メニュー
人気記事
「へぇ……、じゃあその“波長”っていうのは、一人一人違うわけだ」「ええ、そうでしてよ。無機物と有機物、動物と植物。動物の中でも、私たち人間と四つ足の獣や魚などで大きく違います。更にその中でも、種族によって違いは有りますし、一人として同じ波長の方はいません」 クユラの説明に、達哉は感心した様子で相づちを打っている。達哉とクユラの初対面の時、波長がどうとかの話しを少し聞いた。その波長なるものが達哉には良く分からず、こうしてクユラに尋ねているわけだ。幸い(?)にも時間はたっぷりあった。輸送車でも2,3日掛かると言う距離を徒歩で進んでいるのだから。このまえの盗賊の襲撃で、輸送車の運転手が命を落とし、輸送車そのもののエンジンも壊れた。ガルナが直そうと試していたが、部品が大破していてそれも無理だと言っていた。車に乗っても時間がかかる距離を歩きと言うのだから、達哉も目の前が暗くなってしまう。まあ最初の、レナとの2人旅のおかげで、達哉の体力も随分と底上げされたらしく、思ったよりも体力がアップしてるのはせめてもの救いだ。あちらの世界にいた頃は大学のサークルも運動系ではなかったし、ここに来たばかりの時は、あっという間に限界が来てレナにおんぶされていた記憶がある。しかし、もう違う筈だ。もう運動不足で体力の無い達哉は過去のものだ。その証拠に、もう朝から4時間ほど休憩無しに歩いているが、割といい調子で歩けている。 「じゃあ、この前の魔法はどうやったんだい?なんか僕の方まで襲ってきたけど。僕の波長を知らないとか、そんなのに関係があるの?」「ええ、重要でしてよ。先ずは、わたくしが魔法にどんな命令を出していたか説明しなくてはなりませんね」 クユラは達哉の問いに答えようと、どこからかホワイトボードを取り出す。マジックでそのホワイトボードに図式を書きながら説明する。そこには、デフォルメされたクユラと達哉、その他に輸送車の中で震えるガルナとワザと汚く描かれたレナ、そしてその他大勢の盗賊たちと、クユラの出した魔法である巨大な火の玉。 「まずわたくしはこの魔法に大して、5秒待った後で分裂するように命令しましたわ。そして分裂した後、近くにある人間の波長を発する者に向かっていくように命じましたの」 クユラが指差し棒を使って、ホワイトボードの中の火の玉を叩くと、その火の玉があっと言うまに無数の火球へと変化した。絵でもこんな風に動かせるなんて、正真正銘の魔法だ。達哉は小説やマンガの中でしか見たこのと無い世界にいるのだと、改めてシミジミと思う。 「そして、その追尾の対象からわたくしとレナさんとガルナの波長を除外しました。しかし、相手の波長を知るには近くに寄って、心の目で感じ取る必要がありまして、あなたの波長を調べるほどの時間の余裕はありませんでしたの。そのせいで、あなたの方にも火球が飛んでいってしまったのです」「成る程……。そういう風になってたのか……」 口では色々と感心した様子の達哉だが、心の中は割とピンク色だ。やはりクユラの容姿は達哉が今までに見た誰よりも美人で、元の世界のアイドルや芸能人でも叶わないと思える。どうしたらこんな美人になるのかと思うが、生まれつきなのだろうか。15歳ほどの外見で、ホワイトボードを使って説明する姿も可愛く、こっちを見ながら“お兄ちゃん”なんて言ってくれたら、どんなに幸せだろう。だが、達哉のそんな思考を邪魔するものが現われた。ガルナが達哉の耳元に囁いたのだ。その悪魔の言葉はあっという間に達哉の頭の中を書けぬけ、一気に意気消沈させる。 「五百歳五百歳、若作り若作り。あの口調も実は意識して言ってるんスよ。前に一度、素の状態で話してるとこを見たんスけど、凄かったス」 そう。クユラ本人も隠していないが、相手は五百歳を超える年齢だと言う。猫人の平均寿命が六百五十歳だと聞いているし、猫人の六百五十歳をヒトの80歳として計算すると、なんとクユラの年齢は61.53846152……以後延々と続く少数は省略する。まあ要するに、還暦を超えているわけだ。『詐欺も良いところではないか』と言う言葉を飲み込んで、達哉は歯を食い縛る。10歳サバを読むとか、そんな可愛らしいレベルではない。四捨五入で60-15=45。ヒトで言うと45歳もサバ読んでる上に、外見がそのまんまサバ読んだ状態の年齢に合致する。もうありえないだろ。なんで60のババァがこんなに艶やかでスベスベの肌をしてんの。なんで白髪が一本も無い純正のパツキンしてんの。なんでいつまでも15の外見でいれんの。その達哉の疑問は顔に出てたようで、意外にもレナがその答えをくれた。 「クユラはね、魔法を使って若作りしているのよ。強大な魔力を持った魔法使いは老化が止まるって言い伝えに聞くけど、クユラの場合は体の中の魔素の濃度を調整して、老化を抑えてるの。まあ他にも、魔法だけじゃなくて薬草に怪しいクスリやらのオンパレードだわ」「どうもレナさん、説明ありがとうございますわ。でもレナさんでは、わたしくしのような肌は望めませんし、知ってても得はないと思いますが。それにレナさんの場合は、魔法の素養も大した事ありませんし、真似できませんよ」 ああ、また始まった。何度目かも分からない女性同士の対決に、達哉もガルナも呆れた表情を隠さない。だいたいの場合、先につっかかるのはクユラの方で、レナはそれをスルーせずに買う形だ。レナのスルースキルは達哉も脱帽していたが、クユラの挑発だけは絶対に買うのだから分からない。まあ女同士の情念と言うのは、元から男に理解出来るものではないのだろう。クユラの場合は年長者としてプライドや威厳と言ったものもあるのだろうし、レナにしてもリーダーとしての威厳とかそんなのもあるのだろう。まあ、若輩者の上にリーダーの気質も持ち合わせていない達哉には、どちらも理解する事が出来ないのだが。それはガルナも同じようで、達哉と同じく頭上に疑問詞を量産している。ああ、彼とはホントに気が合うみたいだな。元の世界でもこれほど気の合う友人は居なかったよ。 「そういえばさ、もう4日くらいは歩いてるよね。そろそろ街には着かないの?」「んー…、今のペースで行ったらあと1週間てトコじゃないスか?車でも時間がかかるとこを歩いていってるんスし。まあ、合流場所をここからもっと近い街にするって、クユラさんがオッサンにコネクトで伝えたとか言ってたし、そこへなら今日中に突くと思うっスよ」 ガルナの返事に相づちを打ちつつも、達哉は一つの疑問が生まれる。早いところ女性陣の言い争いに終止符を打ちたかった事も有り、それをクユラに尋ねた。 「あれ、クユラさん。そのコネクトって、相手から遠く離れてても使えるんですか?」「ええ、大体の座標と相手の正確な波長と、十分な経験が必要とされますが。加えて、距離が離れる場合は相手にもある程度の魔法の素養が必要になりましてよ。色々とハードルの多い魔法ですから、ワザワザ覚えようと言う奇特な人間もあまり居ません。わたくしたちのように、少数の集団でなければ、実用性は限りなく低い魔法ですので」 上手い具合にレナとクユラの言い争いも治まった。我ながらナイスな采配だと達哉は自分自身に心の中で拍手を送る。ぶっちゃけた話しをすれば、別にそこまで気になったわけでもないし、ほっといたらすぐ忘れてしまったような疑問だろう。 「じゃあ、今晩はベッドで眠れるんですね。うわぁ、楽しみだよ」「タチヤ、あなたも“蛇足”の一員になるなら、どこでも寝られるようになりなさい。おまえみたいにベッドじゃないと寝付きの悪い奴は、苦労するわよ」「………もう十分苦労してると思いますよ。それに、疲労のお陰ですぐ寝ちゃいますし」 街に行けばベッドで眠る事が出来る。そう思うと達哉の足取りも無意識の内に軽くなった。自分自身でも、現金な性格をしていると思ったが、人間として当然の感情だと達哉の中で結論づけた。レナの言葉で一気に現実に引き戻された感じだが、そもそもこの世界が達哉の常識を打ち壊してくれてるので、現実感がどうとかはもう関係ない。 「まあ、レナさん。タチヤをレナさんと一緒にしてはいけませんわ。立ったままでも眠る事が出来るレナさんと違って、タチヤは繊細でしてよ。ホントに、わたくしの奴隷になって欲しかったぐらいですわ。タチヤ、今からでも遅くありませんわ。わたくしの奴隷になりませんこと?」 さっきのレナの言葉の揚げ足を取って、クユラがレナに突っかかっていく。達哉はもう仲裁するのも面倒になってしまい無視しようと心に決めたが、クユラの言葉が達哉にも向けられているので、そういうワケにもいかない。そして、同時に達哉の中でピンク色の思考がスタートする。この世界でのヒト奴隷は、大体の場合は主への性奉仕を強要される。そして、クユラが達哉を自分の奴隷にしたいと言っている。これは、断る理由が無いかもしれない。達哉は、クユラのピクピクと動く猫耳を眺めながら思った。 (だけど……、ヒトの年齢で言うともう61歳……!!) これは非常にダメージが大きい。外見上は全くそれを感じさせないが、本当の事を知ってしまうとどうしても気になってしまう。真実はときとしてウソよりも人を傷付けると言うが、その話しは本当だと言う良い見本だ。達哉が真剣な表情で悩んでいるのを見て、レナはムッとした表情をする。自分が見付けたモノを取られそうになる事に、怒りを覚えた。しかもその理由がクユラの外見なのだから尚更気に入らない。レナとて、女性なのに半獣の外見だと言う事には、相応のコンプレックスを抱いている。確かに普通の女性よりも身体能力が優れていると言う利点はあるが、それでも美しい肌が欲しいと思う事もあった。 「タチヤは奴隷じゃないと何度も言っているわ。首輪を付けているのも、無いと不便だからというだけよ。少なくとも私の目の届く範囲に居る内は、対等な立場で接しなさい。タチヤは、あちらの世界の医療って言う、私たちの誰も真似の出来ない技術を持ってるんだから」 レナの珍しく達哉を褒める内容の言葉に、達哉はハッと顔を上げた。そして頭の中で先ほどのレナの台詞をリフレインさせる。ヒトという相手を対等に見る言葉。達哉にはそう接してもらえるのが普通になってしまっていたが、この世界においてそれは滅多にない事なのだろう。ヒトは人権すら認められない、所謂“所有物”だ。それを対等の立場で見てくれる相手なんて、この世界にどれほど居るのだか分からない。レナに拾ってもらえたのは、やっぱり幸運だったのだなと深く感謝しなくては。 「そう言ってもらえると嬉しいですよ。レナさん、これからもあなたについて行きます!」「現金な性格をしてるわねおまえも。まあ、順応力が高いのは良い事だわ」 手の平返したような態度を取る達哉に、レナは苦笑しながら返した。最初の内は達哉もどこか遠慮したところがあったが、根がおっとりしている方のようで、しばらく一緒に居るだけですぐに化けの皮が剥がれ、本性が出てきた。出会ったばかりの頃の、相手の顔色を伺ってばかりの達哉が懐かしい。無理して自分以外の人間を演じようとしても、そう長続きする筈も無い。達哉を見ているとそれがよく分かる。 (でも正直な話し、誰かにとられるのも悔しいわ。……バカみたい) レナは、自分の考えに自嘲の笑みを浮かべた。達哉を対等な立場で見ようと心がけながらも、どこかで達哉を自分の所有物のように思ってたようだ。自分が見付けたのだから、それでもいいじゃないかと。 「タチヤ。これから少し急ぐわよ」「え…?」 レナは、自分が達哉に対して独占欲を抱いている事に、軽い焦りを覚えた。今まではこんな事は一度も無かったし、これからもあるとは思っていなかった。その焦りを振り払うために、レナは体を動かす事を選んだ。単純だが、悩みを忘れるにはこれがよく効く。 「ま、待ってくださいよ。ヒトの僕じゃ、レナさん達が急いだらついてけませんよ」 達哉は慌ててレナの提案を止めさせようとする。歩くだけでもついていくのが精一杯なのに、このうえ更に急ぐなんて絶対に無理だ。だいたい、もう4日間ほどは歩き尽くめなのだし、先を急ぐ体力が達哉に残っている筈も無い。 「いいのよ。私が担いでいってあげるわ。基礎体力を付けて欲しかったから、ここまでは歩かせたけど、あなたのペースに合わせてたら、時間がいくらあっても足りないわ。ガルナとレナはまあ、一人でなら割と早く走れるし、私はヒト一人くらいなら簡単に担いで走れるのよ」「え、担ぐって……、えぇ!?」 驚きをそのまま表面に表す達哉が面白く、レナは不敵な笑みを浮かべながら達哉に歩み寄って行く。達哉は助けを求めるようにガルナやクユラに視線を送るものの、ガルナは無言で視線を逸らすだけだし、クユラは楽しそうに達哉を見るだけだ。 「うわっ、ちょっ、レナさ……がむッ!?」「暴れてたら舌噛むわよ?」 言われなくてももう噛んでます。そう言いたかったが舌が痛んで言えない。達哉はレナのなすがままに片腕で捕まえられ、荷物を持つ時のように担がれる。実は達哉よりレナの方が、微妙に背が高い。達哉から見れば背が高いのは、モデル体形で大いに結構だと思うが、肝心の胸の大きさがクユラに負けてしまってるのが痛い。しかし、それを差し引いてもレナの胸は中々の大きさだ。(でもな……)達哉はレナに担がれつつ、また舌を噛まないように気を付けながらレナの顔を見る。そこにあるのは奇麗な毛並みの雌獅子の顔。“奇麗”だとは思える。特有の気品も持ち合わせて中々の美人なのだろうとは想像できる。だが、全身を包む毛皮と合わせてそこまで魅力的に感じる事は出来ない。まあ、仮にもヒトなんだし動物相手に欲情はしない。猫耳とかそんな可愛いモノじゃなくて、丸っきりの全身毛皮のマズルが飛び出た獣人相手なのだから。 「タチヤ」「はい?」「今、失礼な事を考えなかった?」 達哉は冷や汗を流しながら、挙動不審気味にその言葉を否定しようとする。だが、さっき舌を噛んでしまった所為で上手く言葉が喋れない。とりあえず身振り手振りで否定の仕草を見せるが、レナが走り出してしまった所為でそれさえも難しい。やはり仕事柄、相手の心の動きには敏感な方なのだろうか。これじゃ迂闊に表情の変化を見せる事も出来ない。しかし、無表情に生活する事など達哉には出来る自信が無い。だからと言ってレナを避ける事も出来ない。それが分かっていて達哉に質問したのか、レナはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。口の端が吊り上っていて、なんともネコ科の猛獣が持つ雰囲気を醸し出していた。助けを求めるように後ろを走る2人に目をやったが、ガルナが決してこちらを見ようとしないのは最初から分かりきっていた事だ。今さら傷付きはしない。彼にレナに逆らう事を強要するほど、達哉も世間知らずではない。そしてクユラに至っては、何処から取り出したのかも分からない、一人用のスクーターのような乗り物に乗りながら、両手話でこちらに手を振っている。しかも満面の笑顔で。ここへ来てクユラはかなり腹黒い正確なのではと思い始める。言動の端々に隠し切れないSの気質が滲み出ているような気がするのは気の所為だろうか。 (うぅ…なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。というかレナさん、担ぐならせめてこんな荷物の持ち方じゃなくて、おぶるなりして下さい。この体勢で走られたらモノスゴク揺れて気持ち悪いです) 達哉は再度クユラの方を見た。彼女ならばレナにも対抗できる筈だと言う願いを込めて。だがクユラは相変わらずの笑みを浮かべながら、苦しむ達哉をサカナに何処からか取り出したお茶菓子を口にしている。達哉はまだ、クユラが何かを取り出す瞬間は目撃していないが、どこかに四次元ポケットでも隠し持っているのではとしか思えない事象が連続している。 (ああ無情だ……) 自分を抱えて走る女性に目を戻して、達哉は目を瞑った。揺れる景色を眺めていると気分が悪くなってしまう。幼い頃から割と乗り物酔いし易い体質で、小学校の遠足など、地獄の思いをした記憶がある。達哉はそのまま何も考えずに時間が過ぎるのを待つ事にした。早く次の街に着けば良いのに。 × × × × それからいくらかの時間が経った後、場所はレナたち一行の目指す街の中にある宿屋だ。そこのテラスにある大き目の喫茶店で、2人の男が苛立たしそうな表情で飲み物を啜っていた。待ち合わせに遅刻された挙げ句、こちらから出向いて別の街までやってくる羽目になったのだから、苛立たしい気持ちを表に出すのも仕方が無い。しかもだ。どう考えても許せないのが、こちらから出向いたにも関わらず、それでもなお遅刻されている事だ。乗っていた輸送車が壊れてしまったという連絡は受けた。それでも、自分の知るレナたちならもっと早く着いても良い筈だ。 「なあオルスぅ~……、俺もう退屈すぎて死にそうだよ。だから言ったじゃんか。露店で売ってた落ち物のマンガ。あれ前から欲しかった奴だから買ってくれって。あれがあったら暇死になんてしなかったんだけどな」 最初に口を開いたのは、2人組の片方の鳥人の少年だ。外見年齢は15歳ほどで、言葉の内容からもまだ中身が子どもである事が分かる。少年は言い終わった後、自分が飲んでいたジュースを、ストローで最後まで一気に飲む。ジュースはすぐに無くなって、辺りに響くのは残り少ない飲み物をストローで無理矢理吸った時に出る、ズズズと言う下品な音。少年の目の前に座っている、オルスと呼ばれた犬人の男はその音を聞いて、レナたちの遅刻によって不機嫌になっていた表情を、更に不機嫌に変化させる。不自然に切れ込みの入った左の耳をピクピクと不機嫌そうに動かし、唯一モノを見る事の出来る左の目で鳥人の少年を睨み付けた。右目を潰して頬まで伸びる顔の傷がそれを引き立て、普通ならば近寄る事も出来ない雰囲気が2人の半径5メートルほどに漂っていた。オルスと言われた男は、不機嫌を隠しもしない声色で少年に言った。 「男なら我慢しろ。そんな事を言ってるから、いつまでもガルナにミリーだなんて女の名前で呼ばれるんだ。……たくっ、愚痴なら後でレナ達にでも聞かせてやれ。俺は御免だ」「お、俺はミリアルドって名前があるんだ!ガルナが口ばっか達者なんだよ!俺はもう子どもじゃないかんな!!」 オルスの口から発せられた“ミリー”と言うあだ名が気に入らなかったようで、ミリアルドと呼ばれた鳥人の少年は、オルスにも負けないほど不機嫌そうな表情で言った。自分では『子どもではない』と言いつつも、言葉の端々に子どもっぽさが浮き出ている。オルスはそんなミリアルドの態度に呆れ果てて遠い目をした。ミリアルドとは戦闘と言う一つの局面に置いてのみ、激しく相性が良い。だが、その他の免に関してはハッキリ言って相性が悪すぎるにも程があるだろうと言った感じだ。ミリアルドは気にならないだろうが、彼の子どもっぽい見栄や意地を笑って看過できるほど、オルスは子ども好きではない。だいたい何でこんなガキが“蛇足”のメンバーとしてやっていけるのかが疑問だ。実力と言う面で見ればオルスの目から見ても感嘆するに相応しいものがあると思うが、メンタル面が地に付いている。見たように直ぐ熱くなる子どもの上に、変なところで意外と脆く、あっさりと泣き出してしまった事もあった。正直言って、扱い難すぎる。 「あいつ等もあいつ等だ。いったい俺たちをどれだけ待たせれば気が済むんだか。……ミリアルド、少し飛んで行って、レナたちが近くまで来ていないか確かめてくれないか?」 オルスは右手を額に当てて、ワザとらしく溜め息を吐きながらミリアルドにそう頼んだ。ミリアルドの最も優れた能力は、鳥人の中でも特に飛び抜けたその視力だ。オルスたちが望遠鏡などを使うよりも遥かに高い精度で、遠くの物事を見る事が出来る。それは生まれ付きのモノなので、誰かが真似をしようとしたところで真似を出来るモノではない。加えて鳥人の特権、その身一つで空を飛ぶ事が出来るのだから、遠くから敵情視察する時などに役に立つ。今回も、レナたちが何処まで近付いているのかミリアルドに確かめてもらおうと思ったのだ。ミリアルドが見ることの出来る範囲にいないのならば、着くのは当分先と言うわけだ。しかし、ミリアルドはオルスの期待通りの反応はしてくれなかった。いつも通りの生意気さを見事に発揮してくれた解答をオルスに返す。 「やだね。傭兵はタダ働きするなって、いつもオルスだって言ってるだろ。だから俺もタダ働きはしないって決めてるんだぜー」(こんガキャァ………!!!) ミリアルドの言葉に、オルスは今にも相手を殴り出しそうになる拳を必死で押え込む。相手はただ態度がデカイだけの子どもだ。そう自分に言い聞かせて必死に妥協の点を探す。尻尾が不機嫌さを丸出しにして縦に振れているが、それさえも今のオルスは気づいていない。ミリアルドにとってもこれは日常的な光景なので危機感の欠片も抱いていない。 「……何が欲しいんだ?」 苦虫を噛み潰したような表情で、オルスが捻り出すようにして言った。目の前の生意気な少年の首を刎ねてやりたい衝動に駆られるが、こんな公共の場でそんな事は出来る筈も無い。ただでさえ妙な組み合わせの2人組みで浮いているというのに、そんな事をすれば更に目立ってしまう事間違いない。ミリアルドはそんなオルスの様子を楽しんでいるかのように、満面の笑みを浮かべながら店のメニューを眺めている。そしてしばらく時間を掛けてどれにするかを考えた後、ニシシとよくあるパターンの笑い声を漏らしながらメニューのリストの内の一つを指差した。 「これな。ここで一番高いヤツ。あと添え物の野菜は俺の変わりにオルスが食べて。それと新しい銃も買ってくれよ。今の銃はもう飽きたし、次はもっとカッコイイのが欲しいんだけどさ」「それじゃ釣り合わ……「決まりだかんな!!じゃ、ちょっと見てくる!!」 ミリアルドはオルスの返事もロクに聞く事なく、椅子から立ち上がるとテーブルを踏み台にジャンプする。そして両方の翼を広げて羽ばたくと、晴天の空へと上っていく。その際に、テーブルの上に置いてあった、オルスの飲んでいたお酒が零れて、着ているコートに零れた。もともと暗い色をしたコートなので汚れが目立つ事はなかったが、イヌの彼には割と臭いが気になる。ましてオルスの場合は、半分オオカミの混じったイヌなので、普通の犬よりもそういう部分での感度は高い。鼻が利くのは戦場においては有利な能力だが、日常では案外と面倒だったりする。 「いつかあのガキをしばいてやる。それまで覚悟してやがれ」 頭上に見える、どんどん小さくなってゆくミリアルドを眺めながら、オルスは呟くように言った。酒の臭いが付着したコートを脱いで椅子の背もたれに掛けると、傷だらけのオルスの二の腕が露わになる。コートの下は半袖のシャツで、酒の汚れはコートに遮られ、そのシャツまでは届いていなかった。『ふぅ』と安堵の溜め息を吐きつつ、足元に置いてある愛用の鞄からタオルを取り出すと、その端っこを口に含んで軽く湿らせる。そしてそのタオルで、コートの酒で汚れてしまった部分を拭き始めた。しかし、オルスがそうやっていると、不意に後ろの方から声がかけられた。何事かとふりむくと、そこにいたのは見ず知らずのオオカミの女性。 「お宅の連れはなんて非常識な子どもなんですか!!こんな公共の場でいきなり飛び上がるなんて、いったいどんな躾をしているか。もう少し周りの迷惑を考えて行動して……」「黙れ。失せろ」 オルスはドスを利かせた低音ボイスで言い放った。ついでに睨み付けたうえで歯茎を剥き出しにして唸り声を上げれば、相手の女性はいとも簡単に逃げていく。それを見て、オルスは堪っていたストレスが少しだけ発散された気がした。弱いヤツを甚振るのは好きではないが、ああいう手合いならば話しは別だ。他人の問題に首を突っ込みたがるヤツは好きではない。 「さて、ガキは居なくなったしもう一飲みするか……」 オルスは、ミリアルドへの復讐も兼ねてここから場所を移すことにした。ミリアルドは、戻ってきたあとで誰も居ない喫茶店を見て泣いてしまえばいい。帰ってきた後で誰も居なかったりしたら、ミリアルドは確実に泣く。その様子を想像して、オルスはフッと鼻で笑った。 「お子様に付き合ってる暇は、生憎と無いんだよ。泣いてるところをレナたちに慰めてもらえ」 オルスが浮かべる意地の悪い笑顔は、間違いなく彼にオオカミの血が混じっている事を示している。基本的に真面目なイヌの特性を残しつつも、色んな所でオオカミらしさが醸し出されている事がある。オルスはさっき脱いだコートをもう一度はおると、タオルを鞄の中に片付け、テーブルに立て掛けていた槍を手に取る。もっとも、槍は布で包まれており、傍目からはただの長い棒にしか見えないのだが。 「しかし、何か足手纏いになるようなのを、また拾って来たんじゃないだろうな」 オルスが達哉と出くわすのは、これからもう1時間ほど経った後の事だった。達哉がオルスにとって、ミリアルドほど苦手な相手ではなかった事は、双方にとって幸運な事だっただろう。 第4話 終。
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。