事に関しては魔法よりも符の方が向いているし、実際に朱風
もそれは使えるが、どうやらそれとはかなり異なる方式らしい。
ヒト世界の蓄音機とかいう物を参考にしたと知り合いから聞いたことがあるが。

「勝負方法はコイントス。チップの『灰猫』の文字が書かれている側を表とし、どちらが
上になるかをわしが当てればわしの勝ち、外せば相手の勝ちとする。賭け金は五百セパタ。
勝った方が総取りで千セパタを得る勝負。受けるか?」
「受けましょう」

気付いているかいないかは解らないが、この時点で天秤はこちらに傾いた。
あとは裏をかかれない限りはこちらの勝ちだ。
そしてここまでのやりとりで確信した事がある。
この相手は正真正銘、真正の馬鹿である、と。

「そう言えばどちらが投げるのかを決めてなかったのう。ぬしはどちらが良い?」
「わっ、私が投げます!」

と言うわけでほんの少し呼び水を差してやれば面白い…否、つまらない程に策に乗ってく
る。
正直なところ張り合いがなくて少々つまらない。

(うっわイカサマする気満々にゃ。どうするにゃ?)
(無視じゃ)
(りょーかいにゃ…勝てるのかにゃ?)
(わしを信じよ。こやつ、思っていた以上に馬鹿じゃからな。放っておいても勝てる)

「使うチップは…これで良いか。ほれ」

と、適当に選んだチップを投げるが

「いえ、イカサマの可能性があるので私が選びます」

と拒否される。

(ど、どの口が言うにゃ。面白過ぎて吹き出しそうにゃ)
(我慢せい。わしも必死で堪えておる)
(つーか馬鹿にゃ。もし朱風が負けても実力で取り返せそうにゃ)
(まあ、金銭勝負に持ち込んだ時点でぬしでも勝てるじゃろうがな)

「まあ、よかろ。では投げて貰おうか」

本当は投げる前に賭けるのが正しいのだが、仕込みを生かすためにわざとせかす。
相手もイカサマをしたいのであれば投げてからの方がしやすいだろう、という思惑もある。
いずれにせよ素人。
どう騙すかもこちらの思うままだ。

「ええ…いきます!」

(うっわキャッチした後に感触で確かめてるにゃ。うちの店なら両手の指の関節二倍か半
減かの二択を選ばせるぐらいバレバレにゃ)
(イカサマというか小手先の技術じゃなぁ。しかも拙い。しかし二倍はなんとなく解るが
半減?)
(切るにゃ)
(…なるほど)

「ふむ。イカサマがないようにそこの机の上にでも置いて貰おうか」
「ええ、いいですよ。その代わり私が先に賭けさせていただきます」
「構わんが、わしが賭けるまで開示はなしじゃよ?」
「分かっておりますとも。では、表」
「そうか。ではわしの番じゃな」

この時点でほぼ間違いなくあのチップは表だろう。
だから当然自分はこう賭ける。

「表」

相手もレダも呆気に取られている。
この表情を見るのが実は密かな趣味だったりするのだが、それはともかく。

「…は?」
「ちょ、ちょっと、朱風?表は先にあいつが賭けてたにゃよ?」
「おや、そのようなルールは言っておらんかったが」
「確かに言ってはにゃかったけど…」
「コホン。ま、まあいいでしょう。二人とも当たりという事で、引き分けで。一発勝負で
すから賭け金の移動はなしという事で…」

実は『灰猫』ではないという負い目やイカサマをしていたと言う負い目からか特に抗議を
せず、とりあえず自分の利益確保に走ろうとするチンピラ。
それを許すとでも思っているのだろうか?

「引き分け?何を言うておる。わしの勝ちじゃ」

悠然と前に進み机の上のチップを確認する。
表だ。
勝利が確定する。

「記録しておいてよかったのう。では聞いてみるか。わしの勝ちの根拠を」

と音声を再生する。

「どちらが上になるかをわしが当てればわしの勝ち、外せば相手の勝ちとする」

まだ何の事だか解っていないようなので、少しずつ重要な部分に絞って再生する。

「わしが当てればわしの勝ち、外せば相手の勝ち」

この時点でレダが気づいたようだ。
さすがにあれだけ自分に騙されていれば、稚拙とは言え今回の仕掛けは見えて当然だろう。

「わしが当てればわしの勝ち」

しかしまだ相手は気づいていない。
これだけ絞っているというのに。
仕方なく解説し敗北を押し付けてやる事にする。

「つまり、今回の勝負はわしが当てるか否かの勝負じゃったという事じゃ。ぬしがどちら
に賭けようが関係なく、な。さてレダ。代金を取り立てるがよい」
「さ、さすが朱風にゃ!卑怯この上ないにゃ!詭弁にゃ!外道にゃ!そこに痺れる憧れる
にゃ!」
「この程度で褒められるとむしろ馬鹿にされとる気がするのう」

どうおちょくられたのかようやく気付いたのか、肩を震わせていたチンピラが激昂し始め
る。

「無効だ!」
「『灰猫』が正式に仲介、判定した賭けの代金を払わぬ、と?」
「ほ、本部に掛け合って無効にしてやる!」
「『灰猫』はたとえ構成員だろうと王族だろうと命の恩人だろうと容赦なく平等に取り立
てるにゃよ。耳と尻尾をぶった切られて見世物小屋に売り飛ばされたくなければ今ここで
払うにゃ。五百」
「あ…ぐ…」

レダにやり込められ言葉を失うチンピラ。
ちなみに実行している場面を見た事はないが、不払いのトラブルで行方不明者が存在する
事は知っている。
そこまでするかどうかはともかく似たような事はやっているのだろう。
レダが取立人を呼び出すと、がくりと肩を落としたチンピラ猫は特に抵抗する事無く引き
摺られていった。
方向からして恐らく『地下三階』に連れて行くようだ。
表向きの事務所である二階とは対極の、裏の事務所とも言える階。
殺される事はなくともそれなりの目にはあうだろう。

「助かったのにゃ~」

レダがへなへなとその場に座り込む。

「割符の変更を申請しておけ。物騒じゃからな」
「もちろんにゃ」
「まあ少し休んどれ。わしは上で少し稼ぐ」
「わかったにゃ。お手柔らかににゃー」

とは言うものの、今日は稼ぐつもりで来たので、手頃な相手がいなければ『灰猫』相手に
稼がざるを得ないのだが。
と、扉を開けたところには相変わらず副支部長が待機していた。
軽く挨拶をし脇を通り抜けようとした時。

「朱風様」
「む」
「割符の事についてお話が…」

やや剣呑な光を瞳に滲ませている。

「ふむ。やはりぬしは誤魔化せぬかのう」

彼女相手に嘘を突き通すのは少々厄介であり、また一つの案が思い浮かんだので正直に話
す事にした。

「やはりあれは本物なのですね?」
「恐らくはな。元にした刻符術はとっくの昔に廃れておるし、文献もほとんど残っておら
ん筈じゃ。そう簡単に再現は出来ぬはず」
「となると…」
「裏におるのは別の支部、かの。あやつの鼻が利くのは事実じゃが、先代からの部下まで
は掌握仕切れておらんじゃろう」
「すぐに彼の取調べを」
「無駄じゃろうな。止めはせぬが」
「…でしょうね。とは言え喧嘩を売ってきたのです。相応の処理は致しますので、今後は
ご迷惑をかける事はないかと」
「むしろわしが迷惑をかけたような気もするがのう」
「裏が『灰猫』である以上、朱風様はきっかけでしかありません。むしろ総代はそれを望
んでおられました」
「それは言うてよいのか?」
「朱風様であれば問題はないかと」

やはり。
レダを支部長にした時から妙だと思っていたが、これで何らかの思惑がある事がハッキリ
した。
そしてそれに自分が関わる事も恐らく彼女の想定のうちだろう。
その事に少々ひっかかりを覚えるが、かと言ってきっかけを作ったのは事実であり、無関
係でいる事は出来ない。
また自分のした仕事…割符の基本機能を利用されたのも気に食わない。
が、一応反論はしておく。

「ただの常連で部外者じゃぞ、わし」
「ご冗談を。総代と支部長のご友人で割符の製作者が部外者などと」
「製作と言うても大分前の話じゃし、今回の事であてにならぬと解った筈じゃが」

それは嘘だ。
実際には変更頻度をほんの少し増やすだけで、他支部であっても偽造は格段に難しくなる。
ましてや妹から直々の変更届けだ。
あの激症性姉バカがその願いを出来る限り迅速に叶えようとするのは想像に難くない。
しかし、副支部長は更に札を切ってくる。

「ご助力をお願いできませんでしょうか?」
「む。いくら出す?」
「五千」

五千セパタ。
かなりの額だが。

「八千」

容赦なく吊り上げる。
もっともこの副支部長相手ではあまり駆け引きの必要がないので、とりあえずの希望を出
しただけだ。

「…私どもの出せる分を合わせて七千が限度です」

そして一発で限界額を提示してくる。
この副支部長が限度を口にした以上、どのような交渉を行っても決してその額を超える事
はない。
額面的に増えたとしても、それ以外のデメリットで必ず一定の範囲を超えないように調整
してくるのだ。

「むー…ま、良かろう」

それ以上の交渉は無駄な労力を使うだけなので承諾する。
それに七千もあれば目標額には十分過ぎるほどだ。
今朝の占いはこれを予見したのか、と納得する。

「それにしても愛されておるのう、レダは」

自分達の出せる分を合わせて。
つまり二千は『灰猫』ではなくこの副支部長や他の部下達が出す、と言う事だろう。

「いえ、決してそういう訳では」
「ふむ?」

目を覗き込む。
じっと見つめ返してくる。
何も嘘はついていない、やましい事はないと訴えかける目だ。
だが、だからこそ嘘であると解る。
こうした事で狐を騙せるのは、同じ狐か狸ぐらいなものなのだ。

「ま、そういう事にしておこうかの」

が、あえてそこを指摘する事はしない。

「とりあえず新しい割符の機能を作るのに…2ヶ月じゃな」
「かかりますか」
「うむ、かかるかかる。何せ七千の仕事じゃからな。くく…存分に仕込ませてもらおうか
のう」
「よろしくお願いいたします」

久しぶりに大量の符を作らねばならない。
少々キツい仕事ではあるが、楽しみでもある。
今、自分がどこまで師に近付けたのかを知る事もできるのだから。

「…何か?」
「いやなに。仕事はやりがいのある方がより楽しめると思うての」
「頼もしい事です」

と、そこで扉が開かれる。
レダが一休みし終わったようだ。
こちらの姿を見つけるとなぜまだここにいるのかと少し不思議そうな顔をしたが、気を取
り直し

「あっけっかっぜー!…にゃにゃにゃっ!?」
「支部長…お仕事の方は?」
「にゃ、にゃ、あの、その…」

副支部長に見つかり(と言うよりも自分から副支部長のほうへ突進したような気もするが
)氷のような視線の威圧を受けている。
さすがに今日会ったばかりの頃の様子と先ほどの様子とを考えて、多少はフォローしてや
ろうかと思い、声をかけた。

「あー、今日の相手にレダを指名してよいかの?」
「朱風様…あまり甘やかさないでください」
「いやなに、落ち物があるそうではないか。遊び方を、こう、な?」
「そ、そそそそうにゃ!一緒にあそ…し、仕事にゃ!調査にゃ!」

遊ぶ気満々なのがバレバレなのだが。
もう少し腹芸と言うものを教えてやった方がいいのではないかと思ったが、教えた上で今
の状態だったら逆に怖いのでやめておく。

「はぁ…わかりました。ですが」
「わかってるにゃ。ちゃんと報告書は書くにゃ。でないとねーちんにも折檻され…」

ピタリ、と動きが止まる。
数瞬後。

「明日までに書き上げにゃいと間に合わにゃいっ!?」

絶叫した。
恐らく落ち物の調査報告の事だろう。

「た、た、助けてにゃー!」
「…朱風様」

二人の視線がこちらを向く。
レダはともかく、副支部長もこちらに手伝わせたいようだ。

「わし、忙しい」

さすがに面倒臭い。
…いかん、奴隷の思考が移ってきている。
事あるごとに「面倒臭い」と口に出しているのを聞いているので洗脳され始めたか。
しかしそんな抵抗も

「本日は支部長をご指名との事、先程承りましてございます」
「…しまったのう」

不用意に発していた一言であっさりと覆された。

「はぁ…あやつを連れてくるべきじゃったか」

今頃は草むしりをしているであろう奴隷を想い、ため息を吐く。
あの奴隷がいればもしかしたら即座に遊び方が…いや、それは無いか。
だが、近くにいるだけでも何かと便利なのも事実。
やはり今後は離れるべきではないかもしれない。

「あけかぜ~…」
「わかったから涙目で見つめぬように。あと副支部長もそれを見てトリップするでない!」
「…はっ!な、何の事でしょう?」


- 続 -

一方その頃。

「…暑い」

草むしりをはじめてから3時間。
幾度か休憩を挟んではいるものの、流れ落ちる汗は止まる事を知らない。
如雨露で水を蒔き土を柔らかくしてから雑草を引き抜いているのだが、問題はこの水だ。
打ち水のようなもので気温が下がるかと思ったが、逆に蒸発した水分のお陰でこの辺りだ
けやけに湿度が高い。
かと言って水を使わないと根まで抜けず、結局また同じ苦労を背負う事になる。
そんな面倒は御免被りたい。
せめて雲でもかかってくれればと思うが、今日に限って雲一つない快晴だった。
…今日の夕飯は独断で油揚げと肉を乗せた冷やしうどんにしよう、と決める。
それぐらいの自由はあるだろう。
それにしてもあのバカ主人がいないと平和でいい。
今後こうした単独行動が増える事を願いながら、草を抜き続けた。

 

 

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