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初めて出会ったときは大爆笑された。「猫耳! 猫耳男がいるよあはははははは」それが買ったことを後悔した、一回目だった。「博士! 博士!」「なんだ」博士と呼ばれた黒いマダラは天秤、フラスコなどが雑多に置かれた机から振り向いた。「今日の晩御飯なんですか」マダラは白衣の襟を苛立たしそうにいじりながら、声の主に答えた。「そんなことどうだっていいだろう。キリコ」声の主はきれいな黒い髪を振り乱さんばかりに、マダラに食って掛かった。「どーでもよくありませんよ! こっちに落ちてきてから食べることぐらいしか楽しいことがないんですからね」「…………」マダラはその女のような顔をしかめて、自分のヒト奴隷を眺めた。「どうしてお前みたいなのを買ってしまったんだろうな」「そりゃ、博士の落ち度ですよ」ヒト奴隷は涼やかに答えた。「よし、今日は猫まんまな」「あ、博士! ひどい! ヒトの体はデリケートなのに!」そもそも適当に安いのを買ってきたのがいけなかった。主人を主人とも思わないこの言動が安さの秘密だったことを博士は疑ってはいない。確かに、人格は関係ないのだが。「博士ー」「なんだ。さっきから」「昼の分の薬は?」こともなげに言うヒト奴隷に博士はため息をつく。「忘れるところだったよ。ほら」小さな手に錠剤をいくつか乗せると、彼女はためらわずにそれをぽいと口に放り込んだ。「ちゃんと水で飲め」「はーい」手渡された水のボトルをくわえると、キリコはごくごく喉をならした。「はい。ごちそうさま」「馬鹿。『ごちそうさま』なんて言うところじゃない」「あはは。確かにねえ。私、実験動物だった」博士はまた、どうして買ってしまったのだろうと頭を抱える。キリコは笑っている。キリコはよく笑うのだ。数十分後、キリコは丸いすに座って博士と向き合っていた。「博士ー。博士は獅子国料理とか好きですか?」「猫まんまだと言っただろう」「ちぇ。博士の女顔! 童顔!」「黙れのっぺらぼうが」人が気にしてることを的確に言い当ててくるような実験体なんていらない。何度もそう思ったが、自費ではなく研究室での買い物なのでその辺に投げ捨てるわけにもいかない。本社にごめんなさい。「で、経過はどうだ?」「今のところなんともないですよー。ラムネみたいでおいしかった」キリコはへらへらしながら答える。こうして博士の作った薬の実験台になるのがキリコの役目である。「脈拍、血圧も異常なしだな」血圧計を動かしながら博士が言う。「気持ち悪いとかだるいとかはないか?」「別にないです」「そうか」『ヒトに使っても安全な薬作り』が本社の意向なので彼女が研究所に来たわけだが、なんだかよく分からないうちに世話役みたいなものになってしまった。研究所内で放し飼いにされているキリコが、主に博士にちょっかいを出すのが悪いのだが。「じゃあ、もう行っていいぞ」「はーい」キリコはそう言って数歩歩き、倒れた。「んなあっ!」びっくりして変な声が出た。ふと見ると、キリコが天井を見上げていた「起きたか」「どのくらい倒れてたんでしょうか」白い無機質なベッドの上、キリコは尋ねた。「十分くらいだな。どんな感じだ?」書類に書き込みながら博士が聞いた。「ちょっとくらくらします」「魔力が重すぎたか。あてられたな」キリコは寝返りをうち、くつくつと笑う。「博士の叫び方は傑作でしたね」「その辺の記憶はあるのか」まったくいやな奴隷だ、と心の中でつぶやいた。布団からもれるくぐもった笑い声を聞きながら、博士はぽつりと言った。「お前は嫌じゃないのか」「何がですか?」「この世界とか実験台としての生活とか、いろいろなことが」キリコはベッドからゆっくり身を起こすと、けたけた笑い出した。「別にー落ちてきちゃったのってある意味へんてこなことですしね。私の理解の範疇超えてるっていうか」キリコは笑いながら続ける。「それに、私が実験台になった薬はヒトにも使えるんでしょ? それなら私すっごい役に立ってるし。うっかりするとヒトビトを救っちゃうかも?」楽しそうにキリコは言う。博士は頭を振った。「俺にはよくわからんね」「そうですか? まあ私はそれなりに楽しく生きてますよ。それに」博士は、いつの間にかベッドの上からじっと見つめるキリコにぎょっとした。「ここには博士もいるしね」「――なーんちゃって」「このクソガキ! 大人をからかうな!」「博士って大人だったんですね。初めて知りました」「今すぐ黙らないとメシ抜くぞ!」「ゴメンナサイーワルイドレイをオシオキしてくださいー」「誤解のあるような謝り方をするな! ああ違うんだそんな目で見ないでくれ!」
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