日曜にもかかわらず、私の体内時計は正確に六時間で、私の意識を眠りの底から引きずり起こした。
「日曜はもう少し寝ていたいですねェ」
枕元に置いた懐中時計を手に取り、時間を確認すれば、やはり四時をさしていた。
平日と同じ時間に起きるとは、やり切れませんねぇ。
気分としては、まだ寝ていたい。
だが、そうして身を横たえたら、十時くらいになってしまうのではという不安がある。
だから、私はそのまま静かに起きて、着替え始めた。
昨日のうちに私服は出してある。
あのセブルスと出かけるのだ。
それくらいはする。
しかし、今その服にそでを通す気はなかった。
現在、朝の習慣となっているマラソンと軽い体操をしに行くためである。
汗のしみ込んだ服で、お出かけする気はありませんよ。
内心で苦笑しながら、着替えを済まして部屋を出た。
足元を見れば、やはり同じように目を覚ました庸がついてくる。
その庸と共に寮を出て、夫人に挨拶をし、校庭を目指した。
◇~~~~~~~~~~~~~~~~~◇
湖と学校の間を五往復できるくらいまでになった私は、それを走り終えて、軽い運動をしていた。
今回は“ラジオ体操第一”である。
01:のびの運動
02:腕を振ってあしをまげのばす運動
03:腕をまわす運動
04:胸をそらす運動
05:からだを横にまげる運動
06:からだを前後にまげる運動
07:からだをねじる運動
08:腕を上下にのばす運動
09:からだを斜め下にまげ、胸をそらす運動
10:からだをまわす運動
11:両あしでとぶ運動
12:腕を振ってあしをまげのばす運動
13:深呼吸の運動
懐かしいね。
公園とかで皆やってたよね。
「朝から元気じゃのぉ」
昔からやっていた体操を懐かしみつつ、身体を動かしていると、学校の入り口から声がした。
体操を中断し、そちらを見ればサンタっぽい人が立っている。
『おはようございます。アルバスじいちゃん』
アルバスに近寄ってゆきながら、声をかけた。
「こんな時間から、いったい何をしておるのかね?」
『見ての通り体操ですよ。先程まで走ってましたけど』
「?なぜそんなことを?」
『私は体力がないんですよ。しかも普通の人以下です。それで体力づくりとして毎日走っているんですよ』
「日曜にしなくてもいいのではないかね?」
『目が覚めてしまって……あ、私体内時計で睡眠時間が六時間というのが決まってるんですよ。それ以下は無理ですし、それ以上寝るとなると薬かお酒の力を借りてになるんで……』
『この年では飲酒できないんですよねー』と苦笑して言う。
「そうじゃったか。では、毎日この時間に?」
『ええ、もう習慣ですよ。あ、招待状の件はお知りで?』
「セブルスから聞いておるよ。それと、授業でのことも」
あちゃー。
『呆れました?』
「……セブルスの性(さが)を考えればよいことじゃろ。しかし、あまりすべきではないのぉ」
やはり目立つべきではないと、アルバスじいちゃんは言う。
『やっぱりそうなりますよね。既にその代償として“招待状”が来てしまっていますし』
「そうじゃよ。しかし――」
『しかし、セブルスの立場が立場ですから行かざるを得ない。でしょう?』
アルバスじいちゃんの言葉を引き継いで、そう言う。
彼は少し目を見開いた後、頷いた。
「そうじゃ。禪は“知って”おったのじゃったな」
『ええ』
「セブルスに言った事はまことか?」
『本当よ。まぁ、私がいる限り死人は出してやらないけどね』
頭にいる庸をおろし、胸に抱く。
庸は大人しく、目を細めて胸に頭をすり寄せた。
「あちら側もかね?」
アルバスじいちゃんは、目を細めた。
『ええ。私は、実は性悪説を信じていましてね。ずっと“人とは様々な意味で弱い存在”だと思っています。ちなみにこの性悪説の“悪”はこちらの悪いという意味ではなく、“無知”とか“無力”とかいう意味でね。要約すれば“人は生まれつきは悪だが、成長すると善行を学ぶ”ということ』
「それで、弱いモノを助けるために、か」
アルバスじいちゃんが疑っている気がした。
いや、ずっとしている。
『……私は元々、彼以上に弱いの。イジメも、“知ったか”も、就職難も、大勢の人が死ぬ様も、たくさんの死体も見てきたし、経験してきたわ。自分がわからなくなってしまったこともあったし』
朝で人がいないからこそ、この場で言えることを彼に話していく。
『それでね、分かったことがあるの。私はただ生きているだけで幸せだと思えばいいのかもって。もちろん、他人の幸せ壊して、愉悦に浸るなんて、めたくちゃな答えを弾き出したこともある。でもそれは、自分のエゴに過ぎないの。だってそれをしたら、そこで人生お終いなんですもの。“人を呪わば、穴二つ”ってね』
ウィンクし、アルバスじいちゃんに言った。
そして、目を細め、真剣なまなざしで彼に言う。
『アルバスじいちゃん。貴方には大往生してもらうつもり。だから、己を責めず、今は見守り、時が来たら戦って』
彼の奢りは、突然言って曲がるものでも消失するものでもない。
彼の“愛”故の懺悔の奢りなのだ。
ならば、初めからそらしてやる。
それが私の“出来ること”。
『今は私たち学生と先生方に任せて。私は……戦いが終わるまで無用な死者を出すつもりはない。けど、憎悪の対象はいる。その対象だけ死なせるかもしれない』
右手を白くなるほど握りしめた。
私だって“人”なんだ。
許せないモノも人もいる。
いつの間にか下を見ている状態で言えば、アルバスじいちゃんは私の肩に手を置いた。
「大丈夫じゃ。禪が全て背負わずともよい。それに人は決して皆完璧な者などいないのじゃ」
『……うん、ありがとう』
アルバスじいちゃんはそう言った後。
校長室へ行こうと私をエスコートし始めた。
私は素直に、付いてゆく。
「ちなみにドレスは何色にするつもりかの?」
『考えていないんですよ。というより、私がいた国では、ドレスを着るのはあまり機会がないんです。結婚式にその祝賀会、成人式、あ、二十歳になる事を祝うものです、後はパーティーくらいですね。でも、私庶民だったんで、パーティー以外しか経験がないんです。しかも片手で数える事が出来ちゃうほどで……』
「要するに、パーティーは初めてということじゃの」
『ええ』
『……ダンスとかできませんねェ。』と苦笑する。
というか、顔を歪めた。
……十二歳にお誘いは来ないよね?
やべぇ、ダンスを求められたら出来んぞ?
なんかまた悩みが増えて、頭を抱えたくなった私であった。
ガーゴイルの前まで来ると、アルバスじいちゃんは合言葉を呟いた。
石像は飛びのき、二人は階段を上がっていった。
校長室に入れば、私をソファに座るように促して、アルバスじいちゃんは杖を振った。
すると紅茶とスコーンが現れる。
「さて、禪。本来あの魔法薬学はどうなっていたのじゃ?」
早速、アルバスじいちゃんは聞いてきた。
やっぱりそーですよねー。
んまぁ、言っても支障ないでしょう。
既に終わった事ですし。
本来の内容を、あの物語を読み上げるようにアルバスじいちゃんに話して聞かせた。
締めにこう言う。
『ハリーが必要以上にセブルスを疑う事になっていたよ。なにしろ、セブルスはあの通りの暗い目だし、ハリーの容姿は目以外セブルスいじめてたバカだしね』
喋りすぎてカラカラになりそうな喉を潤すように、紅茶を一口飲んでひと息つく。
朝食もまだなので、スコーンも有難くいただく。
すきっ腹に運動したのに、そこからの長時間トークは疲れるぜぃ。
「……セブルスも苦労してるんじゃな」
感想がそれなのですか、アルバスじいちゃん?
『いやいや、セブルスがトラウマ克服してたらこうはならなかったって。ま、その要因もあるからこそ、今のセブルスが確立されるのだけれど』
あのバカはやってはいけない事をした。
けどそれがなきゃ、セブルスが生き残る確率はもっと低かった。
だから、存在否定はしてやんない。
貶しはするが……。
え、私がハリーをいじめる?
いえいえ、前に言った通り、他人にやられて嫌だった事を自分がすることはしませんよ。
威圧感とかの圧力は、かけますけど。
「……パーティーでは、してはいかんぞ?」
『心得てますよ。まぁ、目を付けたら、とことんな闇側がマジで追いかけてきそーですし』
あの銀髪に目を付けられている状態であるのに、それ以上の輩に狙われるつもりはない。
まぁ、クィレルは人として換算してはいるが、論外だ。
『そだ、アルバスじいちゃん』
「なんじゃな?」
『今度、召喚魔法教えて』
前々から考えていたご教授の催促をする。
「先生方に教われば……」
『と言うと思いましたよ。でも、この召喚魔法はアルバスじいちゃんのお得意でしょう?私は“例の物語”を読んでいるから、誰がどの魔法を使えるかとか一応知ってるよ?』
確かこの人以外、召喚魔法は使っていない。
ミネルバも“使うかなぁ”と期待はしていたが、あの人は別の魔法を使っていた。
「……ふむ、禪にフェイクや冗談は通じんかったのぅ」
『本当に、それ今更ですよ』
観念したらしいアルバスじいちゃんは、ふぅとため息をつきながら言った。
……こんなに素直に認めるとは、何か裏でもあるのか?
『で、教えてくださるでしょうか?教えてくださり、それを習得できれば、かなり死者を出さずに済むのですが』
にっこり笑顔で、しかし目は真剣にして言う。
「……どうしても必要かね?」
認めたとはいえ、教えるかどうか渋っているのであろう。
『どうしてもです』
念には念を入れ、満面の笑みで言う。
いやぁ、マジでいるよね。
召喚魔法。
“アクシオ”よか、絶対使えるって。
……他の魔法構成とかも試してみよ―かな。
複合とかして、成功したら、いいレベルまで持ってきて……
魔法研究者的な考えをしながら、アルバスじいちゃんの答えを待った。
あ、お腹鳴りそう、朝食まだかな?と、考えていたのは、六時ごろである。
その後、渋々ではあるが、教えてくれることを約束したアルバスじいちゃん。
私はお礼を言って、校長室を退出した。
一緒に朝食行こうと誘われたが、そこは断った。
え、だってこの汗ばんだ服のまま食事に行きたくないでしょ?
ということで、寮へと戻り、部屋に入り濡らしたタオルで体を拭いて着替えます!
日曜なので、まだみんな寝ている。
ハーマイオニーも夢の中だ。
そーっと起こさないように、しなきゃねぇ。
あ、庸あんたふわふわベッドで寝るのかい!
着替える私を尻目に、ロシアンブルーの庸はベッドで丸まってしまった。
はぁ、猫はいいよね。
悩みが少なくて。
あ、すみませんすみません。
庸とミセス・ノリスは例外です。
貴方達は十分に悩みを抱えております。
一人でそんなことを考えながら、体操着代わりの服を脱ぎ、洗面台で濡らしたタオルで身体を拭き、私服に着替えた。
着替え終わると、庸と同じようにベッドに上がった。
そのまま、十分間だけ瞑想する。
え?いつもより短い?
そりゃ、朝食が待ってますから!
◇~~~~~~~~~~~~~~~~~◇
・・・・・・・・・・・
本日の朝食は、とても人数が少なかった。
お昼ごろまで寝散る生徒がほとんどらしく、寮でもは全く揃っていない。
同室のハーマイオニーもまだ寝ている。
揃っているのは教職員のみ。
きっちり揃ってるのが不思議だよね。
性格ばらばらで、衝突もしてるのにさ。
そこは“先生”という意地かな?
朝食を食べ終わると、ふくろうが飛んできた。
生徒がまばらのため、スリザリンだろうが、グリフィンドールだろうが、とにかくいる人のところに郵便物を置いていく。
私のところにも沢山の郵便物が来た。
この場にいるグリフィンドールの生徒が、私のみだからである。
毎日この時間に起きないとは、情けない。
我が寮ながら、ほんとに。
一人で、一気に一年分の郵便物を受け取った気分だ。
ん?
異常なスピードを出しながら、皓が手紙を届けに来た。
その手紙の差出人を見れば“S.S”。
セブルスか。
用件は、なんかな?
ベーコンを皓にあげ、手紙の封を切り、目を通す。
手紙はほぼ真っ白で、中央に“九時半、我輩の私室前”としか書かれていなかった。
もはや手紙じゃありませんよね。
ただの連絡事項ですよね。
メモですよね。
と言うか、この前の手紙よりひどくないですか?
セブルスの文章力のなさには、ため息しかつけない。
レポートや課題、評価での文章力だけはあってほしいと切に願うばかりである。
……あれか、それでルシウスに負けるんかな?
主に口と金で。
さすがは女タラシの銀髪。
貴族とかではなく、そっちの方面でルシウスに感心した。
口先上手なら来年に来るであろう先生にもいるが……、あれは身が無さすぎる(実益もない)。
ルシウスは血を吐くくらいにギリギリなとこで何とかやっている状態(ヴォル様のせいで)だろうに、来年のそいつときたら他人の功績を乗っ取って頂いているだけ。
苦労人と盗人では、悪は悪でも天と地くらいの差がある。
ま、来年の奴と、同じてつ踏まなきゃいいでしょ。
少し気楽に考え方を修正する。
ベーコンを食べ終えた皓が、ハグリッドのとこに餌をねだりに行った――教職員席に突っ込んだ――のを見届けた後。
素早く大量の郵便物を抱えて、寮に戻った。
……なんか教職員席で、何やらわめいている気がするが、気にしないでおこう。
*来年の奴とはもち、ロックハートです。
怒鳴られるのを覚悟で、セブルスの部屋へ行きました。
ちゃんと時間より少し早めです。
『教授~。入ってもよろしいでしょうか?』
扉をノックし、返事を待つ。
「……入りたまえ」
聞こえてきた返事がかなり低い気がするのは、気のせい?
部屋に入れば、無表情のセブルスがいた。
ああああああ!
イラつき最終形態じゃないか!!
「禪、さっきのはなんだね?」
ずざざぁぁ!
『大変申し訳ございません!名前は付けて、気は納まったのですが、ハグリッドが餌付けしていまして、それで飛んでいったのだと思われます!』
セブルスの言葉を聞くなり、私はドケ座して事情を話しました。
「……あの森番め、動物なら何でも」
ブツブツ言い始めるセブルス。
すまんハグリッド。
生け贄になってくれたまえ。
『あ、あの~、セブルス?』
「…………そういうことなら、いいだろう。後でみっちり……」
あ、午後の予定も埋まった。
セブルスは未だにブツブツ言っている。
日曜の午後でも、私はお勉強タイムになりました。
身から出た錆が回り回って、こういう形で降りかかるとは…………
ダイアゴン横丁に行く前に絶望を味わった、今日この頃です。
◇~~~~~~~~~~~~~~~~~◇
さて、私は今どこにいるのでしょーか?
実は漆黒の街並みの中に居ます。
つまりはノクターン横丁。
今学期もっとも行きたくない場所、ナンバーⅡのここにきてしまったのは、セブルスの提案した移動方法であった。
いわく。
“生徒がいる現状では、敷地外にわざわざ出て姿現しをすれば、よからぬ噂が飛び交うに違いない。よって、フルーパウダーで行くぞ”
だとさ。
つまり、生徒に見られたくないから煙突飛行で行こうぜ!とさ。
さすがは、引き籠りですよね。
人に見られなければいい手段で行きますか。
ですが、煙突飛行で来るとなれば、こうなることは予想済みでしたとも。
ああそうとも。
だって、私ビビりだもん。
だって目の前に般若の如きセブルスがいるんですよ。
噛むに決まってるわ!
ちなみに『だ、ダイア、にゃゴン、ぬこ長』というのが私の発音したものでした。
超びくついてましたとも。
ついでに言えば、私はびくついて怯えると猫っぽくなるんだよ~。
……はい、そんな事言ってる場合じゃないですね。
とにかくそういうことで、ノクターン横丁に来てしまったのさ。
来てしまったからには、見つからないことが重要と、まず気配を消してみました。
やぁ、このピーブスに褒められた才能役に立つね。
私は気配を消したまま、辺りを窺った。
街は本当に黒一色で、活気よりも湿気とカビと腐敗に満ちた気配が充満している。
さっきとは逆に私は、気配だけ消せる才能に歯ぎしりしていた。
気配を消すだけなのだろう?
という事は、姿はばっちり見えてるわけじゃん。
え?
これマジで中二病的才能なの?
嫌なんですけど……
ネ○ロとかと同じように姿を消せるアイテムとか欲しかった!
あれ気配も消せるじゃんか!
どうか、どーか!
あの銀髪に会いませんように!
慧を握りしめ、真っ暗な路地の一角で、とにかく祈っていた。
この横丁で、堂々と歩けるのは死喰い人か、例のあの人くらいなものだろう。
さて、どうしたものか。
例によって、ことの直前なると胆が据わる。
姿を見せないのが一番だけど、ここにいたのでは何にも始まらない。
というか、さっさとダイアゴン横丁に行ってしまいたい。
しかし、姿を誰にも見られずに、この横丁から出る手段などない。
私は自然と慧を握る力を強めた。
【何か困り事か?主よ】
脳裏に、杖選びの時響いた声が聞こえた。
『……もしかして、貴方は騰蛇ですか?』
おそるおそる聞く私。
【いかにも。今は主が決めた名を気に入っておるのでな。慧と呼んでくれぬか?あと口に出すな。頭の中で問いかけてみろ。それで伝わる】
(慧?)
【そうだ、そうしろ。では、どの様な困り事かね?】
神クラスの杖に主と認められていて、うれしい私いは、今の現状を慧に話した。
【なるほど、では進路と姿を隠す事をお望みなのだな?】
(はい)
【では、これでどうだ?】
(ん?なにも起きて……)
【主よ、いつの間にか目を瞑っておろう?目を開けて確認してみよ】
慧の指摘通り、いつの間にか目を閉じていたらしい。
目を開け周りを確認する。
すると、私は水晶のようなものに入っていた。
(これって、もしかして)
【もしかせずとも、主の思うた通り結界だ。我を握っている状態であれば、いつでも行使可能だ】
(!ありがとう、慧!!)
【礼には及ばん。やっと見つけた主だ。我が守らないで何とするか……】
(それでもありがとう。じゃ、このままダイアゴン横丁に……って方向どっちだ?)
【主よ】
(なに?慧)
【方向に関しては、ポケットに入っておる懐中時計を】
出かけるという事で、携帯電話代わりとして懐中時計を持ってきていた。
慧に言われ、その懐中時計を取り出す。
(これがどうし、うぉ!)
懐中時計の文字盤に赤い光が現れ、結界には触れない程度に光線を出した。
(まるで、飛○石じゃん)
【主の中にある記憶を頼りに、創り出した】
(え?!創造なの、これ!?)
【もちろんだ。ただし、この種の術は主の莫大な魔力を使っての行使、つまり“力ずく”だ。今のままでは、連発は致しかねる】
(つまり練習あるのみってことですね)
【そういうことだ。兎にも角にも、今はこの場を離れ、そのダイアゴン横丁とやらに向かおう】
(はい!)
脳内会話をやめ、私は結界ごと光線が出ている方向へと移動を開始した。
薄暗い路地から出て、真っ黒な街を悠然と、しかし誰にも見られずに歩けるとは、思いもしなかった。
そこら辺にたむろしている人は、いわゆる鬱(うつ)状態の人なのだろう。
目の焦点があっていない。
不自然なほど無口で、どこか虚ろだ。
(これが例の人が選んだ世界ねぇ)
【ふむ、情けない世界だな。主にはああなって欲しくはない】
どうやら、思っていることがダイレクトに伝わるらしく、慧はそう答えた。
(一度ああなって、這い上がってきたんだよ?もう懲り懲りだからならないって。正気で真面目が一番さ)
【そうであるよう願おう】
慧と会話しながら、光がさす方向へと歩を進めれば、高級な生地を身に纏った銀髪とすれ違った。
振りかえれば、その人は間違いなくルシウス・マルフォイである。
(今度は何企んでんだか、あの銀髪は)
【確か、主が嫌いであった人物だったな】
(あれ?慧に話したっけ?)
【主といれば、自ずと伝わる。彼の評価は“口先上手女タラシプラチナブロンド”であったか……】
(長い二つ名ですけど、そんな感じですね)
ルシウス・マルフォイは、ダイアゴン横丁へ行く私とは逆に、ノクターン横丁の深淵へと歩いて行った。
姿はどんどん小さくなり、どこかで道を折れたのか、見えなくなる。
(来年まで、大人しくしていてもらいたいものですねぇ。ま、どこかのタイミングで一発ぶちかましますか)
【主よ、ちと危険ではないか?】
(虎穴に入らずんば虎児を得ず、です。それにあの人はまだ戻れますからねぇ。嫌いは嫌いでも、手を放す理由がそれだけじゃただの人殺しになっちまいます)
【……我は改めて思う。よくぞ我を探し当ててくれてありがとう】
あと一歩でダイアゴン横丁に入るところまで来た時、慧がお礼を言ってきた。
(お礼を言うのはこっちですよ。おかげで魔法使えますし)
【ん?主は……】
(なに?)
【いやなんでもない。着いたのではないかな?】
脳内で会話している内に、活気に満ちたざわめきと光の街に着いていた。
懐中時計の光線も消える。
(あらホントだ。ダイアゴン横丁ですねぇ。さて、セブルスはどこでしょうか……)
【主よ】
(あ、その主ってのやめて、禪って呼んで)
【よいのか?】
(当然。私は貴方の主ではあるけど、友達になりたいんですし)
【……変わった方だ】
(貴方もあの杖屋では、変わり者でしたよ?)
【だろうな。という事は、我らは似た者同士だという事だ。では、禪。かの者を探そう】
(ですねー。あ、この結界どこで解きましょうか?)
【他人に見られなければ良いところだ】
(そうなりますね。となると、トイレか着替え室……)
【厠(かわや)はやめてくれ】
(了解です)
慧の意見を尊重し、手ごろなところで結界を解くために、私はダイアゴン横丁を縫うように歩いて行った。
手っ取り早く、近くの店に入り、人気を避けて倉庫らしいところに入った。
(ここならいいっしょ?)
【上出来だ。では、解くぞ】
それを合図に、目の前から結界が消える。
慧を握り、気配を消したまま、私はその店を出た。
(ふぅ、何とか生還できたね)
【以後、こうならないよう願いたいものだ】
脳内会話で、二人ともため息をつきながら横丁を歩く。
既に気配を消さずに、堂々と白昼歩いていた。
【さて、禪。我は少し眠る。また話そう。右斜め後ろに主の客がおるぞ】
慧はそう言って寝てしまった。
『さて、どこにいるかなセブルスは』
「ここにいるが。貴様、どこに行っていた」
ばっと振り向けば、セブルスがいた。
そういえば先程、慧が“右斜め後ろに主の客がおるぞ”とかいってたっけ?
『えへへ、ちょっとその辺に……』
「はぁ、学校に戻ってからでいい詳しく聞かせろ」
誤魔化しは彼に効かない。
うう、可愛いのにドSでしたよね。
「とにかくドレスだ。今何時だと思っている?」
『……十一時です』
先程まで懐中時計を使用していたので、時間は丸わかりだ。
「そうだ。貴様と別れてから、既に二時間ほど経っている」
『すみません』
「まったくだ。とんだ時間のロスをしたものだ。既に昼。どの店も昼食に移行し、人手が足りないであろう。よって、我々も昼食をとることになるが……」
『ああ!本当にすみません!』
ぎろりと睨むセブルスに、頭をペコペコ下げて謝った。
マジで怖いです。
「ふん、今後このような事の無い様にするのだな」
慧にも言われましたねェ。
「ついて来い。また、はぐれては困るのでな」
『はい』
クルリと背を向け、ツカツカと黒づくめのセブルスは歩いて行った。
私もそれに着いていく。
二人の間を支配するのは沈黙。
ざわめくダイアゴン横丁の中では、異様な光景である。
少し目立ちながらも、二人は歩き続けた。
◇~~~~~~~~~~~~~~~~~◇
着いたのは有名な“漏れ鍋”であった。
セブルスは、店主に二人分のサンドイッチと紅茶を頼み、私を伴う形で空いている席に腰を下ろす。
その光景もある意味異様なのだろう。
あっちこっちから視線が来た。
『……セブルスって、いつもそのローブなの?』
口からするりと疑問が出た。
「なぜだ?」
『いやぁ、視線が鬱陶しいから、もしかしてそうかなぁと』
「はぁ、貴様は馬鹿か。我輩は元々単独行動が多いのだ。その我輩が貴様という“連れ”を伴っておれば、“なぜ?”という疑問が来るのだろう。だからこその視線だ。気にしない事だ」
冷静に言いながら、ため息と呆れをそのまま表情に出して言うセブルス。
『そうですか……』
セブルスも苦労人だなと思いながら、私は店主のトムが運んできた紅茶とサンドイッチに口をつけた。
昼食を“漏れ鍋”で取り、再びダイアゴン横丁へと繰り出す。
『ドレスって、どこで作るの?』
「……色々とあるが、制服と同じところでいい。マダム・マルキンの店に行くぞ」
『了解です』
二人でマダムの店へと歩いて行った。
「いらっしゃいませ!あら、お嬢ちゃんは――」
『お久しぶりです、マダム』
お店に入れば、マダムが顔をちゃんと覚えていて、私は挨拶をした。
後ろにくっついているセブルスに驚きもせず、マダムは口を開く。
「あらあら、今日はどうしたの?制服はちゃんと……」
『あ、それは大丈夫でしたし、私服も届きましたよ!今日はドレスを作りに来たんです』
「ドレス?少しお早いんじゃなくて?」
『あはは、そうなんですけれど……私情で必要になりまして……』
「……大変ねぇ。では、サイズは制服の時のデータがあるから、それを使うとして、色とデザインを決めなきゃね。あ、今カタログ持ってくるからそこで座ってて?」
相変わらず、いいおばちゃんのマダムはパタパタと小走りにカタログを取に行った。
「……なぜ、貴様と話の調子が合うのだ?」
置いてけぼりのセブルスが、こちらを見る。
『ああ、中身は私もいい年ですし、他人からは“若年寄”なんて言われていた人物です。あと、マダムがそう驚かなかったのは、制服と私服を購入した時に、私がダンブルドアの孫という事を知っているからですよ』
「話したのか……」
他人に知られることを気にしているのだろう。
セブルスの眉間にしわが寄る。
『大丈夫ですよ。マダムはちゃんと黙ってくれています。それに教授にも驚かなかったでしょう?つまりそういう事ですよ。』
にっこり微笑んで、セブルスも立っているのではなく、椅子に座るように促した。
不機嫌な顔をしながらも、セブルスは大人しく座る。
ほどなくしてマダムが分厚いカタログを持ってきた。
ドサ!
「さぁ、どれにしましょう!」
マダムはルンルン気分で、目が輝いていた。
前の世界にもいたな、こんなおばちゃん。
「まず、どのパーティーにご招待されているのかしら?」
『……クリスマスです』
「あら!定番ね!」
「なら、ドレスはきっとイブニングドレスね!」
『……ドレスに種類なんてあるんですか?』
「もちろんよ!簡単に説明すると、昼用と夜用と私用にわけれるのだけど、パーティーは礼装で出るのが普通だから、私用は除外。で、残るのは昼用と夜用。昼用がアフタヌーンドレス。夜用がイブニングドレス」
『そっか、それでクリスマスならイブニングドレスというわけですね』
クリスマスパーティーは主に夜だ。
昼間にすることは、まずない。
「そういうことよ。ちなみに違うのは、そでの長さや襟のあるなしね。あ、男性は燕尾服よ。スネイプ教授はどうします?作り直しますか?」
「なぜ、我輩も行くことになっておるのかね?」
少し困惑気味にマダムを見るセブルス。
『あら、教授。付き添いとして行く事になるのは必然ですよ?校長ならそうするでしょう』
あの狸の事だ、そうするに違いない。
『しかも、招待状にもそれらしい言葉で、教授にも出席するようにと書いてありましたし』
私がそう言えば、セブルスは額を抑えた。
……泣きそうな顔に見えるのは私だけだろうか。
「……しかたないな。では、付き添うことは許そう」
って、私が付き添う形なの?
『ありがとうございます、スネイプ教授』
「で、作り直しは?確か、教授のは既に三年ほど経過していて……」
「……問題ないと言いたいが、少し痛みが出ている。致し方ないが、作り直させてもらおう」
マダムの催促に、不機嫌そうに言うセブルス。
うむ、可愛いぞ、セブルス。
「じゃあ、教授は先にサイズを計らなきゃね!あ、席を立つ前に、これだけは聞いていいかしら?」
セブルスが席を立とうとする前に、マダムが静止した。
「なんだね?」
「彼女に何色が似合うと思う?」
ぶふぁう!
なんちゅーこと聞いてんじゃ、マダム!
目茶苦茶聞きたいぞ、その返答!
「似合うなら、何色でもよいとは思うが……」
無愛想に言うセブルス。
ぁう、セブルス。
その返答は、モテない男の返答だぜ。
「あえて色を選択するなら、菫(すみれ)色ではないかな?」
不敵な笑みを浮かべ、今度こそサイズを計るべく席を立ち、店の片隅へと行ってしまう。
あざーす!
その切り返しなら、大丈夫っす!
というか、不敵な笑みでその切り返しは、おいしいです!
「……あら、スネイプ教授にしては珍しい。じゃ、色はそれにしましょうか。後はどのデザインか、ね」
マダムがカタログをめくり、どのデザインがいいか見ていった。
背中が大きく開いたものや、ベアトップなど大胆なシルエットのものが多かった。
マジでか。
こういったものを、この年から着んのかよ……
大きくみて“所謂王族方が着てそうなドレス”か“マーメイド”、“普段でも着ていれそうなドレス”、“独特のデザイン”の四つのタイプに分かれていた。
『……初めて見ましたけど、ホントに色々ですね』
「ええ、だからこそ作り甲斐もあるの。ただ、需要が多すぎる、あ、注文が多すぎるとって事ね。そうなると複雑なものは仕上げが間に合わないの。だから、種類を少し減らして簡単なものばかりになるのよ。貴方は早めに来たから、たくさんの中から選べれるわ!」
セブルスが言っていたことを、少しだけ詳しくマダムが言う。
なるほど、種類が少なくなるのは作り手の方が間に合わないせいか。
うーん、どれにしたってドレスって目立つのよね。
目立ちにくいやつあるかなぁ。
なさそう。
でも、お姫様とか女王様とかが着ているようなのは着たくないです。
というか、気が引けます。
うーむ、と悩みながら、私はカタログを食い入るように見つめた。
正直、胸を強調しすぎるものや背中が大きく開いたのは、とても着れそうにない。
というか、覚悟がない。
大人のセクシーさを十二歳に出せってか?
無理に決まっておろう。
苦渋しながらも選ぶためにカタログを見ていく。
『あ、これとかいいかも』
私が指差したのは背中にマントがあるドレス。
「あら、いいじゃない!」
マダムが目を光らせる。
「じゃあ、このデザインを使うとして、長さはどうする?これ地面についてしまっているけど少しだけ上げましょうか?その方が歩きやすいわよね?」
『そうですね、そうしてもらいましょう』
「じゃ、それで決まりね。あと決めるのは、靴とかだけど、それは本職に任せましょう。この店の隣に靴屋があるから、そこで作ってもらいなさいな。あ、今日はここまでよ」
靴屋云いはいいとして、マダムの言葉に耳を疑う。
・ ・ ・
『今日はってことは、まだ来なくてはいけないんですね』
「ええ、残念ながら、ドレスは一回の来店で作るものじゃないの。選んで、借り止めで作ってそれを調節して、完成した衣装を装飾をして、と三回の工程で出来上がるの。今日は一回目だから、デザインと色、生地を選ぶのだけど……」
『色は教授に決めてもらって、デザインを決めた時に生地は決定していたので、終了というわけですね』
そう、私が選んだデザインは、自然と生地が決定する代物だった。
ちゃんと生地も選択する物もあるが、それは所謂“王族方が着ているようなドレス”のタイプ。
私が選ぶはずもない。
「あとは、スネイプ教授を待ちましょうか。サイズを計るだけだから、すぐ終わるはずよ?」
『はい、このまま待たさせてもらいます』
席を立ち他の客へと向かうマダムに会釈し、私はセブルスが来るのを待った。
十分後、セブルスが戻ってきた。
セブルスもサイズだけ計った様で、燕尾服で出てくる事は無い。
ちっ!
セブルスの礼服姿が見たかった!!
「禪、行くぞ」
不機嫌そうに言うセブルスにしたがって、店を出た。
『あ、セブルス。靴も作った方がいいですかね?』
「……そうだな、あの先輩の事だ。隅から隅まで見ようとする。靴は作っておきたまえ」
『では、横に靴屋があるので、そこに行きましょう』
「……なぜ知っておるのかね?」
『先程マダムに教えていただきました』
「……なるほど」
そんな会話をしながら、靴屋に入り、やはり型だけ作ってもらって、ホグワーツヘと帰った。
帰る時は、セブルスに摑(つか)まった状態で煙突飛行したのは、行きのトラブルを考えての事である。
我ながら少し情けなかった。