序章1

 

 



 (ああ、これは理不尽だ)










 鬱葱と生い茂る森。
 いきなり入れ替わった視界は、それが映っていた。
(いやいや、ありえない。たぶん、幻影を見てるんだ。この頃疲れてたし、ストレス発散し忘れてたし。あれだ、マイナーだけど何処かを痛くして……)
 頬をつねり、現実かどうかを確かめる。
(うん、痛い。って、ウソだろおいウソと言ってくれ)
 少女の心の叫びなど、どこに聞いてくれる者はいない。
 まるでそれを強調するかのように、森から得体のしれぬ音が響く。
 少女はビクッと身体をこわばらせ、辺りを見回した。
 少女が恐怖とあまりの事に吃驚していなければ、本来の冷静な判断を下せたことだろう。
 その音は風が木々の合間をかける間に生み出す音だと。

 










 彼女がこのような事態になったのは、先程の事である。

 











『よっしゃぁ!借金完済!』
 某携帯型ゲーム機のタッチペンを握りしめ、ガッツポーズする少女、蔡塔禪(サイトウユズ)は自宅アパートで喜びを噛み締めていた。
(現実じゃないとはいえ、ずっと借金がついて回るなんて、ゲームでも嫌だったし、よし、これでゲーム内での住居は借金なし!)
 ゲーム機の液晶画面では、自分のキャラクターが同じように『借金返済!』と喜んでいる。
 
(今日は、すっごくいい日ね!)
 
 まず寝起きは、寝癖がなかった。
 午前中は街へと繰り出し、長年探していた本を見つけ購入する事が出来た。
 自宅で昼食をとっている時には、注文していたレアもののお酒が届いた。
 夕食はその酒に合うように、秘蔵しておいたこれまたレアな缶詰をあけてつまみとして食べた。
 そして深夜にゲームをして、ゲーム内の借金返済完了である。



 ――もう分かるかもしれないが、蔡塔禪はとてもさみしい人間である。
 既に二十代後半。
 本来なら子供の一人や二人はいていい歳で、結婚もその気が全くなく、また親になる気もなく、パートの仕事に明け暮れ、コツコツと……いや経済的に苦しい生活の中でなんとか地味に生きていた。
 親には大学まで行かせて貰ったが、それが裏目に出て就職が上手くいかなかった。
 禪には大学を卒業したというのに、企業側が求める大学レベルの統率力や頭の回転の良さはなかったのである。
 それもそのはず。
 大学は、広範にわたる知識の獲得と諸分野の専門的な教育研究を行うことにより、拡大・深化した知見と柔軟な思考力を備えた知識人を育成するところ。
 いきなりSPI試験などという数学や英文などをしろと言われても、全く別の学問が四年間専門であったのだ。
 回答はすべて赤字で、百点満点なら三十点以下。
 尚且つ、世の中は不景気の真っただ中で、そのような程度の低い輩など企業側も採用する気などさらさらない。
 企業が欲しいのは即戦力だ。
 ぶっちゃけて言えば、まだまだ新米の中間管理職候補などいらないのである。
 禪はそんなこんなで就職を断念し、手近なパートへと就く事にした。
 福利厚生が整っている会社であった事もあり、禪は真面目に丁寧にその仕事をこなしていった。
 お客さんからの反応もよく、同僚のバイトやパートの人にも好かれた為、その身分がパートであったとしても重宝された。
 ほとんど社員同然で扱われたのである。






 しかし、親はそれでも娘を認めはしなかった。





 認めるといっても、娘としては認めてはいる。
 仕事ぶりもそれでよいと思ってさえいる。
 認めなかったのは、その給料。




 認められない。
 それは彼女にとって苦痛であった。
 




 最初は笑ってさえいれば、両親も諦めてくれると思っていた。
 だが両親は引かず、娘に転職を持ちかけた。
 禪は最初、目を通しはしたが、そのどれもを断った。
『自分にはとても勤まらない仕事だから』と。
 就職活動時代に、その身で感じ取った自分の程度の低さを痛感していたからである。
 しかし、親は再三再四それを押し付け、遂に禪は家を飛び出し、一人暮らしをするようになった。
 後悔はあるが、それでもと自由を選択したのである。






 そして今は、このように苦しくはあるが、地味に生存権を確保していた。数少ない友達にはそれとなくメールを送り、連絡もしたし、近所の人たちとは仲良くなった。
 ただ、生きていくだけならば、何の支障もない。このまま平和に20年程過ぎていきさえすれば。



 だが、それは初夏の集中豪雨により中断を余儀なくされる。
 住んでいたアパートごと濁流と化した河に流されてしまったのだ。
 ヘッドフォンをしていたので周りの音など解らずに大音量でゲームを楽しんでいた為周りの音に気づかず。
 そのゲーム内の『借金返済したぜ!』とそのガッツポーズをしたまま、濁った水に押し潰された。
 

 ああ、これで短い人生もお終いかとおもった。







 が、それは見事に裏切られたかのように、冒頭に至る。





 つまり、死んだはずが、なぜか森にいるのだ。
 (落ちつけ落ち着け。あれだ、絶対こういう時は落ち着かないと、後々後悔するパターンだ。自殺してさっさとこの悪夢――と書いてトリップ――の終止符打ちたいけど。それしたら、多分もっと後悔する気がするから)
 その場で深呼吸を何度もして、禪は冷静さを取り戻していった。
 

『とにかく、立とう』


 なんとか落ち着いたところでそう考える。
 その方が周りの状況を把握できると、少しふらつくもその場に立った。
 森はシンとしていながらも、先程のような奇妙な音が時折鳴り響いている。
(うん、矛盾してそうな表現がぴったりの不思議な森だよね)


『悪く言えば変、よく言えば不思議。この木々はちょっと日本にはあるはずがない。日本じゃ、こんな大木はそうそうないしね。ということは、海外』


 禪はこの状況から、ここがどこか考えていく。


『でも、それはホントに私が知っている世界であった場合。もし、他の世界であるならただ単に“日本ではない”という事しかあってはいない』


 少しだけその辺りを歩き回ってみる。
 すると、切り株があった。

(って、結構大きな切り株だね。半径1メートルくらいある)

『ラッキー。切り株があれば、方角はわかる。ということは、……あっちが南か。んじゃ、とにかくそっちに歩いてみるかな。いや、待て、ここは西に行ってみるか』


 おそらく西であろう方へと歩いていく。


(南に行けばまずあるのは木こりの家とかだろうけど、そう言う人の話っていい印象ないし。北は論外。東は今が夜ならそうするけど、日が射してるってことは、日中。だから日を求めていくなら西)


 ずんずんと歩きながら、ふと立ち止まってまた歩き出す。





(あれ、もしかして……いやいや、今はやめとこ)






 歩き始めて十分ほどだろうか、日がさんさんとさす場所が目の前に現れた。


 かなり大きく開けたその場所は、どうやら、そこはスミレや木イチゴなど多くの草花が生息場所にしているらしく、様々な香りと蝶や蜂などの昆虫も多くいた。


 まるで、映画や、絵本のワンシーンに入ってしまった様に美しい。
 



 禪はその光景に見とれ、しばしの間そこに立っていた。






「おい、貴様何者だ」





 と、背後から首に何かを突きつけられるまでは。
 


「おい、貴様何者だ」




 低い声とともに首に突きつけられたのは、金属ではなかった。
 もっと別の、感触。



「おい、何者だと聞いているのだが?」


 声の主が少しイラついた様に再度聞いてくる。

(短気?というか、結構上から目線のような……)

 禪は少しずれたことを思ったが、とりあえず答えてしまった方が良いと口を開く。


『えっと、蔡塔禪といいます。』


「・・・・・・ふむ」


 声の主は間をおいて考え込んだ。

(答えてから思いましたが、もしかして、言葉通じてない・・・・・・?)

 禪の不安は、次の言葉により別の不安に変わる。

「珍しい響きですな。益々怪しい。何処から来たのだ」

『時空と東の果てより、それ以上は言えない』

 どうやら言葉は通じているらしいので、即答してみる。
(とっさに○ブリのアシ○カさまのセリフもじちまったじゃねぇか!……うん、我ながら中二病みたいなセリフだ)

「ふむ、どうやら素直に話すつもりはないようだな」

(う、仕方ないじゃないか。素直に言っても信じてもらえんてわかってるし。というか、この独特の言い方って……)

「では、致し方ない。我輩の用が終わるまでここで大人しくしていてもらおう」

 首に押し付けられたものが離れる。
 それに安堵して息を吐き出すと同時に、




「インカーセラス」

 


 身体を縛られた。



(って、えええええええっ!)




 吃驚して、縛られた勢いもありその場に崩れ落ちた。

「ぶざまですな。縛られたくらいで、倒れるとは。ま、そうやって土の香りでも嗅いでいたまえ」

 そう言いながら、声の主である彼――セブルス・スネイプは目の前に広がる植物の楽園へと歩いてゆく。




(世界観確定。て、えええええええ!マジですか本気と書いてマジなんですか!ここマジでハリポタ世界いいいい!)
 

 

 

 五分ほどの放置の後、彼――セブルス・スネイプは植物の採取を止め、此方に振り返った。






「さて、こんなものでいいでしょうな」



(うん、何この放置プレイ)







 ふかふかの腐葉土の上だということにも関わらず、セブルス・スネイプはツカツカとこちらへ歩いてきた。


「立ちたまえ、校長の処へ連れて行く」


(ぶふぉい!この人って、画面(映画)の中でも無愛想でしたけど、マジでこーなんですね。マジでベルベッドヴォイスなんですね)



 いい声だと心中身悶えながら、禪はなんとかその場に立った。


「着いてきたまえ」

 彼はそう言いながら、胴体部分で縛った縄に紐を括り付けてそれを片手に歩いていく。
 その歩くスピードはいささか――いやかなり速い。

(・・・・・・待てぇい!こちとら縛られてるのに、そのスピードはないわ、ええ、しかも女性にそのスピードはないわぁ!てか、どんなプレイさせとんのじゃぁ!)

 禪はなんとかそのスピードについて行こうと、焦って転びそうになりながらせっせと足を動かした。
 そうしてかれこれ十五分ほどで、森から出る。
 禪の眼前に広がったのは、とても大きな岩の城。
 間違いなくホグワーツ城。

(うぁわお、頭の中にあのBGMが、ハリポタBGMがぁ!オルゴールなってるぅ~‼)

 まじまじと見て回りたかったが、セブルス・スネイプはそんなことなど露知らず。
 速度が落ちぬまま、城の中へと入ってゆく。

(見る暇ねぇ!っくしょがああ!せめて速度落とせぇえぇぇぇ!)

 でっかい広間やら教室やらをすっとばし、どんどん奥へと入って、いつの間にやらガーゴイルの前に着いた。
 その頃には、禪の息は上がってしまっており、ゼェハァと肩で息をしていた。



(うう、運動好きじゃないんだよ……)



 禪がちょっぴり涙目になりながら、一息ついている間にセブルス・スネイプは合言葉を呟いた。

「スミレの砂糖漬け」

(って、まだ“レモンキャンデー”じゃないんだな)

 ガーゴイルが横に飛びのき、現れた階段へ素早くセブルス・スネイプが上がっていく。
 紐で繋がれているので、禪も素早く上がる。 
 ここに来るまでに何とか、その癖や着いていくテンポ(リズム)を把握していた為、同じような速度で上がる事が出来た。

(不審者扱いだからいいけどさ。女性に対してこれは無いよ)

 こうして禪は、常時不機嫌そうに見えてしまう人物とともに校長室への扉をくぐったのである。
 

 
 ――――扉をくぐったその先は、まさに映画通りの校長室でした――――



 まるであの某神隠し映画の宣伝の様に禪の脳裏にそんな文字が掠めていく。

 動いている歴代校長の写真。

 とまっている不死鳥。

 日の光を浴び、その場に佇む老人。

 映画で見たよりも現実で見るそれらは、とても活き活きしてクリアに見えた。


(おおう、これが見ると感じるの違いですか)



「失礼校長、不審者がいましたので連れてきました」

 禪が部屋の光景に見惚れている間に、セブルス・スネイプは片手に持った紐を見せて老人にそう言った。

 ゆっくりと、老人がこちらに振り向く。




 その容姿は間違いなく、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア。
 ホグワーツ校長である。





「セブルスかね。そちらの御嬢さんが、不審者とな?」

「いかにも。禁じられた森にいたのだ。不審者とみて間違いはあるまい」

(おおう、もう始まっている)

「して、お嬢さん名前は何と言うのかね?」

 アルバス・ダンブルドア(フルネームは長いので……)は禪の瞳を見据え、問うてきた。

(確か、この人には嘘なんぞ無意味で、その見破り方が開心術と某探偵アニメでも紹介していた某国家機関も用いっている嘘見破り方。……うん、後ろめたい事はないだろうし素直に言おう)

 数秒でそう考え、禪は口を開いた。

『蔡塔禪。こちらの言い方なら、禪・蔡塔。』

「何処からどうやって来たのかね?」

『時空と東の果てより。此方には洪水で反乱した河に呑まれるという移動手段出来ました。正確には呑みこまれたのですが』

 その件で、聞いていた二人は目を見開いた。
 

 
「貴様!そのような冗談が我輩に通じると思っているのか!」

 セブルス・スネイプはキッと此方を睨んでそう言った。

(やっぱそうですよね。何しろさっきは“それ以上は言えない”って言ったしね)

「これこれセブルス。彼女は嘘をついておらんよ、ちと驚いた内容じゃがの」
 
「しかし校長!」
 
「セブルス」
 
「っ!」

(おう、黙った)

『えっと、すみません。あそこは森でしたから、誰が聞いてるかわかりませんし、詳しく言えなかったのです』

「…………そうか」

(おお、珍しく素直)

「だが、それでも我輩は貴様の言うことに納得できん」

(そして鋭く疑い深い)

『でしょうね。まだいろいろ隠してますし。あ、因みに日本人です。英語は苦手なのですが、こちらに来たらペラペラになってて……。ところで、鏡ありますか?』

「……」

『……』

「……」

『……』

 気まずく落ちる沈黙。

(セブルス様、睨んだまま黙らないでください)


「鏡かね?これでどうじゃ?」

 ダンブルドアがその空気を破るように、杖をふって姿見タイプの鏡を出してくれた。






(感謝します!)


『ありがとうございます。これで現状の把握ができます』






 お礼をして、鏡に姿を映すためにその前に立った。






 ――――そこに映った鏡には、禪が先程森で一瞬考えた結果があった。

 
 すなわち、若返っていたのである。



(マジで小学生に戻ってんの)
 



 自分の姿を視認し、禪は少し固まった。
 そして直ぐに服装や持ち物を確認する。
 服はなぜかモノクロのストライプのスカートと白のワイシャツの上にホグワーツの制服のようなポンチョという格好をしていた。

(なぜにこのチョイスw)

 ポンチョのポケットには、これまたなぜか懐中時計と和紙でできたメモ帳。
 手が重いなと見れば、ジャラリと金と青のネックレスがブレスレットの様に巻き付いていた。
 よく見れば、青い石はラピスラズリ。


「現状はわかったかね?」

(おっと、二人と話してたんでした)

 ダンブルドアが屈んで覗き込んでくる。
 セブルス・スネイプに至っては、まだ睨んでいた。

『はい、ありがとうございます。ひとまず、自分が置かれた状況は何となく察せました』

「では、ワシらにも教えてはくれんかのう?」

『了解です。まず、私はこの世界の人間ではありません。いわゆる異世界という処から来たんです。一度死んでいるはずですので、戻ることはできないでしょう。あと、だいぶ若返っているようです。死んだ時は二十七歳でした』

 随分とヘビーな内容をあっけらかんに話していく。
 禪がそう言うと、男性二人は眉を顰めた。


「信じがたいが、嘘は言っておらんようじゃの」

「校長!」

「じゃが、なぜそのように落ち着いているのじゃ?」

『それは、既にどうにもならない事ですからね。私自身、何とかそれを呑みこんだ形です。正直言って自殺したいくらいには混乱してましたよ。そちらの黒髪の方がここに連れてくるまで』

 いったん言葉を区切り、目を真剣なものに変えて言葉を紡ぐ。





『それに知ってるんです。“戻れない以上、今の現状は自分たちの問題である”という事と、“偶然はこの世になく、あるのは必然のみ”という事を』





 それは、漫画の登場人物ではあるが、とても大人な人達の確かにそうだと言える言葉。
 一人は某青春漫画の一流ヒットマン。
 もう一人は、某ミステリー・トラベル漫画に出てくる偉大な魔女。







『そう、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア校長先生。セブルス・スネイプ教授』



 真剣な目を二人に向け、禪は確かにそう言い放った。


(此方にきてしまったその理由など知らないけれど)


 彼女の心中では覚悟が固まってゆく。



(戻れないのなら、突き進もう)
 

 



(戻れないのなら、突き進もう。知り得る限りの死ぬ定めの者は捻じ曲げて、誰も死なせてなんかやらない)






 そう心に決め、禪は二人を真っ直ぐ見た。







「なぜ、我輩達の名を知っている」

「……」

 セブルス・スネイプは目を更に険しくさせて、ダンブルドア校長は目を更に見開いて驚いていた。

『知っているのも必然。私がいた元の世界には、この世界をもとにした物語が存在する。ファンタジー小説として』

「では、その書物で知ったと?」

『その通りです。また、この小説は映画にもなるほどの大人気ベストセラーになりました。社会現象にもなったので、知らない方はあまりいないのですよ』

「……それは吃驚じゃの。しかし、ワシらを納得させるだけの材料がなかろう?」


『……今の現状ではそうでしょう。致し方ありませんが、これではどうですか?お二人とも、今だに“贖罪”の為に戦っていらっしゃる』


 大の男が、二人そろって顔をしかめた。
 アルバス・ダンブルドアは少し怖いものを見るように、震えて。
 セブルス・スネイプはとても辛そうに、何かに耐えて。

 それもそうだ。
 セブルス・スネイプが謝罪をしている相手は、幼馴染のリリー・ポッターで。
 アルバス・ダンブルドアが謝罪している相手は、妹のアリアナだ。
 どちらもが、己のせいで死んだと思っているのだろう。






『二人とも未だ後悔して、自責の念に囚われている』







 再び沈黙が校長室を満たした。
 先程の沈黙とは別の重さに、歴代校長たちの肖像画も難しい顔をしている。
 

 








 
 そのまま、十分ほど沈黙が続いた。











「……よいじゃろ、してその知識いかに使うつもりかの?」

「……」

 
 なんとか言葉を紡いだのであろうダンブルドア校長が、聞いてくる。
 セブルス・スネイプは未だに辛そうな顔をしていた。
 こういうところは、やはり年の功というものだろう。


『この知識は決してあちら側にはあげない。私が知っている物語は一言で言えば、“不幸中の幸い”という結果の物語。だから、それをさせない為に使います』

「それを聞いて安心した。して、この後君はどうするのかね?」




(あ……)



『それは考えていませんでした。どうしましょう……』


 今度は、禪の方が口を開けて呆然とした。

(シリアスに話してたら、忘れてたよ……)
 
 禪が困った顔をした瞬間、ダンブルドア校長は目をキラキラさせ始めた。
 どうやら新しい玩具を見つけた子供のように、禪に関わる気満々のようだ。


「ふむ、禪にはとても強い魔力があるようじゃから、まず此処の生徒になってもらうとしようかの」

『ほへ?魔力なんてあったんですか、私。しかもとても強いって、どれくらいの強さなんです?』

「そうじゃの。わしの若い頃くらいかの」

『………………想像しかねます』

「ほっほっほっ、では普通の人がコップ一杯の魔力を持っているとしよう。それを踏まえると、禪の魔力はサラダボウルくらいの大きさじゃ」

『……それは確かに大きいですね。』

「そうじゃろ、そうじゃろ。しかし、君は今身寄りがないという事になるの」

『ええ、そうなります。見た目十歳前後、中身二十代後半の私など引き取り手がないでしょう』

「それは大丈夫じゃ、ワシの孫になればよい」





『…………いいんですか?私何も持ってはいませんし、美人ではありませんが……』

「君のような幼い子を路頭に迷わすつもりもないし、ワシの孫であればここに住む事も可能じゃろ?ヴォルデモートの配下に捕まる可能性も低くなる。それに禪は綺麗じゃよ」


(え、ちょっと嬉しいかも。綺麗と言われた事ないし。……確かに、その方がいい。例え“漏れ鍋”で宿泊しつつバイトして食いつないでも、ノクターン横丁に徘徊する死喰い人に捕まる可能性はある。というより、めちゃくちゃ質素な生活をしてたら、未来なんぞ変える余裕無ぇ)

 少し右手を顎に当てて悩むが、数秒で答えを弾き出し、ダンブルドア校長に笑みを浮かべてこう言った。



『では、よろしくおねがいします。ダンブルドア校長先生』

「おじいちゃんとは呼んでくれんかの?」

『……アルバスおじいちゃん?』

「ほっほっほっ……」


 満面の笑みを浮かべる二人。


 それに――やっとショックから立ち直ったあとに何とか状況を把握した彼――セブルス・スネイプが頭を抱えていたのは言うまでもなかった。

 

 

                            次ページ:ホグワーツへ

 

 

最終更新:2015年05月03日 23:27
|新しいページ |検索 |ページ一覧 |RSS |@ウィキご利用ガイド |管理者にお問合せ
|ログイン|