項目2 : 宇宙時間(Ut)


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投稿者 メッセージ
Post時間:2013-12-08 15:54:46
 
(2003年頃のノート)

○宇宙時間(Ut)は単一・唯一の延長・連続であり
  その先端とはすなわち宇宙の端と同義である。

○自然哲学としての唯時間論は 宇宙時間を実体と考える。
     
○Utは分割不能であり、不可逆である。
 _分割は物質時間(Mt)が宇宙時間からの分離・疎外であることに基づく_ 
 
○宇宙時間論はハッブルの宇宙膨張説に基づく。
  これが頽れた時,宇宙時間論は再考を強いられる。

○宇宙時間とは宇宙時間の速度そのものである。
  宇宙時間は、宇宙膨張速度(観測としては物質の拡がりとしてしか認識できない)から
  宇宙時間から分離(疎外)された物質時間が
  宇宙時間に抗して接続しようとする引力(重力)の影響を取り除いた速度である。
 
○引力とは物質時間によって宇宙時間の速度が物質時間の間で微小に速度変化(遅延)することをさす。

○宇宙時間を考える時、(擬似的に)全方向への同時延長であることを忘れてはならない。
  空間は宇宙時間の輻輳である。分割は人間から見た便宜的な見方である。
  模式的には 空間=Utのn乗、として、ここに任意の都合のいい数字を入れればよい。(∞・無限小でもよい)
  (たとえば宇宙時間を虚数とすれば4×n乗で実数となる)
  空間3次元、時間1次元併せて4次元などというのも恣意的な定義にすぎないことは いうまでもない。   

○光は観測者の速度と無縁に一定である、とされている。
  光は宇宙時間の可視的な近似として扱える可能性をもっている。

○ 
 
Post時間:2013-12-22 06:48:02

 
「空間」という概念でイメージしている「何か」は、私の考えでは「宇宙時間」そのものだ。
だから、時空という「概念」は、時間を種別の実体として考えれば
「時間」ひとつで済ませることができる。 それが「唯時間」ということの意味だ。

物理学で興味深いのは、
「何もない」空間で常に「物質」が生成消滅しているという考え方だ。
宇宙時間から物質時間が派生(疎外)される、というイメージとまったく矛盾しない。

なぜ、どのようにして、そういったことが起こるのかについて物理学が追究し続けることを
私はおおいに期待している。それは時間について考え、イメージを培ううえでもおおいに有益だろう。
専門家のようにそういった論文を常に追いかける能力はないので、一般解説書で追うしかないが。

光が宇宙時間の可視的現象であるというイメージは捨てがたいものがある。
光子に限定している訳ではないが、質量ゼロとされる光子の謎はすてがたい。
宇宙時間から物質時間が「相対的」に疎外されるというイメージを、光という可視現象は育んでくれる。
 
 
Post時間:2014-01-18 00:00:51

 
宇宙時間が「速度」を持つという観想は
1. 宇宙時間に実体性を与え
2.その作用・影響を観測から推測し得るという「可能性」を与える。


時間それ自体を静点的に観測(視覚による認識)することはできない。
故に科学的認識は、宇宙時間は物質時間、「光」現象などのふるまいによってその存在を類推することになる。

観測・予測・実験などの可視的検証によって真理度を測るという態度・手続きによって
科学は社会的信用度を得てきた。

数学は実証的検証ではなく、内部的整合性・無矛盾性といった
「形式的検証」の厳密性は科学より厳しいが
内部的に無矛盾であればいくつでも体系が作れるという意味での自由度は科学より高い。

数学者の言う「美しさ」が、芸術の美しさとは趣きを異にしているにせよ、
数学も「人間の行為」であるから、イメージへの希求をもっている。
幾何学は特に視覚的イメージに訴える。
故にそれは「空間」という概念を主役とする。

しかしそれは数学が時間を軽視しているという事ではない。
特に「無限」を扱うとき時間というものは無視できない。
次々に現れてくるNに番号を振り当てていくデデキントの切断は、静止的ではなく時間的説明である。
非可換的な体系も、時間的である。

時間を主役にした数学というものは、未だないが
非可換的でトポロジカル(きわめて空間的であるがゆえに根本に時間が立ち現れる可能性を持つ)で等々、
明瞭に時間を主役に据えるというイメージをもって
体系を立てようという数学者が現れれば
(あるいは数学全体がその方向を意識するなら)、
「観測・予測・実験」という手続抜きであらたなイメージを、
我々の共同幻想にもたらすかもしれない。

観想としての唯時間論は、いまのところだらだらに自由度が高い。
融通無碍なぶん信用度は非常に低いだろうが、
そのかわり楽しい、もしくは楽しくあるべきだ。

 

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