私は、自分の名前の意味をこれ程に忌み嫌う事態になったことは無い。
朝早く、草壁さんから緊急連絡が入り、私は学校へ直行した。
朝ごはんは適当に作っておいて。
着くと、事態は深刻のようだった。
『草壁さん!』
「補佐!ご無事で何よりです!」
『それで、いったいどういう事態?!』
「それが……皆かなりの重傷です。補佐の部下は少ないですが、どの者も歯が抜かれ、かなり手傷を負っているようで……」
『なんてこと……本数は?!』
「かなり抜かれている者もいるようで、もしかしたら総入れ歯になるかも、と」
バキ
「補佐……」
『赦せない』
近くにあった木に拳(こぶし)をぶつけ、少しだけ幹を陥没させた私に、草壁さんが引く。
「補佐、お許しください。私どもの情報網でも、あと少ししないと犯人所在が」
『ああ、草壁さんに怒ってるんじゃないの。情報の方も仕方ないわ』
むしろ、私の方がたち悪いわよね。
そう思いながら、目を閉じ、意を決して開く。
『今私達がやれることは、街の安全確保くらい。情報班と警邏班に別れて事に当たりましょう』
「ほっ……。ですが、補佐。警邏をすることの方が危険ではありませんか?」
『雲雀さんにそれを言ってごらんよ。というか、もしこれが市民や他の学校の生徒に及んだら?』
「……なるほど。しかし、どのもの達を当らせましょう?」
『襲われた風紀委員の名簿あるなら貸して』
「どうぞ、こちらです」
渡された名簿を速読の要領で目を通す。
『……この名簿、戦力的に高いものばかりね。確か、私の部下だったけど、持田って子。掛け持ちで剣道部主将やってるでしょ?』
「!そうですね」
『ということは、逆に弱いものの方が目につかないのかしら?盲目とかかも』
「盲目、ですか?」
『ええ。人によって、五感のどれかを失った、またはない人はね。他の感覚が異様に鋭くなってくの。視覚を失ったら嗅覚と触覚って、具合にね』
まさに点字はその部類だ。
あれは触覚によって文字やメッセージがわかるのだから。
まぁ、一種の暗号みたいなものだけれど。
「ということは――」
『うん、ここまで言えばわかりやすいかしら?』
「――臭いで嗅ぎ分けてるかもしれない、ということですね」
『そういうこと。ですから、私についてきている者を中心に警邏班を構成してください。警邏といっても、優先的な仕事は避難誘導です。反撃などは出来かねないと思ってください』
「わかりました。そのように」
草壁さんが指示を出し、風紀委員の何人かが街に散ってゆく。
『雲雀さんは……また単独行動ね』
「そうですね」
「『ま、いつものことですよね』」
あの人、freedomと書いて我が道を行く人だからな。
雲雀さんは珍しく、ギリギリで校門へと入ってきた。
その後ろでツナが病院の方へと走り去っていくものだから、事態が深刻化していることがよく分かる。
『お帰りなさい。雲雀さん。今日は皆、授業になりませんね』
「……ほんとだよ。僕にケンカ売ってる気?」
『えーっと、誰が誰に?』
「君が僕に」
『??どういう?』
「君の名前、嫌いだよ」
『って、そこか!おのれヤブ医者!!』
トンファーで攻撃してきた雲雀さんを避け、私は叫ぶ。
「どうして逃げるの?」
『逃げるに決まってんでしょうが!それより、事態の収拾はどうすんの!?』
「もうそろそろ、居所がわかるよ。僕は待っているだけだ」
つまりはあと数時間もせずに、君は乗り込みに行くのね。
『なら、体力温存してくださいよ!敵前で力尽いたらバカバカしいじゃないですか!!』
「……ふん」
いきなり戦闘を切り上げて、応接室へ向かう雲雀さん。
『まったく、少しは考えてから行動しましょうよ……』
未来編では何とかしておいてくれよ?
その獣的な性質を。
ツナ達がそろそろ、殴り込みに行く。
雲雀さんが戻ってこない応接室で、私は椅子に座りながらため息をついていた。
彼が飛び出していった後、草壁さんが病院の前で倒された。
そして今、獄寺君が此処の保健室にいる。
――――雲雀さんの次は…………私。
わかっていた。
道筋を”知っている”のだから。
選択肢は二つ。
ここで待つか、獄寺君と一緒に行くか。
どちらにしろ私は、戦いに巻き込まれる。
ランキングで一位なのだから。
……敵前逃亡などはしたくないし、非道を赦せるほど、あいにく器用な生き方はしていない。
そう指輪を貰ったからとか、そういうことじゃない。
姉だからとかじゃない。
――私の中のプライドが赦せない――
私は立ち上がり、机の上に置いた手紙を懐にしまって部屋を出た。
「シャマル。頼む、何でもいいから今すぐ動けるようにしろ」
「何を言ってる。寝てろ。死ぬぞ」
「十代目が狙われてるのに、寝てられっかよ!」
部屋の中から、そんな会話が聞こえる。
ガラリ。
『へぇ、ツナが狙われているから行きたいと?』
「櫻か」
「十代目のお姉様!」
部屋に入って私は彼らに近寄る。
「もちろんです!俺は十代目の右腕だ!」
『んじゃ、そこまで言うならシャマルよろしく』
「だがな、嬢ちゃん。副作用があるぞ?」
『そこは私がサポートしますよ。弟にも来たでしょうが、これが来ているのでね』
懐にしまった手紙を見せる。
「それは?」
「?」
『九代目の直筆指令書』
イタリア語は読めないので、何とか日本語で書いてもらうように何とか説得したボンゴレのマークで蝋が押されているものだ。
ちゃんと炎付きである。
「なっ!」
「櫻のところにも来ていたのか」
『ということで、行く正当な理由はあるのですよ。あ、もちろん、風紀委員としていろいろ赦せない事もあるので”かかって来い!”ですね』
「……仕方ねぇな。隼人、櫻嬢ちゃんに感謝しろよ」
とか言いつつ、彼の治療をしてくれるシャマル。
「あ、ありがとうございます!櫻お姉様!!」
『えーっと、櫻さんでいいから、様付けはちょっと……』
「わかりました!櫻さんで!」
彼はそうしてベッドから降りた。
『とりあえずツナが心配しちゃうかもしれないから、その服着替えるために君の家に行こうか』
「そうですね!そうしましょうか、櫻さん」
『んじゃ私、外で待ってるよ』
「ええっ?!わざわざ一緒に来られなくとも!」
『大丈夫。私の特攻服は三分もあれば着替えられる品物でね。さ、行きましょ』
「うわっ!あの!引っ張らなくとも歩けます!」
『ああ、ごめん。こっちだったね』
「って、負んぶなんかされませんよ!」
『?お姫様抱っこの方がよかった??』
「……そういうモノではないと思います。櫻さん」
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