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十一 ジリリリリリリ・・・・・・。 終業のチャイムが鳴った。 「いっけね!」 幸村は、校舎の巨大な時計を見て、時間を確認する。 昼休み。 いそがねば。 本来ならば、終業のベル――すなわち昼休み開始のベルまでに弁当を主の教室まで持参しなければならない。 当然、昼休み開始と同時に、御学友とのランチを開始できるように、である。 いつもなら、素振り自体を講義終了十分前ほどに終わらせ、余裕を持って校舎に行くのだが、今日に限って、時間を忘れてしまったのだ。 特に体調が良かったわけではない。 今朝の、色々あった出来事を頭の中から払拭しようと、必要以上に、意図的に没頭した結果だった。 (まずいな、こいつは下手したら、懲罰もんだ) 幸村は、手早く捲くった袖を直し、上着を羽織った。 剣を鞘に収め、弁当を・・・・・・。 無い。 弁当が無い。 確かに置いたはずの場所に無い。 (うそだろ・・・・・・さっきまで確かにあったじゃねえか!) 「お探し物はこれでしょうか?」 その声を聞いた瞬間、幸村の汗は一気に冷たくなった。 そこにはメイド服を纏った銀髪の女――ヒルダがいた。 「・・・・・・何で、お前が、ここに、いるんだ・・・・・・?」 「まあまあ、ことほど左様に恐がらなくともよろしいではありませんか。私はオニでもアクマでもありませんのに」「何でここにいるんだ!?」「お召しを受けたのでございますよ、お嬢様の担任の講師様から、成績の事で。おそらく今期の飛び級試験の話でございましょう」「何でよりによって、お前が来るんだ!奥方様でもボイド様でもいいはずじゃないか!?」「これはまた・・・・・・おかしな事をお訊きになるのでございますね。決まっているじゃありませんか」「何が決まってるんだっ!?」 「貴方がおられるからですわ」 「・・・・・・」 幸村は、もう言葉が無かった。 いや、例え返す言葉があったとしても、口の中がカラカラで、もう何も話せなかった。 ただ、腰から崩れ落ちそうになるのを、必死でこらえる事しか出来なかった。 「んふふふふ・・・・・・そんな事よりも、早くお弁当を届けないと、またお叱りを受けますわよ」 「っ!」 幸村は全身の力を振り絞り、彼女の手からそれをひったくった。 早くクララの元へ行かねばならない。 いかに、コイツが大胆不敵でも、クララと一緒にいる場で、何かを仕掛けてくる可能性は低い。やけになった幸村が何もかもクララにブチまけたら、それでヒルダ本人も終わりだからだ。 残った体力の全てを使って、校舎へ駆け出そうとした幸村の視界に飛び込んできたのは、彼の主その人だった。 「ユキィィィィ、遅いよぉ!! キミがランチを持ってこないから、こっちから取りに来ちゃったじゃないかぁ!」「おっ、お嬢様っ」 「あらあら、お嬢様いけませんわ、そのような大声を出されては。レディともあろう者がはしたない」「あれっ、ヒルダ? どうしたの?」「学校から屋敷の方へ、お呼び出しがあったのですよ。でも、それほど悪い話では無いと思いますが」「ふ~ん、何だろ? ま、いいや。で、ユキ、ランチは?」 そう言われて、あたふたと幸村が弁当を差し出す。「あっ、おっ、お嬢様っ、申し訳ございません、ただいますぐに教室の方にお持ちします!」「いいよ、別に。ここで食べようよ」「ここで? 外で、という事ですか、お嬢様?」「うん。涼しくて気持ちいいよ。ねえユキ、テラスの方へ行こうよ」 そう言うが早いか、クララは弁当を受け取り、駆け出そうとする。相変わらずの性急さだ。 しかし、幸村の立場としては、はいそうですねと、ついて行くわけにもいかない。 「しかし、お嬢様、本当に宜しいのですか? 御学友の方々との御会食は・・・・・・」「いーのいーの、たまにはねっ」 「お嬢様」 背後から冷や水をぶっかけるような冷静さでヒルダが口を挟む。「私もご相伴に預からせて頂いて宜しゅうございますか?」 いや、違う。「うん、いいよ! 一緒においでよヒルダ!」 ヒルダの冷静さが冷や水なのではない。「有難うございます。お嬢様」 ヒルダの存在そのものが、この場における冷や水なのだ。「それでは参りましょうか。ユキ・・・・・・」 「・・・・・・はい・・・・・・」 ヒルダは、しずしずと歩を進めながら、隣にいる哀れな子羊に一瞥をくれると、今度は念話で話しかけた『――ユキ』 (・・・・・・何だよ)『性感魔法は、やっぱりお嫌かしら?』(当たり前じゃないかっ!?)『あらあら、でしたら、どうして――』 ヒルダは再び、銀縁眼鏡の奥の淫靡な眼差しを幸村に向け、『――どうして、あなたのここは、こんなにも堅く、大きくなっているのでしょうか?』 幸村は、その言葉を聞いた瞬間に、思わず射精しそうになったのを、必死でこらえた。 十二 「あれ、ヒルダのやつは?」「いや、今しがたトイレに……」 ――ぴちゃっ、れるっ、れろろっ。 テラスにあるボックスシート。幸村をそこに待たせ、クララはトレイに二人分の紅茶を乗せて持って来た。 無論ドリンクバーにあるのは、紅茶だけではない。 種々のコーヒーのブレンド、紅茶の茶葉、さらには日本茶の類いまで、合わせて数十種類の飲料が完備されている。 普通なら、そこからドリンクを注いでくるのは、当然召使いの役目なのだが、クララは、自分自身で選ぶ。 その日の気分で、色々と選択の幅を広げるのが好きだったからだ。 ――はぐっ、じゅぷぷぷっ。 「ふ~ん。ま、いいや。もともとアイツ、邪魔だったしね?」 そう言いながらクララは、幸村に、意味ありげなウインクをする。 「……は、はは……、お嬢様って、ロコツっすね」「なぁによ、その引きつった笑顔は? ボクとしては、キミと二人でランチを楽しみたかったって言ったら、そんなにおかしいかい?」 ――じゅぷっ、じゅぷっ、じゅっくっ。 「たはは……、照れますな御主人様……」「だぁめだよユキ、ボクの事をゴシュジンサマなんて呼んじゃあ。前にも言ったじゃない、ボク、その呼び名キライなんだよ」 そう言いながらクララはテーブルにトレイを置き、幸村の向かいに座った。 ――はむはむっ、ちゅうううううっ。 (あれ……?) 心なしか、彼の顔色が悪い気がする。 妙な汗もかいているようだし、指先も若干震えているようだ。「どうしたのユキ? 何か気分でも悪いの?」 ――ちゅちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、……あむっ。 「あっ、いえっ、別にっ!」「まあ、だったらいいんだけどね。――じゃ、いただこうか?」「そう、ですね。せっかく淹れていただいたお茶が冷めないうちに」「じゃ、いっただっきまぁす」 そう言うと、クララは弁当に箸をつけ始めた。 幸村も、購買部で買った焼きそばパンに手をつける。 ――ちゅばばばっ、ちゅびびっ。 「ねえねえ、ユキ、さっき窓から見てたんだけどさ、キミの腕って、随分上達したんじゃない?」「そんな……とんでもありませんよ。まだまだですよ」「うん、まだまだだよ。このボクに比べれば全然だね」「それはそれで、ひどいっすね」 幸村は思わず苦笑いする。 ――じゅぽぽっ、じゅぷっ、じゅぷっ、……かりっ! その瞬間、彼の眉間に、何かをこらえるような縦じわが走った。 しかし、クララはそれに気付かなかった。彼女は自分の話に夢中になっていたからだ。「でも全然って言っても、かなりマシになってることは確かだね。だからさ、後でこのボクが、上達の程を確認してあげよっかな~~なんてさ。…いや、かな…?」 上目遣いにクララが幸村を見上げる。が、その瞬間――。 ――かりっ、かりっ! 「っはぁっ!」「ちょっとユキ、どうしたの!? さっきから何か変だよ?」 「……いやっ、そのっ、お嬢様にお相手してもらえるなんて、下手すりゃ大ケガだな、なんて……」「なぁんだ。だから、そんなに青い顔しちゃってるんだ。大丈夫だよ、何もコロしゃしないからね~」「…はっ、はははっ…」「あれっ、何だよユキ、さっきからパンに全然手を付けてないじゃないか?」「いや、その、あの、……何か、食欲がわかなくて……」 ――れるるるる~~~~、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ。 「ふーん、そういや、やっぱり顔色悪いよね。大丈夫?」 そう言うとクララは、自分の額に手を当て、同じように幸村の額にも掌を当てた。「ん~~、熱は無いようだけど…イマイチよく分からないな」 そう言うとクララは、席を立ち、幸村の傍までやってきた。 幸村は相変わらず、顔を真っ赤にして、切なげに何かをこらえる表情をしている。 テーブルクロスに隠された彼の下半身が、ふるふると震えているようだが、クララは当然見ていなかった。「あの、お嬢様、何を…?」「決まってるじゃないか。キミのお熱を診るんだよ」 クララは、幸村の後頭部を片手で抑えると、己の額を彼の額に、そっと押し当てた。「おっ、おじょうさまっ!」 ――どぴゅっ、どぴゅぴゅっ! どくん、どくん、どくん、どくん!――ごくん! ごくん、ごくん、ごくん、ごくん!「!!!!」 その瞬間、クララはユキに抱き寄せられていた。「ゆっ、ユキっ!?」「……じょうさま……おじょうさ……」 彼の心臓が破れんばかりに上下しているのが分かる。 その全身はマラリアのように震え、歯の根が合わず、ガチガチと音がする。「ユキ、一体どうしたの?」「…し訳ありません……申し訳ありません……申し訳……くぅっ!」 そのうめき声と同時に、幸村の身体から力が抜けるのがわかった。 クララの背中に回した手を離し、テーブルに突っ伏した幸村は、半ば涙声になっているようだった。 クララにはわけが分からない。さっきまであんなに元気に剣を振り回していたこの男に、一体何が起こったのか。「ユキ、取り敢えず、今日はもう帰りなさい。キミは今、すっごく疲れてるんだよ」「すみません……すみません……本当に、すみません……」 「いいさいいさ、たまには早く帰って骨を休めなよ。何なら今晩の“お勤め”もオフにしようか?」「いえっ、あのっ、そんなっ!」「うんっ、そうだね、それかいい。じゃ、気をつけて帰るんだよ!」 そう言うと、クララは慰めるような笑顔を残して、テラスを去っていった。 「……お嬢様……」「んふっ! 本当にいい子ですよねえ、あのお嬢様ったら」 幸村は思わず声のした方を睨みつける。 ボックスシートに座った、彼の下半身を覆うテーブルクロス。 それが、そっとめくり上げられ、そこには、ファスナーから引っ張り出された幸村のペニスと、それに舌を這わす銀髪の女の瞳が、淫蕩な光に輝いていた。
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