麻耶雄嵩先生インタヴュー


——先ず最初に伺います。最新作『木製の王子』を除くご自身の著作の中で、一番気に入っているのはどの作品でしょうか?

麻耶  除かなくても同じですが、短編集(註・『メルカトルと美袋のための殺人』)が一番気に入っています。長編だと一〇〇%完全に上手くいったっていうことがないんです。いつも大体やりたいことの四割から六割ぐらいしか。短編だとそういうことがあまりないので、その意味で、ある程度満足度の高い短編集が一番いいですね。

——短編だと、ご自身が「こうしたい」ということを全部詰め込むことができるというわけですね?

麻耶  そうです。もともと最初に想定している容量が小さいですから。短編の規模だと、最初から青写真をはっきりと描きやすいんです。逆に長編はつい風呂敷を広げ過ぎてしまって失敗します。

——短編の中ではどれが一番気に入っていますか?

麻耶  「小人閒居為不善」が一番気に入っています。手がかりに不満のある話ではあるのですが。

——初めて長編を出版されたとき、どう思われましたか?また、作家としてやっていけると思ったのはどのような時ですか?

麻耶  初めて出した時は在学中だったので、記念という感じでした。まだその時点ではプロになるとかは考えてなかったんです。現在でも作家としてやっていけているのかどうかははっきり分からないです。今までのところはなんとかなってるなという感じです。 

——書店にご自身の本が並んだ時というのは、やっぱり嬉しいものなんですか?

麻耶  見本を送られて来たときは嬉しかったですが、店頭で目にしたときはむしろ照れくさいという感じでした。

——執筆の上で気を付けていることにどのようなことがありますか?

麻耶  そうですね、色々な意味で間違えないということです。

——その間違えというのは、例えば漢字の間違えといった初歩的なものから、伏線が上手く張れているかとかまでのことを指すんですか?

麻耶  誤字などは最悪校正で直してくれるのですけど、むしろプロット上の間違えの方に気を使いますね。書いたと思っていた手がかりを入れ忘れていたとか、違うことを書いていたりとか。最近執筆している期間が長いので、最初の頃の記憶がどうしてもあやふやになってしまうんです。こういう筈だったのに、読み返したら違うことになっていたりとかするわけです。あと人名が間違っていたこととかもありました(笑)。でも最も気をつけなければならない間違いは「今書いている作品が果たして面白いのか?」という判断です。よく間違えますけど。

——作品の書き方なのですが、プロット先行なのでしょうか、それともトリック先行なのでしょうか?

麻耶  ケースバイケースです。面白いトリックを思いついたときは、そこから組み立てますし、プロット型に見える作品でも実はプロットがなかなか思い浮かばなかったということもあります。

——トリックというのは、どういうときに思い浮かぶのですか?

麻耶  いや、それが分かれば苦労はないですよ(笑)。そういった状況に自分をもっていけばいいわけですからね。

——こういったときにこのトリックを思いついたというような、例えば綾辻さんなら『時計館の殺人』のことがよく言われますけど(註・綾辻行人氏はトリックを端的に表した一文を、宇山夫妻との夕食の後のコーヒーを飲んでいた時に思いついた)、印象に残っている状況などはありますか?

麻耶  『夏と冬の奏鳴曲』の雪のトリックなんですけど(笑)、あれはクリスマスに思いついたんですよ。それで自宅で寝転んでいたときにはっと思いついて、興奮して法月さんに電話したんですよ。「ネタを思いついたんですけど、今から伺っていいですか?」って。幸い法月さんも当時は独り身で。クリスマスに男二人でミステリの話を(笑)。

——作家さん同士で「このトリック、いいよね」なんていう会話はするものなんですか?

麻耶  トリックの善し悪しよりも、むしろ先例があるかどうかの確認ですね。もしかしたら既存のトリックかもしれないですし。そうなるとやはりまずいので。

——ミステリを書く上で重要なことは何だと思いますか?

麻耶  重要なのはやっぱり、あの手この手で読者を騙してやろうということだと思います。

——最近新しい作家さんが次々に出てきていますよね。メフィスト賞なんかはもう……。

麻耶  覚えきれないぐらい。

——ええ、本当に沢山出てきていますけど、もし 麻耶 さんがデヴューされた当時にメフィスト賞があったとしたら、応募されてましたか?

麻耶  多分していないと思います。それはメフィスト賞云々ではなくて、先程も言いましたけど、当時はプロの作家になれるなどとは全く考えていませんでした。端からレヴェルが違うと諦めてましたから。それに無精者ですから、あてのないものに七百枚分も手間を費やしていなかったでしょう。きっと普通に四年で卒業して就職していたと思います。

——登場人物の名前を付けるときに気を付けることはありますか?

麻耶  気を付けるというか、考えるのが難しいんですよね。ふと気がつくと似たような名前になってしまっていたりとか。

——後輩の方の名前を使ったことがありましたよね?

麻耶  ありましたね。

——反応はどうなんですか?

麻耶  別になんともないようです。いっとき話のタネになるくらいで。それで感謝されたとかいう記憶もあまりないですし。

——逆に怒られたというようなことは?

麻耶  それもないですね。一応差し障りのないように書いているので。

——名前で思い出したのですが、 麻耶 さんは『蒼鴉城』に書いておられたとき、アルファベットが並んだペンネーム(註・Xst=Zyyy)を使っていましたよね。あれは何て読むんですか?

麻耶  いや、読めないです。記号みたいなもので。プリンスみたいなものでしょう。違うとは思いますけど(笑)。

——『木製の王子』の各章の初めに短いエピソードが挿入されていて、そこの出てくる人物の名前を挙げてみますと、星野、福原、川尻、遠山、矢野、中込、藪、伊藤、湯舟……ですが、これはやはり阪神の選手から取ったものなんですか?

麻耶  そうです。阪神ファンなものですから。一応、阪神ファンには犯人が分かるという設定になってます(笑)。

——『木製の王子』のタイトルにクラシックの曲名を付けた理由というのは?

麻耶  理由は特にありません。タイトルが相変わらず最後まで決まらなくて、どうしようかなと考えあぐねていたんです。独自に思い付かなければどこからか盗んでくるしかないので、今回はバルトークが好きということもあって、これにしようと。

——作品のタイトルというのは、できるだけその内容に合ったものを付けるんですか?

麻耶  何となく、ですね。『木製の王子』というのは、要は木偶ですから。そういう話なので、一応ちょっとは繋がっているかなとは思っているんですけど。内容と全く違うタイトルをつける勇気はまだないですね。いずれつけたいんですけど。

——他の作品のタイトルの由来は?

麻耶  全く意味がないのは『痾』ぐらいだと思うんですが(笑)。あとは少しは繋がっていると思います。

——様々な形で神に言及されていますが、神についてどのような考えをおもちですか?

麻耶  神が本当に存在するのかというのにはそう思い入れはなくて、寧ろ信仰の方ですね。どう存在させれば信じられるのか、という。

——神を信仰している人に対して興味がおありになるということですか?

麻耶  昔からいろいろ経緯があるじゃないですか。神の存在を理論的に証明しようとか。ただ、新興宗教とか、そういうのにはあまり興味は無いんです。変な理屈を捏ねて、どうやったら信仰できるのかっていうことを考えるのが好きなんです。

——メルカトル鮎、木更津、烏有と沢山のキャラクターが登場しますが、中心キャラクターというと誰になるのですか?

麻耶  残念ながら、話の流れ的には烏有になるんでしょうね。探偵だと今のところメルカトルなんでしょうけど。

——愛着のあるキャラクターはおられますか?

麻耶  あまりいません。みな書くときは苦労させられていますから。恨みなら山ほどあります。

——メルカトルなんかは登場していきなりに死んでしまって吃驚したんですけど、よく出てくるメインのキャラクターでも簡単に殺してしまうことには躊躇いはないのですか?

麻耶  それはないですね。ただ、短編集の中の「彷徨える美袋」に浦澤大黒という変なキャラが出てくるんですけど、いきなり被害者なんです。ちょっと勿体無かったかな、っていう気はしています。一本くらい面白い話ができたかもと。

——ノンシリーズの長編を書く予定というのは?

麻耶  一応あります。

——メルカトルや烏有なども全然出ないわけですよね?

麻耶  メルカトルは出すのが大変なんです(笑)。登場させた後、どうやって話に絡ませるかというのが。解決までもたもたさせてるわけにもいかないし。

——メルカトルは読者サービス的なところがあるんですか?

麻耶  いや、そういうわけでもありません。ある意味楽な部分もあるので。例えば『夏と冬の奏鳴曲』の幕引きをメルカトルではなく木更津がやったとしたら上手くオチなかったと思います。ただそこに持っていくまでにメルカトルをどう泳がせておくかが難しいんです。

——それは矢張り「銘探偵」だからですか?

麻耶  というよりは性格の問題なんでしょう。まあ、銘探偵だからというのもあるにはあるんですけど。

——印象に残っている書評や解説などはありますか?

麻耶  文庫版の『夏と冬の奏鳴曲』の巽昌章さんの解説は上手いなあと思いました。何か、一味違うな、と。

——その「上手い」というのは、解釈が合っているということを意味するのですか?

麻耶  解釈の是非よりも、個性的な鋭い切り口で、また文章が巧みだというところがです。あと、私のではないのですが、有栖川さんの解説はポイントを押さえた内容や話しの運びが上手く感心させられます。賢い人の論評はたとえ内容に賛同できなくてもためになります。それに自分が一番自分自身のことを知っているはずだ、というのは幻想ですからね。

——合作には興味がおありですか?

麻耶  誰かがネタを考えてくれたら、それに優ることはないんですけれど。ただ、合作といっても具体的な作業をどうするのかが今一良く分からないですから。

——例えば、情景描写は全部あなたに任せますとか。

麻耶  漫画みたいですね(笑)。でも岡嶋二人さんのところはネタ係と書き係がいたようですけど。クィーンもそうですが、二人いるといろいろと心強いとは思います。会話をするだけでも話が膨らみますし。ただバンドと同じで解散もあり得るわけで、難しい面も多いと思います。

——この方だったら合作してもいい、という作家さんはいますか?

麻耶  今プロでやっている方々はみな個性が強いので、折り合わないんじゃないかなと思います。というか自分が折り合おうとしないのかも。

——この間カッパ・ノベルスから出た彩胡ジュンさんはもう読まれましたか?

麻耶  まだ読んでないんですよ。ホラーだとかサイコだとかいうフレーズがついていると、内容に関係なく、それだけで優先順位が落ちてしまうので。ただ、色々なところで情報が出回っているので、だいたいあの人かなという予想はついてます。喜国さんの知り合いで、とか(笑)。

——書く側になると、やっぱり本を読む時間というのは減るものなんですか?

麻耶  それは人によるみたいですね。私は完全に減りました。我孫子さんなどはよく本を読まれてて、ホームページ上で感想アップしているようですけど。

—— 麻耶 さんのインタヴューを拝見していますと、ご自身の作品は変ではないと仰っていますけど、では 麻耶 さんが変だと思われる作品とはどのような作品なのでしょうか?( 麻耶 さんの作品が変だというわけではありません)

麻耶  具体的な作品名はすぐに思い浮かばないんですが、本格の場合作者に幾ばくかの狂気は必要だと考えるのですが、作者の狂気が理性を上回ってしまっている作品は変かもしれません。

——短編が漫画化されましたが、ご自身の作品の映像化に対してはどのようにお考えですか?

麻耶  特にありませんね。自分の手を離れた時点で別の作品になるものと思っていますから。作者としてというよりも、一読者として接しています。でも二時間ドラマなどのもの凄い改竄のされ方を見ていると、さすがに自分の名前がクレジットされて流されるのは嫌かなとは思いますけど。

——もしご自身の作品の脚本を手掛けることになったとしたら、どの作品を選びますか?

麻耶  脚本は経験がないですからよく分かりませんが、ただ自分でやるとしたら短編ですかね。比較的苦労せずにできそうなので。

——『夏と冬の奏鳴曲』を映像化したいとは思われませんか?

麻耶  別段、思いませんけど。やって頂ける人が誰かいるのなら。

——『翼ある闇』の蒼鴉城の造形的なモデルはあるのでしょうか?

麻耶  具体的なモデルはありませんが、漠然と「昔のゴシック調のデッサン画に描かれている城館」みたいなイメージはあります。ただ様々な映像イメージの寄せ集めですから、様式的にも美的にもかなり変でしょうね。

——『翼ある闇』の島田荘司さんの推薦文で、『翼ある闇』がアンチミステリだと言われていますが、アンチミステリに関してはどのような考えをお持ちでしょうか?

麻耶  アンチミステリの定義自体を今一つ把握できていないので何ともいえないですね。人によって定義が違っていると感じることもあるので。

——麻耶先生はどのように定義なさいますか?

麻耶  私は関わらないようにしています(笑)。本格作家なので。色目欲目を使わず、あくまでも本格一筋で。

——同じ理系出身ということで、森博嗣さんは意識されますか?

麻耶  それはないですね。自分自身が理系出身だとかを日頃認識していないですから。それに森さんは旗幟を鮮明にアピールしてますが、理系畑の作家さんは意外といますから。医学部も理系か文系かと言えば理系でしょうし。

——特に注目、或いは意識されている作家さんはいますか?

麻耶  誰か一人、ということはないんですが、いい作品を書いている方はみんな意識します。羨ましく思うといったほうが近いですけど。ああいうのを書けたらいいなと溜息を吐いたり。

——最初に読まれたミステリは?

麻耶  よくあるパターンですが、ジュヴナイルのホームズものです。小学校の図書室にあった。

——最近はどのようなミステリを読まれているんですか?

麻耶  たまっていた国内外の本格物です。国書のシリーズを立て続けに読んだりしていました。

——今まで読んできた中で、一番印象に残っている作品は何ですか?

麻耶  『黒死館殺人事件』です。無茶苦茶な話なんですけど、無茶苦茶なりに筋の通った無茶苦茶さが面白かったです。

——次回作はどのようなものを書かれる予定ですか?

麻耶  次回作はすっきりしたものを書きたいですね。毎回そう思っているんですが(笑)。

——ファイル名はもう決まっているんですか?

麻耶  決まっていますが、公表はちょっと。ファイル名はネタになっているので。

——今回の『木製の王子』が「ジェノサイド」で『痾』が「放火殺人」ですよね。そうすると『夏と冬の奏鳴曲』は…。

麻耶  「孤島殺人」です。昔はハードディスクもないボロっちいパソコンを使っていたので、ファイル名は全角四文字ぐらいしか入らなかったんです。今は人並みになりましたけど。

——『木製の王子』で烏有と桐璃が結婚しましたよね。私は本を読む時カバーを付けて読むんですけど、そこでぱっと著者のことばを見たら「結婚しました。」とあってすごく驚いたんですけど、あれは矢張り狙っていたんですか?

麻耶  もちろんオチに引っ掛けたダブルミーニングです。周囲には笑われましたけど。ネタでなければあんな恥ずかしいことわざわざ書きません。ただ、恥をさらして仕掛けたつもりが恥ばかり目立つ結果になり、浮かばれない気持ちで一杯です。本作での”間違い”の筆頭ですね(笑)。

——著者のことばは毎回凝ってらっしゃるようにお見受けしますけど、結構考えるんですか?

麻耶  あれはサブタイトルみたいなものですからね。タイトルと同じでいつも何も思いつかないんです。かしこまるとぎこちないし、かといって長編は不満足な事がほとんどですから自信の表明やセールストークのようなものを書くのも躊躇われる。それで結局、毎回ふざけたものに落ち着くことになります。案外、編集の方もそれでいいですよ、みたいに言ってくれますから、そのままで。

——今回も編集の方には喜んで頂けましたか?

麻耶  最初は帯に付けるとかいう話もあったんです(笑)。でも、それはちょっと、と窘められて。ただ、帯ならば簡単に差し替えられますけど、著者の言葉だとずっとそのままですからね。どちらが良かったのか。

——著者近影はどうされているんですか?

麻耶  今回のは『あいにくの雨で』の時に撮ったのを使っています。五、六年前のものですね。着ている服も同じです。講談社に写真用の部があって、缶詰になったついでにそこで撮ってもらったものです。

——著者近影で凝ったことをしようとは考えていませんか?

麻耶  ふざけたものは山ほど考えました。卒業式の集合写真にするとか。偽物を使うとか。外人だったとか。地蔵だったとか。でもそういうのは多分漫画家さんがやり尽くしているように思われたので。

——メルカトルと木更津と美袋と香月の中で、友達になるとしたら誰となりますか?

麻耶  美袋が一番無難じゃないでしょうか(笑)。

——でも美袋だったら殺されるかもしれませんよ(笑)?

麻耶  こちらが普通に付き合っていれば、大丈夫だと思います。それに彼には人を殺す根性はないでしょう。たぶん。

——美袋はメルカトルに対して、かなり怒りは覚えているんですか?

麻耶  どうなんでしょうか。散発の短編なので。その時々の気分や話の都合で書いていますから。一貫性があるのかっていうと、難しいです。ちょっとこう何かついたり離れたり、といった感じですね。

——美袋を長編で出す予定はありますか?

麻耶  美袋を出すとなるとメルカトルが絡んでくることになるので、例えばメルカトルで何か長編を書こうと思った時は出ても不思議ではないというか、勝手に出ると思うんですけど。単独で、メルカトルなしで彼だけ出すということはまずないですね。

——『あいにくの雨で』に出てきた烏兎を再び出す予定はありますか?

麻耶  そうですね、彼は何かいい話を思いついたら出そうとは思いますけど。珍しくタイトルだけはあるので。ただ相手が難しいんです。獅子丸を出すかどうかとか。

——以前のインタヴューで、幻想文学関係はあまり読まないと仰っていましたけど、矢張り今でも読んでないんですか?

麻耶  そうですね。あれからだらだらと執筆していたので。書いていると本当に本を読む余裕がないんですよ。切り替えが出来ないっていうか。読んでないから書いている、というわけではなく、全く他のことをしているんですが。まあ今溜まっているミステリを読んでしまってからですね。読むとしても。自分の中では本格物の優先順位が不当に高くて、凄く評判のいい他ジャンルの作品があっても、同時期に黄金期の本格作家の作品なんかが出た場合、きっとくだらないなと思ってもそっち読んでしまうタイプなので。なかなか他のところに手を出すのは、例えば資料として読むとか、必要性がないと。

——幻想文学ということで、綾辻さんの『霧越邸殺人事件』に関してはどのように考えていらっしゃいますか?

麻耶  あのインタヴューでも逆にインタヴュアーの方に尋ねたんですが、幻想文学の定義というか、雰囲気や設定がそれっぽかったら幻想文学なのか、それともプロットやメッセージで区別されるのか、その辺りが自分でははっきりしないんです。ファンタジーと幻想文学は同じなのかとか。『霧越邸』に関しては、冒頭から被っている雰囲気と、最後の超自然とまではいかないまでも不可思議性の結果から言われているのかなとは思いますが。ただ、幻想文学自体が不得手というかほとんど読んでいないので、どうコメントしていいか分からないんです。雰囲気もすごく面白いとは思いますけど、僕自身は優れた本格作品と捉えています。

——以前のアンケートでトマス・アクィナスの『神学大全』を挙げてらっしゃいましたけど、あれはウケ狙いだったんですか?

麻耶  ウケもありますけど、読んでないですから。他に。

——あれはどういった感じの内容なんですか?

麻耶  スコラ主義の大本です。神様は証明できるか、みたいな論証を延々と繰り返すんです。昔のことなのではっきりと覚えているわけではないんですが。神の存在についてのネガティブな疑問等に一応論理的な枠組みで考証して、結果神は存在すると結論するみたいな。筋立ては、まあ曲がりなりですが通っているんですよ。本格のロジック程度には。当然「神は存在する」という不動の結論が先ずあるわけですが、考えてみれば幻想小説というより本格物の探偵の謎解きに似てますね。本格も犯人を決めてから話を組み立てるわけですから。でも、キリスト教全盛期に幹部の聖職者が暗い小部屋でそんな論証を何百も繰り返す狂気は幻想小説っぽいかなと。

——『木製の王子』にはかなり複雑なアリバイトリックが仕掛けられていますけど、あれは意識してああされたんですか?

麻耶  どうせやるなら、徹底的に無茶苦茶というか、解けないようにしてやろうと。解けるとか解いたら楽しいかとかいうレヴェルの問題じゃないですよね、あれは。

——矢張りあれが一番苦労されたんですか?

麻耶  そうですね。事件とは全く関係ないところなんですが。もしかしたら穴があるんじゃないかと思い何度も験算しました。でもまだ誰からも指摘されていないので安心してます。尤も誰も真面目に考えていないと思いますけど(笑)。読者にはいろんな人がいますから、凝り性の方とかがそのうち現れるんじゃないかと。本当は、あと三つ四つ同じようなものを創る予定だったんですが、状況の説明だけでも予想以上にやたら枚数を喰って、これを三度四度と繰り返すのは読者が怒るかうんざりするだろうと思って止めました。僕自身もうんざりしてきましたし。結局、基本原理は同じですから。

——あれは凄い圧倒されました。何か、ダイヤグラムやJRの時刻表を自分で作るみたいな感じだったんですか?

麻耶  鉄道の線引きの人ならもっと簡単にやれるんじゃないかな、とは思いました。効率のいいメソッドとか持っていそうじゃないですか。またコンピューターにプログラムを打ち込めるような人ならあっさり出来ると思います。クロスワードのように。自分はどちらのノウハウもないので苦労しました。

——読む方は大変ですよ。

麻耶  あれはもう、読者に解かせる気を無くさせるというか、考えなくても問題ないよというのを報せるのが目的なので。先程も言いましたが、誰も真面目に考えないだろうと思っていたので。少なくとも自分なら放棄します。それならどれだけ複雑にしても構わないだろう、と。

——ということは、あそこで読者に考えてもらおうという気はなかったわけですね?

麻耶  そうですね。なぜあんな複雑な行動が可能だったのか?が題目なので、複雑な経路自体はネタではありません。だからもう中盤でばらしました。あの経路を謎として最後まで引っ張るのは、本格として正直ではないでしょう。あと、方向性としてはもう一つ別のベクトルがあって、シンプルな経路にしておいて、それでもある一点に於いて知らないと不可能だという状況を作り上げる。それなら最後に経路と原理を同時に謎解きしても支障はないし、犯人の意外性が増す分ウケもよかったとは思います。でも、どうせやるならと、つい馬鹿無茶な道を選んだんです。性分ですね。

——本日はどうも有難うございました。

(二〇〇〇年九月四日、京都ロイヤルホテルにて)