{法月綸太郎先生インタヴュー
— 拷問は果てしなく —}


Who are all those people,
That he's locked away down there?
Are they crazy?
Are they sainted?
Are they zeroes someone painted?
—Frank Zappa


プレイグラウンド・サイコティクス  Playground Psychotics

——最初に『メフィスト』の対談についておうかがいいしますけど、一体どういう経緯でやることになったんでしょうか?

法月 三谷(幸喜)さんをゲストに迎えた一回目は『古畑任三郎』の第二シリーズが始まる前の時期ですよね。「メフィストを使ってなんでもしていいですよ」って聞いて、「三谷さんにとにかく話が聞きたい」と言ったら「じゃあ、面白そうだからオファーだけしてみましょう」と。そしたら、向こうからOKが出てですね。当時はあんまりインタビューとか対談とかはされない方だったらしいんですけど、「やりましょう」という返事がもらえました。それは単純で、とにかく会って話が聞きたいってことで。
 その時点では一回きりの企画だったんですけど、ちょうどあれぐらいから、ミステリ・ブームが小説じゃないメディアにも及び始めて。『古畑任三郎』をやったんだったら、『金田一少年の事件簿』もやろう、と。で、あれは、講談社だから、割とすっと通りまして。二回やったから、じゃあ続けてやろうかと。ホント、僕としては、小説書けと言われてたんですけど、なかなかしんどいので、代わりに対談でってことでという事情もあったんです。あんまり編集部ではそういうつもりではなかったみたいですね。

——『メフィスト』の対談が始まる前後に、大沢在昌さんが『エンパラ』っていう対談本をまとめましたけれども、それは意識したりしましたか?

法月 特に意識してませんでした。「ああ、やってるな」って感じだったかな。あっちは毎月だったでしょう。それに、もともとの僕の意図では、作家を取り上げる方針じゃなかったんです。だんだん方針がワヤクチャになっちゃいましたけど。『エンパラ』なんかもそうですけど、作家同士で対談やってると、だんだん顔ぶれが固まってきちゃって。どんな話が出るかわかってるのをやるのは、つまんないじゃないですか。だから、最初の意図としては「知り合いの作家はやらない」と。作家でも推理小説プロパーではない人、単なるファンではなくて、なんらかの形でオリジナルな作品を作っている人、できれば小説ではないジャンルを、という風にして始めたもんで。『エンパラ』とかとは全然狙いが違うというか。ただ、僕の意図と編集部の意図は違ってました。僕はこれに関しては、完全にインタビュアーになるつもりでやってたんですよ。だから、一応「法月綸太郎の」とついているけど、本当はそういうことじゃなくて、違うジャンルでミステリを書いたり、なんらかの形で出してる人に話を聞きにいく。で、なにか小説との違いみたいなものが出てくれば、というのが狙いだった。あそこでは、形では対談になってますけど、僕はやっぱりインタビューのつもりだったから、よけいに小説雑誌・ミステリ雑誌によく出てくる顔ぶれは外したかった。でも、色々と難しい問題があって、数回やったらすぐタネが尽きそうだったとか。あと『メフィスト』という雑誌の性格との兼ね合いがあって、必ずしも思ったようにはいきませんでしたね。
 それこそ、月刊とか隔月刊の雑誌で、もっと集中してやってたら、方向性がはっきり出せたはずなんですけど、だいぶ取りこぼしがあります。あと、すぐにタネが尽きそうになるわけですよ。それで、僕が「じゃ、この人は?」とかって言うと「あまりにもマイナーすぎる」とか。逆に「ミステリの話にはならないけど、辰巳四郎さんに装丁の話を聞くのも面白いんじゃないか」ってオファーを出したことがあるんですが、これは辰巳さんのポリシーで、そういうのはやらないということだったので、実現できませんでした。『名探偵コナン』の青山(剛昌)さんにオファーを出した時は、「ちょっと忙しくて、スケジュールが合わないので、お断りさせていただきます」というお返事がきたりとかで、思いついたけれども、実現できなかった企画はたくさんあります。

——ということは、対談の相手を決めるのは、法月さんが主導だったんですか?

法月 僕がいくつか名前を挙げて、それを編集部に言って、雑誌としてやるかやらないかを検討して、オファーを出して、先方のOKが出たらやろうっていう感じのケースが多かったですね。

——その準備とか対談中で、何か面白い話とかありますか?

法月 僕は、とにかく、ミステリ関係の仕事をしている人はみんな隠れマニアだと思っちゃうんですよ。そう思い込んで話を聞くと、割とそうじゃないリアクションが返ってくることが多くて。「それは深読みのしすぎです」みたいな。あと、やっぱり小説の、特に長編の書き下ろしをやってると、テレビとか漫画とかドラマの作り方は進行のスピードからして、全然違いますからね。
 最初に三谷さんに会ったとき一番驚いたのは、先にネタがあるんじゃなくて、まずキャスティングありきで、役者が決まってからネタを考えるっていう話はやっぱり驚きました。漫画の場合でも、先にキャラクターが全部決まってたり。それは『探偵ボーズ 21休さん』の原作者、新徳丸さんの時だったんですけど。「なんで、あんな変なキャラクター作るんですか?」って聞いたら、「いや、あれは、勝手に編集部が決めたんで、僕らに言われても困ります」っていう返事がかえってきたりとか。制作過程が全然違うということなんですよ。そういう話を聞くのが一番面白い。
 あとは、毎回面白い話が出るんですけど、「これはちょっとまずいので、活字にしないでください」っていうところが本当は一番面白いかもしれない。

——どなたとの対談が一番印象に残ってますか?

法月 最初の三谷さんとやったやつが一番ですね。とにかく当時一番会いたい人に会ったので、印象に残ってます。古畑が毎回視聴者に挑戦する場面が、クイーンのTVドラマ(『エラリー・クイーン・ミステリー』)からきてるという話を聞いて、ちょっと思いがけない、「ああ、そんなところにルーツがあったのか」とびっくりした覚えがあります。

——もう一回やってみたいという方はおられますか?

法月 そうですねえ……。どっちかって言うと、一回やるともうなんか面クリアじゃないけど、「次の敵キャラは?」みたいな。気持ちが他に移っちゃうほうなんで、なるべく違う人とやりたいですね。今も別にこれ終わったわけじゃないんですよ。

——あ、そうなんですか。

法月 ただ、再開するかどうかはわからないという状態で。やるならやっぱり、新しい人がいいかなと思ったんですけどね。
 『ケイゾク』の脚本の方とか、編集部に打診してみたんです。でも「あれは、角川が唾つけてますから」みたいな、そういう縄張りもあって。だから、講談社の『金田一少年』はすぐにOKが出るけれども、小学館の『名探偵コナン』はちょっと難しいみたいなことは常にありますね。続けて読むとわかると思うんですけど、だんだん文三(講談社文芸図書第三出版部)の宣伝色が強くなってきてですね。本当は、そういうのとは、まったく関係なしにやりたいんですが。

——『パズルゲーム☆ハイスクール』の野間さんなんかはどうですか?

法月 漫画の人の場合は、結構悩むんですよ。悩むっていうのは、やり始めると数が多いっていうか、漫画家ばかり続くのはよくない。一方、その時その時で連載始まったりとか、なんかちょっと顔ぶれが面白かったりすると、「じゃあ」っていう感じでいくんですけど、逆に昔からやってたり、連載の長い人になると、かえって落ちちゃう。だから、割と雑誌なんでどうしても、その時の「旬」というか、前後半年ぐらいのスパンで絞っちゃうと、どうしても野間さんとか、JETさんとかは念頭にありつつ、結局もれてしまう。でも正直、漫画に関していうと、もうわかんないですよ。ほとんどフォローしきれない。で、本当はこれを私よりも、他の人がやるべきだと思うんですけど。

——例えば、どなたが?

法月 どなたっていうと難しい。

——探偵小説研究会の、あの中では?

法月 誰がっていうより、出版社がやる時に、小説誌の編集者っていうのは、あんまり他のジャンルは目がいかなくて、まず何が起こってるか全然知らない。仮に知っていたとしても、作家がイニシアチブをとらないと駄目だっていう思い込みがあるんですよ。だから、インタビュアーなりライターなりを使って、長期的に、例えば漫画なら漫画でミステリを追っていく、それを鳥瞰するような感じで連載するという形にはならない。だから誰がっていうよりは、僕は媒体が問題だと思うんです。むしろ、『ダ・ヴィンチ』とかそういう雑誌ができるんだろうけど。
 ただ、やっぱりどうしても『ダ・ヴィンチ』っていうのも、スター・システムで動いている。作家、タレント的に動いてるトコなんで。そうすると、無名のインタビュアーがあるジャンルに対して長期的にリサーチしていくような仕事はなかなかやりにくいでしょう。だから僕は、それは完全に媒体の、メディアの問題だと思ってます。漫画全部読んでる人は、ミステリのノウハウに通じてないし、逆もまた真なりで。やっぱりそのへんを、ちゃんと目配りのできる人、目配りのある人を見つけてくる雑誌もなかなかない。
 本当はこの対談というかインタビューは、そういう問題意識というか視野があって始めたことですが、あんまり受けないし、「小説を書け」としか言われなくて。本人は重要な仕事をしてるつもりなのに、ほとんど反響はなかったですけど。
 拾っていくと、いろいろ面白い話は出てるんです。結局、対談ということで、どうしても一回きり、取材二時間の中では、突っ込んだところはこぼれちゃうんですが。BSで中井英夫の『虚無への供物』を「薔薇への供物−虚無への供物−」のタイトルでドラマ化した伊智地(啓)さんというプロデューサーの方がいて、その人は、松田優作と『遊戯』シリーズの一本目撮ってたり、角川と組んで『セーラー服と機関銃』の制作をやってたり。あれを機に角川文庫に赤川次郎がどっと並んで、「八十年代の赤川次郎ブームを起こすきっかけを作ったのは私だ」っていう話を聞いたりとか。本当はそういう楽屋裏まで、細かく突っ込んでいくと、かなり面白い話が出てくるんですけど。やっぱりそこまでは、あの時間というか、枚数の中ではやりきれない。「ああ、これも落ちちゃうのか」っていうようなエピソードはずいぶんありましたね。

——連続対談は今では一段落というか休止期間に入ってるということですが、今までの分は本になる予定はあるんですか?

法月 僕は本にしたいんですけどね。あまり編集部のほうは、乗り気ではないような。

——そうなんですか? 本になるのを楽しみにしている人は、少なくはないと思いますが。

法月 それを講談社ノベルスのアンケートハガキとかにですね、みんなで書いて出すようにしてくれれば、実現するかもしれません(笑)。
 これは直接の担当ではない編集の人に言われたんですが、「もしこういうのを出すとすれば、法月綸太郎のキャラクター商品として本を作るのがいい、作るべきだ」と。さっきも言ったように、僕の意図は逆なんですが。ただ、そうしないと商売で出すのはつらいだろうなって思うのはあります。難しいな、と。
 ただ、なんとか立ち回って出せるようにしたいです。最初の意図通りのものになるかはわからないけれども、材料としてはすごく面白いものが集まっているので、なんとかうまく立ち回って本にしようとは思っています。


文明第三期  Civilization Phaze III

——次は評論についてのことを……。あ、先にe-NOVELSについてを。去年の夏ぐらいに立ち上がったんですよね。e-NOVELSが立ち上がってきてから、電子出版というのがだいぶ具体的に見えてきましたけど、今後どうなると思いますか?

法月 それがね、e-NOVELSは、僕はまだ今は名前だけ連ねてる、みたいな感じで。あんまり話を真に受けないでっていうか、間違ったことを言ってるかもしれないですけど。
 反応はすごくいいんですよ。ただ、やっぱり、技術的な問題でまだ相当クリアしないといけないことが次々と出てきているのが現状で。ちょうど「二〇〇〇年問題」とかち合って、クレジット・カード販売がまだできないとか(註・現在はできるようになりました)。あと、話が細かくなりますけど、電子出版やる時に出版社と作家と読者のニーズに関して、まだ一致点が見つかってない。単純に、出版社と作家の関係でいうと、印税率どうするかっていう話も当然でてきますし。e-NOVELSの場合は井上さんの趣旨説明を聞くと、一つはやっぱり電子出版やるとしたら、今までは印刷所のほうで刷って、装丁して、取次通して書店で売ってという形を経ていたわけで、そこで作業的に出版社が色々なことをしていると。例えば印税何%というものが業界の慣行としてある。ところが、電子出版というものを立ち上げて、仮に出版社が電子ブックみたいな形で、あるいはインターネットで配信とかそういうものになった場合、勿論、ネットワーク立ち上げたりホームページの維持をしたりする経費はかかるけれども、どう考えても本を印刷して、取次に回すのに比べればコストは明らかに低い筈ですよね。そうすると、定価に対して出版社が何%、作家が何%っていうのは、今までと同じ計算をしていたら、明らかにおかしい。ところが、出版社としてはある程度なんらかの形で自分たちの権益を守りたい。同じように、印刷所なり取次なりの人というのも危機感はあるわけですよ。将来的に電子出版に移行するとすれば、印刷所とか取次っていうのは存在価値がなくなる可能性もあるわけですよね。そうすると、例えば印刷所だったら、デザインにはデザインとしての著作権があって然るべきだとか、取次は取次でまたなんか別のことを考えているとか。要は、業界の構造が変わった時に、如何にして自分たちの既得権益を守るかってことを、今、どこも考えてるらしい。そうすると、やっぱりそこらへんの兼ね合いで、話が進まなくなったり、なんか古い慣行が残ったりみたいなことは、これからまだ五年、十年、当分あると思います。それは、本当に売り手の側の問題であれなんですけど。
 一方で、e-NOVELSの読者、読者というか見ているからの人の声を聞くと、PDFっていうやつを使ってるんですが、あれに関しては「テキスト・ファイルでそのまま落としてくれたほうが安いし速く送れます」と。そういう声が多いらしいんです。

——でも、読むとしたら、印刷するとしたら別ですけど、パソコンの画面上ならPDFのほうが見やすいんですが。

法月 まあ、それもありますし。井上さんがなんでPDFにしたかっていうと、一つは、フォントが埋め込めるというメリットがあって。ユーザーのところに送り届けられた時、使用機種がバラバラでも、常に同じ仕様で読むことができる。デザインなり、活字なりというものの見え方が、こちらでコントロールできるっていうのがありますね。もう一つは、やっぱり著作権の問題で。PDFっていうのは、第三者がいじれないようにプロテクトがかけてある。要は、電子署名っていうのをして、オリジナルの権利者をきちんと特定できるようにして、かつ、勝手に改変とかコピーできないようにプロテクトがかけてある。作家の側は、商品の完成形態、自分の側で決めた形で読んでほしいっていうのがあるけれども、読者の側では、必ずしも、そういうところまでは気にしない。「ダウン・ロードに時間がかかります」とか。
 あと、やっぱりPDFってそんなに普及してないですから、「よくわからないんで、テキスト・ファイルで送ってください」とかいう声があるようです。出版社のやってる電子出版なんかでは、テキスト・ファイルでやってるらしいんですよ。違ってるかもしれませんけど。それは、まだあんまり出版社のほうが、テキストがどういう形で流通するかというようなとこまでは、そんなに考えていない。単に、右から入れて左から出すという、その程度の発想なんだと思います。
 ただ、PDFって見やすいんで僕もびっくりしたんですけど、それでもまだ圧倒的に本のほうが、メディアとしては勝っている。もう二段階ぐらい技術進化があってから、そっちが主流になるということは、電子出版がメインになるっていうことは十分にありうるし、おそらく五年、十年とかっていう長さでいったら、そのほうがいずれは主流になるであろうと。それに関しては、作家のほうも対応しなければならないし、多分、そうしないと生き残れないはずです。
 だから、僕はあんまりコンピューターとかわかんないですけど、e-NOVELSは我孫子武丸に言われて、とりあえず参加したんです。どっちかっていうとこれに関しては、パソコンの勉強だと思ってやっている。ただ、僕と同じ世代の読者は多分死ぬまで紙の本読むだろうなっていうのはあります。下の世代はわからないけども、少なくとも自分と同世代、ないし上の人間は、紙の本がやっぱり最後まであって、紙以外がメインになるということは多分ないだろうと。やっぱり、そういう読者がいることは、心強い面もあります。というかどちらにしろ、今はどう考えても紙の本メインですし、まあ気持ちとしては自分はやっぱり紙の本の世代でまっとうする人間だろうけれども、ただやっぱり、勉強するに越したことはないという感じではないでしょうか。


やつらか俺たちか  Them Or Us

——一昨年笠井さんが編纂した『本格ミステリの現在』が日本推理作家協会賞をとりましたよね? 法月さんは、クイーン論として『創元推理2』に発表された「大量死と密室−クイーン試論1」を「大量死と密室」と改題してから寄稿されてますが、どういう経緯があってクイーン論が笠井潔論に変わったんですか?

法月 あれは、どういう経緯という程のことでもないんですが。

——笠井さんが、「もう、これ入れよう」と。

法月 あれだけなんか寝かしてあって、『創元推理』は部数が少ないし、発表してから時間経ってるし、「まあ、入れるのはいいんじゃないかな」って感じで。ただ、クイーン論で一冊まとめようとはずっと前から思ってます。まとめる時があったら、あれはクイーン論として、同じ中味で収録します。

——「大量死と密室−クイーン試論1」が一番最初に書いた評論だったんですよね?

法月 そうですね。

——それ以前に書評めいたこととか、評論めいたことは?

法月 書評というか、解説は確か書いたことがあったと思います。でも、やっぱり《評論》っていう気持ちで書いたのは、あれが最初だった気がします。

——今、法月さんは、評論家と作家と両方やってますけど、評論家として、今これを論じてみたいとか、これ解説書いてみたいとかありますか?

法月 解説書いてみたいというのと論じてみたいというのは、またちょっと違うんですが。

——ああ、そうなんですか。

法月 これ(註・事前に質問用紙を送っていた)を見て、昨日今日考えてたんですけど。いくつかありまして。
 一つは、解説っていうと、北川歩美さんのものは一回ちゃんと考えて書いてみたいなという気はしますね。全部読んでないんで、実際に来たら大変だと思いますけど。「日本の現在進行形の作家で」と言われたら北川さん。
 評論とか解説でも、さっきの話といっしょなんですけど、誰かについて一回書いたら割ともう「クリア」みたいな風に思うんで、どうしてもまだやってない人のほうに気持ちが行っちゃうというのはあります。
 あと、解説とは違うんですけど、一回ちゃんと考えて再評価したいと思うのが、クイーンは別格として、アントニー・バークリー=フランシス・アイルズですね。要は、『第二の銃声』や『殺意』の犯人の視点、『レディに捧げる殺人物語』の被害者視点がどうして出てきたのかっていう、そこらへんのことを。犯罪小説、心理サスペンスの雛形っていう風に捉えるのではない形で、倒叙なり、被害者視点の小説というものを、もっとパズラー寄りに捉えてみたいということが一つあります。アイルズはこれからきちんと読んでいくつもりですが。最近、やっとバークリーの本が読めるようになったでしょう。当時バークリーなりアイルズなりがどう受け取られたかっていう現実とは別に、「こういう可能性もありえた」みたいな形で、例えば五〇年代のクライム・クラブ的なものの源流として、犯罪小説にいかない倒叙っていうもののあり方を考えてみたいと思い始めて。
 で、もう一つは、松本清張。松本清張はちゃんと取り組んでおかなければ、と最近とみに思っています。別に、松本清張が好きだとか、そういうことではなくて。たまたま、去年近代文学会という集まりに呼ばれて「何かしゃべれ」って言われて、しゃべったんですが、その時に松本清張の話を思いつきで並べたら、メチャメチャだったんですけど、「もっとちゃんとわかるように論じてくれ」と言われまして。
 松本清張って、今までずっと、なんというんでしょうか「とりあえず清張を悪者にしとけば全部話が通る」みたいな感じでやってたんです。けど、もうさすがに亡くなって七、八年経って、「清張コンプレックス」みたいなものがなくなったのかな。今からもう一回ちょっと清張の話をやるのは、非常に面白いんではないかなと。
 ちょっと話が逸れちゃいますけど、今いろんな、例えば「ミステリのたがが弛んでいる」とか、「九二年頃に一度切断があったのではないか」とか、あとジャンル・ミックスの問題もありますけど、あれは清張という人を補助線に引くと全部スカッと見えてくるのではないかと。ただ別に本気で思ってるわけじゃないんだけど(笑)。清張って九十二年に死ぬんですよ。で、清張が死んだと思ったら、死んだ翌年に角川ホラー大賞が創設されるんです。今、ちょっととんでもない説を考えているんですけど、実は現在のミステリ・ブームというのは、松本清張に対する角川書店の勝利に集約されるのではないかと。角川書店っていうのは何をしてきたのかっていうと、要は清張支配を絶つためにやっていたのだ、と。七〇年代に「横溝正史ブーム」があって、八〇年代に「赤川次郎ブーム」があって、それは松本清張的な推理小説というものに対して、そうじゃないものを次々出していったわけです。それの九〇年代版が、実はホラーなのではないかと。そうすると、大きな意味でのジャンル・ミックスの問題にもからんでくる。
 例えば、松本清張は「或る『小倉日記』伝」っていうので芥川賞獲ってるんですけど、「或る『小倉日記』伝」が出たのが昭和二十七年の九月の『三田文学』で。ちょうど、京極さんの『姑獲鳥の夏』の作中の事件が始まった頃に「或る『小倉日記』伝」が書かれてる。で、京極さんがデビューしたのって、九四年ですよね。ちょうど「松本清張ブーム」が起こるのが、大体昭和三十二年ぐらいからなんですよね。京極さんの講談社のシリーズっていうのが、松本清張ブームが起こる前の時代に、松本清張が死んだ後の時代の世界像を重ねて書いてる。要するに、その間の松本清張っていうものをカッコに入れる、無視して空洞化することになっていると。それは、「新本格第一世代」みたいな言い方をみなさんされますけど、あの世代の人には松本清張っていうのは、一応仮想敵だったわけで、無視できない存在だったはずですよ。だけど、九〇年代の京極以降のミステリ・シーンの一種たがの外れた感じというのは、一つには松本清張に対して何も抑圧を感じないっていうことと、なんかジャンルが揺らいでるみたいなことがイコールなんじゃないか。『幻影城』以降の「第三の波」とか新本格っていのうは、まず清張支配に対するレジスタンスの現れだし、八〇年代の冒険小説ムーヴメントというのも、それとはまた別の意味で、やっぱり松本清張に対する一種のレジスタンスだったんじゃないか。単に作品の支配力と本人が何年に死んだかっていうのは、実際にあんまり関係ないんですけど。
 九二年頃に冒険小説系もやっぱり失速してますよね。あれは、勿論ベルリンの壁が崩れたとか東西冷戦が終わった点もありますけれども、九二年に松本清張が死んでるっていうのがすごく象徴的な気がする。あと、なんで松本清張がそんなに支配力を持つことができたかっていうのが、ちょっと気に掛かってますので。ちょうど自民党政権と同じ期間なんですよ。松本清張が力持ってたのは。五五年体制と言いますけども、松本清張が初めてミステリ書いたのが一九五五年なんです。
 しかもあの人は、ミステリを書き出す前なんですけど、芥川賞獲った「或る『小倉日記』伝」というのは、最初直木賞の候補だったらしいんですよ。それが、なんか選考委員が読んで、「これは芥川賞のほうにしよう」、しようっていうか、候補にしようとシフトがあったらしくて。ま、それはエピソードの一つでしかないんですが。芥川賞と直木賞みたいな、あるいは純文学とエンターテインメントみたいな線引きをする時に、松本清張が果たした役割というものがあの時点であると思います。で、やっぱり松本清張が死んだ九二年ぐらいに、そのへんの線引きがグズグズになっている。そういう風な部分も含めて、松本清張というのをもっとしっかり読み直せば、いろんなことが見えてくるんではないかということを、割とちょっと最近は思ってる。松本清張もあまり読んでいないんですが。

——松本清張って、いわゆる僕らの世代では、ほとんど読んでない人が多いですね。

法月 新本格が最初あれだけ叩かれたのは、松本清張が作った推理小説に対して、全部「ノー」だって言ったからですよ。清張っぽいところを全部切り捨てて書いてるとか、そういうことをしたんで、「そんなものはまともな推理小説じゃない」と。「人間を描けていない」とか「リアリティがない」とかいうのも、もとをたどれば松本清張が作ったものさしなわけで。でもそういうものさしに対して、反発を覚える人たちは常にいたはずで、『幻影城』とか新本格というのは、そういうものさしに対抗するために本格のイデアみたいなものをしぶとく練り上げてきたんじゃないか。
 でも、その時に前提として、かつて松本清張というものさしがあったというところを見落としてしまうと、本格のイデアみたいな議論も骨抜きになってしまうような気がするんです。松本清張が嫌いで、全然読んでなくても、やっぱりそういう感じが肌でわかる人と、まったくない人では、やっぱり本格っていう、あるいはミステリっていうジャンルを考える時に、その捉え方が違うと思うんですよ。で、それはジャンルの変質みたいな議論が出る時に、一つの仮定として、面白い見え方がするんじゃないかな。勿論それで全部説明がつくわけじゃないですけど。
 あと、一昔前だと、清張をやろうとすると、どうしても政治の話になっちゃうんですよ。GHQがどうとか。歴史物はまた別ですけど、どうしてもなんか、どのイデオロギーに与するのかみたいなとこにいっちゃう。そういうものは、切り離して、単純にそれがどのように機能したのかみたいなことが、今だからやっとできる。というようなことを、僕なんかが今思うということ自体、如何に松本清張というものが、あまり読んでないにも関わらず、抑圧としてあったかという証拠なわけで。僕は、それは結構「本格についてどう思うか」とか言うよりも、そういう線みたいなもので、案外、スパッと分かれるのではないかと思ってるんで。

——最近は創元の評論賞受賞者を中心として、評論活動が活発となってますけど、評論の動きというのは今後どうなっていく思いますか?

法月 数が増えたのは、単純にいいことだと思います。発表の場も増えたわけですし。ただ、まだ傍目から見たら、どうしても派閥的に動いてるように思えるんでしょうね。僕は、なんて言うんですか、冒険小説系と言ってもいいし、『本の雑誌』系と言ってもいいんですけど、そういう書き手が世代交代して、創元評論賞出身者が主導権を握っていけばいいとは、単純に言い切れないところがあるんです。それではとてもシーン全体をカバーすることはできないから。
 まあ、僕はその、作家が主ということになっていると思うんで、そこらへんは、結構ずるい、ずるいっていうか、ごまかしてますけど。ていうか、最近はまっさらな解説の方がいいかなと。やっぱり、冒険系の、冒険系っていうか『本の雑誌』系の人たちにしても、創元の人たちにしても、やっぱりある程度、限定された読者に向かって書いてるような感じがする。
 それは、もっと顔の見えない読者にも開かれた解説が、これからもっと出てきたほうがいいなと。なんでもそうだと思うんですが、今冒険系の人が書いてる書評とかを、またその十年後に読んで書かれたことがわかるだろうかと。やっぱり、どうしてもなんか、ある程度受けている人たちを相手にした、「この人はこういうキャラで、こういうセリフが得意で、あるいはこの言い回しはこのサロンで流行っている言葉で」みたいな感じで書いてますから。こう言うとまずいんですけど。なんか色々問題を起こして、シッポを巻いて逃げたりしてるんで、あんまりとやかく言えないんですけど。僕も含めてそうだと思うんですよ。それは、冒険系、創元系以外の人たちが書いたものにしても、ある種今のミステリ・ブームの、しかも割とコアな読者が読んで前提としている言葉遣いを下敷きに書いている。それが、じゃあ、単独で十年後に読んで、意味がわかるだろうかっていうのは、自分も含めて、善し悪しというよりもまだ弱いところがあって、じゃあ、それをどういう形で開いたものにしていくのかっていうのはわかんないですけど。一口に評論といっても、その場その場で読む人の評価というのは、どういう状況にいるかで、印象が違うんですよ。
 例えば、昔はそれこそ中島河太郎解説みたいに、もう単にデータが書いてあるだけ。「もうちょっと、お前の意見を聞かせてくれよ」みたいに、思ったこともあるんですよ。ところが、割と最近、そういうやつのほうが非常に役に立つ。必要最低限のデータはやっぱりちゃんとフォローしてある。しかも当時まだそんなに資料とかが多くなかった時に、それだけちゃんと調べてあるから立派だと思う。昔は結構馬鹿にしていた、馬鹿にしていたというと悪いんですけど。昔のものが今よりもかえって、面白かったりする時ってありますから。逆にその時期の流行りの文章で書いてた人は、今読みなおしても読めない。「これはちょっと読めない」っていうことにどうしてもなっちゃうんですね。十年前に「この解説はもう古い」って言われた人でも、今読み返すと「この人はちゃんと自分で考えて書いてるな」って思うっていうのは、僕の中ではありますから。そういう意味では、十年後にまっさらな読者が読んで、面白いと思えるもの、役に立つかどうかというレベルで、評論・解説を書かないといけないと。
 文庫の解説というのは今はサイクルが速いんで、すぐ消えてなくなったりしますけど。もともとは、昔は永久保存という形だったから、それこそ『Yの悲劇』とかそういう文庫の解説だったら、いつまでも残るわけです。三、四十年前のものが、平気で新刊としてある時代じゃないでしょうか。ものによったら、やっぱり、海外ものの解説とか、そういうことがありうると思うんですよ。十年後、二十年後に読んだ時に、今の流行のスタイルないし言葉で書いた解説が、新しい読者が読んだ時に、「わー、ダッセェー」というようにはならないようにしましょうと。


万物同サイズの法則  One Size Fits All

——作品についておうかがいします。鮎川哲也さんの長編の中に、短編を発表して、それを長編化するというのがいくつかありますけど、『二の悲劇』を発表された後で、その原型短編「二人の失楽園」を「トゥ・オブ・アス」と改題してから発表されましたよね。あれは、どういった経緯で?

法月 あれは、その後アンソロジー(祥伝社ノン・ポシェット『不条理な殺人』)に入りましたよね。あれは、アンソロジーの企画が先にあってですね。要は、編集部から「何か書いたら、それでアンソロジーにします」と言われてたんですよ。でも「書いてください」って言われても、「ちょっとすぐには書けません」と。それで昔の原稿の使い回しでしのいだ。ただ、「二人の失楽園」っていうのは、『二の悲劇』とちょっと違うんですよ。で、同じ話じゃないっていうことで。あっちのもとのほうがいいという人もいますし。

——ちょっと、昨日今日で読み比べてみたんですけど、原型のほうが剥き出しになっててから……。

法月 ていうか、剥き出しは剥き出しなんですけど、叙述トリックの意味が全然違うんですよね。「二人の失楽園」は叙述トリックなんですが、『二の悲劇』っていうのは叙述トリックというものを倒立するような書き方をしてる。だから、そういうところでちょっと違うものなんですけどね。で、あとは、「もとのほうが、ミステリとしては筋が通ってる」っていう声があって。『二の悲劇』を長編にする時にすごく考えて、要は「こっちをとるかあっちをとるか」みたいになって、だいぶ迷ったこともあるんです。それで、「どうしてこうなるんだ」という疑問に対して、それが「二人の失楽園」と並べると「どうしてこうしたか」っていうところがわかるはずなんです。それで、もとの原型というのは、なんらかの形で出しておきたかった。ただ、あの出し方がよかったかっていうのは、また別の問題で。あれをとっておいて、e-NOVELSで載せるのが、一番よかったなあ、と思うんですけど。あれは、だいぶまわりからも、「原稿料の二重取り」とか非難を受けましたけど(笑)。

——『頼子のために』とか他は?

法月 『頼子のために』は、ほとんど元の方といっしょで、かつ、要はもとより違っていいところっていうのがないんで。『頼子のために』の原型を出すことは、そういうコレクター以外には、ほとんど作品としてのプラスαの価値がないんで、予定はないです。

——それでは、『二の悲劇』の原型「トゥ・オブ・アス」で、法月警視がQ府警の警官になってますけど、『雪密室』で法月警視を出す際にQ府警を警視庁に変えたのは何故なんですか? ただ、その時の気分とか?

法月 いや、それは学生の創作とプロの小説の違いですよ。あと、クイーンはニューヨークですから、ホームグラウンドが京都じゃ駄目なんです。京都府警でそんな殺人なんかしょっちゅう起こりっこないわけで。ただ、東京はほとんど土地鑑がないんで。しかも、昔はもっとでたらめに書いてたんで、すごかったですけど、最近はあんまりでたらめを書けないので、なかなか。でも僕は、それは、まあ実際にはそんな数書いてないんですけど、あまり地方都市で難事件が次々起こるというのは。

——やっぱり、連作で最後につなげるとか、そういうのがない限りは……。

法月 それはやっぱり、松本清張じゃないですけど、あんまり僕は、現実の街とは違う架空の街を創りあげてみたいな、そういう街の年代記とか。全然そういうことに興味が向かないんです。やっぱり、同じドラマでやっても『京都迷宮案内』とかショボイじゃないですか。そういうことです。それを学生の創作と「プロで書き続けなければいけない」という時に、どっちをとるかとなったら無理でも警視庁をとることになると。


我こそつまるところ己なり  You Are What You Is

——去年「鳩よ!」で「ミステリ特集」が組まれましたけれども、その小森健太朗さんが作ったチャートについては法月さん御自身はどう思われますか?

法月 いや、僕は別にどうでもいいんで(笑)。僕は、あんまりそういうのは深く考えてない。

——僕はもう少し下がるかな、と思ったんですけど。

法月 「もうちょっとこの位置が」とか、そういうのは、本当にどうでもいいんです(笑)。しかも、自分で書く時に、なるべく、どこかにマークされていたら、「じゃあ、そこじゃないところに書くようにしよう」みたいに。もともと、だから、なんでクイーンが好きだったかって言うと、書き始めた時から書き終わったところまで、作風がどんどん変わっていくじゃないですか。そういう人が好きなんですよ。あと、今となってはそんなことはよう言いませんけど、例えば本格というジャンルがある。そうすると、フーダニットがあり、ハウダニットがあり、ホワイダニットがある。あるいは倒叙でもいいし叙述モノでもいいですけど、そういうものを並べた時に、真っ先に考えるのは、本格の総てをフォローした作品ていうのを書きたいと、誰でも一度はそう思うじゃないですか。でも、そんなものは無理である。仮にそういうのを全部フォローしたとしても、個々の部分に関してはインパクトが弱くなってしまう。だから、そうした時に、何を考えるかというと、「じゃあ、一冊ずつそれぞれのパターンを書いて、一つずつつぶしていこう」とか思うわけですよ。まず密室ものをやって、次は消去法の犯人当て、アリバイ崩しで時刻表ものをと、そういうことを。あるいはそうですね、今は本格のパターンとして、「一番の売り物は何か?」という言い方をしましたけれども、あるいはクリスティ風の長編一本とか、カー風で一本とか、それでなんかほぼ網羅できるような、みたいなことをやっぱり考えるわけですよ。
 実際に、できるできないは別として。そうすると、勿論、ある程度年数がたつと、自分には何ができて何ができないのかっていうのはわかってきます。で、できないものっていうのに対しても、「今まではできなかったから、これをやってみよう」って思う風にいく場合と、「できないから、これはやめよう」って思う場合、その時その時で変わってくるものですから、そうするとやっぱり、気合いとかの入り方でどっちにいくかっていうのはわからない。
 でもそうしても、書こうとしたら割となんか芸域を拡げたいと、書き手の側はつねに思っているので、実際にマッピングされると「いや、僕はここだけじゃない」とか、そういうのはやっぱりあるんです。ただ、軸からの距離とか、そういう細かい議論は別として、相対的な位置というのがありますから、それをあんまり外していなければそれでかまわない。むしろ誰と誰、「この作家とこの作家は比較的近いところにいる」とか「この作家とこの作家はある見方を取り入れると対極に位置する」とか、あるいは「この作家とこの作家は一般的にものすごくかけ離れた人と見られているけれど、ある見方をすればものすごく近いところにいます」とか。そういう並べ方っていうのは、結構、生産的な時がある。ただ、それって必ずそういうマッピングとかやると必ず文句が出る。割とダンゴ状態になって、グニャグニャグニャってなってるんで。それでもそうやってチャートにした時に、「今、こんなに意外なことがわかります」というような話が出てきて、それが面白ければそれでよし。それが出てこなかったら、あんまり目くじら立てるものでもない。

最終更新:2010年08月02日 12:30