『ふぅー、疲れた』
演じてずっと笑顔でいた禪は図書館まで戻ってきていた。
(流石は、二つの顔を持つ男)
気が抜けなかった。
普通に接したつもりなのに、既に目を着けられているような視線が何回も飛んできていた。
その視線よりもその後頭部が気になって、気が抜けない。
とりあえず、昼食を取り、こうして戻ってきた次第だ。
勉強道具を回収し、今度はセブルス・スネイプの私室に行く。
(スネイプ教授には助かった。ずっと牽制していてくれたし、縛ったままとは言えホグワーツに連れてきて、ダンブルドアに会わせてくれたのも彼だ)
来た道を引き返すように歩き、長い廊下に来た。
先程、禪がミネルバに抱き着かれたところである。
(ミネルバにも感謝しなきゃ。あの人も向かい側の席で視線を飛ばし牽制していた)
どうやら、既にクィレルは重要人物三人に敵視されているようだ。
(ダメダメじゃん、あの人。だからこの後一年生に負けんだぜ?)
(うん。こりゃ、ほっといてもハリー勝つわ)と、うんうん頷きながら、自分の私室に着いた。
勉強道具を部屋に置き、杖の慧とロシアンブルーの庸を連れて隣のセブルス・スネイプの私室へとノックした。
『教授、失礼してもよろしいでしょうか?』
「Ms.蔡塔か、入りたまえ」
不機嫌そうな彼にそう言われ、その私室に入った。
「どこまで行っておったのだ。我輩が特別に時間を割いてやったというのに」
不機嫌を絵に描いたように、セブルスはソファに座っていた。
『すみません、午前中に使った教科書やノートを取りに図書室まで行ってました』
『ミネルバに置いたままでいいと言われまして』と禪は続けた。
セブルス・スネイプはため息をつく。
「まったく、彼女もあまい。Ms.蔡塔。貴様は既に目を着けられている。気を着けたまえ」
『“誰を”とは言わんのね?』
「どうせ、わかておるのだろう?“知っている”のだから」
『ええ、そうよ。それにあからさまに視線飛んできましたし』
「この部屋と貴様の部屋は、校長室同様の防音魔法をかけてある。盗み聞きはされぬ。したがって、できるだけ一人になるな。新学期になるまで私室か我輩の所に居ろ」
(え、マジですか)
『……引きこもりと勘違いされません?とうか、目を着けられたのは分かりましたが、“なぜ”目を着けられたのか分からなかったのですが……』
「ふん、おおかた貴様の魔力のせいだ。校長も言っていたであろうが、貴様の魔力は大きいのだ。普通の人よりか、な」
(あ、そういえばそんなこと言ってたなぁ。暴走したら洒落になんねぇ)
『うう、そんなの仕方ないじゃないですか。こっちに飛ばされて持った魔力がこれだっただけですし』
「我輩も知らん。が、自重してもらわねば。あとその物言いもだ」
『やっぱり、違和感ありますか?』
「ああ、ある。まずその口調はその年齢ではしん。語尾にデスマスを付けるだけで充分だ。それと、我輩の事を教授ではなく名前で呼びたまえ。その方が年相応で、校長の孫らしい」
(ですよねー。中身、三十路手前ですし。)
(えええええええええええ!いいんですか!?呼び捨てていいんですか?!)
禪、外見十一歳、中身二十七歳。
イケメンに名前を呼び捨てにしてもいいと許可を出されました。
(天にも昇る気持ちってこういう気持ちなんですか!?)
そう禪は恋愛初心者。
セブルス・スネイプと五十歩百歩であった。
もちろん、禪とて恋人がいたこともある。
しかし、それは所詮“恋に恋していた”だけで、相手を本当に思いやってはいなかった。
(はぅう……)
禪は内心めちゃめちゃ戸惑っていた。
それどころか、狂喜している自分にすら驚いている。
(どうすどうする、禪二十七歳!このベルベッドヴォイスに言われたらあああ!)
拒否権なしだ。
つまり、打つ手なし。
(いや、こうしよう。まだこの人物にならば、こういう言い方さえすれば、引いてくれるか……も?)
『も、物の言い方については、難しいですが、やってみます。しかし、教授を名前で呼ぶなら、わ、私も、名前で呼んでくれるなら、考えます』
キブ&テイクだと示唆して、そっぽを向く。
だが言った途端、彼女は顔を真っ赤にした。
(うぁああ!私はなんつぅ事を!いや、大丈夫大丈夫!教授の性格からして、生徒を名前で呼ばねぇって!)
陰険根暗のこの人だ。
大丈夫、と自分に言い聞かせる禪。
しかし、この人が二次元の世界であれば了承しないが、ここは三次元。
つまりは現実の世界。
「……よかろう、では禪、とにかく呪文練習を始めようか?」
セブルス・スネイプはスリザリン特有の笑みを浮かべ、そう促した。
(うわぁぁぁぁぁぁあああああ!)
こうして墓穴を掘った禪。
紛れもなくセブルス・スネイプは、目的を達成するには何でもするスリザリン出身であった。
『わ、分かりました。で、ではせ、セブルスさん?』
(ああ、自分で言っといて、言い方がクィレルっぽい)
「さんもいらん」
『せ、セブルス?』
「そうだ。さあ、呪文を練習するぞ。簡単なものでいいだろう」
彼は満足そうに言った。
(ふにぁぁぁぁぁああ!)
その笑みと声、言ってしまった事実で禪、自爆です。
そこから、 セブルス・スネイプは杖の振り方講座を始めた。
禪は見よう見まねで彼の様に杖を振る。
「そうじゃない、もっとこう……」
(セブルス様、そのくびれは無理っす!)
間近で彼の振り方を見て身悶えつつ、禪はスパルタな彼の講義を受けた。
(セブルス視点)
午後からの二時間を練習にくれというから(いえ、禪ご本人は言っておりません)、調合する時間を惜しんで自室で待っているというのに、Ms.蔡塔は来ない。
なぜだ、昼食の時は我輩より一足早く席を立ったというのに。
昼食時、クィレルの奴が彼女に目を付けた。
遅かれ早かれ、そうなるとは分かっておったことだ。
禪の魔力は校長の言った通り、規格外なのだ。
常人のそれより、大きい魔力量。
このまま成長すれば、魔力も大きくなるのは当たり前だ。
そうなれば、彼女の魔力は我輩やダンブルドア校長をも凌ぐほどになる。
それを己が力にでもしようというのだろう。
まぁ、させぬがな。
しばらくしてから扉がノックされた。
遅いと言えば、図書館に置いてきたものを取りに行っていたという。
ミネルバがそうしてもよいとも。
……なぜ、彼女は呼び捨てで我輩は教授呼びなのだ。
それが気に入らん。
昼食時の奴の視線を指摘してやれば、それには気づいていたようだ。
ふん、そうでなければ困る。
しかし、狙われている理由は分かっておらんかった。
しかも、すぐ一人でいるとは自覚が足りない。
ため息をつきつつも、理由を教えてやる。
一人にもなるなと告げた。
彼女はなぜか、そういうと挙動不審になった。
……我輩は何か言ったのだろうか?
いぶかしげに思いながらも、奴にこれ以上目を着けられてはかなわんと、彼女の言葉の言い方を指摘した。
そして先程の気に喰わない呼び方の指摘をしてやる。
今度は、彼女の顔が真っ赤になった。
そして、ぎこちなく『私も名前で呼ぶなら』と言ってくる。
ふん、それで我輩が臆すると思うたか。
我輩はすんなりと彼女の名前を言って、呪文の練習をするぞと言ってやる。
途端に彼女は、顔を更に真っ赤にした。
ふ、ざまぁみろだな。
こやつは怪しいが、意外といじると面白い。
これからもちょくちょく弄ってやろうではないか。
そして、彼女の呪文の練習を始める。
彼女はぎこちなく杖を振る。
さぁ、扱いてやろうではないか。
我輩が教えるのであるから、ちゃんと出来なくては困るぞ?
(セブルスside end)
(禪視点)
きょ、じゃないセブルスの部屋から戻ってベッドにダイブする。
セブルスの練習はスパルタだった。
しかも、杖の振り方から指摘してくるとは……
先が思いやられる。
今日の呪文は浮遊呪文であった。
……目を着けられるなと言っていたのに、いきなりこの呪文で目をつけられる気がするのは、私の思い違いだろうか。
確か、最初の一年生でこれを“妖精の魔法”の授業でやるんじゃなかっただろうか。
いきなり一番になれと?
ハーマイオニーを差し置いてか?
“自分が教えるのだから当然だ”とでも彼は言うのだろうが……
いやいや、その前に寮の問題があるから。
もし私がスリザリンにならなければどうするつもりだ?
確かセブルスはスリザリンの監寮だ。
自分の寮の生徒以外を褒めたとなれば、彼の評価はどうなってしまうのであろうか。
……
…………地獄だな。
物語終了時の彼の寿命が更に短くなりそうだ。
それは困る、非常に困る。
今のところ、一番命を救いたい人物一位は彼なのだ。
この物語の中で、一番厄介事を押し付けられるのは彼だ。
ちなみに二番目に命を救いたいのは、同率でシリウス、リーマス、セドリック、フレッドの四人。
それ以降にムーディーやヘドウィッグなどか続く。
アルバスじいちゃんはどう助けていいのかわからない。
助けてあげたいが、彼はその奢りで死ぬ。
その奢りを挫くにはどうすればよいというのか。
……
一応の案は、ある事にはある。
だが、それが上手くいくとは思えない。
まぁまだ、時間がある。
それに対してはゆっくりと対策を立てよう。
それよりも今は、寮だ。
友達作んのに、今のスリザリンではいやだ。
しかしスリザリンでなければ、彼は孤立を深めてしまうのではなかろうか?
主にハリー達、主人公組に。
うーむ、困った。
……
お、そう言えばハリーはスリザリンに近いグリフィンドールだったはず。
それでいけはいいんじゃね?
あ、そりゃ駄目か。
ハリーそれでも毛嫌いされてたし。
ま、彼の場合は顔のせいか。
セブルスを苛めてたアホそっくしだって事で。
優秀で、主席でも苛めっ子ならアホですよね。
……ほんと、どーしよ。
残りの夕食までの時間を、それらの考え事と、勉強に費やしながら私は、セブルスに言われた通り部屋に籠ることにした。
(禪side end)
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