あの後、ロンと共に雪合戦をしたり雪だるま作ったりして、見事彼の中から私に対する疑問を無くすことができた。
というオチであったら、私は何と救われただろう。
現実はそう上手くいかず、アルバスじいちゃんによってみぞの鏡から引きはがされたハリーにより、私への疑問はロンの中でまた再燃焼し始めた。
まったく嬉しくない事に、その疑問の眼差しを二人から受けつつ、新年を迎えたのである。
今、私はハリーたちと少しだけ違った生活行動をしていた。
奇しくもそれは、クリスマス前までの私の行動に良く似ている。
まぁ、根本は違うからいいでしょ。
あのときはメンタル的にきたけど、今は人命に関することで違う生活スタイルをするしかないのだから。
んで、もっぱら寮の自室・談話室・図書館・マートルのトイレ・セブルスの自室のいずれかで過ごしている。
ハリーたちと合流するのは、出来れば早くしておきたいが、クィレルのこともあるので、微妙に様子見だ。
ヴォル様達の裏をかくためとはいえ、アルバスじいちゃんたちがしていることを少しづつ修正している作業は、結構大変。
入学式以降からかなり色々とやってたから、冬休みは少しゆとりができると思っていたが、そうもいかなかった。
この世界、私の知っている物語の中ではかなりの死人が出る。
もちろん、既に救いの手が伸ばせないような人もいるが、それを除いても、死ぬべきではなかった人も多い。
となればやることは一つ。
アルバスじいちゃんに宣言した通り、死を回避させるまでだ。
で、その第一号がクィリナス・クィレルというわけである。
その為には彼が自らの意思でこちら側へと来てくれなくては死を回避できない。
もちろん、手っ取り早く強制的に救ってしまうという案もあったが、そんなことをすれば後々彼は自分の命を軽んじ、私を例のあの人と同系列にして、私に命を差し出してしまう。
んなこと私は望んでいないし、勝手にそう思われるのは心外だ。
たとえ、”一番似ていて、一番似ていない”ということでもね。
そういう自覚はあるが、前半だけを見つめられても困る。
重要なのは後半で、今はアルバスじいちゃん側だという事だ。
というか、孫が闇に突っ走ったら絶対泣くってアルバスじいちゃん。
私は老人を泣かせたくはありませんって。
ま、アルバスじいちゃん自身、大体、結局ヴォル様にも甘いし……こういうとこで、詰めが甘いんだよ。
そういうとこも含めて色々軌道修正をしているのだから、結構な仕事量ってわけ。
それにやるなら徹底的に、だ。
となれば、自然とスケジュールがみっちりになるのである。
そんなこんなで、色々入学式から計画を立てて準備したり裏工作したりしていた。
例えばクィレルの命をいかにして伸ばすか。
直ぐに薬というのは思い至ったが、技量が伴わなかったので、空いている時間に必要の部屋で練習。
それが良いレベルまで出来たら、ついでマートルのトイレで本格的に作成し始めた。
もちろん、衛生面で結構疑問が生じたので、ちゃんとそういう殺菌の呪文を慧にお願いしてから作成している。
んで、それがクィレルに渡したレベルのエリクサーが出来た時に、いかにしてこれを渡すかを考え始めたのである。
タイミングも、その渡し方も。
エリクサーが出来た時点でクィレルを助ける算段はできた。
けれど、接触しだいでは後頭部に憑いているヴォル様に気づかれてしまう。
それを避け、ちゃんとクィレルの奴に接触し、味方に引き入れるにはどうすべきか。
一番の懸念は、後頭部の奴に気づかれないかどうか。
それにはどのレベルまで二人が繋がっているかが知りたい。
私は目を瞑り、思考の海へと落ちてゆく。
確か私の知る物語では、クィレルとヴォル様は昼夜で入れ替わるはずだ。
その入れ替わるキーは太陽と月。
森でのこともテストの後も、夕刻のはず。
ということは、あくまで主導権はクィレルの方にあるはずだ。
んならば、ひ弱な彼の思い込みで、ヴォル様の方が優先だと思い込んでいるわけである。
って、なまっている暇はないな。
それよりも、そういうことなら、やはりヴォル様は幽霊と同じ霊体又は精神の身の状態だという事だ。
そりゃ、部下どもに見切りをつけられるわけだ。
ま、恐怖で縛っただけじゃ、ただの兵隊にしかならんがな。
なら恐くはない。
ってことは、さりげなーくクィレルの奴にちゃんと主導権を渡し、ヴォル様を眠らせてしまえばいいのである。
……次は……霊体みたいなヴォル様をどうやって眠らすか。
色々知識内を検索してみたが、そんな都合の良い魔法などない。
霊体を消滅させることはできるけど……または近づけさせないようにすることはできるか…………
一応、後者を選択し、睡眠魔法を組み合わせてみることを考えてみる。
消滅はさせたいが、クィレルにも害が及ぶかもしれないからね。
意識をまた現実に引き上げて、そのように魔法の練習を始める。
理論とかじゃない、もっと感じ取るように体に覚え込ませてゆく。
必要の部屋で練習しているからか、出力をいつの間にか調整していた。
しかもミリ単位で。
それに気づいて、私はまた思考の海へと落ちてゆく。
些細な魔力の状態で効力を発揮し始める事が出来たならば、それは相手に気づかれずに魔法をかけてしまえるという事。
もしこれが物理攻撃とかならば、キャラとしては忍者やスパイに近く、兵器だと細菌兵器と同じようなイメージだろう。
私は、自分に呆れながら、また現実へと意識を引き戻した。
引き戻しては練習し、また思考の海に落ちては考え込むという事を繰り返す。
そうして、準備万端の状態でクリスマスの日にクィレルの元へと行き、あっさりと落として見せたのである。
というのが、今の現状である。
……ハリー達三人組には奇異の眼差しを向けられてますがね。
冬休みの休暇ではなく、今学期の課題にかかりっきりになりつつある。
遊びたいねぇ、でも、それしたら色々と支障が出そうだ。
ため息をひとつついて紅茶を飲みながら、まだ大広間でパンを頬張っているハリーとロンを見る。
彼らはこの朝食の時間から大抵ずっと寮にいて出てこない。
夕食も来ないからどうしているのかと思えば、談話室でマシュマロを焼いてクラッカーに挟んで食べていたり、クリスマスプレゼントのお菓子をつまんでいたりしていた。
……栄養が全く取れてない。
ちゃんと栄養摂れていないと、ちびっ子のまんまですよ?
いやそれよりも、ムンクの絵みたいな虚弱になるんじゃ……
二十代の私としては、栄養バランスの方が気になってしまう。
少しだけ働く母性精神でそう思いながら、『お先に』と寮へ向かった。
婦人に挨拶して寮へと入り、談話室のふかふかとした椅子に腰かける。
そしてそのまま、手を目に合わせて瞑想した。
瞑想していると、ハリーとロンが寮へと戻ってくる。
二人とも私が目を瞑って、座っているものだからびっくりしたようで、その気配が伝わってきた。
「なにやってるのさ!」
先に口を開いたのはロン。
やっぱりトップバッターは君が多いね。
『精神統一ですよ。こうして気を落ち着かせて、精神を研ぎ澄ますんです。テスト前とかにやると結構回答率が上がったり、試合前だと色々順調で得点を入れたりして、便利ですよ』
ゆっくりと目を開けながら言う。
ロンもハリーも顔を見合わせながら私を見ていた。
「どうして、部屋に行かずにここにいるの?」
ハリーが聞いてくる。
『ハリーそれはここが一番暖かいからですよ。部屋じゃ、ずっとベッドにいるか、魔法を使わないと暖かくないですから』
「そっか、確かにずっとベッドにいる訳にはいかないもんね!」
「……ダンブルドアやスネイプにはその魔法習ってないの?」
納得するロンと、疑問に思うハリー。
『魔法は一応習ってますが、その魔法を扱うレベルまで達していないのですよ。けっこう難しいものらしく、それを言ったら、アルバスじいちゃんは苦笑するだけですが、スネイプ教授だと鋭い視線と何かしらの拘束魔法が飛んできます』
…………
少しの間沈黙が落ちた。
「禪、それってかなり危険だよね?」(ハリー)
『そりゃ、避けるのを失敗して捕まったら床に容赦なく叩きつけられますからね』
「どうしてスネイプなんかに魔法習ってるのさ!魔法薬の授業なら仕方ないのに!」(ロン)
『アルバスじいちゃんの都合がつかない時に。あと、スネイプ教授はいろいろ呪文知っていて結構な使い手ですし』
矢継ぎ早に来る二人の質問に、素直に答えてやる。
『あ、そういえばロン。ずっと寮に籠っているようですが、今日も籠る気ですか?というよりハーマイオニーから頼まれた調べ物の方はどうなりました?』
「そうだね。ハリーと夜抜け出した時と、クリスマス、その翌日禪と調べ物したときくらいさ。ハーマイオニーに頼まれた調べ物は、禪のアドバイス通り貰った蛙チョコを調べているんだけど、マイナーなはずのダンブルドアが出てこなくって、ずっとなかなか出ない人物が出てくるんだ」
って、マイナーなモノ見つからないってどんだけレアパックだったのさ!
確かロンに渡したのは、ドラコ君のクリスマスプレゼント(クッキーはそえられていただけだったのでそれは美味しくいただきましたが)。
……どんなところで運を使っているんだよ、ドラコ君。
君もうちょっとピンチの時とかに、運を発揮しようよ。
前の世界なら重宝するかもしれないけれど……。
ま、おかげで長い間様子見ハリーたちへの接触が楽になったけど。
蛙チョコなんて五十個も買わないからね。
……なんか私の近くには、変な運を持っている人ばかりいるようで困る。
『あとどれくらい残っているのです?』
「二十五個だよ。毎日チョコを食べるのはしんどいのなんのって……」
どうやら、箱を開けるたびにちゃんと食べて消費しているようである。
って、全部開けて調べればいいのに……
「ねぇ、禪。もうスネイプに教えてもらうのはやめて、マクゴナガル教授に教えてもらいなよ」
口をしばらく閉ざしていたハリーが言った。
『うーん、マクゴナガル教授は専門分野がかなり違いますからねぇ。一応視野にその事は考えておきますよ』
物語があらかた進めば、それをせざるを得ないかもしれないからね。
『それで、ハリーの方はもう大丈夫ですか?ここに来たときくらいに痩せてましたけど……』
「ああ……うん。ダンブルドアに助けてもらったよ」
『そうですか。それはよかった』
すっきりした表情で言うハリー。
どうやら、吹っ切れたようだ。
まぁ、家族のことだから、もしかしたら結構心の奥底にはまだ残っているかもしれないけど…………
『んで、今日は?』
「そりゃ」(ロン)
「もちろん、このまま寮にいるさ」(ハリー)
交互に答えるのはいいけど、それって引き籠り宣言ですよね?!
セブルスと同じようなため息をつきながら、私は『では、私は教授たちの手伝いをしてきますので』と言って寮を出た。
「んじゃ、まぁ、そいつを取ってくれ」
『はい、この栄養剤ですね。って、これ主な成分ってなんです?』
「ん?ああ、生姜さ。他はハチミツと水だ」
『あら、シンプルですね』
「こういうのはこう言った自然のものがいいのさ。下手に既成の物はいけねぇ」
私はそう言ってハグリッドと話していた。
目の前には様々な魔法生物がいた。
冬越しに必要な暖房の為の干し草を新たに入れたり、今の様に飲み水の中に栄養剤を入れたりしていた。
『……ねぇ、ハグリッド。シンプルなのはいいけど、馬小屋とか見たいのは作ってやらなくていいんですか?』
「それをしたら、この禁じられた森では生きて行けん。出来るだけ自力にしにゃあと」
『ああ、そういうことですか。確かにそういう事なら、これくらいがちょうどいいですね』
自力で生きてゆかせるためならば、これくらいのちょっとした暖房の用意でいい。
「そんで、ハリーはどうしちょる?」
『ハリーは、ロンと一緒に寮に籠ってますよ』
「一歩もか?」
『ええ。だたのはクリスマスの前後だけ。ハグリッドはアルバスじいちゃんから聞いてます?クリスマスからのハリーの精神状態が可笑しかったこと』
「…………ああ。聞いちょる」
『では、その原因の一部がハグリッドにあることも分かっておいでで?』
「……………………ああ。おれは……おれは……」
一度責めたらいきなり弱くなるハグリッド。
『ハグリッド、そこまで落ち込まなくとも。それにまだ挽回の機会はありますよ。あと半年残ってますし』
「ああ、そうだな」
ズーン、と落ち込みからなかなか戻ってこないハグリッド。
『一応聞いておきますけど、他に隠し事とかしてませんよね?』
「あ、う……」
しどろもどろのハグリッド。
『あるんですね。今のうち言っておいてください。というか、それかなり後になるだろうけど、ハリーたちに聞かれますからね』
「うああ……!」
『って、いきなりパニックにならないでくださいよ。アドバイスしますから』
「うう、禪……!」
『………………』
なんでだろ。
なんか泣き出す人多いよ、私と関わる人。
『で、何があったか教えてもらえます?』
にっこりと笑って、ハグリッドの顔を見た。
『セブルス~。いますか~』
「……ノックくらいしろ」
ハグリッドにアドバイスした後、セブルスに自室へと寄る。
『いいじゃないですか~。って、年明けだというのに、なんでこんなに大量に材料が?』
セブルスの自室に一歩足を踏み入れたら、魔法薬の材料が所狭しと積まれていた。
「新学期の準備だ」
『って、何も自室じゃなくても――』
「見てみろ。魔法薬学の教室を」
言われて魔法薬学の教室に続く扉を開けてみる。
そこにも色々と山が出来ていた。
『なにこれ』
「だから新学期の準備だ。春先はいいとして、次の季節の変わり目や夏場はかなり必要となるのでな」
随分と用意周到だな、おい。
『……セブルスは聞いたのですか?ハリーの事』
「もちろんだ。まったく、情けない…………」
『ハリーはまだ十一歳だし、仕方ないじゃない。そんなものを見抜けないでしょう。まぁ、魔法省に父親がいて魔法界暮らしが長い、ロンならともかく……』
「ほう、Mr.ウィーズリーは見抜けたと――」
『まぁ、一発目で魅了されてはいましたが、育った環境がらそういう教訓とかあったのではと……』
「それは推測であろう。お前が知る限りは?」
『ああ、うん。そっちは一回見に行っただけで止めてましたよ。直観と父親から良く言われた言葉で』
話を上手いことずらして、セブルスの関心をずらした。
「それで、どうしたのだ?」
『え、訳もなく寄っちゃだめですか?』
「……お前が来る時はいつも何かしら理由があるのだ。警戒したくもなる」
そっぽを向きつつ、真っ当な答えを言うセブルス。
『?いいじゃないですか』
「よくない。我輩にも心の準備というものが――」
『心の準備って?』
「っ…………」
言葉に詰まるセブルス。
『??あ、そろそろ寮に戻りますね。失礼しました』
そうして部屋を出て寮へと向かった。
退出した部屋の中で、セブルスが何かを耐えるような顔をしているとも知らずに。
寮に帰ると、談話室でハリーとロンがお菓子をつまみながら喋っていた。
『ただいまー』
「禪もこっちに来て食べなよ、これ昼ごはんなんだ」
「そうだよ、おいでよ」
堂々とそう言ってのけるハリーとロン。
って、これ見たらウィーズリーおばさんが怒るぞ?
『二人とも。そんなんじゃ、お腹持ちませんよ?』
「大丈夫だって」
「そうだよ、この休み中ほぼこれで大丈夫だったんだから」
……ハリーの影響かな?
なんか、ロンまで細くなってる気がするよ。
『はぁ、仕方ないですね。はい、これどうぞ』
私は杖を取り出して、大量のサンドイッチと紅茶を出した。
ここに来る前に食堂に寄って、僕妖精に頼んでおいた品物である。
「「!」」
さすがにこれにはハリーとロンは吃驚したらしい。
「「禪、いつの間にそんな魔法できるようになったんだい!」」
『ついこの前ですよ。アルバスじいちゃんに見てもらっていた時でしたねぇ』
私も堂々と、嘘を笑顔で言う。
ま、どちらもどっちというわけね。
『まぁ、とにかく、二人とも食べましょうよ。ほら色々種類ありますし』
トマトとレタスのサンドイッチに、レタスとベーコンのサンドイッチ、エビとレタスのサンドイッチ、タマゴとレタスとトマトのサンドイッチ、カツとレタスのサンドイッチ、etc.
中にはアボカドを使ったものや、デザート感覚のジャムやフルーツを使ったものもある。
「どうする?」
「もちろん――」
「「いただきまーす!」」
そう言って二人は勢いよくサンドイッチに手を付けた。
私はそれを眺めながら、自らも食べ始めた。
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