飛行訓練

 


災難続きの土日を経て、突入した授業はとても楽勝なものに思えた。

 

 


魔王セブルスを体験した後では、そう思っても致し方ないよねぇ。

 

 

 

月曜:妖精の魔法、闇の魔術に対する防衛術、変身術

火曜:薬草学、闇の魔術に対する防衛術、天文学

水曜:魔法史、妖精の魔法、魔法薬学

木曜:薬草学、魔法薬学、天文学

金曜:魔法史、変身術、飛行訓練

 


以上が、この一週間のスケジュールだ。
既に木曜まで経過しており、土日以前には受けていなかった天文学も経験済み。

天文学は本当に星を観察するため、夜中にやっていた。
皆して毛布を羽織り、夕食後に星を観察し、講義を受けていた。
感想は、ただひたすら寒かった。

魔法薬学も地下牢で行うため寒いが、それとは別の寒さ――直に北風を受ける――があり、授業が終わると同時にみんな一斉に寮まで駆け上がった。
目的地は寮の談話室である。
皆そこで、暖をとり落ち着くと、各自の部屋へと散っていった。

中には紅茶を持つものがいる。

これは私が、杖を振って皆に振る舞っていたためだ。

さすがに、あの北風による寒さは尋常ではない。
暖炉を囲むようにして震える皆を見れば、それは一目瞭然であった。
かくいう私も少し震えていたため、杖をふって紅茶を出し飲んでいたのだが、それをハリーやハーマイオニーが恨めしそうに見ていたので、皆の分も出したのだ。
ちなみにこの魔法は、もちろんセブルスのを見よう見まねでできるように――月曜日の空き時間に庸を連れ単独行動で――必要の部屋で練習したものである。
ただ、単に“あれどうやるのさ?”と考えての練習であったが、ものの数回で成功。
午後のティータイムとか、朝のマラソン後に使おうとしていたのだ。
それがまさかの、ここでの使用というわけである。

 

まぁ、そんなこんなで何とか乗り切った天文学後の寒さの後。
問題の金曜日はやってきた。


その日は朝食から、ハーマイオニーがやはり本にかじりついて音読していて、ネビルはそれを聞き逃すまいと聞き耳を立てていた。
ハリーはロンに飛ぶ時のコツとかを聞こうと思っていたが、緊張とロンの熱い演説もどき自慢話で聞けずにいた。

「ねぇ、禪は怖くないの?」

ロンに聞くことを断念したのか、ハリーは私に問いかけてきた。

『怖いですよ。先週言った通り、初めてですし。けれど、それは初めてボールを投げるのと変わらない緊張なんですよ。ハリーはボール投げとかしてました?』

「ううん、おばさんがやらせてくれなくて……」

『そっか、じゃもっと手短なものを例にした方がよかったわね。走ることは?』

「あ、それはホグワーツに来てしたよ」

『じゃ、その時の感覚はわかる?初めて走る感覚って少し怖くなかった?』

「……うん、ほんの少しだけ」

『その感覚と変わらないのよ。走ってみなきゃ、何がそう怖いのかもわからなかったでしょう?飛ぶのもその怖さと大差ないわ』

ハリーを勇気づけるように言ってみる。
しかしその説明は、十一歳のハリーには少しわかりづらい。

「うーん、わからないかも」

ハリーはそう言って、やはり考え込んでしまった。
朝食の席であるのに、離れたスリザリンの席ではドラコが自慢話を始め、このグリフィンドールでもロンとシェーマスが自慢話とサッカーとクディッチ比較をしていた。

『ハーマイオニー、先行ってしまいますよ?』

ため息をついて、ハリーを伴って寮に戻ろうと彼女に声をかける。

「待って、あと一章……」

この日のうちに全て暗記でもしようというのか、ハーマイオニーは朝食よりも本にかじりついたまま。
トーストを半分以上食べていない。
他にいたっては手つかずだ。

『読む前に、食べきってください。やっぱり先行きますね』

はぁ、とため息ついて、ハリーと共に大広間を出た。

「よかったの?」

『しかたないでしょう。彼女、朝食食べきってないんですよ?』

もう一度ため息をつく。

『とにかく、寮に戻って授業の用意したら、教室行きますよ。ハリーはもう教室覚えた?』

「いや、ぜんぜん。ここ迷路みたいで分かりにくくて」

『……そういえば、変身術で遅れて怒られてましたね。じゃ、談話室で落ち合いましょう、案内します』

「なんで、ここの構造に迷わないの?」

夫人の前辺りまで来ると、ハリーがそう聞いてきた。
さすが、洞察力というか察しがいい子だ。

『今は秘密です』

某魔法アニメの悲しき中間管理職魔族を真似して、人差し指を唇にあてて言う。

ハリーには既に私が“ダンブルドアの義理の孫”という事を知っている。
それでもなお、腑に落ちないのであろう。

私は笑顔で合言葉を夫人に言う。
複雑な顔をしたハリーと共に談話室へと入り、それぞれの部屋へと別れた。


部屋で庸をひと撫でし、教科書を携えた後、談話室でハリーと落合い、魔法史へと向かった。

何度も言うようだが、この授業。
既に“寝る”授業と化している(ハリーとロンは授業二回目で寝ていた)。


だが、教室までの道のりが面倒なのだ。


どの授業もそう。

薬草学は温室に行かねばならないし、闇の魔術に対する防衛術は意外とスルーされる教室で行われるし、魔法薬学は地下牢、天文学は野外。
比較的わかりやすい道順は、寮から変身術の教室までと、大広間から妖精の魔法の教室であろう。


こういうところは、授業の性質と教授方の性格がありありと出るところである。


で、この魔法史の教室は、寮からは行きにくく、図書館からは行きやすいところに教室があった。

その教室にやはりというか、確実に道を覚えている私は、ハリーと共に一番乗りで教室に着いた。

「君ってホントすごいよね」

誰もいない教室に、一番乗りで来れたことに吃驚しているらしい。

『日本ではもっとキチキチしてましたから、なんてことはないですよ』


ほんと、ここの移動時間が十五分もあってよかったね。
日本なら五分で、結構遠い場所まで移動しなきゃいけないのもあるんだよね。


ハリーと教室で待っていると、他のグリフィンドール生がバラバラとやってきた。
中にはロン、ハーマイオニー、ネビルがいる。


「「「禪、ハリー!置いていくなんてひどいよ(わよ)!」」」


彼ら三人は私達を見つけるなり、異口同音でそう言った。

『だって、皆さん集中してたし』

「朝食食べきってなかっただろ?」

叫ぶ三人に正論を突きつけ、私とハリーは授業の開始チャイムを待った。

 

 

教室の片隅で少しの間、三人が涙ぐんで落ち込んでいたのは言うまでもない。

 

 

 

魔法史は、やはり寝る授業であった。

 

ああもう!
めんどいんじゃぁ!
もっと簡潔に言えや!
ちんたら言うのはお経だけで十分じゃ!
あ、あれは唱えるのか……。
って、ハリーロン寝てるし!
ハーマイオニーは……別の本読んでるよ、“クディッチ今昔”読んでるよ。
ネビルは……ああ、寝てる!
さっきまで頑張ってたのに寝てる!


周りがほとんど別の作業か、寝ているかしていて全滅という状態であった。


くそぅ!
絶対に次の授業でこんなことをしてみろ。
ミネルバが阿修羅の如き形相で、雷おとしまくるぞ!!

 

とにもかくにも、本日最初の授業はそうして終わった。

 


しかし、次の授業へと移動し始めるとグリフィンドール生の動きは打って変った。
まるで何者かに追われるが如く、爆走していったのである。

 

『なにあれ』

 

一人残された私は、魔法史の教室前でそう呟いた。


って、ちょい待て。
私一人じゃん。
セブルスに怒られるじゃん。
というか、後ろの方から視線がきてる?


おそるおそる後ろを振り返れば、約五メートル先にクィレルがいた。


うっそん!


認識した瞬間、追いかけっこが始まった。
朝に走っているおかげで私の速度は落ちない。
しかし、そこはしつこいクィレル。
ニンニクの匂いを撒き散らし、私を追いかけるのを止めてくれない。

 

 

という事で、私も爆走です。

 

 

 

くぅそがあああああああ!

 

 

ホグワーツに私の悲鳴が響いた。

 

 

 

追われるって一種のホラーですよね。
ほら、テケテケとかそうじゃん。
貞子だってそうジャン。
てか、誰か助けてえええ!!


クィレルと五分間、私は追いかけっこをしていた。

 


マジで誰か助けろぉおおおお!

 

 

コツコツ貯めておいたスタミナとか脚力とかそろそろ落ちるぅうう!

誰か助けぐへ!


心中で叫んでいれば、真横から誰かに引っ張られた。

「しぃ、静かに」

口を覆われ、黙らせられる。

 


クィレルは私の姿を見失い、あらぬ方向へと逸れて走って行った。

 


ふぅ、助かった。
って、そろそろ手ぇどけんかい!

 


「なんとか」

「なったようだな」


ん?
音源が二人?
てかステレオ?

口を追ていた手が外れ、私はそっちを振り向いた。


「「やぁ、姫」」


そこにいるのは、ロンのお兄さん達、赤毛の双子。

『あ、ありがとうございます』

私は素直にお礼を言った。

「「いやいや、あのピーブスに褒められた姫だ。助けるのは当然」」

双子がそう言って跪き、両手に――左右に分かれて――キスをされる。


ふむ、悪くない。
何しろ美男子(イケメン)にキスされてるんだし……
って、授業あと五分なんですけど!


『ど、どうしましょう!』

「「どうなされたのかな、姫?」」

『え、えっと、実はあと五分でマクゴナガル教授の雷が落ちるんですけど……』

「「おっと、それは一大事」」

そう言うと、双子の一人が私を担いだ。


へ?


「「では、姫。我らがそこまでご案内いたします」」

双子はそう言って、抜け道らしきところを通り始めた。


あ、そっか既に抜け道とか知ってんだ。


絵の裏や、銅像、はたまたただの壁と思っていた場所が道になったりと、抜け穴は様々だ。
そうこうしている内。
ものの見事、二分後には変身術の教室の前へとたどり着く。
一応、双子にクィレルがいないかどうか見てもらった。

「「居ないようです、姫。では、ご武運を」」

そう言って、来た道を戻るように双子は抜け道を戻っていった。


すげーぞ双子。


しばしの間、ポカンとしていたが、ミネルバの雷が怖くて教室に滑り込んだ。

「あら、禪遅かったじゃない。もう始まるわよ?」

のんきなハーマイオニーの声が聞こえる。
ハリーやロン、ネビルも私が汗だくになっているのに疑問が浮かんでいた。

 

うう、なんか釈然としない。
こちとら必死に追いかけっこしてんだ。


ため息をつきながら、席に着いた。


授業のチャイムが鳴る。


なんとか間に合ったぜぇい。

 

変身術を何とか受け終わり、昼食に向かう。

「で、どうしてくるのが遅くなったの?」

大広間に向かう間、ハリーが聞いてくる。

『えっと……』

「禪が言ったんだぜ?マクゴナガル教授の授業に遅れたら怖いって」

今度はロンが言った。


あ、そっか確かに言ったっけ……
それで、みんな爆走していったのね。
……刷り込みやすい脳ですのね。

結局は身から出た錆という事だ。

クィレルに追われることも、予期せず追われることになったのも。


『あはは、そうでしたね。すみませんちょっと他の人に捕まりまして……』

嘘八百を、彼らに並べてゆく。

「そうなんだ、どうせスネイプ教授だろ?」

ロンがそう言えば、同情してハリーとネビルが頷く。
ハーマイオニーは、ため息をついていた。

 

いえいえ、逃げました。
捕まってませんて。
しかもロンのお兄さんに助けられてます。
セブルスではなく、クィレルだし。
なんか、疲れるなこの二重生活。
ああ!
むしゃくしゃする!

 

 

 


◇~~~~~~~~~~~~~~~~~◇

 

 

 

 

むしゃくしゃしていた私は、昼食(といってもデザート)をかなりの量食べていた。


「禪、あなた大丈夫?次は飛行訓練なのよ?」

大量のケーキを頬張っている私を心配して、本から顔を上げて聞いてきた。


って、まだ読んでんかい!


『大丈夫よ、ハーマイオニー私はほぼ糖分で生きてるの。むしろこれくらいが普通よ?』

なんとか取り繕った笑みを浮かべ、三つのホールケーキを平らげる。

遠くの職員席で、セブルスがドン引きしていた。
隣にいるクィレルも。

 

ふふっ、私を怒らせたら、マジで怖いのだぜ、クィレル。
お前の脳もこれくらいの甘さならいいのにねェ。
喰ってはやんないけど。

 

 

糖尿一直線の昼食を終え、私は引いたハリーたちと飛行訓練へと足を向けた。

 


 


「なにをボヤボヤしているんですか」

普段朝のマラソンに使用している校庭に、マダムフーチの声が響いた。
スリザリンだろうがグリフィンドールだろうが、その声にはシャッキっとさせるものがあり、その場にいるものはみな姿勢を正した。

「皆、箒のそばに立って。さあ、早く」

皆その声で、箒の横に立つ。
かくいう私も、それにしたがい箒のそばに立った。

「右手を箒の上に突き出して。そして“上がれ!”と言う」

みんな一斉に上がれ!と言い出した。


生で見ると怖いねェ。


私は横目でちらりとハリーとドラコが一発で箒を手に収めるのを確認し、自分に割り振られた箒を見る。

 

おい、箒。
こちとらずっといらいらしとんのじゃ!
さっさと上がらんと容赦せんぞ!?

 

心中でひとしきり切れた後。

『上がれ』

箒に静かに言った。

すると箒は手中に素早く収まる。

 

この手のものって、あれだよね。
ドS心が必要だよね。

 

もともと優しいハーマイオニーやネビルは上手く上がっていない。
ロンは上がりはしたが、手中に収めるのではなく額で受けていた。

 


……意外と、ハリーとドラコって似た者同士かもね。

 

 

とにもかくにも箒は皆の手中に収まった。

 

次に飛行に移る。
握り方とか、跨り方があるらしく、それをフーチ先生が見て回った。
ドラコがかなり指摘されている。


先だって家で乗り回していたせいですかね?


ハリーとロンがそれを見て笑っていた。

 


お願いだから、闇には堕ちないでくれよ二人とも。

 

 

そう思いながら、フーチ先生の声で跨り――

 


――――やはりというか、ネビルがフライングで先に飛んで行ってしまった。

 

「こら、戻って来なさい!」

フーチ先生が喚く。


ふぅ、致し方がない。

 

『ちっ!』


舌打ちを一つして、私は地面をけった。


先生や皆が何か言っているが気にしない。


とにかくネビルに近づいて、彼の胴体に呪文で出した縄を括り付け、自分の箒に結ぶ。
そして、ネビルの箒に問いかけた。

『おい、そこの箒、大人しく私について来なさい。出ないと燃やすよ?』

少しスネイプ教授の目を真似して凄んでやれば、ネビルの跨っている箒は大人しく私の誘導に従った。


ふっ、ちょろいぜ。
実年齢二十七歳に盾突くなんざ早いんだよ。


あと少しで地面というとこで、ネビルの箒がすいっと抜けた。
いや、箒にしてみれば前進したのだが……

その途端、ネビルがバランスを崩す。


やべぇ!


思った時には既に遅く、ネビルはしたたかに地面に顔面を打ち付けた。
マダムフーチが駆け寄ってきて、ネビルの傷を見る。

「顔面に擦り傷を負ってますね。一応、医務室へ行きましょう。Ms.蔡塔。縄をほどいてください」

私は言われた通り縄を外し、心配して待っていたグリフィンドール生のとこへと行く。
ネビルはフーチ先生と共に、医務室へと向かった。
彼には向かう前に小さな声で「ありがとう」と言われた。
フーチ先生は去り際脅し口調で、誰も箒に乗るなと言っていく。


「「「どうやったら、他人の箒まで操れるの?」」」

グリフィンドール生のとこに着けば、皆してそう言った。

そりゃそうだろう、自分の箒を操るだけが精いっぱいのはずなのに、他人のも操って見せたのだ。


『操ってはいませんよ。少し脅しただけです』

 

そうニッコリ言ってやれば、ハリーたちは――――引いた。

 

 

え、そんなに私恐い?


 

 

 


 

 




 あ、ネビルちゃんと受け取ってたのね、その不思議ガラス玉。



 ドラコが面白半分に地面から拾った“思い出し玉”を見てそう思う。




「ごらんよ!ロングボトムのばあさんが送ってきたバカ玉だ」

 ガラス玉を掲げてふざけるドラコ。

「マルフォイ、こっちへ渡してもらおう」

 ハリーが静かな声で言った。
 言葉の端々に怒りが現れている。



 おう、有名シーンではありませんか。
 こういうとこは、勇猛果敢なんかね。
 まぁ、嫌いじゃないけど……



「それじゃ、ロングボトムが後で取りに来られるところに置いておくよ。そうだな――木の上なんてどうだい?」

「こっちに渡せったら!」

 素直に渡す気がないドラコは、箒に乗って飛んでゆく。
 ハリーはそれを制止しようとし、声を荒げた。

「ここまで取にこいよ、ポッター」

 ドラコが空中で停止し、挑発する。
 ハリーは箒を握った。
 ハーマイオニーが必死に止めるが、それすら聞かず、本能で箒に跨り、空へと飛んでいく。

「ねぇ!禪も止めてよ!」

 ハーマイオニーが私に縋り付いてきた。

『ん?どちらも少しは痛い目を見ればいいんですよ。まぁ、危なかったら何とかしますから』
 
「そんな!!」

 楽天的な意見を述べれば、ハーマイオニーが叫ぶ。




 その叫びの数秒後、ドラコが玉を空中に放った。


 ふむ、やはりこうなるか。


 ハリーが、落下し始める球めがけ急降下する。

 冷静に見ている私とは違って、辺りからは悲鳴が響いた。

「禪!」

 ハーマイオニーが叫んだ。

『大丈夫ですよ、ほら、ドラコ君ふざけてるだけです。ハリーは既に元の体制へと戻ってます』

 そう、ドラコはふざけいる。
 球を放ると見せかけて、ちょっと離れたとこでチャッチして見せた。
 ハリーは持ち前の反射神経と本能で、空中回転し、体勢を整える。


「こっちへ渡せよ。出ないと箒から突き落としてやる」

「へぇ、そうかい?」

 少し呆然とした後、ドラコはハッとしたようにいつもの調子で話し出した。


 どっちもどっちですね。


 少しぎこちないドラコに、ハリーが突進してゆく。

 なんとかドラコはこれを躱し、体勢を直した。

 
 グリフィンドール生の幾人かが拍手する。



 釈然としませんねぇ。
 似たり寄ったりか。


「取れるものなら取るがいい、ほら!」

 今度こそ、ドラコは球を放り投げた。


 ハリーが急降下した。


 それを皆が固唾をのんで見る。

 視界の片隅で、ゴイルとグラップが動いた。
 
 落下していくハリーの、落下軌道上めがけて石を投げたのだ。


『ちっ!』

 予想外の出来事に私は、杖を取り出す。



停止!


 呪文ではない言葉であったが、そう言って私は杖を振るった。


【主の良き様に】

 
 脳裏に慧の声が響き、魔力が放出され、放たれた石が空中で停止する。

 その間に、ハリーは地面スレスレのところで玉をつかみ、体勢を立て直した。
 
 地面に彼が降りていけば、グリフィンドール生が喝采して、迎える。


 それを確認し、ふぅと息をつく。
 空中に停止していた石が、下にゆっくりと落ちた。


 石が地面に降りるまで見ていていると、その視界の端でミネルバが走ってくるのが見えた。



ハリー・ポッター……!


 空中ダイビングしたのを見ていたのだろう。
 ハリーもそう理解したらしく、地面に降りてグリフィンドール生に囲まれていた時の熱が一気に覚めた。


禪・蔡塔!


 え、私もですか。


「二人とも、黙ってついてきなさい!」

 ミネルバが身をひるがえし、城の中へと入っていく。
 その場の一年生は皆、固まっていた。
 唯一動いているのは、ついて行く事を言われたハリーと私のみ。


 やべぇ、怒らせたか?
 私は飛行云々で、なんもリアクションしてねーぞ?

 

 


 

 


ミネルバについて行けば、やはりウッドのとこに着いた。

ウッドは呪文術の授業中であったが、そこはミネルバがフリットウィック先生に一言言えば、快く快諾した。


「三人ともついてきなさい」


ハリーはいいとして、私はいらないんじゃない?


ハリーと顔を見合わせ、とにかくついて行く。
ウッドは私達を不思議そうに見ていた。


「お入りなさい」

ミネルバは、使われていない教室に入っていく。

空き教室には先客がいた。


ピーブス!


一週間前に世話になった悪戯好きのポルターガイストである。
彼は変な鼻歌を歌いながら、黒板にへんてこな絵を書いていた。


「への字の上には雲、藻の下にはまたへ」


ルンルン気分だなぁ。


「ピーブス!」

「お、お、お、これはこれは禪嬢」

怒るミネルバをスルーして、ピーブスは私に話しかけてきた。

『どうも、ピーブスさん』

「どぉだあい!ここぉでの生活ぅは」

『まぁまぁです』

「そぉか」


うん、なんだろなこの和んだ会話。


「そういえば、Ms.蔡塔はピーブスに認められていましたね。では、彼に付き添ってもらい校長室へとおいきなさい」

少し考え込んで、ミネルバはそう言った。


え、そっちの用なの?


ハリーとウッドが吃驚した顔で私を見る。
本当にピーブスに認められることは、驚かれるらしい。

『分かりました、マクゴナガル教授。では、ピーブス、案内を頼めますでしょうか?』

改めて、ピーブスに向きなおって言う。

「もぉちろぉん!姫ぇのためぇならばぁ!」

ピーブスは騎士っぽく膝を折ってみせる。

『……どこで姫って言葉覚えてきたんです?』

「赤毛ぇの双子ぉさぁ!彼らはぁ、きぃみの事をぉ“姫”ってぇ呼んでぇたよ」


はぁ……


ピーブスの言う事にため息をつき、ハリーに手を振ってから空き教室を出た。
手を振った時、驚いてる三人の顔が忘れられない。


『では、行きましょう。ここからですと後、十分は歩かなければなりませんか』

「だぁな、とぉにかくぅ行くぜぇ!」


そう言って、人気のない廊下をズンズン歩いてゆく。
ピーブスは歩くというより滑るように進んでいった。

 

もう一度、ポルターガイストと行動を一緒にすることになるとは、夢にも思ってみなかった。

 


『この時間って、結構静かなんですね』

午後の授業中。
校長室へと向かう道筋を通りながら、そう思った。

「だぁろ!だぁから、俺はすぅこしつまんねぇんだ」

隣ではピーブスが変なテンションで返事した。

『ああ!だから、空き教室の黒板に落書きしてたんですね』


納得がいったよ。


「そぉさ!まぁ、こぉして禪をえすこぉとできるのなら、万事オッケェー!」

 


なんかちがう。

 

 

腑に落ちないと腕を組み、考え事をしていたらガーゴイルの前に着いた。

「ちゃぁんと、合言ぉ葉ぁ知ってるかい?」

くるりとピーブスが振り返った。

『スミレの砂糖漬け』

私は聞かれてすぐに、ガーゴイルにそう呟いた。


知ってるも何も、セブルスが言うの聞きましたよ。
しかもその時、縛られたままでした。


ガーゴイルが飛びのき、階段が現れる。


『ピーブスはどうします?』

階段に片足をかけたまま聞いた。

「おぉれか?」

『ええ』

「そぉだな、まぁた落書きぃでもしてくぅるさ」

『そうですか、では。また会いましょう』

ピーブスに背を向け、彼と別れるように階段を上っていく。

 

上りきると、扉があってノックした。


コンコン


『禪・蔡塔。来ました』

「おはいりなさい」

中からアルバスじいちゃんの声がした。

『失礼します』

扉を開けて、中に入る。

 

校長室には、不死鳥のフォークスと、アルバスじいちゃん。

 

 

そして、セブルスがいた。

 

 

なぜにぃぃぃぃぃぃ!
え?ええ??
授業中でしょ、今ぁ!!!


「さて、我輩が何を言いたいのかわかるかな?」

セブルスの声はとても低く、イライラしているのが手に取るようにわかった。


ふぁう!
こわいよぅ!!
アルバス助けてぇぇぇ!!!


「まぁまぁ、とにかくこっちに座ってお茶でも」

アルバスじいちゃんが杖をふって紅茶とお菓子を出してくれた。


ありがとう!
アルバスじいちゃん!!


私はセブルスの意識が逸れるのを見て、ソファに滑り込むように座った。
それを見て、セブルスが睨むようにこっちを見てくる。


うぁわん、ハリーが怖がるはずだわ。
この視線かなり怖い。


私はその恐怖から心を落ち着かせるように、紅茶を一口飲んだ。


あ、これハーブが入ってる。
すっきりして柑橘系の匂いがするから、レモンバームとかレモンミントかな?


「さて、禪。さっきの飛行訓練で石を止めたという事じゃが……」

アルバスじいちゃんが紅茶を一口飲み、話し始める。


その事だったのか……
てか、ミネルバしか見てないはずだよね?


「我輩もマクゴナガルと共に見ておってな。言い訳は通用せん」

セブルスが言う。


セブルスも見てたんかい!
予想外というより、原作外だな!!
私がいるせいか……
まぁ、いいけどさ…………

 


『ええっと、ハリーが危ないので止めたんですけど、それが問題でしたか?』


今考えれば、他に方法がなかった。


「ふむ、セブルスや。禪のしたことは人助けじゃ。咎めることはあるまい」

アルバスじいちゃんが、なだめるように言う。

「いいえ、校長。そこではないのです」

セブルスが不機嫌そうに目を細めた。

「というと?」

「禪の魔力は元々大きい。それが更に大きくなるであろうというのは、校長もご承知のはず」

「ああ」

「禪は先ほど石を止める時、些か余分な魔力も使っておった」

私はセブルスの言葉に目を見開いた。


あの一瞬で、それすら見るか。
さすがはプリンス。


『やはり……そうなっていましたか』

「貴様、気づいておったのか」

『もちろんです。というより、咎めたモノがいましてねェ』

 

私の言葉に、セブルスとアルバスじいちゃんが驚いた顔をした。

 

『そんなに吃驚なさらないでください。他人に話すなど言語道断、してはいませんよ』

紅茶を一口すする。

「ならば、誰が咎めたというのだ?」

セブルスが険しい顔で聞いてきた。
その顔が段々近づいてきている。


近い近い!!
それ以上近づいたら、私、鼻血出そう……


アルバスじいちゃんは、私の返答をじっと待っていた。


うん、相手の出方を見るのは、やっぱり策士だということだね。


『神ですよ』

セブルスとアルバスじいちゃんが眉を顰める。

『セブルスには言いましたよね?この杖の事』


「ああ、我輩に言っておったな。杖選びも一緒にいたのだ。素材も聞いている」


『柳の枝に、騰蛇(とうだ)の鱗。それがこの杖』

 

私は自分の杖を取り出して、二人に見せた。

 

『私は名前を付けた。それは、この芯に使っている素材がとても貴重、いえ尊重、崇め奉る存在の一部であった為』

 


「崇め奉るとはどういう事じゃ」


アルバスじいちゃんが聞いてきた。

 

 

『騰蛇(とうだ)は神様なんですよ。つまり、この杖は神様の一部を使った、とても貴重な代物なんです』


一言一言選びながら、私は答えていた。


残念ながら、今の段階では、二人にこの杖の本当のことなど言えない。
まぁ、来年に言うから許してくれ。


「その騰蛇(とうだ)とやらが、咎めたというのか?」

セブルスが聞いてくる。

『ええ、ちゃんと意識があるんですよ。騰蛇(とうだ)は。まぁ、今の名前は“慧(けい)”ですがね』


「それで、なんといって咎めたのじゃ?」

今度はアルバスじいちゃんだ。

『“些か振るう力が大きぎ、連発いたしかねる”と。つまり、練習してもっと効率よく使ってくれって』

『一応、放課後とかに練習しているんですが……なかなか』と苦笑しながら言う。


セブルスが目を細めた。

「どうせ、禪の事だ。また一人で練習しておるのだろう?」

『え?庸が一緒ですけど?』

「猫では練習相手にならんだろう?」


はいそうですね。


「禪が効率が上がらないのは、練習相手がいないからだ」

『まぁ、ぶっちゃけて言えばそうですけど……』

『ハリーたちを巻き込むわけにもいきませんし』と再び苦笑する。

「……それはそうだろう。だが、なぜ我輩をたよらん?」

『え?』

「我輩では力不足か?」

セブルスが顔を近づけながら言う。


彼が、セブルスが、セブルスにあるまじき言動をした!?


私はおろか、アルバスじいちゃんも目を見開いている。


「禪?」

『そ、そんなことありませんよ!』

 

そーだよ、この人が力不足なわけね―じゃん!!
プリンス様だよ!?
ダークヒーローポジションだよ!!?

 

「ならば、今度から練習するときは我輩のところに来たまえ」

『え?セブルス、課題とかレポートとかの採点は?』


教授である以上、研究もあるであろうし、ここの講師であるのだからその壁がある。


「今のところ問題ない。これがテストの前後であるならば、多少の問題もあるが今の時期その心配はない」

さすがは、抜かりはないセブルス。
彼は不敵な笑みを浮かべて言い切った。

『えっと、じゃぁ、よろしくお願いします?』

「ああ」

私は擬音を付けたままお願いし、セブルスはそれを承諾する。

 

 

ぎこちないこのやり取りを、アルバスじいちゃんは珍しいものとして見物していたのだった。

 

 

 


 

 



 校長室から無事に生還した後。


 寮に戻ったらハーマイオニーに抱き着かれた。


 あれ、デジャヴ?


「大丈夫だったの!?」

 ハーマイオニーの後ろには、心配しているネビルがいた。

『ほへ?』

 私は少し呆気にとられたが、なんとなく状況を理解した。

『ああ、大丈夫ですよ。学校退学とかじゃないし、罰則もありません』

 ハリーが連れて行かれ、私も連れて行かれたとなれば、寮のポイントどころか、二人とも退学するのではとういう懸念があったのだろう。
 ただし、私の場合、退学になってもここにとどまるのはわかりきっているのだが……。

「ほんと!でも、まだハリーが戻ってきてなくて……」

 私への懸念は外れて嬉しがったハーマイオニーが、また沈んだ。





 え?
 まだ戻ってきてないの?
 というか、むしろ私の方が時間かかっていたと思ってた…………
 て、まさか…………





『ハーマイオニー』

「なに?」

 抱きついていたハーマイオニーが離れ、首をかしげる。



『ハリーって、まだ迷う習性ありませんか?』



「「「「「あああああああああああ!」」」」」



 その場にいたグリフィンドール生が、ハーマイオニーにつられ、叫んだ。

 
 ハリー、実は精神面じゃなく現実的にも迷ってんのか……




『って、ことで迎えに行ってきますね』




「「「「「お願いします!」」」」」

 そうして私は戻ってきた道をまた戻るように、寮を出たのだった。

 

                                                                      次ページ:飛行訓練後へ

 

最終更新:2016年01月06日 23:05
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