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最高で最低の奴隷Ⅱ 下劣な金儲け 第2話

 
 
それほど広いとは言えない執務室で、セリスが凄まじい速度でファイルのページをめくっている。
その正面の机にはシルスが座っている。
「一体何、このふざけた数字は?」
まるで塩入のコーヒーを飲まされたような表情で、セリスはミリア達の領地の帳簿(極秘)を投げ捨てた。
「山岳地帯だから穀物の生産量が無いのは仕方ないけど、通行税や他の産業の収入がほとんど皆無じゃないか!!」
「…………それが普通じゃないのか?」
一応、この領地で一番偉いシルスがセリスの相手をする。
セリスがミリアの奴隷宣言をしてから、一番始めに顔見せしたのがシルスだったのだが、意外にもすんなりセリスの事を認めた。
襲いかかるのを想定して身構えたセリスにしては、毒気を抜かれた感じだったが、シルスは『どうせいつもの事だし』の一言で大きな溜息をついて了承してしまったのだ。
果たして魔王が奴隷になった事態を、その一言で片づけられる少年の心中とはいかがものだろう。
さすがの魔王セリスも少し気の毒になった。
 
「うわ、何その向上心のないセリフ!? そんなんだからいつまでもご主人様の尻に敷かれてるんだよ!!」
「………関係ないだろう。第一、産業だってこんな田舎で何をやるって言うんだ?」
「麻薬の栽培」
さらりとでたその言葉にシルスの頬が引きつる。
「おい、麻薬ってもしかして、あの薬のか?」
「それ以外何があるの?」
質問に質問を返され、シルスは絶句した。
「あのな、麻薬はどこの国でも御法度なんだぞ。それを栽培したら重罪確定じゃないか」
「確かにそうだろうね。この国の法律書にもそう書かれていたから、だけど―――」
そこでわざとらしく言葉を切り、まるで悪戯を思いついた幼児のような無邪気な笑顔を浮かべる。
シルスは非常にいやな予感がした。
セリスの浮かべた笑顔は、幼い頃から幼馴染みがろくでもない事を思いついた時に浮かべる笑顔ととてもそっくりだったからだ。
 
「この国で麻薬及び、要管理指定を受けている薬品は、この書類に書かれているのが全部で千数百種、これを不法に所持製造すると厳罰が下るんだ」
「だったら―」
「逆に言えば、これらの薬品以外は自由に造って売っても言いわけだ。と言う訳で、はいこれ」
セリスが反対側の手から新しい書類を取り出す。
「僕の考案した新しい薬、今までの麻薬に類を見ない依存性と効能だよ。一度使ったら、二度と薬なしじゃ生活できなくなるぐらいのね」
そう言いながら差し出された書類には、膨大な化学式と数式が虎の国の公用語で書かれていた。
もっとも公用語で書かれているとは言え、その内容を理解できる程シルスは専門家ではない。
「これを売り出せばヒット間違いなしだよ。間に仲介人を挟んでおけば、しばらくはばれる心配がないしね。禁止されたら、別の組成の麻薬を調合すればいいんだから――もっともこの国の技術じゃあ、検出する事も不可能だろうけど」
天使のような笑顔で悪魔の策謀を呟くセリスにシルスは頭が痛くなってきた。
「お前の言いたい事は分かったが、それだけ強い麻薬が出回ったら国内の治安やら、政治やらが不安定になるんじゃないのか?」
「だから国内じゃなくて外国に売るんだよ。そうすれば僕達は痛くも痒くもない」
あんに他国がどうなろうが知った事じゃないと言っているが、この世界において他国への気遣いなど偽善と策謀の混合物である。
そう言う意味ではセリスはこの世界に適応している。
 
「だけど、素人の俺が見ても何か凄く複雑みたいだが、猫の国とかならともかく、こんな田舎で作れるのか?」
虎の国は、猫の国やイヌの国と比べると、魔法も科学も大分遅れているため、複雑な組成の薬物を合成できる設備は王都などの大都会にしか存在していないのだ。
無論、こんな田舎領地にそんな設備はなく、日夜研究している王都の学者達が厳密な規定の上で定めた薬物の検査法の裏をかく薬品など造れる訳がない。
「まあ、確かにこの国のショボサには驚いたけどね」
二十四時間かけて、屋敷にあった文献と本を全て読破したセリスは、この国の技術の低さに驚いた。
「最速の乗り物が蒸気機関車って、どっかの観光地の話しかと思ったよ」
かって彼の住んでいた世界は科学と魔法が発達し、人々は遙かな星々の行き来しその版図を広げ、さらには遺伝子を改変しあらゆる生物を創造していた。
その彼の視点から見ると、この国は非常に歯がゆい物である。
ここ百年、魔法も科学もほとんど発達していないのだ。
まあ、その方が彼にとってもやりやすいのだが、
「ま、それは僕の腕の見せ所だから気にしなくていいよ」
 
セリスにあてがわれた部屋は埃だらけの書庫だった。
この屋敷の人達は本を読む習慣がないらしく、ほとんどの蔵書が読まれた形跡がない。
もっとも、こういう埃臭い所をセリスは嫌いではなかった。
長い時を過ごした場所はそれなりに威厳があり、掃除さえ丁寧にしてあれば問題はない物だ。
「さて、始めるか」
腕をまくって前に置かれた器具に向かい合う。
街の薬屋から持ってきた特に珍しいという器具ではないが、それも扱う物の腕次第でどんな事でも出来るのだ。
既存の薬品を秤にかけて計量、その後に熱処理などの様々な処置を施し、薬を精製する。
「何か用、ご主人様」
後ろにゆっくり忍び寄っていたミリアに、セリスは顔も向けずに用件を伺う。
「な、何で分かったの?」
「伊達に魔王なんて物やってないよ。それぐらい分からなくちゃ、僕がご主人様に仕えている価値はないでしょう」
背後を振り向き瓶詰めにした黄白色の粉末をミリアに差し出す。
 
「この粉末はおおよそ一ミリグラムを摂取すると既存の薬品とは全く違う原理で脳内物質のアドレナリンを分泌させて、多幸感を増進させるんだ。舐めてみる?」
まるで自分の玩具を見せびらかす子供のような表情で、セリスはミリアに進める。
勿論冗談である。
「え、いいの」
面白そうにビンの蓋を開けようとしたミリアから、セリスは薬を奪い取った。
「何するのよ!!」
「それはこっちのセリフだよ!! 僕の話聞いてなかったの!?」
進められた麻薬を安易に飲もうとするなど、当然ながらセリスは予想もしていない。
「――――ラムネか何かじゃないの?」
「違う、全然違う!! これは麻薬なの!!」
セリスの言葉にミリアが絶句する。
 
「な、何でそんな物を持ってるのよ!?」
「この領地は山岳地帯だからね。気候や地形を考えると、作物の収穫上昇はこれ以上望めない。かと言って通行の要でもないし、大した資源もない」
そこまで言ってセリスは指を一本立てて続けた。
「収入を増加させるには、何か産業が必要になってくるんだけど、利率や輸送費を考えると、麻薬産業でもやらない儲からないんだ。ざっと試算した結果、半年後には一ヶ月で今現在の十年分の収入が手に入るよ」
呆れたようなセリスの説明にミリアは目を丸くした。
「そんなにお金を集めて、戦争でもするのよ?」
「近いけど違うね。軍事じゃなくて政治、ご主人様の出世のために必要なお金さ」
完成品の麻薬を弄びながら、セリスはにっこり微笑む。
「出世って」
「仮にも僕が仕えるんだ。ご主人様にもそれなりの地位と権力を持って頂かないと」
そしてミリアの頭頂から、足下まで一瞥して溜息一つ。
「まあ、知性とか、スタイルとか、品性は妥協するとして」
「どういう意味よ?!」
「ん? ひょっとしてご主人様、自分は頭脳明瞭なスタイル抜群の淑女だと思ってるの?」
「うぐっ」
そう言われてしまうと、心当たりの多すぎるミリアに反論できない。
「あ、あんたね。仮にもあたしはあんたのご主人様なんだからもっと尊敬しなさいよ」
「うん、尊敬してるよ」
「……………本当?」
「建前だけは」
ミリアの疑わしい視線にセリスはあっさり本音を漏らす。
「なによそれ!?」
 
「ご主人様、学校の成績、理数系全然駄目でしょう」
「そ、そんな事無いわよ」
奴隷の冷たい視線にミリアは目を逸らす。
無論の事ながら、数学と科学で成績が最底辺を這っている事など秘密である。
「別にいいけど、子供じゃないんだから、他人があげるって言った物を無闇に口に入れないでよ」
「そんな事するわけないでしょう!?」
「………本当かな」
「本当よ!!」
胸を張るミリアだがその姿勢は、精神的にも肉体的にも男を説得する力はなかった。
「まあいいや、それよりお茶にしよう。丁度クッキーを焼いておいたからね」
セリスはお茶の準備を始めた。
 
「思うんだけどさ。あんた仮にも魔王なんでしょう。何でこんなに料理が上手な訳?」
紅茶を啜りながら、ミリアはふと疑問に思った事を口にした。
この召使い、自称魔王などと言っている割には家事がやたら上手なのである。
料理も掃除もそこらの使用人より、余程腕がいいのだ。
「家事は趣味みたいな物だからね。昔旅してた時は良くやったんだ」
セリスは主より余程優雅な仕草で、焼いたクッキーを頬張っている。
「それより、あたしは別に出世しなくてもいいわよ。そんな麻薬まで作ってまで」
「う~ん、我が主はおかしな事を言うな」
手にしていたカップを置いて少年はミリアの顔を覗き込んだ。
黒髪が白い頬を滑り、紅い瞳がミリアの鳶色の瞳を見つめる。
その仕草にミリアの脈拍数が急上昇した。
 
「ご主人様は何か欲しい物はないの? 僕は魔王なんだから、大抵の願いは叶えられるんだよ。大海すら埋め尽くす金銀財宝、いかな敵も打ち倒す力、最高の快楽に不死の命さえ望むならばご主人様の物なんだよ」
魔王――魔を統べる王に与えられる称号は伊達ではない。
不可能を可能にし、矛盾を現出し、不条理を操り、理不尽を振りかざし、限界を突破し、真理をねじ曲げ、彼方を見通して、その全てを超えてもなお届かぬ領域に魔王の力はあるのだ。
たかが虎人の小娘一人の願いなど叶える事など造作ない。
「そ、そんな事言われてもね」
赤くなった頬を隠すようにミリアは目を背ける。
元々ミリアは世界征服の野望とか立身出世とかには全く興味がないのだ。
それなりの欲をもつを持つ者なら喜び勇む申し出も、ミリアにとっては特にどうという物でもない。
さすがの魔王も無い願いは叶えられない。
 
「……………ご主人様って馬鹿なのか善人なのか………どっちかって言うと馬鹿だよね」
「このっ!!」
「ま、一回試しに権力の椅子に座ってみたら? 気に入るかもしれないよ」
怒れる主の拳をひらりひらりと、軽くかわしながら麻薬入りの瓶でお手玉する。
「このっ!! このっ!!」
不遜なる召使いに鉄拳の制裁を加えようとするが、全く持って当たらない。
「そう言えばご主人様、体はおかしくない?」
「何の事よ!?」
突然、両足から力が抜けてその場にへたり込む。
「な、何!?」
体に力を入れて起きあがろうとするが、筋肉に全く力が入らず指の一本も動かない。
「まあ大体これぐらいか、予想通りだね」
「い、一体何をしたのよ!?」
「何、ちょっとした軽めの麻薬をクッキーに練り込んでおいたんだよ。筋弛緩の効果がある薬でね。さすがの虎人でも、しばらくは動けないよ。あ、副作用とか依存性はないから安心してね。ちょっとした、実験だよ♪ 実験♪」
小唄でも口ずさみそうな調子でセリスはミリアを見下ろした。
 
「自分の主の体で実験するなんて、何考えてるのよ!?」
「だってー、ご主人様って根っからの野生児って感じだから、そう言う猛獣っぽい感じの虎人にもこの薬が効くかどうか調べたかったんだよ」
胸元に手を合わせて可愛く『てへ』と舌を出して主の怒りを緩和しようとしたが、ミリアはお気に召さなかったようだ。
「こ、殺す!! 体が動いたらいの一番にあんたをぶっ殺してやるわっ!!」
「おお、怖い。怖い。だから言ったでしょう。他人に貰った物をほいほい食べるなって」
主の恐ろしい宣言にセリスはやんわりと微笑んだ。
「だからって、ご主人様の食べ物に毒を盛るなっ!!」
「大丈夫だって、二、三十分もすれば麻痺は取れるから、じゃあね」
そのままミリアを放置してセリスは扉を開く。
「ちょっとどこ行くの!?」
「僕はこれでも忙しいんだ。ご主人様の遊びに付き合ってる暇はないんだよ」
それだけ言うとセリスはミリアを放置して、さっさと部屋を後にした。
「こ、この、後で憶えてなさいっっ!!」
それなりに大声で叫んだはずだが、ミリアの言葉はセリスの耳には届かなかった。