クディッチの練習は十五時まで続いた。
各々解散し、ウッドたち上級生は、早々と競技場から出て行った。
ぐぅぅ……
不覚にも私のお腹は正直である。
「禪、大丈夫?」
『全然、大丈夫じゃない……』
今にも倒れそうなほどにふらふらしている私を、ハリーが心配して聞いてきた。
私がこれだけふらふらしているのは、体力を消耗しすぎた為である。
朝早くマラソンをして、ご飯を食べずにクッキー作って、寮まで行って着替えして、なぜか補欠選手になってクディッチの練習に参加。
つまり、朝も昼も食べていない状態で動いていたのだ。
『ハリーは元気だね……』
「いつも食べてる量が少ないから……」
ハリーが心配そうな顔でつきそう。
『ってことは、朝ちゃんと食べたんだ』
「もちろ……禪、食べてないの?!」
『クッキーを作ることに集中して、喰いっぱぐれちゃったんだ……』
そう言って、競技場の壁に寄り掛かった。
あ、やべ。
「……医務室行こうか」
『いや、厨房に行ってご飯食べれば何とかなるって』
そう言って私はふらふら歩きだす。
「待って!一人じゃだめだ、みんなで行こう。どうせみんなお腹減ってるんだし」
そう言って、ハリーは私を無理やりそこで待つようにいって観客席にいるであろうロンたちを呼びに行った。
数分後、ハリーはロンたちを連れてくる。
しかし、その場にハーマイオニーの姿は見えなかった。
ハリーの顔も複雑な表情だ。
まさかとは思うが、まずは自分の現状をどうにかせねばと、ハリーたちを引き連れ――否、ハリーたちに引き連られて、私は厨房へと歩いて行った。
◇~~~~~~~~~~~~~~~~~◇
厨房で事なきを得た後。
『よっし!これで元気いっぱいだね!!』
私は完全復活を果たした。
「一時はどうなるかと思ったよ」
安心したようにハリーが言う。
『で、私が大変な時に、どうしてハーマイオニーがいないのかな?』
にっこり笑って目を細める。
「……それは」
ハリーが言いにくそうに、ごもごもし始めた。
後ろではネビルが悲しそうな顔をしている。
ロンに至っては顔さえ合わせない。
これでは、既に何があったか分かりきったものだ。
『ロン、何か言う事は無いの?』
冷たい目でロンを責めた。
ハリーとネビルがビビッて少し後ずさる。
私はそれほど怖い表情をしているのだろうか……
だが、今はそれでいい。
『ロン?』
私は再度、ロンに問い質した。
「……禪が練習に参加している間。僕らは観客席で応援していたんだ」
ゆっくりと静かにロンが話し出す。
「でも、それだけじゃもったいないってハーマイオニーが言って、呪文の練習をすることになったんだ」
マジで、ここでなのか……
てか選手たちに当たらなくてよかったな。
「それで、次の妖精の魔法の授業で浮遊呪文をしていたんだ。だけど……」
ロンが言いよどむ。
『……言いたくないのね。じゃ、ネビル。すまないけど教えてくれるかい?』
本来振りたくはないが、ロンが言わないなら致し方ない。
「ロ、ロンが悪いんだ!僕は止めたよ!」
『ネビル。別にあなたには怒ってませんから、そう声を荒げないでください』
ネビルが泣きそうな声で訴える。
私はそれに静かに諌めた。
「は、ハーマイオニーは君と同じように呪文得意だから、僕らの先生みたいになっていたんだ。ふ、浮遊呪文に限らず、じゅ、呪文は的確に言う事が必要だろ?」
『そうだね。無言呪文だったとしても、心の中でちゃんと唱える必要があるものね』
「そ、それで僕はなんとか唱えてみたけど、少し発音が変になってるって彼女に指摘されて、まずそこから直してたんだ」
『ふむふむ、妥当だね』
「そ、それでロンも少し注意をされたんだけど……ロンは反発して彼女に酷いことを言って……」
話すごとにネビルの話す速度が落ちてゆく。
『なるほど。それでハーマイオニーが出ていっちゃったってわけね。で、ロン。いいわけはあるか?』
声音を変え、ロンを責めた。
「あ、あいつが悪いんだ!友達居ないくせに、変な風にかまってくるから……」
がっ!
私は、ロンの服を引っ張るように胸ぐらに掴みかかった。
『ざけんな、ロン。
さっきまでのてめぇはどこに行った?
そりゃぁ、てめぇの思い違いだ。
友達になる条件が必要か?
一緒にいてやれば友達だろう?
ただ、お前は、羨(うらや)ましかっただけじゃないのか。
勉強が、呪文が。
得意なハーマイオニーに少し嫉妬しただけじゃないのか。
それ以上、他人を貶(おとし)めてみろ。
お前の方が友達居なくなるぞ?』
胸ぐらを放し、鼻で笑ってロンに背を向ける。
『ネビル』
「は、はい!」
急に名前を呼ばれたネビルが背筋を正して答えた。
『ついてきて。ハリーは、すまないけどそこのアホの面倒を頼みます。謝る覚悟をさせたら連れて来てください』
いつもの口調で、そう言った。
「……わかった」
ハリーは快く受け入れる。
私とネビルは、そうしてその場を去った。
「た、確かにこっちに走ってたのに……」
『どこかの部屋に隠れているのでしょうかね』
私とネビルは、ホグワーツの教室をシラミつぶすように探していった。
原作や映画では、謝るべき側だったハリーもこの状況においては謝らせる側であった。
今頃は、ロンを諭(さと)しているに違いない。
「ここにもいないね」
ネビルは、変身術の教室を覗いて言う。
「も、もう怒ってない?」
彼はびくびくしながら言いてきた。
『え、私そんなに怖かったですか?』
「うん。とっても。だって敬語を使う君が、それを使わずに、威圧感のある言葉でロンに迫ったんだ」
『……そうでしたか』
「気迫も迫っていたよ。だから――」
『大丈夫ですよ。私はそうそう怒りません。ちゃんと時期は選んでいます』
我ながら変な言い方だが、私は確かに時期を選んでいる。
それはシナリオを壊さない為であるが、元々の気質だ。。
私はそう怒らない。
もっと簡単に言えば私は温厚な方だ。
その点は、ホグワーツの先生方の性格を総じていると言える。
あのクィレルさえ、後頭部の奴がいなければ温厚な性格なのだ。
そしてそういう性格のものほど、怒らせれば怖いのである。
今までのストレスやらなんやらが、火山の様に噴火してしまうからだ。
思考の海に沈むのをやめ、意識を浮上させる。
ネビルは近くの教室を覗きこんでは、顔をしかめていた。
私はしばらく考え込んで、口を開く。
『……もしかしたら、教室ではないのかもしれません』
「じゃ、どこに行くっていうのさ」
ネビルは顔をしかめる。
『ハーマイオニーはどんな顔してました?』
「えっと、確か……泣きそうな……あ」
思い出すうちに、何とか思い至ったらしい。
『やっぱりそうですか。では、一人になれるようなとこを探しましょう。彼女は泣いているでしょうから……』
「そうだね。そうしよう」
そうして私達は、彼女を探すのを続行した。
といっても、探す場所を少しだけ変えただけである。
まずはふくろう小屋に行った。
あそこならばそう人は来ない。
手紙といっても、この祝日では、皆、前日に届けるか何かしているであろう。
あの小屋は奥行きが意外とある。
もちろんこれは学校のふくろうだけでなく、全生徒のふくろうを収容するためであった。
しかし、そのふくろう小屋にもいない。
ふくろう小屋はホグワーツ城の最西端に位置し、隠れるにはもってこいの場所だが、彼女は選ばなかったらしい。
『うーん、ここじゃないとなると……』
ネビルと相談し、場所を移動する。
次に行ったのは南に位置する温室である。
ここではないかといったのは、ネビルだ。
彼は毎日通うことによって、ここのどこが隠れやすいとかを知っているのだ。
「こことかどうかな?」
そう言ってネビルが開けた温室は、六号温室でとても暗いところであった。
『暗いね……』
「ああ、暗所を好む植物を育てるためのとこだからね。そ、それでこんなに暗いんだよ」
常時暗いため、生徒の一人や二人は隠れたりするらしい。
少し入り組んだところがあり、そこに光るキノコが生えていて、幻想的な場所を作る。
という場所でもある為、告白場所としても使われているようだ。
『気配はなさそうですよ』
ハロウィンだからこそ、告白する奴らもいるかと思ったが、そうではなかったらしい。
『というかネビル。さすがにそんな場所では隠れれるものも隠れたくないのでは?』
「……そうだね。なら次どこ探そう?」
うーんと二人で呻った。
お気づきかもしれないが、本来ハーマイオニーは原作通りどこかのトイレにいるはずである。
しかし、原作から外れてしまっている以上、それは当てにならないかもしれないのだ。
それ故に、こうして探しているのである。
『……私の私室とかにいませんかねェ』
「君の私室?寮じゃなくて?」
ネビルが疑問符をつけまくって聞いてくる。
『うん。ネビルには話したでしょ?私の事情』
「うん、聞いたよ」
『その話、ハーマイオニーにも話してはあるから、私の部屋がどこにあるかも知ってるはずなんだ』
「……確か禪の部屋って」
『地下牢。ちょうどセブルス・スネイプ教授の部屋の横だね』
「じゃあ、行こう」
ネビルが歩き出す。
私はそれに少し目を見開いた。
『ネビル、スネイプ教授が怖くないの?』
たしか彼は少し臆病であったはずである。
「こ、怖いさ。けど、泣いてる女の子を放っておくのはいただけないだろう?」
ネビルは何かを覚悟したように進んでいく。
彼も、男の子だね。
私は少し口元に笑みを浮かべて、彼を案内した。
『ほい、ここだよー』
私室の前まで来て小声で言う。
人差し指で、それ以上声を出さない様にネビルに指示し、扉をゆっくりと開けた。
しかし、そこには誰もいなかった。
気配すらない。
『ネビル、ここもハズレのようです』
ネビルに振り返り、ふぅっと息をつく。
彼は頷きかけて――固まった。
『?』
どうしてだろうと思い、首をかしげる。
「……やっと帰ってきおったか」
ゆらりと立ち上がる気配が後ろからした。
しかもこの声は……
ゆっくりと振り返った。
そこにいるのは紛れもなく、セブルス。
「で、今日はなぜ手伝いに来なかったのだ?」
彼が問いただした瞬間、ネビルと私は、お先真っ暗になったような感覚に襲われた。
◇~~~~~~~~~~~~~~~~~◇
ネビルと私は、セブルスにハーマイオニーの事以外を話し、魂が抜けたようになっていた。
いや、私はなんとか耐えたが、ネビルは相当怯えたらしく、本当に魂が抜けてしまった様になっている。
「ふむ、なるほど。そういうことか」
納得するセブルス。
『……えっと、スネイプ教授。なので、手伝う時間が少し減ってしまうと思うのですが……』
おそるおそる、セブルスに言う。
無論これはクディッチの練習の為である。
「それについては、致し方ないだろう。今までいろいろ手伝ってもらった分で、今年の風邪薬は間に合うだろうしな」
ふんと鼻で笑い、スリザリン特有の笑みを口元につくった。
「さて、来なかった理由はわかった。しかし、こちらに居る理由がわからぬのだが……」
セブルスがまたもやこちらを見てくる。
あ、これは死亡フラグかも……
セブルスに作り話をするにしても、それは手が込んでいなければ、彼は騙されてはくれない。
ましてや、その場で簡単に作った話では苦しいにもほどがある。
『ネビル?生きてる?』
魂が抜けたように静かになってしまったネビルを振り返る。
「……」
彼は気絶していた。
通りで返事がないわけである。
精神的ダメージが来てしまっているようで、そう簡単には起きないようだ。
『セブルス。今何時です?』
ネビルをつつきながら彼に聞いた。
既にプライベートモードで名前呼びである。
「無視するな。……今は調度夕食前だろうから、十八時半あたりであろう」
『……セブルス、まだ体内時計で時間を計ってるんですか?』
「ふん、悪いか」
セブルスが目をそらした。
その顔は少し赤いようにも見えたが、何分暗いので定かではない。
『いえいえ。まぁ、今日は長い夜になるって事だけお教えしておきますよ。まずは、ネビルを医務室に連れて行きますか。ここで気絶されても仕方ありませんし』
そう言って出ていこうとする。
しかし、それをセブルスが、私の服の裾を掴むという行為で阻止した。
『……なに?』
「貴様、まだ何か隠しておるだろう。話せ」
さすがは鋭い。
『あははは、じゃ、ぐへ』
今度は胸ぐらをつかまれた。
「話せ」
ベルベッドヴォイスが迫る。
ほんと、どうすればいいかねぇ。
私は答えに戸惑った。
結局のところ、ハーマイオニーの事は喋っていない。
二人でネビルをマダム・ポンフリーに預け、夕食へと向かうため大広間へと歩く。
『まー、とにかく頑張りますか』
「何を頑張るというのだ」
ポツリとつぶやいた言葉にセブルスが反応する。
『ん、お互いガンバローね』
「だから何をだ」
『ま、事が起こればわかるよ』
そう言いながら大広間に着いた。
既にハリーとロンは来ており、大広間の飾りつけと料理によって心を奪われているようである。
しかし、ハーマイオニーの姿はない。
まさかとは思うが、私の推理が正しければ、彼女は原作通りトイレの中だ。
だがそのトイレは、どのトイレかは記載されておらず、これまた予測するしかない。
『んじゃ、幸運を祈るよ』
「ふん、その言葉そっくりそのまま返して置くぞ」
お互いそう言ってそれぞれの席へと別れた。
グリフィンドールの席に着くなり、私はカボチャパイに杖を向け寮の部屋へと送る。
これも布石ではあるが、私はハロウィンのご馳走とやらを前に、スコーンをひとつ頬張ったくらいで手を止めていた。
そして、ほどなくしてクィレルが大広間に駆け込んでくる。
彼はやはりターバンが歪んでいて、顔を引きつらせる演技をしていた。
クィレルはアルバスじいちゃんのとこまで行き、必死の演技で喘ぎながら言った。
「トロールが……地下に……お知らせしなくてはと思って」
そのまま彼は気絶した。
なかなかの演技だね、クィレル。
彼が現れたと同時にセブルスがこちらを見てきていた。
その視線に私は頷き、セブルスはアルバスじいちゃんに耳打ちする。
クィレルはその後に報告して気絶していた。
パァン!!
「監督生よ。
すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に帰るように」
あわや大騒ぎとなる中、アルバスじいちゃんは冷静に呪文で杖から火花を飛ばし、注意を向け、みんなを静めて用件を話した。
パーシーたち監督生は水を得た魚のように動き、一年生を引率してゆく。
だが、その中に私はいない。
アルバスじいちゃんが杖で大きな音を立てた時、大広間を出てステルスモードを発動していた。
『くそっ!結局、後手後手に回っちゃたじゃない!!』
自分を叱咤(しった)して廊下を駆けた。
トイレといっても、このホグワーツには無数にある。
来年の出来事もトイレ絡みであるし、何かにつけて縁がありそうだから、嫌でも位置を覚えざるを得なかった。
“地下”で“トイレ”と、頭の中で検索し、候補が三つ上がる。
そこから大広間までの距離をそれぞれ出し、遠すぎるものは省く。
さすれば一つだけ残ったトイレがあった。
『あそこか』
全速力でそこへと走る。
『間に合ってくれよ』
小さくつぶやいたその言葉は、祈りそのものであった。
目的のトイレに着けば、まだ異臭はしていなかった。
代わりに嗚咽が漏れている。
ハーマイオニーだ。
『ハーマイオニー!』
そう確信してトイレの中に入り、私は大きな声で彼女に呼びかける。
「うぐっ……ゆ…ず?」
『そうだよ、ハーマイオニー!今はとにかくここから逃げるよ!!』
彼女が入っているであろう個室の外から呼びかけた。
「え……でも、私は」
『ハーマイオニーはちゃんと友達居るよ!私も、ネビルだってそうだよ!!だから大丈夫だよ。出てきて!』
必死に彼女を説得する。
きぃと扉があいて、ハーマイオニーが姿を現した。
「禪?」
その目は赤く腫れていて、どれだけ泣いていたかが明白であった。
『ごめんね、ハーマイオニー見つけるのが遅くなった』
少しだけ抱きつき、彼女に詫びる。
「ゆ…ずは悪くないわ。だ――」
彼女が言い訳をしようとしたその時。
ばたん!
大きな音を立てて扉が閉まり、同時に異臭が立ち込めた。
同時に大きなものの気配がする。
展開早すぎ。
『ハーマイオニー、少し下がっていてください』
私は真剣になって彼女に言う。
「え?」
ハーマイオニーは状況についていけず、ただ呆然と巨大な怪物を見ていた。
「きゃああああ!!」
理解し、彼女は悲鳴を上げた。
『ちっ!』
トロールは悲鳴を聞き取ってその方へと棍棒を振るう。
・・・・
それを見切った私は、ハーマイオニーの前に出て盾の呪文を使用し、防いだ。
しかし、防ぐと言っても勢いはそう殺し切れないものがあるので、そのままの体制で後ろへと押し出される。
ち、マジで戦闘力はドラ○エ並みか。
まぁ、知能もだろうが……
内心でそう考えながら、再び杖を振るう。
空中に無数の剣が出現した。
私は杖をもう一振りし、トロールの進路を牽制させるように放つ。
トロールは進路を牽制させられ、その場に踏みとどまる。
その瞬間、閉まったトイレの扉があき、ハリーとロンが入ってきた。
『二人とも、ちょいとハーマイオニーを頼みます!』
私はそう言って少し跳躍する。
一瞬戸惑っていた二人は、ハーマイオニーの方へと駆け寄った。
そう、それでいい。
私は口元に笑みを浮かべて、また杖を振るう。
『ステゥーピファイ!!』
言わずと知れた失神呪文である。
細いはずの赤い光線はかなり太かったが、トロールに命中した。
そして、そのままトロールは気絶する。
『よし!』
私はガッツポーズをし、少しポカンと見ている三人へと歩いて行った。
その直後に。
ミネルバ、セブルス、クィレルの三人が現れたのであった。
「これは……」
「……」
「あわわわ……」
ミネルバは息をのみ、セブルスは呆然としていた。
原因であるクィレルはその場にへたり込み、目を彷徨(さまよ)わせている。
監寮二人はいいとしよう。
クィレル情けねぇな。
教授方から見れば、この状況は唖然とするしかない。
なにしろ、みんな無傷で私がガッツポーズをしているのだ。
「いったい全体あなた方はどういうつもりなんですか」
我にかえったミネルバが怒りだす。
彼女の背後には漫画ならもれなく、カミナリのトーンが使ってあるに違いない。
……やべ。
セブルスはトロールを見て額に手を当てていた。
「殺されなかったのは運が良かった。寮にいるべきあなた方がどうしてここにいるんですか?」
おぅ、どーしよ……
「マクゴナガル先生。聞いてください――三人とも私を探しに来たんです」
「Ms.グレンジャー!」
ハーマイオニーが立って話し始める。
くそっ、出鼻をくじかれた。
「私がトロールを探しに来たんです。私……私一人でやっつけられると思いました――あの、本で読んでトロールについてはいろんなことを知ってたので」
ハーマイオニーの発言に、彼女の背中を支えているロンが目を見開く。
ハリーも驚いていた。
「もし三人が私を見つけてくれなかったら、私、今頃死んでいました。ハリーとロンは私を保護してくれて、禪が盾の呪文で護り、剣で牽制(けんせい)して、失神呪文で倒してくれなければ、私は一撃粉砕されていました」
こうなってしまったからには仕方がないと、私は、ハリーやロンと共に“その通りです”という顔をする。
「まあ、そういうことでしたら……」
ミネルバは私達四人を見つめた。
いやいや、納得すんなよ。
あ、セブルスがこっち見て疑ってる……。
「Ms.グレンジャー、なんと愚かしいことを。たった一人で野生のトロールを捕まえようなんて、そんなことをどうして考えたのですか?」
ハーマイオニーがうなだれ、ハリーとロンがその背中を支えるように後ろに手をそえた。
「Ms.グレンジャー、グリフィンドールから五点減点です。あなたには失望しました。怪我がないなら寮へとお戻りなさい。先程中断したパーティーの続きを、寮でやっています」
原作とほぼ変わらぬセリフを、ミネルバは言って、私に視線を変えた。
え、私も何か言われんの?
「Ms.蔡塔。あなたはスネイプ教授についてもらって、一緒に校長室へとおいきなさい。校長先生からお話があるそうです」
特別措置だと?!
ハリーたちがこれにはびっくりした。
『……わかりました』
素直に承知した私にハリーたちが更に驚く。
「マクゴナガル先生、禪は――」
「別に彼女を退学させるわけではありません」
ハリーが声を上げると、ミネルバがそれを制して話し出す。
「先程も言いましたが、あなたたちは運が良かった。でも大人の野生のトロールと対決できる一年生はそうざらにはいません。一人に五点ずつあげましょう。では、お帰りなさい」
彼女はそう言って、ハリーたちを促した。
『あ、ハリー』
彼らが出ていく前に、私はハリーに駆け寄り、耳打ちする。
『ネビルが、医務室にいるだろうから一緒に連れて行って。後、医務室によるときに氷でももらって、ハーマイオニーの目元、冷やしてあげなよ』
ハリーは快く頷き、ロンとハーマイオニーを伴って出て行く。
それを見送り、私はセブルスに面と向かって言った。
『では、スネイプ教授行きましょうか?』
「ふん、貴様に指図される覚えはない」
相変わらずのツンデレである。
「マクゴナガル教授はどうなさるのか?」
セブルスがミネルバを見て言った。
「私は他の寮監や先生方に報告しに行きます。クィレル先生には、ここの片づけをお願いいたしましょう」
「しょ、承知いたしました」
情けない声でクィレルは了承した。
ミネルバはそれに頷き、私達とトイレを後にした。
しばらくは三人とも話さなかった。
トロールとクィレルから随分離れ、五分ほど歩いたところで口を開く。
「ばかばかしい演技だな」
一番初めに口を開いたのはセブルスだった。
『だね。演劇とかならあれで通用するけど、実際の事となればねぇ』
「まったくですね」
次々にため息をつく。
「で、禪は正直に言うつもりはありますか?」
『んー、今のところは無しだね』
そうミネルバの質問に即答する。
「……はぁ」
セブルスがため息をつく。
「貴様は、素直じゃないな」
『いえいえ、スネイプ教授程ではありませんよ』
にっこりと笑って、セブルスの服を握る。
「……なんの真似だ」
『いえいえ、こうしておけば、はぐれる心配ないような気がいたしまして』
「……はぁ」
セブルスは返す気もなく、ため息をつく。
そのやり取りを苦笑しながら、ミネルバは見ていたが、ほどなくして職員室へ続く廊下まで来ると、そちらに足を向ける。
「では、セブルス。校長への報告は頼みました。禪も頼みましたよ」
「ああ」
『了解です』
返事を聞いて、彼女は職員室へと歩いて行った。
◇~~~~~~~~~~~~~~~~~◇
ミネルバと別れ、校長室へと辿り着いた私とセブルスはアルバスじいちゃんに紅茶を出してもらっていた。
『ありがとう!アルバスじいちゃん』
「ほっほっほっ」
正直スコーンしか食べていない私にはありがたい。
「さて、禪は今回どう動いたのじゃな?」
アルバスじいちゃんが目を光らせて言う。
「言った方が身のためだぞ?」
セブルスが杖を向ける。
『って、セブルス脅さないでくださいよ』
「ふん、貴様はこうでもしないと話さなそうだからな」
『そんなに信用ない?』
「ふん……」
うるんだ目をセブルスに向ければ、彼は目をそらしてしまった。
なんだろ、このやりとり。
「……さて、そろそろワシも混ぜてもらってよいかのぅ?」
変な雰囲気になりそうになったところで、アルバスじいちゃんが話しかけてくる。
『ああ、うん。ごめん』
私はそう一言断ってから、今回のいきさつを話した。
「ほう、では一人で倒したと?」
『まぁ、そういうことになります』
「……貴様は何でそう無茶するんだ……」
トロールを一人で倒してしまった事実に、アルバスじいちゃんは目を見開き、セブルスは頭を抱えた。
『といっても、すべてこの世界に来てからの事です。前にいた世界では、とても無力な人間でしたし、魔法は奇術と同等の地位にしかありませんでしたし』
「しかしじゃ、短時間に無傷で倒したというのであれば……」
『そう。こちらのセンスはあったというわけですねェ』
紅茶を飲みながら、ほのぼのと言う。
「しかし、奴には困ったものだ。このような事態を引き起こすとは」
『そう言っちゃぁ、奴も立つ瀬はないよ。セブルス。それに彼はまだ小物です』
「ふん、奴は一体何を考えて……」
『今のところは、何とか延命する事だけでしょう。彼自身は調度養分を吸い取られて、最後のあがきをしているだけです』
お茶うけにと出されたクッキーに手を付ける。
「……どうやら、禪の方が奴よりか上のようじゃのぅ」
『いえいえ、とんでもないことですよ、アルバスじいちゃん。私はただ、大きな魔力を持って、この杖に助けられていることで、今回のトロールを倒しただけにすぎません』
「ふむ」
『もし、私に勝っていることがるというのならば、それは想像力くらいなものでしょう。私は小さいころから“こうであったらいいのに”とか“こういうのがあればいいのに”とかいう想像を幾度となくしてきました』
「想像力というのは――」
セブルスが口を開く。
「いわゆる妄想という、不安定なものではないかね?」
『基本的にいけばそうですよ。ですが、そこに的確な情報と指針方向を入れてやれば、それは推理力とか洞察力とそうかわらないものになります』
これらの事に気づいたのは、セブルスと大広間へ移動している時である。
あの時点になるまで、私は原作外の事をしているものだから、ハーマイオニーは原作通りトイレにはいないと思って探してはいなかった。
それは、ハロウィンが平日ではなく土曜であり、ロンが酷いことを言うのが、妖精の魔法の授業ではなくクディッチの競技場であったためだ。
予定(シナリオ)のことごとくあたるとは思っていなかったが、基礎から崩れるとは思っていなかった。
それでトイレ以外の場所を探したのであるが…………
大広間の絢爛豪華(けんらんごうか)なハロウィンの飾りつけを見て、その考えを改めざるを得なかった。
どうやら、原作や映画による予定(シナリオ)というのは、この現実世界においてただの点のようなものでしかないらしい。
そりゃ、原作は日本語訳で四百六十二ページ(後書き付)であったし、映画においては二時間半であった。
そもそも、前の世界にあったのは、日常の一部を切り取ったものに過ぎず、全てを体感できるような代物ではないのだ。
小説とか物語を描いたこともあるが、それらはあくまで主人公の視点や第三者の視点という事もあり、史実のすべてを語っているわけではない。
つまるところ、どの様にそのシーンになるかは、明確ではないが、このシーンがあるというところだけは、今のところ確実である。
それが私の、現在出している結論であった。
『とにかく、それらを入れて想像を働かせれば、奴はまだ助ける余地も、改心する余地もかなりあるのよな、これが』
私がそう言えば、セブルスが目を見開いた。
「まだ、奴が助けられると!?」
驚きが隠せないらしく、その声はとても大きかった。
『ええ、何しろ、まず確実に生徒か先生を倒すなら、もっと別のやり方もあります。過激に言ってしまえば、ここを一度さら地にしてしまえばいい』
「さら地じゃと?」
アルバスじいちゃんが眉をひそめた。
『まぁ、マジで皆殺しで、十年ほど立ち入る事が出来ないくらいの残酷なやり方であれば、マグルの兵器を入手して実行可能なのですよ』
この発言には二人とも吃驚したようだ。
『といっても、させてやりませんし、する気はないので安心してください。私にとっては、それは悪夢ですから』
紅茶を一口飲んで続ける。
『んで、今回の様にトロールを入れるというのであれば、なにも地下などに引き入れず玄関あたりに入れて派手に動揺を誘えばいい。それで手に入れるものを手に入れて、とっととトンズラこくか、そこにいる人すべてに強力な術でもかけてしまえばよい。それに動揺なら、一か所とは言わず複数か所にすべきだ』
また一口飲む。
『そんなことわかるはずだろうに、それをしないってことは、奴は心のどこかで本気じゃないのさ』
「本気であれば、どうするのじゃ?」
アルバスじいちゃんが聞いてきた。
『そん時は――』
紅茶を一気飲みし、カップを空にする。
『――私が本気で相手をしてやるさ』
私の口元には、笑みが浮かんでいた。
どういえばよいのか、アルバスじいちゃんとセブルスは迷っているようで、それぞれ考え込んでいた。
しばしの間、沈黙が落ちる。
『あ、そだ』
重たい空気を押しのけ、ポンと手を打つ。
『そう言えば、さっきトロールを倒したことで分かったのですが……』
「……なんだ?」
セブルスが複雑な顔で聞いてくる。
『私が魔法使うと、強力すぎるのかもしれません』
「どういうことじゃ」
この発言には、アルバスじいちゃんも興味ツツのようだ。
『セブルスは、聞きましたよね?私がどうやってトロールを倒したか』
「ああ、あのグレンジャーが言っておったな」
『使った術全てが強力で、規格外の威力だったんですけど……』
「「なに?!」」
二人の声が重なった。
『盾の呪文は、トロールの一撃にも耐えれるほど強力になっていましたし、出現させた剣は一本のはずが複数でしたし、失神魔法は、細い線ではなく極太の光線でした』
事実を述べれば、二人は呆然とした。
『普段の授業とかでは、普通のものと変わりません。ですが、今日のあれは、尋常ではありませんでした』
さて、この事実はどういう事なのかね。
紅茶をポットからついで、また考え事が増えたと苦笑した。
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