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――一年と数ヶ月前―― 天井から鎖で吊られた鳥かごのような小さな檻。そのなかに、まだ幼さを残す少女がいる。衣服を剥ぎ取られ、あられもない姿で閉じ込められている少女が身に着けているものは、鎖の付いた首輪と、少女の両腕を背中で拘束する革手錠だけ。立ち上がることさえできないような小さな檻の中で、少女は悲しそうに目を伏せている。そんな少女の姿を、卑猥な目で眺めながら談笑するネコの男達。「どうですかな、我が家のペットは」「これはまた、随分とそそらせる顔つきじゃあないか」「全く。この愁いを帯びた表情と幼い肉体が実に見事だ」「悲しげな表情の中に、恥じらいとどうすることも出来ぬ無力感。私好みの顔つきだ」「いや、全く」裸の少女を前後から舐めるように眺めつつ、好き勝手に談笑する男達。小さな檻の中で、肌を隠すこともそこから逃げることもできない少女は、ただ悲しそうな瞳で男達の好奇の目に耐えている。「しかし、見るだけと言うのもつまらんものだな」「そうだな。……まさか、これほどの上玉を見せておいてそれだけとか言うのではあるまいね?」その言葉にふっと笑う屋敷の主人。「もちろんですとも。皆様方にかわいがっていただくためにここに用意したのですから」「おお、それでこそ」「では、私は夜のパーティの支度をするので、それまでの間、どうぞご存分に愉しまれよ」 そう言って、その部屋から立ち去る屋敷の主。 残されたのは、檻の中の少女と、少女を眺める数人の男。「では、早速お言葉に甘えるとしますかな」 誰からともなくそう口火を切ると、男たちは我先にと檻の中の少女に手を伸ばしていった。 十数本の腕が、一斉に少女の全身に襲い掛かる。「あっ……」 小さな拒絶の言葉は聞き入れられるはずもなく、たちまちのうちに全身を男たちに汚されてゆく。 無理やり左右の脚を広げさせられ、まだ毛も生え揃わない陰部を露出させられるる少女。、そこに数本の腕が一斉に襲い掛かる。「いや……」 幼い局部を容赦なく愛撫され、耐え切れずに声を漏らす。 上半身も、数人がかりで押さえつけられ、まだ膨らみきっていない胸を交互に愛撫される。「ほう、よく開発されている。もう濡れてきているとは」「こちらも、はや尖ってきておる」 かりかりと、乳首を指で刺激すると、少女は大きく裸身をのけぞらせて身悶える。「おや、どうも今までとは違いますな」「ふむ、ならばここを集中的に責めてみますかな」 猫達は籠の中の少女の反応を観察しながら、にやにやと笑いつつそんな話をする。「どれ、ではこのへんはどうかな?」 そのうちの一匹が、片手で小さな胸の突起を肉球で転がしつつ、もう一方の手で下乳をかるく掻く。「んっ……」 少女の頬に、望まぬ快楽の色が浮かぶ。「では、こちらの乳房は私がいただきましょうかな」 ターバンを頭に巻いたネコ商人。 両手で包み込むようにして、少女の小さな胸のふくらみを愛撫する。 その間も、左右にこじ開けられた両脚は閉じることを許されず、数本の腕で交互に凌辱されている。「ふふん、おとなしそうに見えて下の口はずいぶんと物欲しげにひくついておるではないか」 そういいながら、一匹のネコが濡れた陰部に指を二本突き入れる。そして、音を立てさせながら指を前後に動かす。 左右に大きく広げられた両足はその格好のままで鳥かごに固定され、誰のものかわからないネクタイとスカーフで縛り付けられている。「なんと、ぐいぐい締め付けてきているぞ。おとなしそうな顔をして、淫らな牝よ」 幼い局部からは、とろりとしたものがあふれだし、尻まで流れて濡らしている。 その尻もまた、別のネコの手と舌で責められている。 少女は、全身を襲う猫達の凌辱から逃れようとしてかすかに身を捩じらせるが、小さな鳥かごの中ではどうすることもできず、たちまちのうちに数匹ものネコ男たちの手で押さえつけられてしまう。 「おやおや、躾がなってませんな」 無数の手で押さえつけられた少女を眺めながらわざとらしくそう口にする、一匹の紳士風のネコ。「全く。ここは一つ、我らがしっかりと躾けてやらなくてはならぬかな」 これは、少し荒々しそうな若い雄猫。「罰をあたえてやりますか」「さよう」 にやにやとしながら答える別の一匹。「では、どうしてやりますか」 再び、紳士風のネコ。「どうするといっても、やることは一つだけだろう」 雄猫の言葉に、卑しい笑みで同意する猫達。「さて、そうなるとこのままでは少し遠いですな」「なに、引っ張り出せばいいだろう」 そう言いながら、左右に広げられた両脚の戒めを解く。 そして、両脚を左右に広げさせたまま、鳥かごから外へと両脚を引き出す。 左右に大きく広げさせられたまま籠の外に引っ張り出された脚は、閉じようとしても鳥かごの鉄格子が邪魔をして閉じられない。 そして、その姿のまま太ももを鉄格子に縛り付けられてしまう。 鉄格子のすぐそばに、少女の濡れた花弁が全く無防備な姿でひくついている。「さて、では私から楽しませてもらいましょうか」 そういいながら、ベルトを緩める紳士風の猫。 その一物が、少女の前にさらけ出される。「いや……」 恐怖の色を見せておびえる少女。だが、どうすることもできない。「では、味見といきますかな」 にやついた笑みを浮かべて、男はずぶりと少女を貫いた。「いやっ……痛いっ……」 小さな悲鳴を上げる少女。少女を凌辱する紳士風のネコは、少女の苦痛など気にも留めず、存分に腰を動かしている。「うわはははっ、これはいい!ぐいぐい締め付けてきますぞ!」 じゅぷ、ぐちゅといやらしい音を立てながら、ネコ紳士は少女の幼い性を堪能する。「ちょっと待て、一人だけで楽しまれてはこちらがたまらんぞ」「まあ待ちなされ、出したら変わってやりますぞ」 そういいながら、さらに腰を動かすネコ紳士。「待てるか!」 そういいながら、雄猫が自分もベルトを緩める。「そっちがいつまでもそうしているなら、俺は上の口をいただくまでだ」 そう言うと、涙を浮かべて苦痛に耐えている少女の顔をむりやり横に向け、自分の一物を無理やり口にねじ込む。「さあ、しっかり俺を楽しませろよ」 両腕で頭を押さえつけ、口淫を強制する。 籠の中で拘束され、よってたかって押さえつけられ、上下の口を汚される少女の姿。 その姿に、少女を押さえつけていた他のネコたちもさらに欲望をたぎらせる。「ただ押さえつけるだけと言うのは退屈だな」「まことに。ちょうど、目の前に乳があるではないですか。どれ、手慰みに楽しませてもらいますか」「であれば、私はこちらの乳を」 左右から少女を押さえつけていた二匹が、少女の胸のふくらみに手を伸ばす。「んくっ……んんっ……!」 その刺激に、ぴくんと少女が身悶える。「へえ、なかなか上手いじゃねえか」 少女の口を犯している雄猫が、その動きに嬉しそうな声を上げる。「おほぉ、こっちもきゅうに締め付けてきましたな」 下から少女を犯しているネコ紳士も、満足げな声を上げる。「そうやって皆様方ばかり楽しまれるのは不公平ですぞ」「さようさよう。皆様がそのようにめいめい楽しまれているのなら、私は尻をいただきましょうぞ」「おや、そうなると私の楽しめる場所がない。仕方がない、空いているへそ周りとわき腹をかわいがってやりますか」 男たちが勝手な会話を続ける下で、少女は恥辱の涙を流してただ凌辱の終わりを待ち続けるしかなかった。 「おほぉ、そろそろ出ますぞ」「おい、汚ぇモン俺達にかけんなよ。ちゃんとこいつの中に出すんだぞ」「もちろんですとも」「ほら、俺も出すぞ。全部飲めよ」 ぐいと、少女の頭を押し付けながら雄猫が言う。「んっ……く……」 弱々しい声が漏れる。「さあ、派手に出しますぞ」「こっちもだ」 その声と同時に、少女の上と下に、白濁した欲望が吐き出された。「けほっ……けほっ……」 苦しそうに咳き込む少女。「なんだ、ほとんど吐き出しやがって勿体ねえ。……まあいい、代わってやるよ、つぎ誰でもやんな」「では、私めが」「はっはっ、下の口はしっかりと飲み込みましたな。いや、満足満足。次は誰ですかな」 満足げなネコ紳士が、一物をしまいながら笑う。「では、つぎは私の自慢の一品を」 少女の乳を弄んでいたネコ商人が、紳士と入れ替わる。「んふぅ、これは見事。いや、なんともいえず艶かしい。この牝ならば、私も銭を払って買ってもよいですな」「おっさん、能書きはいいから早く入れろ。他の奴らが後につかえてんだよ」 少女の乳をいじくりながら、雄猫が言う。「そう急かさずともよいでしょう。……はいはい、そう睨まずとも入れますよ……おおぅ、これは良い!」 ネコ商人が、我を忘れたように腰を動かす。「これは良い!このような牝であれば、いくらでも金を積みますぞ!」「こっちもなかなか。舌使いはまだまだ未熟ですが、その未熟なところがまたよい」「お前さんは年端もいかぬ小娘が好きじゃったからのぉ」「何を言われる。あの男を知らぬ若い肉体にこの手で女の喜びを教え込ませることこそが至高の喜びではないですか」「まあ、至高は言いすぎだが嫌いじゃないな」「同感ですな」 卑猥な会話をかわしながら、男たちは入れ替わり立ち代り少女を嬲り続けた。 その夜、パーティが終わり、屋敷の主人が地下室へと降りる。 小さな檻はいつものこの場所に移され、男たちが嬲りつくして白濁液まみれだった少女の裸体は屋敷の召使達によってきちんと洗われていた。 凌辱の限りを尽くされた少女は、力なく鳥かごに身を持たれかけさせて放心した目をしている。「楽しんだようだな」「…………」「返事をしろ」 首輪についた鎖を乱暴に引っ張り、顔を無理やりこちらに向けさせる。「……はい……ごしゅじんさま」 弱々しい声の感情のない返事が返ってくる。「そうだ。それでいい。どれ、少し遅くなったが俺も楽しませてもらうぞ」 少女の脚を掴み、檻の外へと引っ張る。 充血した陰部が露になり、屋敷の主の目の前に晒される。 べろり。「んっ……」 舌の刺激に、身をよじらせる少女。だが舌の責め苦から逃れようにも両腕は背中で拘束され、脚も鉄格子が邪魔をして閉じられない。 それをいいことに、屋敷の主人は少女のそこを何度も何度も舐める。 べろりと、唾液を塗りたくるように舌を這わせるたびに、少女は身をよじらせ、望まぬ快楽に悶え、花弁を濡らす。「くくっ、あれだけ何人も男のモノをくわえたというのに、まだ飽き足らずに物欲しげにしているぞ」 そういいながら、指で少女の秘肉を圧し広げる。「…………」 主人の言葉責めに、涙を浮かべながら黙って耐える少女。「どれ、お前のおかげで楽しいパーティになった。特別に褒美をやろう」 そういいながら、そそり立つ一物を少女に見せ付ける。「今宵はたっぷりと悦ばせてやろうではないか」 ◇ ◇ ◇ ミコトが泣いている。 そういうとき、フェイレンはできるだけ優しく彼女を抱いて、気が落ち着くまでずっとそうしている。 どうして、泣いているのか。 それを聞くことは、時としてかえって彼女を苦しめるということもあるから、理由は聞かない。 父母や友人のことを思い出しているのか。 こちらに落ちてきてからのつらい記憶が蘇ったのか。 それとも、何か別の理由なのか。 もしかすると、そういうものが入り混じり、感情を押さえ切れなくなったのかもしれない。 普段のミコトは、あまり感情を表に出さない。 淡々と日々の仕事をこなし、淡々とこの道場での日々を過ごしている。 そんな彼女が、時折激しい感情を見せるのは、フェイレンに対してだけだ。 泣いたり、怒ったり、強く何かを求めてきたり。 以前は、フェイレンに対してさえそういう感情をみせることはなかった。 少しづつだけど、フェイレンを信頼し、心を開いてきているのかもしれない。 そして、もう一つ。 ミコトを養うようになってから少し後で、道場近くの山に落ちてきたキョータという少年。 今は、ファリィの召使として昼夜頑張っている……特に夜の仕事だが。 彼女と同じ、ヒトがもう一人近くに増えたことが、彼女の孤独感を和らげたのだろうと思う。 「…………」 いつの間にか、ミコトが泣き腫らした目でじっと、フェイレンを見つめている。「大丈夫かい」 そういって、きゅっと少し強く抱く。「はい……申し訳ありません」 消え入りそうな声。「気にするな。前にも言っただろ。俺はミコトの味方だって」「はい」「ミコトとキョータ君は、俺が守ってやる」「……旦那様」「だから、心配するな」 ミコトを守る。 それは、フェイレンにしか出来ないこと。どう考えても、脆弱なヒトにすぎないキョータでは、この世界でヒトの少女を守るには一人では無理がある。 そういうことが出来るとすれば、やはり自分しかいない。 だけど、それ以上のことはフェイレンではできないこともある。 ミコトの心を開き、解きほぐしていくことができるのは―― やはり、フェイレンよりキョータの方が向いている。 そういうことをやるには、フェイレンはいささか強すぎる。 弱さとか、孤独さとか、あるいは悲しさ、無力さ、情けなさ。 そういうものと向き合い、ともに乗り越えていけるのは、同じ弱さを持つヒト同士でなくてはやはりうまくいかない気がする。 そういう時は、黙って一歩引いて、彼らに危害を加えるものがいないように見守るのが―― ミコトの「旦那様」としての義務であり、つとめだと思う。「俺がそばにいるから、ゆっくりお休み」「……旦那様」「もう大丈夫だ。これからは、ミコトをつらい目に合わせる奴はこの俺が許さない」 そう言って、やさしく笑う。「旦那さまぁ……」 また、涙を浮かべてフェイレンの胸の中で泣き出すミコト。「だから、安心しろ。今は好きなだけ泣いていいから」 ◇ ◇ ◇ 今日も秋晴れの空と乾いた風が気持ちいい道場の庭。 俺が朝の仕事……掃除とか壁の修理とかをいろいろとすませて、午後からの買い物に備えていると、フェイレンさんに声をかけられた。「キョータくん」「あ、フェイレンさん」「昼から、ミコトと遊びにいくんだって?」「買い物ですよ、買い物」 そう答える俺に、くすりと笑うフェイレンさん。「まあ、そういうことにしておくか。それより、これ」 そう言って、ずしりと重い袋を渡してくる。「はい、お小遣い」「え?」「仮にも女の子と遊びに行くのに、お金がないじゃサマにならないだろ」「……」 確かに。「ファリィはそういうところ、いまいち無頓着だからな。……どうせ、お金とか持ってないんだろ?」「……はい」「だろうと思った」 そう言って、皮袋を俺の手に握らせる。「それだけあれば、ちょっとは格好つくだろ」「あ、はい……ありがとうございます」「楽しんで来るんだよ」「はい……あ、でも、このお金ってフェイレンさんの……」「言ったろ、お小遣いだって。それに、半分はサーシャが出してくれたし」「サーシャさんが?」「あいつ、お節介好きだからな」 そういいながら、肩をすくめる。「ま、あんまりうろうろしててミコトに見つかっても困るから道場に戻るよ。よりによってお金を渡してるところなんか見られたら逆効果だ」 そういうと、もう一度にこりと笑って道場へと戻っていった。 ……やっぱり、フェイレンさんはいい人だと思う。 食事をして、自分の部屋で軽く身支度を整えてから門のところでミコトちゃんを待つ。 しばらく門にもたれて待っていると、ミコトちゃんがやってきた。「お待たせしました」「あ、いや……それじゃあ行こうか」「はい」 二人で、山道を降りていく。「キョータさん」「なに?」「その、袋……」「あ、ああ、これ?」 ミコトちゃんが見るのは、さっきフェイレンさんから貰ったお金の入った革袋。「旦那様からいただいたのですか」「!?」「この前、買い物に出かけた時は下げていませんでしたよね」「…………」 いきなりバレてるよ、俺……。 そんな俺を見て、くすりと笑うミコトちゃん。「キョータさんがお金もってないのくらい、知ってますから」「……そ、そう……」 正面切ってそう言われると、返事のしようがない。「でも、全然使わずに帰ったら旦那様に申し訳ないですし、今日は旦那様の好意に甘えさせてもらいましょう」「そうだな」 そんなことを話しながら、二人で山道を降りて行く。 門前街は、この前と同じように人でにぎわっている。「いつもながら人が多いな」「ここは、道場の人たちもよく見回っていますし、商人の人たちが強盗やゆすりたかりを心配せずに商売が出来るんです。それで、商人の人もよく集まるんだと思います」 「へぇ……」 ミコトちゃんの話を聞きながら、通りの中を歩く。人通りも多くて、なんだかはぐれてしまいそうになって、無意識のうちに手をつなぐ。 ひんやりとした指の感触が伝わってくる。「……その、私達だけで歩いていても安全な場所なんて、あんまりないんです」 ミコトちゃんも、当然のように手を握りかえしてきて、俺の横に並びながら話す。「私達だけ、って?」「ヒトだけで歩いても安全な場所って、あんまりないんです。……もし、この辺り以外だったら、買い物に出るにしてもずっと旦那様やお嬢様のそばにいて、誰かの持ち物だってことを見せておかないと、いつさらわれてもおかしくないんです」 「…………」 正直、そういう言葉を聞くとぞっとする。 俺の場合は、確かに運が良かっただけなのかもしれない。「キョータさんは時々、道場の大屋根の上で遠くの空を見てますね」「……そう……だな」「そんなときのキョータさんの顔って、すごく素敵なんですよ」「!?」 あわてて、ミコトちゃんを見る。 かすかに微笑みを浮かべて、俺を見上げてくるミコトちゃんと目が合う。「まだ見ぬ世界に思いを馳せて……って感じがします。キョータさんを見ていると、その……」「……でも、その視線の先はあんまり平和じゃないんだな」 その言葉に、ミコトちゃんは少しだけ悲しそうな目をする。「それは否定しません。やっぱり、ヒトだけでいると危険はあります」「……ミコトちゃんも、そんな目に……」「…………」「あ……ごめん」 謝る俺に、ミコトちゃんは少し無理したような微笑で答える。「……いいんです。事実ですから。でも」「でも?」「だからこそ、まだ見ぬ世界を見ているときのキョータさんの表情が好きなんです。私は、もうそんな表情はできないですから」 少し寂しそうで、ちょっと悲しそうな声。「だから、その……」「何?」「私のそばに、ずっといてください」 きゅっと、腕を握り締めてくる。「そ、それはその、あのっ……」 鼓動が早くなる俺。ちょっとまて、その、ここじゃやばい。「……くすっ」 そんな俺を見て、ミコトちゃんが笑う。「キョータさん、純情なんですね」「……わ、悪いな、どうせ向こうにいた頃はもてなかったよ」「見る目がなかったんですね、その人たち。キョータさんみたいな素敵な人を見逃すなんて」「って、その、あの、あまりこういう場所でそういう……」「大丈夫ですよ、とって食べたりしませんから」 そう言って、腕を絡めてくる。「たまには、こういうの悪くないと思います」「そ、そうだな……」 ご主人様ならともかく、ミコトちゃんからこういうことをされるとなんだか気持ちが落ち着かない。「みこちゃんみこちゃん、今日は何か買ってかないの?」 顔なじみらしい店の主人が、ミコトちゃんに声をかける。「ごめんなさい、今日はいいんです」「ああ、なるほどねぇ。わかった、じゃあ今日はこれ、タダであげるよ」 そう言って、野菜の入ったかごを押し付けてくる。「えっ、あ、そんな……」「いいからいいから。そっちの男の子に、それで何か美味しいものでもつくってあげたら、もうイチコロだよ」 い、イチコロって……「……そうですね。じゃあ、お言葉に甘えます」「そうしてちょうだい。男なんてのはメシが上手な女の子には弱いように生まれつきできてるんだから」 ……否定は出来ない。 「いい人だな……ちょっとテンション高いけど」「いつもあの調子なんですよ。あれで儲かってるのかちょっと不安なんですけど」「まあ、いい人にはお客さんも寄ってくるし、案外儲かってるんじゃないか」「そうかもしれないですね」 そんなことを話しながら、門前街の長い道をを二人で歩く。 おいしい食べ物の話、綺麗な花の話、おもしろい街の人たちの話。 そんなものをとりとめもなく話しながら歩いていると。「……ん? おまえ、もしかして……ミコトか?」 とつぜん、目の前にいた数人のネコから声をかけられた。 その真ん中にいる、この場にはあまりにも不似合いな紳士風の姿をしたネコ。「!? ……っ……」 とっさに、俺の後ろに隠れるミコトちゃん。どうも、あまり柄のいい連中ではないらしい。「なんだ、私が売り飛ばしてからどうしてるかとおもってたら、こんなところでオス捕まえてたとは」 ……お、オス?「ふん、まあしかし、久しぶりに見たら一段とそそる女になってるじゃないか。どうだい、また飼ってやってもいいぞ」 そう言って、俺の後ろにいるミコトに近づいてくる。「……私は、もうあなた達とは関係ありません……帰ってください」 小さく震える声で、それでも拒絶するミコトちゃん。「ん? なんだ、ちょっと見ない間に生意気な口を聞くようになったな。もう一度、身体に教え込んでやろうか」 そう言って、近づいてくるネコ。その前に立ちはだかる格好になった俺を、無造作にステッキで突き飛ばす。「キョータさんっ!」「ほら、ついてこい」 ネコが、無理やりミコトちゃんの手を掴んで引く。「いやっ! 誰か、誰か助けてえっ!」 ミコトちゃんの悲鳴。次の瞬間、ステッキがミコトちゃんに振り下ろされる。「きゃあっ!」「ミコトちゃんっ!」「まったく、私が飼ってた頃はモノも言わなかったというのに、いつの間に声まで出せるようになったのかな」 バシッ、バシッとステッキでミコトちゃんを打ち付けるネコ。「やめろっ!」 立ち上がり、外見だけF紳士ヅラをしたその腐れネコに殴りかかろうとした俺を、その周囲にいた別のネコが押さえつける。「るせえよ」 そう言って、そのうちの一匹がオレを思いっきり殴る。「っ……」 頭がぐらぐらして、目の前がちかちかする。「この野郎っ! はなせっ、化け猫野郎がっ!」 暴れる俺を押さえる数匹のネコ。それでも前に行こうとすると、容赦なく殴りつけてくる。目の前では、ステッキで何度も打たれ、地面に倒れたミコトちゃんを乱暴に引っ張るネコ。 「屋敷に戻れば、またたっぷりかわいがってやろう。前のように、従順なメスに育て上げてやるよ」「…………」 何度も打たれ、気を失いかけているミコトちゃん。そんなミコトちゃんを無理に引っ張りながら、こちらに顔を向けて言う。「そいつも連れて行け。売り飛ばせば少しは金になるだろう」「わかりました。……さあこい、いいところに連れて行ってやるぜ」 そういいながら、俺も連れて行こうとする。「ざけんなっ! この野郎、はなせってんだろうがっ!」 暴れる俺を押さえつけ、連中が俺たちをどこかに連れて行こうとしたとき。「……あがっ……」 突然、ミコトちゃんを引きずる紳士風のネコが片手で首を押さえて悲鳴を上げた。「二人を放せ。さもなくば、このまま首を折る」 聞きなれた声。だ゜けど、声に凄みがある。「……だんな……さま……」 目の前に、胴着の帯を鞭のようにネコの首に巻きつけ、締め上げているフェイレンさんがいた。 「あがっ……がぁ……」 首に巻きつき、ぐいぐいと帯が締め付ける。 帯を解き、胴着の前をはだけた姿のフェイレンさんの表情は、いつになく険しい。 洪家操帯術。ときどき、フェイレンさんが修行の合間に俺たちに余興で見せてくれていたもの。 帯でも手ぬぐいでも、それだけでは武器としては使えないものを、気を流すことで鋼よりも強靭で、かつ思いのままに動く万能の鞭と化す技。 柿を取ったり、遠くの茶碗をくるんで引き寄せたり、どちらかといえば余興として見せてくれていた技だけど、こうしてみると、間違いなくそれは武術として編み出された殺人術なんだと実感する。 はだけた胸からみえる鍛えあげられた胸筋と、逆立つような鬣。 フェイレンさんが本気で怒っているのを、始めてみたような気がする。「うが……あぁ……」 ミコトちゃんを引っ張っていた腕から力が抜ける。 ミコトちゃんが、ふらふらとしながらそれでもフェイレンさんのところまで逃げ出す。「悪い、遅くなった」「だんなさま……」「だが、もう大丈夫だ」 自分のおかれている立場も一瞬忘れ、少しほっとする。「待てっ! こいつの命がどうなってもいいのか!」 俺の首に刃物を突きつけながら、そう言って脅すネコ。……考えてみたら、俺の方は全然状況が改善されてなかったんだよな。「キョータさんっ……」 心配そうな声を出すミコトちゃん。「このオス、てめーの持ち物なんだろう? 傷物になっても……」 と、言い終わるより早く。「ボクのキョータくんから離れろおっ!」 真後ろから、これもいやというほど聞きなれた声が。 たちまちのうちに、俺を押さえつけていたネコが数匹、まとめて吹き飛ぶ。「大丈夫、キョータくん?」「あ、ああ……ご主人様こそ」 ご主人様に抱えられながら立ち上がる俺。……なんだけど、しこたま殴られたせいでくらくらする。「こ、この……」 ご主人様の一撃をマトモにくらって壁まで吹き飛ばされたネコたち。それでもふらふらと立ち上がってくる。「キョータくん、下がってて。……こいつら、半殺しにしないとボクの気がすまないから」 なんか怖い表情のご主人様。 ネコ達がめいめい、刃物に手をかけようとするより早く。 ご主人様が跳びかかり、流れるような連撃を叩き込む。 時間にして、ものの数秒。 怒りがさめやらぬ顔つきのご主人様の足元には、鞘から抜き切っていない剣を持ったままのネコが数匹倒れていた。「ごめんね、後つけたりして」 サーシャさんが、俺を手早く介抱しながら言う。「でも、後つけてて正解だったわね。まったく、年中さかってて、朝から晩までヤることしか考えてない。こんなのが私達と同じ種族だなんて、種族の恥にも程があるわ」 そういって、冷たい視線でねめつける。「フェイレン、こいつら向こうの飯店に売り飛ばしてくるから。後お願いね」「わかった」 ……は、飯店に売り飛ばす?「あーあ、ファリィったら本気で怒ってるわね」「あの、飯店に売り飛ばすって……」 俺の質問に、笑って答えるサーシャさん。「ああ、ちょっと待っててね。すぐには食べられないの。バラしてから三日くらいは寝かさないと、おいしい猫鍋にはならないから」「……おいしい猫鍋って……」 ぞっとする俺に、平然と答えるサーシャさん。「ふふ、れっきとした文化よ。大戦のとき、戦勝祝いに捕虜の肉を食べたのがこの地方の人鍋の機嫌とされてて、以来2000年かけて確立された立派な料理よ。伝統と格式ある立派な民族料理ね」 「…………」 やっぱり、怖い。「あんなの、生かしといてもどうせ種族の恥さらしだし、いいんじゃないかな」 ときどき、サーシャさんが肉食獣の笑みを浮かべるのがすごく怖いです。 少し離れた場所で。 ミコトちゃんを背中にかばいながら、紳士風のネコに近づくフェイレンさん。「……お前が、ミコトをこんなにしたのか」 静かだが怒気をはらんだ声。そんなフェイレンさんに、ネコはあざ笑うように言う。「ん? なんだ、おまえさん、もしかしてこのメスに惚……」 ぐしゃっ…… 一瞬、何が起きたのかわからなかった。 ただ、ネコが後ろに吹き飛ばされ、首に巻きついた帯がピンと伸び、そしてそのまま地面に落ちた。 その間、フェイレンさんが何をしたのか、俺には見えず、ただ何かが砕けるような音だけがした。「だったら何だ」 倒れるネコに近づき、帯をぐいと引っ張って無理やり顔を向けさせる。「言ってみろ。だとしたら何だ」 ぼごっ。 ……また。 何が起きたのかわからなかった。 ただ、フェイレンさんは動かず、一瞬でネコが地面に顔面からたたきつけられていた。「ひっ……ひぃ」 情けない悲鳴が上がる。「あれが、フェイレンの拳よ。……見えた?」「……拳?」 見えなかった。「フェイレンが本気を出せば、その拳は動体視力の限界を超えるわ。あのネコも相手が悪かったわね」「…………」「た、たすけ……」 ネコが背を向けて逃げようとして、そのまま地面に打ち付けられる。 その背中に、拳大の跡がはっきりと残っている。「ミコトが助けを求めたとき、誰か助けたのか?……てめえだけ助けてもらおうなんて、虫が良すぎるだろうがっ!」 真横に吹き飛ばされたネコ。首に絡まる帯がぴんと伸び、そしてまた地面に激突する。 腹を押さえて悶絶しているのを、またむりやり引きずり起こすフェイレンさん。「ミコトはな……」 鬣を震わせながら語りかけるフェイレンさん。「てめえのせいで、いまだに鎖も格子もまともに見ることさえできないんだよ!」 斜め下にたたきつけられるネコ。やっぱり、その拳は疾すぎて見えない。「ヒト一人壊しておいて、てめえの態度は何だ!」 蹴り上げたのか、上に跳ね上げられ、そしてまた地面に落ちる。「言ってみろこの野郎っ! てめえが何をしたか、この場で言ってみろクソ野郎っ!」 何かが砕けるような音だけが聞こえ、そのたびにネコがボロボロになって地面にたたきつけられている。 フェイレンさんの拳も蹴りも、俺には疾すぎて見えなくて、ただネコが一人で踊っているように見える。 一張羅だったらしいスーツはすでにボロボロになり、付近の地面は血にまみれている。 耳が片方ちぎれて、生々しく地面に落ちている。 それでもまだ殴りつけようとしたフェイレンさんを、そっとミコトちゃんが背中から抱きとめた。「それ以上しては、旦那様が人殺しになります……」 そのことばに、振り返るフェイレンさん。「かまわ……なくはないな」 そういって、ふっと笑ってミコトちゃんの頭を撫でる。やっぱり、ミコトちゃんの目の前で誰かを殺すことは、いいことじゃないと気付いたんだろう。「こいつは警吏に引き渡してくるわ。どうせ、ミコトちゃんがいなくなったあともあくどい事してたんだろうし、洗いざらい掃かせてから処刑しても遅くはないわ」「そう……だな」「左右の指十本、一関節ごとに切り落としていけば全部で二十八回。足の指まであわせたら三十八回。このデブネコがどこまで正気でいられるか、楽しみよね。万が一正気でいたとしても、果ては凌遅か釜茹でか」 サーシャさん……もしかしてSだったりする?「……キョータさん」 ミコトちゃんが、俺の方に寄ってきた。「ミコトちゃん、大丈夫……じゃないよな」「……今日は……もう帰りましょう」「……そうだな」 そっと、ミコトちゃんの肩を抱く。 小さな身体が、まだすこし震えていた。「帰る前に病院に行こう。こっちだ」 帯を締めなおしたフェイレンさんが、俺たちを案内して歩き始めた。 その夜。 ミコトちゃんは一人で寝ると言い出した。 フェイレンさんが心配してたけど、いつになく強い調子で「一人でいいです」と言われると引っ込むしかなかったみたい。 俺は俺で、夜はご主人様に心配されつつ……「あ、ここ怪我してる……」「ちょっ、そこ、舐めるなって」「どーして? 怪我は舐めると治りが早いんだよ」「そうはいってもな……」「ほら、ここも」 ちゅっ。「って、おい、その、ごしゅじんさまっ……」「……キョータくん、頑張ったよね」「……?」「ちゃんと逃げずに、立ち向かっていったんだもん、すごいよ」「……どうすることもできなかったけどな」「いいんだ。そうやって、立ち向かってくキョータくんがかっこいいんだから。そうやって、立ち向かっていくキョータくんを守るのはボクの役目」「……ありがと、ご主人様」「……そっ、そんな、面と向かって言われると……その……」「照れた顔、かわいいな」「……ば、ばか、キョータくんのばかっ……」「ふふっ」「も、もおっ、そんなこと言うキョータくんなんてこーしてやるんだからっ……」「って、おい、そこは怪我してない……って、だから、待て……」「あははっ、キョータくんのおちんちん、すっごく元気になってるよ」「って、なにいきな……っ」 はむはむ。「昨日の仕返し。ボクに恥ずかしいことさせた罰なんだから」「って、その……っ、ちょ、そうやって……」 結局、俺とご主人様が一緒にいると最後はこうなってしまうわけで。 異変が起きたのは翌日だった。「キョータくん、ちょっと来てくれ!」「なんですか!?」 嫌な予感を抱きながら、フェイレンさんの声に飛び起きる。「ミコトがいない」「ええっ!?」 嫌な予感が当たったと思った。「どうして……」「わからない。ただ、朝にはいなかった」「どうすれば……」「探しにいくしかない。キョータくんはこの近辺を頼む。俺は、少し遠くを探す」 不安そうな声。フェイレンさんのそんな声ははじめて聞く。「少し遠く?」「昨日の悪党の仲間がいてさらったのかもしれない」「でも、道場の中まで……」「うん、それはない。だけど、昨日のショックでふらふらと外に出ていたのをさらわれた可能性ならある。部屋はいつものままだから、家出したわけじゃないはずだ」「そんな……」「とりあえず、そっちは俺とサーシャの二人で手分けするから、キョータくんは道場の近くと門前街を中心に探してくれ。……ファリィ、道場は一人でも大丈夫か?」 着替えてきたファリィがこくんと頷く。「大丈夫。こっちはまかせといて」「頼む。それじゃあ、俺たちはすぐに出るから」 そう言って駆け出していくフェイレンさん。胴着の背に、使い込んだ鉄棍を差している。 本気なんだ、と思った。 俺もすぐに着替えて、門前街へと走った。 歩いて一時間の距離を一気に駆け下りる。 息を切らせながら、とにかく手当たり次第に聞いて回る。「すみません、ミコトちゃ……いや、その、俺と一緒にいるヒトの女の子……コウゼン道場で召使しているヒトの女の子を見ませんでしたか?」「ミコトちゃんかい? ……いや、今日は見てないが……そういやさっきフェイレンがすごい勢いで馬を走らせてたけど、もしかして……」「はい、探してるんです」「そうか。……昨日もあんなことがあったしな。わかった。何かあればすぐに道場に伝えるよ。あと、警護兵にも言っておけばいい」「わかりました」 走る。 ひたすら走って、街中のあちこちで聞いて回る。 途中で息が切れるけど、それでも少し歩いて息を回復させて、また走る。 衛兵の人によると、昨日、フェイレンさんが悪党をボコってから今日までの間、獅子の民以外の種族は目撃されていないらしい。 だとすれば、まだ救いはあるかもしれない。――どこにいるんだよ、ミコトちゃん…… 救いはあるといっても、手がかりさえ見つからない中で焦りだけが加速度的に増えていく。 いつの間にか、夕暮れが近づいていた。――落ち着け……冷静になって考えろ、俺…… 今わかっていることは少ない。 けど、少なくとも二つ。 門前街では、誰も昨日からミコトちゃんを目撃したものはいないこと。 そして昨日以降、獅子の民以外の獣人も目撃されていないこと。 そして、ミコトちゃんがいなくなったとすれば、昨日の夜から今朝までの間しかない。 だとすれば、山のどこかにいるのかもしれない。――山の、どこだ? 山といっても広い。そのなかで、ヒトの俺やミコトちゃんが歩ける場所は案外少ないとはいえ、それでも多い。 全部探してたら本気で日が暮れる。 山の夜は寒い。何日も外で夜を過ごしたりしたら、凍死しても不思議じゃない。――どうして、そんな場所に? そこにしかない、なにか理由があるとすれば?「……そういえば」 少し前にフェイレンさんが言っていた言葉を思い出す。『ここでしか取れない貴重な花とか薬草もあってね、そういうのは高く売れるんだ。だけど、それがどこにあるかは秘密』 ここでしか、取れない花。「……こっちの世界に存在しない……“落ちてきた”花だとしたら……」 そこにいけば、元の世界に戻る手がかりがあると思っても不思議じゃない。――まさか……元の世界に戻りたくて! きっと、そうだと思った。「冗談じゃない!」 そんなの、嫌だ。 うまく言えないけど、その…… このまま、俺の目の前からいなくなってしまうなんて嫌だ。 俺は、急いで道場に戻る。 長い坂道を登りきった頃には、もう日が暮れようとしていた。 まだ、フェイレンさんもサーシャさんも……もちろんミコトちゃんもいない。「ご主人様!」 道場に走りこむ。「きゃ……ちょっと、何よぉ急に! ミコトちゃん見つかったの!?」「そのことなんだ。ご主人様、この辺で取れる薬草とか花のうちで“ここでしか取れない”ものってどこで取ってるかわかる?」「え? ちょっとまって、そういうのならボクより医務室のリエン先生の方が詳しいと思うよ」「医務室? わかった、ありがとうご主人様!」「あっ、こら、何があったのよぉ!」 わけがわからないといった様子のご主人様を後にして、俺はそのまま医務室へと走った。 「おや、珍しいねキョータくん」「すみません先生、薬草を採る場所の地図ってありますか?」「ん? それだったら……これだね」「え? あっ、これです! すみません、それでその……」「貴重な薬草の取れる場所、かい?」「そうです! でも、どうして……」 驚く俺に、リネン先生が笑う。「ミコトちゃんもこの前、同じことを聞いたからね」「本当ですか!?」「本当だよ。それで、ここを教えてあげたんだけどね」「……ちょっと待ちたまえ。今から言ったら真っ暗で何も見えないだろう」「でも、ミコトが……」「ほら、手書きだけど地図と行灯。目印も書いてあるから、それにそって行けば問題ないだろう」「あ……ありがとうございます!」 そう言って立ち去ろうとする俺を、また先生が呼び止める。「ほんとは、もうちょっと早く気付くかなって思ってたんだけどね」「え……」「ほらほら、急いだ急いだ。きっと寂しがってるぞ。夜まで待たせるなんて、なんてひどい男だってね」「…………」「まあフェイレンも、あの子のことになるとどうにも周りが見えなくなる癖があるけどね」「……すみません」「さ、行っておいで」 先生の声に自分のニブさを呪いながら、俺はまた走り出した。 「ここを……こっちに曲がって……それからこう……」 地図を頼りに、裏山の細い道を歩く。「それから……あった、この枯れ木の左……」 進んでいると、たしかに、少し前に誰かの歩いた形跡がある。「間違いない……」 確信を持ちながら、先へと進む。 そうして、しばらく歩いたとき。「……だれ?」 ミコトちゃんの声がした。 「俺だ」 そういって、俺はミコトちゃんの側に行く。 一日ぶりに見たミコトちゃんは、月明かりの下で木にもたれかかっていたが、俺の姿を見るとにこりと微笑んだ。 野生化した菊の花が、あちこちに咲いている。「来てくれたんだ」「遅くなったけどな」「見つけたんだね、ここ」「ああ。だけど、今日一日大変だったぞ。門前街を隅から隅まで走り回って」「ごめんなさい」 申し訳なさそうに謝るミコトちゃん。「やっぱり、元の世界に帰りたい?」 本題を切り出す。「……それは」「……いや、きっとそうかもな。たぶん、ミコトちゃんは俺なんかが想像できないようなつらいことを一杯経験してきたし」「…………」 黙りこむミコトちゃんに、俺は懇願するように言う。情けないかもしれないけど、そんな見てくれなんか今はどうだっていい。「だけど、俺に黙って消えないでくれ。いや、俺だけじゃなくて、フェイレンさんやご主人様やサーシャさんにも」「………………」「こっちの世界にも、俺たちのようにミコトちゃんを必要にしてる奴はいる」 すごく自然に、その言葉が出た。「キョータさんは“こっちの世界”のヒトになったんですね」「……そうだな」 素直に頷く。「俺は、こっちの世界に来て、はじめて本当に大切な人たちと出合ったから。正直、みんなと別れたくない」 「……私も」「えっ?」 予想外の言葉を、ミコトちゃんが口にした。「わたしも、別に帰りたくなんてないんです」「じゃあ、どうしてこんなところに……」 その質問には答えず、ミコトちゃんは話し始めた。「きっと、戻ってもその世界に私の居場所なんてないんです」「…………」「二年もどこで何してたんだって言われても、本当のことを言ったってどうせ信じてもらえない」「そりゃま、そうだな」 獣人の世界に落ちて奴隷になってましたなんて言ったら、即座に精神病院行きだろう。「万に一つ、信じてくれる人がいたって、私はもう、昔の私には戻れないし」「……俺も……そうかもしれないな」 もしも戻れたとして、かつさて友達だった俺と同世代の奴らと、戻ったときの俺は話がかみ合うのだろうかと思うと、あまり自信がない。「誰にも信じてもらえず、誰とも同じようになれないんなら、ここにいても、元の世界にいても、私の居場所がないことに変わりはない」「ここなら、居場所があるだろ」「……はい」「俺の側。フェイレンさんの側。道場のどこかで、今までと同じように生きていけばいい」「はい」「だから、俺の側から離れるな」 言いながら、ミコトちゃんを引き寄せる。「あ……」「ミコトちゃんの居場所ぐらい、俺が作る」「……くすっ」 急に、ミコトちゃんが笑った。「……?」「キョータさん、たくましいんですね」「……ば、ばか、からかうなっ」「……でも」 ミコトちゃんが、俺の方を向く。「そう言ってほしかったんです」 そして、そっと肩にもたれかかってくる。「……ここに来たのは、そう言ってほしかったから。この場所で、元の世界ときっぱりと別れを告げたかったのかもしれないですね」 そういいながら、空を指差す。「ほら、あそこ……ペガサスの四辺形」 ……と、言われても星座はよくわからない。 なんとなく、それっぽい星がつくる四角形をさがして、あれかなと想像する。「この空のどこかが、私達の世界の空とつながってるんですね。だから、地球と同じ星座が見える。この世界で、ペガサスの四辺形はここでしか見えないんですよ」「……そういわれてみると、なんだか遠いような近いような気持ちだな」「ここで夜空を見ながら、いろんなこと考えてたんです」「……地球のことも?」「はい。いなくなった私を、いまでも待ってる人とかいてくれるのかなぁとか、そんなことも考えたりしてました」「そっか」「でも、いろんなこと考えて……やっぱり、私はここにいるのが一番幸せなんだって」「そうだな」 俺も同感だった。「夜が明ける前からここにいたけど、不思議と心のどこかでわかってたことがあるんです」「なに?」 ミコトちゃんの言葉に、そう聞き返す。「旦那様かキョータさんか、どっちかが必ず見つけてくれるって」「……見つけるの遅かった?」「ううん。見つけてくれたことが嬉しくて、それだけでいいんです」「フェイレンさんは誰かにさらわれたんじゃないかって、大慌てで外に飛び出していったけど」「帰ったら、謝らないといけないですね」「俺も一緒に謝るよ」「でも、キョータさんは」「いいじゃないか、未来の夫婦なんだし」「……そ、そうですね……」 すさまじく恥ずかしい会話をしてる気がする。 「……誰も、聞き耳立ててたりしてないよね」「……たぶん」 そういわれて、急に我に返ったのか、妙に恥ずかしそうにするミコトちゃん。「そ、そろそろ帰りますか? あんまり遅いと、心配かけちゃいますから」「そうだな」 ミコトちゃんの肩を抱いたまま、俺は片手に行灯を持って道場への帰り道を歩き始めた。 「あっ、戻ってきた!」「おかえりーっ!」 道場に戻ると、ご主人様とサーシャさんが笑顔で出迎えてくれた。「ほんとにもお、みんな本当に心配したんだぞぉ!」 抱きついて、頭を撫でながらそう言うご主人様。「ごめんなさい」「でも、無事で良かった。盗賊団三つ目潰した時には、さすがにさらわれてないって確信したけど、やっぱりちゃんと見ないと落ち着かないしね」 ……サーシャさん……やっぱり怖いです。「……ミコト」「旦那様……」 フェイレンさんの法に、ミコトちゃんが近づいていく。「ごめんなさ……あっ」 フェイレンさんが、ミコトちゃんを両手で抱きしめる。「おかえり、ミコト」 そして、やさしくそう言う。「ただいま……旦那様」「ぎゅっと抱きしめて、そのまま、フェイレンさんは腕の中にいるミコトちゃんの感触を確かめるようにじっと抱いていた。 けど、やがてそっと手を離すと、こっちに笑いかけた。「ありがとう、キョータくん。君のおかげだ」「そんな……」「ほらほら、素直に褒められなさいって」 どんと、サーシャさんが背中を押す。「ミコトも無事に戻ってきたし、サーシャが腕によりをかけた夜食が待ってるぞ」「ネコ鍋はさすがにできなかったけど、このまえよりもまだ力を入れたんだから」「よおしっ、今日はたべるぞぉ!」「ファリィ、ミコトが戻ってきたことよりうまいメシの方を喜んでないか?」「むっ……失礼なこといわないでよ!」「悪い悪い」 いつもながらの、明るく弾む会話。 そんな中で、ミコトちゃんも自然に微笑を浮かべている。 やっぱり。 俺たちの居場所は、ここにある。 夜。 フェイレンさんとご主人様が気を使ってくれて、俺とミコトちゃんは一つの部屋にいる。「……なんだか、恥ずかしいですね」「だな」「…………」「…………」 二人とも黙り込む。「こういうとき、どうしたらいいんでしょうね」「……どうしたらいいんだろう」「………………」「………………」 また、二人とも黙り込む。「そ、その……とりあえず」「とりあえず?」「え、えっと……」 なんだか、自分でも舌がもつれてるのがわかる。「ふふっ」 ミコトちゃんがそんな俺の姿を見て笑う。 「じゃ、こうしませんか」 そういって、ミコトちゃんが俺の側に近寄ってきて。 ちゅ。 俺の頬に、そっとキスをしてくる。「……つぎ、キョータさんの番」「俺の……番?」「少しづつ、ふたりで一緒にやっていきませんか。……次はキョータさんが、私にキスしてください」 大胆なことを口にするミコトちゃん。「わ、わかった……」 目を閉じたミコトちゃんに、唇を重ねる。 ミコトちゃんが、舌を絡めてくる。 俺が、ミコトちゃんを両腕で抱く。 ミコトちゃんが、全身を俺に絡み付けてくる。 そしてそのまま、二人で寝台に倒れこむ。「……ね」 微笑むミコトちゃん。「いっしょに頑張れば、なんでも上手くいくんです、私達って」「……かもな」 今のは正直、どうかとも思うけど、でもなんとなく、俺たち二人が一緒になれば、何もかも上手くいきそうな気はする。 そう思うと、さっきまでの緊張感が嘘のように気持ちが落ち着く。「じゃあ、続きやるよ」「はい」 二人で、お互いの寝衣を脱がせあう。 蝋燭の暗い明かりの下で、お互いの裸身がかすかに照らされる。「……なんか、やっぱり恥ずかしいな」 そういうと、くすっとミコトちゃんが笑う。「私は嬉しいですよ。こうやって、キョータさんといっしょにいるのって」 そういいながら、ミコトちゃんの方から裸身を俺にしなだれかけてくる。「……って」「抱いてくれますか」「あ、ああ……」 ぎこちなく、ミコトちゃんを抱き寄せる。 華奢な裸体を抱き寄せ、出来る限りやさしく愛撫する。「あぁっ……きょーたさんっ……きょーたさんっ……」 気持ち良さそうに俺の名を呼ぶミコトちゃん。「大丈夫?」「はい……キョータさんの心臓が、すごくどきどきしてます……」「ミコトちゃんも。なんだか、全身が火照ってるよ」「もおっ……そんなの言わないでください……」「ごめん」 言いながら、腕に軽く力を込める。「あっ……」 ぴくんと反応するミコトちゃん。「気持ちいい?」「はい……でも、もっと……」「わかった」 そういって、ミコトちゃんの身体の敏感そうなところを手当たり次第に愛撫する。 弱点の胸、下腹部、お尻、わき腹、太もも、うなじ、肩のくぼみ、おへそ、背中。「はあっ……ぁん……」 小さいけどなまめかしい喘ぎ声を上げるミコトちゃん。「ミコトちゃん、かわいい声出すんだ」「あっ……そんな、言わないでください……」「でも、もっとそんな声が聞きたいな」 ちろりと、淫核を舌で責める。「あ……」 身悶える仕草も、すごくかわいい。「もおっ……きょーたさんのいじわる……」「ごめん」 笑いながら、体位を入れ替える。「そろそろ、挿れてもいい?」「……はい」 ちいさな声でそういいながら、ミコトちゃんはうなづいた。 小さな性器を痛めたりしないように、ゆっくりと挿入する。 ご主人様もあまり大きい方じゃないから、気をつけるポイントはわかってしまっている。 細心の注意を払いながら、ミコトちゃんを貫くと、快楽の声が漏れてくる。「きょーたさん……あぁ……」「痛くない?」「痛くないです……あっ、いやっ……」「あっ、大丈夫?」「大丈夫です……その、気にしないで動かしてください……私、キョータさんになら、なにされてもいいんです……」 健気な言葉だけど、やっぱり、小さな身体だし無理はさせられない。 自分の方はさておき、まずミコトちゃんを果てさせることに主眼を置くようにする。 ゆっくりと動かしながら、とくに敏感な部分を見つけ、そこを集中的に刺激する。「あっ……ひっ、ひぃん、はぁんっ……」 布団を掴みながら、もう薄ら寒い季節なのに汗を浮かべて乱れるミコトちゃん。 とはいえ、こっちも締め付けがきつくて、余裕があまりない。「きょーたさん……」「えっ、あっ……なに?」「中で……いいですから」「えっ?」「今日は……大丈夫なんで」「あ、ああ……」 普段おとなしいミコトちゃんの口からそういうことを言われると、かえってどきどきする。 でも、そんなことを気にする余裕はほんとになかったりするわけで。「んっ、くっ、うあぁぁぁっ……」 情けない声を上げて果てちまう俺。 ……中に出すというよりは、抜くより先に暴発しちまったというべきなんだが。 「きょーたさん……」「ん?」 寝台の中で裸で抱き合いながら、どちらからともなく話し始める。「いつか、父さんや母さんのこと話しますね」「……じゃあおれも、いつか地球にいたときのことを話すよ」「楽しみですね」「そうだな」 お互い、そろそろ過去を清算できる時期に来たのかもしれない。 この世界で生きていけるくらいに、少しづつ強くなっているような、そんな気がした。 ……がたっ。 「? ……いまなにか、変な音しなかったか?」「……鼠じゃないですか。この辺、ときどきいますから」「壁の向こうから聞こえた気がするぞ」「気のせいですよ」 そういって、ミコトちゃんが俺に抱きついてくる。「いいじゃないですか、そんなこと」「……まあ、いいか」 明日は、今日の分の仕事をあわせて二日分の仕事が待っている。 ゆっくり眠って、明日に備えようと思った。
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