広い城の中をとにかく走り回る。
気分は鬼ごっこだ。
「ししし、遅い」
『って、ベルフェゴールのような動きできるかぁ!』
全力疾走しているつもりなのに、そのすぐ背後を余裕でベルフェゴールがついてくる。
「しししっ、だって王子だもん」
それ、”ヴァリアークオリティよ!”と同じくらいの魔法の言葉だよね。
『ああ、もう無理!一時間以上走り続けるのしんどい!』
ズサァァァ!とスライディングして、廊下に滑り込んで止った。
「もうかよ」
『仕方ないじゃん!四歳の君に言われたかない!というか、今更だけどベルフェゴールは正隊員じゃなかったんだね』
「だって、ボスが嫌がったんだ。俺、直々に王宮から出てきて、訪問してるのにさ」
『くっ、私が知っている情報が違ってたか……。あれだと君は八歳の時にここに来るって書いてあったのに!』
「やっぱ、ほんのちょっとずつ違うんじゃね?だいたいお前いない設定だったんだろ?」
『う、そうだった。あー、考えを柔軟にしなきゃ』
「しし、やっぱ王子には勝てないっしょ?」
『……今のどこに勝ち負けが?!』
「頭の良さ」
『うわ~。それ仕方なくね?というか、日本語以外話せない時点で負けてるし』
「で、いつまで座り込んでるわけ?」
『今日はもう無理!いや、まだやるとしても一個お菓子作ってから!!』
「!王子にも作ってよ?」
『了解!というか、みんなの分もつくろ』
ということで、またキッチンにいる。
「しし、今日は何作ってくれるの?」
『簡単にパンケーキでいいかな?』
「いいよ。生クリームとバナナ乗せてね」
『え、ここの生クリームって泡立てるところから始めるんじゃ……』
「?ああ、こっち使えばいいよ。ほら」
『おお。これって解凍すればいいやつ!』
楽になる!
「そんなに舞い上がらなくとも……」
『生クリームを一から泡だて器で立てるのは疲れるんですよ。ふ、ふふ……』
腕が痛くなるのは嫌だ。
材料がすべて揃ったので、てきぱきと進めて三十分後には人数分のパンケーキが焼きあがる。
「へぇ、早いじゃん」
『ここのキッチンのグリルがいくつもあってくれて助かったよ。日本じゃ、こうはいかないからね』
日本の家では多くても四つで、大半は三つ。
ヴァリアーの新居である城のキッチンにはコンロが八つもあった。
「王子はこれが普通だと思ってたけど?」
『それは、君が王族だからだよ。たぶん、普通の家じゃ二つあれば万々歳。主流は三つだと思うけどね。これくらいの数をそろえるような力量は、こういった組織かホテル、旅館、チェーン店くらいでしょう』
「ふーん」
『えっと、お皿には載せたから……。どう運ぼう……』
「そこのワゴン使えばいいんじゃね?」
『うわー、ホテルや病院でしか見なかったものがある。でも、病院の場合は給食って感じだよね。ここは、ホテルと言うべきか……』
ホテル使用のワゴンに皿を乗せ、いっしょに生クリームやらフルーツ、ハチミツも乗せた。
「んもう!櫻ちゃんが来てから毎日おいしいものが食べられるわぁ~!太ったらどうしよ~う!」
「……鍛練してるからそうはならねぇだろ」
「しし、そうそう」
「そうだよ、これほとんど糖分なんだから、ずっと頭を使っていればいいじゃないか」
「……(太りそうだ、ボス)」
「おい」
『なに?』
「ウィスキー」
『はい』
パンケーキにウィスキーとは、かなり大人な選択だね、十二歳。
というか、部屋にお酒があるっていうのはどうなのよ。
他のメンバーはエスプレッソをパンケーキのお供にしている。
数日前にこのメンバーでオッタビオを亡き者にしたとは思えないくらい、今この場には穏やかな空気に包まれていた。
そう、あの後誰もが譲らず、ヴァリアー幹部全員で打ちに行くことになった。
私も居残り組にならず、着いていく事に。
なにしろ、一番情報を持っている為一人になってしまうと狙われる可能性が、グンッと上がるのだ。
とりあえず、マーモンが幻術で標的を、特定の座標まで案内。
そこに、ルッスーリアとレヴィがスタンバイ。
後方にスクアーロとザンザス。
その横にベルフェゴールと私といった具合で配置についた。
このメンバー、マーモン以外二十年以上生きてる人がいない。
それを思うと、やはり事の十二年前なんだなぁとしみじみする。
私とベルフェゴール、マーモン以外が十代。
直ぐに片はついた。
ルッスーリアが飛びかかり、驚いてそれを避けた彼をレヴィが襲い掛かる。
だが、彼は冷静な判断でこれも躱した。
そこにスクアーロが斬りかかった。
が、彼はそれを本で受け止めた。
だがスクアーロの剣の力量に勝てるはずもない。
彼はそれがわかっていたのか、腕を一本犠牲にした。
五体満足ではなくなった彼はよろめきながらも逃げようと試みる。
そこにザンザスがとどめの憤怒の炎をおみまいした。
絶対的な熱量から逃れる術などない。
彼は塵(ちり)と化し、生涯を終えた。
結局、私とベルフェゴールは見ているだけであった。
だが、見ていないよりかはマシであろう。
罪の自覚が出来ないよりかは。
「おい」
ザンザスが呼ぶ。
『ん?』
「何を考えている?」
『そうね、未来の事だよ』
ザンザスに超直感がなくとも、鋭く的を射てくる。
だけれど、私はそれを感じさせない様に答え、ケーキを頬張った。
この後、帰国するまでちょうど五日だったか。
ずっとヴァリアーの城にいた。
とりあえずではあるが、足を速くし、色々と攻撃の基礎を学んだ。
筋肉強化(筋トレだね)は、ルッスーリアから。
ナイフ投げは、ベルフェゴールから。
剣技は、スクアーロから。
マーモンとレヴィは、見守り役。
というより、教えられる範囲がないからだ。
もちろんザンザスもである。
私はまだ炎を扱えていないのだから。
超直感は微妙にあるが。
そして、その日々は私の中で大切な思い出となった。
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