難なくクィレルの部屋に招き入れられた私は、部屋を見渡した。
シンプルなソファ(水色)、ハニーブラウンのテーブル、テーブルと同じ色の椅子と机。
膨大な資料が入っている本棚と、観葉植物、黄緑色のカーテンに、寝室へと続く扉。
って、どこの大学生の部屋か!
それくらいにシンプルだぞ、おい。
……マグル学って、そんなに資料少ないかい?
セブルスの部屋、資料があっちこっちに山積みなんだけど……。
「ど、どうしましたか?」
思考にはまっていたのを不審に思ったらしく、クィレルが聞いてくる。
『ああ、すみません。意外と片付いてて吃驚したので……。ほら私、立場がらどの教授の自室にも一度は入ったことあるんです。ですけど、どの教授も資料がたくさんあって本棚があっても入りきらないほどでしたので…………』
あの厳格な性格のミネルバでもそうだった。
ま、床に直置きにはしていなかったけど…………
「ああ、そ、そうですね。今の教材はす、全て教室にありますし、も、元の教科……あ、私別の教科をせ、専攻していたのですが、これと言ったし、資料がなかなか……」
って、予測通りかいな。
『そうだったんですか……。ん?という事は元の受け持っていた教科は、いや、この場合はその分野か。その分野あまり研究進んでないんですか?』
「ああ、そうだよ。皆あまり嫌がってですね、進むのに進まないんです」
つまり、三歩歩いて二歩下がるという感じであんまり動いてないんですね。
って、このフレーズ久しぶりですね。
でもその分野、狙い目だな。
じゃ、やってみるか。
意外とサクサク進みそうだし。
マグルにどっぷり浸かってましたからねぇ。
楽勝でしょ。
「あの……?」
『ああ、すみません。考え事してて、でもそんなに資料が少ないとは……その教科なかなか講義がしにくいのでは?』
資料がなければ、自ずとマニュアルやらを一から作るのに等しいというのが丸分かりだ。
かなりの仕事量である。
「ええ、確かにそうですよ。全て一から作ってそれをチェックして、また見直して、大変でした。まぁ、今は元々マニュアルがある教科ですから、そんなことしなくてもサクサク進んでしまうのですが……」
そう言って、彼は笑っていながら名残惜しそうな顔をする。
……一度もどもらない。
それだけ好きな分野だからか?
ま、理由はなんとかわかるがな。
実は、既に私が行使している魔法は完成して、効力を示していた。
そのおかげでクィレルは、これほどまでに素で話をしているのである。
いわゆる睡眠作用の魔法を使った。
と言っても、万人に効く代物にはしていない。
今のヴォル様はいわば生霊だ。
そこを逆手に取り、ちゃんとアレンジして、霊体にだけ効くものにした。
って、カオス的な存在のピーブスまで寝てくれそうな気がするな。
ここまで効きがいいと。
『さて、と』
私はそう言ってもう一つ魔法を行使した。
「あ、がっ」
そしてそれは痺れ薬としての効力を示す。
声とともに、クィレルがその場を動けなくなる。
どうやら、手を上げようとしているが、上げれないようで、手をわなわなさせるだけ。
『どうかしましたかクィレル先生?』
してやったりと思いながら、クィレルに問う。
「み、Ms.さ蔡塔」
戸惑うクィレル。
『御気分はどうです?まだ変な声が聞こえます?』
そう私が言えば、彼は目を見開いた。
「あなたは一体!」
『あら、口は動くようにしておいたけど、やっぱりどもらない方が、聞こえやすいわね』
「何が目的だ!」
『って、私悪役?』
「このような事をする人は、大体が悪役です!」
『でも、実際に悪の道に足を踏み入れているのは、貴方の方でしょう?』
「……!?」
『そう驚かなくとも、バレバレですよ。挙動不審過ぎですし』
「どこまで」
『そんなの、全てですよ。まぁ、細かいところは知らないので、大体の流れってとこですかね』
「どうする気だ」
『まぁまぁ、そんな怖い顔をしないでくださいよ。そんなことより、貴方大丈夫とは言えない身体のようですね』
「!」
『どうしてとかは言わないでくださいよ。馬鹿らしい質問ですから。さて、貴方は生き続けないですか?それとも死にたいですか?』
肝心な事を聞き始める。
「なにを、わたしは……」
クィレルがそう言いながら、目を伏せた。
反応から見て明らかに――
『なんだ、やっぱり生き続けたいんですね。フツーこんなことをする人が命をポイポイ捨てるようなことはそういませんからね。むしろ、命を大切にしながらそうするしかないと思い込む人が多いですから』
「く」
『せっかく、憑いてる奴だけ意識を失わせてやったんだから、こっちについてもらわないとね?
私は自分より人の命を優先させる者。
クィリナス・クィレル。こんなところで、誰にも看取られずに死にゆくのは嫌だろう?
今貴方についている奴なら、平気でそういうこと強制的にするよ?そんな奴について行くこたぁないさ。
いくらでも出番は作ってあげる、ヒーロー的ポジションがお望みかい?それとも、学会とかで大発表とかしたい?
あ、闇属性なら私の方が濃いから、闇に浸かる事をお望みなら、なおさら私につけ!』
程よく威圧感をかけながら、クィレルにそう言った。
「な……」
どうやら、言うべき言葉を選べずにいるようだ。
「…………………」
『…………………』
しばらく沈黙が続いた。
私はにっこり微笑んでクィレルの答えを待つ。
もちろん、彼が素直に言えるようにそれ用のお香を身に着けている。
こういうとこは、アロマテラピーの応用だよーん。
あっちの世界じゃ資格持ってたし。
「わた、わたしは――」
ポツリと言い始めるクィレル。
「私は生きたい!まだ、やりたい研究があるんだ!少しくらい目立ちたい!でも、光ばかりの世界は眩しすぎるんだ。だから影にいたい!」
身を震わせ――いや、痺れているはずなのでそうせざるを得ないであろうが――クィレルは言った。
クスリと私は笑う。
『いい返事だよ、クィレル。じゃあ、今から貴方は私の味方っつーことで』
そう言ってクィレルにかけた金縛りもどきの術を解いてやる。
クィレルは、床に膝をついて息を整えた。
……どうやら襲うとか、逆切れとかはしないようだ。
『今はそのまま憑いてる奴の言いなりをしていてくれ、って、もう無理難題を言われたかい?』
確か、部屋の前に来た時に、既に懺悔行為をしていたはずだ。
「は、はい。私の命、減りが速かったので焦って………………」
『……薬を片っ端から飲めとか?』
「いえ、ユニコーンの血を飲めと」
『って、それ本当に無理難題ね。じゃ、これあげとく』
ごそごそとローブからガラスの小瓶を取り出し、クィレルに渡した。
って、まだ床にへたり込んでるし。
「これは……?」
なんだろう、とビンをしげしげと見る彼。
『エリクサーの成り損ない』
「は?」
『だから、回復薬の一番強力なやつ。の成り損ない。いうなれば失敗作ではあるけれど、それを飲んどけば、二日は食事せずとも生きていれるのよ?しかも、ぴんぴんしている状態でね』
「こ、こんなの一体いつ……」
『ああ、もちろんそれこそ秘密かしら?って、時期だけ言えば、一学期始まってすぐに作りはじめて、一か月前には完成させてましたよ。出来そこないだから、また色々と創意工夫をしなきゃいけないけど……』
「すごいですね、本当に貴女について行った方が良さそうだ」
『ま、少しは気楽になればいいわ。でも、それは気休めだし、いきなりそんなの手に入れてもおかしいと疑われちゃうでしょ?そこで、後で私が手紙送っておくから』
「手紙ですか?」
『ええ。で、そいつには”私の寮の後輩が、この頃私の体調が悪そうなのを心配して「これを飲んで元気出してください!私の家に伝わる疲労回復薬です!」って、言ってくれました。”と言っておいてください。で手紙には、その生徒から、薬もその中に入っていたという事に』
「……Ms.蔡塔。本当に貴女は、一年生ですか?」
『ん?』
「こんな、こんな手の込んだ計画やら、魔法やらを――」
『それは、夏休みに突入した時にお教えしますよ。今は、この状況を切り抜けることを優先させます。薬は一週間に一回のペースで手紙と共にお送りしますから。私を選んでくださり、ありがとうございます。後悔はさせませんから』
「……殆んど、脅迫だった気もしますが。でも、普通は、可笑しな男より、綺麗な女の子のどちらかを選べと迫られたら、後者を選びますよ。死にたくありませんし」
『あら、ありがとう。兎にも角にも、そういうことだから。って、今の会話は奴には聞こえていないはずですから、大丈夫ですよ。そういう魔法ですし』
「!本当に、貴女はいったいどれだけの才能を……!」
『取るに足らない程度ですよ。元いたところでは、何の役にも立ちませんでしたから……』
「元いたところとは……?」
『ああ。その話もまた夏休みに。では、深夜回ってかなりの時間ですし、今日はこの辺で。奴は今日くらい寝てしまっているとは思いますが、くれぐれも油断なさらぬよう』
「ああ、ありがとう」
『もちろん、私をまた追いかけることしてもいいですよ。では、お休みなさい』
「お休みなさい」
そう言って、彼の部屋を出た。
かなりの時間、話していたらしく廊下から見た月が中天を過ぎた位置で輝いている。
空も少し白んでいた。
ということは、午前三時あたりか。
確か、”未明”っていうんだよね、この時刻の事。
少し、すっきりした気持ちを引きずりながら、私はステルスモードを発動させて寮へと歩いて行った。
(クィリナス・クィレル視点)
わたしは、とんでもない者に掬われたようだ。
と言っても、優しい手に掬われている。
栄光の為と思い苦しんで選んだはずの事が、いつの間にやら重たい荷物と鎖となり、わたしは命を一握り分くらいにしてしまっていた。
自分自身の予測では、あと二か月持つかどうか……。
なんだか、今までやってきたことが笑い話のようだ。
クリスマスだというのに、まったく祝える気分ではなかった。
スネイプに睨まれ、ダンブルドアとマクゴナガルに見張られ、全く身動きできはしなかった。
Ms.蔡塔を追い掛け回す(捕まえる)気力はもはやなく、ターバンにしみこませたニンニクの匂いがうっとおしくなっていた。
あれだけ捕まえることを、意気込んでいたわたしは嘘のようだ。
クリスマス・パーティーと、Ms.蔡塔のバースデー・パーティーもそこそこに切り上げて、自室へと戻った。
戻ってほどなく、あのお方が目を覚ます。
そして、無理難題を言い始めた。
わたしが、わたしがもう持たないから、と。
分かってはいた。
それくらい、自分の把握は出来る。
悲しいのか、空(むな)しいのかわからなかった。
呆然としながら、無理を言うあのお方を諌(いさ)めていれば、ドアがノックされる。
それと同時に、あのお方の声が遠のいた。
不審に思いながらも、ドアを開ければ、Ms.蔡塔が立っていた。
どうしてこんな時間にと問えば、のらりくらりと躱される。
……どうして、今まで追いかけまわしていたというのに……。
彼女は話をするために部屋に入ってきて、少しぼぅっとした後、部屋の感想を言った。
意外と学問に熱心なようで、色々と聞いてきた。
その辺りから、あのお方の声が全く聞こえなくなった。
……眠ったのだろうか?
いや、いつもはまだ起きれおられるというのに……
疑問に思っていると、身体が痺れて動かなくなった。
どういうことだ!?
パニックになっていれば、Ms.蔡塔が不敵に微笑んで、喋り出した。
内容は驚愕するものだった。
全て見透かされていた。
悪の道を進んでしまっていることも。
わたしが、わたしの命がもうないことも。
生きたいか、死にたいかを聞かれた。
そんなのは決まっていた。
生きたい!
そう心中で言えば、彼女は汲みとった様でわたしに救いの手を差し伸べてきた。
……平たく言えば、部下に成れ!という事であったが…………
それでも、私は救われた気になった。
実際には”救い”ではなく”掬い”だと思うが…………
命のすり減りも、一応の救命処置として、薬をくれた。
しかも、その薬とはエリクサー。
出来損ないらしいが、それでも効力は抜群のようで……
その後、あのお方への入手方法の誤魔化し方をレクチャーされた。
彼女は本当に一年生なのだろうかと思ってしまう。
だが、ダンブルドアの孫であるし、自然と疑問がなくなっていた。
ずっと、威圧をかけられていたが、それは安心感に変わっていて、ただ、安堵を覚えるだけだった。
後は、頼んだよ。
わたしはもうほとんど身動きが取れない。
命が減り過ぎた。
謝罪は、後でするから、今は――
(クィリナス・クィレル side end)
『レディ、レディ』
夜更けに寮の入り口まで戻った私は、太った婦人(レディ)に小声でささやく。
婦人は小さな声とともに、ぼぅっと目を開いた。
「……このような時間に誰。Ms.蔡塔!」
婦人は私を認識すると、飛び起きるような声を出した。
『シー!婦人、驚くのは分かりますが、声抑えて』
私がそう言えば、婦人は片手を口に当てて声を抑える。
「いったいどうしたのです?まだ、私室の方でお過ごしになっていた方が良いのでは?」
『もう大丈夫よ。一応、仲直りはしてるし、やることも山積み。まぁ、詳しいことは夏休みになったら教えてあげるから、ね』
「……分かりましたわ。そう言えば、合言葉が変わっていますから、そこは彼らに聞いてちょうだい。この頃ずっと図書館に行っているみたいだし……」
『ふふっ、心配なんですね。大丈夫ですよ。そんなことになっているだろうという事も含めて、こうして寮の方へ戻ってきたのですから』
「……心配していたのはお互い様だったってわけね。じゃ、とにかく御入りなさいな」
そう言って婦人は扉を開けて通してくれた。
私は穴を抜けて梯子を上り、談話室へと入る。
談話室は既に火が消えていて、しんと冷え切っていた。
部屋に行く気もなれず、というより、睡魔の方が勝っていた。
その為、私は談話室のソファに横になり、杖を振って毛布を出し、そこで寝てしまった。
◇~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~◇
「…………禪、禪!」
意識を浮上させると、ロンが覗いていた。
『あ、ロン』
「どうして談話室で寝ているのさ!スネイプに拉致られて私室で寝てたんじゃ……!」
って、セブルスに拉致られていることになってる。
『いや、昨日から一応、寮に戻ってきたんですよ。アルバスじいちゃんと相談して、クリスマスからは寮に戻ることにしようって決めていましたし』
不覚にも眠ってしまったのを、少し悔みながら、身を起して、毛布をたたむ。
「それじゃ、ハーマイオニーに任されたことを手伝ってよ!」
『任された?ハーマイオニーに?』
「ああ、そうなんだ。ハーマイオニーったら、僕もハリーもホグワーツに残るから毎日図書館に行けるでしょ、って」
………ハーマイオニーも酷な事を。
毎日行けるにしても、そういう習慣は好きでもない限り続かないって。
『?という事は調べものですか?』
知らぬ存ぜぬを演じ、ロンに聞く。
「ああ、うん。禪、あの……スネイプには黙っててくれないか?」
『事と次第によりますね。退学するレベルのものでしたら、ごめんです』
「ニコラス・フラ……なんとかってのをどこの誰だか調べるの手伝って欲しいんだ」
それくらいならいいか。
ま、事実を知っているから後ろめたいけど、それくらいならいいでしょう。
『いいですよ。図書館ですね。では、私は着替えてきますので』
「ありがとう!」
ロンにそう言って、女子寮へと上がっていく。
了承はした。
……でも、石にいきなりたどり着いてしまったら困る。
クィレルを折角落としたんだから、その期待に応えてやる必要があるのだ。
と、いうことで。
図書案での調べ物は、『実は別の物を調べていたので、進んでません!』ってことにしよう。
ごめんよ、ハーマイオニー、ロン、ハリー。
これも君たちの為なんだ。
いや、このホグワーツの為なんだ。
ほんとにごめん。
部屋で素早く着替えて、本来の普段着に着替えてまた談話室へと戻ってくる。
さすがに、真っ黒な服で動き回るのは夜中だけにしたいです。
談話室に戻ってみれば、まだロンしかいなかった。
『ただいま。って、ハリーは?』
みぞの鏡の翌日は、いち早くロンに報告して、ハリーは少しおかしくなってしまっているはずだ。
「……今十時だろ?今日、ハリーの奴おかしかったんだ。禪がここで寝ているのは吃驚してたんだけど、それ以上は反応しないし。朝食も飲み物しか飲まなかったんだ。どこか上の空だったし」
みぞの鏡の影響力は効果抜群だ!
ったようだ。
○ケモン風にそういう感想が出るが、やっぱりハリーはおかしくなっていたようだ。
『ロン、図書館に調べものに行く前に、マクゴナガル教授のところか、アルバスじいちゃんところに行きましょう』
「え?」
『そのハリーの様子は確かに心配です。というより、不安を覚えます。二人の内どちらかに相談に乗ってもらいましょう』
「でも、それで点が引かれたら……!」
『引かれてしまったら、また稼げばいいのです。大体いつも点数を積み上げていっているのは私がほとんどですよ?』
これはホントの話。
冬休みまでの間、私は毎回の授業で少しずつ点数を入れていっていた。
……期待がそのまま現実になったと思い、寮の人からは信頼と希望のまなざしを向けられているので、そのプレッシャーが半端ないが………………
「でも…………」
『ロン。ハリーの心身の安全を優先しよう?友達なのに、それをせずに得点ばかり追い続けたら、いつの間にか友情を裏切っていたなんてことになりかねないよ』
少し目を伏せて、ロンに言う。
「そうだね。じゃあ、今からでもいいから行こうよ。図書館は夕方まで空いてるし」
彼が決断し、一緒に寮を出ようと出口に向かえば、
ぐぅ~
と、私のお腹が鳴った。
「……そう言えば、朝ごはん食べてないの?」
『取り忘れた。というか、寝てました。ロン、アルバスじいちゃんの方に行こう。スコーンかサンドイッチか、何か食べ物を出してもらうから』
情けないことに、私のお腹の状況で行き先が決まったのであった。
◇~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~◇
『アルバスじいちゃん居るかい?』
「失礼します」
合言葉を言って通してもらった校長室に、そう言って二人で乗り込む。
はたしてアルバスじいちゃんは居た。
何やら書類とにらめっこしている。
「おお、禪か。そっちの子は確か、ウィーズリー家の子じゃな、確かドナルド・ウィーズリーじゃったか。二人してどうしたんじゃ?」
アルバスじいちゃんは書類から手を放し、少し高い場所にある執務机から離れてこちらへと降りてきた。
『友達の事で少し、相談があるんです』
「禪、今は敬語じゃなくともいいぞ?」
茶目っ気たっぷりのアルバスじいちゃんがそう言った。
『じゃ、アルバスしいちゃん。ハリーの事で相談したいことがあるんだ』
「ほぅ」
アルバスじいちゃんの目の奥がきらりと光る。
『ロン、君が言うべきだよ。私は君から聞いたにすぎないからね』
私はそう言えば、ロンは頷き、アルバスじいちゃんを真っ直ぐ見て口を開いた。
「実は、今日の朝早くにハリーに起こされて「家族に会った」「君にも見てもらいたいよ」と言ってきたんです。でも、ハリーはその……ずっと上の空という感じで、禪が談話室で寝ていてもあんまりビックリしなかったし、朝食の時、何も食べなくて。今もどこかに行ってしまっているんです」
アルバスじいちゃんは、私が談話室で寝ていたことに少し目を細めたが、ハリーの事が心配だったようでその表情はすぐに消えた。
「なるほど。で、禪はどんな見解なのじゃ?」
『ハリーは何かにご執心なのかな、と。と言っても恋とかじゃなくて、何かしら危ないものに心奪われているんだと思うよ』
「ワシも同意見じゃ。なにしろ、恋愛は君たちにはまだ早ずぎるしのぅ。わかった。ハリーの事はワシが何とかするから、二人は安心してよい」
『!ありがとう、アルバスじいちゃん』
「ありがとうございます!校長先生!!」
快く問題を引き受けたアルバスじいちゃんにお礼を言うと、また私のお腹が鳴った。
ぐぅ~
「すっかり忘れてたよ」(ロン)
『うん、空腹より、ハリーが心配だったからね』
「禪、朝食べていないのかね?」(アルバス)
『うん、さっきまで寝ていたから、食べ損ねて……』
「それなら、ここで食べていきなさい。お昼まで時間が短いから、軽いもので良かろう。クロック・ムッシュなんてどうじゃな?」(アルバス)
『いいね、是非それで!ロンも食べてく?』
「うん。でも、クロック・ムッシュって何?」(ロン)
「ベーコンとチーズをパンで挟んで焼いたものじゃよ」(アルバス)
『一応の栄養は取れるからいいと思うんだ』
「おいしそう!では、僕もで!」(ロン)
という流れで、私とロンはアルバスじいちゃんにクロック・ムッシュを出してもらって食べた。
飲み物は、私が魔法を使って野菜ジュースを出した。
それにアルバスじいちゃんは少し驚いていたが、ロンや私がおいしそうに食べるので結局自分の分も出して、三人で食べた。
アルバスじいちゃんの部屋を後にして、ロンと共に図書館に向かう。
「ありがとう」
『ん?』
「ハリーのこと。ダンブルドアに言うなんて、おいそれとやれないよ?」
『……ああ、そこは孫の特権ですよ』
「……君って、敬語がなかなか抜けないね」
『癖ですからねぇ。で、どれくらい調べたんです?』
「本棚五つ分だよ」
『……確か、本棚は六段。一つの段に五十冊。……。千五百冊!かなり調べたのね』
私でも、三年間でそれくらいの読書量になったくらいだ。
それを半年未満で調べたというのだから、驚きである。
「だって僕らの背後で、ハーマイオニーが睨みつけて監視してるんだよ?手を休めたら……」
ブルリと身震いをして、ロンは青ざめる。
……ハーマイオニー。
どれだけ、意気込んですんですか。
『ロン、お疲れさま』
「禪、分かってくれるかい?僕らの苦労を!」
『心中お察しするよ。千五百冊なんて半端ない量を良く調べたもんです。まぁ…………このホグワーツの図書館の蔵書量は二十五万冊。分厚い専門書から薄い雑誌もある。雑誌は定期的に来るからまだ増える予定、新刊やらなんやらもあるから……。ロン、全て調べるくらいの無理がありますよ?』
「……だろう?でも、ハーマイオニーはそう思っていなくて――」
『鬼の様に調べまくったという事か…………』
酷だよ、ハーマイオニー。
そんな量を調べるの無謀だよ……
話している内に図書館に着き、マダム・ピンスに挨拶していつもの窓辺へと向かう。
私はいつもの席に座り、ロンはその反対側に座った。
『それで、今までどういう内容のものを調べたのです?』
「えっと、確か……歴史と植物、あと建物とか。でも、なんでそんなこと聞くの?」
『って、調べ物の初歩知らないんですか?まず、図書館というのは大抵、カテゴリー別に本が配置されています。それは魔法界だろうが、マグル界だろうが変わりません。まぁ、個人の蔵書ならゴチャゴチャに置いてあってもしかたのない事ですがね。とにかく、そのカテゴリーに分かれているのを利用するのですよ』
「どう?」
『少しは頭をひねってください』
と、言うとロンは本当に頭をひねる、つまり首をひねって頭を傾けた。
『って、そういう仕種のことを言っているんじゃないですよ。調べたいものはなんでしたか?』
私はしょうがないと片手を額に当て、かみ砕いて誘導質問してゆく。
「えっと、ニコラス・フラ……っていうの」
『それは、物?それとも人?』
「多分、人だと思う。ニコラスってよくある名前だし……」
『では、人名というカテゴリーに当てはめましょう。で、その人名を調べるのに、ロンならどういう本を探しますか?』
「うーん…………。何かの論文かな?何かを盗られそうというのなら、つい最近そういった発明とか論文を発表していそうだし……」
『はい、残念』
「え!なんでさ!」
間違いを指摘すれば、ロンが大声を出す。
私はその声に顔をしかめた。
『ロン、声を下げてください。マダム・ピンスが飛んできます』
「あ、ごめん。でも、どうしてさ?」
『確か、調べたいものは、人名でしたね。論文というのは、何が主に書いてあります?』
「そりゃぁ、研究内容とか発明とか――」
『では、人名はあまり載っていないという事になります。人名を調べるのには適しません。辞書をお勧めしますよ。人名を先に探しておけば、誰がどこのどういった人物なのか分かる事ができ、最終的にロンたちが知りたいのであろう品物も分かる事でしょう?』
「…………よくわかったね。僕たちがとある物を探してるって」
『すぐにわかりますよ。大体さっき聞いたのは人名を調べる手段。だけれど、実際に簡単に解けるその問いに、論文とか言い出して発明がどうのとか言うのですよ?であれば、実は”者”ではなく、”物”を調べたいという事が本来の目的ってことになります』
「禪って、本当に一年生?僕らと同い年?」
『あら、心外ですね。もちろん、一年生ですよ。では、辞書を探しましょうか。ロンはここにいてください。場所とかは後で教えますから』
疑うロンをさらりとかわして、席を立ち、本を探しに行く。
やばかった。
ハリーは最初から気づいていた節があったけど、ロンも、何となく違和感に気づいている。
……ということは、ハーマイオニーもだろうな…………
私は、すぐに覚えたこの図書館のカテゴリー配列位置を頭の中からピックアップしてきて辞書が置いてあるだろう所まで行く。
着いて、何となくこれだろうと思われる辞書を数冊取り出し、ロンのところへと戻った。
『お待たせ、とりあえず、こんなもんでしょ』
どんと音を立ててしまったのは不本意だったが、兎にも角にも机に辞書を置く。
「これ結構、一冊が分厚いね……」
『そりゃ、辞書だからね。でも、調べるのは”に”から始まるところだけでいい。辞書も文字ごとに分かれて編集・掲載されるからね』
「そっか、頭良い!」
『では、取りかかりましょうか。私はこっちの三冊調べるので、ロンは残りの三冊調べてください』
「わかった」
こうして、私とロンはハリー抜きで調べ物をし始めたのだった。
『どう?見つけた?』
探し始めてかれこれ一時間。
「だめだ。見つからない。禪は?」
辞書を手放して、机に突っ伏すロン。
『私もでませんねぇ。”ニコライ”という人物はいるのですが、”ニコラス”から始まる人はいません。……もしかしたら、有名なあまり別名を使っているのかもしれませんね』
私も、もどかしさを感じながら、もう一度辞書をパラパラとめくり始める。
「別の名前?」
『ロンは、なにか小説とか漫画とか読んだことあります?』
「漫画だったら……」
『じゃ、それ本名だと思いますか?』
「え、あんなのペンネームで――!」
『そう。その漫画とか小説の作者名というのは大抵ペンネームという偽名。個人情報をばらすまいと付けます。で、この偽名というの。実は有名人とかも付けるんですよ。これも個人情報を漏らさない為。っと、後はアピールするためですか……』
「へぇ~」
『で、そこで問題。ロンたちが探している人は、どうやら偽名らしい。では、その偽名はどこから出てきた?』
「そりゃ、ハグリッドの口から――」
『はい、そうです。では、その偽名の人のがアルバスじいちゃんが守っているのだと、ロンたちは考えたんだね?』
「だからなんで知ってるのさ!」
『声を抑えてください。知ってるも何も、ハグリッドの口からその偽名をロンたちが聞いた時、私もその場にいたじゃないですか。というか、意見も述べたよね?』
「……あ、そうだった」
『って、忘れてたんですか!』
「禪も声が大きいよ」
『っ!失礼。まぁ、そういうわけだから、知ってて当たり前で話は進むわけですが……。アルバスじいちゃんの経歴を見た方が速いかもね。しかも簡易版の』
「ダンブルドアの?!」
『声』
「あ、ごめん。でも、なんで簡易版?というより、そんなのあるの?」
『簡易版の方が、さっくりと解説してるからですよ。ほら、子供向けに確かあると思いますよ』
「…………もしかして、今僕下に見られてる?」
『もしかしなくとも、そうです。今後必死に勉強してください。多分ハーマイオニーあたりが、後か横について教えてくれるとは思いますが……』
「……ありそう。でも、子供向けって絵本にそんなの載ってないぜ?」
『何も絵本とは言ってません。”子供向け”ならほかにもあるでしょう?何かのおまけとか……』
「あ!蛙チョコ!」
今度こそ、かなり大きな声を立てたロンに、マダム・ピンスが走ってくる。
「Mr.ウィーズリー!図書館では静かに!今日はもうこれくらいにして、校庭にでも行きなさい!」
そう言って、マダム・ピンスはロンを猫のように持ち上げた。
……意外と力持ち。
いや、ここは本に対する愛の力ってことで。
「禪も。今日は切り上げて、また明日にしなさい。本は逃げませんが、今日という日は過ぎ去ります」
と、私にも視線が来たので、二人して図書館から追い出された。
『ロン、蛙チョコ大量にクリスマスプレゼントでもらったので、夕食の後とかにあげます』
「助かるよ」
二人して競技場方面に向かいながら、トボトボと歩いた。
しかし、校庭は白銀の世界。
「……寒いね」
『だね。一旦寮に戻って、防寒服着てこようか。雪合戦とかしようよ』
「いいね」
二人して寮に駆け戻る。
駆け戻る際に、私とロンはセブルスとクィレルが顔を突き合わせて何か喋っている姿をチラ見した。
……クィレル。
踏ん張れよ、んで味方も敵も欺け!
私は少し中二病的だが応援の意を込めて、二人を背にしてそのまま寮へと行った。
「禪!今の見た!?スネイプがクィレルを問い詰めてた!」
が、ロンはそのような事が裏で行われているとも知らずに、興奮して言った。
やっぱり、セブルスは悪役に見えちゃうのね。
セブルス以外と可愛いヘタレのはずなんだけど………………
『ロン、そこまで険悪な雰囲気ではなかったと思いますよ。ただ話し合いしていただけのように見えました』
「禪はスネイプに甘いのさ!」
言葉を荒げるロン。
「いいかい?!スネイプはスリザリン出身なんだ!スリザリン出身は手段を選ばない。女子供問わずだ!だから、禪!」
『はぁ、いいロン?このホグワーツの職員になった時点で、そういう事はしない契約になってるの。なにしろ、生徒に悪影響が出てもいけないからね。まぁ、スネイプ教授はちょっと引きずってるか、元々の地なのか、その名残らしきものが出てしまってるけれど…………』
「ちょっとどころじゃないよ!もろに出てるじゃないか!!」
ロンの言葉は否めなかった。
ちっ、やっぱり苦しいいい訳だったか…………
『ロン。では、そのようになっていたとして、スネイプ教授に何の得があるというのです?』
「そりゃあ、例のあの人に手柄を渡す事が出来るじゃないか!」
『……ロン。現在、例のあの人は、ここだけの話、蒸気みたいな状態のはずです。力など無いに等しい』
「でも、手柄は手柄だ!」
『しかし、そのような状態で手柄をもらったとしても、掴むことなど早々できませんよ。いや物理的に無理。それで、これはアルバスじいちゃんに聞いたのですが、例のあの人は相当高いプライドを持ていたようです。そんな彼が他人に手柄をもらって、自分は何もしていない・出来ていない・無力な状態であると振り返ってみたらどうでしょう?かなり情けなくなって、スネイプ教授は逆切れで殺されてしまいますよ』
そう、確かにロンに偽りを言ってはいるが、この情報に関しては本当だ。
例のあの人は、かなり高いプライドの持ち主。
だからこそ、自ら取りついてまでこの城に潜伏して獲物の喉に牙を立てるようなことをしているのだ。
ま、色々策を講じて阻止してやりますがね。
「……それも、そうか。じゃ、やっぱり品物って……」
『ロン、話が長くなるのでしたら、ハリーが戻ってきてからにしましょう。それに、私たち何をしようとしてましたっけ?』
「そうだね。って、確か防寒具を取に戻って……あ」
『また忘れていたんですか。先に取りに行ってくるので、中庭に集合という事にしましょう。では、お先に』
話を少し強引に終わらせ、部屋に防寒具を取に行く。
……談話室に誰も居なくてよかった。
一応、他人除けの魔法はしてたし、防音も施したけど、いきなり話し始めるロンって怖いよ。
……作中ではハリーもハーマイオニーもやってた気がするから、ここは若気の至りかな…………。
無謀だな。
というか、無防備……
一応の強運は持っていても、こういうところで危うさが残るという事だ。
ちょこまか何処に行くのかわからない幼児を見守るが如く、目が離せない。
『……秘密は黙っているからこそ、秘密だというのに』
ため息をひとつついて、防寒具のコートに袖を通す。
何とも言えないもどかしさを抱えながら、着替えて談話室に降りて行った。
次ページ:新年……でも へ