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大倉崇裕講演会記録」(2010/08/01 (日) 23:04:33) の最新版変更点

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                      2009年大倉崇裕講演会記録 大倉:  どうも大倉崇裕と申します。今日はわざわざ来ていただきありがとうございます。  昨日京都に来まして、学園祭という事でざっと場内を見ていたんです。私も一応大学で学園祭というのがあることはあったんですけれども、山登りの部活に入っていたものですから学園祭っていうと授業もないので山に行ってしまうんですね。  それなんで結局、四年間一度も自分の大学の学園祭っていうのを見ることがなくて……よもやこういう形で体験する事になろうとは思っていなかったのですけれども。  高校まではずっと京都に住んでいまして、下鴨神社のすぐそばに十八年ほど住んでいたんですけども。このあいだガイドブックを見たら下鴨神社が世界遺産になっているということを知りまして、すごく驚いたんですね。犬の散歩道みたいなところだったんですけども、それが世界遺産になっているということで「どういう風に変わったのかなぁ」と、「京都全体がどういう風に変わっているのかなぁ」と、昨日今日と過ごしてきました。  私、そんなにミステリに詳しくないのでどんなことが答えられるかどうか、わからないんですけども何か質問とかありましたら、遠慮なく御訊きいただけければと思います。  今日はどうぞよろしくお願いします。 司会:  では大倉先生への質問に移らさせていただきたいと思います。  まず、一番目の質問です。  先生の読書遍歴について教えてください。 大倉:  これ聞かれると結構難しいんですけど、私あんまり本を読まなかったんですね、昔。高校ぐらいまでは、ほとんど本を読まなくて、漫画すら読まなくて、で大学に入ってから、ぼちぼち読みはじめたって感じなんです。  大学時代お金が無くてですね。こんなこと言っていいのかわからないんですけど、本を読もうと思っても新刊が買えなくて、古本屋で買ってたんですね。まぁ、要するに古本屋にならんでる本しか買えないわけです。そうすると必然的に買える本も限られてきて、そこでたまたまあったのがアガサクリスティーだったんです。で、『ナイルに死す』と『五匹の仔豚』と、あと何かだったと思うんですけど、それが面白いかどうかわからないままに買うしかなかったんですね。それで三冊買って、読んで、すごく面白かったっていうのが始まりなんですね。  その後、春陽堂っていうところから「江戸川乱歩文庫」っていうのが出まして。毎月二冊ずつ、ものすごくおどろおどろしい表紙で、それを毎月買うようになったっていうのが、国内ミステリの方の出会いでした。  で、両方面白かったので、クイーンであるとか、ヴァン・ダインであるとかっていう所謂古典を読み始めて、横溝正史も読み始めて、その後、新本格というものにいったという形です。  なので、私「新本格」がちょうどストライクの年代なんですけど、原体験はしてないんですね。かなりたってから、新本格があるっていうのに気がついて、島田荘司さんので始めて、ちゃんとリアルタイムで読んだのは『アトポス』なんですね。『御手洗潔のダンス』とかは文庫で買って読んだと思うんですけど、それぐらいミステリとの出会いが遅くて、なので他の作家のかたがたとはちょっと視点がずれているようなところがいまだにあります。——というような感じです。ざっとなんですけど。 司会:  ありがとうございます。  では二番目の質問です。  先生のお好きなミステリーを教えてください。 大倉:  まず一番好きなものを一冊挙げると、やはり『獄門島』なんですけど、どこが、どう良いのかを話し出すと、時間がすごくなって(笑)。  映画のほうとかも語りだすとどうしようもないので(笑)、ある程度割愛しますけれど、やっぱり、色々なネタ、伏線と言うのが、ものすごく短く、割とコンパクトな中にぴたりと収まっていて、すごく余韻もある終わり方で。これはやっぱり日本でしか書けないミステリでもありますし、そういうところを総合的に見てやっぱり一番良くできているミステリで、こういうものが書ければ良いなといつも思いながら何度も再読をしているような感じなのですが……まあ、なかなかかけないとは思いますけども。(笑) 司会:  ありがとうございます。三番の質問に移らさせていただきます。   先生は京都出身だと聞きましたが、京都の良いところや、オススメのスポットがあれば教えてください。  またこれから先、京都を舞台にしたミステリを書く事があるのでしょうか。 大倉:  これは皆さん(立ミスの会員)とこっちへ来るまでに話して笑っていた事なんですけども。私、さっきまで言ったように、高校まで京都に住んでいたんですが、大学で東京へ行ってしまって、それ以降というのは法事くらいにしか帰ってきたことがないんですね。  で、東京にもう二十何年いて、東京の方が長くなってしまいまして、実は京都よくわからないんです。  で、私がいた頃って地下鉄が京都駅から北大路までしか通ってない時代で、御池の横に通っている線が無かったので、わたし未だに乗ったことがないんですね。京阪電車が地下に入ったとかそのくらいは知っているんですけど。ちょっとオススメスポットは逆に教えてもらいたいくらいです(笑)。  これは余談なんですけど、東京の人は皆京都が好きで、紅葉を見に行くって言うんですね。ガイドブックとかにも、紅葉とかについて載っているんですけど、私十八年間住んでいて紅葉ってほとんど見たことが無かったんですよ。あっても、気がつかなかったんですね。  で、京都に紅葉なんてどこにあるんだとずっと思っていて、去年かおととし、知り合いと初めて京都観光というのに来て、綺麗な紅葉を見たんです。そんな感じなので、スポットというのはよくわからないです(笑)。すいません、これはなんともお答えのしようが無いですね。ということで、ご了承いただきたいんですけれども。   京都を舞台にしたミステリーっていうのは、書いてみたいとは思うんですけども、やっぱり多くの方がもう書かれてまして。かなり裏の裏までやりつくされている部分があるんですよ。西村京太郎さんの動物園の裏の疎水に死体が浮かんでいると言うような話を読んだことがありまして、ここまでやりつくされているのであれば、なかなかやれないなぁと思うんですけども。  ただ、なんていうんですか世界観とかキャラクターとかトリックとかというものを考え合わせたときに、これはやっぱり京都が一番ぴったりくるんじゃないか、というように思い当たるときがあれば、それはもちろん京都を舞台にしてやってみたいなぁ、とはいつも思ってはいるんです。なかなかまだそういうものが思いつかないので、もしやるとしても先になるのかなぁという感じです。 司会:  ありがとうございます。では四番目の質問です。先生が小説を書こうと思ったきっかけは何でしょうか、またその時何故ミステリというジャンルを選んだのでしょうか。 大倉:  これはさっきも言いましたように、もともと読みはじめがミステリで、ミステリを面白いと思って本をたくさん読むようになったもんですから。で、私凝り性なので、ご存知かも知れませんが、やり始めると結構とことんまでやらないと気がすまない性質なんです。  ミステリって読みはじめると、年二百冊三百冊と読んじゃうんですね。でやっぱり五百冊とかそのぐらい読んでくると、ちょっとこう自分でも書きたくなる。皆さんも経験があるかもわからないですけども、なんとなくこう自分でもやってみたくなる、っていうのが本当の最初のきっかけで。  次は、内田康夫さんという方がいらっしゃって、その方がよくエッセイをお書きになっていまして、文庫本の後ろのあとがきなど自分でお書きになっていて、浅見光彦シリーズは結構好きで結構呼んだんですけども。「私はプロットを立てずに小説を書く」とおっしゃっていたんですね。何にも無い、真っ白のまま書き始めると、中のキャラクターが勝手に動いてですね、事件を起こして、意外な犯人まで勝手に見つけてくれるみたいなことをエッセイで書かれておりまして。で、それだったら俺にもできるんじゃないのかなぁと。という風に、あんまりこまめにプロットを立てたり細かい作業は苦手なものですから、だったら俺にもできるんじゃないかなぁ、と。ノートかなんかに、大学の頃だと思うんですけど、ザーッと書いて。内田康夫さんは天才肌だから出来たのであって、私にはぜんぜん出来なくて、結局全部頓挫したんですけど。ただその過程でわりとものを書いて構築していく面白さみたいなものは自分なりに理解できて、じゃもう今度はちゃんと書いてみようかなぁと。段階を追って進んでいったという感じです。ただ、ちゃんとしたものが出来るのにはその後三、四年かかってしまいましけれども。そのような感じです 司会: ありがとうございます。続きまして、五番目の質問です、先生は落語ミステリ(〇一年刊『三人目の幽霊』)でデビューされましたが、題材として落語を扱った理由を教えてください。また先生ご自身がお好きな落語は何ですか、教えてください。 大倉: 落語自体は、わりと好きですね、子供の頃からカセットとかレコードを聴いていたんですね。で、こう寝るときに落語のカセットをかけて、聴きながら寝る、っていうめちゃくちゃな小学生だったんですね。何度も何度聞いているので、だんだん覚えてきちゃう。そういう風にして落語っていうものを好きになりまして。  質問は前後するんですけど、一番好きな噺って言うのは言ってしまえば、『七度狐』が好きだったんですね。上方の桂米朝師匠とか枝雀師匠の『七度狐』っていうのをカセットテープで何度も何度も聴いて。たぶん何度もいろいろ聴いているうちに、落語っていうのはやっぱり起承転結がすごく明快であるということと、これ今更言うまでも無いですけど最後のオチがあって、ストーリーを良く考えていくと、変なところで伏線が張ってあったりですね、すごい構造がミステリに似ているんですね。で、その後、大人になってミステリを読みはじめて、特に本格ミステリと言うのに出会ったときにすごく構造が似ているな、と。いつかそういうのをですね、うまく似ている部分を融合できたら、落語ミステリと言うものができるんじゃないのかなぁと、そういうふうに思ってました。  都筑道夫さんの<砂絵>シリーズに落語を題材にしたものを集めた短編集があってですね、それはまぁ貶しているとかそういうのではなく、落語のストーリーをそのままミステリにしている。たとえば後日談と言う形をとって見たりとか、あるいは落語そのままの再現であったりとかする。  それを読むと、つまりそのまま再現できると言う事は、落語自体はそのままミステリになっているということなので、それを読んだときに考えとしては間違っていないのかな、という流れになりましてですね。それで一回やってやろうとずっと思っていて、で、『三人目の幽霊』と言うのはそれからだいぶ立つまで思いつかなかったんですけども。まぁそういうような形で、『三人目の幽霊』とか『七度狐』みたいなものに落ち着いていったという感じです。 司会:  ありがとうございます。続きまして、六番の質問です。  先生の作品を読むと入念な下調べと、綿密なプロット、手間暇かけて作っているように感じられます。どの程度の時間をかけて作っているのでしょうか。またミステリのトリックなどのアイディアは、どんなとき思いつくのでしょうか。 大倉: 入念な下調べとか、綿密なプロットとか、本当はあんまりしていないんですけど、やっぱりある程度は半分思いつきみたいなところがあって、実はそれを言われるとどうしたものかなぁと思ってしまうんですけど。どんなときに思いつくかって言うのも、いろんな人が風呂だとか、寝る前だとか、色々おっしゃるんですけど、(自分には)あんまりそういうのもなくて。なんかの瞬間にフッ、と思いつくんですね。それがいつかというのは良くわからなくて、歩いてるときとか、プラモデルを作っている時とかいろいろするので何とも言えないんだけれども、ただ、それは要するに、思いつくまで待っているんですね。枠を作って一生懸命、机に向かって考えても、絶対プロットとかトリックとか出てくるものではないと思っているので、なんとなくぼんやりしたイメージみたいなものを持ちながら暮らしているとある瞬間にパッと思いついたりする。  (小説推理新人賞を受賞した)『ツール&ストール』っていうのは、なんとなく八割くらいは出来ていたんですけど、最後の部分って言うのがぜんぜん思いつかなくて。三年くらいそのままぼんやりあれこれ考えていました。会社から帰ってくるときに、家の前にある小学校のグラウンドを通ったときに思いついたんですね。「これアイツ犯人にしたら皆びっくりして、上手く落ち着くなぁ」というのを思いついて、で、最後までかけたと言うのがあるんです。  まあそういう風に、あんまりプロットはそんな綿密に立てないんですね。  で、下調べって言うのは、今はインターネットがあるので一概に言えないんですけど、どなたでもやられている程度しかしてないと思います。実はあんまり手間暇をかけていないというのが真実なものですから、すいません答えになっているような、なっていないような感じなんですけど……そんな感じです。 司会:  ありがとうございます。続きまして七番の質問です。先生の作品には、学習院大学をモデルにしたと思われる学同院大学が登場しますが、大学生時代の経験が作品に影響を与えているというのはあるのでしょうか。 大倉:  やっぱり皆、学同院が学習院だって言うのはわかるんですね(笑)。割と編集の方に学習院の方が結構いらっしゃってですね、時々会うと「学習院にどんな恨みがあるんですか」ってよく言われてですね――『オチケン』という作品に学同院という大学が出てきまして、その、学同院の中でおきているいろんなエピソードっていうのは、大半が皆さんフィクションだと思われているようなんですが、半文くらいは本当にあった事なんですね。  それこそ学園祭で裸で踊って退学になった奴とか、ライブで校舎からぶら下がってやっぱり退学になった奴とか、そういうエピソードは本当にありまして、始末書三枚で退学と言うのも本当でして、実はこの会場の中にも学習院を出た方がいらっしゃるんですよね、どなたかとは言いませんけど(*ミステリ評論家の佳多山大地氏のこと)。  で、私、二枚まで(始末書を)書きましてですね。ガラスを割ったのと、正門を乗り越えたのとが見つかったということで。始末書二枚書いて、後一枚で退学というとこまでいったんですけど、まぁギリギリで大丈夫だったんです。  全然関係ないんですけども、ま、大学って私は割と楽しくてですね、すごく自分の中では充実した――留年したので五年行ったんですけど――充実した五年間だったんです。ですので、良い事も悪い事も含めて、かなり色々な体験が下敷きだったので、やっぱり性格形成とかそういう部分にはすごく影響を与えていると思います。  今まで書いてきたものっていうのは、かなり大学時代の影響が色濃く出ているということはたしかです。ただ、そろそろネタを使い果たしてきたので、今後書くものはまたちょっと違った人生経験とかですね、そういったものを勉強してやらないといけないのかなぁと。今、ちょうど四十一になったんですけど、そう思っているようなところです。 司会:  ありがとうございます。続きまして八番の質問です。作家になれて良かったことを教えてください。 大倉:  良かった事は、とりあえず、通勤をしなくても良くなったということですね(笑)。で、誰も信じてくれないですけど、私ちゃんと七年間、会社員やってたんですね。普段の生活を見ている人は、皆大学を卒業してすぐに、こういう生活に入ったと思われているみたいなんですけど、一応ちゃんと会社員やったんです。通勤もラッシュにもまれながらやったので、会社員の方の苦しみと言うのは良くわかっているつもりなんです。そういう枠とかから開放される、私はそれが一番うれしくてですね。あとは会いたかった人に会える、ってとこですね。もともとミステリが好きで、ミステリを書き始めたので、やっぱりミステリー作家の方々には会いたかったんですね、いろんな方に。  で、ミステリ作家になったんで東野圭吾さんにも会えましたし、北村薫さんにも会えましたし、有栖川有栖さんにも会えましたし、そういう部分でかなり良いことはいっぱいありました。  あと好きなものがいっぱいもらえるんですね、アピールすると(笑)。私ドラえもんが好きだって言ったら、色々グッズをですね小学館の人が持ってきてくれたりして、好きでも小さい話で申し訳ないんですけど、そういうような余力みたいなものがあって、毎日楽しいので、私自身は作家になってよかったかなと、今の時点では思っています。 司会: ありがとうございます。続きまして九番の質問です。仲の良い作家はいらっしゃいますか。 大倉: パッと思い浮かぶのは、蘇部健一さん、って皆さんご存知でしょうか。『六枚のとんかつ』(*蘇部氏のデビュー作で、屈指の「バカミス」として名高い)の方ですけど、私あの方と、お互いが物書きになる前からの知り合いでですね。未だに一緒に秋葉原行ったりするくらい仲が良いです。  私は『六枚のとんかつ』が大好きで、実はワープロ打ちの状態から『六枚のとんかつ』読んでいたんです、読んでくださいって言われて。で、おもしろいなぁと思ってねぇ。(短編の)三篇ぐらいだったんですけど、面白いなぁと思って。そしたらいつの間にか本になっていてびっくりしたんですけれども(笑)。  まぁそんなんで解説を書いたりですね、本業を離れた部分でもそうなんですけど、非常に親しくさせていただいています。  時々、ネタ交換とかやっているんです、実は。私がある作品に蘇部さんのネタを使って、でも私が提供したネタは蘇部さん使ってくれなかったんですけど(笑)。  一つ、短編の中に蘇部健一の考えたトリックってのが実は入っているんです。まぁそういうようなお付き合いをさしていただいてます。 司会:  ありがとうございます。続きまして十番の質問です。特撮やドラマがお好きとうかがいました。今の大学生にオススメの作品がありましたら、その魅力と共にじっくりと紹介してください。 大倉: ええと(笑)、「魅力と共に」ってのはなかなか難しいですね、話が脱線すると怪獣研究会のようになってしまうので、難しいんですけど……。  「特撮」と言っても、ねぇ、私が固有名詞を並べても、皆さんわからないものが結構多いと思うので、どうしたものかと思うんですけど。ま、特撮はおいといて、ミステリーで言うんだったら『特捜最前線』(*一九七七年から一九八七年にかけてテレビ朝日系列で放映された刑事ドラマ)っていうのが私すごい好きでしたね。ご存じない方がほとんどかもしれないんですけど、五百話くらいある長寿番組で、乱歩賞もとられた長坂さん(*長坂秀佳。脚本代表作に『帰ってきたウルトラマン』やゲーム「弟切草」など。麻耶雄嵩や霧舎巧もリスペクトしてたりする)という方、あの人はメインライターで脚本を書かれていて、ものすごいんですよ。爆弾魔が出てきたり、誘拐犯が出てきたり、ものすごいトリックが仕掛けられていたり。高校の頃にその再放送の虜になりまして、三時から四時まで『特捜最前線』の再放送、で四時から五時まで『必殺仕事人』の再放送だったんですね。で、それを見たさに中学から飛んで帰って、三時十五分くらいに帰るので、冒頭の部分は見られないんですけど。そんな感じで、毎日「特捜」をみて過ごしていた時期があるんです。で、今にして思えばミステリの原初体験ってそこだったんじゃないかなと思うんですね。ずっと本を読んでこなかった人間だったので『特捜最前線』を見ていた時は気が付かなかったんですけど、今にして振り返ってみると、今出てるDVDや再放送を見てみると、やっぱりミステリの面白みって言うのは『特捜最前線』から教わって、だから大学に入ってパッ、とミステリを読んだときにうまく深みにはまれたのかなぁ、という具合には思っております。  最後に非常にオタクな話しになるので固有名詞だけ並べておきますけど、特撮ドラマでしたら『大鉄人17(ワンセブン)』」(一九七七年・TBS系・石ノ森章太郎原作)っていうのがありましてですね。それの最初の十三話目くらいまでが傑作なのでぜひ、機会があればご覧になることをオススメします。あまりにも視聴率が悪くて十四話から路線変更になってしまって、ぜんぜん違う番組のようになってしまうのですが、それまでの話がすごく面白い。ミステリとは全然関係ないです。ミステリ的な仕掛けもありません。単純に面白いのでそれだけ、ご紹介をさせていただきます。 司会:  ありがとうございます。続きまして十一番の質問です。『刑事コロンボ』シリーズで一番好きな作品は何ですか。 大倉:  ベストで言うと、これも説明を加えないと何で、って言われるんですけど、「仮面の男」って言うのが私大好きなんですね。かなりコアな方でないと「仮面の男」でピンと来る方はいらっしゃらないと思うんですけど、「別れのワイン」とか所謂メジャーな「二枚のドガの絵」とかそういうものよりは「仮面の男」って言うのが大好きで、あんまり実はよく出来た話ではないんですね。  二重スパイがCIAの工作員を殺すっていう話で、コロンボの捜査対象がスパイなのでCIAから圧力がかかって「それでどうするの?」みたいな部分もあるんですけど、犯人役をやっているパトリック・マクゴーハンという方が監督も勤めていまして、確信犯的にものすごく変な演出をしているんですね。必要ないのに遊園地に行ってホットドッグを食べてみたりだとか、そういう独特の間の演出があって、話そのものはあまりよく出来ているわけではないんですけど、それがとにかく大好きです。いつもベストワンにはそれを挙げています。  ベスト・ツー、次に来るのは「殺しの序曲」です。これもわりとマイナーな話なので、ご存じない方も多いかもしれない。これはコロンボが最後に初めて自分語りをするんですね、犯人相手に。自分が何で刑事になって、どういう気持ちで捜査に当たって、自分は昔出来が悪かったけれども、軍隊とか行くと自分より頭の良い奴がいっぱいいると、そんな人間と競っていくのは生半可な事じゃないことを実感して、だけどもう少し注意深く物事を見て、本を読んで勉強すれば、モノになるんじゃないかって、でなりましたよ、って言うんですよね。それが、ものすごくかっこいいんですよ。  これは架空の物語の台詞なんですけれども、私自身、それを高校の頃にテレビで聞いて、かっこいいなぁと感じると同時に、やっぱり真理をついているかなぁとも思いましたね。あの注意深く物事を見てね、じっくり勉強するって言うのは実生活でも必要なことなのかなぁと柄にもなくまじめに考えてですね――まぁ実践できているかどうかわからないんですけど――そういう教訓めいたものをコロンボから学んだっていう意味で、非常に好きな、思い入れのある作品です。ですので、その二作ですね。今はレンタルビデオでいくらでも借りて見ることが出来るようなので、もし機会があったら是非見ていただきたいなぁと思います。 司会:  ありがとうございます。では十二番の質問です。コロンボの大ファンの大倉先生から見て、「新刑事コロンボ」としてコロンボが復活してよかったと思いましたか。それとも、旧シリーズ四十五話で終わっておくべきだった、とお考えですか。 大倉:  実はこの質問は公開掲示板で一度見せてもらっていて、すごい質問がくるなぁと思っていたんですけれども。  まぁブログにも書いたりしたんですけど、これちゃんと答えようとすると二時間ぐらいかかると思うので、かなり難しい質問なんですけど、結論だけ言っちゃうと「別に作っても良かった」と私は思っているんです。で、出来は全体的に良くないのは間違いなくて、あえて見る必要はない(笑)、と言わざるえないくらいなんですけれども。  ただ曲者なのは、十本に一本ぐらい傑作が入っているんですね。ハズレ九本見てやめようかと思った頃に、傑作が来るという、いやらしい構成になっていまして。  ですので、選択して見ればよいかなぁと思うんですけど。  「新刑事コロンボ」ってのはちょっと不幸だなぁっては作られた年代、時代っていうのが、こうアメリカのテレビの中でも若干過渡期にあるようなところがあって。もうちょっと前であれば思い切った感じで作れたと思うんです。で、もうちょっと後だとそれこそ「ER」だとかそういうものがでてきて、グッとドラマのレベルが上がる時期に入ってくるので、全く別ものの素晴らしいコロンボが見られたかもなぁとも思うんですけど、ちょうどその真ん中に入ってしまったので七十年代の時代性と、八十年代、九十年代の時代性がこう、ごちゃ混ぜになってしまって、あまりストレートな作品って言うのが出来なかった感じがして、その辺がちょっと不幸だなぁと。   あと日本でいうなら小池朝雄(俳優・声優)さんが亡くなっていたというのが私には一番大きくてですね、吹き替えの声がですね、別に石田太郎さんが悪いと言ってるんじゃないんですが、やっぱり小池さんのイメージがすごく強かったので、ちょっとノれなかったという部分はあります。  ただまぁやっぱり、コロンボはコロンボのパターンがあるんですね。一言で倒叙といっても、コロンボの倒叙っていう様式美みたいなものがあると思うので、そういう意味でどんな駄作だろうとも、いつまででも作り続けて欲しいなぁと思うんですが……(コロンボ役をつとめる)ピーター・フォークがどうにもならない状態のようなのでもう新作はちょっと難しいらしいです。  けど、またなにか形を変えてこういったコロンボみたいなものが受け継がれていくといいなぁと今も願っています。 司会:  ありがとうございます。続きまして十三番の質問です。先生は刑事コロンボのノベライズもされているそうですが、自分の作品を書くのと違って何か変わったことはありますか。 大倉:  あれ本には“翻訳”と出ていますけど、なんだか向こうの都合でそう書かれていますが、単純に言ってしまえばノベライズです。私ぜんぜん英語わかりませんので、日本語の脚本とかビデオを元におこしたっていうものなのです。時々、誤解をされてですね、大変な目に会うのであえて言っておきますけれども(笑)。  で、コロンボのノベライズって言うのは、実質的に私がまだ本を出していない、創元推理短編賞を頂いた直後に(出版社に)持ち込んだんですよね。コロンボのパスティーシュを、ある人との合作でね。   私は、ぜんぜんしり込みをしていたんですけど、その人が非常に行動派の方でですね。二見書房に電話をして、コロンボの担当者を電話口に呼びつけてですね、こういうものを書いたんだけど見ろと。  そしたら「見る」っていうんですよね。で、持ってこいって言うんで、そこで初めて、その担当の方とお会いして、で、パスティーシュはまぁ論外だったんですけど……意外に話しがはずんでですね。で、さっき言ったように私が「殺しの序曲」が大好きだとお話して、当時『殺しの序曲』だけノベライズは旧シリーズで出てなかったので(『愛情の計算』もノベライズされていない)、じゃあ丁度いいってことで、話が進みまして、だったらやってみないか、ということでやったんです。  で、その方はやっぱり優秀な、二十何年間も一人でコロンボをやってられる方なんですけども、その方がおっしゃるにはコロンボのノベライズにも約束事がある、と。  そのいくつかを教えていただいて、それでやったんですけど。まだ当時駆け出しだったので、ものすごくいっぱい(校正の)赤が入ってくるんですよね。原稿に、ここは切れとかなんとか、もうものすごい量が入ってきて。当時は僕、殺してやろうかと思ったんですけど、今にして思うとやっぱり文章というもののみがき方みたいな物はその方に教わったという部分があります。当時はまだ私の担当の編集の方なんて誰もいないときでしたので、今にして思うとすごく勉強になったんぁと思います。  あとはその人に教わったコロンボの、書く時の約束事ですね。  一つ言えば、コロンボの心理描写を絶対するなって言うんですね。「コロンボが何を思っているか」って言うのは絶対に読者に言ってはいけない。犯人側、あるいは第三者の視点で書きなさいと。「コロンボは思った」とか書いちゃいけないんですね。コロンボが何を考えているのかわからないんです。犯人からも第三者からも仲間内からも、何を考えているのかわからない。だから「ウチのかみさんが……」って言ってますけど、ほんとにかみさんがいるかどうかは実はわからない。何人も、何人も、親戚が出てきますけど、どこまでが本当かわからない。そこがコロンボの魅力でもあるっていうのはすごく言われまして。最終的にその時の経験が福家(「福家警部補」シリーズ。コロンボと同じく犯人が判明した状態で話が進む倒叙法式をとっている)を書くきっかけというか、思いつきに後々結びついていくという形で。ですから、まぁコロンボのノベライズにかかわることが出来たって言うのは非常に光栄な事ですし、物書きとしても駆け出しの頃に色々面倒を見てくれたと言う事で、その編集者の方にはいまだに感謝しています。 司会:  ありがとうございます。続きまして十四番の質問です。  先生はネット上の日記の中で、たびたび平成ライダーについて言及なさっていますが、大倉先生の一番好きなライダーはなんですか? 平成、昭和別々に答えていただくとありがたいです。 大倉: これはこういう場で答えて良い質問なのかわかりませんけど、えーと、平成ライダーについてそんなに書いたかなぁ(笑)?  まぁ、ぼろくそ書いたことはあるかもしれないですね。  昭和のライダーですと、わかるんですかねこの人話してて、聴いていらっしゃる方は……(質問者より手が挙がる)。  旧2号とかってわかりますか?  えーと「仮面ライダー」(一九七一‐七三年・毎日放送系)には新2号と旧2号があるんですけども。昭和のライダーでいうと仮面ライダー2号。藤岡弘、さんがやられていたのが旧1号っていうもので。あんまり説明すると大変な事になるので簡単にしますけど(笑)。  仮面ライダーは全九十八話あるんですけど、十四話から五十一話くらいまでに出てきた、仮面ライダー2号——線が一本だけ入ったライダーがすごく好きで、出てくる怪人も好きでですね、よく模型を作ったりしています。  で、平成はやっぱりまぁ、「仮面ライダークウガ」(二〇〇〇年)ということになるのかなぁと思うんです。やっぱりクウガはすごく、刑事物としてよく出来てるんですね。今「相棒」ってドラマがすごくヒットしていますけど、ちょっとそれに通じるような、仮面ライダーって名前は借りているんですけど、警察物として、すごく構成が良く出来ていてしっかりしていて、そういう観点からもすごく好きです。そういう意味で今やっている「仮面ライダーW」(二〇〇九‐)っていうのも、あれは探偵物なんですけど、すごく良く出来てますね。  しばらく日曜に早起きしてみることはなかったんですけど、最近は欠かさず観るようにしています。 司会:  ありがとうございます。続きまして十五番の質問です。  ウルトラマンシリーズで好きな話、好きなウルトラマンは何でしょうか。 大倉:  こういうの続きますね(笑)。  ウルトラマンでどれが一番好きかというとやっぱ、最初の「ウルトラマン」が好きなんですね。「ウルトラセブン」が好きって方が多いと思うんですけど、私は最初のウルトラマンがすごく好きで、ものすごいファンタジックなんですよね、ジュブナイルと言うかなんというか、すごくロマンチックで美しい感じがしましてですね。とてもバラエティ豊かなんですね、怪獣が出てきてウルトラマンが倒すと言うパターンの中に、あるときは宇宙怪獣であったり、あるときは宇宙人であったり、あるときは植物の怪獣であったり、昆虫であったり、というかたちで手を変え品を変えやっている。  で、そういうものがすごく好きなもので、だからミステリでいうところの連作短編みたいなものが好きなんですね、一つの様式の中で、色々なバリエーションを試してみるっていうことに、こう、すごく魅力を感じるものですから、その辺はもしかしたら最初のウルトラマンの影響があるのかなぁ、と思います。  で、好きな話って言うといっぱいありすぎて困るんですけども、強いて言うなら、最初の「ウルトラマン」に「悪魔は再び」っていうエピソードがありまして。古代人が怪獣を液体に変えて地中に埋めて、それを掘り出して間違えて開けちゃってものすごく強い怪獣が二匹出てきちゃう、単純に言うとそういう話なんですけれども。なんて言うんですかね、口では上手くいえないんですけど、すごく魅力があって、ロマンのある話なんですよね。古代本の解読とかっていうサスペンスもあって、最後にはやっぱり怪獣も出てきて、ウルトラマンも出てきてっていう様式がちゃんと守られているんですけれども、そういう部分でその話がすごく好きで、それ以外にも話は尽きないんですけど、やっていると日が暮れてしまうので、とりあえず今回はこのぐらいでやめておこうかと思います。 司会:  ありがとうございます。続きまして十六番の質問です。  好きな怪獣・怪人は何でしょうか。 大倉: こういう話を続けていて良いと言うならいつまででもやりますけどね(笑)、皆さん帰っちゃうかもしれないので……。  好きな怪獣は、私「ゴジラ」が好きなんです。  ゴジラが作品ごとに顔が違うって言うくらいはご存知なんでしょうか? まぁ知らない方がいらっしゃったら「そうなんだな」と思っていただくしかないんですけど、ゴジラ映画の三作目、「キングコング対ゴジラ」っていう、1962年かな。私が生まれる前の作品なんですけれども、そのキングコング対ゴジラに出てきたゴジラって言うのが私は大好きで、年がら年中私はその、「キングコング対ゴジラ」を略して「キンゴジ」って言うんですけどもね、「キンゴジ」がすごい好きで、その模型ばっかり作っているんです。  (↑参考画像: 「キンゴジ」)  だからやっぱり一番好きなのはそれで、ちょっといま、別の小説の取材を兼ねて怪獣の気ぐるみを作っている方とか、そういう方にお会いして話を聞いたりすると、やっぱり「キンゴジ」は素晴らしくて、今と違って技術——ウレタンとかですね——が確立されてない時期の話なので、試行錯誤で作ってたと。  すごい職人の方が試行錯誤して作っていて、中にスポンジとか、いろいろ詰めてたりですね、だからあの顔っていうのは偶然出来たらしいんですよね。  だからゴジラの顔がみんな違う、っていうのはそのせいもあって水を吸ったりするとすぐ顔が変わったりとかですね、そういう面白い話を、まぁミステリとは全然関係ないんですけども、お聞きして、そのあたりが魅力的でですね、とにかく好きです。  「キンゴジ」って検索するとバーッと画像が出てくると思うんですけど、ちょっと愛嬌があって好きですね。  怪人はちょっとですね、とっさには出てこないんですけど、仮面ライダーとか、ああいう怪人っていうのは、どちらかと言うとやっぱりヒーローの方に肩入れしてしまうので、自分にとって影が薄いんです。  やっぱりさっき言ったように、仮面ライダー2号の時のサボテンブロン(サボテンの怪人)とかですね、その辺が出てくるとこがすごく好きで、家にフィギュアがいっぱいあるんですけど、だいぶ話しが濃くなってきているのでこの辺でちょっとやめておきます。 司会:  ありがとうございます。続きまして十七番の質問です。  日本版刑事コロンボとして「古畑任三郎」シリーズがありますが、  そちらについてはどうおもわれますか。 大倉:  「古畑任三郎」もやっぱり私大好きなんですね。 で、これは実際良く出来ていると思います。「古畑任三郎どう思います?」は、よく聞かれる質問です。  一つ一つあげつらっていくと、良いのもあれば、悪いのもあるっていう風になるのは、それはもうしかたがないことなんです。  で、やっぱりすごいなと思ったのが、主人公に田村正和を起用したってところなんです。『刑事コロンボ』でいうなら、ピーター・フォークですね。それこそノベライズに「ぼさぼさの頭をした背の低い醜男が」って書いてあるんですけど、ピーター・フォークって決して醜男じゃないんですよ、むしろハンサム。  画面の中のあのコロンボのメイクをしたピーター・フォークも、実はよく見たらすごくかっこいいんですね。間違ったコロンボ像にありがちなのは、本当に醜男を当ててくるんですね。本当に背が低くて、わりとこう、醜男を、髪をくしゃくしゃ、不精な感じにして、「コロンボですよ」って当ててくるんですけど、実はそれは勘違いしてる。   ピーター・フォークってすごくハンサムな人なので、良い男にわざとああいう格好をさせて、あと演技ですよね、フォークの演技で、あのコロンボは出来上がっている。  で、「古畑任三郎」を作っていた方は、たぶんその辺をわかっていたんでしょう。だから、一般的な俳優ではなくてあえて田村正和を——あんまり汚い格好はさせませんでしたけれども——を選んだってっていうところで、すごく良くわかっているんだなぁと、感心しました。  ですので、シリーズは終わったと言われていますけど、もし復活すれば、性懲りもなくずっと見るでしょう。というか、本当に復活して欲しいなぁと思う次第です。 司会:  ありがとうございます。続きまして十八番の質問です。  大倉先生は怪獣はもちろんですが、海外のミステリードラマについても造詣が深くていらっしゃいます。「刑事コロンボ」は別格として、いまお気に入りの海外ミステリードラマは何ですか。 大倉:  「怪獣はもちろん」っていうのがちょっとひっかかりますが(笑)。  まぁ本当のことなので仕方がないです(笑)。  海外ドラマは確かによく見ているんですけれど、そうですね、どれもすごくレベルが高いので、なかなかこれって言えません。  強いていうなら『CSI』ですか。今スピンオフを繰り返して三本、『CSI』っていうラスベガスを舞台にしたものと『CSI マイアミ』っていうのと、あと『CSI ニューヨーク』ってのがあるんですが、これはドラマとしてすごく良く出来ている。  全部あわせると四百本くらいになると思うんですけど、毎回フーダニットなんですよ、「誰が犯人か」って言う。  それを毎週毎週やってるものすごさ、っていうのもあるんですけど、とくに歌野晶午さんと話しをしていて、特に「CSI ニューヨーク」が素晴らしいと、完全に本格だといって熱弁を振るっておられましてですね。それは私も全く同意です。  三作それぞれカラーが違うので、一概には言えないんですけど、特に『CSI ニューヨーク』、都会を舞台にしているという部分で平気で密室とかですね、不可解な状況での死体とかってのがいっぱい出てきて、わりとそれが論理的なんですね。  で、歌野さんがすごく気に入ったっておっしゃったのは、これは例えっていうかネタばらしになるんですけど……。  宝石強盗に入って、銃も撃ってないのに、ショーウインドウのガラスが全部割れるという事件があって、最初それは音波を使っていっせいに割ったという事になるんです。それを取っ掛かりとして強盗が入ってきたとき犬が吼えたってなるんですね。  で、その音波って言うのは犬にしか聞こえなかったっていうようなノリで、端的に言うとそういう風に伏線と手がかりと論理の部分っていうものがすごくよくできているんですね。  歌野さんが(私もそうですけど)すごく本格のマインドを感じるということで、今日は『CSI ニューヨーク』をお勧めしたい。  あと『名探偵モンク』。これはNHKの衛星とかでやっていたのでご存知の方は多いと思います。  これは現代の『刑事コロンボ』に匹敵するぐらいの良さがあります。ちょっとDVDになっていないので、なかなか見るのが難しいかと思うんですが……。 司会:  ありがとうございます。  続きまして十九番の質問です。  先生の日記を見るとフィギュアについての記述が多いですが、月にどれくらいフィギュアを買われるのでしょうか、またお気に入りのフィギュアは何ですか?教えてください。 大倉:  えーと(笑)、買いますよ。  もうほんとに金の続く限り、買いますね。自分でもいくら使ったのか、怖いんでよく見てないっていうのもあるんですけど、二日にいっぺんくらい宅配便が来るんですよ(笑)。で、宅配便のピンポーンってチャイムで起こされるんですよね。大抵、箱に「精密模型」とか書かれてたりするんですけど、時々商品名がちゃんと書いてあったりして「ケロニア」とかあるのが届くと、非常に恥ずかしいです(笑)。  とにかく、かなり買ってますね。 具体的に金額を言うと泥臭くなるのであれですけど。 十体とか十五体とかは来るんじゃないかと。大小織り交ぜて。  私、あの、これもなんかオタクな話しで申し訳ないんですけど、完成品を買ってくるよりは、自分で作るのが好きなのです。やっぱ自分で作ったものっていうのは愛着度合いが違うんですよね。中学のとき作ったものがまだ残ってたりしますし。  「お気に入り」っていうと、中学の頃になけなしのお金で買った「ウルトラマン」っていうのがまだ残っています。九千八百円位したんですね、当時、二十年くらい前で。どうやって買ったか、もう覚えてないんですけど、なんかコテコテに色を塗ったりなんかして。もうぼろぼろなんですけど、それはすごく愛着があって捨てられないですね。  オークションだと今でも五万六万で売られているらしいんですけど、それをいま大切にとってあります。  で、その頃に出た怪獣の模型を探してですね、安ければ買ったり、オークションで落札するというのが、今の自分なりの流行です。ヤフオクとかで時々徘徊しておりますので、「ああコイツ」とか見かけたら暖かい目で見守ってやってください。 司会:  ありがとうございます。続きまして二十番の質問です。  趣味を仕事にしてしまった感のある大倉先生ですが、世間では趣味を仕事にしてはいけないなどとよく言われます。そこで、仕事と趣味について思うところを教えてください。 大倉:  それは確かによく言われます。  私も大学を卒業する時に――当時はバブルだったので今と状況が違うんですけど―― 一応さっきも言ったように会社員になろうとおもっていましたので、その時に酒のメーカーとあと、言ってしまうと、バンダイを受けたんですね。  で、実は両方とも最終面接まで行ったんですね。良くしたものでその面接が重なっていたのかなにかで、「両方には行けない」という状況で選択を迫られたときに、ご質問と全く同じ事を考えたんですね。趣味をとるなら明らかにバンダイなんです。しかし、趣味を仕事にしてしまってよいものだろうか、と考えまして、結局、酒のメーカーに入りました。一年で辞めちゃいましたけど。  だからこれ、一概に言えないと思うんですよね。  私の場合、幸い、物を書くという好きなことをやって、生計を立てていられるという非常に幸せな状態にあることは自覚しているんです。それは良かったなあ、と思うんですけど、これはいまそれなりに、ものを書いて生活できているからそう考えるのであって、これが今に仕事が来なくなって、食うや食わずになったとしたらどうでしょう。  非常に後悔して、そのまま酒のメーカーにいればよかったと思うでしょうし、そこも一概には言えないんでしょうけど。  もう一つ、これは質問の根本を変えてしまって申し訳ないんですが、私たぶんミステリーっていうのは、割と早いうちから、趣味とは考えなくなっていた部分がありました。  「自分で書いてみよう」って決断した時点から、もう趣味の領域を超えていたのかなぁという気がするんですね。  ですので、最初の数年っていうのは趣味でミステリを読んでいたんですけど、それ以降は仕事とまでは言いませんけれども、なにか趣味を超えたようなものだった気がするもんですから、今は趣味を仕事にしたっていう認識はあんまりないんですね。  なので、うまい答えにはなってないんですけど、趣味と仕事っていうのは、なかなか両立しようとおもっても出来ないですし、難しい問題だとは思います 司会:  ありがとうございます。続きまして二十一番の質問です。  構想に十年を費やしたと言う、『聖域』面白く読ませていただきました。そこで質問です。先生にとっての山登りとは何ですか。 大倉:  えっと……難しい質問ですね。  山登り…山登りこそ趣味でやっていたところがちょっとあるんです。人生を大きく変えたものであることは間違いないです。  やっぱり、大学時代は充実していたって言いましたけどもそれは山登りがあったからだったんですね。  それまではたいして運動もしないで、普通に学校に通っていたんです。それが上京して、もちろん一人暮らしもはじめて、全部生活環境が変わったところに山登りをはじめた。で、いろいろ、こう、得がたい経験をしまして、その五年間って言うのはその後の自分にもすごく重要なものになっています。  なので、山登りがなかったらそこまでその五年間——山登りがなかったら四年で卒業できてたハズだったんですけど——は存在しなかったんじゃないでしょうか。  そういう意味では自分にとってかなり大きいものですね。  だからこそ、まぁ構想十年って本当なのかな、と今思っちゃうんですけど、『聖域』とか山岳ミステリを書くという時もそういう思いを込めてがんばって書いたところもありますので。自分とってはすごく大きくて特別なものです。  ちょっと今はあまり山に登れていないんですけれども、ゆくゆくは再開したいなぁと計画しているもののうちの一つです。 司会: ありがとうございます。続きまして二十二番の質問です。 ご自身の作品の中で一番のお気に入りはなんですか?理由ともに教えてください。 大倉:  私、あんまり自分の書いたものに自信がないんですよ。  で、胸張って、「これ良いでしょ」なんてとても誇れないんですけど……一つだけ自信を持っていえるのは、「エジプト人がやってきた」っていう話でですね。  これ、ご存じない方も結構多いかもしれないんですけど、その昔光文社で鮎川哲也先生が選考委員をされていた公募短編賞があったんです。十本なり、十何本なりが毎回文庫に掲載される、『本格推理』って言う雑誌風な文庫本。  たぶん私が自分のものが活字になった、商業誌で活字になったっていうのは本格推理の10だと思うんですが、その「エジプト人がやってきた」という作品が最初なんですね。五十枚くらいの短編です。  それの元になった話がありまして、友達と飲み屋で話しをしていて、あるネタのオチだけを友達から教えられたんです。こういうことがあるんだぜ、こういうことが本当になるかもしれないな、って言ったのを、なんとなく直感的に、「これ本格ミステリになるんじゃないか」と思って、逆算して、三日ぐらいで書いたものなんですけど、五十枚で。  それを送ったら鮎川先生が、感想つきで選んでくださいまして、で、掲載の運びとなったんです。ちょっと読まれてない方がいらっしゃるとあれなので、あまり突っ込んだ話しは出来ないんですけど、自分のなかではそれが凄くお気に入りの作品ですね。  今でも自信作は何ですか? と聞かれると「エジプト人がやってきた」ですというように答えるようにしています。  今はもうなかなか読めなくなって久しいので……ただ短編集に入れるって言っても、どうにも頭のおかしな話なのでなかなか難しいんですけど。機会があったらいずれどっかでちゃんと発表したいなぁ、とは思っている作品です。質問、自信作だけでよかったですか? 司会: 他にもありましたら……。 大倉: いえ、他には特にないんで、けっこうです(笑) 司会: では、続きまして二十三番の質問です。白戸修や、越智健一のように主人公がお人好しなのは、先生の性格がそうだからでしょうか?  また作品の中に自分に似ていると思う登場人物はいますか? 大倉:  これよく言われますね。私そんなにお人好しじゃないと思うので(笑)、一応、「違う」と言う事にしていただけるとうれしいです。  白戸修っていう主人公を考えたときに、ああいう風になるとは実は自分でも思っていなくてですね、「お人好しだ」っていう風に言ったのは、たぶん担当の編集さんだと思うんですね、  自分ではお人好し探偵と言う言葉は実は作っていなくて、作品が転がっていく中で出来上がってきたキャラクターなんです。でも、一つ、白戸修を最初に書いたときに「冴えないけどかっこいい行動をとる主人公にしよう」と思ったんですね。頼まれると引き受けてしまったり、困っている人をみたらどうしても助ける事になってしまう。  「主人公にはかっこいい行動をとらせよう」というのだけは意識してやってたんですね。それが結果的に第三者の目にはお人好しに映るらしい、と。それは本当に偶然なんですけども。  わたし、お人好し、っていうのはどういうニュアンスがあるのかわからないんですけど、決して悪い言葉ではないな、とでは自分では受け止めているんです。普段は、あんまりいい場面では使われない言葉ですよね。しかし、非常にこう、お人好しはかっこいい人じゃないかと、自分では何時も思うようにしていまして、だったらね、お人好しになりたいくらいなんですけど、私はどうも、ちょっと邪な心がはいっているので無理なんです。  なんで本当に白戸修は偶然出来たキャラクターですね。  越智健一っていう人は、ちょっと質問からは脱線してな恐縮なんですけど、『オチケン!』って言うのはもともと低年齢層向けっていう建前——半分建前なんですけど―—十二歳とか十三歳とか、ちょっと若めの人をターゲットにして書いてくれといわれていました。  で、どうしようかなぁと色々考えて、キャラクター的には探偵の役を三つに分けようと思ったんですね。ワトスンがいて、探偵がいていろいろ考える……んじゃなくって、探偵そのものを三つに分けたんです。頭の良い「解決する人」と、行動して「情報を集める人」と、「説明する人」の三人に。それがオチケンに出てくる三人のキャラクターで、「説明する人」を最終的に越智健一が担当することになった。非常に損な役回りなんです。  彼、本当は非常に頭が良いんでしょうけれども、立場上そういう立場になってしまって、非常にかわいそうなキャラクターなんです。しかし、そういう流れでやっていくうちにやっぱりどうしても、お人好しなキャラクターになってしまうのかなぁ、という部分がありまして。  白戸と越智の二人は非常に自分の中ではほとんど同一のキャラクターみたいな、そういう感じで作ってきました。  ただまぁ、私自身にはどちらも似ていないというのが結論だと思っていただければ良いです。 司会:  ありがとうございます。続きまして二十四番の質問です。  福家警部補のシリーズを書こうと思ったきっかけを教えてください。また犯人の設定を考えるのに何かこだわりがありましたら教えてください。 大倉:  さっき触れちゃった部分もあるんですけど、言ってみれば「刑事コロンボ」のノベライズっていう部分から「福家」はすごく影響を受けているんです。  最初から福家というキャラクターがあったわけではなくて、あるときですね、道を歩いていたり、コーヒーを飲んでいたりした時かなんかにふと、コロンボのノベライズで色々教わったことが浮かびあがるんですね。  倒叙ものって言うのを自分でやってみたかったんです、すごく。犯人が最初からわかっていて、それを何らかの形で追い詰めていく、っていう形のものはやりたくてずっと考えていたんですけど、基本的に倒叙ものってどうがんばっても面白くないんですよ、隠しておくものが何もないので、犯人がわかっているっていうのはやっぱり大きなマイナスなんです。  それで、かなり秀作を書いてみたんです、試しで。原稿用紙にすると長編一本くらい書いては捨て、書いては捨てってやったと思うんですけど、とにかくもうある一定の枚数に到達した瞬間からつまらなくなるんですね。わかりきった事をやってるだけになってしまって。  で、ずいぶん頓挫してたんですけど、ある時に二見書房の方から教わった心得をふっと思い出しまして、短編で、コロンボと同じように探偵役が何を考えているのか全くわからないようにして、常に第三者の視点から事件を描いていく。その合間合間、どうしても犯人がわかってたり、情報が出てしまっている部分の合間を伏線でうめていく。これを小ネタって呼んでいるんですけど。  その、「なんで傘を持っているんですか」とかね、例えばそういうような小ネタ小ネタをびっちり埋めていけば、百枚くらいの短編だったら面白く書けるんじゃないかって。それが一番最初なんですね。で、その時たまたま、「コロンボ」研究家の町田暁生さんという刑事コロンボの同人誌を作ってる方がいらっしゃいまして、私たまたまHPでそれを拝見しまして世の中にはこんな凄い人がいるのかとおもって、すぐにその同人本を買ってですね、感想を送ったりなんかしてちょっと面識があったんですね。  で、その過程で町田さんも実はコロンボみたいな話を自分でも作りたいと……こんな話を町田さんのいないところでどんどん暴露して良いのかどうかわからないんですけど……思っていらして、ただ自分には小説として構成するだけのはないと(やれば出来ると思うんですけどね)おっしゃってて、ただ小ネタ、今言った小ネタみたいなものはいっぱいためてあるんだと。だったらそれを活かして、合作という形でやってみませんか、という流れがあったんです。それらがちょうど平行して同時期に起きたんですね。最終的に「合作」は、町田さん自身がご辞退されたので、協力という形にはなりました。  あんまり言うとネタばらしになってしまうんですが、非常にコロンボ的な、「何でそこにライトがついているのか」とか、なんで「車のボンネットが温かいのか」とか、そういうようなネタをいっぱい頂いて、それを元に組み立てていったというのが、福家の一番最初なんです。  ただ、その「コロンボ」とどういう違いを出すのかという部分はすごく悩みました。鳥の巣のような頭をした小男が出てきちゃ駄目なわけですよ、絶対ね。レインコートなんか着ていたらもってのほかで、かといってハンサムだったら古畑になっちゃうし……っていうのがあってものすごく悩んで、最終的に一番楽な方法は性別を変えることだと気が付いたんです。  結局、ああいう福家みたいなキャラクターになったんですが、最初はもっとその、じつは福家にはあまりキャラクターはつけないでおこうと思っていたんですね。キャラクターによるんではなくて、あくまで事件の小ネタと犯人像みたいなもので魅せていこうと思っていたんです。しかし、やっぱり四回五回やっていくうちにですね、キャラクターって勝手についてきちゃうんですね。  一冊目の短編集をだした後で、そういう、福家のキャラクターに関するお褒めの言葉みたいなものずいぶん頂きまして、そういう形で望まれているのであれば、もうちょっとそういう面も出さないといけないのかなぁ、という風に考えながら試行錯誤試行錯誤のうちで今も続けているようなところがありますね。  で、犯人像の部分なんですけど、やっぱり犯人の職業って言うのを一番最初に決めるんですよ。何よりも先にまず、職業ありきで、そっからその、トリックとかを逆算していくんですね。で、それこそ町田さんがくれた小ネタ集とかがあるんですけど、その中から一番しっくり来るものを選んだり。  あんまりトリックから攻めていくことはないですね。逆に例えば司書だったらどういう殺し方があるかとか、酒蔵だったらどういう殺し方があるかとか、杜氏だったらこうやって殺すんじゃないかとか、じゃ場所はどこかとか……犯人の職業って言うのはそれが決まれば、かなり、もう四割くらい出来たようなところがあります。すごく重要なんです。  ただその職業もだいぶ、八本もやっていくとだんだんいい職業がなくなってくるんですよね。いまちょっと困っていて、九本目も書けと言われ続けてて、一年過ぎたんですけど。  今のところつぎは漫画家のしようかなぁと思っていて、漫画家と警察官、警察官同士の対決にするって言うのは二本決まっているんです。まぁ、ちょっとそれがどうなるか、っていうのはもうしばらくお待ちいただくしかないという感じなんですけど。  ちょっと脱線しましたがこんなところで。 司会:  ありがとうございます。次回作楽しみにしています。  次の質問です。『丑三つ時から夜明けまで』は幽霊が存在する世界を舞台とした作品ですが、先生は幽霊の存在を信じていますか? 大倉:  私、あの、幽霊嫌いなんですよ……もう怖がりで。  旅館とかホテルに一人で泊まるのがすごい嫌いなんですね、ですのでいるとは信じたくないんですけど、多分いるだろうなとは思っているんです(笑)。ちょっと難しい質問なんであれなんですけど、多分いることは間違いないです。  宇宙人みたいなもので、いることは間違いないんじゃないのかなぁと思うんですが、なるべくなら出会わないで過ごしたいと思っています。  ミステリーの良いとこって、論理的に解決するとこじゃないですか。最初は幽霊の仕業みたいに思えても所詮は人間の仕業だったりして、読んでいて落ち着けるんですよね。でも、そのまんま幽霊だったかもしれないっていうのは、やっぱり怖くてですね……幻想とかホラーとかは怖くてなかなか読めない時があったり、映画はもってのほかで、絶対ああいうホラー映画とかは見に行きません。  ただ、それもまたあれで、『特捜最前線』とかですね昔のテレビドラマって言うのは時々、幽霊話が入ってるんですよ。毎週、普通に。刑事ドラマなのに、真夏の怪談シリーズとかね。  いきなり始まって婦警さんが幽霊目撃したりするんですよね。で、それが解決すればいいんですけど、時々解決しない本当の怪談話みたいな、あってはいかんだろうと思うようなドラマが一本だけはいっていたりしてですね。  その、そういう流れが昔からすごく好きで、ああ、『危ない刑事』にもありますね。最後、幽霊で終わるヤツ。で、昔のそういうドラマの度量の広さが好きで、それで『丑三つ時から夜明けまで』を考え出したところがあります。  ずーっと普通に本格なんだけど、ある瞬間から幽霊の話になって、「ああ本当に幽霊なんだ」みたいな話をやってみようと書いてみて、それをたまたま続けてくださいと注文されたので、ああやって続けた次第です。未だに文庫にもしてもらえないって恨み言もあるのでアレなんですけど、個人的にすごく思い入れのある作品です。  いつか誰か文庫にしてくれないかなぁ。 司会:  ありがとうございます。続きまして二十六番目の質問です。 『無法地帯』の続編は書かれるのでしょうか? 大倉: これも良く聞かれる質問ですね。まぁ『無法地帯』は、あれは本当に何も考えないで、好きなもんだけで書いたっていう、非常に楽しい、書いててあれほど楽しいことはなかったっていう作品で、思い入れもひとしおなんですが。続編……書いてる時は続編があるんなんて思いもしないで書いてましたんで構想自体は全くなかったです。  続編を書いてください、なんて事はよくあるので、漠然と考えてはいたんです。で、もうかなり最後までいって、あとは書くだけかなぁと考えていたんですけど、現実的にこう、世の中の変化っていうのが激しくてですね。  例えば秋葉原とか見ていてもぜんぜん雰囲気が違うんですよ。私が『無法地帯』を書いていたときにはもうちょっと、私ぐらいの世代とか、そのぐらいのおっさんがうろうろしていても楽しくてですね、あまり違和感のない世界だったんですけど、それがほんの一年二年くらいで、世代が若返ったりとか、傾向が変わったりとか。  一時期メイドカフェが流行りましたけど、それもバーっと進出して、バーっと消えていったりしてましたね。  秋葉原でいうなら、大きな電機屋や家族連れのレストランができて、家族連れの町になっているんですね。『無法地帯』の時のような、中年のおっさんが大暴れするような、いかがわしさみたいなものが全くなくなってしまいました。その中でキャラクターを秋葉原とか、中野とかで今大暴れさせても、悲しいだけなんですよね。雰囲気が合わなくて。それがわずか二年くらいのスパンでおこった事で、それを今やっても面白くないんじゃないかと思いまして、実は一本ほとんど破棄というか、書くのをやめてしまったんです。  そんなこんなでなかなか続編ができなくなっていて、もう一個新たにプロットをたてたりしたんですけど、そうすると秋葉原で無差別殺人が起きたりですね、色々して、またちょっと時代が移ってしまって、なんかいたちごっこみたいな感じでなかなかしっくり来る背景っていうのがこないんですね。あえて時代を戻すとか、昔の話にするとかの必然性も感じないので、こればかりはどうしたものかなぁと自分でもつかみかねているところです。  まぁただ書きたいなとは自分でも考えていますので、気長に待っていただければうれしいなと、ただ中途半端なものにしたくない、思い入れの強い分だけ中途半端なものにしたくないというところがあるのでなかなか取り掛かれずいるということで……ご了承いただければなぁと思います。 司会:  ありがとうございます。続きまして二十七番の質問です。  ご自身の作品のドラマ化(永作博美主演で09年正月に単発ドラマ化された「福家警部補」)についてどのように思われますか? 大倉:  ドラマ化といっても一つしか出ていないので何ともいえないんですが(笑)。これはまぁ、「ドラマ化したいです」っていうお話は、実現するしないはともかく、話だけはけっこういただくんですね。   私はそのテレビドラマってよく見ているので、良くも悪くもドラマと小説っていうのは全然違うもんだっていうのはある程度認識しています。  テレビ局の方でも、「ちょっと変えたいんですけど」みたいなお伺いっていうのは必ず一応はたててくれるんですね。黙って変えるっていうことはしないので。ちょっと変えたときに、企画書を送ってくれたりとか、そこで男が女になっていたりとか、まるで違ったものになったりとか色々するんですね。私がそこで「嫌だよ」と言うと話しはそこで止まるんですけど、まぁそれは別物だっていうイメージがありますし、向こうはテレビのプロですから、あんまりそんな……ねぇ? よく知らない、いくら原作やったからといってそれでギャーギャー言ってもしょうがないと思っているので、「どんなに変えてもらっても私はかまいません」という立場を常にとっていますね。  と言っているわりには、なかなかドラマ化実現しないんですけど(笑)。   なので、まぁここで言うなら福家なんですけど、あれはあれでああいうものなんじゃないかな、良くも悪くも。ああいう風にするしかないんじゃないかと、大人の判断みたいで気持ち悪いんですけど。たとえば福家なら一月二日の九時から、NHKだから北海道から沖縄まで映るわけですよね。それで「オッカムの剃刀」(シリーズ第一巻『福家警部補の挨拶』に収録されたエピソード)をやってですね、あれの通りに、タバコの箱を入れ替えて、その中に一本入れて、テープはがしてとかって、そんなのコタツに入ってテレビ観てる視聴者がいちいちわかるわけないわけで。だからもう、ある程度簡略化して、わかりやすく見せるっていうのはドラマサイドとして当然の判断だと思っていましたし……まぁ逆にあんなわけのわからないどうでもいいキャラクターを付け加えるなよとか……正直なところ、そういう部分での不満っていうのも逆にありますし、とにかく色々な思いがありますね。  ただまぁ、まとめてしまえば、やっぱりドラマにする限りある程度内容が変わるのはしょうがないです。そうしてできたものが原作を愛してくださっている方々に不評であるっていうのは悲しい現実だったりするんですけれども。それはもう、しょうがないんじゃないかなぁ、と。  ですので、福家の次は、またそういう話が来たら少々変えていただいてもけっこうです、ということで返事をしようと私は思っています。 司会:  ありがとうございます。続きまして二十八番の質問です。  『オチケン』の漫画についてどう思われますか? 大倉:  えっと、これも一本だけ載っただけなので、何ともいえないんですけど(笑)。ドラマのときとほとんど一緒ですよね。あの、漫画化の時もキャラクターのその容貌、見た目であるとかそういう部分は変えると思いますみたいなことは事前にありました。  それはもう変えてくださいと。体型でもなんでいくらでも変えてくださいと申し上げて、一応ラフというかネームというか全部頂いたんですけど、それはもう了解の上ですよ。  あんな……ねぇ? 男三人しか出てこないような、あの漫画を、その通りの容貌でやったら読めたもんじゃなくなります(笑)。  ただ、お話の中身自体は本当にちっちゃな情報までほとんど拾って詳細に漫画化してくださってます。けっこうご苦労されたんじゃないかなぁ。  最初はバーっと読んで、漫画にしようと思ったんでしょうけれど、意外にいやらしい伏線とかですねごちゃごちゃ張ってあるので、描きながら「しまったなぁ」と思われたんじゃないのかなぁ。  第二話目もネームは頂いてて、それは半年か一年くらい前なんですけど、その後進んだという話はあまり聞かないので、やっぱりかなり苦労されているのかなぁ、と。  ただできたら掲載はされるみたいです。私としては、その前に『オチケン3』を書かないといけないんですが。   司会:  ありがとうございます。  最後に差し支えない範囲で次回作についてのご予定を教えてください。 大倉:  次回作は来年のわりと早いうちに白戸修の短編集(二〇一〇年四月に既刊・『白戸修の狼狽』双葉社)が出ると思うんです。こないだの『小説推理』で五本目の短編が前後編で掲載されて、まぁそれでボリューム的にかなりまとまるので、出てから九年ぶりかな? 六話目を書いてかなり時間がたってしまっているので、ちょっといろいろ修正したりだとかっていう部分で手間取る可能性があるのでスケジュールは遅れるかもしれないんですけど。  これも私個人的に好きなんですけど全然売れなかった『警官倶楽部』という新書がもうじき文庫(二〇一〇年三月に発売。祥伝社文庫)になるかも。あとは、そうですね、「メフィスト」に今ちょっとペットが出てくるミステリーっていうのを連載してまして、それが二月号で終わるんですね。  で、終わったらまとめましょうといってくださったものですから、それが多分五月か六月くらいに出るはずです。  今のところ決まっているのはそれくらいですね。もう一つPHP研究所の出している「文蔵」って言うので山岳ミステリの『白虹』っていうのを月間連載しているんですけれども、それが来年やっぱり五月くらいに連載が終わる……というかまだ書いていないのでちょっとどうなるかわからないんですけど。初めての月間連載で自分でもどうなるか、ちゃんと終わるかわかりません(笑)。終われば、年末くらいに単行本にまとめてくれるのかなぁと言うところです。いまのところはそんな感じです。遅れる事はあっても早くなる事はないと思うので(笑)、言葉半分くらいで受け取っておいていただければ幸いです。 司会:  ありがとうございます。  では来場者からの質問に移らさせていただきたいと思います。 【来場者から質問コーナー】 Q. 先ほど、大倉さんの一番好きなミステリと言う事で「獄門島」を挙げていただいたんですけど、ご自身でそういう、例えば厳しい因習に囲まれた家族とか、古い集落で起きたおどろおどろしい殺人だとか、そういう設定で作品を作りたいなという思いはおありでしょうか? 大倉: それはかなり強く思っていますね、出来ればやりたいなぁというのがあって、ちょっとその『七度狐』を書いたときも『獄門島』みたいなものがずっと頭の中にはあったんですけど、なかなか因習とかですね、時代的なものもあって、割りと大人しめの設定になってしまったんです。クローズドサークルがすごい好きなので、いつかはやってみたいですね。できるかどうかはあれとして、常に考えてはいるジャンルです。 Q.大倉先生の作品は割りと湿った、じめじめとしたところがないような印象だったので、(さっきの答えは)すごく意外に思いました。そういうものに対する憧れみたいなものは、やっぱりお持ちなんでしょうか? 大倉:  そうですね。  なんていうかこう、恋愛のどろどろとしたものとは別に、因習とか、そういう部分っていうのは、さっきも言いましたがロマンチックですよね。なんとなくね。なのでやっぱりミステリってロマンが大事だと考えていますから、そういう意味でも、そういう世界観に合致した構成とかを思いつければ、迷うことなくそういう世界は描いてみたいです。 Q. ブログなどをよく拝見さしていただくんですけど、よく趣味の話題とかしていらっしゃいますよね。だいたい一日どのくらい仕事を、執筆時間としてはとられているのかな、と。 大倉:  えっとですね……それは非常に厳しい質問になりますね(笑)。  えっと、本当のことを言うと自分でノルマを決めていて、これが多いか少ないかわかんないんですけど、何があっても一日五枚というノルマを決めているんですよ。だからその、多分一日の枚数としては五枚って言うのは少ないと思うんですけれども、ただし、何があっても、葬式とかは別として、例えばこういう移動があったりとか、何かあったとしても、五枚書くまでは寝ないぞみたいにね(笑)。そういう縛りをすると一ヶ月百五十枚とかの計算になってくるんですけど、まぁ実際その通りにはなかなかいってはいきません(笑)。  その五枚っていうのがどのくらいの時間でかけるかっていうのは毎回ちょっと変わってくるので、時間はまちまちです。こないだは結局三時間かけて一文字もかけなかったりしたので、そういう時はやっぱり五時間とか六時間になっちゃいますし、十五分で終わるときもありますし、そんな感じなんですね。 Q. お話ありがとうございます。先ほど都筑道夫さんの落語のスト-リーをお話されてましたが、最近ですと田中啓文先生ですとか鮎川先生とかが落語のミステリーを書かれていますが、その中でオススメのとか、読んでいて面白かったなぁというのがあれば、なにか。 大倉:  鮎川さんのも、田中啓文さんのも、私大好きで全部読んでるんです。で、もうほんとに甲乙はつけがたいんですけど、やっぱりちょっと描いてる世界が違うので、全くおんなじ物じゃないですけど、どちらも……凝った事考えますよねぇ、あれ。私上方落語を聴いて育ってきたので、田中啓文さんのあのシリーズってのはやっぱり大好きです。  ミステリとしてもそうなんですけど、成長物語としても凄く良く出来ていますよね。新刊が出ると欠かさず読んでいます。 Q.今日はお話ありがとうございました。二見書房でのコロンボのノベライズがきっかけだと伺ったんですけど、二見書房で最後にコロンボが出てから五、六年ほど新刊が出ていません。  もし今後、なにかあるのであれば、新刑事コロンボではまだノベライズされていないのもあると思うんですけど、もしなにかそういうお話とかお聞きになられていたら……。 大倉: そうなんですよね。私もちょっと、その最後に一冊出して以来、双見さんとお仕事をしていないので、その編集の方ともちょっと疎遠にはなっているんです。  まず現実的にちょっと世代が変わってきて、昔程コロンボが売れなくなったっていうのがありまして。新刑事コロンボ自体も出来不出来が激しいので、これをノベライズするのは難しいんですよね。何年か前にもノベライズの企画自体はけっこう出ていてですね、それでやっぱり頓挫してしまったものがかなりあるらしいですね。で、最後に二冊ほどパスティーシュが出て、それっきりになってしまっているみたいなんですけど。  あまりそういう動きがあるっていうことは、悲しいかな私もあんまり聞いておりません。  出れば私も喜んで買いたいなと思ってるんですけど。 Q.「古畑任三郎」も好きだと伺ったんですけど、特に好きなエピソードとかありますか? 大倉:  ありがちなんですけど、将棋指し(『古畑任三郎』第一シーズン第五話「汚れた王将」)の話と、古道具屋(第二シーズン第二十話「動機の鑑定」)の話、他の方わかるかな? 「汚れた王将」は本当に良く出来てまして、あれはすごく好きです。あとなんだろう、松嶋奈々子(SP第四十二話「ラスト・ダンス」)の話とかね、好きは好きなんですけど、結局松嶋奈々子が好きなんじゃないかと(笑)。  そうですね、最近しばらくDVDも見ていないので急にあれなんですけど、パッと思い浮かぶのは将棋の話ですね。 Q.『ウルトラセブン』が好きなんですが、その中で特に好きな回とかあれば。 大倉:  「セブン」ですか、ウルトラマン好きなんですけど、「セブン」も十分好きなんですね。セブンで一番好きなねぇ、話も含めてと言うのであれば……「明日を探せ」(第二十三話)って、覚えていらっしゃいますか?  シリーズのものすごい中ほどにある、地味ーな話。  ガミラって怪獣が出てくる。占い師のおじいさんが出てきて、「秘密基地が爆破される」って予言するんです。最初誰もその占い師の話を信じないんですけど、隊長だけが信じて捜査していくと、とそれが現実になっちゃう。実はそのおじいさんは実際にエスパーなんですね。本当に侵略者の計画を全部見抜いちゃうから、侵略者から狙われているんですけど、誰も信じてくれない。  だから今日が駄目でも、明日を探そうって言う話で、ちょっとわかりにくいですけどそれが良いですね。  あと「北へ帰れ」(第二十四話)っていう北極の話もあります。  「明日を捜せ」と「北へ帰れ」っていう、その二つがものすごく好きで。すいませんこんな話で(笑)。  何かお好きなのあるんですか?(質問者に)  質問者:好きなのは、ガッツ星人の回ですね(三十九話・四〇話「セブン暗殺計画」)。 大倉:  ああ、あれは良いですね。食玩集めちゃいますね、あれね、十字架の食玩とかね(笑)ウルトラマンとかはご覧になっていないですか?(これも質問者に) 質問者:ウルトラマンのほうはあんまり観てないです……。 大倉:  ぜひ観てやってください。面白いですから絶対。   Q. 凄く個人的で、もしかしたらご存じないかもしれないんですけど。落語がお好きで、ドラマも結構見られているようなので、あまりミステリとはそこまで関係ないんですけど、ドラマの『タイガー&ドラゴン』はご覧になっていたでしょうか。 大倉:  あぁ、あれは見ていました。大好きでした。良くできていたと思います。 最初全然そういう方面では期待していなくて見てたんですけど、意外とかっちりしているんですよね。伏線とかねその辺が。 東京で今再放送やっているんですよ。それでこないだちょっと、偶然なんですけど、観直したんですけど。じゃあ、あのあたりのネタとかはもともとご存知だったんですか(質問者に) 質問者:いや、私はあれから落語を始めたので、それが初めてなんです。そのあともやっぱり田中先生のシリーズを読んだりして、面白いなぁと思って、『オチケン』も読んだんです。面白かったです。 大倉:  わぁ、ありがとうございます。 Q.先生のマニアックな話に、若干ついていけなかったのですが、面白かったです。……えっと、『オチケン』を書かれていて、幼い頃から落語が好きだったということですけど、大学に入ったときに落語研究会に入ろうかなという事は考えなかったんですか? 大倉:  もうまったく考えていなかったんですよね、人前で落語をやるとか実は考えた事もなかったです。というか、ほんとに大学生の時は考えてなかったですね、落研って言う選択肢は。  学習院ってわりと大きな、有名な落研があってですね。  もう亡くなられた柳家小さん師匠の家が近くだっていうことで、割りと大きな、有名な落研があったらしいんです。後で聞いたんですけどね。  自分でやろうとは、全然思った事がなくてですね、愛川晶(<神田紅梅亭寄席物帳>シリーズなどの落語ものを手がける推理作家)をさんとか本当にオチケンだったんですよね。それで結構詳しいんですけど。  私はなぜか、気がついたら山登りのクラブに入っていましたね(笑)。  質問者:どうして山登りのクラブに入ったんですか? 大倉:  これは、若干まじめな話になるんですけど、私の父親が結構山登り好きだったんですね。  もうちょっと私が大学生のときに他界してしまったんですけれども、高校三年の時にね、なんか知らないけど山登り連れて行ってくれたんですよ。  本当はあんまり行きたくなかったんですけど、(長野の)白馬の方とか連れてていってくれて。その時は何とも思わなかったんですけど、大学入ると、入学式とかの後に新入生歓迎で——今あるんですかね?——新入生の争奪戦があって、運動部とかが無理やり部室に連れて行って、入部を強要するということが、私の時代には平然と行われていたんですね。  で、私が入学式が終わってぼんやりしていると、いきなりね、少林寺拳法部に連れて行かれたんですよ(笑)。「いや少林寺拳法は簡単だから」とか「体力要らないから」とか言われたんですけど、どう考えても尋常じゃない、と思って逃げ出して、学食まで逃げたんですよ。  で、学食で、偶然山岳部の人が声をかけてきてくれて、それで部室に連れて行ってくれていろいろ説明をしてもらって、そのときにやっぱり前年にのぼった山のことがあったので、で、その説明を聞いて面白そうだなぁと思ったのが最初なんですね。それまではあんまり山とか登ってなかったんですけど。本当に偶然ですね。  少林寺拳法部の人がいなかったら、今頃人生が変わっていた可能性がありますね。 Q.落語シリーズの『やさしい死神』の解説にも言及があったと思うんですが、(主人公の)間宮緑さんの外見の描写の少なさって言うのは何かの意図があっての事なのでしょうか? 大倉:  ないです。すいません、こんな身も蓋もない答えで申し訳ないんですけど(笑)。  そもそもあれって、ほとんどはじめて書いた本格ミステリで、まぁ言ってしまえば明確にあの北村薫さんの(<円紫と私>シリーズ)が頭にあったんですね。あの「私」というのが明確に頭にあったというのは確かで、それで女性にしたんです。  やっぱりワトソン役って描写いるのかなぁって、最初の頃だったので思っていて、あんまり描写をしないまま、書いてしまってですね、一度担当の編集者の方にも指摘を受けたりしたんですけれども、結局「逆にそのほうが良いよね」みたいな話になって、そのままいっているようなところがあります。 Q.今日はありがとうございます。気に入っている山とかはあるんでしょうか? 大倉:  北アルプスが好きで、剣岳ってあるんですけど、自分が登ったときに印象的だったこともあって、すごく好きです。外観は穂高も良いですよね。でも穂高に上ったことがないんですよ。  で、来年ちょっと何とか登りたいなぁと思っているところではあります。そういう意味で、北アルプスの五岳連峰っていう、ちょっとまたマニアックな話であれなんですけど、そういう山脈があるんですけれど、その山域が全体的に大好きなんですね。 質問者:映画の『剣岳』とかは観たりとかは 大倉:  ああ、あれねぇ。結局、観られなかったんですよねぇ。見たかったんですけどねぇ。尋常じゃないですよね。あんなとこにいって撮影するなんて(笑)。  興味があって観に行きたかったんですけど、いけなかったんですよね。 Q.先ほどコロンボの作品でお好きな話について話していただいたんですけど、ミステリとしてよく出来ていると思う話はどれでしょう? 大倉:  ミステリとしてよく出来ているもの……そうですね、なんだろうな……正攻法でよく出来ているって言うことですよね……ミステリで……うーん、なんだかコロンボがミステリとしてよく出来てないような感じになっちゃいますけど(笑)。  「二枚のドガの絵」とかはなんか答えにしたくない気があって、なんだろうな。やっぱりでも「二枚のドガの絵」とか、どこに重きを置くかにもよるとおもうんですよね、最後のエンディングのアレでいくのか、その、全体的なトリックとか構成でいくのか。  ただあの、コロンボってレヴィソン&リンクが作っていますけど、レヴィソン&リンクが作ったコロンボ以外のものにミステリとして凄いものが結構多いですよね。「二枚のドガの絵」とか、初期の「溶ける糸」とかああいうのはやっぱりよくできているなぁ、と思いますね。トリックがどうのとか言うと、今のレベルで考えるとあんまりたいしたことないのかも知れないんですけど、作品全体としては良く練られてて、よく出来ているなと思いますね。 Q.ゴジラとか特撮とかの話しが良く出来ているんですけど、例えば戦隊シリーズとかはご覧になられるんでしょうか? 大倉: もちろん観ていますよ。 質問者:お好きなシリーズとかは? 大倉:  これも身も蓋もないんですけど、私、「ゴレンジャー」が大好きなんですよ、一番最初の。もちろんそれ以降も好きですし、いまの「シンケンジャー」も見ていますけど。「ゴレンジャー」はとにかく好きですね。  またマニアックな話しになっちゃうんですけど、真ん中辺に本当にギャグ路線に突っ走ったですね、ものすごい回が色々あったんです。「テレビ仮面」っていうのが出てくる回があってですね、テレビに変装して敵の秘密基地に潜り込むんですね。で、テレビから機関銃が出てきて全員射殺しちゃうってのがあるんですけど、それが意外に真剣に作ってあって、テレビが撃ったって誰も思わないアングルから撮ってるんですよ。誰が撃ったかわからないまま、基地の全員が射殺されているんですね。  それでゴレンジャーがいきりたって部屋に飛び込むと誰もいないんですよ。そうするとなんか「修理屋でーす」とかってテレビが運び出されていくわけですよね(笑)。そういうちょっと「人間椅子」っぽいのとかがありましたね。  全然余談なんですけど、そのテレビ仮面が最後にやられるときに、なんていうんですか、ゴレンジャーストームっていう爆弾みたいなのが、最後敵の一番の弱点になるものに変わるんですよね。そしたら大きな手に変わって、チャンネルをガチャガチャガチャってやられて、最後「終わり」ってでて、アーって爆発しちゃうんですよ(笑)。  口で言ってもあんまり伝わらない部分もあるんですけど、妙にそういうところとかがあって好きです。最初のゴレンジャーが一番で、そんで世代的に「チェンジマン」とかですね。要所要所でしめてくれるような作品が好きで毎回観ていましたね。  すいません、こんなシメで(笑)。 司会:  それでは、本日の講演会はこれにて終了とさせていただきます。  大倉先生、本日はお忙しい中誠にありがとうございました <二〇〇九年十一月十四日 -立命館大学衣笠キャンパス以学館四号教室にて> 講演を快く引き受けてくださった大倉先生、そしてご来場の皆様にこの場を借りて、厚く御礼を申し上げさせていただきます。 立命館大学ミステリ研究会一同
                      2009年大倉崇裕講演会記録 大倉:  どうも大倉崇裕と申します。今日はわざわざ来ていただきありがとうございます。  昨日京都に来まして、学園祭という事でざっと場内を見ていたんです。私も一応大学で学園祭というのがあることはあったんですけれども、山登りの部活に入っていたものですから学園祭っていうと授業もないので山に行ってしまうんですね。  それなんで結局、四年間一度も自分の大学の学園祭っていうのを見ることがなくて……よもやこういう形で体験する事になろうとは思っていなかったのですけれども。  高校まではずっと京都に住んでいまして、下鴨神社のすぐそばに十八年ほど住んでいたんですけども。このあいだガイドブックを見たら下鴨神社が世界遺産になっているということを知りまして、すごく驚いたんですね。犬の散歩道みたいなところだったんですけども、それが世界遺産になっているということで「どういう風に変わったのかなぁ」と、「京都全体がどういう風に変わっているのかなぁ」と、昨日今日と過ごしてきました。  私、そんなにミステリに詳しくないのでどんなことが答えられるかどうか、わからないんですけども何か質問とかありましたら、遠慮なく御訊きいただけければと思います。  今日はどうぞよろしくお願いします。 司会:  では大倉先生への質問に移らさせていただきたいと思います。  まず、一番目の質問です。  先生の読書遍歴について教えてください。 大倉:  これ聞かれると結構難しいんですけど、私あんまり本を読まなかったんですね、昔。高校ぐらいまでは、ほとんど本を読まなくて、漫画すら読まなくて、で大学に入ってから、ぼちぼち読みはじめたって感じなんです。  大学時代お金が無くてですね。こんなこと言っていいのかわからないんですけど、本を読もうと思っても新刊が買えなくて、古本屋で買ってたんですね。まぁ、要するに古本屋にならんでる本しか買えないわけです。そうすると必然的に買える本も限られてきて、そこでたまたまあったのがアガサクリスティーだったんです。で、『ナイルに死す』と『五匹の仔豚』と、あと何かだったと思うんですけど、それが面白いかどうかわからないままに買うしかなかったんですね。それで三冊買って、読んで、すごく面白かったっていうのが始まりなんですね。  その後、春陽堂っていうところから「江戸川乱歩文庫」っていうのが出まして。毎月二冊ずつ、ものすごくおどろおどろしい表紙で、それを毎月買うようになったっていうのが、国内ミステリの方の出会いでした。  で、両方面白かったので、クイーンであるとか、ヴァン・ダインであるとかっていう所謂古典を読み始めて、横溝正史も読み始めて、その後、新本格というものにいったという形です。  なので、私「新本格」がちょうどストライクの年代なんですけど、原体験はしてないんですね。かなりたってから、新本格があるっていうのに気がついて、島田荘司さんので始めて、ちゃんとリアルタイムで読んだのは『アトポス』なんですね。『御手洗潔のダンス』とかは文庫で買って読んだと思うんですけど、それぐらいミステリとの出会いが遅くて、なので他の作家のかたがたとはちょっと視点がずれているようなところがいまだにあります。——というような感じです。ざっとなんですけど。 司会:  ありがとうございます。  では二番目の質問です。  先生のお好きなミステリーを教えてください。 大倉:  まず一番好きなものを一冊挙げると、やはり『獄門島』なんですけど、どこが、どう良いのかを話し出すと、時間がすごくなって(笑)。  映画のほうとかも語りだすとどうしようもないので(笑)、ある程度割愛しますけれど、やっぱり、色々なネタ、伏線と言うのが、ものすごく短く、割とコンパクトな中にぴたりと収まっていて、すごく余韻もある終わり方で。これはやっぱり日本でしか書けないミステリでもありますし、そういうところを総合的に見てやっぱり一番良くできているミステリで、こういうものが書ければ良いなといつも思いながら何度も再読をしているような感じなのですが……まあ、なかなかかけないとは思いますけども。(笑) 司会:  ありがとうございます。三番の質問に移らさせていただきます。   先生は京都出身だと聞きましたが、京都の良いところや、オススメのスポットがあれば教えてください。  またこれから先、京都を舞台にしたミステリを書く事があるのでしょうか。 大倉:  これは皆さん(立ミスの会員)とこっちへ来るまでに話して笑っていた事なんですけども。私、さっきまで言ったように、高校まで京都に住んでいたんですが、大学で東京へ行ってしまって、それ以降というのは法事くらいにしか帰ってきたことがないんですね。  で、東京にもう二十何年いて、東京の方が長くなってしまいまして、実は京都よくわからないんです。  で、私がいた頃って地下鉄が京都駅から北大路までしか通ってない時代で、御池の横に通っている線が無かったので、わたし未だに乗ったことがないんですね。京阪電車が地下に入ったとかそのくらいは知っているんですけど。ちょっとオススメスポットは逆に教えてもらいたいくらいです(笑)。  これは余談なんですけど、東京の人は皆京都が好きで、紅葉を見に行くって言うんですね。ガイドブックとかにも、紅葉とかについて載っているんですけど、私十八年間住んでいて紅葉ってほとんど見たことが無かったんですよ。あっても、気がつかなかったんですね。  で、京都に紅葉なんてどこにあるんだとずっと思っていて、去年かおととし、知り合いと初めて京都観光というのに来て、綺麗な紅葉を見たんです。そんな感じなので、スポットというのはよくわからないです(笑)。すいません、これはなんともお答えのしようが無いですね。ということで、ご了承いただきたいんですけれども。   京都を舞台にしたミステリーっていうのは、書いてみたいとは思うんですけども、やっぱり多くの方がもう書かれてまして。かなり裏の裏までやりつくされている部分があるんですよ。西村京太郎さんの動物園の裏の疎水に死体が浮かんでいると言うような話を読んだことがありまして、ここまでやりつくされているのであれば、なかなかやれないなぁと思うんですけども。  ただ、なんていうんですか世界観とかキャラクターとかトリックとかというものを考え合わせたときに、これはやっぱり京都が一番ぴったりくるんじゃないか、というように思い当たるときがあれば、それはもちろん京都を舞台にしてやってみたいなぁ、とはいつも思ってはいるんです。なかなかまだそういうものが思いつかないので、もしやるとしても先になるのかなぁという感じです。 司会:  ありがとうございます。では四番目の質問です。先生が小説を書こうと思ったきっかけは何でしょうか、またその時何故ミステリというジャンルを選んだのでしょうか。 大倉:  これはさっきも言いましたように、もともと読みはじめがミステリで、ミステリを面白いと思って本をたくさん読むようになったもんですから。で、私凝り性なので、ご存知かも知れませんが、やり始めると結構とことんまでやらないと気がすまない性質なんです。  ミステリって読みはじめると、年二百冊三百冊と読んじゃうんですね。でやっぱり五百冊とかそのぐらい読んでくると、ちょっとこう自分でも書きたくなる。皆さんも経験があるかもわからないですけども、なんとなくこう自分でもやってみたくなる、っていうのが本当の最初のきっかけで。  次は、内田康夫さんという方がいらっしゃって、その方がよくエッセイをお書きになっていまして、文庫本の後ろのあとがきなど自分でお書きになっていて、浅見光彦シリーズは結構好きで結構呼んだんですけども。「私はプロットを立てずに小説を書く」とおっしゃっていたんですね。何にも無い、真っ白のまま書き始めると、中のキャラクターが勝手に動いてですね、事件を起こして、意外な犯人まで勝手に見つけてくれるみたいなことをエッセイで書かれておりまして。で、それだったら俺にもできるんじゃないのかなぁと。という風に、あんまりこまめにプロットを立てたり細かい作業は苦手なものですから、だったら俺にもできるんじゃないかなぁ、と。ノートかなんかに、大学の頃だと思うんですけど、ザーッと書いて。内田康夫さんは天才肌だから出来たのであって、私にはぜんぜん出来なくて、結局全部頓挫したんですけど。ただその過程でわりとものを書いて構築していく面白さみたいなものは自分なりに理解できて、じゃもう今度はちゃんと書いてみようかなぁと。段階を追って進んでいったという感じです。ただ、ちゃんとしたものが出来るのにはその後三、四年かかってしまいましけれども。そのような感じです 司会: ありがとうございます。続きまして、五番目の質問です、先生は落語ミステリ(〇一年刊『三人目の幽霊』)でデビューされましたが、題材として落語を扱った理由を教えてください。また先生ご自身がお好きな落語は何ですか、教えてください。 大倉: 落語自体は、わりと好きですね、子供の頃からカセットとかレコードを聴いていたんですね。で、こう寝るときに落語のカセットをかけて、聴きながら寝る、っていうめちゃくちゃな小学生だったんですね。何度も何度聞いているので、だんだん覚えてきちゃう。そういう風にして落語っていうものを好きになりまして。  質問は前後するんですけど、一番好きな噺って言うのは言ってしまえば、『七度狐』が好きだったんですね。上方の桂米朝師匠とか枝雀師匠の『七度狐』っていうのをカセットテープで何度も何度も聴いて。たぶん何度もいろいろ聴いているうちに、落語っていうのはやっぱり起承転結がすごく明快であるということと、これ今更言うまでも無いですけど最後のオチがあって、ストーリーを良く考えていくと、変なところで伏線が張ってあったりですね、すごい構造がミステリに似ているんですね。で、その後、大人になってミステリを読みはじめて、特に本格ミステリと言うのに出会ったときにすごく構造が似ているな、と。いつかそういうのをですね、うまく似ている部分を融合できたら、落語ミステリと言うものができるんじゃないのかなぁと、そういうふうに思ってました。  都筑道夫さんの<砂絵>シリーズに落語を題材にしたものを集めた短編集があってですね、それはまぁ貶しているとかそういうのではなく、落語のストーリーをそのままミステリにしている。たとえば後日談と言う形をとって見たりとか、あるいは落語そのままの再現であったりとかする。  それを読むと、つまりそのまま再現できると言う事は、落語自体はそのままミステリになっているということなので、それを読んだときに考えとしては間違っていないのかな、という流れになりましてですね。それで一回やってやろうとずっと思っていて、で、『三人目の幽霊』と言うのはそれからだいぶ立つまで思いつかなかったんですけども。まぁそういうような形で、『三人目の幽霊』とか『七度狐』みたいなものに落ち着いていったという感じです。 司会:  ありがとうございます。続きまして、六番の質問です。  先生の作品を読むと入念な下調べと、綿密なプロット、手間暇かけて作っているように感じられます。どの程度の時間をかけて作っているのでしょうか。またミステリのトリックなどのアイディアは、どんなとき思いつくのでしょうか。 大倉: 入念な下調べとか、綿密なプロットとか、本当はあんまりしていないんですけど、やっぱりある程度は半分思いつきみたいなところがあって、実はそれを言われるとどうしたものかなぁと思ってしまうんですけど。どんなときに思いつくかって言うのも、いろんな人が風呂だとか、寝る前だとか、色々おっしゃるんですけど、(自分には)あんまりそういうのもなくて。なんかの瞬間にフッ、と思いつくんですね。それがいつかというのは良くわからなくて、歩いてるときとか、プラモデルを作っている時とかいろいろするので何とも言えないんだけれども、ただ、それは要するに、思いつくまで待っているんですね。枠を作って一生懸命、机に向かって考えても、絶対プロットとかトリックとか出てくるものではないと思っているので、なんとなくぼんやりしたイメージみたいなものを持ちながら暮らしているとある瞬間にパッと思いついたりする。  (小説推理新人賞を受賞した)『ツール&ストール』っていうのは、なんとなく八割くらいは出来ていたんですけど、最後の部分って言うのがぜんぜん思いつかなくて。三年くらいそのままぼんやりあれこれ考えていました。会社から帰ってくるときに、家の前にある小学校のグラウンドを通ったときに思いついたんですね。「これアイツ犯人にしたら皆びっくりして、上手く落ち着くなぁ」というのを思いついて、で、最後までかけたと言うのがあるんです。  まあそういう風に、あんまりプロットはそんな綿密に立てないんですね。  で、下調べって言うのは、今はインターネットがあるので一概に言えないんですけど、どなたでもやられている程度しかしてないと思います。実はあんまり手間暇をかけていないというのが真実なものですから、すいません答えになっているような、なっていないような感じなんですけど……そんな感じです。 司会:  ありがとうございます。続きまして七番の質問です。先生の作品には、学習院大学をモデルにしたと思われる学同院大学が登場しますが、大学生時代の経験が作品に影響を与えているというのはあるのでしょうか。 大倉:  やっぱり皆、学同院が学習院だって言うのはわかるんですね(笑)。割と編集の方に学習院の方が結構いらっしゃってですね、時々会うと「学習院にどんな恨みがあるんですか」ってよく言われてですね――『オチケン』という作品に学同院という大学が出てきまして、その、学同院の中でおきているいろんなエピソードっていうのは、大半が皆さんフィクションだと思われているようなんですが、半文くらいは本当にあった事なんですね。  それこそ学園祭で裸で踊って退学になった奴とか、ライブで校舎からぶら下がってやっぱり退学になった奴とか、そういうエピソードは本当にありまして、始末書三枚で退学と言うのも本当でして、実はこの会場の中にも学習院を出た方がいらっしゃるんですよね、どなたかとは言いませんけど(*ミステリ評論家の佳多山大地氏のこと)。  で、私、二枚まで(始末書を)書きましてですね。ガラスを割ったのと、正門を乗り越えたのとが見つかったということで。始末書二枚書いて、後一枚で退学というとこまでいったんですけど、まぁギリギリで大丈夫だったんです。  全然関係ないんですけども、ま、大学って私は割と楽しくてですね、すごく自分の中では充実した――留年したので五年行ったんですけど――充実した五年間だったんです。ですので、良い事も悪い事も含めて、かなり色々な体験が下敷きだったので、やっぱり性格形成とかそういう部分にはすごく影響を与えていると思います。  今まで書いてきたものっていうのは、かなり大学時代の影響が色濃く出ているということはたしかです。ただ、そろそろネタを使い果たしてきたので、今後書くものはまたちょっと違った人生経験とかですね、そういったものを勉強してやらないといけないのかなぁと。今、ちょうど四十一になったんですけど、そう思っているようなところです。 司会:  ありがとうございます。続きまして八番の質問です。作家になれて良かったことを教えてください。 大倉:  良かった事は、とりあえず、通勤をしなくても良くなったということですね(笑)。で、誰も信じてくれないですけど、私ちゃんと七年間、会社員やってたんですね。普段の生活を見ている人は、皆大学を卒業してすぐに、こういう生活に入ったと思われているみたいなんですけど、一応ちゃんと会社員やったんです。通勤もラッシュにもまれながらやったので、会社員の方の苦しみと言うのは良くわかっているつもりなんです。そういう枠とかから開放される、私はそれが一番うれしくてですね。あとは会いたかった人に会える、ってとこですね。もともとミステリが好きで、ミステリを書き始めたので、やっぱりミステリー作家の方々には会いたかったんですね、いろんな方に。  で、ミステリ作家になったんで東野圭吾さんにも会えましたし、北村薫さんにも会えましたし、有栖川有栖さんにも会えましたし、そういう部分でかなり良いことはいっぱいありました。  あと好きなものがいっぱいもらえるんですね、アピールすると(笑)。私ドラえもんが好きだって言ったら、色々グッズをですね小学館の人が持ってきてくれたりして、好きでも小さい話で申し訳ないんですけど、そういうような余力みたいなものがあって、毎日楽しいので、私自身は作家になってよかったかなと、今の時点では思っています。 司会: ありがとうございます。続きまして九番の質問です。仲の良い作家はいらっしゃいますか。 大倉: パッと思い浮かぶのは、蘇部健一さん、って皆さんご存知でしょうか。『六枚のとんかつ』(*蘇部氏のデビュー作で、屈指の「バカミス」として名高い)の方ですけど、私あの方と、お互いが物書きになる前からの知り合いでですね。未だに一緒に秋葉原行ったりするくらい仲が良いです。  私は『六枚のとんかつ』が大好きで、実はワープロ打ちの状態から『六枚のとんかつ』読んでいたんです、読んでくださいって言われて。で、おもしろいなぁと思ってねぇ。(短編の)三篇ぐらいだったんですけど、面白いなぁと思って。そしたらいつの間にか本になっていてびっくりしたんですけれども(笑)。  まぁそんなんで解説を書いたりですね、本業を離れた部分でもそうなんですけど、非常に親しくさせていただいています。  時々、ネタ交換とかやっているんです、実は。私がある作品に蘇部さんのネタを使って、でも私が提供したネタは蘇部さん使ってくれなかったんですけど(笑)。  一つ、短編の中に蘇部健一の考えたトリックってのが実は入っているんです。まぁそういうようなお付き合いをさしていただいてます。 司会:  ありがとうございます。続きまして十番の質問です。特撮やドラマがお好きとうかがいました。今の大学生にオススメの作品がありましたら、その魅力と共にじっくりと紹介してください。 大倉: ええと(笑)、「魅力と共に」ってのはなかなか難しいですね、話が脱線すると怪獣研究会のようになってしまうので、難しいんですけど……。  「特撮」と言っても、ねぇ、私が固有名詞を並べても、皆さんわからないものが結構多いと思うので、どうしたものかと思うんですけど。ま、特撮はおいといて、ミステリーで言うんだったら『特捜最前線』(*一九七七年から一九八七年にかけてテレビ朝日系列で放映された刑事ドラマ)っていうのが私すごい好きでしたね。ご存じない方がほとんどかもしれないんですけど、五百話くらいある長寿番組で、乱歩賞もとられた長坂さん(*長坂秀佳。脚本代表作に『帰ってきたウルトラマン』やゲーム「弟切草」など。麻耶雄嵩や霧舎巧もリスペクトしてたりする)という方、あの人はメインライターで脚本を書かれていて、ものすごいんですよ。爆弾魔が出てきたり、誘拐犯が出てきたり、ものすごいトリックが仕掛けられていたり。高校の頃にその再放送の虜になりまして、三時から四時まで『特捜最前線』の再放送、で四時から五時まで『必殺仕事人』の再放送だったんですね。で、それを見たさに中学から飛んで帰って、三時十五分くらいに帰るので、冒頭の部分は見られないんですけど。そんな感じで、毎日「特捜」をみて過ごしていた時期があるんです。で、今にして思えばミステリの原初体験ってそこだったんじゃないかなと思うんですね。ずっと本を読んでこなかった人間だったので『特捜最前線』を見ていた時は気が付かなかったんですけど、今にして振り返ってみると、今出てるDVDや再放送を見てみると、やっぱりミステリの面白みって言うのは『特捜最前線』から教わって、だから大学に入ってパッ、とミステリを読んだときにうまく深みにはまれたのかなぁ、という具合には思っております。  最後に非常にオタクな話しになるので固有名詞だけ並べておきますけど、特撮ドラマでしたら『大鉄人17(ワンセブン)』」(一九七七年・TBS系・石ノ森章太郎原作)っていうのがありましてですね。それの最初の十三話目くらいまでが傑作なのでぜひ、機会があればご覧になることをオススメします。あまりにも視聴率が悪くて十四話から路線変更になってしまって、ぜんぜん違う番組のようになってしまうのですが、それまでの話がすごく面白い。ミステリとは全然関係ないです。ミステリ的な仕掛けもありません。単純に面白いのでそれだけ、ご紹介をさせていただきます。 司会:  ありがとうございます。続きまして十一番の質問です。『刑事コロンボ』シリーズで一番好きな作品は何ですか。 大倉:  ベストで言うと、これも説明を加えないと何で、って言われるんですけど、「仮面の男」って言うのが私大好きなんですね。かなりコアな方でないと「仮面の男」でピンと来る方はいらっしゃらないと思うんですけど、「別れのワイン」とか所謂メジャーな「二枚のドガの絵」とかそういうものよりは「仮面の男」って言うのが大好きで、あんまり実はよく出来た話ではないんですね。  二重スパイがCIAの工作員を殺すっていう話で、コロンボの捜査対象がスパイなのでCIAから圧力がかかって「それでどうするの?」みたいな部分もあるんですけど、犯人役をやっているパトリック・マクゴーハンという方が監督も勤めていまして、確信犯的にものすごく変な演出をしているんですね。必要ないのに遊園地に行ってホットドッグを食べてみたりだとか、そういう独特の間の演出があって、話そのものはあまりよく出来ているわけではないんですけど、それがとにかく大好きです。いつもベストワンにはそれを挙げています。  ベスト・ツー、次に来るのは「殺しの序曲」です。これもわりとマイナーな話なので、ご存じない方も多いかもしれない。これはコロンボが最後に初めて自分語りをするんですね、犯人相手に。自分が何で刑事になって、どういう気持ちで捜査に当たって、自分は昔出来が悪かったけれども、軍隊とか行くと自分より頭の良い奴がいっぱいいると、そんな人間と競っていくのは生半可な事じゃないことを実感して、だけどもう少し注意深く物事を見て、本を読んで勉強すれば、モノになるんじゃないかって、でなりましたよ、って言うんですよね。それが、ものすごくかっこいいんですよ。  これは架空の物語の台詞なんですけれども、私自身、それを高校の頃にテレビで聞いて、かっこいいなぁと感じると同時に、やっぱり真理をついているかなぁとも思いましたね。あの注意深く物事を見てね、じっくり勉強するって言うのは実生活でも必要なことなのかなぁと柄にもなくまじめに考えてですね――まぁ実践できているかどうかわからないんですけど――そういう教訓めいたものをコロンボから学んだっていう意味で、非常に好きな、思い入れのある作品です。ですので、その二作ですね。今はレンタルビデオでいくらでも借りて見ることが出来るようなので、もし機会があったら是非見ていただきたいなぁと思います。 司会:  ありがとうございます。では十二番の質問です。コロンボの大ファンの大倉先生から見て、「新刑事コロンボ」としてコロンボが復活してよかったと思いましたか。それとも、旧シリーズ四十五話で終わっておくべきだった、とお考えですか。 大倉:  実はこの質問は公開掲示板で一度見せてもらっていて、すごい質問がくるなぁと思っていたんですけれども。  まぁブログにも書いたりしたんですけど、これちゃんと答えようとすると二時間ぐらいかかると思うので、かなり難しい質問なんですけど、結論だけ言っちゃうと「別に作っても良かった」と私は思っているんです。で、出来は全体的に良くないのは間違いなくて、あえて見る必要はない(笑)、と言わざるえないくらいなんですけれども。  ただ曲者なのは、十本に一本ぐらい傑作が入っているんですね。ハズレ九本見てやめようかと思った頃に、傑作が来るという、いやらしい構成になっていまして。  ですので、選択して見ればよいかなぁと思うんですけど。  「新刑事コロンボ」ってのはちょっと不幸だなぁっては作られた年代、時代っていうのが、こうアメリカのテレビの中でも若干過渡期にあるようなところがあって。もうちょっと前であれば思い切った感じで作れたと思うんです。で、もうちょっと後だとそれこそ「ER」だとかそういうものがでてきて、グッとドラマのレベルが上がる時期に入ってくるので、全く別ものの素晴らしいコロンボが見られたかもなぁとも思うんですけど、ちょうどその真ん中に入ってしまったので七十年代の時代性と、八十年代、九十年代の時代性がこう、ごちゃ混ぜになってしまって、あまりストレートな作品って言うのが出来なかった感じがして、その辺がちょっと不幸だなぁと。   あと日本でいうなら小池朝雄(俳優・声優)さんが亡くなっていたというのが私には一番大きくてですね、吹き替えの声がですね、別に石田太郎さんが悪いと言ってるんじゃないんですが、やっぱり小池さんのイメージがすごく強かったので、ちょっとノれなかったという部分はあります。  ただまぁやっぱり、コロンボはコロンボのパターンがあるんですね。一言で倒叙といっても、コロンボの倒叙っていう様式美みたいなものがあると思うので、そういう意味でどんな駄作だろうとも、いつまででも作り続けて欲しいなぁと思うんですが……(コロンボ役をつとめる)ピーター・フォークがどうにもならない状態のようなのでもう新作はちょっと難しいらしいです。  けど、またなにか形を変えてこういったコロンボみたいなものが受け継がれていくといいなぁと今も願っています。 司会:  ありがとうございます。続きまして十三番の質問です。先生は刑事コロンボのノベライズもされているそうですが、自分の作品を書くのと違って何か変わったことはありますか。 大倉:  あれ本には“翻訳”と出ていますけど、なんだか向こうの都合でそう書かれていますが、単純に言ってしまえばノベライズです。私ぜんぜん英語わかりませんので、日本語の脚本とかビデオを元におこしたっていうものなのです。時々、誤解をされてですね、大変な目に会うのであえて言っておきますけれども(笑)。  で、コロンボのノベライズって言うのは、実質的に私がまだ本を出していない、創元推理短編賞を頂いた直後に(出版社に)持ち込んだんですよね。コロンボのパスティーシュを、ある人との合作でね。   私は、ぜんぜんしり込みをしていたんですけど、その人が非常に行動派の方でですね。二見書房に電話をして、コロンボの担当者を電話口に呼びつけてですね、こういうものを書いたんだけど見ろと。  そしたら「見る」っていうんですよね。で、持ってこいって言うんで、そこで初めて、その担当の方とお会いして、で、パスティーシュはまぁ論外だったんですけど……意外に話しがはずんでですね。で、さっき言ったように私が「殺しの序曲」が大好きだとお話して、当時『殺しの序曲』だけノベライズは旧シリーズで出てなかったので(『愛情の計算』もノベライズされていない)、じゃあ丁度いいってことで、話が進みまして、だったらやってみないか、ということでやったんです。  で、その方はやっぱり優秀な、二十何年間も一人でコロンボをやってられる方なんですけども、その方がおっしゃるにはコロンボのノベライズにも約束事がある、と。  そのいくつかを教えていただいて、それでやったんですけど。まだ当時駆け出しだったので、ものすごくいっぱい(校正の)赤が入ってくるんですよね。原稿に、ここは切れとかなんとか、もうものすごい量が入ってきて。当時は僕、殺してやろうかと思ったんですけど、今にして思うとやっぱり文章というもののみがき方みたいな物はその方に教わったという部分があります。当時はまだ私の担当の編集の方なんて誰もいないときでしたので、今にして思うとすごく勉強になったんぁと思います。  あとはその人に教わったコロンボの、書く時の約束事ですね。  一つ言えば、コロンボの心理描写を絶対するなって言うんですね。「コロンボが何を思っているか」って言うのは絶対に読者に言ってはいけない。犯人側、あるいは第三者の視点で書きなさいと。「コロンボは思った」とか書いちゃいけないんですね。コロンボが何を考えているのかわからないんです。犯人からも第三者からも仲間内からも、何を考えているのかわからない。だから「ウチのかみさんが……」って言ってますけど、ほんとにかみさんがいるかどうかは実はわからない。何人も、何人も、親戚が出てきますけど、どこまでが本当かわからない。そこがコロンボの魅力でもあるっていうのはすごく言われまして。最終的にその時の経験が福家(「福家警部補」シリーズ。コロンボと同じく犯人が判明した状態で話が進む倒叙法式をとっている)を書くきっかけというか、思いつきに後々結びついていくという形で。ですから、まぁコロンボのノベライズにかかわることが出来たって言うのは非常に光栄な事ですし、物書きとしても駆け出しの頃に色々面倒を見てくれたと言う事で、その編集者の方にはいまだに感謝しています。 司会:  ありがとうございます。続きまして十四番の質問です。  先生はネット上の日記の中で、たびたび平成ライダーについて言及なさっていますが、大倉先生の一番好きなライダーはなんですか? 平成、昭和別々に答えていただくとありがたいです。 大倉: これはこういう場で答えて良い質問なのかわかりませんけど、えーと、平成ライダーについてそんなに書いたかなぁ(笑)?  まぁ、ぼろくそ書いたことはあるかもしれないですね。  昭和のライダーですと、わかるんですかねこの人話してて、聴いていらっしゃる方は……(質問者より手が挙がる)。  旧2号とかってわかりますか?  えーと「仮面ライダー」(一九七一‐七三年・毎日放送系)には新2号と旧2号があるんですけども。昭和のライダーでいうと仮面ライダー2号。藤岡弘、さんがやられていたのが旧1号っていうもので。あんまり説明すると大変な事になるので簡単にしますけど(笑)。  仮面ライダーは全九十八話あるんですけど、十四話から五十一話くらいまでに出てきた、仮面ライダー2号——線が一本だけ入ったライダーがすごく好きで、出てくる怪人も好きでですね、よく模型を作ったりしています。  で、平成はやっぱりまぁ、「仮面ライダークウガ」(二〇〇〇年)ということになるのかなぁと思うんです。やっぱりクウガはすごく、刑事物としてよく出来てるんですね。今「相棒」ってドラマがすごくヒットしていますけど、ちょっとそれに通じるような、仮面ライダーって名前は借りているんですけど、警察物として、すごく構成が良く出来ていてしっかりしていて、そういう観点からもすごく好きです。そういう意味で今やっている「仮面ライダーW」(二〇〇九‐)っていうのも、あれは探偵物なんですけど、すごく良く出来てますね。  しばらく日曜に早起きしてみることはなかったんですけど、最近は欠かさず観るようにしています。 司会:  ありがとうございます。続きまして十五番の質問です。  ウルトラマンシリーズで好きな話、好きなウルトラマンは何でしょうか。 大倉:  こういうの続きますね(笑)。  ウルトラマンでどれが一番好きかというとやっぱ、最初の「ウルトラマン」が好きなんですね。「ウルトラセブン」が好きって方が多いと思うんですけど、私は最初のウルトラマンがすごく好きで、ものすごいファンタジックなんですよね、ジュブナイルと言うかなんというか、すごくロマンチックで美しい感じがしましてですね。とてもバラエティ豊かなんですね、怪獣が出てきてウルトラマンが倒すと言うパターンの中に、あるときは宇宙怪獣であったり、あるときは宇宙人であったり、あるときは植物の怪獣であったり、昆虫であったり、というかたちで手を変え品を変えやっている。  で、そういうものがすごく好きなもので、だからミステリでいうところの連作短編みたいなものが好きなんですね、一つの様式の中で、色々なバリエーションを試してみるっていうことに、こう、すごく魅力を感じるものですから、その辺はもしかしたら最初のウルトラマンの影響があるのかなぁ、と思います。  で、好きな話って言うといっぱいありすぎて困るんですけども、強いて言うなら、最初の「ウルトラマン」に「悪魔は再び」っていうエピソードがありまして。古代人が怪獣を液体に変えて地中に埋めて、それを掘り出して間違えて開けちゃってものすごく強い怪獣が二匹出てきちゃう、単純に言うとそういう話なんですけれども。なんて言うんですかね、口では上手くいえないんですけど、すごく魅力があって、ロマンのある話なんですよね。古代本の解読とかっていうサスペンスもあって、最後にはやっぱり怪獣も出てきて、ウルトラマンも出てきてっていう様式がちゃんと守られているんですけれども、そういう部分でその話がすごく好きで、それ以外にも話は尽きないんですけど、やっていると日が暮れてしまうので、とりあえず今回はこのぐらいでやめておこうかと思います。 司会:  ありがとうございます。続きまして十六番の質問です。  好きな怪獣・怪人は何でしょうか。 大倉: こういう話を続けていて良いと言うならいつまででもやりますけどね(笑)、皆さん帰っちゃうかもしれないので……。  好きな怪獣は、私「ゴジラ」が好きなんです。  ゴジラが作品ごとに顔が違うって言うくらいはご存知なんでしょうか? まぁ知らない方がいらっしゃったら「そうなんだな」と思っていただくしかないんですけど、ゴジラ映画の三作目、「キングコング対ゴジラ」っていう、1962年かな。私が生まれる前の作品なんですけれども、そのキングコング対ゴジラに出てきたゴジラって言うのが私は大好きで、年がら年中私はその、「キングコング対ゴジラ」を略して「キンゴジ」って言うんですけどもね、「キンゴジ」がすごい好きで、その模型ばっかり作っているんです。  (↑参考画像: 「キンゴジ」)  だからやっぱり一番好きなのはそれで、ちょっといま、別の小説の取材を兼ねて怪獣の気ぐるみを作っている方とか、そういう方にお会いして話を聞いたりすると、やっぱり「キンゴジ」は素晴らしくて、今と違って技術——ウレタンとかですね——が確立されてない時期の話なので、試行錯誤で作ってたと。  すごい職人の方が試行錯誤して作っていて、中にスポンジとか、いろいろ詰めてたりですね、だからあの顔っていうのは偶然出来たらしいんですよね。  だからゴジラの顔がみんな違う、っていうのはそのせいもあって水を吸ったりするとすぐ顔が変わったりとかですね、そういう面白い話を、まぁミステリとは全然関係ないんですけども、お聞きして、そのあたりが魅力的でですね、とにかく好きです。  「キンゴジ」って検索するとバーッと画像が出てくると思うんですけど、ちょっと愛嬌があって好きですね。  怪人はちょっとですね、とっさには出てこないんですけど、仮面ライダーとか、ああいう怪人っていうのは、どちらかと言うとやっぱりヒーローの方に肩入れしてしまうので、自分にとって影が薄いんです。  やっぱりさっき言ったように、仮面ライダー2号の時のサボテンブロン(サボテンの怪人)とかですね、その辺が出てくるとこがすごく好きで、家にフィギュアがいっぱいあるんですけど、だいぶ話しが濃くなってきているのでこの辺でちょっとやめておきます。 司会:  ありがとうございます。続きまして十七番の質問です。  日本版刑事コロンボとして「古畑任三郎」シリーズがありますが、  そちらについてはどうおもわれますか。 大倉:  「古畑任三郎」もやっぱり私大好きなんですね。 で、これは実際良く出来ていると思います。「古畑任三郎どう思います?」は、よく聞かれる質問です。  一つ一つあげつらっていくと、良いのもあれば、悪いのもあるっていう風になるのは、それはもうしかたがないことなんです。  で、やっぱりすごいなと思ったのが、主人公に田村正和を起用したってところなんです。『刑事コロンボ』でいうなら、ピーター・フォークですね。それこそノベライズに「ぼさぼさの頭をした背の低い醜男が」って書いてあるんですけど、ピーター・フォークって決して醜男じゃないんですよ、むしろハンサム。  画面の中のあのコロンボのメイクをしたピーター・フォークも、実はよく見たらすごくかっこいいんですね。間違ったコロンボ像にありがちなのは、本当に醜男を当ててくるんですね。本当に背が低くて、わりとこう、醜男を、髪をくしゃくしゃ、不精な感じにして、「コロンボですよ」って当ててくるんですけど、実はそれは勘違いしてる。   ピーター・フォークってすごくハンサムな人なので、良い男にわざとああいう格好をさせて、あと演技ですよね、フォークの演技で、あのコロンボは出来上がっている。  で、「古畑任三郎」を作っていた方は、たぶんその辺をわかっていたんでしょう。だから、一般的な俳優ではなくてあえて田村正和を——あんまり汚い格好はさせませんでしたけれども——を選んだってっていうところで、すごく良くわかっているんだなぁと、感心しました。  ですので、シリーズは終わったと言われていますけど、もし復活すれば、性懲りもなくずっと見るでしょう。というか、本当に復活して欲しいなぁと思う次第です。 司会:  ありがとうございます。続きまして十八番の質問です。  大倉先生は怪獣はもちろんですが、海外のミステリードラマについても造詣が深くていらっしゃいます。「刑事コロンボ」は別格として、いまお気に入りの海外ミステリードラマは何ですか。 大倉:  「怪獣はもちろん」っていうのがちょっとひっかかりますが(笑)。  まぁ本当のことなので仕方がないです(笑)。  海外ドラマは確かによく見ているんですけれど、そうですね、どれもすごくレベルが高いので、なかなかこれって言えません。  強いていうなら『CSI』ですか。今スピンオフを繰り返して三本、『CSI』っていうラスベガスを舞台にしたものと『CSI マイアミ』っていうのと、あと『CSI ニューヨーク』ってのがあるんですが、これはドラマとしてすごく良く出来ている。  全部あわせると四百本くらいになると思うんですけど、毎回フーダニットなんですよ、「誰が犯人か」って言う。  それを毎週毎週やってるものすごさ、っていうのもあるんですけど、とくに歌野晶午さんと話しをしていて、特に「CSI ニューヨーク」が素晴らしいと、完全に本格だといって熱弁を振るっておられましてですね。それは私も全く同意です。  三作それぞれカラーが違うので、一概には言えないんですけど、特に『CSI ニューヨーク』、都会を舞台にしているという部分で平気で密室とかですね、不可解な状況での死体とかってのがいっぱい出てきて、わりとそれが論理的なんですね。  で、歌野さんがすごく気に入ったっておっしゃったのは、これは例えっていうかネタばらしになるんですけど……。  宝石強盗に入って、銃も撃ってないのに、ショーウインドウのガラスが全部割れるという事件があって、最初それは音波を使っていっせいに割ったという事になるんです。それを取っ掛かりとして強盗が入ってきたとき犬が吼えたってなるんですね。  で、その音波って言うのは犬にしか聞こえなかったっていうようなノリで、端的に言うとそういう風に伏線と手がかりと論理の部分っていうものがすごくよくできているんですね。  歌野さんが(私もそうですけど)すごく本格のマインドを感じるということで、今日は『CSI ニューヨーク』をお勧めしたい。  あと『名探偵モンク』。これはNHKの衛星とかでやっていたのでご存知の方は多いと思います。  これは現代の『刑事コロンボ』に匹敵するぐらいの良さがあります。ちょっとDVDになっていないので、なかなか見るのが難しいかと思うんですが……。 司会:  ありがとうございます。  続きまして十九番の質問です。  先生の日記を見るとフィギュアについての記述が多いですが、月にどれくらいフィギュアを買われるのでしょうか、またお気に入りのフィギュアは何ですか?教えてください。 大倉:  えーと(笑)、買いますよ。  もうほんとに金の続く限り、買いますね。自分でもいくら使ったのか、怖いんでよく見てないっていうのもあるんですけど、二日にいっぺんくらい宅配便が来るんですよ(笑)。で、宅配便のピンポーンってチャイムで起こされるんですよね。大抵、箱に「精密模型」とか書かれてたりするんですけど、時々商品名がちゃんと書いてあったりして「ケロニア」とかあるのが届くと、非常に恥ずかしいです(笑)。  とにかく、かなり買ってますね。 具体的に金額を言うと泥臭くなるのであれですけど。 十体とか十五体とかは来るんじゃないかと。大小織り交ぜて。  私、あの、これもなんかオタクな話しで申し訳ないんですけど、完成品を買ってくるよりは、自分で作るのが好きなのです。やっぱ自分で作ったものっていうのは愛着度合いが違うんですよね。中学のとき作ったものがまだ残ってたりしますし。  「お気に入り」っていうと、中学の頃になけなしのお金で買った「ウルトラマン」っていうのがまだ残っています。九千八百円位したんですね、当時、二十年くらい前で。どうやって買ったか、もう覚えてないんですけど、なんかコテコテに色を塗ったりなんかして。もうぼろぼろなんですけど、それはすごく愛着があって捨てられないですね。  オークションだと今でも五万六万で売られているらしいんですけど、それをいま大切にとってあります。  で、その頃に出た怪獣の模型を探してですね、安ければ買ったり、オークションで落札するというのが、今の自分なりの流行です。ヤフオクとかで時々徘徊しておりますので、「ああコイツ」とか見かけたら暖かい目で見守ってやってください。 司会:  ありがとうございます。続きまして二十番の質問です。  趣味を仕事にしてしまった感のある大倉先生ですが、世間では趣味を仕事にしてはいけないなどとよく言われます。そこで、仕事と趣味について思うところを教えてください。 大倉:  それは確かによく言われます。  私も大学を卒業する時に――当時はバブルだったので今と状況が違うんですけど―― 一応さっきも言ったように会社員になろうとおもっていましたので、その時に酒のメーカーとあと、言ってしまうと、バンダイを受けたんですね。  で、実は両方とも最終面接まで行ったんですね。良くしたものでその面接が重なっていたのかなにかで、「両方には行けない」という状況で選択を迫られたときに、ご質問と全く同じ事を考えたんですね。趣味をとるなら明らかにバンダイなんです。しかし、趣味を仕事にしてしまってよいものだろうか、と考えまして、結局、酒のメーカーに入りました。一年で辞めちゃいましたけど。  だからこれ、一概に言えないと思うんですよね。  私の場合、幸い、物を書くという好きなことをやって、生計を立てていられるという非常に幸せな状態にあることは自覚しているんです。それは良かったなあ、と思うんですけど、これはいまそれなりに、ものを書いて生活できているからそう考えるのであって、これが今に仕事が来なくなって、食うや食わずになったとしたらどうでしょう。  非常に後悔して、そのまま酒のメーカーにいればよかったと思うでしょうし、そこも一概には言えないんでしょうけど。  もう一つ、これは質問の根本を変えてしまって申し訳ないんですが、私たぶんミステリーっていうのは、割と早いうちから、趣味とは考えなくなっていた部分がありました。  「自分で書いてみよう」って決断した時点から、もう趣味の領域を超えていたのかなぁという気がするんですね。  ですので、最初の数年っていうのは趣味でミステリを読んでいたんですけど、それ以降は仕事とまでは言いませんけれども、なにか趣味を超えたようなものだった気がするもんですから、今は趣味を仕事にしたっていう認識はあんまりないんですね。  なので、うまい答えにはなってないんですけど、趣味と仕事っていうのは、なかなか両立しようとおもっても出来ないですし、難しい問題だとは思います 司会:  ありがとうございます。続きまして二十一番の質問です。  構想に十年を費やしたと言う、『聖域』面白く読ませていただきました。そこで質問です。先生にとっての山登りとは何ですか。 大倉:  えっと……難しい質問ですね。  山登り…山登りこそ趣味でやっていたところがちょっとあるんです。人生を大きく変えたものであることは間違いないです。  やっぱり、大学時代は充実していたって言いましたけどもそれは山登りがあったからだったんですね。  それまではたいして運動もしないで、普通に学校に通っていたんです。それが上京して、もちろん一人暮らしもはじめて、全部生活環境が変わったところに山登りをはじめた。で、いろいろ、こう、得がたい経験をしまして、その五年間って言うのはその後の自分にもすごく重要なものになっています。  なので、山登りがなかったらそこまでその五年間——山登りがなかったら四年で卒業できてたハズだったんですけど——は存在しなかったんじゃないでしょうか。  そういう意味では自分にとってかなり大きいものですね。  だからこそ、まぁ構想十年って本当なのかな、と今思っちゃうんですけど、『聖域』とか山岳ミステリを書くという時もそういう思いを込めてがんばって書いたところもありますので。自分とってはすごく大きくて特別なものです。  ちょっと今はあまり山に登れていないんですけれども、ゆくゆくは再開したいなぁと計画しているもののうちの一つです。 司会: ありがとうございます。続きまして二十二番の質問です。 ご自身の作品の中で一番のお気に入りはなんですか?理由ともに教えてください。 大倉:  私、あんまり自分の書いたものに自信がないんですよ。  で、胸張って、「これ良いでしょ」なんてとても誇れないんですけど……一つだけ自信を持っていえるのは、「エジプト人がやってきた」っていう話でですね。  これ、ご存じない方も結構多いかもしれないんですけど、その昔光文社で鮎川哲也先生が選考委員をされていた公募短編賞があったんです。十本なり、十何本なりが毎回文庫に掲載される、『本格推理』って言う雑誌風な文庫本。  たぶん私が自分のものが活字になった、商業誌で活字になったっていうのは本格推理の10だと思うんですが、その「エジプト人がやってきた」という作品が最初なんですね。五十枚くらいの短編です。  それの元になった話がありまして、友達と飲み屋で話しをしていて、あるネタのオチだけを友達から教えられたんです。こういうことがあるんだぜ、こういうことが本当になるかもしれないな、って言ったのを、なんとなく直感的に、「これ本格ミステリになるんじゃないか」と思って、逆算して、三日ぐらいで書いたものなんですけど、五十枚で。  それを送ったら鮎川先生が、感想つきで選んでくださいまして、で、掲載の運びとなったんです。ちょっと読まれてない方がいらっしゃるとあれなので、あまり突っ込んだ話しは出来ないんですけど、自分のなかではそれが凄くお気に入りの作品ですね。  今でも自信作は何ですか? と聞かれると「エジプト人がやってきた」ですというように答えるようにしています。  今はもうなかなか読めなくなって久しいので……ただ短編集に入れるって言っても、どうにも頭のおかしな話なのでなかなか難しいんですけど。機会があったらいずれどっかでちゃんと発表したいなぁ、とは思っている作品です。質問、自信作だけでよかったですか? 司会: 他にもありましたら……。 大倉: いえ、他には特にないんで、けっこうです(笑) 司会: では、続きまして二十三番の質問です。白戸修や、越智健一のように主人公がお人好しなのは、先生の性格がそうだからでしょうか?  また作品の中に自分に似ていると思う登場人物はいますか? 大倉:  これよく言われますね。私そんなにお人好しじゃないと思うので(笑)、一応、「違う」と言う事にしていただけるとうれしいです。  白戸修っていう主人公を考えたときに、ああいう風になるとは実は自分でも思っていなくてですね、「お人好しだ」っていう風に言ったのは、たぶん担当の編集さんだと思うんですね、  自分ではお人好し探偵と言う言葉は実は作っていなくて、作品が転がっていく中で出来上がってきたキャラクターなんです。でも、一つ、白戸修を最初に書いたときに「冴えないけどかっこいい行動をとる主人公にしよう」と思ったんですね。頼まれると引き受けてしまったり、困っている人をみたらどうしても助ける事になってしまう。  「主人公にはかっこいい行動をとらせよう」というのだけは意識してやってたんですね。それが結果的に第三者の目にはお人好しに映るらしい、と。それは本当に偶然なんですけども。  わたし、お人好し、っていうのはどういうニュアンスがあるのかわからないんですけど、決して悪い言葉ではないな、とでは自分では受け止めているんです。普段は、あんまりいい場面では使われない言葉ですよね。しかし、非常にこう、お人好しはかっこいい人じゃないかと、自分では何時も思うようにしていまして、だったらね、お人好しになりたいくらいなんですけど、私はどうも、ちょっと邪な心がはいっているので無理なんです。  なんで本当に白戸修は偶然出来たキャラクターですね。  越智健一っていう人は、ちょっと質問からは脱線してな恐縮なんですけど、『オチケン!』って言うのはもともと低年齢層向けっていう建前——半分建前なんですけど―—十二歳とか十三歳とか、ちょっと若めの人をターゲットにして書いてくれといわれていました。  で、どうしようかなぁと色々考えて、キャラクター的には探偵の役を三つに分けようと思ったんですね。ワトスンがいて、探偵がいていろいろ考える……んじゃなくって、探偵そのものを三つに分けたんです。頭の良い「解決する人」と、行動して「情報を集める人」と、「説明する人」の三人に。それがオチケンに出てくる三人のキャラクターで、「説明する人」を最終的に越智健一が担当することになった。非常に損な役回りなんです。  彼、本当は非常に頭が良いんでしょうけれども、立場上そういう立場になってしまって、非常にかわいそうなキャラクターなんです。しかし、そういう流れでやっていくうちにやっぱりどうしても、お人好しなキャラクターになってしまうのかなぁ、という部分がありまして。  白戸と越智の二人は非常に自分の中ではほとんど同一のキャラクターみたいな、そういう感じで作ってきました。  ただまぁ、私自身にはどちらも似ていないというのが結論だと思っていただければ良いです。 司会:  ありがとうございます。続きまして二十四番の質問です。  福家警部補のシリーズを書こうと思ったきっかけを教えてください。また犯人の設定を考えるのに何かこだわりがありましたら教えてください。 大倉:  さっき触れちゃった部分もあるんですけど、言ってみれば「刑事コロンボ」のノベライズっていう部分から「福家」はすごく影響を受けているんです。  最初から福家というキャラクターがあったわけではなくて、あるときですね、道を歩いていたり、コーヒーを飲んでいたりした時かなんかにふと、コロンボのノベライズで色々教わったことが浮かびあがるんですね。  倒叙ものって言うのを自分でやってみたかったんです、すごく。犯人が最初からわかっていて、それを何らかの形で追い詰めていく、っていう形のものはやりたくてずっと考えていたんですけど、基本的に倒叙ものってどうがんばっても面白くないんですよ、隠しておくものが何もないので、犯人がわかっているっていうのはやっぱり大きなマイナスなんです。  それで、かなり秀作を書いてみたんです、試しで。原稿用紙にすると長編一本くらい書いては捨て、書いては捨てってやったと思うんですけど、とにかくもうある一定の枚数に到達した瞬間からつまらなくなるんですね。わかりきった事をやってるだけになってしまって。  で、ずいぶん頓挫してたんですけど、ある時に二見書房の方から教わった心得をふっと思い出しまして、短編で、コロンボと同じように探偵役が何を考えているのか全くわからないようにして、常に第三者の視点から事件を描いていく。その合間合間、どうしても犯人がわかってたり、情報が出てしまっている部分の合間を伏線でうめていく。これを小ネタって呼んでいるんですけど。  その、「なんで傘を持っているんですか」とかね、例えばそういうような小ネタ小ネタをびっちり埋めていけば、百枚くらいの短編だったら面白く書けるんじゃないかって。それが一番最初なんですね。で、その時たまたま、「コロンボ」研究家の町田暁生さんという刑事コロンボの同人誌を作ってる方がいらっしゃいまして、私たまたまHPでそれを拝見しまして世の中にはこんな凄い人がいるのかとおもって、すぐにその同人本を買ってですね、感想を送ったりなんかしてちょっと面識があったんですね。  で、その過程で町田さんも実はコロンボみたいな話を自分でも作りたいと……こんな話を町田さんのいないところでどんどん暴露して良いのかどうかわからないんですけど……思っていらして、ただ自分には小説として構成するだけのはないと(やれば出来ると思うんですけどね)おっしゃってて、ただ小ネタ、今言った小ネタみたいなものはいっぱいためてあるんだと。だったらそれを活かして、合作という形でやってみませんか、という流れがあったんです。それらがちょうど平行して同時期に起きたんですね。最終的に「合作」は、町田さん自身がご辞退されたので、協力という形にはなりました。  あんまり言うとネタばらしになってしまうんですが、非常にコロンボ的な、「何でそこにライトがついているのか」とか、なんで「車のボンネットが温かいのか」とか、そういうようなネタをいっぱい頂いて、それを元に組み立てていったというのが、福家の一番最初なんです。  ただ、その「コロンボ」とどういう違いを出すのかという部分はすごく悩みました。鳥の巣のような頭をした小男が出てきちゃ駄目なわけですよ、絶対ね。レインコートなんか着ていたらもってのほかで、かといってハンサムだったら古畑になっちゃうし……っていうのがあってものすごく悩んで、最終的に一番楽な方法は性別を変えることだと気が付いたんです。  結局、ああいう福家みたいなキャラクターになったんですが、最初はもっとその、じつは福家にはあまりキャラクターはつけないでおこうと思っていたんですね。キャラクターによるんではなくて、あくまで事件の小ネタと犯人像みたいなもので魅せていこうと思っていたんです。しかし、やっぱり四回五回やっていくうちにですね、キャラクターって勝手についてきちゃうんですね。  一冊目の短編集をだした後で、そういう、福家のキャラクターに関するお褒めの言葉みたいなものずいぶん頂きまして、そういう形で望まれているのであれば、もうちょっとそういう面も出さないといけないのかなぁ、という風に考えながら試行錯誤試行錯誤のうちで今も続けているようなところがありますね。  で、犯人像の部分なんですけど、やっぱり犯人の職業って言うのを一番最初に決めるんですよ。何よりも先にまず、職業ありきで、そっからその、トリックとかを逆算していくんですね。で、それこそ町田さんがくれた小ネタ集とかがあるんですけど、その中から一番しっくり来るものを選んだり。  あんまりトリックから攻めていくことはないですね。逆に例えば司書だったらどういう殺し方があるかとか、酒蔵だったらどういう殺し方があるかとか、杜氏だったらこうやって殺すんじゃないかとか、じゃ場所はどこかとか……犯人の職業って言うのはそれが決まれば、かなり、もう四割くらい出来たようなところがあります。すごく重要なんです。  ただその職業もだいぶ、八本もやっていくとだんだんいい職業がなくなってくるんですよね。いまちょっと困っていて、九本目も書けと言われ続けてて、一年過ぎたんですけど。  今のところつぎは漫画家のしようかなぁと思っていて、漫画家と警察官、警察官同士の対決にするって言うのは二本決まっているんです。まぁ、ちょっとそれがどうなるか、っていうのはもうしばらくお待ちいただくしかないという感じなんですけど。  ちょっと脱線しましたがこんなところで。 司会:  ありがとうございます。次回作楽しみにしています。  次の質問です。『丑三つ時から夜明けまで』は幽霊が存在する世界を舞台とした作品ですが、先生は幽霊の存在を信じていますか? 大倉:  私、あの、幽霊嫌いなんですよ……もう怖がりで。  旅館とかホテルに一人で泊まるのがすごい嫌いなんですね、ですのでいるとは信じたくないんですけど、多分いるだろうなとは思っているんです(笑)。ちょっと難しい質問なんであれなんですけど、多分いることは間違いないです。  宇宙人みたいなもので、いることは間違いないんじゃないのかなぁと思うんですが、なるべくなら出会わないで過ごしたいと思っています。  ミステリーの良いとこって、論理的に解決するとこじゃないですか。最初は幽霊の仕業みたいに思えても所詮は人間の仕業だったりして、読んでいて落ち着けるんですよね。でも、そのまんま幽霊だったかもしれないっていうのは、やっぱり怖くてですね……幻想とかホラーとかは怖くてなかなか読めない時があったり、映画はもってのほかで、絶対ああいうホラー映画とかは見に行きません。  ただ、それもまたあれで、『特捜最前線』とかですね昔のテレビドラマって言うのは時々、幽霊話が入ってるんですよ。毎週、普通に。刑事ドラマなのに、真夏の怪談シリーズとかね。  いきなり始まって婦警さんが幽霊目撃したりするんですよね。で、それが解決すればいいんですけど、時々解決しない本当の怪談話みたいな、あってはいかんだろうと思うようなドラマが一本だけはいっていたりしてですね。  その、そういう流れが昔からすごく好きで、ああ、『危ない刑事』にもありますね。最後、幽霊で終わるヤツ。で、昔のそういうドラマの度量の広さが好きで、それで『丑三つ時から夜明けまで』を考え出したところがあります。  ずーっと普通に本格なんだけど、ある瞬間から幽霊の話になって、「ああ本当に幽霊なんだ」みたいな話をやってみようと書いてみて、それをたまたま続けてくださいと注文されたので、ああやって続けた次第です。未だに文庫にもしてもらえないって恨み言もあるのでアレなんですけど、個人的にすごく思い入れのある作品です。  いつか誰か文庫にしてくれないかなぁ。 司会:  ありがとうございます。続きまして二十六番目の質問です。 『無法地帯』の続編は書かれるのでしょうか? 大倉: これも良く聞かれる質問ですね。まぁ『無法地帯』は、あれは本当に何も考えないで、好きなもんだけで書いたっていう、非常に楽しい、書いててあれほど楽しいことはなかったっていう作品で、思い入れもひとしおなんですが。続編……書いてる時は続編があるんなんて思いもしないで書いてましたんで構想自体は全くなかったです。  続編を書いてください、なんて事はよくあるので、漠然と考えてはいたんです。で、もうかなり最後までいって、あとは書くだけかなぁと考えていたんですけど、現実的にこう、世の中の変化っていうのが激しくてですね。  例えば秋葉原とか見ていてもぜんぜん雰囲気が違うんですよ。私が『無法地帯』を書いていたときにはもうちょっと、私ぐらいの世代とか、そのぐらいのおっさんがうろうろしていても楽しくてですね、あまり違和感のない世界だったんですけど、それがほんの一年二年くらいで、世代が若返ったりとか、傾向が変わったりとか。  一時期メイドカフェが流行りましたけど、それもバーっと進出して、バーっと消えていったりしてましたね。  秋葉原でいうなら、大きな電機屋や家族連れのレストランができて、家族連れの町になっているんですね。『無法地帯』の時のような、中年のおっさんが大暴れするような、いかがわしさみたいなものが全くなくなってしまいました。その中でキャラクターを秋葉原とか、中野とかで今大暴れさせても、悲しいだけなんですよね。雰囲気が合わなくて。それがわずか二年くらいのスパンでおこった事で、それを今やっても面白くないんじゃないかと思いまして、実は一本ほとんど破棄というか、書くのをやめてしまったんです。  そんなこんなでなかなか続編ができなくなっていて、もう一個新たにプロットをたてたりしたんですけど、そうすると秋葉原で無差別殺人が起きたりですね、色々して、またちょっと時代が移ってしまって、なんかいたちごっこみたいな感じでなかなかしっくり来る背景っていうのがこないんですね。あえて時代を戻すとか、昔の話にするとかの必然性も感じないので、こればかりはどうしたものかなぁと自分でもつかみかねているところです。  まぁただ書きたいなとは自分でも考えていますので、気長に待っていただければうれしいなと、ただ中途半端なものにしたくない、思い入れの強い分だけ中途半端なものにしたくないというところがあるのでなかなか取り掛かれずいるということで……ご了承いただければなぁと思います。 司会:  ありがとうございます。続きまして二十七番の質問です。  ご自身の作品のドラマ化(永作博美主演で09年正月に単発ドラマ化された「福家警部補」)についてどのように思われますか? 大倉:  ドラマ化といっても一つしか出ていないので何ともいえないんですが(笑)。これはまぁ、「ドラマ化したいです」っていうお話は、実現するしないはともかく、話だけはけっこういただくんですね。   私はそのテレビドラマってよく見ているので、良くも悪くもドラマと小説っていうのは全然違うもんだっていうのはある程度認識しています。  テレビ局の方でも、「ちょっと変えたいんですけど」みたいなお伺いっていうのは必ず一応はたててくれるんですね。黙って変えるっていうことはしないので。ちょっと変えたときに、企画書を送ってくれたりとか、そこで男が女になっていたりとか、まるで違ったものになったりとか色々するんですね。私がそこで「嫌だよ」と言うと話しはそこで止まるんですけど、まぁそれは別物だっていうイメージがありますし、向こうはテレビのプロですから、あんまりそんな……ねぇ? よく知らない、いくら原作やったからといってそれでギャーギャー言ってもしょうがないと思っているので、「どんなに変えてもらっても私はかまいません」という立場を常にとっていますね。  と言っているわりには、なかなかドラマ化実現しないんですけど(笑)。   なので、まぁここで言うなら福家なんですけど、あれはあれでああいうものなんじゃないかな、良くも悪くも。ああいう風にするしかないんじゃないかと、大人の判断みたいで気持ち悪いんですけど。たとえば福家なら一月二日の九時から、NHKだから北海道から沖縄まで映るわけですよね。それで「オッカムの剃刀」(シリーズ第一巻『福家警部補の挨拶』に収録されたエピソード)をやってですね、あれの通りに、タバコの箱を入れ替えて、その中に一本入れて、テープはがしてとかって、そんなのコタツに入ってテレビ観てる視聴者がいちいちわかるわけないわけで。だからもう、ある程度簡略化して、わかりやすく見せるっていうのはドラマサイドとして当然の判断だと思っていましたし……まぁ逆にあんなわけのわからないどうでもいいキャラクターを付け加えるなよとか……正直なところ、そういう部分での不満っていうのも逆にありますし、とにかく色々な思いがありますね。  ただまぁ、まとめてしまえば、やっぱりドラマにする限りある程度内容が変わるのはしょうがないです。そうしてできたものが原作を愛してくださっている方々に不評であるっていうのは悲しい現実だったりするんですけれども。それはもう、しょうがないんじゃないかなぁ、と。  ですので、福家の次は、またそういう話が来たら少々変えていただいてもけっこうです、ということで返事をしようと私は思っています。 司会:  ありがとうございます。続きまして二十八番の質問です。  『オチケン』の漫画についてどう思われますか? 大倉:  えっと、これも一本だけ載っただけなので、何ともいえないんですけど(笑)。ドラマのときとほとんど一緒ですよね。あの、漫画化の時もキャラクターのその容貌、見た目であるとかそういう部分は変えると思いますみたいなことは事前にありました。  それはもう変えてくださいと。体型でもなんでいくらでも変えてくださいと申し上げて、一応ラフというかネームというか全部頂いたんですけど、それはもう了解の上ですよ。  あんな……ねぇ? 男三人しか出てこないような、あの漫画を、その通りの容貌でやったら読めたもんじゃなくなります(笑)。  ただ、お話の中身自体は本当にちっちゃな情報までほとんど拾って詳細に漫画化してくださってます。けっこうご苦労されたんじゃないかなぁ。  最初はバーっと読んで、漫画にしようと思ったんでしょうけれど、意外にいやらしい伏線とかですねごちゃごちゃ張ってあるので、描きながら「しまったなぁ」と思われたんじゃないのかなぁ。  第二話目もネームは頂いてて、それは半年か一年くらい前なんですけど、その後進んだという話はあまり聞かないので、やっぱりかなり苦労されているのかなぁ、と。  ただできたら掲載はされるみたいです。私としては、その前に『オチケン3』を書かないといけないんですが。   司会:  ありがとうございます。  最後に差し支えない範囲で次回作についてのご予定を教えてください。 大倉:  次回作は来年のわりと早いうちに白戸修の短編集(二〇一〇年四月に既刊・『白戸修の狼狽』双葉社)が出ると思うんです。こないだの『小説推理』で五本目の短編が前後編で掲載されて、まぁそれでボリューム的にかなりまとまるので、出てから九年ぶりかな? 六話目を書いてかなり時間がたってしまっているので、ちょっといろいろ修正したりだとかっていう部分で手間取る可能性があるのでスケジュールは遅れるかもしれないんですけど。  これも私個人的に好きなんですけど全然売れなかった『警官倶楽部』という新書がもうじき文庫(二〇一〇年三月に発売。祥伝社文庫)になるかも。あとは、そうですね、「メフィスト」に今ちょっとペットが出てくるミステリーっていうのを連載してまして、それが二月号で終わるんですね。  で、終わったらまとめましょうといってくださったものですから、それが多分五月か六月くらいに出るはずです。  今のところ決まっているのはそれくらいですね。もう一つPHP研究所の出している「文蔵」って言うので山岳ミステリの『白虹』っていうのを月間連載しているんですけれども、それが来年やっぱり五月くらいに連載が終わる……というかまだ書いていないのでちょっとどうなるかわからないんですけど。初めての月間連載で自分でもどうなるか、ちゃんと終わるかわかりません(笑)。終われば、年末くらいに単行本にまとめてくれるのかなぁと言うところです。いまのところはそんな感じです。遅れる事はあっても早くなる事はないと思うので(笑)、言葉半分くらいで受け取っておいていただければ幸いです。 司会:  ありがとうございます。  では来場者からの質問に移らさせていただきたいと思います。 【来場者から質問コーナー】 Q. 先ほど、大倉さんの一番好きなミステリと言う事で「獄門島」を挙げていただいたんですけど、ご自身でそういう、例えば厳しい因習に囲まれた家族とか、古い集落で起きたおどろおどろしい殺人だとか、そういう設定で作品を作りたいなという思いはおありでしょうか? 大倉: それはかなり強く思っていますね、出来ればやりたいなぁというのがあって、ちょっとその『七度狐』を書いたときも『獄門島』みたいなものがずっと頭の中にはあったんですけど、なかなか因習とかですね、時代的なものもあって、割りと大人しめの設定になってしまったんです。クローズドサークルがすごい好きなので、いつかはやってみたいですね。できるかどうかはあれとして、常に考えてはいるジャンルです。 Q.大倉先生の作品は割りと湿った、じめじめとしたところがないような印象だったので、(さっきの答えは)すごく意外に思いました。そういうものに対する憧れみたいなものは、やっぱりお持ちなんでしょうか? 大倉:  そうですね。  なんていうかこう、恋愛のどろどろとしたものとは別に、因習とか、そういう部分っていうのは、さっきも言いましたがロマンチックですよね。なんとなくね。なのでやっぱりミステリってロマンが大事だと考えていますから、そういう意味でも、そういう世界観に合致した構成とかを思いつければ、迷うことなくそういう世界は描いてみたいです。 Q. ブログなどをよく拝見さしていただくんですけど、よく趣味の話題とかしていらっしゃいますよね。だいたい一日どのくらい仕事を、執筆時間としてはとられているのかな、と。 大倉:  えっとですね……それは非常に厳しい質問になりますね(笑)。  えっと、本当のことを言うと自分でノルマを決めていて、これが多いか少ないかわかんないんですけど、何があっても一日五枚というノルマを決めているんですよ。だからその、多分一日の枚数としては五枚って言うのは少ないと思うんですけれども、ただし、何があっても、葬式とかは別として、例えばこういう移動があったりとか、何かあったとしても、五枚書くまでは寝ないぞみたいにね(笑)。そういう縛りをすると一ヶ月百五十枚とかの計算になってくるんですけど、まぁ実際その通りにはなかなかいってはいきません(笑)。  その五枚っていうのがどのくらいの時間でかけるかっていうのは毎回ちょっと変わってくるので、時間はまちまちです。こないだは結局三時間かけて一文字もかけなかったりしたので、そういう時はやっぱり五時間とか六時間になっちゃいますし、十五分で終わるときもありますし、そんな感じなんですね。 Q. お話ありがとうございます。先ほど都筑道夫さんの落語のスト-リーをお話されてましたが、最近ですと田中啓文先生ですとか鮎川先生とかが落語のミステリーを書かれていますが、その中でオススメのとか、読んでいて面白かったなぁというのがあれば、なにか。 大倉:  鮎川さんのも、田中啓文さんのも、私大好きで全部読んでるんです。で、もうほんとに甲乙はつけがたいんですけど、やっぱりちょっと描いてる世界が違うので、全くおんなじ物じゃないですけど、どちらも……凝った事考えますよねぇ、あれ。私上方落語を聴いて育ってきたので、田中啓文さんのあのシリーズってのはやっぱり大好きです。  ミステリとしてもそうなんですけど、成長物語としても凄く良く出来ていますよね。新刊が出ると欠かさず読んでいます。 Q.今日はお話ありがとうございました。二見書房でのコロンボのノベライズがきっかけだと伺ったんですけど、二見書房で最後にコロンボが出てから五、六年ほど新刊が出ていません。  もし今後、なにかあるのであれば、新刑事コロンボではまだノベライズされていないのもあると思うんですけど、もしなにかそういうお話とかお聞きになられていたら……。 大倉: そうなんですよね。私もちょっと、その最後に一冊出して以来、双見さんとお仕事をしていないので、その編集の方ともちょっと疎遠にはなっているんです。  まず現実的にちょっと世代が変わってきて、昔程コロンボが売れなくなったっていうのがありまして。新刑事コロンボ自体も出来不出来が激しいので、これをノベライズするのは難しいんですよね。何年か前にもノベライズの企画自体はけっこう出ていてですね、それでやっぱり頓挫してしまったものがかなりあるらしいですね。で、最後に二冊ほどパスティーシュが出て、それっきりになってしまっているみたいなんですけど。  あまりそういう動きがあるっていうことは、悲しいかな私もあんまり聞いておりません。  出れば私も喜んで買いたいなと思ってるんですけど。 Q.「古畑任三郎」も好きだと伺ったんですけど、特に好きなエピソードとかありますか? 大倉:  ありがちなんですけど、将棋指し(『古畑任三郎』第一シーズン第五話「汚れた王将」)の話と、古道具屋(第二シーズン第二十話「動機の鑑定」)の話、他の方わかるかな? 「汚れた王将」は本当に良く出来てまして、あれはすごく好きです。あとなんだろう、松嶋奈々子(SP第四十二話「ラスト・ダンス」)の話とかね、好きは好きなんですけど、結局松嶋奈々子が好きなんじゃないかと(笑)。  そうですね、最近しばらくDVDも見ていないので急にあれなんですけど、パッと思い浮かぶのは将棋の話ですね。 Q.『ウルトラセブン』が好きなんですが、その中で特に好きな回とかあれば。 大倉:  「セブン」ですか、ウルトラマン好きなんですけど、「セブン」も十分好きなんですね。セブンで一番好きなねぇ、話も含めてと言うのであれば……「明日を探せ」(第二十三話)って、覚えていらっしゃいますか?  シリーズのものすごい中ほどにある、地味ーな話。  ガミラって怪獣が出てくる。占い師のおじいさんが出てきて、「秘密基地が爆破される」って予言するんです。最初誰もその占い師の話を信じないんですけど、隊長だけが信じて捜査していくと、とそれが現実になっちゃう。実はそのおじいさんは実際にエスパーなんですね。本当に侵略者の計画を全部見抜いちゃうから、侵略者から狙われているんですけど、誰も信じてくれない。  だから今日が駄目でも、明日を探そうって言う話で、ちょっとわかりにくいですけどそれが良いですね。  あと「北へ帰れ」(第二十四話)っていう北極の話もあります。  「明日を捜せ」と「北へ帰れ」っていう、その二つがものすごく好きで。すいませんこんな話で(笑)。  何かお好きなのあるんですか?(質問者に)  質問者:好きなのは、ガッツ星人の回ですね(三十九話・四〇話「セブン暗殺計画」)。 大倉:  ああ、あれは良いですね。食玩集めちゃいますね、あれね、十字架の食玩とかね(笑)ウルトラマンとかはご覧になっていないですか?(これも質問者に) 質問者:ウルトラマンのほうはあんまり観てないです……。 大倉:  ぜひ観てやってください。面白いですから絶対。   Q. 凄く個人的で、もしかしたらご存じないかもしれないんですけど。落語がお好きで、ドラマも結構見られているようなので、あまりミステリとはそこまで関係ないんですけど、ドラマの『タイガー&ドラゴン』はご覧になっていたでしょうか。 大倉:  あぁ、あれは見ていました。大好きでした。良くできていたと思います。 最初全然そういう方面では期待していなくて見てたんですけど、意外とかっちりしているんですよね。伏線とかねその辺が。 東京で今再放送やっているんですよ。それでこないだちょっと、偶然なんですけど、観直したんですけど。じゃあ、あのあたりのネタとかはもともとご存知だったんですか(質問者に) 質問者:いや、私はあれから落語を始めたので、それが初めてなんです。そのあともやっぱり田中先生のシリーズを読んだりして、面白いなぁと思って、『オチケン』も読んだんです。面白かったです。 大倉:  わぁ、ありがとうございます。 Q.先生のマニアックな話に、若干ついていけなかったのですが、面白かったです。……えっと、『オチケン』を書かれていて、幼い頃から落語が好きだったということですけど、大学に入ったときに落語研究会に入ろうかなという事は考えなかったんですか? 大倉:  もうまったく考えていなかったんですよね、人前で落語をやるとか実は考えた事もなかったです。というか、ほんとに大学生の時は考えてなかったですね、落研って言う選択肢は。  学習院ってわりと大きな、有名な落研があってですね。  もう亡くなられた柳家小さん師匠の家が近くだっていうことで、割りと大きな、有名な落研があったらしいんです。後で聞いたんですけどね。  自分でやろうとは、全然思った事がなくてですね、愛川晶(<神田紅梅亭寄席物帳>シリーズなどの落語ものを手がける推理作家)をさんとか本当にオチケンだったんですよね。それで結構詳しいんですけど。  私はなぜか、気がついたら山登りのクラブに入っていましたね(笑)。  質問者:どうして山登りのクラブに入ったんですか? 大倉:  これは、若干まじめな話になるんですけど、私の父親が結構山登り好きだったんですね。  もうちょっと私が大学生のときに他界してしまったんですけれども、高校三年の時にね、なんか知らないけど山登り連れて行ってくれたんですよ。  本当はあんまり行きたくなかったんですけど、(長野の)白馬の方とか連れてていってくれて。その時は何とも思わなかったんですけど、大学入ると、入学式とかの後に新入生歓迎で——今あるんですかね?——新入生の争奪戦があって、運動部とかが無理やり部室に連れて行って、入部を強要するということが、私の時代には平然と行われていたんですね。  で、私が入学式が終わってぼんやりしていると、いきなりね、少林寺拳法部に連れて行かれたんですよ(笑)。「いや少林寺拳法は簡単だから」とか「体力要らないから」とか言われたんですけど、どう考えても尋常じゃない、と思って逃げ出して、学食まで逃げたんですよ。  で、学食で、偶然山岳部の人が声をかけてきてくれて、それで部室に連れて行ってくれていろいろ説明をしてもらって、そのときにやっぱり前年にのぼった山のことがあったので、で、その説明を聞いて面白そうだなぁと思ったのが最初なんですね。それまではあんまり山とか登ってなかったんですけど。本当に偶然ですね。  少林寺拳法部の人がいなかったら、今頃人生が変わっていた可能性がありますね。 Q.落語シリーズの『やさしい死神』の解説にも言及があったと思うんですが、(主人公の)間宮緑さんの外見の描写の少なさって言うのは何かの意図があっての事なのでしょうか? 大倉:  ないです。すいません、こんな身も蓋もない答えで申し訳ないんですけど(笑)。  そもそもあれって、ほとんどはじめて書いた本格ミステリで、まぁ言ってしまえば明確にあの北村薫さんの(<円紫と私>シリーズ)が頭にあったんですね。あの「私」というのが明確に頭にあったというのは確かで、それで女性にしたんです。  やっぱりワトソン役って描写いるのかなぁって、最初の頃だったので思っていて、あんまり描写をしないまま、書いてしまってですね、一度担当の編集者の方にも指摘を受けたりしたんですけれども、結局「逆にそのほうが良いよね」みたいな話になって、そのままいっているようなところがあります。 Q.今日はありがとうございます。気に入っている山とかはあるんでしょうか? 大倉:  北アルプスが好きで、剣岳ってあるんですけど、自分が登ったときに印象的だったこともあって、すごく好きです。外観は穂高も良いですよね。でも穂高に上ったことがないんですよ。  で、来年ちょっと何とか登りたいなぁと思っているところではあります。そういう意味で、北アルプスの五岳連峰っていう、ちょっとまたマニアックな話であれなんですけど、そういう山脈があるんですけれど、その山域が全体的に大好きなんですね。 質問者:映画の『剣岳』とかは観たりとかは 大倉:  ああ、あれねぇ。結局、観られなかったんですよねぇ。見たかったんですけどねぇ。尋常じゃないですよね。あんなとこにいって撮影するなんて(笑)。  興味があって観に行きたかったんですけど、いけなかったんですよね。 Q.先ほどコロンボの作品でお好きな話について話していただいたんですけど、ミステリとしてよく出来ていると思う話はどれでしょう? 大倉:  ミステリとしてよく出来ているもの……そうですね、なんだろうな……正攻法でよく出来ているって言うことですよね……ミステリで……うーん、なんだかコロンボがミステリとしてよく出来てないような感じになっちゃいますけど(笑)。  「二枚のドガの絵」とかはなんか答えにしたくない気があって、なんだろうな。やっぱりでも「二枚のドガの絵」とか、どこに重きを置くかにもよるとおもうんですよね、最後のエンディングのアレでいくのか、その、全体的なトリックとか構成でいくのか。  ただあの、コロンボってレヴィソン&リンクが作っていますけど、レヴィソン&リンクが作ったコロンボ以外のものにミステリとして凄いものが結構多いですよね。「二枚のドガの絵」とか、初期の「溶ける糸」とかああいうのはやっぱりよくできているなぁ、と思いますね。トリックがどうのとか言うと、今のレベルで考えるとあんまりたいしたことないのかも知れないんですけど、作品全体としては良く練られてて、よく出来ているなと思いますね。 Q.ゴジラとか特撮とかの話しが良く出来ているんですけど、例えば戦隊シリーズとかはご覧になられるんでしょうか? 大倉: もちろん観ていますよ。 質問者:お好きなシリーズとかは? 大倉:  これも身も蓋もないんですけど、私、「ゴレンジャー」が大好きなんですよ、一番最初の。もちろんそれ以降も好きですし、いまの「シンケンジャー」も見ていますけど。「ゴレンジャー」はとにかく好きですね。  またマニアックな話しになっちゃうんですけど、真ん中辺に本当にギャグ路線に突っ走ったですね、ものすごい回が色々あったんです。「テレビ仮面」っていうのが出てくる回があってですね、テレビに変装して敵の秘密基地に潜り込むんですね。で、テレビから機関銃が出てきて全員射殺しちゃうってのがあるんですけど、それが意外に真剣に作ってあって、テレビが撃ったって誰も思わないアングルから撮ってるんですよ。誰が撃ったかわからないまま、基地の全員が射殺されているんですね。  それでゴレンジャーがいきりたって部屋に飛び込むと誰もいないんですよ。そうするとなんか「修理屋でーす」とかってテレビが運び出されていくわけですよね(笑)。そういうちょっと「人間椅子」っぽいのとかがありましたね。  全然余談なんですけど、そのテレビ仮面が最後にやられるときに、なんていうんですか、ゴレンジャーストームっていう爆弾みたいなのが、最後敵の一番の弱点になるものに変わるんですよね。そしたら大きな手に変わって、チャンネルをガチャガチャガチャってやられて、最後「終わり」ってでて、アーって爆発しちゃうんですよ(笑)。  口で言ってもあんまり伝わらない部分もあるんですけど、妙にそういうところとかがあって好きです。最初のゴレンジャーが一番で、そんで世代的に「チェンジマン」とかですね。要所要所でしめてくれるような作品が好きで毎回観ていましたね。  すいません、こんなシメで(笑)。 司会:  それでは、本日の講演会はこれにて終了とさせていただきます。  大倉先生、本日はお忙しい中誠にありがとうございました <二〇〇九年十一月十四日 -立命館大学衣笠キャンパス以学館四号教室にて> 講演を快く引き受けてくださった大倉先生、そしてご来場の皆様にこの場を借りて、厚く御礼を申し上げさせていただきます。 立命館大学ミステリ研究会一同

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