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古びた中にも、優雅さを醸し出す美しい町並みの中、イヌの女性が小気味良い足音を立てながら歩いていた。そして、その随分と後ろの方に、右手に望遠鏡を持ち、肩には、見るからに重そうな通信機を下げたヒトの女性がいた。ヒトの体力ではその通信機は重過ぎるようだが、悲しいかなこの世界の科学力では、携帯電話など存在し得るワケもない。最初の内は、それこそ昔のロンドンみたいな雰囲気を満喫できると思っていたが、捕まって売られそうになるわ、レイプされそうになるわで、幻滅するのに時間はかからなかった。まあ彼女の場合は、今の主人に拾ってもらったからいいものを、ダメならどうなっていたか、想像に難くない。それを思えば、今こうしてクソ重い通信機を背負って主人の仕事を手伝っているのも、割に合わないワケではない。 「こちらミツキ。クリフ先生、ターゲットはヘンゼ通りを南下中。これより追尾を開始します」 通信機に向かってそう呼び掛ける。呼び掛けながら、音を立てないよう細心の注意を払ってイヌの女性を追い掛けた。幸い相手は歩いているので、何とかついていく事はできているが、それでもこのペースをいつまで続けられるか分からない。 『ああ。僕の方からも確認できた。ミツキ君はそのまま尾行を続けてくれ。僕はキミと別の場所から、ターゲットが相手と接触する瞬間を待つ』「了解しました。先生」 少し遅れて返ってきた返答に、少し反感を持ちつつもミツキは答えた。あれで夢中になるとのめり込む方だから、2週間ぶりの仕事にはしゃいでいるのだろう。加えて報酬が入れば、切り詰めた貧乏生活ともおさらばして、肉を食べる事ができる。その姿を夢想しているのが、返事の遅れた一番の理由ではないかと、ミツキは睨んでいた。何せ探偵になるとかほざいて、ミツキを連れてお屋敷から抜け出した後、資金源は売れない探偵業と、クリフの姉が善意で援助してくれる分だけ。それも両親にばれないように、小額の融資だけだ。(まあ、貧乏でも愛があるから許したげるよ・・・・。でもさ、せめて養って。秘書とかならやるけど、力仕事は嫌だ)ターゲットの女性から目を離さずに、尾行を続行しながら、頭の中では全く別の事を考える。頭と身体の分化は、元の世界に居た頃から、ミツキの特技の一つだった。クリフの駄目なところを頭の中に羅列しながら尾行し続けていると、女性が途中の建物に入った。そこは、今はやりの小洒落たレストランだ。ヒトが一人で入るのは、流石にオカシイ。それも、こんな一般にあまり流通してない物々しい機械まで持って入ろうものならば、周りの目を集めること請け合い。さてこれからどうするか。どう対応すれば良いか悩んでるいると、前方からこちらに駆け寄ってくる足音に気付いた。長く艶やかな毛皮に包まれた、イヌの男性が駆け寄ってくる。ミツキと同様に重そうな機械を肩にかけている。しかし獣人の体力には、それほど気になるワケでもなさそうだ。軽快な足取りで走っていた。それは、紛れも無いミツキの主人。自称・名探偵こと、迷探偵クリフ=ヴァレンタインだ。 「ミツキ君、キミも見ただろう。僕達も彼女を追おう」 先ほどからずっとミツキが悩んでいる問題に、クリフは気付いていないようだ。いや、探偵として決して無能なワケではない。細かい見落としをミツキがフォローしてやりさえすれば、思いも寄らないひらめきで、事件を解決する事もある。ただ単に、夢中になり過ぎると、自分が見えなくなるだけだ。その辺をミツキがブレーキ掛けてあげて、そうして互いに補い合って、探偵業もやってきた。そう、今回もミツキの出番だ。このボケボケ探偵に、現実を教えてやらねばならない。 「先生、でもこんな機械を持ってレストランに入れば、周りのお客さん達に怪しまれませんか?ただでさえ、私みたいなヒトを連れてるなんて、珍しいんですし」 クリフとミツキの持っている通信機を指差して、言った。だいたい、こんな大掛かりな物をワザワザ持ち出す理由がよく分からない。尾行するにしても、これじゃ返って目立ってしまう。ターゲットの女性からは気付かれなかったが、ここまで来る間、ずっと道行く人々の視線を浴び続けていた。この世界に来てからは、誰かにジロジロ見られるのには嫌でも慣れるハメになったが、それでも奇異の視線を受けるというのは、慣れたとは言え耐え難いものだ。クリフのように、周りが見えなくなるほど、物事に熱中できる性格ならば、こんな苦悩を味わう事もないのだろうが、こればっかりは生まれ持った性格なのでどうしようもない。ああ、自分もボケになってしまいたいと思うが、そしたらクリフと合わせてボケが2人になってしまい、均衡が取れなくなってしまう。そうなってしまえば、『ヴァレンタイン探偵事務所』の経営はたちまち火の車と化すだろう。会計はできず、2人とも突っ走り、ブレーキの役目を果たす者が誰もいない。そんな探偵事務所に仕事を頼むような客は、いるとしたら顔が見てみたいものだ。 「そ、そうだね。この通信機をどうするか……」 ミツキの頭の中で繰り広げられる、おぞましい想像など知らず、クリフは今、目の前にある現実を突きつけられ、言葉を失っていた。ミツキの言う事はもっともで、クリフには反論のしようがない。ずれてしまったメガネの位置を直しながら、クリフは深く考え込んだ。こんな事なら通信機など持ってこなければ良かったと、今さらながら後悔する。だが、本当に今さらなので、後悔したところでもう遅い。結局クリフは、彼の頭の中に浮かぶ中で、もっとも妥当な方法を選択した。 「仕方ない。通信機はそこのゴミ箱に隠していこう」「えっ!?汚れが付いたら後で掃除するの私なんですよ」 レストランの横にある四角い直方体を指差して、クリフが言った。最近のゴミ箱は、円柱状よりもこちらの方がポピュラーだったりする。ミツキ個人としては、丸いほうが風情があって良いと思うのだが。(て、違う違う。私が言いたいのは形なんかじゃなくて)トリップして行きそうになっていった心を呼び戻し、現実的な問題に目を向ける。あのゴミ箱はターゲットの入って行った。レストランの横においてある。つまりだ、レストランの残飯やら、使い終わった紙ナプキンやら、そんなものが入れられてる可能性が高い。そんなところに精密機械を放り込もうとするクリフの思考回路はどうなっているのか、一度見てみたいものだ。それに、ヒトの身体能力では無理のある力仕事を覗いて、家事関係は全てミツキの仕事になっている。汚れたら掃除するのもミツキだし、壊れたら修理するのもそうだ。自分じゃ苦労してないのが、こんな事を言い出す原因なのではと、少し不安になる。 「大丈夫だ。それよりも今は、仕事をこなさなくてはならない。今、ターゲットの夫である依頼者の男性は、出勤している。そして彼女の交友関係はもう調べてあるだろう?今日は保育園の保護者会で、一緒にレストランに行く事はできない。つまり、残された可能性は一つ」「……ええ、それは分かってるんですが」「なら話しは早い!僕等も急ごう。音封石は僕が持っているし、心配は要らない」「ちょっ、先生・・・!!?」 そう言うなり、クリフはミツキの腕を引いてゴミ箱へ近付いて行く。ミツキが嫌がるのも気にせずに蓋を開けると、通信機をその中に入れ、丁寧にその上から別のゴミを被せて通信機を隠した。ミツキは、いったいこのゴミ箱から取り出したとき、どんな通信機が異臭を放っているのか考えただけでも恐ろしい気分になってしまう。だが、その脅威ならばイヌのクリフの方が苦しいだろう。なんせヒトとは比べ物にならない嗅覚を持っているのだから。2割の哀れみと8割の諦めを含んだ視線で、クリフを見詰めたあと、服のしわを伸ばし、お互いの身なりに妙なところが無いか、チェックし合う。割と高級な方のレストランだし、貧乏人のような格好では怪しまれる。幸い、クリフがが家出するときに、服だけは高級なのをかなりの数持って(盗んで?)きたらしい。生活が苦しいときに売ってしまったのも多いが、今着ているのも含めて数着の予備がある。今着てる服は、クリーニングに出したのは1ヶ月ほど前だが、目立った汚れも無いし、充分だろう。2人はレストランに向かって歩いて行くと、扉を開ける前にクリフが立ち止まった。もしや長年の極貧生活により、貧乏性が染み付いてしまい、高級レストランに入れないのだろうか。そう疑ってクリフの方を見ると、そうではないようだ。軽く微笑みながら、ミツキの腰に腕を回してきた。そう言えば、最近は2人でデートする時間が無かった。外に出るといえば、大体はビラ配りか、依頼を受けた仕事のどちらかだ。因みに前者の方が圧倒的に回数は多い。今回も仕事なのだが、不謹慎にもこのチャンスを生かしてデート気分を味わおうと思ってしまう。普段はミツキが『外食なんて勿体無い』と言って聞かず、安い屋台だって滅多に行く事ができない。 「さあ、自然に振る舞わなくては。僕がエスコートしよう」「……じゃ、よろしくお願いしますね。先生」「ああ。愛しいキミのため、喜んで勤めさせてもらうよ」 ミツキの頭を撫で、額に口付けを落し、桜色の唇を指でなぞる。屋外だという事もあり、ミツキは恥ずかしそうな表情をするが、腰にまわされた腕は、ミツキをがっしりと捕まえて放さない。仕事の途中にこんな事を始めてしまうクリフに不満を覚えつつも、本来ならここで制止するのがミツキの役目だ。しかしミツキまでも今の雰囲気に飲まれて、クリフのなすがままになり掛けていた。軽くウェーブのかかった美しい毛並みの中にある、優しい光りを帯びたクリフの両眼で見詰められ、さっき以上に体を密着させられる。そうされると、あっという間に顔が赤くなって熱を帯びて行くのが、ミツキ自身にも感じられた。 「ミツキ・・・・」「先生・・・・仕事中ですよ今は。イチャイチャしたいなら、まずは仕事を済ませてからにましょ。仕事中に関係ないことしてると、信用が落ちますよ」 ミツキはこのままではヤバイと気付き、近付いてくるクリフの鼻面を両手で抑えて動きを止めた。仮にも今いる場所は高級レストランの入り口だ。クリフならいざ知らず。こんな場所でいちゃついてられるほど、ミツキの神経は図太くない。後少しのところでお預けを喰らったクリフは、少し目を潤ませて、もの欲しそうな目でミツキを見詰めているが、そんな事は関係ない。ほっといたら際限なくつけ上がるし、適度なところでお預けが必要だ。望むもの全てが手に入るなんて、クリフの為にもならない。 「さ、行きましょう。ほら、あそこにターゲットの女性がいますよ。近くの席に座って、動向を伺いましょう」「………あ、ああ。行こう。受けた依頼は、全力でこなさなくてはね」 クリフは一気に現実に引き戻され、頭の中で勝手に進んでいたミツキとのラブロマンスも中断される。自分の頭の中のミツキと、現実のミツキの落差に多少ながらもダメージを受けてしまった。しかしいつまでも傷心に浸る事もできない。ミツキに腕を引かれ、レストランの扉を開けた。さっきまで尾行してた女性は店内の端っこの方の席に一人で座っており、料理は頼まずにコーヒーだけを飲んでいた。メニューが折りたたまれたまま、横に置いてある面を考慮しても、恐らく誰かを待っていて、その誰かが来た後で料理を注文するつもりなのだろう。更によく観察すると、普段よりも化粧が濃い目なのが分かる。数日間に渡って尾行を続けているが、これまでで一番濃い。ここまで出揃えば、今日とうとう裏を取る事ができるという期待も高まる。 「それにしても、君の観察眼には恐れ入るよ」「助手の役目ですから。養ってもらってる分は、バッチリ働きますよ。ほら、今もハンカチでカップを拭いてました。綺麗好きみたいですね。・・・・でも、あの位置を拭いてたって、左利きじゃないと唇には触れませんよ」 プロの探偵ならこれくらいの観察眼は持ち合わせてくれと、ミツキは心の中で呟いた。しかしクリフは普段どこか抜けてるだけで、いざとなった時はミツキよりも凄い観察眼を持ち合わせている。そう自分に言い聞かせて、言葉を口に出さずに飲み込んだ。まあ、あまりそれを見せてくれないし、見せるほど大きな事件の依頼など、一年に一度あるかないかだという難点があるのだが。加えて、無駄にプライドが高くて、クリフの姉があっせんしてくれた依頼を受けないというのも問題だ。最初は面倒見てもらっても、後から挽回すればいいではないか。それに大きい事件をいくつか解決していた方が、事務所の宣伝にもなって都合が良いと思う。ミツキは静かに溜め息を吐きながら、クリフの方に目を向ける。意識して全力を出せるようになれば、世界でも有数の名探偵になれるのだろうが、今のままではいつまで経っても『迷』探偵のままだ。再度大きな溜め息を吐いていると、クリフがウェイトレスに注文をしているのが聞こえる。あまり高いものは注文して欲しくないが、高級レストランなのでそんなのは無理な願いだろう。さっきメニューを見たが、あまりの値段に顔が青くなった。 「それでは、虎国産仔ブッフーのソテーを二つ。添え物は、僕はパン。彼女はライスで。それとワインを一本、オススメがあればそれを」「承りました。虎国産仔ブッフーのソテーを二つ。添え物はパンとライスを一種類ずつ。ワインは、兎国産の80年もの『シャトー・ペルミネール』がオススメですが、いかがでしょうか?」「それを頼むよ。久々のデートだし、奮発しなくてはね」「ええ、御2人とも奇麗で気品もあって、とてもお似合いです。どうか今日は、ステキな時間をお過ごしください」 軽くお辞儀をしたあと、ウェイトレスは厨房へ注文表を届けに行った。ミツキはそれを確かめた後、もう一度メニューを見た。先ほどクリフの頼んだ料理がいくらだったか確かめようとする。さっきチラッと見ただけなので曖昧だが、ミツキの記憶が正しければ、クリフの頼んだメニューはかなり値の張るものばかりだ。虎国産のブッフーなんて、ブッフーの中でも最高級と名高いものだ。その上で兎国産の80年ものワインだなんて、考えただけでおぞましい。仕事の途中だというのに何の躊躇いも無くワインを注文する、クリフの頭も恐ろしい。しかも一杯ならいいものを、丸々一本とはふてぶてしいにも程がある。 「……先生、払えるんですか?セパタ」「大丈夫さ。これでもある程度の代金は持ち歩いている。それについつい言い忘れてたけど、昨日姉さんからの仕送りが届いたから、どっちにしろキミと2人で外食するつもりだったんだよ」「あ、じゃあ平気ですね。でも、お酒は事務所に戻ってからですよ。今が仕事中だってことをお忘れなく。それと、私が17歳だという事も」 もし代金が払えなかったりしたら、と不安そうにしていたミツキだが、クリフの答えに胸を撫で下ろした。クリフの姉のアリスは、クリフの親類で唯一、クリフに対して理解を示してくれる相手だ。元来、イヌという種族は頑固で融通の利かない者が多い。その中において、かなり良い家柄に生まれながらも、家系よりも自分のやりたい事を優先するというのは、異端なのだ。だからクリフも、探偵なんかを勝手に始めて、政治家だとかをやる気がないとか言い出すものだから、親から縁を切られてしまったワケだ。何もそこまでする必要もなかろうにと思うが、ここで譲る事ができないのが、イヌという種族の美徳であり困ったところでもあるのだろう。そんなイヌの社会において、クリフに対して理解を示してくれるアリスは、とても珍しい存在だ。新しいものに目を向ける事を心掛けて、ミツキの事も対等に扱ってくれる。そればかりか、両親の目の届かない範囲に限ってだが、クリフに援助もしてくれている。そんな事を考えつつ、ターゲットの女性を見張っていると、一人のイヌの男性がレストランに入ってきた。その男性は、ターゲットの女性の元へと歩いてゆき、隣の席に座った。 「あ、先生。今の男性見ましたか?」「もちろんだよ。音封石をスタンバイしなくてはね。こんな店内でカメラを使うワケにもいかないだろうし」 驚いた。クリフの割にまともな事を言う。なんてミツキが驚いている内に、クリフは懐から何かの結晶を取り出した。“音封石”と呼ばれるもので、一定の魔力を送り込んでいる間、周りの音を記録する事ができる。魔法がある程度使えれば誰でも手軽に使えるもので、ミツキが元いた世界で言う、テープレコーダーのようなものだ。もっとも、トラやカモシカやネズミなど、魔法の素養に欠ける種族には、使えない代物だという事が難点だ。しかしそれも、猫国で最近開発された専用と機具さえあれば、誰でも使用可能になるらしい。持ってないから関係のない事だ。そんな関係ない事は考えないようにして、ターゲット達2人に聞き耳を立てる。 『やあ、1週間も待たせてしまって、寂しくなかったか?』『いいのよ。私には夫がいるから、少しぐらいは耐えられるわ。でも、やっぱりあなたが一番好きよ。今の夫とは離婚してもいいから』『オレはそんなに価値のある男じゃないよ。今の旦那を大切にしな』 次々と語られる衝撃の事実は、全て録音されている。クリフが受けた依頼は、探偵の仕事の中でも、最もポピュラーなものだ。そう、浮気の調査。ターゲットの夫から、『妻の素行がおかしい。浮気してないか調べてくれ』と依頼されたのだ。そして少し調べれば、案の定こうして浮気している現場を押さえる事ができた。これで依頼は達成され、報酬が入る。他人の不幸をエサにしてる感は否めないが、とにかくこれで当面は食べて行ける。ミツキは声を押し殺しながら、クリフに向けて右手を出し、親指を立てグッジョブのサインをした。クリフも同じく声を押し殺して笑いながら、親指を立てた。この仕事をしていると、他人の修羅場に慣れてしまうのはいけない。そんなこんなで達成感を味わう2人の後ろで、依然として浮気は続けられている。しっかりと証拠は手に入れたし、これ以上は探偵の仕事からは外れるのだが、それでもついつい聞き耳を立ててしまうのは、クセとしか言い様が無い。 『それよりも、君に会いたくて走ってきたんだ。喉が渇いて仕方ない。そのコーヒーを貰っても構わないか?』『ええ、いいわよ。どうぞ』 イヌの男は、左手を伸ばしてコーヒーカップを掴んだ。どうやら、左利きらしい。そのままコーヒーカップを引き寄せて、口へ運ぶ。あの口じゃあ飲み物は飲み難いと思うのだが、器用に口へ運ぶ。そして唇がコーヒーカップに触れ、ずずずと音を立ててそのコーヒーを飲み干した。 「うわー。同じカップで回し飲みなんて、間接キスじゃないですか。こんなところで節操がないですよ」「そうとも限らないさ。彼は左利きのようだし、カップの同じ部分には触れていないだろう?それにこのレストランの中は、元からアベックだらけじゃないか」 そう言って、クリフは自分の後ろに広がる空間を指差した。レストランの客層の8割は恋人同士で、ほとんどが例外(隻眼のイヌの大男と、ヒトの青年という、みょうちくりんな組み合わせが一つあった)無くいちゃついていた。改めて見ると、気分の悪くなる光景だ。好きなら好きで構わないが、誰かの前で堂々といちゃつくのはマナー違反だと、ミツキは考えている。クリフの方は割とそういうのは気にしないが、ミツキにとっては看過できる問題ではない。だからクリフが『僕達も恋人同士だろう?』と目で訴えてきても、そのような視線には気付かない振りをする。 「ハハハ……、キミは変なところで潔癖だね。分かったよ。今は楽しく食事するだけにしよう」「そうですね。料理が来るのが待ち遠しいですよ。最近はずっとブッフーの肉なんか手が出せなくて、安いブッフーモドキで誤魔化してましてから。ブッフーに比べると、味も触感も随分落ちちゃうんですよね」 因みにブッフーとは、家畜として広く飼育されている、豚と牛と混ぜて羽毛で包んだような動物だ。ブッフーの肉は非常に美味しいので乱獲されてしまい、最近では野生で生息している事は珍しい。ブッフーモドキというのは、文字どおりブッフーのパチモンだ。ブッフーよりも丈夫で、どんな劣悪な環境だろうとも、逞しく生きて行く。見た目はブッフーよりも一回り小さく、蹄の数が違うくらいしか差が無く、素人目には見分けるのが難しいらしい。 「いや、ブッフーモドキでも、キミが愛情込めて作ってくれたものなら、美味しく頂いているよ。ミツキ君は料理が上手いからね」「フフ、どういたし―――」 パリン!!言葉を遮って聞こえてきた音に驚いて、思わず音のした方を振り向いた。すると、先ほどのイヌの男性が、胸を掻き毟って苦しんでいた。さっきの音は、コーヒーカップが床に落ちて割れた音だったらしい。 「うっ、ぐぁあっ! うぁあうう・・・・!!!」 その苦しみ方は尋常ではなく、激しくのた打ち回っている。ミツキは近寄って確かめようとも思ったが、ヒトであるミツキが近付くには、男性が暴れまくってて危なすぎる。一回でも本気で殴られでもすれば、ただでは済まない。そう思ってミツキが行動を起こせないでいると、先に動いてくれたのはクリフだった。男性に駆け寄ると、暴れる男性の腕を掴んで抑え付ける。 「誰かっ!医者を!!この苦しみ方だと、命に関わる可能性もある!!!」 クリフが男性を抑え付けながら叫んだ。ターゲットだった女性の方はというと、オロオロとしながら、その光景をただ見ているだけだ。ミツキは慌てて近付くが、できる事はクリフを見守るだけだ。そのとき、2人は慌てていて気付かなかったが、その様子のに慌てふためく客たちの中で、ひどく落ち着いている2人組みがいた。 「オルスさん。僕が診てきます」「いや、あまりでしゃばらない方がいい。このまま警官が来て事情聴取なんてのも面倒だ。早めに行くぞ。クユラも面倒なところを待ち合わせに選びやがって・・・・」 この場の混乱に乗じて、イヌの大男とヒトの青年の2人組は、店内から出て行った。誰もそれに気付く者はいなかったし、2人も気付かれないようにしていた。クリフとミツキが、彼等ともっと深く関わる事になるのは、まだ先の話しだ。 「誰か、誰か医者はいなんですか!?」 ミツキは辺りの客に、なおも呼び掛け続けていた。しかし、医学の心得が有るものなどそうそういる訳ではない。集まってくる野次馬を、なんとか近付けさせないようにするだけで、精一杯だった。しかし、次第に男性の暴れる力は弱くなっていき、そちらを向いていないミツキにも、男性の声が小さくなっていくのが分かった。そしてしばらくすると、男性の声は完全に聞こえなくなった。 「ミツキ君。医者はもういい。警察を呼んでくれ。これは殺犬事件だ。皆さんは近付かないで下さい」 完全に動かなくなった男性の、首に手を当てて脈を取りながら、そう言った。心臓の鼓動は止まり、さっきの苦しみ方からして、助かる見込みはもう無いだろう。今は、野次馬を近付けて死亡の際の正確な状況を壊されてしまう方が問題だ。 「ミツキ君、僕の鞄の中に、毒物検出用の薬品が有った筈だ。それを取ってくれ。あの苦しみ方は、何か毒物を盛られた可能性が有る」「は、はい。今持ってきます」 ミツキはクリフの鞄の中を弄り、中から薬品を探す。指紋検出セットやら、予備の音封石やら、賞味期限を遥かに過ぎたお菓子などが出てくるが、今探しているのはそれではない。いっそ鞄を逆さまにして、中身をすべて出してしまおうかと思い始めた頃、ようやく目的の薬品を見付ける事ができた。 「これですね。先生、どうぞ」「ありがとう。次は、床に落ちたコーヒーカップの破片を拾ってくれ。彼がこの店に入ってから口にした唯一のものは、そのコーヒーだ。他に毒物を取り入れてしまうような機会はなかった筈だ。コーヒーを飲んでから、苦しみ始めるタイムラグも、苦しむ症状も、ピンポイントで思い浮かぶ毒薬がある」「さすが先生・・・・」 途端に場を仕切り出すクリフに驚きつつ、クリフの知識の多さにも素直に感心した。いつかくる大事件の為に、知りうる限りの毒薬やトリック、これまでの事件の例を、暗記しているのだから凄い。しかし、いつまでもボーッとしているワケにも行かず、ミツキは手袋をはめると、床に散らばったコーヒーカップの破片を拾い始めた。そこまで細かい破片になってはいないのが救いだ。辺りを見れば6個ほどの破片になっているのを、すぐに見付ける事ができた。一方クリフは、男性と一緒にいた、浮気調査のターゲットにしていた女性に事情を聞いている。錯乱しているような節があるが、それでもある程度は冷静になってきた女性は、クリフの質問に順々に答えていた。 「では、彼はあなたの恋人で、今日は2人でデートをすると決めていたんですね」「え、ええ・・・・。今日は彼との久しぶりのデートだったから楽しみにしていたんですが、こんな事になるなんて・・・・」 女性はうつむいて目に涙を浮かべ、床に倒れている男性の遺体に目を向けないようにしているようだった。ミツキは、男性と話していた時の口振りの割に、女性が取り乱していない事に違和感を覚えつつ、自分の任された、破片集めを続ける。 「先生、破片揃いました」「ああ。さっきの薬品を使うよ。僕の予想してる毒薬なら、つけた部分の色が変わる筈なんだ」 ミツキがコーヒーカップの破片を、テーブルの上に並べ、それをクリフに伝えた。クリフは先ほどの薬品の蓋を上げると、ポケットから取り出したハンカチに、少しだけ付着させる。そしてミツキから手渡しされた手袋を使い、破片を拾い上げると、さっきの薬品を染み込ませたハンカチで拭こうとした。しかし、横でその様子を見ていた女性から、待ったが掛けられる。 「待って。そのコーヒーは彼が来るまで私が飲んでいたのよ。毒なんか入っている訳がないじゃない」「あ、言われてみたらその通りですね。先生、別の何かを探しましょう」 女性の言葉に、ミツキはなるほどと感心した表情をし、クリフに訴えかけた。考えて見れば、さっきまであのコーヒーは女性の方が飲んでいたのだ。怪しい事はない。となると、何か別の要因が有るとしか考えられない。何かないかと頭の中の検索エンジンをフル稼動させていると、一つだけ思い当たるような症状が有った。前にテレビドラマで見たその症状と、さっきの男性の苦しみ方は似ている。 「すみません。さっきの男性は、何か持病が有ったりしませんか?」「持病・・・ ね。……確か、心臓が少し弱くて、激しい運動をしたときなんかのリスクが、普通よりも大きいそうよ」 その女性の言葉に、ミツキはピーンとひらめいた。そう言えば、さっきの男性はここまで走ってきたと言っていた。つまり、リスクが伴う行動をしていたワケだ。そんな状態でクールダウンもせず、いきなり止まってしまっては、心臓に負担がかかるだろう。そしてそのまま飲み物を一気飲みしたのだし、心臓麻痺になったりしても、不思議ではない。これならば、毒殺ではないのだから納得できるだろう。 「先生、もしかしてあの男性は――」「残念だけど、君の推理は間違っているよ」 ミツキが最後まで言い終えるよりも早く、クリフはその言葉を遮った。ミツキは不満露わにした表情でクリフを見るが、クリフはその視線を綺麗にスルーして、自分の推理を語り出した。 「心臓麻痺なら、もっとあっさり死んでしまうのが普通だが、彼は長い間苦しんでいた。心臓麻痺とは考え難い。それに、少し走った後に飲み物を一気のみする程度で、直接命に関わるような恐れのある持病なら、ある程度の予防を心がけるのが普通だ。しかし、彼にはそんな素振りは見えなかった。さっき、暴れている彼を取り押さえていて、一番近くにいたからこそ分かるんだが、彼の反応は、初めて味わう苦しみへの、純粋な恐怖から来るパニックだった筈だよ」 クリフはそこまで言ったところで一息つくと、クリフの推理を黙って聞いていた、イヌの女性に目を向けた。女性はクリフの視線に気付いてビクリとするが、すぐにキッとクリフを睨み返し、肩をワナワナと震わせていた。まるで自分が犯人だと言われているかのように、全身から怒気を発しているのが、全身から感じ取れた。これは、思い当たる節があるからこそだな。と、クリフもミツキも経験的に直感できた。クリフは更に追い討ちを掛けるように、女性に向けて言葉を紡ぐ。 「ここまでは、あくまでも可能性の問題です。実証に基づかない限り、どんな推理も意味がありません。だから………、ミツキ君。早くキミの作業の続きを」「はい。先生」 ミツキはテーブルの上に集めてあった、コーヒーカップの破片一つ一つを、先ほど薬品を染み込ませたハンカチで拭いてゆく。そして、うち一つの破片を拭いた時、そのコーヒーカップの破片の、表面の色が一部だけ変色した。無色から薄い水色に変わり、イヌの唇の形に、口を付けた後も浮き出ている。 「先生、これですか?」「ああ。思った通りだ。それは、カモシカの国の高山地帯で取れる、珍しい植物の根から分泌される物質なんだ。本来は、根から毒物を分泌して周りの植物を枯らすだけだが、抽出して濃度を濃くすれば、人間を殺す事も可能なものだよ。粘膜から浸透し、身体に直接的な影響を及ぼすまで、数十秒の時間を要し、すぐには死ぬ事はできず、心臓が停止するまでの間、相当の苦しみを味わうと言われている」 クリフはコーヒーカップの破片を手に取ると、変色した部分をまじまじと見詰めながら語り出した。言われてみると、さっきの男性の苦しみ方と、症状が合致する。ミツキもクリフの説明になんとなく納得できた。後は、誰がその毒薬をコーヒーカップに塗ったかだ。しかし、それについてもクリフが続けて説明してくれた。毒薬が塗ってあるのを見て、自分に推理に確信を持ったらしく、その口調にはより自信がこもっていた。 「そうですね。僕の推理では、彼に近しい者の犯行だと疑っています。カップを見てください。毒が塗ってあるのは、左利きの人間がカップを掴んだ時に、口を付ける事になる面です。これは詰まり、最低でも彼が左利きだと知っている必要がある。そして、この店内に居て、毒を塗るチャンスが有ったのは、ごく少数の人間だけです。そして、その中で彼と面識のある人間は、どれだけいるでしょうか?」 その説明を聞いて、ミツキの視線は、自然とイヌの女性に向けられた。その視線に気付いたのか、イヌの女性はミツキに向かって、物凄い剣幕で怒鳴ってきた。 「何なのよ!!私が犯人だって言いたいの!!?それなら聞くけど、何で私がそんな事をしなきゃいけないの!?私が彼と付き合ってた事は分かるでしょ。その私が、彼を殺さなきゃいけない理由なんて、無いわ!!!」 今にもミツキを絞め殺さんばかりの剣幕に、ミツキは一歩退いてしまった。相手はヒトとは比較にならない力を持っている。冗談抜きに、シャレにならない状況なのかもしれない。実際にこれまで、逆上した犯人にミツキが人質に取られた事もあった。そんな事になってクリフの足を引っ張るのは嫌だ。そう思ってミツキはクリフの後ろへ隠れると、クリフの推理を自分の記憶と重ね合わせ、出てきた考えを口にする。 「じ、じゃあ聞きますけど、あなたはどうして、右手でカップを持っていたんですか?」「・・・・決まってるじゃない。私は右利きよ。左手で飲もうとしたら、コーヒーを溢しちゃうわ」 クリフの後ろに立ち、女性の視線に恐怖して微かに震えつつ、ミツキは自分の女性の言葉に、クリフの推理が正しかっただろう事を確信した。そしてクリフとミツキの握る、女性の言葉と事実との矛盾を突きつけた。 「あなたは、ウソを吐いています。私とクリフ先生は知っているんです。あなたも左利きだという事を。ですが、あなたは自分を右利きだと言い、先ほども、コーヒーカップを右手で掴んで飲んでいました。これは、カップの片側に毒が塗ってあると知っていたからではないのですか?」「そ、それは……!!」 女性は、確実に焦っているのが見て取れた。自分の犯行がバレそうになったときの犯人に見られるような、典型的な反応だ。自慢じゃないが、今までにも何回か、この手の事件には出会った事がある。クリフは、ミツキを庇うように更に後ろへ退かせ、女性に近寄って行く。これから女性の自供を得なくてはならないが、逆上してミツキに襲い掛かられたりするワケには行かない。 「ミツキ君は見ていました。あなたがハンカチを使い、カップに毒を塗る所を。もっとも彼女は、あなたがカップを拭いてるだけだと思っていましたがね」 女性は、明らかにビクンと身体を震わせた。それは、図星を衝かれた事に対する驚きと、犯行がバレてしまった事に対する恐怖が、ないまぜになった表情。これまでクリフが事件を解決する度、何度となく見てきた表情。しかし、クリフは手を休める事無く、止めの言葉を放った。 「……さあ、あなたはまだ持っているでしょう?そのハンカチを。そろそろ警察も来る頃合いです。逃げ場は、ありませんよ」「……ッ!」 クリフは、なおも女性に近寄って行く。女性は、一歩また一歩と後退りするが、やがて壁に背中がつき、それより後ろへは退けなくなってしまう。別の場所へ逃げようとしても、野次馬の壁に囲まれていて、逃げ場はない。もう逃げる事もできないと悟った女性は、その場に膝をつき、泣き崩れた。その姿は何処か哀愁漂い、同情心を煽るが、人間を一人殺めているのだ。同情する余地はない。クリフが非難の視線を向ければ、女性は鳴咽混じりに弁明の言葉を口にした。 「あ、あいつがっ!私以外にも数え切れないぐらいの女を、ハシゴしてたのよ!私は、今の夫と別れてもいいと思ってたのに!!だから、今日は最後に尋ねたのよ。もしもあいつが、私と結婚してくれるって言ってくれたら、あいつを殺すつもりなんて無かったのよ!!」 悲痛な叫びに、ミツキは耳を塞ぎたい衝動に駆られた。しかし、その衝動を抑えて、ミツキは泣き崩れる女性に近付いて行った。クリフはそれを止めようとしたが、その制止を振り切ってミツキは女性に近付く。 「私たちが、なんであなたの利き腕を知ってたか分かりますか?」「・・・・知る訳…ッ…ないじゃない!」 ミツキの伸ばす手を振り払って、女性は怒鳴り声を上げた。ミツキはその声に一瞬だけビクリとしたが、すぐにまた女性に目を向け、続きを話す。 「クリフ先生は探偵で、私はその助手です。あなたの夫に依頼されて、あなたの浮気調査をしていました。・・・・・確かにあの男性は、何人もの女性に言い寄っていた、ダメな人間かも知れません。でもあなたは、自分の夫を裏切ったんですよ。自分も同類なんだと自覚してください。あなたが、探偵をまわされるような人間だと」 ミツキは女性に反省の意志を芽生えさせるつもりだったが、それは女性の心を逆撫でしてしまう。夫を裏切っているという罪悪感はあるようで、女性は逆上してしまい、ミツキに対して怒りを露わにした。 「ッ……ヒト奴隷のくせに、知ったような口を利かないで!!」「キャ・・・ッ」 女性はミツキの胸を片手で押し、突き飛ばした。ヒトの反射神経ではそれを避ける事も、咄嗟に受け身を取る事もできない。ミツキはなすすべなく吹っ飛ばされ、頭の中がグルングルンと揺れるような感覚を味わう。尾行の途中に食べた、貧相な昼食を戻してしまいそうになるが、それだけは何とか気合で抑え込む。しかしそちらに気を取られて、何もできないまま後のテーブルにぶつかってしまいそうになってしまう。咄嗟の事に目を瞑る暇すらなく、自分の体が宙を舞う感覚を味わった。 「ミツキっ!」「う……ッ!?」 しかしミツキとテーブルの間に、クリフが割って入り、ミツキの体を抱き締めて受け止めた。クリフはテーブルの角で背中を打ち、少し苦しそうな表情をしたが、そこはヒトと異なる獣人の体だ。大したダメージはないらしく、ミツキを抱えたままケロリとして立ち上がる。そしてメガネを煌かせると、テーブルの上に置いてあった、ステーキ用のナイフを掴み、ミツキを突き飛ばしたイヌの女性に向かって、問答無用で投げつけた。クリフにも、必要最低限の護身術の心得はある。これもその中の一つで、投げナイフくらいはできる。スカンッ!!と音がして、ナイフが壁に突き刺さり、イヌの女性は面食らってしまい、尻尾を丸めて耳を伏せ、地面に膝をついた。クリフの投げたナイフは、目標を大きく外して誰もいない空間に飛んでいったが、それでも威嚇の効果は十分に発揮した。 「咄嗟に投げようとすると、どうしても外れるな……。もう少し真面目に護身術を習うべきだったよ」 クリフとしては、女性の髪の毛を数本だけパラパラと切断し、顔のすぐ横に突き刺さるというような展開が理想だったので、現実との差に少しがっかりしてしまう。逆上した犯人を取り押さえられる程度には鍛えているつもりだが、思ったようには行かない。腰が抜けているようで立てないでいるミツキの腕を引き、起き上がらせると、野次馬の一人に話しかける。 「先ほどの自供は、この音封石に録音してある。警察が着いたら、証拠品として渡してくれないか?」「あ、ああ」 念のために持ってきた、予備の音封石が意外なところで役に立った。しかし、あまり喜ばしいとは思えない。できれば、こんな事件などはあまり起こって欲しいとは思えない。だが、探偵という職業は、事件なしには成り立たない職業でもある。この辺の葛藤は、難しい問題だ。警察がついてからの事情聴取も面倒だろうし、何よりこんな状況では、もうミツキとの食事を楽しむ事もできなさそうだ。殺犬事件が起こったばかりなのだから、このまま営業してくれるとも考え難い。時間的に、そろそろブッフーの肉を料理し始めている頃だったろう。途中で事件が起こってしまい、コックは料理を中断しているだろうか?焦がしてしまうなんて勿体無い事はしてない事を祈る次第だ。そんな事を考えながら、手にした音封石を、目の前にいた野次馬青年に渡そうと手を伸ばす。しかし、不意にその腕を誰かに掴まれた。虚を衝かれて驚いてしまったが、犯人はミツキだと分かり、どうしたのかと話しかけた。 「どうしたんだい?」「ええ、最後に少し録音して欲しい事があって。さっきの女性がした自供の、後にくるようしてください」「ああ、分かったよ。さ、どうぞ」 ミツキの言葉に、クリフも何か思い出したような、スッキリした表情を浮かべて答えた。せっかく事件を解決したと言うのに、最も重要な事を忘れているのに気付いたからだ。クリフは音封石を握り締め、魔力を込める。ふと、最近はこの為にしか魔力を使う機会がないなと気付くが、使わないで済むならそれでいいじゃないかと、勝手に納得してミツキの言葉を待った。ミツキは一回だけ深呼吸をすると、周りの野次馬達へ視線を向けながら、録音する言葉をリズミカルに話した。 「えー、今回の事件を解決したのは、このクリフ=ヴァレンタイン先生です。皆さんも何かお困りの事がありましたら、どうぞ『ヴァレンタイン探偵事務所』へ。真摯な態度で相談に乗り、どんな難事件も解決へ導きます。住所は、犬国のリアッツケート市、エンパス通り3丁目の5番地ですが、依頼さえあれば出張しますので、どうぞお気軽に御相談ください♪」 今までとは全く違う、ノリノリの明るい声でミツキが喋っている。それは、CMと言うヤツだ。要所要所で宣伝しなくては、儲かるモンも儲からない。なので、何か事件を解決した後には、こうして宣伝する事にしているのだ。犯人の自供を録音して証拠品にした時も、最後には必ず事務所の宣伝を入れる。初めの内は、こんな喋り方に恥ずかしさを感じていたミツキだが、営業だと割切れば意外と慣れる事もできた。本人としては、こんな事に慣れたくはないのだが、生活が掛かっているので、嫌だとも言えないのが辛い。 「フフフ、これでやる事は終わりだね。ミツキ君、そろそろお暇しようか。夕飯はキミの手料理にしておくよ。外食はまたの機会に」 クリフは、来店した時と同様にミツキの腰に腕をまわすと、エスコートしながら店の出口へ向かって歩いて行く。たまにミツキの髪の毛を、空いてる方の手で弄くったりしながら、風に乗って運ばれてくる、女性特有の甘酸っぱい匂いに、頬を綻ばせた。こんなに大勢の前で何をしている、とミツキが不満の視線を向けてくるが、それさえも彼女に注目されてると思えば、心地良く感じてしまう。不満の視線に対して、満面の笑顔で返してやれば、ミツキは諦めたように溜め息を吐いた。 「ハァ……。また今日もブッフーモドキになっちゃいますけどね」 どうせミツキにこの状況は覆せないし、どうしようもない事は諦めて、もっと現実的な問題に目を向ける。事務所の冷蔵庫の中にまだ食材は残っていた筈だが、高い食材なんて一つもなく、安物ばかりでここより不味い夕飯になるだろう。久々に贅沢できると思っていたが、残念だ。 「気にする事はないよ。キミが愛情を込めて作ってくれたらね。それにキミは、屋外に出るとイマイチ乗りが悪くなる。僕は早く事務所に戻って……」 クリフはそこまで言って区切ると、ミツキの耳に口を近付け、ミツキにしか聞こえないようにボソリと言った。 『キミを・・・抱きたいんだがね』 ミツキが耳から赤く染まっていく様子を観察しながら、クリフはまた笑みを零した。その微笑みを感じ取り、ミツキは足早に店内から出て行こうとする。それにクリフは歩幅を合わせてついて行く。 「キミは照れ屋だね。だから僕もミツキ君が好きなんだけど」「早く行きましょう。通信機もは先生が持ってくださいね。それと事務所へ返るなら、お金は節約したいし徒歩ですよ」「了解。途中でキミが疲れたら、僕がお姫様抱っこで運んであげよう」「必要ありません!!!」 ミツキは不機嫌な声で言いながら、ゴミ箱の蓋を開けて、異臭を放つ通信機をクリフに渡した。こういう時は、クリフの使える数少ない魔法が役に立つ。消臭魔法だなんて、ミツキも使えるのならば使いたいモノだ。ミツキは更に足を速めるが、通信機を二つも背負ったクリフは、難なくそれについて行く。男だとか女だとかそれ以前に、種族的なもので体力が全然違う。ミツキが全力疾走したって、クリフは顔色一つ変えないでついてくるんだろう。しかもこの気取った態度が一々鼻につく。本人は自分の理想の探偵像なのだろうが、ミツキの目から見れば、どう見ても似非シャーロック・ホームズだ。口には出さないが、公衆の面前で腰に腕をまわされたりしたとき、ミツキがどれほど恥ずかしい思いをしてるか。 「すまない。少し調子に乗り過ぎたよ。機嫌を損ねてしまったね。でもキミは紛れも無く、僕にとって最も大切な存在だよ」「・・・・」 そして何よりも嫌なのは、こんな気取った相手にときめいている自分だ。こんな、ファンタジーの世界で、ゴールデンレトリバーみたいなイヌの探偵に拾われて、そして今では助手として、それなりに充実した毎日を送っている。 「行きましょっ。先生」 クリフの手を握ると、事務所のある方へ全力疾走する。このままのペースで走り続ければ、20分くらいで着く距離だ。途中で疲れたら、クリフにおぶってもらえばいいだろう。実際、ミツキの体力では全力疾走など1分ももたず、しかしまだ人通りの多い時間帯に、お姫様抱っことか、おんぶとか、そんなのをしてもらう気にもなれず、最後はまた元のペースで歩き出した。今は丁度夕日が沈みかけ、帰宅ラッシュの時間帯だ。クリフとミツキの前を、仕事帰りの人間たちが次々と通り過ぎていく。何処へ行ってもヒトというのは珍しいモノで、あちこちからジロジロと見られているのを感じる。だが、クリフはそんなこと、これっぽっちも気にしている様子は見受けられない。もっとも、他人の目を気にするような人間なら、親と縁を切ってまで探偵になったりしないのだろうが。ミツキも、無言で視線を浴びせられる程度なら、もう慣れたし十分に耐えられる。だが、ケモショタ少年に指差されて、『おかーさん! ほらあれヒトだよヒト!!すっごい!ぼく、はじめてみた!!』とか言われるのは、結構苦しかったりした。走り出してしまいたいが、面白がった少年が、追いかけてくるなんて展開も御免なので、作り笑いを浮かべ、少年に向けて手を振ってあげた。興奮した男の子が親の手を振り払ってこちらに駆け寄り、色々と質問してきたせいで、余計に手間をとられてしまったのは、予想外だった。クリフの機転も有り、なんとか男の子を振り切る事はできたが、その頃には日は完全に沈んで、辺りは徐々に薄暗くなってくる頃だ。どの世界も、男の子とは元気過ぎるくらいに元気なのだと、しみじみ思う。こちらの世界に落ちてきたのは11歳のときだが、それまで学級委員長をしていて、クラスの生意気な男子と衝突する事も多々有った。その頃、将来の夢は探偵だとかほざいていたが、こんな形で夢が実現するとは思わなかった。まだ助手でしかないが、生憎とミツキの頭脳はひらめきに欠けていて、残念ながらクリフの助手をしていた方が、自分の能力を生かせるのだ。どうせなら、この世界で唯一のヒトの探偵として、華々しくデビューしたかったが、それは諦めよう。 「ミツキ君、いつまで考え事をしてるんだい?もう事務所には着いているよ。キミはつくづく僕と同類だね」「ムー、私は先生ほどじゃありませんよ。先生が考え事を始めたり、本を読んでたりするとき、私がどんなに話し掛けても、全然気付いてくれないじゃないですか」 ようやく事務所に着いたが、ミツキは考え事を続けていて、クリフに肩を掴まれてやっとそれに気付く事ができた。そして続いて投げかけられた言葉に、不満そうな表情で返した。確かにミツキも、周りが見えなくなるほど考え事や読書に没頭する事は有るが、それもクリフ程ではない。クリフの場合は、集中力も周りが見えなくなる度合いも、ミツキのそれよりもワンランク上だ。そんなクリフと同類呼ばわりされた事に、さも心外だという態度で、事務所への階段を上って行く。実は事務所の一回は、生活費を稼ぐために貸し部屋にしてあったのだが、前に入っていたパン屋は営業不振で潰れ、次に入った喫茶店もやはり潰れ、今はもうクリフが趣味で集めている、古本の書庫になってしまっている。 「あ、ちょっと待ってくれ!」 ミツキの機嫌を損ねてしまった事に慌てながら、クリフはミツキを追い掛けて階段を駆け上がって行く。女性の扱いというのは、どうしてこうも難しいのだろうかと頭を捻るが、男には一生かけても分からないだろう問題なので、今は忘れる事にした。彼女の機嫌を直さなくては、今晩の夕食にありつける可能性さえ薄い。 × × × × ヴァレンタイン探偵事務所は、三階建ての建物になっていて、一階はさっき説明したように、書庫になっている。そして2階は客を入れる事務所。3階が2人の居住するスペースになっている。そして今、ミツキは3階にあるキッチンに立ち、今日の夕飯を作っていた。高級料理を食べ損ねた分、夕飯には気合を入れて作る事にし、残りのブッフーモドキの肉は一気に使いきった。元々あまり残ってはいなかったが、切り詰めれば明後日の夕飯くらいまではもちそうな量の肉を使う。それは、ミツキにとってしてみればかなりの贅沢だ。クリフは元々お金持ちのお坊ちゃんだったから、贅沢にも慣れているだろう。しかしミツキはそうではない。一般的な庶民の家庭に生まれ、贅沢できるのなんて、誕生日とクリスマスとお正月、後は父親の給料がボーナスのときくらい。こちらに落ちてからは、アリスが仕送りしてくれる度に、クリフと一緒に贅沢な食事ができたが、それだって機会は限られてくる。それをすんでのところでお預け喰らったのだから、ミツキの不満だって相当のものだ。しかし、養ってもらってる身で過ぎたことを言う訳にもいかず、こうして今日も、ブッフーモドキで夕飯を作っているのだ。 「・・・・やっぱり冷凍肉だと、煮崩れ起こしちゃう。こんなんで先生が満足してくれるかなぁ」 長い間冷凍庫に入れていた所為で、肉がちょっとダメになっていたらしく、鍋の中で原型を留めないほどに霧散していた。味にはそこまで問題はないだろうし、肉汁がスープに溶け込んでいると思えばいいのだろうが、クリフやその他イヌという種族の人間は、歯応えのある食べ物を好む事が多い。これでは、あまり満足させる事はできなさそうだ。しかし、そう出来上がってしまったのは変えようのない事実だし、普通よりは幾分上だと自負しているミツキの料理テクニックも、プロと比べれば雲泥の差がある。クリフにはこれで我慢してもらうしかなさそうだ。ミツキはスープを滾らせている火を消すと、クリフを呼びにキッチンから出て行く。 「せーんせーい! ご飯できましたよー!」 3階建てなだけで、そこまで広い建物でもないここなら、少し大きめの声で呼びかければ、その階全体に声は届く。今日は事件現場に居合わせたこともあり、クリフを探すのもおっくうになってしまった。しかし、中々返事は返ってこない。こうやって呼びかけて、返事が返ってくるのは大体2分の1くらいの確立だが、今回はハズレを引いてしまったようだ。仕方なしにクリフを探しにいく。こういう場合は十中八九書斎にいるが、今回はどうだろうか。一番有力な候補から探していくことにして、まずは書斎に足を運ぶ。そうすると、案の定そこにはクライブがいて、脚立を使って本棚の上の方にある本を取ろうとしている。 「先生、やっぱりここにいた。また本を散らかして。片付けてるの私なんですよ?」「すまない。ちょっと気になる事があってね。すぐ行くから、少し待っててくれないかい?」「ダメです。先生の“少し待って”は、“2時間待って”って意味ですから。早くしないと、夕飯が冷めちゃいますよ」 クリフの乗っている脚立を掴み、前後に揺らしながら、待てないという意思を明確に表す。こうすればクリフは降りてきてくれる事が多い。だいたい、夕食がまだかと急かして来るクセに、出来上がったころには別のことに夢中になってたりとか、そんな子供みたいな事は許せない。クリフの年齢をヒトで表したとしても、20代前半のはずだ。それがなんで17歳のミツキにこんな事を思われる筋合いがある。もう少しだけでも、年相応に自分の責任を考えて行動してほしいものだ。 「ほら、先生。早くしてください」「わ、分かったよ。今行こう。続きは食後にするとしようじゃないか」「分かったら、早く下りてきてくださいねー」 脚立から手を放して後ろへ下がり、クリフが脚立から下りるのを待つ。急かされながら一段ずつ下りるのも面倒で、クリフは脚立から一気に飛び降りる事にした。垂れた耳をなびかせて脚立から飛び降り、ミツキの直ぐ横に着地して、ミツキに笑い掛ける。本人としては、良い感じにカッコ良く決まってるところだが、ミツキにはそう見えない。 「あ・・・・・・危ないじゃないですか!!ここ本がいっぱい置いてあるんですよ!積んである本が崩れたら、直すの先生にも手伝って貰いますからね!!」 いつもの事だが、ミツキはちっともクリフの思惑通りには動いてくれない。女だからなのか、それともミツキが特別なのか、どちらかはよく分からないが、ミツキの前でカッコ付けようとすると、どうにも空回りしてしまう。偶にカッコ付けるのをやめてしまおうかとも思うが、見栄を捨てたら男は語れないと、何処かの本で読んだと思う。そのフレーズには、クリフも賛成だ。 「大丈夫だよ。平気そうなところを選んで着地したし、事実どこも本が落ちてきたりしていないだろう?」「そりゃそうですけど……。先生って、何処か危なっかしいところがあって、心配なんですよ」 何度となく聞いた言葉が返ってくる。探偵を心配するのは助手の務めかもしれないが、クリフには心配されるつもりはないし、寧ろ危なっかしいのはミツキの方だ。今日もだが、犯人に同情して話し掛け、逆上した犯人に突き飛ばされたり。何度クリフが肝を冷やした事か。 「ミツキ君。いつも言うけど、キミが僕を心配するなんて10年早いよ。助手なんだから、僕を信じていてくれればいいさ。キミがきてからの6年間、確実に僕の方に運気が向いてきてるんだから」 破産寸前の私立探偵事務所に落ちてきたヒトの少女が、今ではそこそこ暮らして行けるまでに、この事務所を成長させてくれた。 「キミには、本当に感謝しているよ」 そんな愛しい女性を抱き締めて、耳元に囁く。ミツキも心得ているようで、下手にジタバタする事もなく、クリフの抱擁に身を任せてくれた。いや、いきなりだったから反応できなかっただけだろうか。どちらにせよ、ミツキにはもう手後れだという事は確かだ。クリフの頭の中は、この場でミツキを押し倒すか、それとも寝室まで連れて行ってから、ゆっくりと抱くかを考え始めている。首筋に顔を近付けて匂いを嗅ぐと、甘酸っぱい匂いが鼻孔を満たし、我慢してもしきれなくなってくる。クリフは考えた結果、この部屋はミツキを押し倒すには埃っぽいので、寝室まで連れて行く事に決めた。 「ごめん。僕とした事が、食事はまだ後になりそうだ」「はぁ、こうなったらヤメテと言っても無駄ですよね」「フフフ、分かってるじゃないか」 “そりゃ6年の付き合いですから”と言おうとしたミツキだが、言うよりも早く唇を塞がれた。舌は入れずに唇を重ねるだけ。鼻面の先っちょをくっ付けている感じだ。それを少しの間だけ続け、クリフはミツキを持ち上げた。所謂お姫様抱っこで運びたいところだが、そのまま移動しようとすれば、この部屋を出ようとした時、壁に顔と足を思いっきり打ちつけてしまうだろう。仕方が無いのでムードを犠牲にして、肩に担ぐ。 「キミは本当に軽いね。もう少し体重を増やしてくれないと、なんだか物凄く脆そうで不安なんだよ」「私はヒトの17歳女子の適性体重です!先生が丁寧に扱ってくれたら、何も問題はありません」 気を利かせた言葉のつもりだったが、またしてもミツキの機嫌を損ねてしまった。軽く頭を抱えながらも、とにかく寝室に急ごうと心を決める。ベッドの中に入ってしまえば、よっぽど機嫌の悪いとき以外、ミツキはいつも無抵抗になる。少しつんつんした態度を取る事もあるが、根が優しいヒトだから、クリフが本気で頼めば、大概の事はすんなりと受け入れてくれる。前にクリフが興味本位で、行為に小道具を使おうとしたときも、渋ったものの最後には折れてくれた。押しに弱いというか、諦めが早いというか、とにかくクリフが相手だと、2人きりと言う条件付きで、受動態になってくれる事が多い。外に出ると、途端にガードが堅くなる辺りは、落ちモノの雑誌などでよく目にする“つんでれ”とか言う単語が当てはまるのだろうか? よくは分からないが。 「夕飯を抜かして朝食まで飛んでしまったら、すまないね」「昼食まで飛ばなければいいですよ。もう……」 とにかく、ベッドの上に押し倒してそんな事を言っても、事務所の中に2人っきりで、次の日に依頼が来てなければ、ミツキはあっさりと受け入れてくれる。そんなミツキの好意に甘えて、今もこうして押し倒している訳だ。ミツキの首筋に、濡れた鼻をくっ付けてふがふがと匂いを嗅ぎ、女の匂いに欲情を駆り立てられる。有無を言わさずにミツキの服に片腕を突っ込み、下着の上から胸を揉む。探偵が理性を忘れるような行動をとるのもどうかと思うが、ミツキが相手だから仕方ないと、そう自分に言い聞かせる。こうやって自分の全てを曝け出せる相手というのは、誰にでも必要なモノだろうし、好きな女性を何も考えずに思いっきり抱くのは、男として当然の事ではないか。 「良い匂いだね。最初からこんな匂いなら、ワザワザ香水なんて付ける必要もないんだろうな」 鼻をくっ付けたまま、ミツキの首筋から胸まで、なぞるように移動させる。途中で邪魔になった上着のボタンを、プチプチと外し、下着を捲り上げて、ミツキの胸の谷間に顔を埋めた。丁度イヌ特有の突き出た鼻面が、胸の谷間に挟まれるような形になり、ミツキは恥ずかしさに、少しばかりの抵抗をした。 「先生の、どエロ」「キミの前でだけだよ。僕がこんなに自分に正直になるのは」 胸に顔を埋められたまま話されると、胸にクリフの顔の毛皮が擦れて、非常にこそばゆい。しかし、ミツキはそれをなんとか我慢して、クリフの話しに耳を傾けた。この不器用な探偵にここまで甘えてもらえるのは、まあ光栄な事なのだろうから。 「知ってますよ。だから先生と一緒に居るんですから。それに、先生が私以外の女性にもこんな事をしてたら、私はその日の内に、ここを御暇させてもらいます」「じゃあ、僕が浮気でもしない限り、一生僕の側に居てくれる訳だ。それだけ聞ければ満足だよ。こんなに嬉しい事はないね」 クリフはミツキの胸に埋めていた顔を上げると、その身体の上に覆い被さり、ミツキの目を覗き込んだ。照れているのかミツキは目を逸らしたが、視線の先までクリフは自分の顔を移動させる。体勢を維持したまま、精一杯首を伸ばせば、またミツキと視線が重なった。もう逃げ場はないと、意地悪い笑顔をミツキに向けると、口をガバッっと開けて小さな唇をくわえこんだ。ミツキの頬っぺたに、ギリギリ歯形がつかない程度の力で、何度もカプカプとくわえ、その弾力を楽しむ。ヒトの女性の肌は、スベスベで柔らかくて良い匂いがして、同族の女性よりも、随分と色気がある。フガフガと鼻息を鳴らしながら、ミツキの体全体がだらんと脱力するまで、それを続けた。そして充分に焦らした後で、クリフはミツキの口内へ、自分の舌を潜り込ませた。クリフの思惑通り、自分の舌をクリフのそれに絡ませて応じてくれた。こういう事に対して、あまり積極的ではないミツキだが、事前にしっかりと焦らしておけば、こうして積極的な行動にも移ってくれる。思えばベッドの上だけが、ミツキが完全にクリフの思い通りに動いてくれる場所かもしれない。 「んっ……ふぅ…ッ…」 口付けを続けたまま、細い首筋を人差し指でなぞると、ミツキの体がビクンと震えた。これに調子に乗ってイジメすぎたりすると、ミツキに舌を噛まれてしまう事があるから要注意だ。以前あった恥ずかしい記憶を思い出しつつ、瞳だけを動かしてミツキの目を見詰める。目の端に入ってくるミツキの目は、すこし涙ぐんでいて、『ああ、感じてるんだな』と心の中でほくそ笑んだ。 「僕の事をどエロだなんて言ってくれるけど、君だって中々エッチになってきてると思うよ」「せ、先生の…ッ所為ですよ……!」 ミツキはソッポを向いてしまう。やはり口は災いの元だ。今まで作り上げてきたムードを全部打ち壊してしまったかもしれない。行為中に調子に乗った発言をしてしまうと、ミツキがヘソを曲げてしまい、機嫌を取るのが大変だ。そもそも、クリフはミツキから“先生”(そう呼ぶようにずっと言い聞かせてきたとは言え)と呼ばれ、尊敬されている筈の存在だ。それがなんで助手のミツキの機嫌を取らなければならないのか。少し考えると答えは出た。紳士だからだ。か弱い女性を守り、機嫌を取ってあげるのは、紳士の義務だ。それにこうやってミツキの機嫌を取るのも、たまに面倒だと思う事こそあれ、苦痛ではない。寧ろ、こういうのがあるからこそ、その先に到達する、偉大なる大自然の摂理に対して、ありがたみが湧く。 「すまない。また君の機嫌を損ねてしまったね。お願いだからまた機嫌を直して、僕の腕の中におさまってはくれないかい?僕の可愛い、お姫様?」 ミツキの耳元に口を近付け、生暖かい吐息混じりに囁き掛ける。こうすればミツキは顔を真っ赤にして、いつも言い成りになってくれる。 「うぅ……、先生ってそんなこと言ってて、恥ずかしくないんですか?」「いいや、これっぽっちも。感じたままの事を言っているだけさ」「先生のええかっこしー」 ミツキはまたそっぽを向いてしまったが、これはかなり脈アリの反応だ。もう一押しで完全に陥落できるだろうと、直感的に悟る。ここから一気にたたみ掛けてれば、もうミツキのガードは完全に崩れたのと同じだ。 「キミの前だと、カッコ付けたくなるんだよ」「ん・・・・ッ!!」 もう一度、深い口付けを落とし、胸を鷲掴みにすると強引に揉みしだく。突然の事にミツキは当然ながら抵抗するが、そこは力の差に物を言わせて抑え込む。少し愛撫を続けると、ミツキの胸の突起がツンと立って、つまんでくれと言わんばかりに自己主張をする。クリフは口付けを終わらせると、ミツキの頬から首を通って胸までを、舌でなぞる。そして胸まで舐め上げたところで、乳房を口に含んでチュウチュウと吸い上げた。 「ひぁっ・・・・あぅ・・・・・!せ、せんせッ・・・・・・!」 唇を解放すれば、途端に聞こえてくるミツキの嬌声。その声がもっと聞きたくて、更に激しく舌を動かして、乳房を刺激する。もう片方の乳房も指先で捏ね繰り回し、ビクビクと震えるミツキの反応を楽しむ。口に含んでいる方の乳房にガリリと歯を立てると、ミツキはビクンとこれまでよりも大きく震えた。あまり強くしてしまうと出血するので、ミツキに歯を立てる時は、加減しながら慎重にしなくてはならない。初夜のときにミツキの右肩に付けてしまった歯形は、まだ消えずに残っている。それも、何だか所有印のようで、悪い気はしないのだが。 「安心してくれ・・・・・、もう、こんな傷はつけないよ」 クリフの歯形がついた、ミツキの肩をそっと撫でる。今はもう治っているが、血が出て痛そうにしているミツキは見るに耐えない。なにより、血がなんとなく美味しいから、夕飯抜かしてる今の状態でミツキの血を見れば、腹が鳴ってしまう可能性は高い。そんなムードを打ち壊す行為は、なんとか回避したいのだ。 「こっちも、充分に潤っているかな?」「や……だめぇ……」 クリフの指先がミツキの胸を立ち去り、ヘソを通って下腹部までなぞる。ズボンのボタンに手をかけ、プチンと外す。そこがもう濡れ始めている事は、クリフからすれば経験で予想がつくが、あえて尋ねる。そしてクリフの狙い通り、ミツキはこれまでの行為で充分に熱をもっていた体を、更に紅潮させた。冗談抜きに可愛い。今すぐメチャクチャにしてやりたいとさえ思ってしまう。だが、紳士が女性の前で完全に理性を失うなど有ってはならない。終始冷静に対応しながら、ミツキをリードしてあげてこそ、本当の紳士と言うものだ。 「ほら、僕を信じて。身を任せて。キミの愛する男性に、全てを預けてくれ」 瞼の上に口付けを落とし、ズボンの中にゆっくりと手を突っ込む。パンティを指先でずらして、ズボンごとずりおろすと、そこにはミツキの恥部が露わになる。もう隔てるものは何も無く、そこから発せられる牝の匂いも、さらに濃くなった気がした。 「ひっ、あうぅ………!」 我慢しきれなくなってそこに指を突っ込むと、ミツキは一声鳴いて体を震わせた。グチュグチュと卑猥な音を立てて中を掻き回し、二本入れた指を中で開いて、恥部を広げてみたりする。こうなると、もう自分の意志で止める事はできなくて、気が済むまでいじめ続けるしかない。 「あっ・・・・ん・・・・ッ!!」 身を捩らせるミツキを押さえ付けて、甘い声を発する唇をまた塞ぐ。有無を言わさず舌を滑り込ませ、恥部を刺激する指先と合わせて動かす。もう死ぬまでずっとこうしていたいような気分だ。しかし、そうもいかない。ミツキに限界が迫っているのが感じ取れた。達した後は一息いれて、その間にクリフも服を脱ぐとしよう。そう決めて、クリフは迫ってくるであろうその瞬間を、頭の中でカウントダウンする。そしてクリフが脳内で“0”と思った後、少しのタイムラグを置いて、ミツキの恥部が一気にクリフの指先を締め付けてきた。と同時に、隙間なくこわえ込んだ口から、ミツキの吐息が流れ込んでくるのが分かった。イッた拍子に息を大きく吐いたらしい。 「…ッ…気持良かったかい?」「せん…せっ…の、どエロぉ・・・・・」 指を引き抜くと、ミツキはまたビクンと震えた。クリフの思った通りにミツキの体は反応する。もっと続けたいと思ってしまうが、それは服を脱いでからだ。その後で望んでいた展開が繰り広げられる。それを一刻も早く実行するためにも、今はさっさと服を脱いがなくては。クリフは立ち上がると、ベストを脱ぎ捨ててその下のシャツと下着も脱ぎ捨てる。シワがつくような感じの脱ぎ方は、後でミツキに怒られるかも知れないが、それは明日ミツキが起きてからの話しだ。上半身を脱ぎ終わると、次はズボンのベルトを外す。ズボンの上からでも分かるくらい、もうクリフの肉棒は堅くなっていて、今すぐミツキの中に熱いものを注ぎ込みたい衝動に駆られてしまう。それを必死に抑え込みながら、ズボン、パンツの順番に脱いで、やっとの思いで全裸になった。もう我慢する余裕は残っておらず、ミツキの横になっているベッドに、両腕を広げてダイブする。 「わっ、わぁ!? 先生!?」「フフッ、やっぱり慌てる顔も可愛いね」 ベッドのスプリングが大きく跳ねて、トランポリンのように体が弾む。ミツキはその感覚に悲鳴を上げて驚く。子どものような行動に、クリフ自身も自戒の念に駆られるが、紳士とか探偵とか、そろそろどうでも良くなってしまう。ミツキを抱き締めて体を密着させ、首筋に鼻面をくっつけて深く息を吸い込む。少しの汗の匂いと、ミツキに移ったクリフの匂いと、ミツキ自体の匂いの混ざったものが香る。それを嗅いでいると、匂いを嗅いでいるだけでは我慢できなくなって、首筋に舌を這わせてベロベロと舐める。生暖かい舌を首筋に感じて、ミツキは思わず体を捩らせてしまう。しかし、そうしたらミツキの腹に密着していたクリフの肉棒が、腹と擦れて変な感じもした。もう透明の液体に濡れていて、腹でヌルヌルしたものが滑っている感覚に、鳥肌を立ててしまった。だが、クリフにはそれが気持良かったらしく、積極的に腰を動かして、自分の肉棒とミツキの腹を擦り合わせる。これなら早く突っ込んだり、ミツキに頼んで手や口でしてもらったりした方が気持ち良いのだろうが、止めようと思っても止まらない。 「ミツキ君……ッ、キミのお腹を汚してしまいそうだけど、後で2人一緒にシャワーでも浴びようか……」「一緒に、シーツの洗濯も、してくださいね……ッ」 そろそろ限界が来てるのを感じ取って、今の内にミツキに告げておく。いきなり腹の上に出したら、怒られてしまうかも知れない。冗談めかして言ってみたら、意外にもミツキの反応はソフトで、クリフは心の中でガッツポーズをした。外で出してしまうのは少し勿体無い気がするが、我慢する事ができないのだからしょうがない。中に出すのはこの後にしようと諦め、さらに激しく肉棒をこすり付ける。もうミツキの肌なら何処を使っても抜けそうな感じだ。今度試してみようかと考えながら続けていると、ついに限界が目前に迫った。 「クゥ……ッ!!」 ミツキの腹の上に白い液体が降り掛かり、肌を伝って流れてシーツの上に落ちる。ここからが時間との勝負だ。イヌの男性の生殖器は、射精のあと大きくなって膣内から出なくなる。しかし、外に出している状態で大きくなられてしまっては、入れられなくなってしまうではないか。クリフはそれを恐れて、目にも留まらぬ早業でミツキを抱き上げる。そして指を使って恥部を広げ、肉棒の上に降ろして行く。 「あっ・・・・・っ!!」「大丈夫。直ぐ全部入る……ッ」 まず亀頭が触れて、少しずつ飲み込まれている。膨らみ始めた部分を入れてしまえば、後はもう簡単だ。中ほどまで入れると、後は一気に押し込む。その勢いにミツキの腰が浮くが、クリフがそれを捕まえて放さない。今は、クリフがあぐらをかいて座り、その上にミツキがクリフの真正面に座っている。普段は横になってするが、今日は少し慌てていたので、座った状態で繋がってしまった。対面座位と言うやつだ。しかしたまにはこういうのも良いだろう。そう思いながら、毛皮に包まれた両腕でミツキを抱き締める。 「よく耐えたね。入れるとき痛くはなかったかい?」「い、いたぁいですよぉ・・・!せんせいのばかぁー・・・・・!!痛いのはこれっきりって、何回約束させたら、気が済むんですか……ッ!」 胸を掴まれて、涙ながらに訴えかけられる。思った以上にミツキがダメージを受けていた事に驚くと同時に、女性を泣かせた事に対する自責の念が、反射的に沸き上がってくる。今までも、膨らみ掛けた肉棒をいきなり挿入して、ミツキを泣かせてしまった事が数回あった。内1回は、処女でも無いのに出血させていた。こういう脆い点が、同じヒトでも女性より男性に高値がつく理由なのだ。しかし、クリフはそれで良いと思う。寿命が短いという事を覗いて、ミツキが脆く儚いのは大いに結構だ。その方が守り甲斐もあるし、ミツキから頼っても貰える。結局の話し、男は女の前で良いカッコがしたいのだから、それが引立つのはなんの問題も無い。ただ一つだけ残念でならない事と言えば、 「実の無い夢想だとは分かっているけど、僕たちに子どもができれば、こうしてその子もあやすのかな」「子ども扱いはしないで下さいよ。私、先生の所為で物凄い勢いで大人の階段を登らされてるんですから」 子どもができない事だけが、悔しく感じてしまう。2人に子どもができたら、その子にも探偵をさせて、孫にも探偵をさせて、ひ孫にもさせて、代々の探偵の家系にするのがクリフの夢の一つだった。しかし、こうしてミツキと繋がってると、先の事はどうでも良くなってくる。こうして気持良くて幸せで、相手も幸せにしてあげて、他に望むものなど何も無い。自分の愛したただ一人の女性を、全身全霊を持って幸せにしてあげる。それが本当の意味での紳士の筈だ。親や家庭教師に教わった、礼儀作法や勉強なんてものは上っ面でしかなくって、ただ一人の女性に認めてもらえば、他の評価なんてなんの価値も無い。彼女を幸せにしようとするほど、彼女もまたクリフを幸せにしてくれる。それで満足なんだから、他は何にも要らない。・・・・・・・と言っても、それはこの場だけの話しで、普通にしているときは、名声も欲しければお金も欲しいと思っているのは、人間なんだから仕方ない。 「そろそろ動くけど、キミの準備はできてるかい?」「はい。やっと痛みも引いたし、もう、大丈夫だと思います。・・・・・・でも、ちゃんと加減してくださいね。明日になったら腰が抜けて立てないとか、そんなオチは嫌ですよ」「すまない。その希望には添えないかもしれないよ。なにせ、キミに夢中になってしまうと、他の事が何も考えられなくなってしまうからね」 ニヤリと笑いながらミツキの顎を掴み、自分の口に引き寄せる。ミツキからキス魔だとか言われようと、キスの回数を減らすつもりは断じてない。口をカパッと開いてまたミツキの口をくわえ込み、舌を差し込む。その状態で、徐々にゆっくりと腰を動かし始めた。ミツキの嬌声があんまり外に響くのも、何だか勿体無い気がして、一声も漏らさせまいとミツキの唇をくわえて離さない。言ってる事が最初と違うかもしれないが、こんなのはそのときの感情の問題なので、変わるのも当たり前の筈だ。今は、吐息も声も何もかも飲み込んでしまいたい気分なのだ。 「……ッ…ッ!!」 口に一辺の隙間も作らず、激しい突き上げにミツキが喘ぎ声を上げようとしても、全てを飲み込んでしまう。さながら人工呼吸のように、吐き出された息をそのまま吸い込んで、また相手に送り返す。もちろんそれだけでは呼吸ができないので、息は鼻からしっかりと行っている。顔に鼻息がかかって、ミツキにはどうもくすぐったいかもしれないが、こんな状況ではそれを気にする余裕もないだろう。中で大きくなっているため、そんなに無理な動きは利かないが、かなりの大きさをもった肉棒で子宮口を何度も突付かれて、これで平気なままでいられる筈が無い。もしも平気でいられれば、それはクリフのテクニックがヤヴァイという事になってしまうではないか。そんなのは絶対に認める事などできないので、クリフは持てる限りの技術を尽くして、ミツキに快感を与えようと躍起になる。根元まで突き刺した肉棒を、ミツキに痛みを与えないギリギリのところまで退いて、勢いを付けてまた一気に奥まで突き刺した。その間にも、片方の手を使ってミツキの背中のラインをなぞり、もう片方の手で、クリフに密着しているミツキの胸を掴んで、傷を付けない程度に爪を立てた。ミツキがクリフにしっかりとしがみついているので、クリフが両手を離しても大丈夫のようだ。そして最後の仕上げにミツキの唇を解放して、身元に口を近付けて行く。なによりも効果のあるのは、意外にも本人の技術や太さとかじゃなくて、言葉だったりするのだ。少なくとも、ミツキはそうだったと思う。だから、唇を離した途端に溢れ出す嬌声をBGMにして、語り掛ける。 「愛してるよ。キミの事が世界で一番大切だ。キミ無しでは生きられない。・・・・・キミだってそうだろう?僕がいなくては、生きて行けないだろう?僕たちはお互いがお互いを必要としているんだ。誰が何をしても裂く事ができない仲だよ。ほら、僕を愛していると言って。僕を求めて。僕の為に生きてくれ」 その声が聞こえているかどうか、目立った反応は見られず、部屋には相変わらず嬌声が響いている。だが、クリフの背中に回されたミツキの腕に、力が入ったのは確かだ。こんな調子では、呂律も回らないだろうし、ミツキから言葉で返事を貰うのは無理そうだ。しかし、やはりクリフの言葉は伝わっていたようだ。ミツキはクリフにキスしようとする。だが、クリフの突き上げで揺れる体の所為で狙いが逸れ、濡れた鼻面にキスする形となった。 「フフフ、キミの気持ちは受け取っておくよ。狙いが外れたのは残念だけどね」「だ、だってぇ……ッ!」 ミツキが何か言いかけていたが、それを最後まで言わせずに、お手本を見せてやろうとまた唇を重ねる。揺れていようが、ミツキのように揺らされる側ではなく、揺らしている側なので、簡単にタイミングは合わせられた。 「ぅ・・・・ふぉろふぉろ、れほうは・・・・」「・・・ッ・・・・?」 正しくは『う・・・・そろそろ、出そうだ・・・・』と訳する。口付けを離さない所為で、あまりハッキリと話せない。そのためミツキにはその意志を伝える事はできなかった。ミツキのキョトンとした顔を目の端で捉え、クリフもそれを悟った。仕方が無いので、ミツキの腰を掴んで自分の腰に密着させ、少しも離さないようにガッシリと押さえ付ける。それが合図になって、ミツキにもクリフの限界が近い事を伝えられた。そして一気に絶頂まで突っ走り、白濁色の液体を大量に注ぎ込む。栓をされているために逃げ場のない精液が、膣内におさまらずに至急の仲間で流れ込んだ。その感覚にはいつまで経っても慣れる事ができず、ミツキもまた絶頂に達してしまい、無意識の内にクリフの背中の毛を強く引っ張りながら、体を大きく仰け反らせた。 「ウ・・・・ッ!」 強烈な快感と微かな痛みが織り交ざり、微妙な感覚となってクリフに降り掛かった。しかし快感が阻害された感じはせず、痛みはあくまでもほんの少しのモノで、先ほどミツキに与えてしまった痛みと比べれば、気にならない。ぐったりとしたミツキを優しく抱き締めながら、ミツキが復活するのを気長に待つ。ヒトの体力を無視して無理矢理するつもりはないし、間を置いた方が一回一回を楽しめると思う。 「もうそろそろ、次をしてもいいかい?」「・・・・・あと少しだけ、このままでいたいです。先生とこうやって、抱き合ってるの好きですし。モフモフーってやってると気持ちいいですよ」 少し回復してきた様子のミツキに尋ねると、次はまだお預けらしい。仕方ないのでミツキのしたいようにさせてやるが、胸に顔を埋められて、両腕でモフられるのは、少し恥ずかしい気分になってしまう。行為に一段落つけた後のミツキは、こうしてクリフにモフモフしてくる事が多い。元から毛皮を持っているクリフには、毛皮の有り難味はそこまで感じないが、毛皮のないミツキからすれば、羨ましいのかも知れない。 「そんなに毛皮が好きなら、ケダマにでも生まれれば良かったかもしれないね」「嫌ですよ。私は先生の毛皮をモフモフするのが好きなんです。自分にまで毛皮だったら、有り難味がないじゃないですか」 冗談めかして言うと、そう返された。そう言うモノなのだろうか。クリフにはよく分からない。女性の考えは、推理小説や実際の事件のトリックよりも、よっぽど複雑で把握するのが難しい。 「まあそれは置いておくとし、そろそろ復活したかい?いつまでもこんな生殺し状態じゃ、僕も耐えられないよ」「うぅ・・・・もうちょっと休みたいところですけど、あんまり激しくはしないでくださいね。あと、次は横になりながらがいいです。さっきのは恥ずかしかったんで……」 ミツキの返答にクリフは苦笑する。やはり対面座位でするのは、控えた方が良さそうだ。軽く謝りながらミツキを押し倒す。肉棒は中で膨らんだまま、萎える気配はまだまだ無く、ミツキに痛みを与えないように気を付けなくてはならない。1分ほどかけて丁寧に寝かせると、また抱き締めてミツキの顔を自分の胸に埋める。 「そう言えば覚えているかい?行為の途中に僕が言った言葉を」 あまりクリフの言葉に集中できる状況ではなかったが、それでもミツキはその時の言葉を思い出そうと努力する。そして、クリフの差していそうな言葉の候補を脳内にあげ、最も可能性の高いものを選んで口にする。 「そういえば、私はまだ言ってませんでしたね。…………愛してますよ。クリフ先生の事を誰よりも。元の世界の家族とかトモダチとか生活とか、もうどうでもいいくらいに」 何度も聞いた言葉だが、何度も聞いたって言って貰えた時の喜びは薄れない。寧ろ空気と同様に、ないと自分が成り立たないような気さえしてくる。そんな感覚を覚えながら、しかしそれに嫌な気など微塵も感じない。幸せならそれでいいじゃないか。 「はぁ、この充足感。本当にキミに会えて良かった。キミは誰よりも大切な、僕のお姫様だ」 Fin.
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