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シュバルツカッツェ城の廊下の片隅で目を覚ましたぼく。朝だから目を覚ましたというより、強烈な寒さで目を覚ましたようなもの・・・吐く息は白く、歯の根が合わずガチガチとなって、凍死しなかったのが奇跡のよう。そう、この痛いほどの寒さはまさに現実・・・ 「ああ、夢じゃなかったんだ・・・」 がっくりとへたり込んで俯くぼく。シャツから覗く二の腕は所々まだらに赤くなっている。寒さのあまり無意識にスチームに近寄っては鋳鉄の放熱面に腕が触れ、火傷寸前の熱さに飛び起きるというのを繰り返した名残だ。 ぼやぼやとまとまらない思考を整理しているうちに、ご主人様の部屋の中が賑やかになった。すぐに勢い良く扉が開けられ、遊びに出かけるのか、三人のネコ姫が廊下に飛び出して来る。ぼくは慌てて先頭のご主人様に声をかける。 「あ、あのっ・・・ご主人様っ・・・」 ビクッと振り返る三姉妹。驚いてる・・・ 「にゃにゃっ!!まだ、いたのきゃ?まさか、昨日からこんな寒いトコにいたのきゃ?」 信じられないという顔でぼくを見るご主人様。ぼくはガクガクと頷いて言う。 「そ、そうですよっ!!ぼく、ホントに帰るところないんですっ・・・ぼくはご主人様の・・・」 「う・・・にゃふ・・・ハッ!! 」 2、3歩近寄りかけてから、ばっと飛び退くご主人様。 「いいや、ダマされにゃいにゃっ!お前なんか知らにゃいにゃ!勝手についてきたらヒドイにゃよ!! 」 「そ、そんな・・・」 ご主人様らしからぬ、冷たい言葉に凍りつくぼく。そのスキにご主人様は廊下をパタパタと走っていく。 「べ~、ですの――っ」 とユナ様が・・・リナ様も、すまなそうな顔こそするものの、しっかりとご主人様の部屋にカギをガチャリとかけて、ぼくに声をかけることなく走り去る・・・走りながら、脇腹を押さえているのが気になった・・・ 呆然と一人廊下のどん詰まりに取り残されるぼく。しかし、ぼくにできるのは三姉妹に怒られないぐらいの距離を開けてついて行くことぐらいしかない・・・ぼくはこの世界ではもう、ご主人様の召使いしか出来ないから・・・ さて・・・三姉妹について行くうちにこの世界でわかってきた事・・・それは今日が年末の12月29日ということだった。25日を過ぎるとお城のお姫様達は自分の父親の元に里帰りするのでお城には誰もいなかった。また、今年は女王陛下も南の気候のよい離宮でまつりごとをしているらしく、このシュバルツカッツェ城にはまさに父親のいないご主人様三姉妹しかいないのだ・・・そう、女王が出て行った時点で正門もガッチリと閉められ、門番は外にいて女王の命がなければ開く事がない・・・これはぼくの問題にも直結してくる・・・ 「うう・・・ご主人様に雇ってもらわないと・・・食料庫から、厨房までカギが掛かってるなんて・・・このままじゃ飢え死にしちゃう・・・」 ぐうぐうと鳴るお腹をお城の中庭の井戸の水でごまかすぼく。すきっ腹に冷たい水が凍みる・・・ぼくのそんな気持ちも知らないでご主人様たちは中庭の真ん中で元気良くチャンバラごっこをしている・・・ぼくは溜息をついて井戸の底に映る自分の顔に声をかける・・・ 「お腹がすくと悲しくなるよね・・・」 井戸の底では不安なぼくの顔が返事もせずに揺らめいているだけ・・・ 「あ、姉上・・・」 渇いた口の中が粘つくが、手に持った模擬刀を構えなおし、目の前の姉にリナは声をかける。篭手の下の手首がジンジンと痺れてる・・・ 「なんにゃ?」 ジリジリと間合いを詰めながら、無造作に上段に模擬刀を構えたマナが答える。その声は少しも疲れがないようで、実際に汗一つかいていない・・・。また、リナと違って、自信があるのか防具の一つも身につけていない。その剣も魔法も得意な自慢の姉に尋ねるリナ。 「あ、あの・・・『姉上の召使いだ』って名乗っているもののことだけど・・・」 何度も近寄ろうとしては姉やユナに威嚇されては追い返され、中庭の隅の井戸を力なく覗き込んでいるヒト召使いに視線だけ向けておずおずと言う。 「そ、そんなに悪人に見えないし・・・それに、優しそうだし・・・」 「だから・・・あんなヤツ知らにゃいにゃ!!スキにゃりっ!!」 「あうっ!! 」 目にも止まらぬ速度で模擬刀が閃くとしたたかにリナの篭手は叩かれ、またもや模擬刀をカランと取り落とすリナ。 「リナにはまだ練習中に余計なコトを考えられるレベルじゃにゃいにゃよ」 しゅんとしてリナが言う。 「・・・う、うん・・・でも姉上があの召使い雇わないのかなって思って・・・」 なぜか未練たらたらな様子のリナを見てあきれていうマナ。 「きっとあれはババアの回し者にゃ!スパイにゃ!お前達はあのババアの恐ろしさをしらにゃいにゃ!」 と、マナは側の木の下で座って読書をしているユナにも聞かせるように言う。 「でも、頭はおかしいみたいですけど、休み明けたらすぐ転売しちゃえばいいんですの、そしたら商売の頭金にできますの――」 と、読書を中断し、本を膝の上に伏せて言うのはリナ。本の題名は『資本論』とか書いてある・・・ 「・・・う、うん・・・で、でも・・・ちょっと、かわいそうな・・・」 と、遠慮がちに言うリナだが、マナとユナは言い争いをしていて誰も聞いてない・・・ 「ふう・・・」 防具をずらして自分の手をじっと見るリナ。打たれすぎて青アザだらけになっていた・・・。マナには魔法はもちろん剣技でも足元に及ばない自分を感じて溜息をつく。せめてユナほどの商才でもあれば、剣や魔法に見切りをつけられたのに・・・不器用な自分はこうやって無駄かもしれない努力をするだけなのだ・・・ときおり、姉と妹に対するコンプレックスの針が心に突き刺さるときもある・・・ 下を向いたリナにマナが気付いて、何を勘違いしたのかリナをからかう。 「にゃふふ・・・リナ、さてはあの召使いにホレたにゃ・・・」 「・・・え?・・・な、なっ、何を言って・・・!! 」 「リナの顔、髪と同じぐらい真っ赤っか、ですの――っ」 はやしたてるユナ。マナのことは言うこと聞くのに、リナに対しては全然姉とも思わないような対応をするのでこ憎たらしいことこの上ない・・・ 「ユ、ユナっ!!あんまりフザ・・・い、イタタタタ・・・」 不意に下腹を押さえ蹲るリナ。ゴリゴリと背骨にまで響くような痛みに思わず眉をしかめる。昨日までおさまっていたが、またかなり痛みが強くなってきた・・・。今までの剣術の練習でかいた汗とは違うイヤな汗が額を濡らす・・・ 「リナ、またきゃ・・・?」 「あ~っ、ごまかしてるんですの――っ」 しゃがみ込んで細く息を吐き、じっとしていると、ひどい痛みは徐々に遠ざかっていく・・・ 「・・・く・・・だ、大丈夫・・・姉上・・・もう一番・・・」 模擬刀を杖に立つとまた基本どおりの中段に構えるリナ。でも、マナは模擬刀の背でトントンと肩を叩きながら言う。 「まあ、今日はこれくらいにしとくにゃ・・・ちゃんと打たれたトコロは湿布張っとくにゃよ」 「・・・う、うん・・・」 下を向くリナ。今日も一本も打ち込めなくて、手に入れたものと言えば、自信でも、実力でもなく、体のそこかしこにこさえたアザだけ・・・小さく涙ぐむリナにマナが覗き込むようにして言う。 「お前は優しすぎるにゃ・・・でも気持ちさえ折り合いがつけば、今よりずっとずっと強くなれるにゃ・・・わたしどころか、エイディアのサーブルだって目じゃにゃいにゃよ」 「姉上・・・ありがと。ウソでも・・・嬉しい・・・」 取り得のない自分にかけてくれた優しい言葉はリナの心に優しく沁みていく・・・そしてマナは自分の部屋に歩いていきながら小さく口の中で呟く。 「にゃふ・・・確かに部屋の前で凍死されても新年早々目覚めが悪いかにゃ・・・」 結局、ちょっとでも近寄ればご主人様に威嚇され、ユナ様には石を投げられ、リナ様にはなぜか怯えられて、取り立てて進展なく日は暮れてしまう・・・。そして今日もご主人様の部屋の前、廊下のどんずまりのスチームの横に座るぼく。お腹は水でたぷたぷ言ってるし、ドアの隙間から暖かい光と共に漏れる楽しげなご主人様たちの声は仲間ハズレのぼくを落ち込ませる・・・ 「・・・・・・・・・」 体操座りのまま、膝の間に顔を埋めるぼく。いつもより調子の悪いスチームヒータが死にそうな感じの咳き込んだ音を立て、弱弱しく熱を発している・・・ 『せっかく女王様から逃げ出せたのに、ぼくこんな所で飢え死にしちゃうのかな・・・』 そんな時だった。空腹に耐えるぼくの目の前がふいに明るくなる。眉をしかめながら顔を上げれば、そこには腰に手を当てた幼いご主人様の姿がシルエットになっていた・・・ 「・・・あ、あの・・・ごしゅじんさ・・・」 とっさのセリフは寒さで歯が鳴って自分でもおかしいほどもつれる。立ち上がろうとしたが、夜の冷え込みで強張った関節は自由が利かず、ガクガクと四つん這いになってご主人様の前にミジメに手をついただけ・・・そんなぼくにご主人様は棒読み口調でひどいコトを言う。 「まだ居たのきゃ?いつまでもココにいたって無駄にゃ!!あのババァのところにとっとと帰れにゃっ!! 」 「そ、そんな・・・いまさら女王様のところに戻ったらぼく・・・今度は・・・ぐしゅ・・・」 弱弱しく訴えるぼく。いまさら戻っても実験台よりも惨めな死が待つだけだろう・・・ぼくはふらふらとご主人様に取りすがろうとしたがご主人様は手に持っていた新聞紙を丸めて投げつけて叫ぶ。 「にゃにゃっ!!くるにゃっ、ちかよるにゃっ!!えいっ・・・」 『バサリ』と頭から新聞紙を投げつけられ、怯んだスキに後ろの妹達まで手に持ったものをぼくに投げつけてぼくを追い払おうとする。ぼこぼこと体中に物が当り、頭を抱えて叫ぶぼく。 「あうっ!ご、ご主人様っ、リナ様、ユナ様っ・・・やめて下さいっ・・・」 と、思わずうずくまれば、鼻の先でドアを『バタン』と閉められてしまう。ぼくは暗くて冷たい廊下にまた取り残され、膝をついて廊下の扉を見つめる・・・ぼく、こんな所で凍死しちゃうのかな・・・ 「・・・寒いのヤだよ・・・お腹へったよぅ・・・」 と呟いて鼻をクスンとすすり上げる。それは寒さのせいだけじゃなくて・・・ 『バタン!』とドアを閉めてきっちりと扉を閉めてからマナは後ろのひょろりとした妹に向き直って言う。 「にゃふ・・・これでいいきゃ?」 「う、うん・・・姉上・・・ありがとう・・・」 赤毛のネコ姫は俯いてモジモジと照れながら言う。なぜかこのリナはあのヒト召使いがいたく気に入ったらしい・・・ 「まったく、リナはしかたないですの――っ!でも、いいコトをすると気持ちがイイですの・・・」 と、小脇にお菓子のブリキ缶を抱えたユナが額の汗をぬぐって清清しく言う。なんか楽しそうだ・・・自分が一番乗り気だったクセに、言いにくいことは全部リナに言わせてしまったちゃっかり者だ。やっぱりあの見知らぬヒト召使いが気になるのだろう・・・人の事はいえないか・・・ 「にゃふ、もう寝るにゃ、明日もガッチリ遊ぶにゃ・・・」 二人の妹の肩に手を置いて3人で笑いあいながらリビングに戻りつつ思った・・・。 『にゃふふ・・・三つ子だけあって、好みも結構似てるにゃね・・・』 そのころドアの外では・・・投げられた物を漁ってるぼく・・・ 「あっ!チョコレートバー見っけ!!・・・新聞紙はお腹に巻いて・・・スナック菓子のダンボール敷いて・・・これ缶コーヒーだ・・・あ、あったか~い・・・」 思わず小さく叫んで両手で缶を握り締めるぼく。姿はホームレスだが、いや実際ホームレスなのだけど・・・とりあえずゆっくりと味わってコーヒーとチョコバーをかわりばんこにゆっくりと味わって食べる。ここまで来ると鈍いぼくにも分かる・・・ 『ご主人様・・・甘いです・・・やっぱり優しいんだ・・・くすん・・・』 涙って、嬉しくても出るんだな・・・などと思いながら昨日より身も心も暖かい状態で眠りにつくぼく・・・明日はもっと仲良くなれるといいな・・・ ウトウトとしているぼく。缶コーヒーの缶を握ったまま寝てしまったらしく、握力のなくなった手から床にカランと空き缶の落ちた音で眠りは浅くなる・・・ 夢と現実の狭間の不思議な感覚・・・。そこにはご主人様やリナ様。ミルフィ姫にソラヤ君・・・そしてぼくの弟が現れては消えていき・・・最後にユナ様が深刻な顔でぼくに言う。 「・・・リ、リナがお腹が痛いって大変なんですの――っ!!あなた、コーヒーとチョコ恵んだんですから助けるですの――っ!! 」 その声はリアルで、緊迫してて・・・あれ・・・? 「・・・え・・・ええっ!? ・・・現実・・・!!」 ぼくはドアから溢れる光に目を細めながら跳ね起きると、必死に思考をまとめる。すると、不意に部屋うちから腕が伸び、ユナ様の肩をガッと掴むと声。 「見苦しいことするにゃっ!!他人の助けは借りにゃいにゃっ!!」 その声はご主人様には珍しい、焦燥と疲労感がにじんでいる。ユナ様を部屋の中に引き込み閉められるドアに向かってぼくは駆けより、両手をこじ入れて叫んだ。 「ご、ご主人様っ、ヘンな意地を張ってる場合じゃないんでしょっ!!開けてっ!」 「にゃにゃっ!! 離せにゃっ!! 」 ドアの隙間に金色の瞳。それは不安と微妙の恐怖に揺れている・・・ 「お姉ちゃんなんでしょっ!今やれる事は全部しなくっちゃ!!」 ぼくは叫び返す。二人の視線は互いを睨むように交錯する。そして先に目をそらしたのはご主人様・・・ 「・・・にゃふ・・・」 ふいにドアを押さえる力が緩み、ぼくは暑いぐらいの部屋の中に入る。下をむいて、ぶつぶつと口の中でなんか言ってるご主人様を追い抜いてリビングに行く。リビングのソファにリナ様は寝かされていた。 ソファの前のテーブルには医学書が置いてあるが、ご主人様はかなりパニクっているらしく、その本には『家庭の医学』の他に、『下肢骨折読本』とか『こころの病と付き合う法』とか、まったく関係の無さそうなものもあったりする・・・ ぼくはせわしなく小さな息を繰り返すリナ様に近寄り、そっと声をかける。意識はある・・・というか、その痛みによって寝ることもできない、といったところか・・・。そんなぼくをハンカチを握り締めたユナ様が心配そうに見つめてる・・・ 「リナ様聞こえます?」 「・・・・・・・・・」 薄っすら目を開けて頷くリナ様。額に汗が光る。 「痛いところはどこです?」 「お腹の下の方・・・」 ご主人様から習ったにわか知識を元に必死に考えるぼく。ゆっくりと安心させるように質問していく。ソファにかがんで、目線を合わせるようにして言う。 「いつから痛かったの?」 「・・・4日前・・・でも昨日はそんなに痛くなくて・・・みんなに心配かけさせちゃうから・・・姉上が母上に頭下げなきゃいけなくなっちゃうから・・・」 この言葉を聞いて、後ろで血が出そうなほど唇を噛み締め下を向き立ち尽くすのはご主人様。 「リナはバカですのっ!!イタかったらちゃんと言うですの――っ!!」 ぼろぼろと涙をこぼしながら叫ぶのはユナ様。また、痛みがリナ様を襲ったのか、ソファの上でエビのように丸くなって、ひどい痛みを耐えている・・・それでも声一つ、泣き言一つ言わないガマン強いリナ様・・・。その時、ぼくはふいに閃いた。振り返って言う。 「ご、ご主人様・・・ランツ点とかマックバーネーとかは触ってみました?」 「わ、忘れてたにゃっ!!わ、わたしとした事が・・・にゃっ・・・!!」 弾かれたように顔を上げ、ぼくを押しのけるようにしてリナ様に駆け寄るご主人様。毛布を払いのけ、リナ様のパジャマの下腹をそっと探るように押しながら言う。 「・・・イタかったら言うにゃ・・・ガマンしたらダメにゃよ・・・」 震えているが、精一杯の優しさをこめて言うご主人様。指先でリナ様のおへそと骨盤を慎重に探りながら触診していく・・・ 「・・・ここはどうにゃ?」 「へ、平気・・・」 「・・・ここは?」 「大丈夫・・・」 「ココ・・・」 「イ、痛いっ・・・!! ひぐうううぅ・・・」 とたんに悶えるリナ様。ご主人様は呆然と立ち上がる。ぼくは言う。 「虫垂炎ですね・・・かなり進んでます・・・」 「そ、そんなこと、わかってるにゃっ!! 」 ご主人様は顔を真っ赤にして叫びながら、何度も唾を飲み込んで言う。 「い、医者を呼んで、手術させるにゃっ」 ぐすぐすとすすり上げながらユナ様が言う。 「でも、お城のお医者様は里帰りしてますの、それに正門は外から閉められてますの――っ!」 そうなのだ、まだこの頃のシュバルツカッツェ城は正門は防犯上の問題で閉められているのだ。それが開くようになったのは、ご主人様の魔法の力が良くも悪くも国中の悪人達に轟いてから、だとか・・・ 「にゃ・・・ロープかなんかで城壁をからリナを下ろして、街の医者に・・・」 そんなご主人様の両肩を掴み、揺すりながら言うぼく。 「もう、ヘタに動かしたら危ないって、ご主人様の方が分かっているんでしょ!!」 そうなのだ・・・一旦、痛みが引いたのはかなり症状が進んでいると見ていいだろう。もしも無理に動かしてお腹の中で膿んだ虫垂が破れたら・・・リナ様に訪れるのは、腹膜炎を起こし次々と臓器不全を併発し、ひどく苦しんでからの死でしかないだろう・・・。 ご主人様はぼくの手を払い、逆切れしてぼくに食ってかかる。 「にゃにゃっ!! じゃあ、どうしろって言うにゃっ!! 」 ぼくはぼくより背の低い、10年前のご主人様を見つめながら静かに言う。 「ご主人様がオペするんです・・・それしかないって、もう判ってるはずです・・・開腹して、膿んだ虫垂を摘出・・・それを麻酔無しで・・・やるしかないです。」 「にゃっ!! 」 とたんに強張るご主人様。畳み掛けるようにいうぼく。 「それしかもう方法はないですよ。確か、手術道具は10年前から持っていたはずですよね・・・」 冷静に言うぼく。アルコールで泥酔させれば出血が激しくなるので麻酔無しの手術しかないだろう・・・ 「この前、手に入れたばかりにゃっ!!・・・でも、でも・・・わたしが・・・自分の実の妹のお腹を・・・わたしには切れにゃいにゃぁ・・・」 とたんに気弱そうな顔になるご主人様。ほとんど涙ぐんでる、と言っていいだろう・・・。そんなご主人様は自分の服の裾を引張られているのに気が付いた。振り向く・・・そこにはソファの上の赤毛のネコ姫・・・ 「リナ・・・」 「あ、姉上・・・私、姉上に切ってほしい・・・姉上信じてるから、姉上は何でもできるからきっと大丈夫・・・私、なにもできないけど、ガマンはできるよ・・・」 リナ様は激しい痛みの中、それでも小さく笑みを浮べつつ囁くように言う。 切られる本人が真っ先に麻酔無しの手術を覚悟して言う。もともと、リナ様の性格は剛毅なのだ。それを見てご主人様もゆっくりと、そして大きく頷いた。 「わかったにゃ・・・リナはわたしが切るにゃ。私、お姉ちゃんだもんにゃ・・・リナが頑張る以上に頑張れるにゃ」 金色の瞳には決意の金色の炎が揺らめく。ぼくはご主人様を見てお辞儀をするように小さくゆっくり頷いた・・・ 『ご主人様・・・今のご主人様はぼくの知ってるご主人様です・・・』 ぼくにとって、三姉妹にとって、長い夜が始まろうとしている・・・ (つづく・・・)
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