(第一章)「母型論」 ~母親と胎・乳児-幼児期,児童期~


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このページはhttp://bb2.atbb.jp/kusamura/topic/65927からの引用です

「母型論」(5章まで)吉本隆明(1995)

投稿者 メッセージ
Post時間:2010-03-06 11:02:51
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    「 母型論 」

             一

 母の形式は子どもの運命を決めてしまう。
 この概念は存在するときは不在というもの、たぶん死にとても似たものだ。
母親の形式は種族、民族、文明の形式にまでひろげることができる。

また子どもの運命は、生と死、生活の様式、地位、性格にまでひろげられ、
また形式的な偶然、運命的な偶然の連関とも不関とみなせる。

 この決めにくい主題が成り立つ場所があるとすれば、ただひとつ、
出生に前後する時期の母親と胎乳児とのかかわる場だとみなされる。
もっとこまかくいえば、それは受胎八か月から出生後一年くらいのあいだ
といえよう。
ライヒ(『宇宙・生命・エゴ』)にならっていえぱ、この時期に作られる
胎乳児の無意識は核の領域とみなされる。


 ひと通りこの核に対応する胎乳児の履歴を拾いあげてみる。


○ 受胎後三十六日目に胎児は上陸する。
   顔は爬虫類のおもかげになり、魚の心臓に左右の隔壁ができる。

○ 受胎後三週目。
   体長四m。胎芽から胎児になる。人間の器官は全部具わってくる。

○ 受胎後二か月と一週目。
   胎児の基礎ができる。ホルモンの生産は卵巣から胎盤へうつる。

○ 受胎後三か月すぎ。
   夢を見る。

○ 受胎後五~六か月目。
   触覚は乳児とおなじ。昧覚が生ずる。

○ 受胎後六か月以後。
   耳が聞こえる。父母の声を聞きわけられる。
   母の心音が聞こえる。

○ 受胎後七~八か月
   意識が芽ばえる。

○ 受胎後八か月すぎ。
   レム睡眠の状態。母と子のきずなが完成される。


 このあと出産となる。
胎児にとってエラ呼吸的な母胎の環界から肺呼吸的な乳児の環界
へとつぜん変ることを意味する。また約三七度Cの環界から
常温(一八~二〇度C)の環界へと転換する。心のことでいえば
胎内での母子の内コミュニケーションは外コミュニケーションに変る。

 
 
 
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Post時間:2010-03-06 11:38:26
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 内コミュニケーションとは、
考想察知、超感覚、思い込み、早合点、誤解、妄想、作為体験
など に開かれているかわりに、
母と子だけに閉じられた 交通の世界のことだ。

母胎のなかで羊水にかこまれ、
母親から臍の緒をとおして栄養を補給される、
いわば二重の密閉環境のなかで、
生命維持の流れは母から 子へじかにつながっている。

外の環界の変化を感じて母親の
感情が変化すると代謝に影響するため、
母と子の内コミュニケーションは同体に変化する。

母親が思い、感じたことはそのまま胎児にコミュニケートされ、
胎児は母親とほとんどおなじ思いを感じた状態になる。
 これは完全な察知の状態にとてもよく似ている。これが
胎乳児の無意識の核の特徴になるといっていい。

ただ母から子への授受がスムーズにのびのびと流れるかどうかは、べつのことだといえる。    
 
 
 
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Post時間:2010-03-06 12:13:03
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 母の感情の流れは意識的にも無意識的にも、
 すべて無意識になるよう子に転写される。

わたしたちはここで感情の流れゆくイメージを
暗喩として浮かべているのだが、
母から子への流れが渋滞し、
揺動がはげしく拒否的だったりすれぱ、子は影響をそのまま受ける。

影響の仕方は二極的で、
一方では母の感情の流れと相似的に渋滞、揺動し、拒否的であったりと、
そのまま転写される。
だがこの拒否状態がすこし長い期間持続すれぱ、あるいは
もう一方の極が子どもにあらわれる。

ひとことでいえば無意識のうちに
(もともと無意識しか存在しないのだが)
母からの感情の流れを
子が〈作り出し〉、流線を仮構する
ことだ。

 後年になって人が病像として妄想や幻覚を作るのは、
この母からの 感情の流れを
〈作り出す〉胎乳児の無意識 の核の質 によるものとかんがえられる。

 たとえば被害妄想では、加害者は
〈作り出さ〉れた母の感情の流れの代理者だ。
この代理を演じるのは母、兄弟からはじまって親和した者、
また偶然の人物のばあいには、
この人物の親和した表情、素振りを、加害者に仕立てあげて
感情の流れを作り出し、それを
被害者として受けいれるものとかんがえられる。


 
 
 
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Post時間:2010-03-06 12:38:39
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 外コミュニケーションに転換したはじめのとき、
母と子がどんな関係におかれるかは
(母と子以外の関係は存在しないとみなしてよい)、
出産したすぐあとの母子の病気その他偶然によってもちがうが、
習俗のちがいによって左右される。

 たとえばひと昔まえの日本の習俗では、うぶ声がたしかめられたあと、
出産した胎児は母親の傍らに寝かされて乳首を吸うことをおぽえ、
すぐに授乳され、それからあと添寝のまま数日から数週のあいだ
授乳がつづけられる。
 母親が出産のあと体調が回復して動きまわれるまでのあいだ、
終日、母と子の添寝の授乳はつづくことになる。

 これは出産の習俗としては一方の極の典型になるほど
重要なやり方だといっていい。
巨大な〈母〉の像が子にとって形成されるからだ。
たとえぱ思春期以後、
家族の内部で子の暴力が許容されることがあるが(家庭内暴力)、
これは日本の出産習俗でしか起こらないものだ。
 胎乳児にとっては理想的で甘美な無意識の核を作られるとき、
これが病態にかわると独特の母型依存の分裂病像を作り出すからだ。

 外コミュニケーションに転じたばかりの胎乳児は、
授乳のときの口腔による接触、乳首の手による触感、
乳房のふくらみ、乳汁の味覚、匂いなどを 
世界環界のぜんぶとみなすことになる。
この極端な母親依存と母親への親和は、
出産の習俗として人類の一方の極を代表するといっていい。


 これとはまったく反対の極に、
ユダヤやキリスト教的な習俗としてあった割礼や陰核切除の習俗が
かんがえられる。またメラネシア社会には異性要素を排除する儀礼がある。
母親との胎内や授乳での触れ合いによって両性の要素を
混合された乳児を、儀礼的な行為で一方の性に純化させるため、
排血や体液の排除を行うとされている。

しかしこの習俗は割礼や陰核切除の習俗などと並んで、
ほんとうの意昧はよくわからない。その原始的な思い込みは、
現在のわたしたちには正確には理解ができにくいからだ。
 だがライヒ(前掲書)がいうように、
新生児をすぐに母親からひき離すのが苛酷なように、
母親から胎児に流れていた親和を切断することで、
無意識の核に傷痕がつくられる
ことはたしかだ。

 この傷痕はライヒによれば「根源的なNO(ノー)」をもたらす。
 これは無意識内では殺害にひとしい。

これを受けいれた胎乳児は
現実世界から卻いて、内面の世界へむかうことを知り、
習俗や神話の型を決定するだけでなく、
内向する観念の世界をひろげるようになる。

わたしたちはそこまで言うことができないとしても、
この傷痕を介して妄想や幻覚へ移行しやすい通路ができてゆく
とかんがえることができる。


 
 
 
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Post時間:2010-03-07 14:01:16
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:idea:少し、引用者の感想を入れます。興味ない人は跳ばしてください。

>母からの感情の流れを
>子が〈作り出し〉、流線を仮構すること
この場合、たとえば昔の人と自然との関係を考えると
この話は人類史の「段階」にも応用できそうです。

自然の天変地異を、古代~中世のひとたちは、
神の怒りとかたたりという風に自分たちで「感情の流れを<つくりだし>」ていた、
と捉えてみるのです。
 天変地異は、人間の存在や思惑とは無関係に起きます。
胎児・幼児にとって母親はそういう「自然」と近いのではないでしょうか。

 母親が自分に向かって直接愛情を注ぐ場合、
胎児・幼児は、素直にそれを受け取り、「世界」への安心を覚えるのではないでしょうか。
しかし、自分がネグレクトされる、あるいは否定される
(否定は、自然における天変地異-雷・地震・飢饉-に相当する)時、
それを子供は、自分の側に原因がある、と感受するのかもしれません。
(昔の人が、天変地異をたとえば菅原道真の怒りやたたりと捉え、
 人間の側に原因があるのだ、と感受したように)
自然の天変地異が起きた時、昔の人々が祈りの儀式以外
なんの術も持たなかったように、子供もまた、具体的に行動する術をもたず、
ただ通り過ぎるまで耐える、あきらめる、あるいは言語以前の願い、祈り、といった
なんらかの感情や思いを発芽させるかもしれません。
人が宗教を求めるのは、こういった母子関係の不幸に起源を持つ、
と考えてみるのもアリじゃないでしょうか。
 
 
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Post時間:2010-03-07 14:51:16
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 無意識の核が形成される過程は母親の行動としてみれば、
つぎのいくつかの要素
 (1) 抱くこと
 (2) 授乳。
 (3) 眠らせる。
 (4) 排便その他の世話からなる養育行為。

これくらいでできている。
 これは胎乳児の側からいえば、母親の行動を能動要素として
対応する陰画のように、受動要素になるといっていい。

またこの母親の行動を、心の物語として読もうとすれば、
子の物語は、「対応」と「刷り込み」からなる転写されたおなじ物語
とみることができよう。

 無意識の核を作る母親の行動の要素は、
前半の「抱くこと」と「授乳」は、父親との(夫婦の)性行為から得られる。
また後半の「睡眠」と「養育行為」は、おなじように性的な相互行為の変形
とみることができる。そして乳児であるか成人男性であるかの違いが、
この変形を生みだす。

母と胎乳児とのあいだの物語は、
母と成人男性との性的物語と二重化されているといえよう。
このそれぞれの要素の二重化は、心の物語としての
母と胎乳児のあいだで交換される「複合」と「二律背反」の基になっている。
(1) 抱きたくない。しかし乳児が泣くので抱く。
(2) 授乳のゆとりがないが、授乳がなければ乳児は栄養をとりこめない。
(3) 眠らせる安息感はないが、眠らせなければ乳児は充足しない。
(4) 排便の世話をしたくない(汚い)が、世話をしなければ、乳児がゆったり
    くつろいだ気分にならない。

 この二重化はもっと複雑な対応を作ることができるはずで、すこしも一義的ではない。
要素の否定の形をとれば、この二重化は屈折としてあらわすことができる。
こういったことを介して、わたしたちは母と胎乳児のあいだの物語が、
親和と分離、摂取と排出、安定と不安、睡眠と覚醒のような
二項の対立を含み、
それが安堵と不安、上昇感と下降感のような生命の流れ方に集約されてゆくように感じられる。

 
 
 
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Post時間:2010-03-07 22:05:30
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exlink.gifimage4p161.jpg

 性の生活をかんがえるとき
胎乳児の性、幼児期の性、児童期の性と、思春期以後の性とは
それぞれ別の形式的な段階として想定することができる。
それはすぺて異なった形式のようにみえるが、
ほんとうは内的な連関をもっている。そしてこのつながりのなかで、
ある段階は習俗や社会の構成の変化によって消去されることもありうる
とかんがえられる。

 胎乳児にとって出産で胎外へでたことが、不安や衝撃であるとすれば、
母親にとっては逆に安堵や解放感かもしれない。
また胎乳児にとって「NO」だとすれば母親にとって「YES」かもしれない。
そういう逆立はありうる。  ただその段階が過ぎたあとは、
憤りや満足や苛立ちや抑鬱やこれらの複合は、母から子へ
「刷り込み」される過程 としてみられる。 それから約一年後には
受容、拒否感、諦めとなって母と子に共通に写しだされる。
この母と子の物語の「写し」「刷り込み」のうち、いちばんわかりにくく、
また重要なのは、 複合や二律背反の「写し」や「刷り込み」、
いいかえれば ヒトの関係 にかかわるものだ。
わたしたちヒトだけが精神分裂病になりうるとすれば、
この複合や二律背反の「写し」や「刷り込み」に根源がある
とみなすことができる。
これは無意識の核の構造そのものとしては、知ることができないほど
深くしまわれている。だが胎乳児期を過ぎたあと
幼児期からの母と子の関係として、はじめにあらわれてきて、
さまざまな形をとるとみられる。

 
 
 
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Post時間:2010-03-07 22:43:32
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 (1) 子どもが、じぶんをやさしい母親だとみなしていると感じると、
  それに対応できず 母親の方が「不安」や「腰がひけ」た状態になる。
  そうでないときは、やさしい母親を演技し(作為し)、
  子どもにもそうであることを 認めるよう強要する。
  すこしニュアンスをかえれば、子どもと親和する場面になると
  パニックに陥って不安や強迫を感じてしまう母親。

 (2) 子どもに「不安感」や「敵意」をもっている。
  それなのに認めようとせず、それを匿すため、
  あくまでも「やさしい」母親を装う。子どもにも
  「やさしい」ことを認めさせようと強制する母親。

 これは「複合」や「二律背反」、そうでなければ追いつめられてパニック状態
になったばあいの母親像だが、それは子どもが幼児期以後になったとき
はじめてあらわれるが、ほんとうはすでに胎乳児期に心に演じられ、
子どもに「写し」だされ「刷り込まれ」てしまった物語を、
ただ再演しているようなものだといってよい。
だから表面だけみると、まったく別とおもわれるヴァリェーションがうみだされる。


 (3) 母と幼児期の子どもが過剰に親和的で、むしろ親和的すぎて
  周囲からは病的に密着しているとみえるほどなのに、
  この母と子どものあいだに介入して、正常な関係の距離感を与え、
  子どもの異常な振舞いとそれを許容することで成り立つ母と子の密着を、
  正常化させうる父親の不在(あるいは存在感の無さ)。


 ここで過剰に親和した母と子は、
胎乳児期に冷たく不実だった母、不安で敵意をもっていた母と、
充たされないのに見掛け上は充たされたように振舞う子のあいだの
初期物語の逆立した後日譚にほかならない。
また父親の不在(または存在感の薄れ)は、
夫婦のあいだの性的な不在(または存在感の薄れ)を物語っている
といってもよい。
 それは現在ありふれた現象で、
病像として父親がじぶんの妻や子どもにたいし、正常な距離感と耐乏を
恢復できそうにおもえる。じじつ正常な恢復をとげるばあいにも出合う。
だがおなじ条件にもどれば、
またパニックが起りうる。



 
 
 
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Post時間:2010-03-09 23:01:40
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 「複合」や「二律背反」のほかに、
ヒトだけと呼べるような母と子の障害があるとすれば、もうひとつ 
物語の「枠組」の障害、喪失、不定ともいうべきものがかんがえられる。
こんな母親は胎乳児との関係で、はっきりした物語の輪郭を作れないと
みられる。
もちろん母親に先天的な素質があるばあいもあるにはちがいないが。

もうひとつは生活経済的、生活心理や生活生理のうえで、
すこしでも近親や夫と安定した関係をもつことができない時期が、
ある期間持続するばあいだ。
病気、夫婦の不和、経済生活のひっ迫、近親の不幸など、
さまざまな環界の不安定な要素が枠組を作らせないことになる。

 (1) 妄想、幻覚、作為体験。
  はじめから母の物語に「枠組」がないために、
  乳児は誕生後すぐに母を「作り出す」。「作り出」された母は
  願望のあまり「作り出」された母に憎悪し、追いつめられる母の像
  になる。 妄想(被害妄想、追跡妄想、恋愛妄想)、幻覚、作為体験
  (……される幻聴など)は、「作り出」された架空の母から
  母を「作り出し」た白分が追いつめられるものだといっていい。

 (2) 意味を比喩で迂回する(意味への恐れ)。
  「何で家に帰ってきたんですか?」
  「車で」
  ほんとうはどうして(どんな理由で)家に帰ってきたのか
  という問いなのに、問いの意味は無意識に避けられ 
  〈意味するもの〉が存在しないか、比喩化されてしまう。
  母の物語が何らかの意昧するものに追いこまれると、
  母はそれが不安になり、腰をひいてしまい、
  じぷんが母であることを拒絶するような反物語に転化する。

 (3) (2)に似たものとして、常同的な言動。
  母の物語の「枠組」が不定で、いつも転変する気分に支配されるため、
  ひとつの強い体験(そこで異常な領域に踏み込んだような)
  のまわりに物語は固着され、それ以外の語り口は不安定なものとして
  消去されている。その結果、いつもおなじところに坐り、首を振っていた
  り、おなじ年のおなじ日時に、じぶんが被害を蒙ったときの話になり、
  それが十年間も二十年間も、おなじ調子で繰返されることになる。


 
 
 
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Post時間:2010-03-10 00:04:38
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  胎児がエラ呼吸的、内コミュニケーションによって母と親和し、
栄養の内摂取の状態から
出産によって急激に外コミュニケーションの関係に転換されるため、
否定的な衝撃に充たされた場合を「死」と同型の構造をもつもの
とみなしてみる(ロス「死ぬ瞬間」)。

すると、
否定的な衝撃のすぐあとに、乳児の無意識には
〈なぜじぶんはこんな不安な外界に生れてしまったのか〉という
憤りや悔いの状態がやってくる。そしてつぎに
〈もう一度母親と親和の接触を与えてくれたら、
 生れた状態を肯定してもいい〉 
との取りひきが起り、そのあとで
〈生れたことのながい(一年にも及ぶ)抑鬱の状態〉を予感するが、やがて、
「いたしかたない」諦めの受容がやってくる。
もちろん母親には乳児の無意識のなかで、こんな複雑な心のうごきが
形成され「NO(ノオ)」を緩和する過程などわからない。

乳児自身もじぶんの無意識の核のところで形成される
意昧形成的なシニフイアンの存在など わかるはずがない。
すると、この状態は誰にもわからないことになる。
そして生涯の終りの死のとき、
はじめてその存在を知ることになるかもしれない。

 いま乳児が母親の乳房に触れながら乳首から乳汁を吸っているとき、
母親の無意識が乳児に敵意をもち、おもわず心の腰がひけてしまった。
だが見掛けのうえではやさしさの擬態を失わない。
乳児の対応は母親の敵意を感受しながら、
やさしさの擬態を本来のものとして受け入れる。

これがパターンとして持続される状態がつづけば、
乳児は「擬態」と「本来」が区別されない構造に滑りこみやすくなる。
母親は「擬態」と「本来」とが区別されないときの乳児を、
敵意をもって受けとり、恐怖と絶望におちいる。
そしてやさしさはまたつぎの「擬態」としての段階へと
歩みをすすめるほかなくなる。


わたしたちが精神分裂病と呼ぶ病像は、
どうしても無意識の核のところまでその理由づけを引き込んでゆくように思える。
だがこの核にはほんとうは意昧形成の機能がなく(言語がなく)、
かりにそれをあると仮定したばあいでも、
ひとつの「かがやき」の状態も露出できなければ、誰にも
その意味形成に類似したシニフィアンの存在をとらえることはできない。

また無意識の核の存在が、
関係としてではなく
それ自体として照しだされることは、
とても重要な意昧をもつものといえよう。



 
 
 
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Post時間:2010-03-14 00:04:03
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 わたしたちの区分では、
幼児期が意識の領域にむかって拡がるのといっしょに
無意識の中間層がつくられる。
この中間層は言語的な発現と言語にならない前言語
(ソシュール的にいえばシニフィアン)的な発現との葛藤を
通じて形成される
ものだとみなされよう。
  無意識がかかわっている行為は、
正常心であっても異常であってもこの層のスクリーンで、
はじめて写しだされる。
  ほんとうは無意識の核がかかわっているばあいも、
無意識の表面層がかかわっているばあいもあるのに、
中間層に葛藤や錯合があるかのように集約されるといってよい。


幼児期(二~五歳)
(1) 言葉がつかわれることにより、心が身体を離れて遠隔化される。

(2) 言葉をはじめてつかうことで得られる世界‐知

(3) 言葉と言葉以前 との複合から得られる無意識層の形成。
  (イ) 空想、恐れ、偏執。
  (ロ) 想像(不在のものの形象)
  (ハ) エディプス的な性のはじまり。恐れ、罪、良心、不安。
  (ニ) 遊びの発見。



 それほどの註釈はいらないとおもう。
もしわたしたちが心の世界の異常について語ろうとすれば、
その手がかりになるものがこの時期から意昧としてつくられるように
みえる。だがほんとうは第一次的な形成は終っている。
恐れや不安を表現すると、それは
周囲からある普遍性として理解できるようになり、
生活としての遊び(反復の意味づけ)も、この時期からはじまる。
あるいは 反復と常同の 分離がはじまるといってもいい。

 
 
 
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Post時間:2010-03-14 01:44:43
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 児童期(五~十歳)

(1) 知識、技術、規範 の習得。
(2) 性の社会的(共同体)な抑圧 と その反撥。
(3) 勤勉観念と その反撥としての怠惰。
(4) 道具、技術の法則を習う。
(5) 適・不適、 劣等・優越 がつくられる。



 ほんとうにはこの時期のことはよくわかっていない。

教育、学習といった外部からの注入がはじまり、
心の内在的な展開を攪拌するからだ。

生物生理としての性の奔騰のはじまりに
外部からは 技術的なもの、 規範的なもの、 知識
による抑圧が注入される。
胎乳児期で形成されたものが、
現実世界と衝突させられることにより、
無意識の表面層がつくられるとかんがえられる。

ypyypy.jpg

無意識の核と中間層の複合とでつくられた
ヒト的な性もまた、
はじめて押しつぶされるような力としての社会(共同体)にぶつかる。
その錯合と葛藤が無意識の表面層を形成する。
                                                            
  わたしたちはこの児童期の区分の存在を、
しっかりと根拠づけることができていない。                  
比喩としていえば
第二次的な割礼や陰核切除の儀礼にあたるものが、
教育であるような気がしている。                    
                    
 
 
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Post時間:2010-03-14 02:09:17
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ライヒのいいたいようにいえば、
出生するということ、いいかえれば
胎児から乳児への環界の切り換えは、それだけで
女性の約90%、男性の70~80%をマス神経症にかからせるほどの
負荷を強いることになる。

それにもかかわらず
(ライヒほど極端にかんがえないとしても)、
わたしたち人間のおおくは、
ある瞬間とか日時とかをとってくると、
どこかで無意識が病んでいる、荒廃しているとかいう実感を、
内在的にか〈思いこむか〉、
または他者からわかるほどの程度でか、自覚することも
観察することもある。
これにはたぶん例外はない。

それにもかかわらずわたしたちは、
女性の90%、男性の70~80%に病像を申し立てず
何とかやってきている。

それは自他ともに症状が短時間あるいは短日時で、
正常にもどるからではないか とわたしにはおもえる。

それが「母型論」のモチーフでもあるわけだが、
わたしたちの病像は、
無意識の表面層のコミュニケーションの異常で済んでいたり、
中間層のエデイブス錯合の異変で解けてしまったり、
また、ときとして無意識の核にまで追いつめられる経験に遭遇したりするが、
この三つの層の枠組を区分し、
その各層のどれかに症候を分離できるため、大過なければ
何とか病的事態をこらえてゆくことができているのではないだろうか。

そこで
異常心理学や精神神経学の病態の考察は
ここで設定した何れかの層についての考察として位置づけることができる。
そうしたいというモチーフを、わたしたちはここで語ったことになる。

 
 
 
   
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