守銭奴の昼食

金曜日午後のお昼時、巨大な社員食堂はいつもと比べて賑やかだった。
それもその筈、我が社の商品「感動一錠EX」が先日ミリオンヒットを達成したのだ。
お陰で臨時ボーナスが支払われるらしく、社員食堂はボーナスの使い道の話題で持ちきりになっていた。
開発スタッフにはボーナスとは別に報奨金が渡されるそうで、彼らは仲のいい同僚たちと飲み会の約束をかわしている。

明るい話題で華やかな食堂に一人、暗い顔できつねそばを啜る若い社員が居た。
私の部下、Aだ。

ああまただ。
こいつは呑気に悩んでいるのか。
私はそそくさと彼の向かいの椅子に座り、素うどんの載ったトレイをテーブルに置く。
優しさじゃない。
昼食代を浮かすためだ。

「また、悩んでるのか」

声を掛けると、彼は顔を上げてこちらを見た。
私の顔を視認すると安心したようだ、彼は呟くように愚痴を零し始めた。

「薬で感情を左右するなんて、人の尊厳を蔑ろにしてると思うんです」

人の尊厳……全くこいつは毎回毎回馬鹿げた事を言うもんだ。
それで社会人か?

「薬で感情制御なんて昔からやってるだろう?鬱の治療薬なんてそうじゃないか」

そう飄々と言ってやったらAは不貞腐れた顔をして、ブーブー反論を返して来た。

「あれは治療の為です。これは感情を売ってます」
「感情を売って何が悪い、芸人だって漫画家だってやってる事だろう」
「彼らは感動の場を作ってるだけで、感情を操作してる訳ではありません。」
「そうか?私には話術や漫画で洗脳しているようにしか見えないが」
「洗脳じゃありません‼」

私の言葉を聞いたAの顔が険しくなる。
直ぐに表情が顔に出るのは、営業マンとして失格だ。
まだヒヨッコだな。
私は手付かずのままになっていたうどんを啜って、片手間にAの戯言に耳を傾ける。

「彼らは感動を届けているんです!見る人、聞く人の心に思い出を刻む為に必死で伝えてるんです!薬付けの偽物とは違う!」
「ほう、偽物か。そう思うなら、あそこにいる開発スタッフに言って来ると良い。
あいつらは自分達の感動は本物だと言うだろうよ」

私が箸でスタッフのいるテーブルを指してやると、Aは立ち上がりズンズンとテーブルに向かって行く。
結果は分かり切っているので、私は長話で伸び切ったうどんを平らげる事にした。

最後の麺をすすり切った時、Aは明らかに肩を落として帰って来た。
予想通りの結果だ。

「どうだった?」

私は念の為に聞いてみた。

「スタッフ総出でボッコボコにされました。論理武装で追い込まれて逃げ場も無かったです」

戦意喪失を体現したその姿の背には、彼をその状態に陥れた開発スタッフの姿が小さく見える。
遠巻きから、面倒を寄越すなのヤジが聞こえる。
こっちはおもちゃを遣ったのだから、多少は感謝するべきだろう。
私睨みをきかせてやると、あいつらは自分で茶々を入れたにも関わらず、そそくさとヤジを引っ込めた。

「立ってないで座れ、邪魔だ」

私の言葉で、通路を塞いでいるのに気付いたAは周囲の社員に頭を下げつつ、元の席にちんまり座った。

「相手がオタクで良かったな。脳筋は先ず手が出るから今頃あの世行きだ。」
「俺たちは薬という形で感動を伝えてるんだって言われましたよ。」
「あそこのガリ勉オタク共に文化的なセンスは無い。だからこそ科学で感動を伝えようとしてるんだ」
「……自分は間違って居たんですかね?」

Aが上目遣いで私に聞く。

「さあな、しかし相手にも道理が有るのは解っただろう」
「はい、体感しました」
「だったら、むやみやたらと嘯くな」

雑にAの頭を撫でてやる。
Aは頭をぐしゃぐしゃにされながら、爽やかに笑った。
いつもと同じだ、簡単に立ち直る。

話が一段落ついた時、周囲に社員は残っていなかった。
12時58分、仕事に入るまであと2分しかない。

「無駄話も終わりだ、急いで仕事に戻るぞ」
「はい!」

私達は空になった食器をトレイに返しオフィスへと歩き始めた。
Aは見かけた時と打って変わって憑き物が落ちた、晴れやかな顔をしている。

「課長補佐、話聞いてくれてありがとうございます」
「タダで聞いてやった訳じゃないぞ、相談料は払って貰う。今度うどん奢れよ」
「うどんでいいんですか?幕の内御前でも良いですよ」
「いいんだよ、うどんで」

何でですかと聞くAを余所に、私は歩みを早めた。
答えを考える暇などない。
なんせ休み時間は1分も過ぎているのだ。
私は守銭奴、損を嫌う男。
時間であろうと金であろうと損失は許せんのだ。




対岸のテーブルで部下の悩みを聞く部下を見て、営業部長木曜は感慨に更けっていた。

「どうしたんですか、木曜営業部長」

味噌汁を啜っていた那須が、手を止め明後日を向く木曜に気づき声を掛ける。

「いや、僕の部下が後輩の相談に乗っていたみたいで気になってね」

目線を変えず、彼は答えを返す。
木曜の目線を追うとそこには、守銭奴の姿があった。
彼は会社でも有名な存在だ、うるさい金の亡者として。
木曜の部下という事もあり、部署の違う那須も彼の事は知っていた。

「彼がどうかしたんですか?」

那須の質問に別段反応らしい反応も見せず、淡々と木曜は返答した。

「彼は今うどんを奢って貰うことを目的に部下の話を聞いてやってると思っているんです。」
「“守銭奴”らしいですね」
「本当はうどんよりも部下の評価が欲しくて相談に乗っているんですよ、彼は」
「……そうは思えませんが、彼は会社でも有名な吝嗇家じゃないですか」
「彼は吝嗇家じゃない。愛に飢えた子供ですよ。金銭に固執するのも承認欲求が満たされないが故です」
「金と承認欲求に繋がりがあるとは思えないんですが」
「大いにありますよ、近頃の人は貨幣そのものに価値があると思っているようですが、本来貨幣に価値なんて無いんです。貨幣はあくまでも自身が提供した能力、労力の目安、物差しでしかありません」
「……ああ、思い出した。マルクスの仏神崇拝の話だ。神と付いていたので調べてことがありますよ」

那須はああそうだったと顔を綻ばせ喜んだ。
どうやら那須は自身の話よりも、話の大元が何であったかの方が気掛かりになったらしい。
過去を思い起こすのに集中して私の言葉など聞いていなかっただろう。
だが、物神崇拝を知るのなら言いたいことは分かる筈だ。
木曜は問題無く話を元のレールに戻す。

「彼は金という目安を使って自分の価値を測っています。金がある程価値は上がる、彼は自身の価値を高めるために節約をしているのです。だから人々は彼を吝嗇家・守銭奴と誤解する」
「貯金する為にケチるのとは違うんですか?」
「貯金はいつか使う為にするものです。彼は一生貯めた金を使わないでしょう、使えば彼の価値は減るのですから」
「……中々扱いの難しい部下を持ってしまいましたね、木曜部長」
「そんな難しいだなんて、むしろ誰よりも扱いやすいですよ。褒めてやれば喜びますし、金をせしめるにも罪悪感を感じない。上司にに縋る犬でもないのですから」
「嫌いですもんね、貴方のこと」
「先日も嫌味を言われました」

そうこうしている内に食堂から随分人が減っている。
時計をみれば12時55分になろうとしている。
休憩時間も後五分、しかし対岸に居る部下の二人はそれに気付かないまま話し込んでいる。
「もう行きましょう、那須くん」
「彼らに声をかけなくていいんですか?午後の就業に遅れますよ」
「良いんです。声掛けたら守銭奴くんが困りますから」
「えっ、なんで?」

那須の言葉を無視して、穏やかにはにかみつつ席を立つ木曜の背を追いながら
那須は最後の言葉の意味を考えた。
答えは出ず、那須は休日をもやもやと過ごすこととなった。